● やってきた世界は中々に美しい所だった。噂によれば場所によるが、時間の経過で大きく気候が変わるらしい。 安定した故郷と比べれば生活は大変かもしれないが、その折々に見られる自然の美しさ、イベントの楽しさは恐らく故郷以上だろう。 今は冬から春と言う時期に移り変わる所らしい。溶けていく白いものを眺めながら、それは面白そうに目を細める。 此処にしよう。小さな声は、異世界のそれで。重たそうな扉が何処からか軽々と引き摺り出される。 目立つ装飾はいらない。そっと取り出した招待状に、きらきら輝くインクを乗せて。今回の『招待客』へと言葉を綴った。 ――御機嫌よう。一日限りの夢の国へのチケットです! ● 「移動遊園地って知ってるか? ……俺も見た事はないんだが」 机に投げ出される写真の束。煌びやかなイルミネーション、小さいながら凝った装飾のメリーゴーランド。色とりどりの観覧車に、見覚えのある動物を模した乗り物。それらを示しながら、『銀煌アガスティーア』向坂・伊月 (nBNE000251)はリベリスタを見遣る。 「集めてみたけど分かりづらいか? あー、要するに、持ち運びができる遊園地だな。どっちかっつーと海外で有名か。パリだと夏の風物詩とも言われるらしい。詳しくは知らねえ。 で、だ。……明日辺り、こういうのが三高平からそう遠くない所に来るんだと。まぁ、此処で話すって事は普通の遊園地じゃない。チャンネルを渡る『来訪者』だ」 続いておかれる資料。其処に貼られた写真には、扉らしきもの以外何も映っていない。どういう事だ、と問う声に、アザーバイド。と男の短い声が返る。 「厳密に言えば、そのドアはアザーバイドの持ち物の一つだけどな。識別名『クルーン』。見た目はピエロみたいな小人だが、すげえ強い上に、特異性を持ってる。 まず、こいつはどのチャンネルにも高い親和性を持ってる。世界に拒まれない、って言えばいいか? ……勿論、ボトムでも例外はない。フェイトを得られる、って事だ。 実力は相当のもの。移動要塞、って呼んでもいいレベルだ。だが、全くと言っていいほど戦闘への意欲がない。最低限の自衛以外は行わない上に温厚な、此方に友好的な奴だな」 そのアザーバイドがこの世界に来る目的は、純粋に好意らしい。そう告げて、男は先程机に放った写真の束を示す。 「こいつの行いはまさに移動遊園地だ。ドアだけを持ってチャンネルにやって来て、そのドアが見える招待客――ボトムなら革醒者が該当するが、とにかくそいつらをただ只管もてなしてくれる。 ドアを開けた向こうは異空間らしくてな。この『クルーン』の故郷のチャンネルの要素を詰め込んである。こいつの故郷はまぁ、お伽噺みたいな所らしく……遊園地的なものやら、不思議なお菓子やら、幻想的な景色やら、まぁとにかく見どころたっぷりって訳。 大雑把な地図とかもあるんで、あれだ。息抜きがてらいかないか、って誘いだ。……嗚呼、知ってる理由? 直々にご招待が来たんだよ。この世界で頑張っている方舟と言う所の方々に、ってな」 ひらひら、振られる招待状らしきもの。不思議な煌めきを宿すその文字は何処かたどたどしく。それをもう一度眺めて、男は立ち上がる。 「開園は明日の昼11時。……閉園は夜明けだとさ。時間の流れも似たようなもん、入退場自由。中のものの持ち帰りは不可。持ち込みは可ってことで。まぁ、興味があったら現地で会おうぜ」 それじゃあまた。地図らしきものをホワイトボードに貼り付けて、男はそのままブリーフィングルームを後にした。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:麻子 | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年03月22日(土)23:41 |
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● 「さぁ、早く行きましょう。早くしないと夢から醒めてしまうわ」 「ちょっと持って帰りたーい? だめー? お土産屋さんとかないのかな?」 ロマンチック。皆で遊びに来れたと酷く楽しげに辺りを眺める輪の先を歩く氷璃は幻想的な世界にそっと目を細める。本当に夢の中と錯覚しそうな程の世界は美しい。何より、この奇跡は世界に拒まれないのだ。こんなものなら大歓迎。そう思っているのはきっと糾華もリンシードも同じだった。 きらきら光って不思議で、遊園地というにはあまりにオーバーテクノロジー。ファンタジーを主題にしたテーマパークと言っても過言ではないだろう。自然と軽くなる足取りと緩む表情。それを眺めながらリンシードもまた嬉しそうに口元を緩める。こんな中ではしゃぐ彼女はやはり綺麗で。この夢のような場所と相まって尚素晴らしい。 「あれに乗ってみましょう。空を飛ぶ帆船。海賊船かしら?」 「そうね。歩き回って少し疲れてしまったし」 のんびりクルージングも悪くない。微笑んだ氷璃の横の可愛らしい海賊帽子はリンシードの頭の上に。可愛い海賊船長のお宝はお転婆なお姫様。そんな言葉と共に糾華の髪には氷璃の手で小さな王冠が飾られる。自分は魔女の尖がり帽子。輪は可愛らしい水兵帽。嗚呼折角だ、ドレスアップをと告げれば即座に纏う衣装が変わる。 「ふふ、キャプテン、似合ってるわよ? では、出港の合図をどうぞ!」 「え、ちょ、ちょと、なんですか、帽子……しゅっこうの、あいず……?」 お題はキャプテン・フラックスとその一味。そして7つの空を翔る海賊船、舞い躍る黒蝶号。氷璃の指先が描いた魔法に応えるように舟に明かりが灯る。そんな中で一気に染まる頬の熱さを感じながら、リンシードは僅かに震える指先で遠くを指差した。 「え、と、では、しゅっぱーつ、しんこーう……?」 「おもかじいっぱーい、よーそろー!」 言ってみたけれど意味は知らない。消え入りそうな声に重なる輪の声。それにあわせて浮かび上がった舟は本当に空を飛んで居て。どうなっているのだろう、と考えるのも楽しい状況に輪の楽しげな笑い声が上がる。魔法みたい、と呟きかけて、糾華は小さく笑う。これは本当の魔法なのだ。そんな中、雲の合間に見えた船の陰にあ、と小さな声が漏れる。 「あらあら、大事なお宝を奪いにきたのかしらね?」 「きゃっ、敵船です、こわい♪」 「応戦ね、キャプテン! 撃ち方準備! ファイアー!!」 「演出、かな……えと、じゃあ……ふぁいやーです……!」 その声にあわせて飛んでいく砲弾は敵に当たって――直後、鮮やかに空を彩る光の華。花火だ、と気付いてその美しさに目を細める。素敵な演出たっぷりの航海はまだまだ続きそうだった。 黒い日傘は何処かこの世界に不似合いで。けれどお日様の下での「ゆうえんちでーと」をミカサと響希がするには必要なものだった。何時も通り繋がれた手と、何時もと違う明るい外。それでも楽しげに笑い合って何に乗ろうと言葉を交わす。こんな風に楽しい雰囲気を感じながら歩くのも悪くない、そう思いながらふと思い出したように視線を合わせる。 「お化け屋敷ってあるのかな」 「無い。無いわよ。ある訳ないしあってもいかないわよ……!」 予想通りの言葉に笑う。そんな中で、ミカサは自分に希望がある事を告げた。空飛ぶ馬車。先程から時折見かけるそれを示せば、意外そうに瞬く瞳に実は、と口を開いた。 「……飛行機以外で空を飛んだ事が無くてね。アークに来て3年も経つのに翼の加護を受けた事も無いし」 即座に聞こえた笑い声に拗ねたように視線を逸らせばごめん、と引かれる手。乗りましょうと言う彼女に続いて歩きかけて、ふと足を止めた。不思議そうな彼女と見詰め合って、昼に誘ったことを小さく詫びた。 「でも「この先」きっと必要になるだろうから、一緒にお日様浴びる練習しよう」 「そう、ね。……頑張る」 そっと繋いだ手に寄せられた唇に擽ったげに笑って。そっと畳まれた日傘が腕にかけられる。 ● 「夢の国探検、食べ歩きツアーなのです! バタービールはどこでしょうね?」 楽しげな声と同じくらい軽い足取り。今日の九ちゃんは随分とご機嫌なようです。やぁ、オレSHOGO☆ 二日酔いなのに遊園地さ。何でこんな事になってるかって? 「そりゃ「オレにカードで勝ったら何でも聞いてやんよハハーン」って言ったら即3タテ食らったからさ!」 センドーシャは初心者でも簡単に楽しめちゃう素敵なカードゲーム、君もセンドーシャファイト、しようぜ☆ なんて声が聞こえてきそうであるが気のせいである。無いはずのカメラ目線な瞳に涙など無い。無いのだ。 まぁけれど悪いことばかりではない。どうも亜美は奢ってくれるらしい。しかもビールもあるらしい。何時の間にか手の中にある花煌く金平糖とか、虹色の綿飴を見ながら渡された花の器を一気に傾ける。 「甘いよコレ! バタービールってビールと一緒なの糖分だけじゃん!」 「? おいしいです。どれもおいしいですよ、ショーゴさん!」 メルヘンな場所に大人の味は存在しないのだろうか。上機嫌な亜美が空飛ぶ馬車へと歩いていく途中。ふと見覚えのある顔に気付いた翔護の足が其方へ向く。やはり風斗だ。また女侍らせて下から見上げるプレイ中なのだろうか。あ、勿論個人的な推定です。決め付けは良くないです。しかし。 「でも何言っても多分あたらずとも遠からずだよね彼」 「楠神センパイ、また女の子とデートです? ひゅーひゅー…で、いいです?」 隣の彼女もこう言っている事だし割と周知の事実なのかもしれない。そんな彼等の視線は露知らず、並んで歩くリリと風斗は何処かぎこちなかった。4人で来た筈が気付けば2人きり。自然にと思えば思う程にぎこちなさは増して。異界の遊園地に対する興味を自制する以上に力が入るのは、男としてのプライドだ。 エスコートしなければ。楽しそうなアトラクションに誘ったり、目に付いたお菓子を奢ったり。思いつく限りの事はしても、ぎこちなさはどうしても取れない。 「あ、あの、リリさんは何かしたい事、ありますか?」 「あっ、あれ……観覧車、乗ってみたいです」 何時になっても2人は戻らない。どうしよう、と思っていたのはリリも同じだった。自分の希望に応えてくれる彼の後に続いて硝子のゴンドラに足を踏み入れる。僅かに感じる浮遊感と、離れていく地上。広がる景色は鮮やかな光に飾られて。綺麗、と思わずはしゃぐ。 遠い日、仮想空間で乗った思い出の乗り物だったけれど。今は現実なのだ。勿論、乗っている人間も本物。微笑むリリはけれど、ふと気付いたように視線を彷徨わせる。 「そうですね、いい眺めで……す」 同じく広がる景色を楽しんでいた筈の風斗の声が小さくなる。外を見ていたはずの視線は気付けばリリに戻っていた。否。如何しても目に入るのだ。当然だ、だって此処には2人だけ。その事実はどうにも落ち着かなくて。落ちる沈黙。あの、と声を出しても先が続かない。 互いの呼吸音さえ聞こえそうな空間は、段々と空へ昇っていく。そんなゴンドラをベンチから見上げる夏栖斗の口から漏れたのは深い深い溜息だった。 「なあ、相棒、僕ら何してるんだろうな」 「……俺たちは大人の男だからな。これくらい気を利かした……いや、うん、そうだな」 何と言うかいつも通りな上にこの胸に去来する虚しさはかなりのものがある。同じくベンチに座った快は、何とも言えない顔で過去を振り返った。そう、優しい気遣いのつもりだったのだ。珍しい面子だったし、絶叫マシンを回ったりゴーカート的な物で男三人大人気なく競い合ったりもした。そりゃあもう楽しかった。 けれどそれだけで終わらないのが大人の男。男女の仲を応援という名の観察をするのも大人と書いてリア充の嗜みである。そんな快の企m……もとい、善意に乗った夏栖斗もまたその視線を遠く投げる。いや、もっとぐいっと行けという遠まわしな応援だったのだ。決して面白そうとか思ってない。そういうの好きだけど。 「あ、俺たち、ちょっと雷音ちゃんへのお土産見繕いに行ってくるよ。あとで合流するから、二人は適当に遊んでて!」 「そうそう、妹がぜひ遊園地のお土産が欲しいっていってたから早くかってこないとなあ!」 そんな台詞から1時間。今彼らの胸にあるのは後悔なのかもしれなかった。女の子いたし一緒にきゃっきゃしたらよかったのかもしれない。っていうか風斗いい思いしすぎ。 「相棒の愉快な作戦に乗った安易な僕を過去に戻って殴りつけたい気分だ」 「……とりあえず、何か食べに行こうぜ。俺は一杯飲みたい気分だ」 あっちにきっといいものがある。何処かやつれた2人の足取りは、重い。 「遊園地デートって初めてだよね。今日は遊び倒そうねっ!」 「そういえば初めてだな。折角だし色々巡るか」 二人なら待ち時間だってあっと言う間。乗り込んだそれは一気に急降下。スリルと爽快感を楽しみながら、アリステアは楽しげに笑い声を上げる。一日だけの夢の国、大好きな涼となら楽しみも倍だ。その気持ちは涼も同じで、視線を合わせて笑い合う。こうやって叫ぶのも楽しい、なんて思いながら、目に付いたのは乱れた髪。 本当なら手が届かない其処に、ちょっとだけその足を地面から離して。アリステアの手が優しく髪を撫でる。こう言う時便利、と己の翼を示す彼女に小さく礼を告げて、涼もまた長い銀の髪を撫でる。やって貰うのは恥ずかしい。ほんのり染まる頬に笑えば、ふと感じる暖かな風に春だな、と思わず呟いた。 「ちょっとずつ暖かくなってきたねー。早く桜咲かないかなぁ」 「もうすぐかな。まだ寒いけれどももう少ししたら暖かいを通り越して暑くなるのかな?」 あんまり暑いとげんなりする。些細なことでも話は尽きない。互いに笑い合って、片っ端から楽しんで。それだけでももう幸せだけれど、アリステアにはもう一つだけやりたい事があった。そっと涼の手を引いて、示した先には淡く光る観覧車。 「最後、あれ乗りたいな」 「お姫様の仰せのままに。エスコートさせてもらうぜ?なんてな」 観覧車で、遊園地全体を眺めておしまいにしたいというアリステアに喜んでと笑って。涼の手が彼女をゴンドラへと招き入れる。黄昏時の観覧車も中々に風流だ。そんな言葉ごと、体は地面を離れていく。 ● 空気はひんやり。そして湿り気を帯びている様で。でも時折生温い風も吹いている様で。魅零は漸く名前を覚えた悠里に視線を向ける。此方を向く表情は何処か引き攣っているようで、その瞳に映る自分も恐らく似たような顔をしていた。 「土手の人! 所で、ココちょっと……駄目じゃない!?」 「そうだよここお化け屋敷だよ! 気付いてなかったの!?」 実は二人ともお化けが駄目なのだ。だって肉とか骨無いしと言うのは魅零談。そもそも実体がないものほど恐ろしいものは無いのだ。しかも吃驚だし。克服しようとしたけれどやはり無理だと首を振る魅零は守ってと悠里に言いかけて、けれどその姿が無いことに瞬きする。 直後、肩にかかる手。がっちりと掴むその手はまさしく悠里のそれである。振り向けば、もしかすれば自分より青い顔。そのままぐいぐいと肩を押される。そもそもキラキラしたアトラクションは他にも沢山あったのだ。悠里だってお化け苦手なのにどうしてこんな事に。竦む足を必死に動かし魅零を押す。 「魅零ちゃんなら大丈夫だよ! ダークナイトだし!」 「どうして女の子より後ろにいるの! ダークナイト関係無いよぉ!」 言っても力は弱まらない。ならばと伸ばした尻尾でそうっと背を突けば、突然肩から離れる手、そして、凄まじい風圧。 「うぎゃああああああああああ」 「悠里クン悠里クンまま待ってよおお!!」 縮地法はこういう時に使ってはいけません。そして女の子を置いていくのもいけません。凄まじいダッシュを見せて姿を消した悠里に呆然とした魅零はけれど、取り残された状況にへなへなと座り込む。動けない。歩けない。寧ろこの闇より恐ろしい闇を纏って魅零は悲鳴を上げる。 「うわぁん!! 悠里クン悠里クーン!?」 「……あれ? 魅零ちゃんは……?」 明るい出口。そこで一息ついた悠里は、漸く思い出したように中を振り向く。けれど戻る気はしなかった。まぁ大丈夫だろう。だって、ダークナイトだし。根拠のない自信を持って頷いた彼が魅零と再会出来るのは随分後の話である。 「遊園地っ、どんな乗り物があるか楽しみ―っ」 「オススメはどうしようかしら。私、遊園地はあまり来たことがないの」 そわそわと辺りを見回すシーヴの様子につられて、思わず緩みかけた表情を引き締めて。メリッサは落ち着いて周囲を見回す。楽しみにはしていたけれど、そわそわするとらしくない。自分の分も楽しそうな彼女と共に、視線を向けたのは悲鳴で賑わう絶叫マシンが並ぶ場所だった。 初めてならその悲鳴さえ楽しそうに聞こえるのだろう。目を輝かせるシーヴと共に歩きながら、乗ることに決めたのは可愛らしいコースターだった。 「スリルを楽しむのは面白そうだわ」 「おおっ、なんか固定されるっ……どうなっちゃうんだろう」 見ている様子では、見た目にそぐわず中々の勢いだった。ゆっくりと上っていくそれに、高まる鼓動。隣のシーヴは随分と楽しそうだけれど、思ったよりも高い気がしてメリッサは僅かに表情を固くする。直後、僅かに感じた浮遊感と共に駆け下りるコースター。爽快感とスリルに、シーヴは楽しげな悲鳴を上げる。 「ふにゃーっ、あ、止まった……? って、キャーまたっ」 こんなときもクールに乗っているメリッサは格好いい。そんなことを考えるシーヴの気持ちを知ってか知らずか、声を上げる暇も無かったメリッサは僅かに疲れたように息をつく。ふわっとした感覚は癖になりそうだけれど。 「あ、もう一回行きましょうー、不思議で面白かったし」 にこにこと手を引いていく彼女に続きながら、もう少し休みたいなんてとても言えないメリッサはこの後何度絶叫マシンを乗り倒す事になるのだろうか。 めったに体験出来ない上に楽しそうな場所ではあるけれど、遊園地に男一人は中々、否かなり辛い。そんな存人を救ったのは、共に来てくれたエリエリだった。男の人だって遊園地を楽しむ子供の心を持ち続けたっていいとは思うのだが、友達の頼みとあらば、お手伝いせざるを得ない。その気持ちは非常にありがたく助かるのだが。 「……犯罪者的なアレに見えないか心配ですが」 アークでは良くあること、だろう。たぶん。恐らく。そんな彼の葛藤には気付かず、エリエリはまだ幼い丸い瞳を見開いて大喜びで視線を彷徨わせていた。どれもこれも珍しい。そんな彼女もお気に召すアトラクションを、と存人が選んだのは空飛ぶ馬車だった。 「明るい内に色んなアトラクションを上から見られるって素敵じゃありません?」 「空飛ぶ馬車! いいですね!」 普段飛べない上に、こんな景色を上から見られるのはきっととても綺麗だ。すぐに乗り場に向かえば、自然と差し出される手。エスコートくらいは心得ているのだ。目も見ないそれで申し訳ない、なんて言葉を聞いているのかいないのか、エリエリは満足げに椅子に腰を下ろす。 「……すみません。今更ですけど、高い所大丈夫でした?」 「あの人だって昇天で空高く飛んだもの、えりえりが高い所怖いはずがないのです」 そのあの人が非常に気になりますがさておいて。広がる景色の美しさに、エリエリの目がまた楽しげに見開かれる。嗚呼綺麗だ。こんな風に二人で馬車に乗っているなんてまるで、……まるで、恋人? 其処まで考えれば頬は一気に赤く染まる。 「いやいや、この差はおにいちゃんと妹ですよ、はい!」 「? どうかしましたか?」 不思議そうな存人の言葉に慌てて首を振って、エリエリは流れていく風景へと視線を向けなおす。 ● 開けた視界。まず感じたのは、甘く優しい香りだった。木が陽光を弾いて煌く中を潜り抜けて、辿り付いた花畑はやはり美しい。何処か楽しげな拓真に笑みを返して、悠月も興味深げに遠い遊園地へ視線を投げる。概念としてはどの世界でも通じるものなのだろうか。 そんな事を考えながら花畑に足を踏み入れれば、不意に拓真が思い出した様に足を止める。 「……と、そうだ。少し此処で待っていてくれ、悠月」 そのまま少し先で屈んで花を摘み始めた彼を眺めていれば、ぎこちなく動く手が何かを作っているようで。不思議そうに首を傾げていれば、程なく彼は此方に戻ってくる。何を、と問おうとすれば、より近くで感じる甘い香りと、髪に触れる微かな重み。 「随分昔に、母に習ったんだが……まだちゃんと覚えていたな」 「御母様に、ですか。拓真さんの御母様……」 よく似合っている、と笑う彼さえももう随分と会っていないらしい母親を、悠月はまだ知らない。けれど何処か穏やかなその笑みに、驚きを塗り替えて湧き上がったのは暖かな幸福感にも似た感情だった。思い出を編みこんだそれはいい出来だと微笑んで、隣り合ってただ、陽光を感じる。 暖かで穏やかな空気は眠気を誘う。そっと悠月の膝に頭を乗せれば、段々と睡魔は増して行って。そんな彼の髪を優しく撫でながら、悠月はもう一度花冠に指先を添える。有難う御座います、と囁いた声は彼の耳に届いただろうか。 差し込む陽光が煌き反射する森の中を、二人手を繋いでのんびりと。少し遠くまで行こうというあひるに手を引かれるまま歩くフツは、辿り付いた木漏れ日の満ちる広場に静かに足を止めた。そんな彼を見上げて、お疲れかな、と呟いたあひるは緩々と笑みを浮かべる。 「今日は、のんびりデートの日にしよっ! 少し日向ぼっこしたら、向こうのお花畑にも行ってみたいよね、きっと贅沢な休日になるよっ」 「大好きなあひると、ただ日向ぼっこするってこの時間が、実に贅沢でいいな」 最近忙しかったけれど、今は酷く穏やかだった。沢山の光。温かさ。遠くで聞こえる遊園地の音と、通り抜ける風の音。心地よくて、思わず目を閉じかけて。はっと顔を上げたあひるが、慌ててその両手をきつく握る。フツを癒すのが今日の任務。熱くなれ自分! けれど、そんな彼女の頭を撫でるフツの手は優しい。 「眠くなったら寝ちまってもいいからネ」 「ねむくないよ、うん……せっかくのデートなのに……」 寝顔を見ない、なんて言われても駄目なのだ。フツに楽しんで欲しくて、もっと一緒にお話したくて、けれど柔らかな光が眠気を誘う。緩々と落ちていく瞼に抗う事は出来なくて、それでも一生懸命フツに手を伸ばす。 「フツ、起きたらたくさん、お話……」 しようね、と呟いた声は音にならない。緩やかな寝息に小さく笑って、フツは取り出したブランケットをその身体にかけた。陽射しは暖かいけれど、これで風邪を引くことも無い。安心すればフツにも眠気がやってくるようで、このまま共に寝よう、と寄り添った。 「あひるに起こしてもらえばいいな、ウム」 おやすみ、と囁いた声は彼女には届かないけれど、二人一緒に夢の中へと沈んでいく。 ● 今更、遊園地にはしゃぐような歳ではないけれど、綺麗だし。たまにはこんなのも悪くない。そんな事を呟きながらも、プレインフェザーの表情は楽しげだ。絶叫系や恐怖系を強がりながらも避ける様子も何時もとは違って見えて、喜平が感じたのは心地よさだった。 手には食べ歩きのしやすいチュロスのようなものを持って、気の向くままに遊具を満喫していたけれど、丁度夕暮れが目に入った喜平はふと観覧車を示す。 「之といった理由は無いが、何でかフェザーと乗りたくなったんだよ」 「折角こんな綺麗な景色なんだもん。高い所から眺めてみたいよな」 すんなりと乗り込めたゴンドラがゆっくりと上がっていく。広がる視界に、郷愁のような、過ぎ去った何かを思い出して、喜平はそっと目を細める。それを知ってか知らずか傍に寄ったフェザーがそっと手を繋げば、微かに笑って近くの頭を優しく撫でる。上がった顔へ、向けたのは笑顔だった。 「いい景色だな……また、来れたらいいね」 「そうだな。……あのさ、折角の景色だけど、天辺についたら、一瞬、目瞑ってくれる?」 声のままに閉じられる瞳。覚えた照れに僅かに躊躇ってから、そっと唇を重ねた。間近で開く瞳。喜平が笑う。楽しくて、嬉しいときはそうするものだから。つられたように照れた笑みを浮かべて、二人だけのゴンドラはゆっくりと回り続けていた。 進む船の前に広がる波紋。微かに跳ねたオレンジの飛沫を眺めながら、朔はそっとその美しさに目を細める。沈んでいく陽光が眩しくて、それを共に眺める伊月へと視線を流した。遊びに行こう、なんて。以前彼が告げたデートの誘いとしか思えぬ言葉を思い出す。まぁ、彼が其処まで考えているとは思えない。そんなことを考えて微かに笑う。そんな所も、嫌いではなかった。 「向坂君、君は私が死んだら悲しいか?」 「……縁起でもねえ、何言ってんの」 不機嫌そうな声。それに肩を竦めて、朔は水面を見詰める。死にたい訳ではない。けれど長生き出来ない生き方をしている自覚はあった。その気持ちを知ってか知らずか、当たり前だと小さく漏れた言葉に、そっと視線を合わせる。少しでもそう思ってくれるのなら。 「約束しよう。……いつか、」 彼が美しいと思う風景が見える場所に連れて行って欲しいと朔は言う。その約束を果たすまでは死なないからと。伊月の眉が微かに寄る。その後は、と紡がれた言葉に、また少しだけ笑った。 「その約束を果たしたら次の約束をしよう。そうすれば私はずっと君のところに帰ってくる」 「……孤児院の近くに、桜がある」 春になると巨木いっぱいに花を咲かせるそれが好きだ、と告げる伊月が朔の手を掴む。ぎこちなく絡められる小指と、破るなよ、と吐き出された声は少しだけ震えを帯びているようだった。 ● 「折角の遊園地なら、何か乗りたい所ね」 此処なら何でも乗り放題。身長制限なんて無い。そもそもそんなものに引っかかった記憶は……ない事もない。嗚呼そんな苦い思い出さえ消去できない記憶力が恨めしい、なんてとても言えない。そんな彼の葛藤を知ってか知らずか何処に行くのかと問う狩生に示すのは夜闇に煌くゴンドラだった。 「……観覧車とかどう? 高い所平気?」 「ええ。あれはいいものです、この景色なら尚の事」 身長関係ないと思わず呟きそうになった言葉は飲み込む。もうはしゃぎ回る歳でもない、落ち着いて過ごせる上に遊園地気分も味わえる観覧車は今日にぴったりだ。乗り込むゴンドラは予想通り床まで透けて見えるけれど、翼を持つエレオノーラにとっては大したことではない。僅かに見開かれた銀の瞳に怖かったら捕まってもいいわよなんて笑って。そうだ、と視線を合わせる。 「何時も我侭聞いて貰ってるし。今度遊びに行く時は狩生君の行きたい所に行きましょう」 「そう、ですね……嗚呼、何時か私の家で食事をしませんか」 年上だし、友人なのだから対等でないと。そんな言葉に男は嬉しそうに笑って。お好きなものを用意しますから、きっとと囁く声はやはり上機嫌だった。 目指すは煌く硝子の回転ブランコ。中々にスリリングな乗り物のそれを楽しみに来たチコーリアは、一人乗りのそれに手を伸ばしかけてふと視線を感じて柵の外を見る。ひらひら、手を振るのはクルーン。そんな彼をそっと手招いてみれば、笑顔のまま共に乗り込んでくれる様子に思わず笑った。 「わーい♪ なのだ♪」 ふわふわと宙を舞う世界は光のラインに彩られて何処までも美しい。長いようであっという間の時間に瞬きを繰り返して、動きを止めたブランコの中でチコーリアはそっと、クルーンの頬に唇を寄せる。 「クルーンさん、ありがとうなのだ♪ きょうはとっても楽しかったです」 そんな声に照れたようなそぶりを見せる彼に手を振って。満足した彼女は楽しげに遊園地の中を歩いていく。 「壱和さん、アトラクションどうする? 絶叫系……は……」 「絶叫……」 一日限りの夢の国、確り遊んで記憶に残そうと壱和と共に来たシュスタイナは、目の前の尻尾が不安げに揺れる様子に瞬きする。未体験だけれど、怖い。そんな思いは口に出さずとも尻尾には出ている様で、シュスタイナはそっと手を差し出す。 「んー。じゃあ少し緩めのに乗りましょうか。私も得意な方じゃないし」 「……! はい。行きましょう♪」 差し出され手を握る。温かい、と呟けばそうね、と返る声に表情が緩んだ。まだ寒いのにそれは何処か遠い事のようで、昼よりずっと幻想的な灯りを灯す夜の遊園地に、夢みたいと微笑みあう。硝子の遊具に浮かぶ星明かりはまるで手で掴めそうなほどだった。 そんな中、シュスタイナが乗ろう、と示したのは空飛ぶ馬車。座って園内を眺められる上に、休憩も出来てしまう。素敵だと二人で乗り込んで、感じたのは浮遊感。あっと言う間に広がる世界に目を輝かせて、けれど、緩やかに訪れる眠気に小さく欠伸を漏らす。 「楽しくて、少し歩き疲れちゃういましたしね」 緩々と肩にかかる重みに小さく笑って。つられたように漏れた欠伸に壱和は目を細める。楽しい時間はあっと言う間だけれど、もう少しだけ此の侭。その願いを叶える馬車は静かに空を飛んでいく。 時村ランドぶりの遊園地。久々の其処は幻想的なのに一層輝きに満ちていて、まるで夢の中だった。目を細めるミュゼーヌの横で、旭もまた楽しそうに周囲を見回す。やっぱりメリーゴーラウンドに乗るのは夜だ。こんなにもキラキラ光って綺麗なのだから。隣の友人も光に彩られてまるでお姫様。眩しそうに目を細めれば、不意に差し出される手に瞬きする。 「さ、麗しきお姫様。宜しければお手をどうぞ」 「ってミュゼーヌさんミュゼーヌさん、 それちがう、とりかへばやんなってる……!」 ナチュラルなリードは勿論素敵だけれど、自分はお姫様なんて柄じゃない。その言葉にミュゼーヌも照れたように笑う。今日は女友達同士の遊園地デートだ。楽しげな旭が選んだ馬はおそろいの栗毛。睫毛びしばしでメルヘン可愛い彼? に乗ってそっと撫でる。 「ねー、オスカル。わたしとお揃いなの!」 「早速名前つけたの? じゃあ、え、えっと……ダルタニアン、行きましょう」 ミュゼーヌが選んだのは個人的に好きな、黒硝子のような身体の馬。随分と様になった姿にかっこいい、と旭が声を上げればミュゼーヌはまた照れたように笑う。きっと彼女フィルターもかかってる、なんていいながら、動き出した馬をまた撫でた。 「本物のお馬さんも乗れるんだっけ? わたしものってみたいなぁ」 「そうね、乗馬経験はあるわ」 さすが、と瞳を輝かせた旭の首が、こてんと傾げられる。いつか、自分にも教えてくれるだろうか。そんなお願いには勿論と頷いて、ミュゼーヌはぴんと背筋を伸ばした。 「慣れると楽しいから、丁寧に教えてあげる」 新しい約束が増えていくのは幸福なことで。楽しげな笑い声を乗せて、回転木馬は緩やかに駆け続ける。 ● 夜の遊園地は幻想的だった。だからこそカップルの定番なのだろうか。それが自分にも訪れている状況は何処か気恥ずかしく、けれどリルと一緒なのはとても嬉しくて。その気持ちは勿論リルも同じだった。こんな時間は久々だ、だから、少しは積極的に。 「寒いからこうすると、もっと暖かいッスよ」 「ふふっ、そうですね」 深化でもふもふなのだと示してみたりもして。腕に抱きついてくるのは、寒いからか寒さを言い訳にしているのか。そんな事を考えながらも、凛子は優しく彼の髪を撫でる。自分も何時もより彼に触れたいと思ってしまうのは幸福感からだろうか。そんな事を考えながら、向かうのは水場の近く。 「遊覧船もいいッスけど、ボートとかどうッスか?」 「ボートの方が二人でゆっくりとお話できますからね」 静かに漕ぎ出せば途端に二人きり。硝子の舟が滑る水面には星屑が溢れて居て。綺麗以外の言葉は上手く出ない。瞳を輝かせるリルを見詰めながら、凛子はそっと、幸福の溜息を漏らした。近頃の仕事を考えれば、こんな風に二人きりでいられる時間が酷く愛おしい。その思いに気付いたのか、振り向いたリルは笑顔で。 「凛子さん凛子さん♪」 呼ばれて首を傾げれば、不意に頬に感じる熱。特別な夜だからもう少しだけ真っ直ぐに甘えたっていいだろう。そんなリルの愛情表現に、感じたのはやはり幸せだった。そっと彼を抱き締めて。熱を感じて。優しく優しく口付けを返す 「リルさん、大好きです」 そっと囁く愛の言葉に答える様に背中に手が回る。そんな彼らのいる近くを通り抜けて、とにかくアトラクションを楽しんだ木蓮と龍冶が向かっていたのは観覧車だった。乗り込んだそれがゆっくりと上がって、広がっていく空はもう真っ暗で。楽しげに自分と腕を組みながら外を眺める木蓮を見詰めて、龍冶は僅かに息をつく。 三高平での暮らしを経て、平和な日常にはある程度慣れたつもりでいるのだけれど。それでも如何してもこの遊園地と言う場所には馴染めなかった。嗚呼けれど。この場所には覚えがある。正しくは同じような場所に、だが。 「……なあ龍治、こうしてるとお前が告白してくれた時の事を思い出さないか?」 まさに思っていた事。覚えた気恥ずかしさに視線を逸らせば、やっぱり照れたと目の前の顔が笑う。あの日の台詞はきっと一生忘れない。お前の全てを、俺にくれないか、なんて。その台詞だけで、木蓮は彼には敵わないと思ったのだ。勿論龍冶も忘れはしない。そんな彼に微笑んで、木蓮は空を見上げる。 自分は欲張りだから、龍冶からもいろんなものを貰ってしまった。そう笑う彼女とこの手を結んでからもう随分と時は流れたような気がして、それでもまだ傍に居る事は喜ばしく、掛替えの無い幸福で。けれどそれでも、未だに拭えない不安は胸を過ぎる。幸せに出来ているのか。その問いに明確な答えは差し出せない。嗚呼けれど、それでも。 「龍治、すごくすごく今更なお願いだけど……これからも、お前の全てを俺様にくれないか?」 「ああ、勿論だ。……本当に、今更な話だ」 そっと抱き寄せる。こうして己の腕の中で幸福そうに彼女は笑う。きっと、それがどんな言葉よりも明確な答えなのだ。 夜の帳が降りた頃にぴったりの宵っ張りの友人を連れて、遥紀は仄かに煌く湖に漕ぎ出す。折角の日なのだ、遊び倒そうと誘えば響希は嬉しそうに頷いた。 「子供の頃に夜の遊園地に忍びこんだ事があってさ」 動かない幻想的な乗り物、愛嬌を振りまいていたマスコットの虚ろな目。どれも恐ろしかったけれど、此処にある夜はとても暖かい。そんな言葉と共に花の浮かぶ蜂蜜酒を差し出せば、ありがと、なんて言葉と共にグラスの触れ合う微かな音。その涼やかささえ美しくて、もう一度笑みを浮かべあった。 「……こんな優しい時間が、ずっと続けば良いのにな」 理不尽を視る事も強いることも無い世界。そんなものに手が届く気がした。夢を見てしまう。目の前の彼女が大切な人と結ばれ、子供が生まれて。自分のいとし子達と遊びまわってくれるような、そんな世界を。嗚呼。けれどそれは夢ではないのだ。それを未来にする為に戦っていた。そして今は、その道程の途中の、暫しの憩い。 「何時か、またこうやって遊びましょう。……仕事なんて関係なく、普通に、友達として」 だから今だけは、そんな夢のような時間を味わって。夜が明けるまで、かわすのは楽しげな笑みだけだった。 遊園地に男3人。否、誘った狩生を含めて4人。むさ苦しい事この上ない組み合わせは移動遊園地には実に不似合いである。が、童心に返るのも悪くはない。そんなことを考える伊吹はけれど、何食わぬ顔で共に菓子を摘む狩生に視線を向ける。 「狩生、誘っておいて何だが、そなたも付き合い良いな……こんな集団に混じって良かったのか?」 「ええ。寧ろ、誘っていただけてとても光栄です。非常に楽しいですよ」 そんな彼に異界の酒を勧める彼の横では、聖が店員と思しき人形に丁寧にこの世界の茶や珈琲について説明する。折角なのだ、自分たちの知らない、似たような飲み物を提供してもらおう。その狙い通り、出てきた珈琲らしきものの香りはほんのり花のようなそれが混じっているようだった。 一口。甘いようで苦いそれに舌鼓を打ちながら、視線は遊園地へと流す。まさか、初めての移動遊園地がこんな形になるとは思っても見なかったのだ。 「……いやまぁ、今後を考えれば最初で最後の移動遊園地になりそうですけど」 けれどもう遊具ではしゃぐような柄でもない。手近の菓子やあちらの軽食を楽しむ事のもまた一興だろう。そんな彼らの前に現れたのは、にこにこ笑顔のクルーンだった。成人しているのかどうかはわからないが、折角だと挨拶がてら伊吹が差し出したのは吸い慣れた煙草。 「こちらの世界では一般的な嗜好品だが、気に入ると良いのだが……仁よ、この前のライターはあるか? 火を貸してくれ」 「ああ、勿論だ。……そうだクルーン、ボードゲームはあるか?」 差し出す銀色は、この間の誕生日祝い。そっと火を灯してやれば漂う煙を気に入ったらしいクルーンが、何処からかチェスボードのようなものを差し出す。きらきら、盤上に上ってくる硝子の兵隊。愛らしい駒ばかりのそれのルールは、たどたどしい此方の言葉で記された紙を差し出してくれる。 「ふむ。駒を味方に加えるのは、将棋や囲碁に近そうだな……竜牙、一局どうだ」 「実に興味深い。喜んでお受けいたします」 静かに始まるゲーム。趣もありゲーム性も高いそれに即座に対応したらしい狩生との駆け引きを楽しむ様子を、伊吹もまた覗き込む。この後是非一局。そんな言葉を聞きながらも盤面は進んで。 「うむ。流石だな。投了だ。ルールと駒の役割を覚えれば、向こうでも再現できそうな感じだ」 「仁君こそ、ゲームはお得意ですか? ……お次は二人でどうぞ」 続いて始まる一局を聖も眺める。異界の菓子を茶請けに、未知の珈琲を飲む。実に素晴らしいひと時だった。 「これだけでも、此処に来た甲斐がありますね」 「そうだな、思う存分楽しんで、しっかりと記憶に残そう」 こういうものを好きそうだけれど来れなかった友人の為に、土産話を。そんな仁の声と共に、楽しい時間は過ぎていく。 ● 大型の仕事が立て込むと如何しても溜まる疲れ。そして、忘れてしまう休息。ひと時戦いを忘れて身を休めようと櫻子が選んだのは、静けさの満ちる花畑だった。仕事以外で出かけるのは久し振りだ、と微笑みながらブランケットを敷いて、腰を下ろす。柔らかな甘い香りが気分を落ち着かせてくれる様だった。 「遊園地に行きたがると思っていたが、読みが外れたな」 「遊園地も行きたいですけれど……今日は櫻霞様とゆっくりしたいのですぅ」 たまの休みなのだから羽を伸ばしても問題ない。もし、遊園地に行きたくなったのなら此の侭行く事だって出来るのだ。招くように膝を叩く櫻子に身を委ねて、櫻霞は嬉しそうに此方の髪を撫でる彼女を見上げた。ゆらゆら揺れる尾っぽは機嫌のよさの表れだ。 「なんだ、今日は珍しい事だらけだな。普段ならお前を甘やかすのは俺の役目だろうに」 「今日は櫻霞様が甘える日にしようと思って……それに」 普段は自分が甘えるばかりだけれど、逆でも嬉しいのだ。好きな人と寄り添って甘えたり甘えられたり。そんな時間は何より幸福で心を癒してくれる。髪を撫でる手も、膝に触れる頬も温かい。そのまま静かにのんびりと、二人の時間は流れていく。 遊園地は夢を見せてくれる場所だが、此処も夢の中のような場所だった。ふわりと指先に降りる蝶は見た事も無くて、よもぎは小さな異邦人への感謝を告げる。珍しげに花を眺める狩生の横でそっと花を摘んで、編み始めるのは小さな指輪。花弁を傷つけずに編むのは難しいけれど、こんな時は小さな手も役に立つ。 「……さあ、完成だ。これは狩生くんにあげよう」 「おや、いいんですか?」 するり、と抜かれた手袋。是非、と言われるままに片膝をついて、白い指に優しく通した花の香りは甘かった。礼と共に自分もと花冠を編み始めた狩生の横顔を眺めながら、よもぎは彼への想いを再確認する。そっと微笑んだよもぎの頭の上へと、完成した花冠がかけられる。 「大好きだよ狩生くん。こんな私にいつも付き合ってくれて、ありがとう」 「此方こそ。……君と過ごす時間は、とても楽しいですよ」 お似合いですね、と笑う彼と共にそっと撫でる花はやはり美しかった。広がる景色は美しい。確かに好みだと呟く火車にやはり来て良かったでしょうと告げた黎子は、今日しか見られない世界に目を細めながら大事な話もあるのだと告げる。 「大事な話? んなキャラだったか?」 「宮部乃宮さん、私のことを……お、お姉ちゃんって呼んでもいいのですよ!?」 その言葉に僅かに動きが止まる。随分と思い切った踏み込み方をしてきたものだ、と僅かに視線を投げた。変なものでも食べたのだろうか、なんて訝しさを込めながら、その指先が頭を指差しくるくる回る。狂ったのか、と告げればふるふると振られる首。そういうことではなかった。妹は、彼と同じ苗字を名乗っていたのだから。 自分は火車の義理の姉になるのだ。だからこその提案で、そうなるのなら自分も彼を呼び捨てようかと――否、なんだかしっくり来ない。 「……やっぱりいいです……」 「まぁ……呼び方なんかは好きにしてくれよ」 なんとなくなら解ったけれど、火車は一度も黎子を義姉だと思った事は無いのだから。そんな彼の様子を見詰めながら、黎子は何処か不安げにその首を傾げた。どうも、最近の彼は危うい。そう告げれば、返って来るのは不思議そうな否定。彼自身からすれば一時期よりはずっとましなのだ。そう言われても、それでも不安は拭えない。 「私には友達も家族も他にいないんですから。……置いていくような事はあまりしないでくださいよ」 「そんな心算もねぇんだけどな。良けりゃついてきてくれよ」 置いていく。その言葉は火車にとっては中々に響く言葉で、それを知ってか知らずか頑張ってついて行くなんて言う彼女を見詰めた。彼女への気持ちは、一体何なのか。それは未だに自分でも分からず、考えながらもふと、先程の台詞を振り返る。 「……あれ? 黎子まだダチいねぇの……?」 「……いないんです」 重い話以上に切実な気がしなくも無い言葉に、火車は何とも言えない顔でそうか、と呟いた。 休憩にと移動した湖は仄かな煌きを湛えていた。静謐とでも言うのだろうか、賑やかな遊園地もいいけれど、こういう場所も好きだった。静かに深呼吸する真澄の横で、コヨーテは物珍しい世界に楽しげに視線を動かす。綺麗だけれど、静かで歩いていないと眠くなってしまいそうだ。そんな事を考えながらも、真澄を気遣うのは忘れない。 「足元平気か? へへッ、転ぶなよォ」 「あぁ、エスコートがあるから平気さね」 差し出された手をそっと取る。その途中でふと思い出した様に真澄は足を止めた。そっと取り出されるのは、鎖の先で揺れる認識票。一日早いけれど、と付け加えて、真澄はそっとそれを差し出す。 「誕生日おめでとう、コヨーテ。今よりもっといい男になるんだよ?」 「誕生日? 全然忘れてたッ! 大事にするぜッ!」 認識票なんて縁起でも無いかもしれないけれど、お守りの意味も込めて。そんな真澄の気遣いも、戦場を思い出させてくれるこの冷たさも嬉しくて。首にかけたそれを指先で弄ぶ彼を見ながら、真澄は他に欲しいものはないかと問う。 「誕生日はその人が王様になれる日だからねぇ」 「これからも真澄が元気でいてくれりゃ、ソレが最高かなッ。あ、そォだ、オレも、いつもの感謝込めてお返しなッ!」 笑顔と共に、差し出されたのは黒とベージュのレザーコサージュ。花を模したそれは可愛らしくて。其処に込めた思いは、母親へのそれにも似た純粋な感謝だった。自分に母親はいないけれど、真澄はそれと変わらぬ存在だ。何時も有難う、と告げれば、驚いた顔が嬉しそうな笑みに変わる。 まさか、こんな可愛いものを貰うなんて。喜びを噛み締めながら、真澄はそっと首を傾げる。 「ふふ、一つだけ我侭を言っていいかな。コヨーテの手で付けてくれるかい?」 「おうッ、任しとけッ!この辺かなァ……?」 少しだけ不器用に。髪に飾られたそれは、真澄にとってはどんな花より美しく見えた。 「やあ、こんばんは。夕食がまだなら、一緒に食べよう」 休憩と腰掛けたベンチの前。通りかかった伊月に沢山の飲食物を見せれば、驚いたように瞳が瞬く。それにも楽しげに笑ったヘンリエッタは、今までずっとこの遊園地を満喫していたのだ。勿論、閉園まで居るつもりだった。全部全部楽しまなくてはきっと悔やむことになる。昼過ぎから来たらしい伊月が贅沢だな、と小さく笑う。 「ふふ。そう、欲張りなんだ。……全部こうして書き留めておけば、いつでも思い出せる」 彼女が開くノートはこの世界のどんな些細なことでも書き留めるようで、けれど思いつくままでもあって。沢山の色が飾るその中に混じる感想の文字に目を細める伊月に、楽しげにおすすめの遊具を示していく。もしまだなら一緒に行こう、なんて言いながらも、その言葉は段々と力が抜けていって。重たくなる瞼を擦りながら、隣に座る伊月を見上げる。 「……でも、その前に15分だけ肩を貸してくれないかな。食べたら、眠くて……」 朝まで持ちそうに無い。もう既に沈みそうな意識で呟けば、差し出された手がそっとその頭を己の肩へと倒す。起きたら交代するから、どうか15分後に。そんな言葉は音になったのかも判らない。緩々と落ちる瞼と、小さな寝息。それを聞きながら、伊月は酷く優しく笑みを浮かべた。 「仕方ねえな、今日だけだ」 その声も何処か優しくて。夢うつつのヘンリエッタは微かに微笑む。空で輝く月は本物にしか見えなかった。こんなに上等なものは無かったけれど、涼子は移動遊園地を知っていた。スクリーンで流れる歌。飾られた紙の月。 「If you believed in me――か。まあ、すてきじゃない?」 柄じゃないけど。そう呟く彼女が向かったのは、この遊園地の主の下。にこにこと笑うそれと視線を合わせた。言葉は上手く通じそうにないけれど、指先で彼の後ろの道具達を示す。 「……ちょっと、小さい子を楽しませてあげたいことがあって、ジャグリングか何か教えてほしいんだ」 本当に柄じゃない。夜中に来たって照れ臭さは変わらないけれど、折角の機会だ。こんなことを頼む相手なんて他には思いつかなかった。伝わるだろうかと首を傾げれば納得したらしい彼は即座に、握ったボールを宙に投げる。 まずはお手本。次は練習。言葉の無いそれはけれど、悪い気はしなかった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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