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<イデア崩壊>ぼくたちのハッピー・エンド・レス


 あらすじを語っておこう。
 聖剣を引き抜いた勇者イデアは悪しきドラゴンを倒し世界に知れ渡る勇者となった。
 しかし彼は妹の命を救うべく、全世界のエネルギー源である根源存在シィンを解放し、更に悪意を蓄積していたドラゴンフィティを殺害。
 全世界は突如としてエネルギー源を失い、一般人の九割はノーフェイス化した。
 元勇者イデアは特級戦犯としてかつての仲間たちから追われる身となったのである。

 ――それから、二十年の時が過ぎた。


 ノーフェイシス帝国。王宮にて。
「『エイス』はまだ見つからんのか」
「は。大幅に兵を割いて全世界を捜索しておりますが、未だに足取りすらつかめておりません」
 玉座の前にかしづく黒衣の騎士たち。
 それらを睥睨して、巨大な黒鎧は低く唸った。
 そう、彼こそが帝国の始祖より全てのノーフェイスを屈服、制圧してきた最強の剣士にして力の象徴。鋼剛毅皇帝陛下である。
「何が全世界だ。人類拠点はまだ捜索できてないのだろう」
「しかし、あそこは守りが強固で」
「いいわけは聞いておらん!」
 そばに立てかけた剣を握り、剛毅は地面を叩いた。
 ただそれだけで騎士たちは吹き飛び、前列の者に至っては上半身が消え失せていた。
 玉座から立ち、ゆっくりと歩いてくる剛毅。
 彼は一人の女の前に立った。
「騎士団長は退任した。今から……そうだな、お前が団長になれ。その実力ならば、申し分なかろう」
「しかし皇帝陛下、彼女は人間で――」
 顔を上げたノーフェイスの一人が、剛毅に掴まれた。顔面を掴まれたノーフェイスは、その握力だけでぐしゃりと潰される。
 その光景を横目に、女は頭を垂れていた。
「顔を上げよ。そして今からお前に新たな名をくれてやる。『ディス』……それは今日からお前の名だ。さあ表をあげ、剣を受け取れ」
 ディスと名付けられた女は、ゆっくりと顔を上げた。
 かつて蓬莱惟の妹と名乗った、その女である。
「兄を殺したイデアが憎いだろう。その妹をとらえることが出来れば、きっとあぶり出すことができるぞ」
「は。ありがたき幸せ」
 ディスは両手を掲げ、高い魔力の籠もった黒剣を受け取ったのだった。

 一方、帝国軍地下牢。
「さっさと吐いたらどうだ。簡単な質問だろう。『あなたのお家はどこですか』と聞いてるんだぞ?」
 地面に溶接された椅子に、一人の女がくくりつけられていた。
 彼女の名は真雁光。残り一つとなった人類拠点を守るリベリスタの一人である。
「誰が話すものですか。あなたのような化け物になん――ぐあ!」
 顔面を硬い棒で殴りつけられる。
「『俺の記憶』によると、お前は父から殴られたことがないらしいな。それでどうだ、今『父に殴られた』感想は」
「……あなたなんて、父じゃありません。人格も魂も塗り変わった化け物で――がは!」
 今度は腹に棒を叩き込まれ、光は嘔吐した。とはいえ水分しかとっていない。胃液すらまともにはき出すことができなかった。
「おっと、せっかく飲んだ水を吐き出させてしまったか。おい、このままでは可哀想だ。水を飲ませてやれ」
「え、い、いや……」
 小さく首を振る光。
 彼女の顎が上向きに押さえつけられ、数リットルは入るであろう大型のペットボトルが彼女の真上で傾けられた。
「好きなだけ飲め」
「ぐ、がは……ごほ、がほ……!」
 じたばたと身体をゆする光。
 彼女の嗚咽は石造りの地下牢へ響き渡っていた。


 人類拠点。世界がノーフェイス化したことで、各地で散り散りになっていたリベリスタたちは巨大な壁の中へと逃げ込んだ。
 何重にもわたされた壁の拠点の外側では、今でもノーフェイスと人類による戦争が続いている。
「もうダメだ! 撤退、撤退するぞ!」
「待ってくれ、あいつが残ったままだ! 門を閉めないでくれ、友達なんだ!」
「諦めろ! 全員死にたいのか!」
 常人ならば即死するレベルの砲撃を浴びながら、リベリスタたちが門の内側へと飛び込んでいく。
 重々しく閉じた門の内側で、男が地面を叩きながら泣きわめいていた。
 彼の声はもはや言葉にならず、ただ周囲の男たちに慰められていた。
 そこへ、一人の女が通りかかった。
「お、おい。お前は大丈夫なのか? 星川」
「……べつに、平気。それに邪魔」
 髪をツインテールにまとめた女、星川天野である。
「それは無いだろう! こいつは親友を喪って」
「おい、やめろ……!」
 激高した男が、別の男に押さえられる。
 天乃は彼らを一瞥すると、そのまま横を素通りしていった。
「あいつは人類だから味方してるだけだ。場合によってはノーフェイス側にだってつくような冷徹な女だぞ。あいつを怒らせた奴が、いままで何人も殺されてるって話だ」
「非人間めが……! 特級戦犯の仲間だったくせに……!」
 怒りと侮蔑の視線を背に受けて、天乃は貧困街を歩いて行く。
 バラックの掘っ立て小屋や、木の棒と布だけでできた家とも言えないものの下でやせ細った女や子供が作物を売っている。
 そのひとつでジャガイモとパンを買い、天乃は街を後にした。

 乱雑に並んだトレーラーハウスの列。その一つの前に、天乃は立った。
 外壁には『出て行け』『犯罪者の仲間』『死ね』『人殺し』などの落書きが大量にされている。その一つたりとも、天乃の視線を動かすようなものは無かった。風景の一部。壁の模様。その程度の認識である。
 扉を開いて中に入る。
「ほら」
 放り投げられたパンが、毛布にくるまった『誰か』に当たった。
 毛布の中からごそごそと顔を出す女。
 彼女は名を、 白雪陽菜という。
「……」
 陽菜は黙ってパンを拾い上げると、もそもそと食べ始めた。
 天乃もまたパンをかじりながら、床にぺたんと座り込む。
 毎日この調子だ。この二人がまともに会話をすることなど、一日に何度とない。
 だがこの日だけは違った。
「イデアの居場所、分かったよ」
「……」
 陽菜が視線を向ける。
 天乃は壁を見つめるばかりだった。
「どこで知ったの」
「情報屋から、買った」
「……」
 情報屋。その言葉に、陽菜は深く目を曇らせた。


 世界のとある場所。
 ノーフェイシス帝国でも、人類拠点でもないある所に、その地下シェルターは存在していた。
 水力発電と太陽光発電によって空調を維持するそのシェルターには、今二人の人間が住んでいた。
 ろうそくの明かりが、ぼんやりと二人の女性を照らし出す。
「あの情報、売っちゃって良かったんですか?」
 羊肉のスープをすする雪白桐。
「構わん。どうせノーフェイスに売った所でろくな金にならん情報だからな……」
 同じくスープをすする遠野結唯。
 彼女らはこのシェルターに隠れ住み、人類とノーフェイスの間を行ったり来たりする生活を送っていた。
 お互いの情報を適度に流し合うことで、彼女らの身の安全を保証してもらっているのだ。
 とは言っても、『どちらからも殺されない』という程度の保証でしかない。下手な動きをすれば、即座に二人の首が跳ね飛ばされるだろう。
 結唯の実力は相当なものだが、一個軍隊から永久に逃げ切ることができる程ではない。
「イデアさん……殺されるんですかね」
 沈黙。
 しばらくの、沈黙。
 そして結唯は、小さく朽ちろ開いた。
「関係ない」


 どこともしれぬ場所。
 ノーフェイスの攻撃によって滅んだ町の一角に、ぼろぼろのローブを纏った男が居た。
 そんな彼の周りを、下劣なタトゥーを入れた男たちが取り囲んでいる。
「おい見ろよ、こんなところに迷子ちゃんがいるぜ。チョーウケル!」
「おにーさんお家分かんなくなっちゃったのかなー? 俺たちが案内してあげるから、金と食料と、あとお命置いてって貰えるー? ギャハハハハ!」
「ヤベェし、まじ鬼だし!」
 ナイフでつつかれ、男はゆっくりと立ち上がった。
 そして。
「俺に近づくな」
「は――ひ?」
 瞬間、周囲の男たちは一瞬にして首が転げ落ちた。
 ごろんと地面に首が転がったその時には、男は巨大な剣を携えていた。
 取り出した所も、振り回したところも、もはや肉眼でとらえられない速度だったのだ。
 男は首無し死体の群れから金目の物や食料をすべてはぎ取ると、ゆっくり歩き始めた。
「何者も、近づくな。近づいたやつは、すべて殺す。殺す、殺す、殺してやる……ッ!」
 彼の名はイデア。
 特級戦犯として人類に追われる男。
「もう俺は、誰も信じない……!」


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:八重紅友禅  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ EXタイプ
■参加人数制限: 10人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2014年03月27日(木)22:32
八重紅友禅でございます。
 パッケージシナリオ第二回をお楽しみください。


 皆さんは介入手続きを終えています。
 同調状態を維持し、引き続き介入を行なってください。

●第二回の達成条件について
 今回(第二回)の間に、以下の条件をクリアしてください。

・みんなが納得するハッピーエンドを迎えること。
・現在生存しているネームドキャラクターが第二回終了時に全員生存していること。
・それらの出来事がイデア時間で一ヶ月の間に収まること。

 この場合の『みんな』は、メイン参加者十名をさします。
 つまり十人全員が納得できる形であれば、それをハッピーエンドとして認めます。

●絶対介入の継続について
 第一回から生存している以下のネームドキャラクターには、担当していたPCが継続して介入することが出来ます。
・ノーフェイシス帝国皇帝、鋼剛毅
・ノーフェイシス帝国騎士団長、ディス(惟の妹)
・人類側壁外調査団団長、真雁光
・人類側傭兵、 星川天乃
・所属なし、白雪陽菜
・中立的情報屋(参謀担当)、雪白桐
・中立的情報屋(戦闘担当)、遠野結唯
・災厄存在エイス=シィン憑依状態

 第一回で死亡した以下のネームドキャラクターも、『実は生きていた』という設定にして再介入することが可能です。その場合自分で納得のいく設定を入力してください。
 (※蓬莱惟の介入キャラクターが二つに分離しています。どちらに介入しても構いませんが、介入しなかった方は第二回中はNPC扱いとなります。劇中でのスイッチングはできません)
・自由騎士、蓬莱惟
・聖剣精霊セラフィーナ・ハーシェル
・浄竜フィティ

 第一回に登場しなかったキャラクターとしてこの世界に新たなキャラクターとして介入することができます。
 (※その場合、前回介入していたキャラクターはNPC扱いになります)

 また、以上の全ての介入方法に共通して、二十年の間に起こしうることであればある程度は自由に設定を組み込むことが可能です。

●前回との違いについて
 第一回で同調を済ませているため、皆さんの意識は常にリンクし、お互いの状況をリアルタイムで知覚することができます。ざっくり言うと事前に打ち合わせをしなくてもタイミング良く動けます。
 ただし、物語上に矛盾の出る行動(キャラクターが知らないはずの情報を知っている。ありえない感情の動きをするなど)を起こすと後々取り返しの付かない歪みを生むことになります。介入者とキャラクターの認識の違いを頭に入れつつ動かしてください。

●パッケージ・シナリオ(β)
 このシナリオはパッケージ・シナリオです。
 このシナリオは一話毎にEXシナリオとして扱われ、参加時必要LPは三回分(550LP)となります。予約に必要なLPは別途です。(後編の現時点ではLPはかかりません)
 パッケージシナリオは参加者が固定され、後編シナリオが公開された時、自動的に前回参加者が確定します。又、途中で抜けられません。
 今回のシナリオには『隔離処置』が発生しません。但し、シナリオによってはこの処置が適用される場合がありますのでご注意下さい。
 パッケージ・シナリオはリプレイ公開時より原則三日以内に次回オープニングが公開されます。次回オープニングが公開されるまでの期間に他の依頼に参加し、参加数が『3』になった場合もパッケージシナリオが公開された場合は『4』本目として自動参加となります。

 以上で介入手続きを終わります。
 これ以降の物語を、あなたが選択してください。

参加NPC
 


■メイン参加者 10人■
ジーニアスナイトクリーク
星川・天乃(BNE000016)
ハイジーニアスデュランダル
雪白 桐(BNE000185)
ハイジーニアスデュランダル
真雁 光(BNE002532)
ハイジーニアススターサジタリー
白雪 陽菜(BNE002652)
ジーニアスダークナイト
蓬莱 惟(BNE003468)
メタルフレームダークナイト
鋼・剛毅(BNE003594)
ノワールオルールクリミナルスタア
遠野 結唯(BNE003604)
アークエンジェソードミラージュ
セラフィーナ・ハーシェル(BNE003738)
ハイフュリエミステラン
シィン・アーパーウィル(BNE004479)
フュリエソードミラージュ
フィティ・フローリー(BNE004826)

●シークエンス
 お帰りなさい、介入者。
 継続介入手続きを行ないます。
 存在固定値を再検出。
 ――『無軌道の戦姫(ゼログラヴィティ』星川・天乃(BNE000016)、検出完了。
 ――『未固定』雪白 桐(BNE000185) 、検出完了。
 ――『勇者を目指す少女』真雁 光(BNE002532)、検出完了。
 ――『三高平の悪戯姫』白雪 陽菜(BNE002652)、検出完了。
 ――『ナイトオブファンタズマ』蓬莱 惟(BNE003468)、検出完了。
 ――『疾風怒濤フルメタルセイヴァー』鋼・剛毅(BNE003594)、検出完了。
 ――『アヴァルナ』遠野 結唯(BNE003604)、検出完了。
 ――『エンジェルナイト』セラフィーナ・ハーシェル(BNE003738)、検出完了。
 ――『桃源郷』シィン・アーパーウィル(BNE004479)、検出完了。
 ――『未固定』フィティ・フローリー(BNE004826)、検出完了。
 確定情報を流入。
 ――確定完了。
 ようこそ。
 世界の運命をあなたに託します。

●架空仮定存在シィン
 人間を人間たらしめるものって、なんだと思います?
 二足歩行?
 道具を持つ手?
 使っている道具?
 技術に文化?
 文明に社会?
 言語に学術?
 まあ諸説あるんでしょうね。でも『私』に言わせれば一つだけなんですよ。
 いいですか?
 あなたはとても幼い頃、歩くことさえままならなかった頃があった。
 でも歩こうとした。
 這いずって、つかまって、歩こうとした。
 次は物を掴んで振り回そうとした。
 振り回したものをもっと上手に使おうとした。
 言葉を話し、書をとり、あなたは成長し、学習した。
 そうして今のあなたが、今ここにある。
 なぜだと思います?
 簡単です。
 あなたは弱かったんです。
 だから力を欲した。
 人間を人間たらしめるもの。
 それは『弱きもの』であり『力を欲するもの』。
 『自分』であり『私』なのです。
 人間は力を欲してしまう。
 弱いから、欲してしまう。
 全ての発端。
 全ての原因。
 それが自分であり私。
 さあ、私にたどり着きなさい。
 あなたの望む物語を作るべく。

●人体修理屋シーケンスの顛末
 学者の一説によれば、人類が絶滅すると地球は緑豊かな土地になるという。
 いくら花や木が好きだからと言って人類を絶滅させたいのかなどと、早合点した者たちがわめきそうな話ではある。
 だがいかなる学者であれ、人類が総じて革醒した際の自然変化をシュミレートした者は居ないだろう。
 結論を述べるなら、人類がノーフェイス化したことであらゆる文化と技術が急速に進化した。
 世界の崩壊によって一時的に衰退していた様々な産業は、『より強靱な人類』となったことでその成長速度を加速させたのだ。
 車は平気で空を飛び、土や水に縛られない身体となったことで浮遊島がいくつも点在するようになった。世はまさにユートピアである。
 しかし急速な経済成長が起これば当然のように社会格差が発生する。ノーフェイスとて人間だ。友人もいれば敵もいる。家族も作れば喧嘩もするのだ。
 どうしても想像ができないなら、人類の殆どがロボットにでもなったと思えばいい。脳をデジタルにして、身体を合金製にして、身体の全てを高性能な機械にしたのだ。それでも感情はあり、記憶はあり、人格は生まれる。そして疲労もすれば、悩みもする。
 俺の所にはそういう社会格差の弾かれ者たちがやってくる。
「旦那、今日も頼むぜ。腕がとれちまってよ」
 ニヤニヤ笑いながらやってきた小汚い男は、そう言って自分の右腕を台の上に置いた。方からはばっさり切断されており、グロテスクに断面が覗いている。が、彼は平気な顔をしてニヤニヤしていた。痛覚をオフにしているのか。オートキュア状態にあるのか。まあどうでもよい。
 俺は黙って男の腕を接続し、正確に神経が通るように修復し直してやった。
「おっ、サンキュウ。いい手際だよなあ旦那は。ほら今回の分。前回のツケも払っとくぜ」
 男は気前よく札束を投げてよこした。
 黒鎧の男、鋼剛毅がプリントされたチタン硬貨である。前に計画していた強盗がうまくいったのだろう。そういう顔だ。
 人類が一斉にノーフェイスとなったことで、文化や言語の壁は一時的に消滅した。全ての人類は一斉に殺し合いつぶし合いを始めたが、それも数年で収束し、最も力を持つエリューションである鋼剛毅の下に統率されることになった。
 この世界から人類による戦争が無くなったのだ。
 戦争は悪と教えられていた元日本人などは泣いて喜んだものだが、俺の周りで小競り合いが絶えるわけではない。犯罪率も残念ながら一向に低下していない。
 皇帝鋼剛毅は力による治政者だったが、彼がいたずらに選んだ四天王とやらは優秀であったようで、ノーフェイシス帝国を流通の中心点とし、各集落が物資を得るには帝国への関税を支払うよう強制した。死ににくくなった人間というのは贅沢を求めるものだ。パンがいらないならお菓子を食べたがる、だ。
 その結果帝国は最高潮に栄え、あらゆる富と栄光が集まる土地となった。
 人類がノーフェイスとなったことでこの世界は平和になった。
 だが、それで終わらないのが現実というものだ。
 腕を接続した男はその具合を確かめながら煙草を吸い始めた。
「旦那、聞いたかい。東の集落がフィティにやられたらしいぜ。全員丸焦げ。火事場泥棒レースが今も続いてるみたいだぜ。情報屋の言ってた通り、やっぱりフィティはノーフェイスを狙ってるのかもしれねえやな。きっと俺たちを喰って力をつけるつもりなんだよ」
 なるほど。彼の収入源は強盗ではなく火事場泥棒か。俺は工具を手入れしながら会話に応えてやった。
「あれが復活したフィティだって話を、真に受けているのか。笑い話だ。あれは崩界によって生まれたアザーバイドなんだろう?」
「いやだなあ旦那、ニックネームだよ。フィティといったらドラゴンの代名詞だぜ。話が通じやすいのさ」
「若者の考えることはわからんな」
 世界がノーフェイスだらけになったことで、世界は順調に崩壊を続けていった。そこらじゅうをエリューションが跋扈し、巨大なドラゴンが空を飛ぶ。
 しかし人類もまた負けては居ない。自らの身体だけでエリューションを倒せるだけの力を得たのだ。それまでの人類のように兵隊を組んで戦術でもって迎え撃てば、エリューションなど物の数ではない。山に済む狼のように、現われたそばから乱獲し、毛皮や角を剥製にして飾るのがトレンドになった。この星における生物のバランスが一段階上に上がった。俺はそういう風に考えている。
 いつか星も手狭になり、火星や月で暮らす日が来るだろう。
「ドラゴンの話はいい。それより、例の人類拠点はどうなってるんだ」
「さあ? 壁外調査団を潰せれば袋小路に出来るってんで帝国の連中が張り切ってるらしいがね。とらえた団長からははき出させるだけの情報ははき出させたんじゃないのかい。来週には公開処刑だって話さ。拷問係のダチが言ってたんだ、間違いねえよ。なんでも人間に邪魔されないように透明な筒の中で首を吊るすんだとさ。ま、帝国の兵隊がぐるっと囲んでる状態で手を出そうなんてバカはいないだろうけどよ」
「ふん。ついに『旧人間の勇者』様もおしまいというわけか」
「美人なのにもったいねえなあ。折角なら公開処刑じゃなくてこう……グヘヘ……」
 だらしなく笑う男に侮蔑の視線をくれてやる。
「用が済んだならさっさと出て行け。手入れの邪魔だ」
「へいへい。また腕がとれたら頼むよ、旦那!」
 男はニヤニヤ笑いのまま店を出て行った。
 俺は道具を置き、奥の部屋へと入る。
 寝室でありプライベートルームだ。
 そのベッドの上には……俺が寝ていた。全身をアーティファクトロープでがんじがらめにして猿ぐつわをした状態で気絶している。
 俺は……いや、私は自分の顔を両手で覆い、数秒待った。
 壁に立てかけていた剣を取り、刀身に自分を映す。
 線の細い青い髪の女がいた。
 これがわたし。わたしがこれ。
 帝国騎士団、団長。ディスである。
「証拠は隠滅させてもらうわよ。悪く思わないでね」
 私は剣を振り上げると、男の首を一瞬で切断した。
「真雁光……彼女を使えば、イデアの所にたどり着ける」
 私の過去を縛るたったひとつのもの。
 人類の特級戦犯イデア。
 彼を精算しなくては、私は前に進めない。
 なんとしても。
 この手で。

●勇者でもなく、英雄でもなく。
 公開処刑当日。
 光は兵隊が作った道を粛粛と歩いていた。
 両手にはロープが結ばれ、目からは光が失われている。
 足取りはふらふらとしていて、歩くと言うより引きずられる状態に近かった。
 金属製のボックスへ入り、外側から頑丈に閉じられる。
 箱の中で首に縄をかけ、筒の上から全自動で釣り上げるという仕組みだ。外からは決して邪魔ができず、不正も起こらない。
 ややあって、縄につり下がった状態で筒の中を上昇していった。
 観衆たちが下品な騒ぎ方をしている。
 女の表情は、長い金髪に隠れてよくみえなかった。
 だがきっと、苦悶の表情を浮かべていることだろう。
 真雁光は死んだと、誰かが叫んだ。
 が、処刑人の一人が首を傾げ、筒のそばへ張り付いた。
 そして。
「見ろ、これは真雁光じゃない!」
 と、叫んだ。
「そんなばかな! 確かに筒へ入るまではあいつだったはずだ! 神秘調査も施してある、なぜ……!」
「探せ、どこかに紛れているはずだ! 観衆を一歩たりとも動かすな、動いた奴はころしていい!」
 慌てて駆け出す兵隊たち。
 なぜこのようなことが?
 その謎を解明するため、時間を二十四時間ほど遡ってみよう。

 人類拠点から大きく外れた荒野を、一台の車が走っていた。
 運転席には結唯。助手席には天乃である。
 二人とも一言たりとも話すこと無く、そういう仕組みの機械であるかのようにシートに腰を沈めていた。
 後部座席にはそれぞれ桐と陽菜が座っている。
 陽菜は膝の上で揃えた手を見つめながら言った。
「本当に、この先にイデアがいるの?」
「結唯さんは嘘つかないですよ。勿論私もね」
 じろりとにらみ付ける陽菜。
 桐は肩をすくめた。
「嘘つき」
「嫌ですね。偏向報道は嘘じゃないんですよ。事実を選択しただけじゃないですか」
「じゃあ、ペテン師だよ」
「あなたもね」
「……」
 陽菜は膝の上でぎゅっと手を握った。
 事実として、陽菜はイデアとエイスをペテンにかけ、世界をめちゃくちゃにするための手引きをした。
 だが本当にそんなことがしたかったのだろうか?
 答えを述べるなら、否である。
「聞きましたよー。架空仮定存在『シィン』を封印していたのは陽菜さんなんですって? こんな世界にしちゃって、今どんなお気持ちですか?」
「雪白」
 助手席から声がした。
 天乃の声である。
 抑揚はないが。
 殺意はあった。
「それ以上いじめたら、殺すよ」
「い、いやですねえ、ちょっとしたジョークですよ。報道ジョーク」
「……」
 陽菜は目を瞑り、さっきよりも強く手を握った。
 血が滲み、ぽたりと膝にしみる。
 おかしくなったのは聖剣が抜かれた時からだった。聖剣によって抑制されていたシィンの力は急速に膨張し、それを利用していた陽菜の精神を犯すに充分なものだった。
 彼女は知らず知らずのうちに感情を制御され、シィンの操り人形と化していたのだ。
 望んでやったことじゃない……といえば嘘になる。
 エイスを嫉んでいたし、イデアを憎んでもいた。
 由来を探すのが難しいくらいに、愛憎は混ざり合い、あらゆる理論をはねのけないだけの動機を備えてはいた。
 だから自分のせいなのだ。
 イデアがこんなふうになったのは、自分のせいなのだ。
 だから。
「責任は、とるよ」
 全ての財産をなげうち天乃を雇い入れ、情報屋に渡りをつけ、やっと手に入れたイデアの居場所。
「まずは会わなきゃ。彼に……」
 会って、話をしなきゃいけない。
 話をして。
 その後は。
「ここだ」
 結唯が必要最低限の言葉を発して車を止めた。
 焼け焦げた村である。
 その様子を見て、桐は反射的にカメラのシャッターを切った。
「ドラゴン・フィティにやられたらしいですよ。ま、例のドラゴンと同じものかは不確かですけど、自分たちが力を得る対象に殺されるのって、なんだか家畜みたいで愉快じゃないですか?」
「……知らない」
 天乃は手早く車から降りると、ずかずかとルーフの上に飛び乗った。
 本来なら咎められて然るべき行為だが、結唯は何も言わない。
 喋るのは桐の仕事だと言わんばかりである。
 その意図を察してか、桐は歩きながら語った。
「イデアさんはひとつ所に留まらないんだそうです。暴漢対策なのか放浪癖がついちゃったのか。でも今回の物件はアタリでしたよね。どうも地下シェルターが残ってたみたいで、イデアさんはそこにいるんです。ってことで」
 ペンをくるくると回して振り向く。
「天乃さん、そこに立ってても誰も見つかりませんよ?」

 地下シェルターへの入り口は壊れていた。はしごが渡されていたようだが、途中からくずれている。
 申し訳程度に設置されたロープを伝って、彼女たちは地下へと下りていった。
 地下にはバルブ式の扉がひとつ。
 まるで金庫のようなそれを引き開けた――その瞬間、隙間を縫うように一本の簡易ナイフが飛んできた。
 二本指でキャッチする天乃。
 天乃は即座にワイヤーピッケルを投射すると、天井と奥の壁それぞれに打ち付け、自らを高速で発射させた。
 天井に弧を描くように打ち込まれる投げナイフ。だがその一本たりとも当たることは無い。天乃は天井に天地逆さに足をつけると、身を低くしてダッシュ。
 身体を縦横斜めに高速回転させながら『相手』へと手刀を繰り出した。
 巨大な剣が凄まじい速度で間に挟まり、天乃の手刀を食い止める。
「久しぶり」
 巨大な剣を間に挟み、二人の目が合った。
 いつもようなとろんとした目の天乃と。
 人を殺すような目をしたイデアである。
「強くなったね、イデア。でもそれは、私も同じだよ」
「天乃……また、俺を殺しに来たのか」
「違うって、言ったら?」
「信じられるか。俺はもう誰も――」
「誰も信じない?」
 天乃はぴょんと後方へ飛び跳ね、空中で十二度ほど回転してから音も立てずに着地した。
「妹、も?」
「……」
「エイスのことも、信じられない?」
「それ、は」
 瞬間、天乃は風になった。
 それもつむじ風だ。
 シェルター内に大量のワイヤーを瞬間的に放つと、その全てを縦横無尽に引っかき回したのだ。
 天井が八つ裂きになり、地面が残らず砕け、壁という壁が崩壊した。
 しかしそこはシェルターである。室内構造は残ったままである。ただしイデアは両手両足を拘束され、空中にビッシリと固定されていた。
「はあ……」
 天乃は珍しく、本当に珍しく、失望の色を露わにした。
「今のあなたは、強い、けど。魅力が、ないよ。光が、ない」
 星川天乃に正義はない。
 それは昔からずっと。幼い頃からずっと続いていたことである。
 しかし彼女に善悪の区別があるとするならば、それは『イデアがいいと言うか否か』である。
 イデアが正しかったとき。天乃が間違っていたとき。必ずと言っていいほど彼女は負けた。それが判断基準になっていたのだと、今なら思う。
 もちろん彼女に悪行への抵抗はない。だが自分が悪いことをしているのだという自覚は必要だった。染まりきらないために。沈みすぎないために。いつまでも夕暮れの境界線に立つためにだ。
 そのための太陽と影がイデアであり、彼こそが天乃の正義だったのだ。
 が、今の彼に正義はない。
 光の無い太陽に、価値は無い。
「もう、いい。殺せ……」
 ぐったりとするイデア。
 だが天乃は、空気でも見ているかのような無反応さでその場に腰を下ろしてしまった。
 どうでもいい、と言いたげである。
 桐は一度結唯の顔を見てから、手帳を開いて歩み寄った。
 がんじがらめにされた彼の眼前に立ち、腕を組む。
「イデアさん。あなたを殺すために私が居る必要、あると思いますか?」
「特級戦犯を殺すところをスクープしに来たってところじゃないのか」
「あはは、それならいいんですけどね。残念ながら私、今は別の仕事をしてまして。結唯さんと一緒に情報をね、売り買いしているんですよ」
「……」
「私から買いたくないですか? イデアさん、欲しがると思うなあ」
 上目遣いに顔を覗き込む桐。
 イデアは目をそらし、唇を噛んだ。
「……言え」
「『売り買い』って言ったじゃないですか。イデアさんからお金や物資を貰うか、情報を貰うかしないとダメですよ」
「そんなものはない」
「でしょうね。放浪癖の浮浪者ですもん。でもほら、あるじゃないですか」
「……」
 桐はイデアの胸を指で突いて、にやりと笑った。
「あなたの剣です」
「これは……」
「『聖剣の打ち直し』でしたっけ。力は発揮できないし、あなたが持っていなくては意味が無い剣です。他の人間にとってはただ重いだけの鉄くずですからね。でも逆に言えば、あなたが持っていたなら価値がある。そうでしょう?」
「何が言いたい」
「あなたが私に協力するなら、情報をひとつ売って差し上げましょうと言ってるんです。」
 その情報とは?
 聞くまでも無い。
 イデアは唇を噛みちぎり、血を流して震えた。
 そんな彼が、ふと小さな少女を幻視した。
 幼い娘という意味では無い。手のひらに乗るほどミニサイズの少女が、ふわふわと空中に浮いている幻を見るのだ。
 一年ほど前からだろうか。彼女は時折現われてはイデアに話しかけていた。
『イデアさん。彼女は嘘を言っていませんよ』
『なぜ分かる』
『なぜと言われても。でも分かるんです。私なら』
『こいつを信じろというのか。俺をハメて、こんな身分にした張本人じゃないのか』
『彼女を信じられないなら、私を信じて貰えませんか』
『…………嫌だ』
『あなたが私を信じなくても、私はあなたを信じているんですよ。きっと彼女も。そして妹さんも』
『その名前を出すな!』
 イデアは全身からエネルギーを噴射し、自らを拘束したワイヤーを一本残らず引きちぎった。
 後じさりする桐。
 そんな彼女を、イデアはにらみ付けた。
 その後ろにいる結唯もだ。
「いいだろう。利用されてやる。だから教えろ」
 剣を突き立て、獣が吠えるように。噛みつくように。
「エイスはどこにいる!」

●神は仰せになった。『死ね』と。
 車は一応六人乗りになっているが、イデアの剣を積み込むにはそれなりのスペースが必要だった。サーフボードのようにルーフの上にくくりつけてもよかったが、イデアが手元から離すことを極端に嫌がったため、結局後部座席を折りたたんで広いスペースを取ることになったのだった。
 例によって黙って運転する結唯と天乃。
 後部座席には我関せずという顔で手帳をめくる桐と、膝を抱えてイデアを見つめる陽菜。そして剣を抱えていつでも他人を斬れるようににらんでいるイデアという顔ぶれがそろうことになった。
「光の救出、か。俺をからかっているのか」
「だから本当ですって。彼女、帝国に処刑されちゃうんですよ? 可哀想じゃないですか」
「どの口が言う!」
 身を乗り出したイデアに、桐は畳んだ紙片をちらつかせた。
 ここにはエイスの居所が記されているという。
 無理矢理殺して奪ってもいいのかもしれないが、フェイクの可能性もある。
 とりあえず今のところは、彼女の言うとおりに動かねばならない。
 桐という人間がいかにも油断ならないことは、二十年前の事件で骨身にしみているイデアであった。
「まあ本音をぶっちゃけるとですね、真雁光は人間がノーフェイスに抵抗する際にとっても重要なシンボルになってるんですよ。いわば英雄ですね。二十年前のイデアさんみたいに」
 びくりと陽菜が震えた。
 イデアの殺気を感じたからというより、昔を思い出したからかもしれない。
「彼女が殺されるとモチベーションだだ下がりになるんですよ。私としてはですね、せめて私の寿命が尽きるまでは人類とノーフェイスの抗争状態を続けて欲しいんです。でないと私ら中立ポジションの人間が立場を維持できないんで」
「自身可愛さか。身勝手だな」
「本当にそう思います?」
 小首を傾げられ、イデアは言葉に詰まった。
 本当に我が身かわいさで光を助けようとするなら、自分は無関係な位置に引っ込む筈だ。もし光を助けたことがバレれば、当然桐たちの命が危なくなる。
 もし彼女なら、適当に人類側をけしかけてから知らぬ存ぜぬを貫くだろう。
 だがあえて、中立でもなんでもないイデアにアプローチし、情報を盾にとってまで利用しようとしたのか。
「世界がね、こんなになって。私も疲れたっていうか……まあ、『ごめんなさい』したくなったんですよ」
「俺にか?」
「世界にですよ」
 窓の外を見て呟く桐は、不思議と遠い場所を見つめていた。
 遠い遠い。
 ここではないどこか。
 もしかしたら、世界を超えたどこかを見つめていたのかもしれない。
「と言うわけで、黙って利用されちゃってください。サービスしますんで」
「色仕掛けでもするのか。アバズレが」
「それもいいんじゃ無いですか? 生物である以上性欲からは逃れられませんしね。でも私はしませんよそんな汚れ仕事。やるならこの子です」
 そう言って、桐は陽菜を小突いた。
 陽菜は、じっとイデアを見てる。
「アタシは、いいよ。イデアが望むなら、なんでもする。死ねと言われれば、今すぐ死んでいい。でもその前に、これを……」
 陽菜はそう言って、胸元から一個の宝石を取り出した。
 どこからどう見ても美しい球体をしたそれは奇妙な光を放っていた。
 かつての聖剣の光に、どこか似ている。
 イデアは宝石を手に取った。
「シィンから搾取していたエネルギーはね、イデアが聖剣を抜いた日から徐々に衰えていったの。でも蓄えておくことはできた。今イデアが持ってるそれが『貯蓄』だよ。私に残ってる最後のもの」
「……」
「全部の財産は天乃たちに費やしたの。そして全部のエネルギーは、そこにある。あと残ってるのは、肉と骨と血だけ」
 幻の少女セラフィーナが現われ、宝石に触れた。
『イデアさん……』
『うるさい。黙っていろ』
 イデアは宝石を握り、懐に入れた。
「なぜこんなことをする。お前も、俺を利用したいのか。桐のように」
「ううん。アタシは違う。でも、理由は似てるかな」
 膝を抱え、陽菜は顔を埋めた。
「アタシも『ごめんなさい』がしたいんだ」
「世界にか?」
「イデアとエイスに」
 その言葉を最後に、車内に会話は無かった。
 ただのひとつも。

●誰がための勇者
 時を戻す。
 真雁光が処刑台に上るその時へだ。
 鉄の箱へ入れられた光は、手の縄を切られ、首に縄をかけられるところだった。
 覆面をした処刑人が問いかけてくる。
「今から死ぬ気分はどうだ?」
「……」
 何かをぽつぽつと呟いている。
 耳を澄ませば、その声を聞き取ることができた。
「たすけてイデア。たすけて、イデア。たすけて」
 口の端だけで笑う処刑人。
 女の首に縄をきっちりと固定して、天井を開いた。
 目を瞑る光。
 人類のため。
 みんなのため。
 光は勇者でなければならなかった。
 イデアという支柱を失い、社会がめちゃくちゃになった中で、自分は人々の希望を背負う存在でなければならなかった。
 そう悟った日から、光は自分を『ボク』と呼ぶことをやめた。
 立派な女性として。大人の人間として。
 そして規範的で模範的な勇者として、振る舞い続けてきた。
 自分を見た子供が笑った。
 自分を呼んだ女性が笑った。
 自分と肩を並べる男たちが笑った。
 それでよかった。
 自分を殺してでも、みなのためにありたかった。
 だが今、首に縄がかかった今。
 浮かんだ顔は他の誰でも無い、イデアのものだった。
 共に戦った時の彼。
 家で楽しくクッキーを焼いた時の彼。
 料理を披露しようとしてキッチンを爆発させた光に、イデアは笑ってくれていた。
 彼の笑顔がまぶたの裏について、離れない。
 子供の笑顔も、女の笑顔も、男の笑顔も、何もかもが遠い過去のもののように思えた。
 もっと昔の、忘れてしまいそうなほど古い記憶なのに。
 光の頭を、彼が占めていた。
 親友であり、勇者であり、特級戦犯。
「イデア、ごめんなさい。裏切ったのはあなたじゃない。私が…………ボクが、裏切ったんだ」
 呟きと共に、首つり機械が作動した。強烈な勢いで女は釣り上げられていった。
 光の目の前で。
「あ、れ?」
 ぽかんとみあげる光。
 首に繋がれていたと思しきロープは途中で切れ、目の前の処刑人が握っていた。
 覆面を脱ぐ。
 そこには。
「……!」
 そう、そこにいたのは処刑人ではない。イデアだったのだ。
「お前を処刑する筈だった奴は今上で吊られてる。ほら、来い。こっちだ!」
 イデアはそう言うと、足下へ巧妙に隠された蓋を開いた。
「あっ、ちょっと待って首が絞ま……うぎゃっ!」
 首のロープを必死で押さえ、転がるように即席の地下通路を駆ける。
 暫くすると、貧困街へと出た。
「いたぞ! 光だ! とらえろ、殺しても構わん!」
「おいおい、見つかるのが早すぎるぞ」
 イデアは光の手をとると、バザーの列を走り抜ける。
 後ろからは数人の兵士が追いかけてきていた。
 行く手にもまた、数人の兵士が現われる。避けては通れそうに無い。
「来い、セラフィーナ!」
『待ってました、イデアさん!』
 虚空に手を翳すやいなや、巨大な剣が現われる。
 イデアはそれを掴むと、光の縄だけを切断した。
「お前は後ろのをやれ。いいな」
「……!」
 前方の兵士へ突っ込むイデア。巨大な剣が三人の兵士をいっぺんに切断する。
 光は肉屋の屋台から包丁をひったくると、後方から追いかけてきた兵士の手首を瞬く間に切断。流れるように剣を奪うと、他の兵士からの斬撃を弾いて流す。
 そこから力任せに兵士二人をはじき飛ばすと、イデアを追って走り始めた。
 二人は貧困街を抜け、賑やかな大通りへと飛び出した。
 舗装されたアスファルトの上を大量の車が行き交うが、それを無理矢理横断する。
 向かいにあったガラス張りの洋服店に、ガラスを突き破りながら突入。途中で適当なマントやスカーフを掴み取り、光は自分に巻き付ける。
 反対側から飛び出して、そしてブレーキをかけた。
「隊長! 抜け出せたんですね!」
 人類側の調査団がいたからだ。ノーフェイスの町に紛れ込んで光救出の機会をうかがっていたのだろう。
「……隊長、横の男はまかさ」
「今は手を出さなくていい。その時ではないでしょう」
「は、はい。しかし……」
 名を呼びかけるべきか。
 どう呼んだらいいか。
 分からず、光は口ごもる。
「特級戦犯一号。助けてくれたことは礼を言います」
「戦犯か」
「立場上、こういう対応しかできないんですよ」
「構わん。昔のように呼ばれたら首を切り落としていた所だ。憎しみで、お前を殺していたかも知れない」
「ならなぜ助けたの」
「そういう約束だったからだ。エイスの居場所を知るためには、お前を助ける必要があった」
「エイスさんの!?」
 思わず聞き返した、その時である。
「やあやあ我こそは帝国近衛兵が四天王、土のスカル! 人間の小娘よ、貴様を家に帰すことまかりならぬ! 死ねい!」
 巨大なモーニングハンマーを振り回し、巨漢のノーフェイスが襲いかかってくる。
 が、その身体はどこからともなく放たれたワイヤーによってがんじがらめにされ、まるで絞ったザクロのようにぐしゃぐしゃに潰れた。
「ひ、ひぶう!?」
「四天王、弱すぎない?」
 急停車した車の上で、くいくいと手招きする天乃。
「乗って。逃げるよ」
 素早く車に乗り込む二人。
 運転席には結唯である。
 車は全速力で発進。天乃はルーフに張り付いたまま、行く手を遮ろうとする兵士や戦車をまるで粘土細工のようにざくざくと切断し、はねのけていく。
 そんな彼女たちの行く手には、バリケードと戦車で組まれた包囲網が敷かれていた。
 どうする。一瞬迷う結唯。だが迷いは吹き飛んだ。それも物理的にだ。
「フィティだ! フィティが出たぞ!」
 上空を突如として覆う影。
 それはかの悪しきドラゴンを彷彿とさせる存在、通称フィティであった。
 フィティは大気をかき混ぜ、炎と雷をまき散らし、包囲網もろとも地面を引っぺがしてしまった。
 車の中にいたイデアたちはまるでシェイカーに放り込まれたかのようにめちゃくちゃにかき混ぜられた。
 が、そこは用意周到な結唯の車である。特殊装甲で加工された車体は無事に原型をとどめ、上下逆さではあったが車内の彼らが潰されることは無かった。
 が、エンジンがかからない。
 修理している暇はないだろう。
「こっち」
 すると天乃が近くの装甲車にとりつき、運転手を引っ張り出して捨てた。
「他人のものを平気で奪うな、あいつは」
 イデアたちは頷き会うと、上空で暴れるフィティを背に装甲車へ乗り込み、全速力でその場から逃げ出したのだった。
 帝国に潜り込んでいた調査団たちも無事だったようで、別の車で後ろをついてくる。
 外で待っていたと思しき桐たちの車とも合流したところで、彼らの逃走は一旦の落ち着きを取り戻した。

 人類拠点のすぐ近く。
 調査団のキャンプ前で、光たちは車を降りた。
「私を笑いに来たのですか。次世代の勇者さまが、無様に首を吊られているって」
「そうだ。いいざまだった。あのまま吊られていればもっと笑えたな」
「……でしょうね。あなたはこれからどうするんです」
「さあな。お前につかまって今度は俺が吊るし首かもな。できれば見逃して欲しいところだ。エイスの居場所を知ったまま死にたくない」
 剣に手をかける光。
 周囲には調査隊の面々が囲み、イデアをにらんでいる。
 光の生還を喜ぶ反面、彼女の足かせになっている特級戦犯イデアへの憎しみが沸いているのだ。
 そんな空気を肌に感じながら、光はイデアの首に剣を突きつけた。
 声を張り上げる。
「特級戦犯一号。今は見逃してやる。どこへなりとも消え、二度と姿をみせるな」
「ほう、お優しいことで」
 そして小声で言った。
「余計なことを言わないでください。今はこれが限界です。さっさと行ってください」
「どうも。ならそこの装甲車、借りていくぜ」
 イデアはそう言うと、装甲車に乗って走り去っていった。
 そっとそばに寄ってくる隊員。
「隊長、よかったのですか? 奴を拠点に連れ帰れば……」
「構わない。今はそれよりも、調査隊を立て直すのが先決だ。一旦拠点に戻ろう。準備しろ」
「はっ……!」
 敬礼し、それぞれ作業にかかる隊員たち。
 そんな中で、装備管理係の女が小走りにやってきた。
「隊長。無事でよかった」
 女は頬を朱に染めつつ、マフラーとそれでくるんだ剣を差し出してきた。
「回収して、大事にとっておいたんです。隊長の、『勇者の剣』です」
「勇者……か」
 剣を抜き、天に翳す光。
 映った自分の顔は、随分とりりしく大人びていた。
 誰にも聞こえぬ声で言う。
「勇者ってなんだろう……ね、イデア」

●戯れの悪
「我こそはノーフェイシス帝国皇帝、鋼剛毅である! フーッハッハッハッハッハ!」
 帝国中央、鋼城。
 天空に浮かんだそれの最上階で、鋼剛毅は玉座についていた。
 足を投げだし、顎肘をついた状態である。
 ノーフェイス・ショックと呼ばれる大革醒事変は、何も人類の九割がノーフェイス化したがための動乱だけではない。世界から主要エネルギー源であるシィンエネルギーが喪われ、流通が破綻、経済が崩壊、社会が破滅したこともまた主な動乱の原因であった。
 そんな中、シィンのエネルギーを直通で得ることが出来た剛毅は社会のパワーバランスを担うに相応しい存在だったのだ。
 自らの力を振りかざし、人類を統括し、また自らをエネルギー源とすることで人類を屈服させることにも成功したのだ。
 惑星規模の石油王とでも表現すれば分かりやすいだろうか。
 そんな彼は、かつては出来なかった戯れを好き放題にやらかすことができた。
 裸体の女性を大量にはべらるもよし、今や勝ちの無い札束でプールをいっぱいにするもよし、気に入らない人間を輪っか状につなげて処刑するもよしだ。
 だが彼の歪んだ嗜好は一般的な欲求とは別の所に存在していた。
 その結果生まれたのがこの鋼城であり、騎士団であり、近衛兵であり、四天王である。
「皇帝陛下、フィティが帝国上空を去りました」
「ふむ。手を焼かせおって。他はどうなった」
「はっ。壁外調査隊隊長、真雁光が逃走しました。その場にはあのイデアも加わっていたと」
「イデア? あああの小僧か」
「いかがいたしましょう」
 剛毅は鎧をがしゃがしゃと鳴らしながら頬杖をつくと、胡乱げに天井を眺めた。
「泳がせておけばよい」
「しかし陛下、奴が人類拠点に戻れば奴らは活気をとりも――」
 報告していた男の上半身が消し飛んだ。
「俺への口答えは略式死刑だ。四天王がひとり、火の……火のなんとかは解任した。適当な四天王を見繕え」
「はっ、土のスカルもやられたそうですが」
「じゃあそいつもだ」
「仰せのままに」
 残りの四天王と思しき女が頭を垂れた。
「所で、騎士団長の行方が消えました」
「騎士団長……ディスか」
「やはり人間に権利を与えるのは間違――」
「死刑だ。おい、風のバルが消えた。見繕え。ボンキュッボンのやつな」
「はっ、おおせのままに。してディスに追っ手をかけましょうか」
「いや、くくく……泳がせておけば良い」
「しか――」
「はい死刑! 次の報告はなんだ?」
 しんと静まりかえる玉座の間。
 家臣の一人がおずおずと顔を上げた。
「陛下、四天王が全て死亡しましたですじゃ」
「じゃあお前が五番目の四天王だ」
「五番目……」
「報告」
「はっ。どうやら人類側は兵力をため込んでいたようで。準備を整え次第攻撃をしかけてくる模様とのことですじゃ」
「ふん、それこそ泳がせておけ。帝国軍とは物量の差がありすぎるのだ。鎧袖一触。力の差を見せつけ、絶望させてやれ」
「はっ。しか――」
「ん?」
「お待ちください! もう一つだけ報告が」
 剣を掴もうとした剛毅に、五人目の四天王は両手を挙げて頭を下げた。完全降伏のポーズである。
「『災厄存在エイス』の居所を掴みました」
「……ほう?」
 剛毅は、フルフェイスメットの奥で眼光を細めた。
「即刻とらえよ。兵をどれだけ使っても構わん! 邪魔する者は、皆殺しだ!」

●災厄存在エイス
 世界のエネルギー源となっていた仮定架空存在シィン。それと直結した存在であるエイスは今、この世界の誰もが求める『エネルギー源』であった。
「それが……この場所に」
 旧都タワー。
 巨大な鉄塔を思わせる赤と白の塔は、かつて地上波放送の発信源になっていたという。
 情報の発信基地であるそれは、同時に都会のシンボルでもあった。が、それも過去の話。今はさび付いた巨大な鉄くずである。
 エリューションが跋扈し、空をドラゴンが飛ぶこの時代。ここまで目立つ『袋小路』に隠れ住もうなどという人間は居ない。かつて高いところは安全という常識があったが、誰でも平気で空を飛べる現代にあって、それは自殺行為に等しいからだ。
「私はここで待つ。言ってこい」
 車をとめ、結唯はイデアへと言った。背を向けたまま、視線を合わせぬままである。
 一方で桐はぱたぱたと手を振り、笑顔を向けてきた。
「私はあんな危険な場所に行きたくないので、安全なところで待たせて貰いますよ。何かあったら即刻逃げるんで、よろしくです」
「ふん。まあそんなところだろうな。……いや、待て、危険ってどういうことだ?」
 高いところが危険というならまだしも、立ち入りたくないほどの危険とはなんだろう。
 そう思った矢先、旧都タワーの側面が爆発した。
 身を伏せるイデア。振動で周囲の家屋が崩れ、ぱらぱらと石を飛ばした。
 それだけではない。立て続けに爆発が起き、タワーが目に見えてぐらぐらと揺れた。
 目をこらしてみれば、遠くから戦闘ヘリが接近している。機体にはノーフェイシス帝国の紋章が描かれていた。
「な、帝国軍だと!?」
 それでもまだにこにことしている桐。
「いやあ、帝国にエイスの居場所を教えろって言われちゃいまして。情報屋の手前嘘をつくわけには……」
「なんだと?」
「あっと恨み言はナシですよ。これでも情報を売るまでギリギリ粘ったんですから。私たちなりの時間稼ぎなんです。あとは自分で何とかしてくださいよイデアさん」
「ちっ……しょうがない!」
 剣を呼び出し、走り出すイデア。
 その横を、天乃がぴょんぴょんと跳ねながら併走した。
「なんでお前まで来る」
「……気分?」
「好きにしろ」
 天乃にはイデアの選択を見届けたいという明確な目的があったが、それを素直に述べる彼女では無い。
 廃墟だらけになった町を走って行くと、周辺を固めるためか大量の兵士が降下してくるのが見えた。
 当然こちらにもだ。
「イデア、そして星川天乃だな! 我ら新四天王と帝国騎士団。この先を通すわけにはいかん!」
 大量のノーフェイスが降り立ち、行く手を遮りにかかる。
「邪魔するな! 行くぞセラフィーナ!」
『お安いご用ですイデアさん!』
 剣を握り、ノーフェイスをぶった切って突き進むイデア。
 天乃もまた、家屋の壁や電柱を足場にし、縦横無尽かつ高速な特殊機動でノーフェイスたちを切り刻んで進んだ。
「強いな。だが所詮は二人。取り囲んで潰せ。足を絶ち、泥に沈め、石で固め、氷に閉ざし、大気に潰されよ!」
 ノーフェイスたちが特攻覚悟で組み付いてくる。切り裂いても切り裂いても続くそれに対応しきることができない。
 団子状にくっついた大量のノーフェイスの死体を引きずり、はいずるイデア。
 その脇では天乃がノーフェイスを細切れにしながらも、足や腕をロープに絡め取られていた。
 ついには地面に叩き付けられ、押さえつけられてしまった。
 髪の毛を掴み上げられるイデアと天乃。
「貴様ら二人にずいぶんと兵を割かれたが、チェックメイトだ。ここで死ねい!」
 斧を振り上げる巨漢のノーフェイス。
 が、それは遠くから放たれたジャスティスキャノンではじき飛ばされた。
「何……!?」
 思わず振り向くノーフェイス。そこへ、大型バイクに跨がった光がバイクごと体当たりをしかけた。
 途中でバイクを乗り捨て、地面を転がる光。
 一方で車体に身体をもっていかれたノーフェイスは近くの雑貨屋廃墟に突っ込んだ。
 膝立ち状態で剣をとる光。そのままイデアたちに覆い被さったノーフェイスの群れを一瞬にして消し飛ばした。
 それだけではない。大量の装甲車が突っ込み、ノーフェイスたちを挽きつぶしていくではないか。
「これは……」
「少し頭を低くしていてください」
 光はそう言うと、停車した装甲車の上に飛び乗り、無線機を引っ張り出した。
「壁外調査団第一第二及び第十五隊。各員ノーフェイスへ攻撃せよ。これは人類の怒りにして、復讐の刃である!」
『第一隊了解。隊長のためなら死ねます!』
『第二隊了解。以下同文』
『第三隊了解。ぶっ殺してやる!』
『第四隊了解。俺、帰ったら結婚するんだ!』
『第五隊了解! 隊長、これに買ったら結婚してください!』
『第六隊了解。そこの二人、死亡フラグって知ってる?』
『第七隊了解。隊長は私のものです!』
『第八隊了解。バカどものことはいいから、ビールを冷やしておいてくれ』
 などと、立て続けにスピーカーから声が漏れ聞こえてくる。
 光はイデアを見下ろして、片眉を上げた。
「どうです。ボクも頼れる女になったでしょう?」
「……どうだかな。これで借りを返したつもりか」
 などと言いつつも、イデアは光の車に飛び乗った。
 彼と肩を並べ、光は目を瞑った。
「いいえ……イデア。あなたとの間に貸し借りなんてありません」
 目を開け。
「昔から、そうだったでしょう」
 剣をとる。
 イデアもまた、剣を構える。
「なら、『裏切り』も無いはずだ」
 眼前に急降下してきた戦闘ヘリを、斬撃だけで四分割する。
「恨みっこなしの」
「憎みっこなしだ」
 二人は横顔を見合い、照れくさそうに笑った。
「いこうイデア。エイスさんを、取り戻そう」

 ノーフェイシス帝国軍と人類壁外調査団。二つの軍隊がぶつかり合うなか、イデアたちは旧都タワーの前までたどり着いていた。
 が、そこまでである。
「調子にのるなよ小僧ども!」
 突如として空が闇に覆われた。
 ドラゴンの襲来か? いや、違う。
 現われたのは巨大な全身鎧であった。
 そう。
「我こそはノーフェイシス帝国皇帝、鋼剛毅である! 世界をすべるエネルギー源、貴様に渡すわけにはいかんな!」
 剛毅は周囲のノーフェイスを吸収し巨人と化し、旧都タワーの先端を丸ごとへし折ってしまった。
 中を覗き込むと、透明な棺の中でエイスが眠っているのが見えた。
「見つけたぞ。灯台もとくらしとはまさにこのこと!」
 剛毅はそう言うやいなや、鎧の中に棺を放り込んでしまった。
 高い視力をもつ光たちにはそれを肉眼で確かめることが出来た。
「エイス!」
「全軍、皇帝に向けて一斉射撃!」
 駆けつけた装甲車の群れが、備え付けの重機関銃やロケットランチャーを剛毅めがけて乱射する。
 が、しかし。
「フハハハハハハ! かゆいわ!」
 剛毅は自らが放ったノーフェイス騎士団の全てを吸収。さらに巨大な化け物となり、地面に向けて剣を突き立てた。
 それだけで大地がめくれ上がり、全ての道路と廃屋を粉々にした。
 イデアたちも例外ではない。
 高い防御力をもつ装甲車がひしゃげ、緊急離脱したイデアたちもまたがれきに身体をぶつけることになった。
 ふらふらと立ち上がる天乃。
「あれは、楽しめそう……かな?」
「無理を言うな」
 廃車同然の装甲車から無線機を引っ張り出す光。
「みんな、平気か!」
『生きてます。しかし戦闘の続行は難しいかと』
「わかった。けが人を保護して撤退だ」
『しかし』
「大丈夫。私たちがいる」
『……わかりました。隊長。いや、勇者光様。ご武運を!』
 通信が切れる。無線機を放り投げ、光は肩をすくめた。
「ボクがなりたかったのは、勇者でも英雄でもないよ」
「なら何になりたかったんだ」
「きみの仲間だよ、イデア。ボクは君になりたかった。君の隣にいたかった」
 『勇者の剣』と呼ばれた光の剣は、その実ただの剣である。
 しかし無限の力を秘めているとされ、人々は信仰心に近い気持ちで光が持つことを望んだ。
「イデア。君は何がしたい?」
 空を見上げる。
 いや、空はない。巨大な剛毅が、こちらを見下ろしているのみだ。
 イデアもまた空を、いや剛毅を見上げた。
「エイスを助け出す」
「その後は?」
「その時に考えるさ」
 剣を構える。
 構えた剣が、まばゆく光った。

 同時刻。結唯の車内にて。
「……」
 膝を抱えていた陽菜は、自らの胸が熱くうずくのを感じていた。
 魔力を預けた宝石が、彼女の生命力を欲しているのだ。
「いいよ。限界まであげる。アタシの全部を、きみにあげるよ。イデア」
「なんだ、どうした?」
 運転席から振り向いた結唯は、ありえないものを見た。
 陽菜が輝きの中に消え、大きな球体となり、そして車体をすり抜けて彼方へと飛んでいく光景だ。
「な……!」

 イデアと光の剣がまばゆく輝く。
 するとイデアの懐にあった宝石がひとりでに飛び出し、剣の柄へとはまり込んだ。
 それだけではない。幻であったセラフィーナが、彼方より飛来した謎の輝きと融合し、虹色の天使へと変化したのである。
「おまえ……は……」
「この姿を保てるのは今だけですが、名乗っておきましょう。アタシの名はセラヒナ。シィンの力と聖剣の力。その二つを備えた『弱さと力』の象徴です。あなたたちの願いに応じて、ただ一振りだけ奇跡を実現しましょう」
 すると、光の持つ『勇者の剣』とイデアの持つ『聖剣の打ち直し』が一つに集まり、一本の巨大な剣へと変貌した。
 その巨大さたるや、今の剛毅の倍にも至る高さである。大気圏を突破し、宇宙にまで伸びた。
「なん、だと……? ばかな、ありえん。俺はシィンの力を独占したはず。なのに。なのになぜだ……! 俺よりも、俺よりも優先されたというのか、この小僧どもが!」
 二人は共に構え、そして。
「イデア、せーのでいこう」
「わかった、せーのだな」
 二十年前の、いつかのように。
「「せーっの!」」
 剛毅めがけ、振り下ろした。
 剣に切り裂かれ、光と闇が混じり合い、そして剛毅は、跡形も無く消えた。

 力とは力である。
 それ以外の何物でも無く、何に代わるものでもない。
 剛毅はそれを、一番よく知っていた。
 なぜなら彼が力そのものだからだ。
 シィンの至る先。『弱きもの』と『力をもとめるもの』のその先にあるものとして、剛毅はこの世界に形成されたからだ。
 ゆえに彼は、世界がいかなる状態であろうと力を振りかざすことだけを続けてきた。
 それが彼の存在意義であり、存在そのものだからだ。
 だがそれが、今終わろうとしている。
『俺は、死ぬのか……?』
 ふわふわとした、真っ白の世界で、剛毅は上下左右の感覚もわからぬままに浮いていた。
 剛毅からみた斜め上に、上下逆さになった女が現われた。
『おまえは……シィンか。初めて憑依体以外の姿を見たな』
『まあこれも、ちゃんとした姿ってわけじゃないですけどね』
 シィンはいわば概念である。もし人間の姿にあらわすなら、全人類六十億人の姿を無限かつランダムに切り替え続けたものになるほかない。人間が秒速無限回に切り替わり続ける物体を光学的に認識できればの話だが。
 今は聖剣や陽菜さんと波長が合ったんで。今日の自分はこのスタイルで行かせて貰いますよ。
『なんでもいい。地獄への迎えがお前で無ければな』
『私のこと、嫌いですか?』
『ふん。俺は弱者に興味は無い。俺は勝者であり強者だ』
『そんな人間存在しませんけどね』
『だから人間ではないのだ。まあそんなことはどうでもいい。俺は死ぬのか?』
『さあ? 彼らの願いはあなたに関することじゃありませんでしたし?』
『フン。この期に及んで無視されたというわけか』
 力とは手段である。
 ゆえに、目的を叶えるために必要になるが、叶えた段階では不要になる。
 今回もまた、そうだった。
 シィンは手を叩いて笑った。
『まあいいじゃないですか。もうすぐハッピーエンドですよ。ただし、彼女を倒せればの話ですけどね』
『そうか。そういえば、奴がまだ残っていたな』
 腕を組み、剛毅は安らかに肩を落とした。
『勝とうが負けようが、どうでもいい。力あるものが勝つ。それが世界の掟だ』

●天秤
 ゆっくりと棺が下りてくる。
 透明なそれが地面についた段階で、イデアたちの剣は二つに分裂し、間に挟まっていた宝石は砕け散った。
 投げ出されるように地面に転がる陽菜。
「陽菜!? 無事か!」
「心配、してくれるの?」
「あ、いや……」
 思わず陽菜を抱え起こしたイデアは、慌てて目をそらした。
「それよりエイスちゃんだよ。ほら、行ってあげて」
「あ、ああ」
 陽菜をその場に残し、棺に駆け寄るイデア。
 が。
 その足は途中で止まった。
「さあ、て。皆さんお立ち会い」
 青い髪の女が、棺の上に立っていた。
 それが誰か、イデアは知っていた。
「ドラゴン……フィティ」
「ええ、久しぶり……と言いたいところですけど、残念私はシィンです。ちょっとね、やらなきゃ行けないことがありまして」
 次の瞬間、フィティは巨大なドラゴンへと姿を変えた。
「今から皆さんを殺さなきゃいけません。理由は……ヒミツです!」

 かつて人類を脅威にさらしたドラゴン、フィティ。
 イデアに殺されたはずの彼女がいかにしてこの世界に復活したのかについて、詳細を述べることはできない。
 そもそもなぜ世界に悪意をばらまいて散った彼女が『悪しきドラゴン』のまま存在しているのかも、何を目的に暴れ回っているのかも、なにもかもわからないからだ。
 きっと本人ですら知らないだろう。
 もはやフィティとはそういう現象であり、そういう災害なのだ。
 だが今、シィンという明確なベクトルをもってして、イデアたちに襲いかかっていた。
「くるぞ!」
 雷が束に鳴り、イデアと光へ襲いかかる。
 と、そこへ一人の女が飛び込んできた。
 高い魔力を秘めた黒剣を翳す彼女。
「惟っ……いや、その妹か!?」
「ディス、と名乗ってるわ。久しぶりね」
 雷の束は、黒剣のエネルギーと相殺し、余った分は拡散して周囲の大地を跳ねた。
「助けてくれるのか?」
「まさか。『あれ』を殺すのが私の目的だってだけよ。兄を死なせたあなたにも充分恨みがあるけど、兄を殺したあいつにはもっと恨みがあるの。それだけ」
 そこまで言うと、ディスは異常な衝撃でもって浮き上がった岩やがれきを足場にドラゴンまで急接近し、黒剣を繰り出した。
 喉元深く突き刺さった剣は……しかし、ドラゴンの中へずぶずぶと吸収されてゆくではないか。
「なっ……これは、どういうこと?」
「さあてね。説明してあげてもいいですけど、生き残れたらですよ?」
 首をまげ、ディスを飲み込まんとフィティが口を開いた。
 ドラゴンに喰われて死ぬ
 そう。まさに兄と同じ末路である。
 ディスが死ぬ覚悟を決めかけた、まさにその時。
「させるかあ!」
 間に割り込んだイデアが、剣をつっかえにしてフィティの顎を押さえ込んだのだ。
 それだけに留まらない。いつの間にかフィティの頭上に飛び乗っていた天乃が、大量のワイヤーを展開し、フィティの顎を縛り付けにかかったのだ。
 まるで猿ぐつわをされたかのようにガフガフと口を鳴らすフィティ。
「二十年前のようには、いかない」
「ボクたちだって、力をつけてるんです!」
 光があえてフィティの口内に立ち、喉元めがけてジャスティスキャノンを連射した。
 びたびたと暴れ、地面に墜落するフィティ。
 その喉元から声がする。
「頑張りますね。でも陽菜さんの育てた『奇跡の宝玉』はもうありませんよ。聖剣の力も完全ではない。どうやって倒します?」
「……」
 一瞬の沈黙。
 その間に、セラフィーナがささやきかかけてきた。
『倒す必要はありませんよ、イデアさん』
『どういうことだ?』
『フィティは悪しき心を吸いすぎた巫女の慣れはて。つまり、悪しき心を浄化すればいいのです』
『浄化……? 無理だ。そんな力、俺には無い』
『いいえ、イデアさん。あなたには出来るはずです。悪を払う力。罪を消す力。分かるはずです。あなたなら、できるはず』
『悪を払う力。罪を消す力……』
 イデアの脳裏に浮かんだのは、天乃であり、光であり、ディスであり、惟であり、結唯であり、陽菜であり、桐であり、剛毅であり、セラフィーナだった。
『あなたは憎しみで剣を振ってきた。それは確かに強力なものでした。しかしあなたが本当に強いのは、なぜですか? 私があなたを信じたのは、なぜですか』
「俺は……」
 二十年前のことである。
 勇者イデアは運命に翻弄され、その全てを奪われた。
 その結果としてある今。
 このとき。
 彼は。
「フィティ。俺はお前を……」
 のたうつドラゴンの頬に、イデアは触れた。
「許す」

 悪しきドラゴン・フィティはエネルギーのかけらとなって霧散した。
 後に残ったのは、青い髪の女ひとりである。
 その時何が起こったのか。
 旧都タワー跡だけを見ていてはわかるまい。
 故に世界規模で語ることにしよう。
 まず、全世界にフィティの影響によって発生していたノーフェイス群は一つ残らず消滅した。
 代わりに、この世界に『あるべきではない』エリューション能力者として、彼らは残らずフィクサードとなった。
 一方、僅かながら抵抗を続けていた人類は宿敵であるノーフェイスを失い、自由の身となった。
 しかし絶対的な力で統治していた剛毅が消えたことで、世界中のフィクサードたちは我こそが王であると唱え、泥沼の戦争状態へと没入していく。
 それは人類が永遠に繰り返してきたことで、それがこれからも続いただけのことである。
 かりそめの平和は終わり、本来あるべき殺し合いへと戻ったのだ。
 ……イデアたちがどうなったのか知りたいと?
 そう、彼らは今。

●『これ』と呼ばれた騎士
 私は騎士である。
 騎士であり、剣であり、盾である。
 リベリスタの青年イデアに命を救われて以来、私は彼の剣となり、盾となった。
 人を信じることの難しいこの時代に、信じる人がいることの喜びを、私は感じている。
「イデア。ここで間違いないの? 正直、このがれきの山が古代遺跡だなんて言われても信じられないのだけど」
「結唯さんの情報だぞ。もしデマだったとしても、あの人が意味の無いことを言うはずがない」
「はいはい。失礼したわね」
 私たちが訪れたのは、国立博物館地下倉庫……の更に奥に存在すると言う隠し倉庫である。
 かつて聖剣セラフィーナが納められていたこの場所は、実は巨大な倉庫のフタだったというのだ。
 なんとも眉唾な話ではあるが、イデアが信じるというのだ。ならば信じても良い。
「イデア、見てください! ここに鍵穴みたいなものが!」
「でかしたヒカル!」
 光がぴょんぴょんと跳ねながらイデアを呼んだ。
 彼女は人類拠点が開放された段階で隊を離れ、世間から身を消して生きている。
 なんでも報道機関を再興させた雪白が、イデアとエイスはドラゴン・フィティと相打ちになって死んだという情報を世間に公表し、元々人類が抱えていた『恨むべき対象』を消去したことに由来している。『彼が世界から消えるならボクも一緒に消えるべきだ』とは、光の弁である。
「早く、終わらせよう。でもって、ヤろうよ」
 出口で見張りをしていた天乃が、上下逆さになって顔を出した。
 彼女も彼女で、自分を取り戻したイデアと殺し合いをすることに人生の楽しみを見いだしたらしく、ちょくちょく私たちのやることに首を突っ込んではイデアに襲いかかっている。
 二十年間ペットのように連れ添ってきた陽菜とはそれなりに打ち解けていたようで、すっかり二人暮らしが定着していたようだ。時には天乃と陽菜がセットになって襲来することもある。正直邪魔なのでやめてほしい。
 だが一番邪魔なのは。
「くくく、このお宝が世間に知れ渡れば大騒動になるだろうな。まあ、俺の知ったことではないがな!」
 黒い全身鎧の化け物がゲラゲラと笑っていた。
 鋼剛毅である。
 あの後ふらりと現われたかと思うと、なし崩し的に仲間になった。
 思えば彼の目的は常に『力を振りかざすこと』だったので、世間が泥沼の戦争状態に陥った今、こうしてフラフラさまよっているほうが都合がいいのやもしれない。
「世間はシィンエネルギーの脱却を済ませてるし、今更無くなって困るのなんて一部の独裁国家くらいなものじゃない?」
 その隣でふわふわとあくびをするフィティ。
 ……フィティである。
 ドラゴンの呪縛から解放されるやいなや、家がない私を保護するのは手をかけた男の役目であるなどと主張し、図々しくも私たちの仲間に加わっている。おかげでイデアの家は手狭きわまりない。
「さ、開けるぞ」
 イデアは鍵穴に剣を挿入した。
 光の剣とあわせたことで完全に修復した聖剣セラフィーナである。
 世間一般の鍵と同じように九十度ひねると、がちんという音がして床が開いた。
 その下にあったものは、一人の少女……の形をした人形である。
「これがシィンのオリジナルボディ……」
 世界には『シィンのかけら』と呼ばれるアイテムが点在し、剛毅が持っていた剣や聖剣セラフィーナなどに使われ、世界のパワーバランスを担っていた……が、シィンの本体は行方不明のままだった。
 そもそもシィンのエネルギーだけを目的としていた世界の人々にとって、本体がどこにあるかなどどうでもよかったのかもしれない。エネルギーが吸い出せさえすればよかったのだ。
「セラフィーナ……」
 イデアは剣に向けて呼びかけた。
 剣からは一体の精霊が沸きだし、こくんと頷いた。
「いままでありがとう。さよなら」
 人形に抱かせるように、剣を置く。
 すると。
「ふああ……やっと見つかりましたか。全く、何ヶ月待たせるんですか」
 人形は身体を起こし、ふわふわとあくびをした。
 そう。
 シィンそのものである。
「やりましたねイデアさん! これでミッションコンプリートです!」
 未だに精霊状態のまま、消えずにガッツポーズするセラフィーナ。
 シィンエネルギーが二度と悪用されないよう、オリジナルボディを見つけ出して起動するという役目がイデアにはあって、そのために聖剣セラフィーナを手放す必要があったわけだが……。
 剣のエネルギーは尽きたものの、どうやらイデアそのものに依存するようになったらしく、あらゆる意味でイデアに依存して生活している。
 私見だが、こいつが一番うっとうしい。
「さて。用事も済んだし帰るか」
 それこそ野暮用でも済ませた調子で隠し倉庫から出て行くイデア。
 確かにまあ、野暮用だ。
 倉庫を出ようとすると、シィンがさも当たり前のようについてきた。
「……まさかと思うが」
「あ、私枕は低反発じゃなきゃ寝れない派なんで」
「当たり前のようにうちに住もうとしないで」
「それは、ディスが言えたことじゃ、ないよ、ね」
 ぼそぼそと口を挟んでくる天乃。裏拳で黙らせる。残像を残してかわされた。うっとうしいやつめ。
 国立博物館の地上へ出ると、ワンボックスカーが止まっていた。
 助手席で手を振る者が居る。
 そう、彼女。
「おかえり、お兄ちゃん!」
 エイスである。
 イデアは車に乗り込み。
「ただいま、エイス。さあ――」
 笑顔でエンジンをかけた。

「家に帰ろう」

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
 お疲れ様でした。
 次回、最終回。
 近日オープニングが公開されます。
 お楽しみに。

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【性別開示】
蓬莱 惟(BNE003468)の性別が開示されました。