●腐臭の行列 桜並木が例年華麗に咲き誇るこの地域一帯に異変が起きていた。 シーズンを早くして、一本の大きな桜が満開になっている。真っ赤に染まった花びらは妖艶でありながら、見るモノを夢中にさせる美しさだ。 この桜の周辺には大きく太い根が、大地を隆起させるようにしてはびこっている。桜並木一帯にわたるごつい根は不気味だった。 それだけではなく、春の爽やかな夜を、鼻を塞ぎたくなるような腐臭が満たしている。 死霊夜行――死体の行列が少し早く咲いた桜の元に向かって歩いて行く。 桜は死体を喰らい、花びらを鮮やかに咲かせる。エリューションを喰らうことで花びらの美しさはさらに増す。夜間になると意思を持ったように蠢く根は、血肉ををすべて飲み込もうと喰らうのだ。 風に煽られて散る桜吹雪はまるで、血潮が舞い散るかのようだった。 「おっ、桜が咲いてら」 夜のランニングに出ていた学生が、少し早い桜の満開に目を奪われる。 花を愛でる習慣など全くないのだが、春に咲く桜にはどうしても季節を感じて、一目見ようと思ってしまう。 ランニングを中断して、春の風に揺れる満開の桜を見ていた。 この場に満たされていたはずの、腐臭は今はない。 桜の花が風で舞い散ると、それは自然と彼の体を包んでいった。 春の訪れを感じていたのもつかの間、花びらは鋭い刃となって、肉体を切り刻む。逃げることを許さないという意思を強く示すかのように、桜吹雪が強烈に吹き付ける。無風だというのに、花びらは気持ちよさそうに宙を舞うのだ。 若い肉体から迸る血液を嚥下するかのごとく、根が彼の足元にまで伸びていた。 脚も体も固定され、花びらによって体を細かく切り刻まれていく。 「うわっ、うわあぁあああっ、なんだこれぇええええ!」 暴れる彼を、見事な花を咲かせた桜が押さえ込む。 血液が根に触れると、ジュッと湯気を上げたかと思うと、あっというまに吸収されていった。 毛細管現象などという生ぬるい現象では決してない。 血液を貪欲に求めているのだ。 気がつくと、黒い影が桜に向かって歩いて来ていた。死体の群れだ。 桜の根は死体を貫き、腐敗した肉体を吸収するのだった。 根によって開けられた穴からは内容物がこぼれ出ていて、学生は自信の危機とは別に激しい嘔吐感にさいなまれる。 その晩、桜は多くの血肉を糧に、一段と美しく咲いた。 ●桜の伐採以来 『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)は新たに発生したエリューション事件の資料を読み上げ終わった。 「エリューション化した桜が今回の標的です。見事な見た目で人を集め捕食をするという、食人植物といっていいでしょう。E・アンデッドを初めは捕食していたようですが、最近になって、季節柄、花見に訪れた人間も狙っています。E・アンデッドが花見に行くというのも不思議な話ですが、桜という植物はそれだけ魅力的なのでしょう。桜の周囲にはE・アンデッドが多数いることが想定されます。気をつけて下さいね」 現場の状況は次のようになっている。 桜のE・ビースト、フェーズ2が1体。E・アンデッド、フェーズ1が4体だ。 現場はエリューションの桜が、一帯に巨大な根を張っている。根の隆起が邪魔で、直接、桜本体や、E・アンデッドには射線が通らない。 また、リベリスタを感知したエリューションの桜はE・アンデッドを喰らうことをやめる。E・アンデッドを操るかのように、リベリスタを襲わせるのだ。 E・アンデッドは根に邪魔されているとは思えないほど、身軽に距離を詰めてくる。一カ所にとどまっていると、囲んで攻撃してこようとするので注意が必要だ。 一帯に伸びている根はリベリスタを狙い澄ましたかのように攻撃してくる。リベリスタの半数が根の攻撃の届かない位置に移動すると、桜吹雪で範囲攻撃を仕掛けてくるので注意しよう。 エリューションとなった桜を倒すと、桜並木に生命エネルギーが戻り、例年通り咲いてくれるだろう。エネルギーを失って枯れるエリューションとなった桜は、見事に花びらを散らし、一晩にわたる桜吹雪が見られるという。 一足早い、花見としゃれ込むのもいいだろう。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:わかまつ白月 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年03月16日(日)22:27 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●夜、桜の元へ 微風に腐臭が混じって漂っている。それは鼻にツンと刺激的な臭いで、嘔吐感にも似た感覚がこみ上げてくる。 腐敗した肉が近くにあると感じる。その数は少なくはない。 腐臭にまみれたこの場で、大きく華麗に赤々と咲き誇る桜は不気味だった。一本だけ大きく育ち、異常なほどに根を隆起させている。 普通ではないと一目でわかる。これが、エリューションとなった桜の本性なのだろう。昼間は根を地中に隠し、誰からも異変を察知されない。 毎年この時期になると、周囲の桜並木は花のつぼみを大きくするのだが、今年は成長が遅れているように見える。 エリューションの桜がこの土地の栄養を独占するかのように、根を張り巡らせているからだろう。 唯我独尊のエリューションの桜に立ち向かうべく、リベリスタが集まっている。 『侠気の盾』祭 義弘(BNE000763)は、リベリスタたちに警戒の色を示す桜に対して、戦闘態勢を整え、眺めながら呟く。 「桜の下には死体が埋まってるなんていうが、死体を喰うのは見てられないな」 『蒼碧』汐崎・沙希(BNE001579)は、古酒の瓶を片手に、花見酒という感じ。ただし、その前に一仕事必要であると、沙希の獲物を狙う眼光から見て取れる。 通行止めの看板は本来この場に設置されていなかったが、沙希が先ほど用意した通行止め看板により人を寄せ付けない。 『銀狼のオクルス』草臥 木蓮(BNE002229)は、桜を眺めながら、いつでも戦闘開始できる状態に体をほぐす。 「このまま存在することを許すわけにはいかない。ただ生きているだけの桜にゃ悪いが、討たせてもらうぜ!」 『八咫烏』雑賀 龍治(BNE002797)は朱い桜を見上げて、珍しいものだなと思う。 「真紅に染まった桜か。さぞかし多くの血を吸ったのだろうな」 『蜜月』日野原 M 祥子(BNE003389)はさげすむような視線を桜に送る。 「自分で根っこを伸ばして捕食する桜って、はかなげで美しいイメージ台無しね」 『魔法少女マジカル☆ふたば』羽柴 双葉(BNE003837)は、とある話を思い出していた。 「綺麗な桜の下には死体が埋まってる、なんてお話があったっけ。案外事実だったりして……」 『六芒星の魔術師』六城 雛乃(BNE004267)は桜の赤さを見ながらいう。 「桜の下には死体が埋まっているなんて……、この桜、なかなか古くさいね」 『朱蛇』テレザ・ファルスキー(BNE004875)は、物珍しそうに桜を見上げる。 「あいにくと、生まれも育ちも日本ではありませんので、紛い物とはいえ直接桜を見るのは初めてになるのですが」 テレザは挑戦的に微笑んでいた。 桜は強い風に一度なびくと、リベリスタたちをとらえようと、辺り一帯に蔓延る巨大な根を蠢かし始める。 ●邪魔者は散らしましょう 双葉は素早く根の上に移動すると、尋常ならざるバランス感覚で蠢く根の上に立ち上がる。双葉からは一般人とは違う、アイドルとしての風格を感じる。 今日、この場が自分のステージだと宣言するかのように双葉は、華麗なポーズを取る。 「木漏れ日浴びて育つ清らかな新緑――魔法少女マジカル☆ふたば参上!」 見上げるE・アンデッドたち。双葉が詠唱を始めると、血液が体からこぼれ、徐々に形をなしていく。空中で黒金の鎖に形を変えた血液はE・アンデッドを一気に飲み込む。 鎖で腐敗した肉が引き裂かれていくE・アンデッドたち。しかし、何体かは素早く黒い鎖の海から身を翻し逃れていた。 雛乃は身軽に、隆起し蠢く根を軽やかに登る。雛乃の視界にはこの場のすべてが見えていた。 より高い位置から詠唱を始める。狙いは桜だ。 熱いほどに全身の血液が体を巡る。血潮は漆黒の鎖の束となって桜の幹を削る。幹で木片が弾ける音が鈍く響く。 桜はリベリスタたちの攻撃を受け、E・アンデッドを喰らう予定を変更し、リベリスタの活きのいい血肉を喰らうことにした。 沙希めがけて、根がムチのようにしなって襲いかかる。体に触れたと思った瞬間に、肉が抉られたことに気がつく。しばらく置いてから神経を乱す激痛が襲ってくる。 沙希はこの程度の負傷ならまだ大丈夫だと、己を奮い立たせた。 龍治は登りやすい位置から素早く桜の根の上に上がっていく。根のうねりはあるが、龍治のバランスが乱されることは決してなかった。 龍治の魔力が炎となって体から立ち上ってくる。炎は絡み合いながら一つの束のようにまとまっていく。火縄銃 弍式に魔力の炎は宿って、龍治が引き金を絞ると力を放出した。 烈火となってE・アンデッドを焼く。肉が炭化し、白骨が外に覗く。灼熱の業火によってE・アンデッドの体を大部分を消し炭にしたのだった。 祥子は根の上まで登った。素早く移動しながら桜の幹の元まで走って行く。 パーティー全員を見回し、頭に響く神聖な神の声に従う。自然と祈りの形を取っていた。すると、パーティー全員を暖かなオーラが包み込む。神に庇護されていると皆、実感した。 義弘は英雄の加護を闘志として纏い、祥子と背中合わせに前衛に陣を取る。E・アンデッドたちは義弘と祥子に立ちはだかったが、二人の構えに隙はなく、どう攻めるか動きがとれていない。そこに義弘は、加護を付与したメイスでE・アンデッドを十文字に切り裂く。 神気を帯びたメイスでの一撃は、E・アンデッドという不浄なモノを消滅させるには充分だった。 「さあ、俺たちにもっと寄って来い。俺達二人が相手をしてやるぞ!」 テレザは根の上に登り、足場が悪いなりにも狙いを付ける。狙いは、前衛にいる義弘と祥子を囲むE・アンデッドだ。 自分の生命力が瘴気に変わっていくのを感じる。それは不快な感じではなく、相手の生命を手中にする感触。テレザから漂う瘴気にあてられてE・アンデッドたちは動きを鈍らせた。 木蓮はパーティーの後方を定位置にするようにして、桜の根を登る。 「その綺麗な根っこ吹っ飛ばしてやるぜ! ……ん? 綺麗じゃない? まあいいとにかく吹っ飛べー!」 Muemosyune Break02から次々と弾丸が吐き出される。発射ガスによる反動を安定した射撃体勢で無効化しながら、銃弾をばらまく。 蔓延る根に銃弾がめり込み、木片を散らしていく。木くずが飛び散り樹液が迸る。 頭上から浴びせられる銃弾を俊敏な動きで躱すE・アンデッドや、直撃を浴びて肉と骨を散らすE・アンデッド。乱射という言葉がふさわしい乱れ撃ちだ。 沙希が頭の中で詠唱を完成させると、パーティーの背中に小さな羽根が生える。沙希は空を駆け、前衛で背中を合わせて戦っている義弘と祥子たちより手前で止まった。 傷が加護により徐々に回復を始め、痛みが少し引いているのを実感する。 E・アンデッドたちは度重なる攻撃を受け、その数を減らしている。義弘の正面にいる二体が俊敏な動作で襲いかかる。 爪で薙ぐように振ってきたE・アンデッドの腕を寸前のところで回避する。回避したところを抱きつくように襲いかかってきたE・アンデッドに、肩を強く噛まれた義弘。 軽い痛みはあったが、強靱な肉体を持つ義弘にE・アンデッドの歯など恐れるに足らない。 E・アンデッドは祥子に噛みつこうと飛びかかる。祥子は腕を噛まれるが腹を蹴飛ばして振り払った。 腕に歯が何本か突き刺さっていたが、腕を一振りすると腕に刺さっていた歯は地面に転がる。 双葉は戦況を見つつ、詠唱を始める。 「魔を以って法と成し、法を以って陣と成す、描く陣にて敵を打ち倒さん」 巨大な魔法陣が爆発的に広がっていく。魔力が双葉に集まっていくのだ。 再び双葉の血液が黒い鎖に編み上げられていく。双葉が手をかざすと、弓が放たれたがごとく、無数の重質量な鎖がE・アンデッドを襲った。 血液からなる鎖はE・アンデッドの肉を裂き、骨を砕いた。鎖が虚空に消える頃にはE・アンデッドの姿は視界から完全に消滅していた。 雛乃が詠唱を始めると、血液が空中で鎖の形をなしていく。まるで血液中の鉄分が結晶になったかのように赤黒く鈍い光を放つ。雛乃の鼓動に連動しているかのように蠢く多数の鎖は、多くの腐肉を喰らってきた桜の根を千切り、削りながら幹に直撃する。 大木と大質量の鎖の衝突に重低音の振動が広がる。桜の花びらが衝撃で大量に散る。それでもなお、赤々と咲き誇る不気味な桜は存在感を失っていない。 桜の根は遠く離れたテレザを標的にする。足元の根が枝分かれし、意思を持って襲いかかる。 太ももに深々と根が突き刺さり、血液を吸い上げていた。激痛に耐えながら根を抜き距離を取る。なおもつきまとう根から距離を開けるテレザ。 傷口が大きく、出血量が多かった。自分の生命が危険にさらされていることに嫌な汗が流れる。自分の一番大切な命に危険が迫っているのを感じた。 体を包んでいる加護が傷口をゆっくりと再生させてくれているが、これ以上の直撃は危険だと感じる。 龍治は根の上を駆け回り、パーティーの援護を優先する。射撃が安定して行えると判断したときには、すでに引き金を絞っている。 一条の銃弾が描くラインが桜を貫通する。太い幹の弱い部分を貫く抜け目ない一撃だった。 波打っていた桜の根が動きを鈍らせる。 祥子は強く意思を込めた一撃を放つ。光りの十字が幹に刻印のように刻まれた。E・アンデッドがいなくてもまだ気を許すわけにはいかない。この桜はE・アンデッドを喰らっていたのだから、最前線に立つ祥子と義弘は警戒が必要だ。 義弘は祥子の攻撃が終わったタイミングで、刻みつけられた十字の上に強烈な光りの十字を撃ち込む。傷は重なるようにして桜に刻みつけられる。 もう中衛から後衛に向かって根は動いていない。木肌に十字の刻印をした義弘を狙うように根が動き始める。 テレザは傷が癒えてきているのを感じながら桜を狙う。 漆黒に染まったオーラの一撃。幹を大きく揺らす闇の一閃に、肉を喰らう桜は生命活動を完全に停止させた。 隆起していた根が急速に枯れ細り、大地に還っていく。パーティーは羽根を揺らしながら地面にゆっくりと着地した。 エリューションとなった桜が絶命したとたんに、生命のオーラが桜並木一面に広がった気がする。 成長が遅れていたように見えた桜並木は気がつくと例年並みに育っていた。 ●真紅の桜でお花見 義弘と祥子は乱れ散る桜吹雪の中にいた。夜桜というだけでも幻想的だが、大きく成長した桜の下での花見は別格だ。 ついさっきまで戦っていたことすら忘れてしまうほど優しい風景なのだ。心が洗われるような気持ちになる。 「雪が降ってるみたい」 祥子は紅の花びらに囲まれながら、花見を楽しんだ。 沙希は用意していた古酒を飲みながら、花吹雪を眺める。アルコールの芳醇な味わいでかすかに頬が熱くなる。通常では味わえない、満開の桜が、引き潮のように生命を終わらせながら散っていく姿にうっとりとする。 木蓮は手製の弁当を貰い物のレザートートバッグに入れて持参していた。重箱を広げる木蓮。 「龍治だけでなく、みんなも一緒に食べよー!」 龍治は木蓮があげたスキットルで酒を飲んでいた。その光景を見て微笑む木蓮。 龍治の持っているスキットルの中には良い酒が入れてある。花見のために用意したのだ。木蓮の傍らに座って、桜吹雪を楽しむ。 木蓮は用意していたのか、ワンカップを桜にお供えしていた。 双葉はパーティーより少し離れた場所でお茶を飲みつつ、花見を楽しむ。視界一面に広がる花びらは風に吹かれて自在に揺れる。エリューションとして意思を持っていた桜は、すでに自然の一部に戻っていた。 一足早い桜吹雪を見ながらのお茶はいつもより少しおいしく感じる。 雛乃はコンビニのおにぎりとサンドイッチを袋から取り出し、みんなの輪の中に混じっていく。 食べ物を並べて散りゆく桜を眺めるのは癒やしのひとときだ。 戦いばかりでは心が疲れてしまう。真紅の桜吹雪は心の栄養になっているように感じた。おにぎりをかじると、一仕事終えたという気持ちと、これで他の人たちも桜を楽しむことが出来るという安心感を覚えるのだった。 テレザは日本酒を楽しみながら桜を見ていた。 桜という植物の知識はほとんど持ち合わせていないが、純粋に美しいと感じる。花弁が一枚ずつ散るというおもしろい植物に夢中だ。 手に花びらを取ってみると、散っているにもかかわらず、生命の力強さを感じさせる色をしていた。 この桜がどれだけ多くの血を吸ってきたか、想像するだけでも寒気がする。ただ、この晩限りの桜吹雪はリベリスタたちにとって一足早い春の思い出となった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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