●ぬこまくら -Nukomakura- 雨水。 本格的な春の訪れには遠いながらも、啓蟄を経て春分へと至る節句である。 春一番がふくのもこの時期とされる。 かく乱れやすいで頃合いである。大雪と天晴を繰り返しながら春へと向かって、そぞろ歩いていくのである。 曇りがちな雨水の空の下で、空き地にキャンプ用のテーブルとシートが広げられていた。おっさん二人が卓について蟹にかぶりついている。かたっぽは和服にパナマ帽。もうかたっぽは背広である。脇には発泡スチロールの箱と七輪がもくもく熱を発している。 背広がほくほくと蟹にかぶりついて言う。 「やあ美味いですね。枕流先生」 「先日、函館でとってきたんだよ。この時期は美味いからね。――さあ、辰之進君。新しいのが焼けたよ。どんどん食べたまえ」 チリチリと良い音を立てた蟹が真っ赤に仕上がって、芳醇な甲殻類の焦げた香りが雨水の風に煽られて向こう側へ溶けていく。これをパナマ帽の男――枕流が紙皿に乗せて背広に差し出した。 「ごちそうさまです。処之助先生に分けてあげたらどうですかね?」 「滋養の面では知らないが、いいものかね?」 「いいものでしょう。こんなに美味いんですから――ああ、私も芋粥をこしらえてきましたよ」 背広が、カバンから大きなタッパーを取り出して中身を鍋に移す。七輪の上の網に乗っていた蟹たちを胃袋に片付けて、揚々と温め始める。 「そうだ、辰之進君。少し前に聞いた話の続きが知りたいね。かっぱっぱですか?」 「ああ、ああ、あの話ですか。職を失ったながらも、不思議な体験でした」 談笑を重ねていると、あるところで"ぼてん"という擬音語とともに、空から何かが降ってきた。 『ぶにゃー』 それは、枕のような平べったな猫のような獣であった。 無い首をふるふると左右に振って、ごにゃーと鳴く。ぶにゃーともつかない声である。 「これは何ですか? 枕流先生」 「ああ、この時分になると良く来るんだ。あとで帰しておくから」 ぼてん、ぼてんと更に続いて音がして、獣達が増えていく。増えた数がおっさん二人の周囲をむくむくと囲みだす。そしてその輪は、少しずつ狭まっていく。蟹と芋粥の臭いにつられたか。平べったな姿勢のまま、細長い動向が飢えた獣の如く、蟹と芋粥を見つめている。 「本当に大丈夫なんですかね?」 「そういえば、襲われた記憶しかありませんね」 「だめじゃないですかー! あばばばばばば」 そして、ぼすん! と一回りデカイ影が背広の脳天に下る。 『ごにゃー』 背広はその一撃でもって、三途の向こう側へと、旅立ちそうになった。 ●ぬこでなしの世 -Iydilice cat- 「もふもふなアザーバイド。識別名『ぬこまくら』さんかいめ」 ――来たか! 『リンク・カレイド』真白 イヴ(nBNE000001)の言葉は、ガタッと席を立ち上がらせる程の威力であった。 なんという恐ろしいアザーバイドか。 そしてそれが"さんかいめ"という言葉を聞く限り、過去もボトムチャンネルへ侵略を企てているらしき、恐るべき魔物であることは疑いようが無かった次第である。 ガタッという音の次には、静寂(しじま)である。玉の様な汗が頬を伝い、落ちる音が判然できるほどの静寂が、ブリーフィングルームを支配した。 「ふとっちょなぬこみたいな感じ。ぶさかわいい八匹。でもぶさいく。顔とかお腹を左右にひっぱると伸びるの。すごくのびる。あと、ぶにゃーとかごにゃーとか鳴く。鼻が潰れたにゃんこみたいな感じ。ぶさいく」 左右にひっぱると凄く伸びるという。のびーる。 「なんか、去年も一昨年も似たような事件があって、アザーバイドと仲良くなったリベリスタがいたの。それでもふもふ達、遊びに来たらしいんだけど、何か降ってくると同時に一般人が運悪く下敷きになるみたい」 一般人に危害を加えるとは、なんという邪悪か。 あーんなことやこーんなことをされても文句はあるまい。 「急げば、下敷きになる前に乱入できると思う。見た目によらず気性が荒いよ。食べ物に我を忘れて一撃与えたら問答無用で襲ってくると思う。何かぬこ達の世界、荒れているみたいね。断片的だけど」 リベリスタの一人から疑問が上がる。 「普通に攻撃して大丈夫なの?」 「銃弾を寄せ付けない位、弾力性ワガママぷにぷにボディだから普通に攻撃しても大丈夫。ある程度ボコれば大人しくなると思う」 イヴが、ポーチからごそごそと、木の様な物を出す。 「はい、マタタビ。ぬこから集中攻撃される。人数分あるから、上手く使ってね」 これはやらねばならぬと、リベリスタ達は各々顔を合わせて頷いた。 生命の根源とされる、セフィロトの樹(マタタビ)が眼前に。光って唸る。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:Celloskii | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年03月19日(水)22:35 |
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■メイン参加者 7人■ | |||||
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●春の風物めいた -Maitoshi ga Every year- 街辻をリベリスタ達が駆ける。 十字路の向こう側に、ぽっかりと開いた空き地が目的地であった。 駆けながら『リング・ア・ベル』ベルカ・ヤーコヴレヴナ・パブロヴァ(BNE003829)が視線を上に向けると、空に虫食い穴が生じていた。 加えて、穴から餅のような三毛模様がむにょっと生じている。落ちるか落ちないかの状況であると解釈できた。 「挨拶代わりのシャイニングウィ──と思ったが、先生はともかく塵芥氏が危ない」 ベルカが足を止める。掌で練っていた神秘の閃光弾を少し弱める。次に投擲する。閃光弾は、足を止めていないリベリスタ達の脇を抜けて、その先で光を焚く。 光ると同時に咆哮が上がる。 「貰ったぁ!!」 空き地に鎮座する獣達の輪の内の1/4が、『ぶにゃー』と声を出す中へ、『薄明』東雲 未明(BNE000340)が己れの危険を賭けにして飛び込んだ。右手にぬこじゃらし、左手にセフィロト。背広を庇う様に突き飛ばす。 「あばばばば!?」 背広が頓狂な声を出して空き地の向こう側へ転がっていく。余談ではあるが、実際に彼は『あばばば』という小説を出している。 たちまち、未明の上から獣達の長が降ってきた。背中でバウントし、その衝撃で未明は膝をつく。 「あたしはデュランダル、身を挺して前に立ち、敵とやりあうのはいつもの事よ」 傷は深くない。未明は背中のふわともぽよんともした感触に、昨年の因縁を思い出して獣を見据える。 未明と同じく、『ぴゅあで可憐』マリル・フロート(BNE001309)が、因縁の視線──本人は鋭い視線と思っているが第三者が見るに、あんまり鋭くない視線──を向けた。 「おのれ……ぬこまくらどもめ。前回も前々回もおいかえしてやったのにまたしょうこりもなくきやがったですぅ」 マリルの右手にマタタビ、左手にはみかんの皮。思わず力んだせいか、みかんの皮から柑橘系の匂いの汁が絞り出されている。 「こんどこそけちょんけちょんにしてDホールの向こう側へ追い返してやるですぅ」 ──と、翼の加護で戦端を開くと同時に、マリルはくるりと後ろを向いた。 マリルの後ろにそろりと接近していた緋塚・陽子(BNE003359)の手には、袋詰めマタタビパウダーがある。これをマリルは「ていっ」と弾く。 「にゅふふふ! 去年と同じ手はくわないのですぅ」 ビーストハーフは不意打ちを受けないのである。 「ありゃ、バレちゃったかー」 陽子は肩を落とした様をマリルに見せて、瞬息に間に謎の霧吹きを取り出す。マリルに吹きかける。 「にゅ!? な、何ですぅ!?」 「ん? マタタビ液」 策士である。 マリルが嫌な予感を覚えて、もう一度獣達の方へ振り向くと、嗚呼。 陽子はぴらぴらと「がんばれよー」と応援する。 「成程」 この様子を淡々と眺めていた『クオンタムデーモン』鳩目・ラプラース・あばた(BNE004018)が、納得したような音をあげた。 因縁があるらしき人達を見ていると、何があったか想像に難くない。 「しかし、何度もやってきている……こちらはさぞかし居心地がいいのでしょうね。居つかせるわけにはまいりませんが」 あばたも獣達の円の中に飛び込む。 まずは一般人を──背広を確保する。未明に突き飛ばされて地面に頭を打ち付けてしまったか、ピヨピヨと視線が安定していない。肩を貸す。いやさ胸を貸す。 「わたしの胸で眠れ。眠らなくていい」 やっぱり肩を貸す。 襲いかかってくるかに見えた獣達は、マリルの方へ次々と跳躍していく。向こう側で、もすっ、もすっと音がする。 結果的に、一般人を連れて、囲みから抜け出すのは容易であった。 「キンジロウ氏はご自分でなんとかしてくれるってわたし、信じてます!」 「何と、諸君ではないですか」 旧千円札の肖像に良く似た人物は、ワンテンポ遅れて仰天したような声を上げた。奇妙な空白が何ともいたたまれない。 ここへ、『足らずの』晦 烏(BNE002858)がバケツを片手に紫煙をくゆらせながら挨拶する。 「やあやあ、お二人さんとも壮健そうで何よりだ」 烏は、あばたがよっこらしょと背広を空き地の隅っこに放置する図を尻目に、枕流の前にバケツを置く。中はハマグリだ。 「鹿島灘産の旬の蛤の差し入れだ。砂は吐かせてある。それから新酒と烏賊の乾物もあるな」 かく烏は、獣と戦うというより、早春の天下で飲みにきたといった風情であった。 「ぬこまくらはまぁ、プロ(?)に任せるとして。おじさんは枕流先生や塵芥君と七輪で美味しいものを食べる会にちゃっかり参加です」 獣の視線があっち(マリル)に向いているのを確認して、円の中でよっこらしょと腰を下ろす。 枕流も腰を下ろして言う。 「あのぬこ共の声には、天下の春の恨みをことごとく萃めたる調べがあります」 「春の風物ってやつか」 烏と枕流がのんびりと腰を下ろした様子を見て、『Quis lacrima』クィス・ラクリマ(BNE004881)は「あれ? 戦闘は?」とクエスチョンマークを頭上に浮かべる。次にハッとする。 「ぬこ……“ねこ”じゃなくて“ぬこ”!? クッ、なんて敵なの!」 ごくりと唾を飲み、全身にマナを巡らせる。 かく、クィスはホーリーメイガスを生業としている。 巡らせたマナが切れる時に再付与する事。移動、回復を使うタイミング。ホーリーメイガスはそれら選択肢と常に向き合わねばならない。可能な限り状況を想定し、状況に応じた最適解を出し続ける事こそが、求められる役割なのだと胸裏で反芻する。反芻する。反芻した。 「やべ、そんなん放棄してぬこ触りたいわあああああ!」 0.5秒の後に反芻は過去形となる。 「でも位置的にはどう考えても後衛にしかいれないわああああ! おのれえええ! 何の罠よこれはあああああ!」 クィスが、悲鳴に近い声を春の空にあげる。 一方、芋粥の湯気も、呑気に春の空にあがっている。 ●長閑と呑気 -Sweetest Spring- ぬこ穴、入らずんばぬ子を得ず。 サルヴァトル・ロザというイタリアの画家は、盗賊を研究したい一心に突き動かされ、賊の群れに飛び込んだという逸話がある。 得なければならないもの。掴み取らねばならないもの。 リベリスタは往々に、危険を賭けにして、飛び込まねばならぬ時が存在するのである。…… 「今がその時!」 未明がボスぬこまくらに飛びついた。独り占めなんてさせ──攻撃は分散させなければならない。 向こう側で、鼠のビーストハーフがいろいろ飛びつかれて猫ダルマのようになって「もにゅーもにゅー」と言っている。独り占めされ――マリルの危険が危ない所だった。 未明の腕の中でよじよじする獣のお腹は、吸い付くような毛並みである。 「忘れもしない、一年前の事。あの時、あたしは上位階層の神秘の一端を垣間見た。それは想像を超えた体験だった」 一年越しの上層の神秘が眼前に。 即座、120%の速さで顔を埋める。しっとりふわふわもちもち、鼻腔をくすぐる良く手入れされているようなぬこの……どう考えても野性の匂いではない飼い主がいるのか、あ、どうでもよくなってきた。 未明が旅立つ。烏の呟きのとおりに"プロ"であった。 「塵芥氏! 息災でありましたか。いや良かった」 ベルカが隅っこで三途の向こう側に行きかけている背広に、やあ! とアイサツする。 ともあれ、気性の荒い獣たちをおとなしくすべし。慈悲はある。と、マリルに張り付いた獣の一匹に対して『凍り付く最高の眼力』──ではなく。『冬眠から這い出て来た虫を見る様な、微笑ましいまどろみに満ちた早春の木漏れ日が如き微妙な眼力』で見つめた。ぽよんという三文字が生じて、一匹がころんと落ちる。 「もはや我らの間に犬猫の隔たりなど存在しないのだ!」 野犬の如くとびつく。 伸ばしちゃうもんね! もいっかい伸ばしちゃうもんね! と、嬉々してみょーんと右左へ伸ばす。伸びる。ぐふふふと、ベルカの口に自然とニヤニヤが生じた。 「さて」 割と思惑どおり行った陽子が、そろそろと霧吹きでマタタビ液をシュっと中空に漂わせる。マリルの顔に張り付いていた獣がマリルの顔からそのまま、陽子目がけて飛び移ってくる。 「伊達に2度も突撃貰ってねーからな、お前等の飛び込みは見切った!」 上から下へ叩きつけるフライングボディプレスではない。横に身体をぶつけてくるボディプレス。専門用語でプランチャーである。 ガシっとつかむ。そのまま力一杯顔を埋める。手で、顔で、ぬいぐるみ感覚で全身で堪能する。 嗚呼、大きく違うのは、やはり生き物の体温。生ぬるさ。お腹に顔を埋めると、両手両足をよじよじ動かしてくるは"無駄な抵抗"。笑いが止まらない。 こうして、マリルの顔に張り付いていた獣が、陽子の魔の手に落ちた。 その結果、窒息しかけてたマリルは先ず春の空気を胸いっぱいに深呼吸した。ふるふると顔を左右に振る。 「ぽふぽふしやがってぇ、魅了攻撃は精神力で跳ね除けてやるですぅ、ねずみの根性みせてやるですぅ!」 腕に、肩に、身体にいっぱい張り付いている獣達を引き剥がさんとするも。 「の、伸びるですぅ!?」 引っ張っても伸びるだけである。仕方ない。自傷するかのようにスターライトシュートを自身に張り付いたやつに当てていくと、あっさり引き剥がれた。 「どうです! まいったですか! ぬこまくらどもめぇ」 ふんぞり返るも、しかし返された眼光は鋭い。昨年より強くなっているのか。 イヴの言葉『世界が荒れているみたい』がふと脳裏によみがえるのであった。 「ふむ」 マリルから離れた獣に向かって、あばたが抜き撃ちに得物から弾丸を放った。 ズドンと形容できる三文字が銃から鳴り、次にぽむんという三文字が返ってくる。 「効いているのかいないのか」 粛々と後衛の役目を果たさんとリロード、リロード中に陽子が避けた獣が飛来する。鷲掴みにする。むにむに。 鼻をつまんでみる。苦しいらしいので離してみる。離した鼻からぷしゅっと音がする。次に鼻を押す。すごくいやがってる。 唐突にぱーんち! ぽーんと上に飛んでいく。 「銃をっ! 持ってしまったせいでっ!! わたしはっ! もともとっ! 肉体派の予定だったのにっ! 今更っ! 路線変更などできず! 最早! このような依頼で! こうするほかは!!」 第三者には乱心したかの様に見えたが、抑制していたものが噴出したという方が正しかった。 ここへ、ついにクィスがすり足で、にじり寄る。 「数が少なくなってきたらちょっとぐらい前の方に……」 一度やると自制など脆く崩れ去るものである。セフィロトの樹が光ってうなる。光に誘われて。一匹がクィスに飛びついてくる。顔で受ける。防御無視だろうと関係ない。 「あのモフモフに触ったら――死ぬわよ!」 なんの! 時既に遅し! むちむちむにむに、もちもちふわふわが顔面の神経を一斉に刺激する。 防御無視の圧倒的か何なのか鼻血がでそうになる。いや出たかもしれない。 こりゃ防御無視になっても仕方ないと納得の感触と、納得した結果、クィスも未明と同じ境地へ旅立った。 周囲の「きあー」「ひえー」「にゅー!」などなどの声を右耳から左耳に受け流しながら、烏はトングで蛤を転がす。 パカッと良い塩梅に焼けた蛤に醤油と酒を注ぎ、貝殻の中で沸騰させて蒸し焼きに仕上げている。 獣達はマタタビに夢中なので、寄ってくる事はない。 「食べ頃だな」 周囲との温度感が明らかに異なる、異次元といえようか。皿に蛤を盛りつける。蛤の良い匂いがマタタビと混ざって春の空へと昇っていく。 「ある時は新酒に酔うて悔い多き。とならん程度に楽しめればですかな。枕流先生」 「そうですね。余も最近は胃の調子が弱くなって来たので、飲みすぎには注意したいところです」 胃が弱くなってきたと主張した刹那に、枕流が屁をひった。 ほろ酔い加減で妙におかしさがこみ上げてきて、ワハハハと笑いがあがる。 周囲では、色々と思惑が入り混じった悲鳴が、少しずつ空き地を盛り上げていった。 ●三回目のアレ -...With bliss I would yield my breath- 春の天下に起こった戦闘は、苛烈を極めた。 日に千人の賊を戮して、草花を彼らの屍で培うかの如き、一人を除いてモフり殺されるか、モフり殺すかの戦いと言えようか。 「あとは任せた」 未明がまた旅立つ。なんてこった。 「もふり倒されるわけには、わけには……」 クィスもまた旅立つ。なんてこった。 いままで未明の顔にへばりついていた獣達の長が、のそっと動く。未明の顔というポジションを、他の獣と交代したという方が正しい。 「あ、ちっちゃいやつもこれはこれで」 未明はほぼ完全にプロであった。 『ごにゃー』 獣達の長が発した鳴き声は、生き物であるか怪しまれる程に重厚に響き渡り、空き地の空気を一瞬でズンドコに叩き落とす。 一部(烏達)を除いて、たちまちに空気が移ろう。 「もごもご(ここからが本当の戦いらしい)」 陽子が顔に張り付かせたまま、重々しい空気を感じ取って警戒を促す。 「もご(恐ろしいプレッシャーです。昨年とは段違いと言えましょうか。誠に無念ですが、私は特技である眼力を封じられています)」 ベルカが獣を顔に張り付かせながら、特技が使えない事の無念に涙する。 「ノー、ノー。暴力チガいます。ダメオシヤツアタリチガいます。日夜鍛えている武術のワザマエなど使ってマセン。これは未知のアザーバイドの調査。試験。実験。イイネ? 加減はスルよ?」 あばたが一匹を粛々撃つも、いよいよ言動が怪しい。先に色々吐き出したせいか。あと殴る蹴る。 尚、ここまででもっとも獣を屈服させていたのは、あばたである。問答無用でぶんなぐっていたからか! 獣達の長が顔をぷいっと反らして、ある方向を見る。視線の先はマリルである。 「ぼすぬこ……! 毎回その獲物を狙うような目であたしをみつめるなですぅ!」 何とも三回目。 じりじりと睨み合いが生じて緊張が生まれる。生まれたところで。 「あばばばば!!」 背広が飛び起きた。起きた時の声で、張り詰めた緊張が一気に破裂する。 『ごにゃー』 瞬息の間の攻防が生じる。獣達の長がマリルに飛びかかり、ドロップキックを繰り出す。 「このさいきょーでさいあくな武器が目にはいらぬかぁ! ですぅ!」 迎え撃つマリルがみかんの皮から汁を発射するも、空中で獣達の長は回し蹴りに切り替えて、マリルの手を打つ。みかんの皮がこぼれ落ちる。さらにマリルの手を踏み台に、もう一度跳躍する。何という体術か。 「『破滅のオランジュミスト』なのですぅ!」 しかしマリル。ポーチを開ける。中にもう一枚のみかんの皮。これをクイックドローする。ぷしゅっと弾け飛ぶ柑橘類の匂いに獣達の長はごにゃーとゴロゴロ転がった。 獣達の長が倒れた事で、一斉に凶暴な異世界の獣達のテンションが落ちまくる。 若干、無駄な抵抗をしていた獣がいるも。 「あ、ぬこぱんちされると肉球の感触がっ。あ、あっ! で、運動したからご飯にしましょう」 未明が帰ってくる。 「あぶないあぶない。窒息するかと思った」 クィスも戻ってくる。深呼吸して、もう一回顔を埋める。あ、いい匂い。引き剥がす。深呼吸。また顔を埋める。エンドレス! 「どれ、茶番もここらへんにしておきましょう」 ベルカも顔に張り付いた獣を引き剥がす。そして先ほど奇声と共に飛び起きた背広の方へと行き、正気を確かめた。 「さっきからいい匂いがしてくるな」 陽子も、なにやらバックドロップを綺麗にキメたを姿勢をしていた。 目を回した獣を顔から剥がす。剥がすとき、ちょっと引っかかれた。 かく、空き地にはマタタビの匂いを上回る程に、いつの間にか食べ物の良い匂いが漂っていた。 烏が用意した蛤の酒蒸しが、湯気を立てている。 蟹もまだまだあると怪しまれる。 尚、あばたはダメ押しとばかりに、ボディを叩いていた。手応えはあんまりない。 ●終幕 -Next Iydilice & Zenchinaigu- 「『熱燗か 寝釈迦に寒梅 ぬこまくら』」 「先生、そりゃ冬の季語です」 「一本取られました。ワハハハハ」 烏と枕流が、相変わらず酒を飲み交わす。もう誰も止めない。 その横で、ベルカが、背広の芋粥を貪っていた。 「あれから姿が見えないので、気になっていたのです。よもやこちらの先生とも知己だったとは」 対して背広が胡座で頬杖を作る。 「あれから、リーマンを辞めて、物書きをやっていますよ。先生に『Nose』を絶賛されましてね」 「成程、鼻。ですか」 鼻だけに、四方山話に華を咲かせている対面。クィスが獣に蟹を差し出した。獣はむしゃあっと平らげる。 「はい、あーん。……食べた!? 食べたよ!」 いろいろと盛り上がっているクィスと獣の戯れ。未明が微笑んだ次に溜息をつく。 「どうしてフェイトを得てくれないのか」 未明もひょいっと蟹を頬張る。 余談ではあるが、この蟹はタワバガニという。破裂する凄い蟹である。 「もう二度と来るなですぅ!」 マリルの翼の加護で、Dホールへとぬこまくらを押し返す。 「とってこーい!」 あばたもマタタビを向こう側へ投げ入れる。取りに行った獣はデブなのに速い。 「また来年なー」 陽子は、ボスぬこまくらを向こう側へ押し込んだ際のぬくもりを握りしめて、"また"春の空を見上げた。 春一番が吹く。春分は程なくして。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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