●じんるいみなたいら 言葉を失うとはこのことか―― 高台にある史跡公園は夕焼けに染まり、その場にある全ての彩を変える。史跡公園の性質上一般的な公園利用客は少ないが、人よりちょっと深く歴史に興味を持つ私にとっては何度足を運んでも飽きない場所である。黄金色に染まるベンチに座り、その時興味を持つ歴史に思いを馳せ愛用の黒いノートにメモを走らせるのが私の日課なのだ。 いつも通りの日課。いつも通りの日常。そのはずの場所で――一般的な女子大生の枠を超えていないであろう私が一生経験するはずのないような、眼前に広がる信じられない光景。 私が以前どこかで失くしてしまった、何冊目かの黒いノート。それを目にした時思わずあれっと口にした。あるはずのない……どこで失くしたかわからない以上はこの公園にあっても不思議ではないけれど、失くしてから幾度も立ち寄ったいつものベンチに置いてあれば不思議にも思うだろう。それが、私を待っていたように宙に浮き上がっていたならば特に。 もっともノートが浮き上がった程度ならば言葉を失ったりはしない。昨今の一般的な女子大生を舐めてもらっては困る。日夜愛する過去の歴史に思い焦がれ、各時代ごとにタイムスリップしたらやってみたいことを108個ずつ具体的な方法を練りながら計画している私から見ればこの程度妄想の『も』の字を言い切る前の段階と言えよう。自分で言っててよくわからないけどまぁそんな感じ。 では私が何に対して言葉を失ったか。それは勿論、開かれたノートから抜け出した文字が集まり形取り、大きな人型へと変わっていく様に対してだ。ノートが人型に変化していく程度で驚いていては女子大生失格との言葉もわかるが、姿が変わるにつれはっきりしていくその風貌に私は目を奪われた。 直衣を纏い冠を付けたその姿。威風漂わせるその風貌。一般的な人よりずいぶん大きいがそれも部下を従える棟梁の風格と言えよう。黒いノートは今や完全に人の形を取っている。それも、私がそのノートに書いていた当時はまっていた古代の歴史、その時代の理想の人物像となって。 ……そう、私が愛した源平合戦の物語だ。 3mを越える体躯ではあるが、巨漢だとかマッチョなどの印象はない。むしろ優雅さすら感じさせるそれは、源氏なのか平氏なのかの区別がつかない――それらを考えさせることなく混在させた、全てを付き従わせる理想の棟梁のイメージだと言っていい。ちなみによく見ると頭の冠が黒いノートになっていた。 さすがに言葉を失くした私の周囲に再び異変が起きる。棟梁の冠――つまり黒いノート――から同じく人型の影が飛び出したのだ。 その数は6体。こちらは棟梁と違い、ぼんやりと揺らめく無貌の存在で、サイズも普通の人程度。ただし服装がそれぞれはっきりと源氏と平氏に分かれていた。 彼らは棟梁の前に立つとそれぞれの所属で左右に別れる。そして、なんと口論を始めてしまった! 口論といっても言葉は発しておらず身振りのようなものだったので理解は難しいが、抜き放った刀をこちらに向けたりするところを見るとどうも私の扱いを話し合っているらしい。でもわからないものはしょうがないので気にしないことにする。 そんなことより現実に起こった非現実に心が躍ってしまっている。今は別の時代にはまってこそいるが、この時代だって確かに愛したものなのだ。 「ね、ね、すごいよね! 本当に起こってるんだよこれ!」 そこで私は、実はずっと隣にいた友人に声を掛けてみる。普段から私はこの日課に友人を付き合わせているのである。 なお、返事がないので顔を覗き込むと、白目をむいて気絶していた。なんて勿体無いことをするんだろう。歴史上の人物を目の前にする、こんな機会滅多にないのにね? そんなことを考えていると、棟梁が私へと両手を伸ばすのが見えた。巨体ゆえにその手に力を込めれば私などひとたまりもないだろう。が、私はその手に身を任せることにする。 なんとなく、今のところ棟梁は私に危害を加えることはないと感じていた。事実、持ち上げられた私の身体はそのまま棟梁の肩へと乗せられて。高い位置からの景観は勿論、文字通り歴史に直接触れられて私も満足である。 さて、しばらく観察を続けてだいたいわかってきた。 彼らは私のノートが生み出した存在のため、私とも密接な関係がある。そのため私の扱いをどうするか決めかねているらしい。源氏勢は私の下を良しとせず、私を切り捨て自由に動きたいようだ。一方平氏勢は私を祭り上げる模様、ただし口封じか友人を斬ってしまおうとしている。意外に脳筋だ。 そして棟梁は部下たちの結論が出るまで私の身柄を預かっている状態だろう。 つまり私の(友人も)命運は彼ら次第ということになる。 「これこれこの感じ。諸行無常の響きってやつだね!」 が、こんなのなるようにしかならないものだし。そんなことより触りたい。私は棟梁の頭を撫でつつ手元の新しい黒いノートに目にしたものを書き込んでいたり。 目の前の非現実を全部書き表そう。不明瞭な過去に空想を広げて、出来上がったイメージこそ自分の中の最高の真実。 次は何が起こるのだろう。何が現れるのだろう。こんな時でも私のドキドキは止まらない。今から目にする全てが真実。もっと不思議なドキドキが起こるはず! 私は何故かそう確信していた――そして、それは階段からやってきたのだ。 ●はたをたてる 「そこまでです!」 階段の手すりに巻き上がる蜘蛛の糸。引き上げられ空を滑る小さな影。万華鏡の導きを受け、先陣を切った『もそもそそ』荒苦那・まお(BNE003202)に6体のE・フォースたちの視線が集まる。唯一、小さきことと微動だにしないE・ゴーレムの態度に口笛を吹き。 「さすが棟梁、風格が違うぜ」 煙管を吹かし、『関帝錆君』関 狄龍(BNE002760)が歯を剥きだして笑みを作った。まおと並び得物を構え、ついで現れる仲間たちを待ち。 階段から姿を現した6人のリベリスタが見つめる先で、E・フォースたちに異変が起こっていた。 「聞いていた通りね……面白い性質だわ」 アーティファクト『黒の手記』――対峙する者が源平合戦を中心にした時代に対し持つイメージ、人物像を瞬間的に解析しそれをE・フォースへと投影する。つまり、『慈愛と背徳の女教師』ティアリア・フォン・シュッツヒェン(BNE003064)をはじめ対峙する6人のリベリスタのイメージが投影されるというわけだ。 次々に姿を変えていく様を眺め、思い思いの表情を浮かべ。 「さぁさぁ蛇が出るか鬼が出るか……って出るのは源氏と平氏って決まってるんだけどね!」 「今度こそ……今度こそ灯璃は強いのと戦うんだから」 ドヤ顔の岡崎 時生(BNE004545)と対照的に難しい顔で資料に目を通す『断罪狂』宵咲 灯璃(BNE004317)。前回の様な大人の事情にもめげない強い子だと信じてる。 「さて、今度はどうなるもんかね」 黒の手記とはティアリアを除くリベリスタにとって2度目の対峙。前の時とは違う状況に『合縁奇縁』結城 ”Dragon” 竜一(BNE000210)が目を向けた。 「うーん何が起こるかどっきどき。これはメモを手放せないよー」 未だ棟梁の肩の上、きらきらした瞳でメモに走り書きを続ける歴女。いつの間にかベンチにもたれ掛かって失神しているその友人。 「まぁなるようになるさ。さあ行くぜ!」 双剣を抜けばその場の誰もが一斉に動き出す。乱戦の始まりをもって―― ――諸行無常を響かせる鐘の声がした。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:BRN-D | ||||
■難易度:HARD | ■ リクエストシナリオ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年03月26日(水)22:38 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 6人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
●諸行無常 「イメージの力か……大したモンだなァ」 圧倒的な存在感を示すE・ゴーレム『棟梁』、その肩に腰を下ろしてドヤ顔を見せる歴女を見上げ、『関帝錆君』関 狄龍(BNE002760)は楽しげに口角を吊り上げた。 「いよう小姐。お前さんの手帳のおかげで、エラい目に遭うのは二度目だぜ」 きょとんとする歴女にはわからない話。彼女の歴史への強すぎる愛が神秘事件を引き起こしたのはこれが初めてではない。その対処に中国まで出張させられたのは狄龍の記憶に新しいことだ。 かつては三国時代のイメージの顕現、今回は―― 「ふふ……源平合戦の顕現だなんて、どんな戦いになるのかしら」 楽しみねと口にして『慈愛と背徳の女教師』ティアリア・フォン・シュッツヒェン(BNE003064)が進み出る。 厳かにリベリスタたちを見下ろす棟梁に、そこまで歴史に造詣はないけれどと呟いて。 「それにしても……何故棟梁なのかしら?」 頭領か統領じゃないのかしらと疑問を口にしたティアリアに「お答えしましょう!」と天の声。棟梁の肩の上から歴女が口を開いた。ドヤ顔で。 「棟梁とは古くから使われている言葉で、組織や仕事を束ねる中心人物を表すの。棟と梁という建物の屋根の主要部分を譬えに用いて、転じて組織の高い位置にある人物を指す言葉なんだよ。武士や僧侶の社会の筆頭格を指すことが多く、古くは奈良時代に成立した日本の歴史書にもその言葉が記載されてるんだ」 「へぇ、為になるわね」 そんな会話。 狄龍が向き直れば、己のイメージを象ってすでに眼前には3人の武士。同時に狄龍の左右で得物を抜き放つ音が響く。『合縁奇縁』結城 ”Dragon” 竜一(BNE000210)と『もそもそそ』荒苦那・まお(BNE003202)、この3人が源氏の無貌を相手取るリベリスタだ。 「さて、木曾主従が俺らの相手だな」 「とても強く、一途な方だと思います。その想いの相手、まおが引き受けます」 狄龍とまおが対峙するは太刀を構えた質実剛健の忠烈の臣と、大型の弓を引く猛々しき女武者。その2人を従える――誇り高き獣の王。その姿を見やって楽しげに、双剣を向けて竜一が進み出た。 「やあやあ我こそは三高平が住人、箱舟筆頭・結城竜一なり! 日本国に鬼神と言われし旭将軍よ! この俺に、その武威を示して見せよ!」 名乗り口上が戦場に響き渡る。言葉を発さない無貌の代わりに歴女が感心した声を上げた。 竜一目掛け女武者が弓を引く。対し狄龍が手甲の指を伸ばして乱射の構えを見せた。 それは左右の陣で同時に上げられた腕によって静止され。 「手出し無用」 同時に飛び出した。名乗りを上げた若き戦士を迎え撃ち、名に恥じない日の出の如き猛進で、振り下ろされた輝く宝刀を激しい勢いで切り上げる。返す勢いで天を舞う妖すら落とすという名刀が竜一の首を狙い……高い金属音を響かせた。双剣の片割れ、祈りの剣が竜一の身を護り。 「さすがだな……楽しめそうだ」 にやりと笑みを浮かべる竜一同様、無貌は確かに笑っていた。強者との邂逅は、欲望渦巻く都で不器用に、愚かしいほど真っ直ぐに命を輝かせた獣の本懐。 ――あの時代に生きるには実直すぎたんだろう。どうも政治に負けた戦術レベルの天才が俺は好きらしい。 無貌は竜一のイメージを象って生み出されている。かの者との一騎打ちは竜一の望むところでもある。 「素直に楽しむってわけにもいかないのが残念だが」 横目で気絶している一般人を確認して……再び双剣を構え躍り掛かる。 まおの眼前、心配げな女武者に、武士とはかくあるべしと頷く忠臣。それらを自身の相手と定めて――気糸を走らせ空を舞う! 木々をつたい空を滑る。自在に動き矢をかわせば、しかと狙わんとした女武者の腕が撃ち抜かれた。狄龍の援護射撃が無貌の足を止め。 「一気に攻めます!」 指先から糸が広がる。女武者を絡め取らんと噴き出した気糸はしかし斬撃に断ち切られた。体勢を崩した女武者を庇い忠臣がそのまま上空へ太刀を向け――不意に迫った一撃に慌てて身を固める。防御の上から蹴り飛ばし、狄龍がそのまま距離を詰めた。 「コンビネーションなら負けてねぇぜ!」 銃撃を織り交ぜて手甲を振り抜く。獰猛に歯を見せたその表情は嬉々として。 「羨ましいぜ。なぁおい」 イメージ相手は木曾主従。共に死のうと誓った乳兄弟。狄龍にとって特別な存在だ。 「居たよ、俺にも。可愛い弟分ってのがさ」 だから分かる。ずっと支えてきた、ずっと一緒だった者と、一緒に死ねなかった痛み…… 「さぞ口惜しかったろう。ならば俺達が良い敵として相手になってやる!」 銃撃と弓が交差する。再度番える女武者の弓が止まった。引き手が糸に絡め取られ。 上空より影が迫る。黒き影は赤の月を象って―― 「これがまおの一気呵成ですよ」 源氏の無貌を呑みこんだ。 「僕にそぐわない中々にハードな状況じゃあないの……」 初っ端から源氏勢と激戦を繰り広げる仲間を見やり、ごくりと唾を飲み込んだ岡崎 時生(BNE004545)とは対照的に、わくわくと笑みを零す『断罪狂』宵咲 灯璃(BNE004317)。 「今度こそ大丈夫だよ! ちゃんと色々調べてきたんだから!」 前回持ち込んだ薄い本の約27倍の厚さを誇る参考資料を手に、ただただ強い武士と戦いたいと願う灯璃が眼前で姿を変える無貌を期待に満ちた眼差しで見つめ。 「楽しそうだねえ……」 「日本最強の怨霊と戦えるなんて! 闇の力を操るダークナイトとしてはこれ以上ない程、極上の獲物だもん」 唇を舐めて手にした鎖に魔力を通す。最高のディナーを前に無邪気な笑みで嗚呼楽しみと口にする灯璃を見ていれば、不安がるのが馬鹿らしくなってきた。 「僕も負けてられないね! さあさあ、ザキオカが? 源平倒魔に? 来るぅ~~!」 時生がポーズを決めた時、眩い光と共に無貌の形が固定した。おやと顔を向けた時生の、眼前に浮かぶ白塗りの怨霊。 「来たぁ~~!?」 白塗りに浮かぶ鬼の形相。平家きっての剛の者と謳われる復讐者は、手にしたギターを振りかざして時生に躍り掛かった。 鎖が音を鳴らし投擲した双剣が空を切り裂いた。翼を翻して双剣を受ければそのまま低空を駆け抜ける。直後、灯璃が存在した空間が四方から日本刀で串刺しにされた。 「でも当たらないよ」 不敵に笑って鎖を飛ばす。首に絡まり動きを鈍らせた無貌を双剣が瞬時に切り刻んだ。 「まずは1人……っとぉ!」 消滅を確認し、前を振り返った灯璃が慌てて上空へと逃げた。鋭い一撃に羽が数枚切り飛ばされ、上空で冷や汗を拭う。 「あれが本物かな。さすがに動きが違うもの」 そう、灯璃は複数の無貌を相手取っている。ただしそれは一つの無貌が増えた結果……常に7人の影武者を従えていたという、新戦術から怨霊話まで無数の逸話を持つ平氏の新皇が相手だからだ。 この数が相手では動きを止める暇がない。影武者の腕は低くとも、それに足を止められれば本命の一撃が身を裂くだろう。 「だったら全員纏めて倒すだけだよ」 鎖を振り回し、対の剣が赤と黒の螺旋を描く。複数の無貌が身を削られ、ふふんと笑った灯璃がきょとんと目を大きくした。 周囲の無貌の傷が癒えていく。その先で、祈りを捧げる尼の無貌。 女性の身で戦場にて平氏の滅亡を看取った母。平家の精神的支柱として、武士たちを力づけただろう。 「あらあら、わたくしの相手はこの女性かしらね」 突然の言葉は鉄球と共に。吹き飛ばした無貌を追い詰めながらティアリアが傷ついた仲間へと癒しを紡ぐ。平氏勢を相手にしながら、ちらりと奥にたたずむ者を見やって。 未だ肩に歴女を乗せたまま、棟梁は中立を保っている。動き出すまでが勝負、体内の魔力を循環して持久戦に備えながら――高度の癒しを被害状況に応じて使い分けて。 ●沙羅双樹 「ん~熱い展開の連続でメモが止まらないよ~」 満足げにペンを走らせていた歴女がふと呼び声を聞いた。否、天啓か。 (そこの女子……そこの女子……聞こえますか……?) なんかどこかで聞いた覚えがある。 (今貴女の心に直接語りかけています……貴女は記録係として棟梁様の邪魔をせぬよう下がり、しかとその勇猛果敢な戦ぶりを記録に残すのです……) 妄想癖がある子は天啓とかに弱い(断定)。そんな時生調べ。 「はっ、もしやあなたが神ですか! 神様系ですか!」 (ん? そうそう。だいたい合ってる) 天の声を演じ歴女を避難させようとテレパスを駆使する時生。観音様を信心している復讐者対策に千手観音のコスプレなので天啓も似合ってたりする。 騒ぎながらもしっかりとメモを書き込む歴女を見やり、まおが小さく微笑んだ。 現世に顕現した歴史に立会い、記録するのがこの方の役目。それを守るのがまおの役目だ。 (何故疑う、私は千手観音だ……マジで千手観音なんですって! だから必殺旋風剣やめて下さい!) 首のスロットに差し込んだメモリはメタルフレームならばこそ。観音コスプレで観音経を唱え続ける時生はしかし1秒間に10回ギターを振り回す必殺剣で殴られ続けていた。 全く躊躇はされていないが、防御を固め範囲攻撃を一身に引き受けている現状、テレパスを飛ばして仲間の動きをサポートする時生の存在感は大きなもの。 その指揮能力は棟梁にすら匹敵し……復讐者を引き受け持久戦を大きく助けていた。 それも癒しの手があってこそ。癒しに専念する尼の無貌と違い、ティアリアは仲間の傷を癒しながらも戦線に躍り出る。魔力を活性化し、消えぬ傷を植えつけて。 「こちらは完全に持久戦になっているわね」 互いに癒し手があり、複数への攻撃を個々で引き受ける現在、危険も少ないが撃破にはまだまだ時間がかかる。 「巻き込まれている一般人を助けに行きたいけれど、こっちは手が空くことは早々ないわね」 できることはするけども。そう口にして鉄球に魔力を通し。 「面倒臭い! 全員纏めて灯璃の闇に呑まれろ!」 双剣がぶつかり爆ぜた隙間から闇が生じる。広がり包めば幾人かの無貌が掻き消えた。 それでも残る無貌の動きは衰えない辺り、本物は未だ健在。見た目では一切判断がつかない。 「見分け方は食事の時のこめかみ――そんな方法、何の役にも立たないじゃん!」 いらいらと鎖を振り回して牽制するも、自身の傷も積み重なって。 (そこの女子……そこの女子……聞こえますか……?) 戦術指揮です。 「うっさい」 (ひっど! ……落ち着いて観察するのです……) 時生のサポートを受け、いらいらを落ち着ける……観察眼を発揮させ。 「……1人だけ動きが別格。うん、もう逃がさない!」 双剣に呪詛を浮かび上がらせ、灯璃が新皇目掛けて突進した。 呼吸は乱れていない。派手に血を噴出しながら、それでも連撃を受け流し斬りかわし。 力量は互角。しなやかにして豪胆。荒削りにして洗練の技。2人の獣のスタイルは非常によく似ていた。常に最高を振るうその本能も! 息つく間もない竜一の決闘。その周囲を囲む激戦も決着が近づいていた。 強弓が確実にまおの気糸を千切り飛ばし、不用意に近づけばその身を切り伏せんと掴みかかる。女武者との戦いは技術比べでもあった。 ――そしてそれは、まおに軍配が上がっていた。 地に囚われない自由な動き。木々を蹴り空を滑る、気糸すら足場にして夕陽を背負うまおに女武者は翻弄され。 幾度目かの気糸が身を縛れば、最後に最愛の者を振り返って四散した。 「願わくば最後まで――」 今度こそ愛する者と最期まで。その一途さを知るまおが小さく祈った。 ――弓取れば百発百中、打ち物取れば五十騎を翻弄する。 狄龍が相手にするのはそんな武士。何十合と打ち合ってすでに全身が血に染まっていた。太刀で斬られれば素早く銃撃を浴びせ、鎧の継ぎ目を撃ち抜き続ける。僅かにも気を抜けない。気を抜けば意識を持っていかれるのに瞬きの間もないだろう。 見ればまおがベンチで気絶した一般人を抱え安全な場所へと駆けるところ。ならばもう少し時間を稼ごう。力量よりも最早意地。意地と見得で立ち続ける覚悟! 「さあかかってきやがれ!」 狄龍の咆哮はけれど相手に届かない。忠烈の無貌は黙って一点を見つめていた。 双剣と名刀が互いに振り抜かれていた。全力で牙を剥き、喰らいあった漢たちの饗宴。その終焉。 「そこらの雑兵じゃない。俺に討たれたんだ」 本望だろと笑って片膝を付く。互いに最大の技で斬り合った、生死を分けたのはその運命の力。竜一の目の前で満足げに獣の王が霧散した。 主の消滅を最後まで確認して……忠烈の臣は太刀を持ち直す。 狄龍は何も言わなかった。その絆を知っていればこそ。 自刃して果てた無貌を見つめ、彼らを飲み込んだ夕焼けを振り返る。 「今度こそ主従一緒、ふるさとに帰れるといいなァ……」 そう口にして……限界を迎えた身体を地に伏させて。 ●盛者必衰 源氏勢の全滅を受け、傍観者であった棟梁がついに動き出す。しがみつく歴女、その真横に位置する棟梁の額、黒の手記に鎖が走る! いち早く察知してアーティファクトを狙った灯璃の一撃は、けれど防衛結界に阻まれ落ちた。 「もっともっと倒さないとね」 不敵に笑って向き直る。無貌の影武者たちはすでに全滅。眼前にあるのは……地に斬り捨てられた身体、宙に浮くその首! 「首だけになっても灯璃と遊んでくれるんだね? さあもっと呪え、もっと祟れ! 灯璃が全部飲み干してあげる!」 笑い声を上げ、灯璃が双剣を投げ飛ばした。 一方、棟梁が向かう先は部下たる平氏勢の下。その横から傷ついた身体をおして竜一が飛び出した。両手を広げ伸ばして。 「肩からこっちへ飛べ! 君はまだ、歴史になる命じゃないだろう!」 歴史を愛し見つめる者なら、生きてこそ! それを知るならば声は届こう。メモをしっかり抱き抱えて、歴女が身を投げ出した。 「ひたすら信心を忘れなさるな。よいな、信心じゃぞ……」 100円玉をちらつかせた時生がギターで殴られ続けている最終局面。首の怨霊と空中戦を繰り広げていた灯璃がそれに気付き、尼を組み伏せたティアリアに叫んだ。 「来てるよ!」 ティアリアが鉄球を振り回して自身の身体を後ろへと飛ばした。ついで鉄塊が爆撃の如く降り注ぐ。凄まじい膂力で地に穴を開け、棟梁が音を立てて重々しく歩み寄る。 棟梁を相手に出来るのは、一般人を避難させている仲間を除けば平氏を相手にしているメンバーのみ。個々で対応している以上、一般人へと近づかせないために引き下がるわけにもいかなかった。 「まぁ、目の前の敵を放っておいて、女を狙うような卑劣な相手ではないと思うけれども」 ふふと笑ったティアリアに、棟梁は無造作に鉄塊の巨棒を振り下ろす。男女の別も何もない。小さきことと、王者の傲慢さでもって併呑すべく叩きつける。 激しい衝撃に全身が軋む。全力で癒しの力を自身へ向けて、少しでも長く耐えるために。 「待たせた!」 地を蹴って竜一が棟梁に切り掛かる。腕を、膝を斬られ、けれど全く動じない。 「やっぱりアーティファクトを破壊しなくちゃ駄目か」 舌打ちして見上げた棟梁の額を、鋭い気糸が狙い打つ。それすら弾いて押し進む意思。 「まだ結界を貫けません!」 同じく駆けつけたまおが気糸を引き戻す。その身体が衝撃で宙に浮き。棟梁が振り回した鉄塊の風圧が、周囲の地形が変わるほどの爆風を伴って。被害は甚大、それでも倒せるようになるまで倒れるわけにはいかなかった。 ふらつく足で、ティアリアが全てを救わんと高らかに詠唱する。 今は過去の積み重ね。この国の礎となった武士たちの前で―― 「恥ずかしい姿を見せられないぜ」 血で染まった顔を上げ、竜一が痛む腕で双剣を天に向ける。 最後の癒しを届けて倒れたティアリアの前で、これ以上進ませないと意思を放つ。 悠然と歩みを進める棟梁。その周囲に響く鎖の音。 顔に巻きついた鎖が首の怨霊の動きを止めれば、風を切って翼が駆け抜ける。双剣の閃きの後に霧散した光だけが残り―― 「灯璃が討ち取ったり!」 平氏の怨霊を討伐し勝鬨が上がる。これを最後のチャンスとして。 「全力で! 冠ごと! 叩き切って見せる!」 竜一が最後の力を振り絞る。構え、息を吐き、全力の中の全力を! それらの覚悟ごと飲み込む破壊の意思。振りかぶった棟梁が竜一の存在を叩き潰さんとし―― 気糸がそれを阻止せんと阻んだ。気糸で足りなければとその全身で、棟梁の背に飛び掛った小さな影。まおの決死の覚悟。 「竜一様! お願いします」 振り払う一撃をまともに受けまおの身体が沈む。最高の機会を引き換えに。 獣の咆哮が剣閃を描き――黒の手記を2つに切り裂いた。 「おーわった!」 唯一に近い元気の余った灯璃が声を上げ、ようやく旋風剣から逃れた時生が息を吐く。 「やーれやれ、ようやく終わったねえ」 振り返れば怪我人だらけ。元気に動いているのは歴女とこの2人だけだ。 没収しまーすとメモを取り合ってる灯璃と歴女を尻目に、嘆息して裂かれたアーティファクトを拾い上げ…… 「」 絶句した。 「どうしたの?」 灯璃が覗き込むと、黒いノートの表紙が目に入った。 『歴史ノート9』 …… 「うん、それ9冊目だから」 無言になった2人に、歴女があっさり口にした。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|