●だらけ 『鏡花水月』氷澄 鏡華(nBNE000237)は悩んでいる。 一身上の都合という身勝手な言い訳を幾重にも貼りあわせて作った貧相な服ではとても表を出歩けない。裸の王様が外を出歩けるのは自分の格好に自信があるからで、さて鏡華はといえばそんなものは重箱の角を突こうと一欠片だって出てきやしないので、立ち上がるのだって勇気がいるのだ。いっそ裸の方が気が楽なのでは──なんて頭を掠めた考えに思わず頬を染める。流石に原始時代に戻るよりは外に出る方が楽だった。 どうしようもない。行かなければいけないのだ。 ああそれにしても。 仕事がしたくない。 そうしてまた鏡華はこたつ布団をぬくぬくと被ってその誘惑の虜になる。違う、そうじゃない。そんなことをしている暇はどこにもないのだけど、それでも甘えてしまうのは人の性というものではないか。いやいや、それは悪魔の考えで、できる奴は自分がこたつと愛し合ってるこの瞬間でさえ死に物狂いで努力しているぐらいなんだから、このままじゃ私はダメ人間一直線。ぼーっとした頭にも危機感が生まれる。まずい。こたつを引き剥がす。傍から見てその動きはナマケモノが顔にかかった木の葉を払う姿に似ていたに違いない。それでも、引き剥がすのだ。3日ぐらいかけてちびちび飲みきったビールの缶が弾みで転がっていった。布団が離れるまでがものすごく長く、布団が離れてからの時間が急ピッチで進む気がした。 こうしなければいけないのだ。私はダメ人間になってしまう。 そうして鏡華は家を飛び出して、誰かの未来を救うべく立ち上がったのだ──けれど。 その日予知した事件を前にして、ちょっとだけ。 もう少し寝てても良かったかなあって思っていた。 ●だらけだらけ 「出てくるんじゃなかったなあ」 こら、小声でぼそっといっても聞こえるぞ、とでも言いたげに、ブリーフィングルーム中の視線が鏡華に突き刺さる。彼女は慌てて苦笑して、彼らの求める話を読み上げた。 つまり、と鏡華は強く前置きして、 「街中がこたつ病なんだよ」 と端的に言った。何が言いたいのかさっぱりだ。 ようはこういうことだ。 ある街にE・フォースが現れたのだという。雨雲が現れるような気まぐれさでやってきたそいつは、街のある地点を中心に、街一帯を包み込むほどの巨大な力場を張った。周辺にある四つのビルをテントの杭みたいにして張られた力場はドームのような形状をしていて、通常の人間には視認できないが、革醒している者ならば見ることも触ることも、その上を歩くこともできるみたいだった。力場はそれの包んだ下方部に影響を及ぼすという。 その影響とは、無気力化である。 その力場の内部にいる人間は全て無気力状態になり、通常の社会活動を継続することが困難になる。革醒者でも身体が少しダルくなる、目的を忘れやすくなるなどの症状がでるみたいだった。 その症状は力場を消滅させ、そして力場を発生させているE・フォースを倒せば消滅する。簡単な話だ。だが力場は杭の役割をしているビルに深く突き刺さっており、これを外すには、力場を支えているビル内部を調べ、それを固定している『留め具』を壊す必要がある。ビル内部の人間が尽く無気力なのは好都合だが、ビルを破壊するわけにもいかない以上、手間も多そうだ。 力場を伝っていくのもいいが、接触している足元がどうしても力場の影響を受けるため、闘いづらくなるかもしれない。力場を消滅させた後の対処も必要だろう。 「どっちがいいか、また別の方法を探すかは、君たちの自由かな」 ここまで説明してから、鏡華はこのエリューションについて、次のように評して締めくくった。 「E・フォースの発生させたこたつ場がこたつ空間を発生させ、こたつ病を蔓延させている。必ずや、この倦怠感を駆逐してほしい」 こたつが恋しいのはよくわかった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:天夜 薄 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年03月18日(火)23:05 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 「こたつ病とは少々違う気がするんだが」 と体に蔓延る疲労感を感じながら『誠の双剣』新城・拓真(BNE000644)はかのフォーチュナの妄言に律儀に苦言を呈す。 「……まあ、いうだけ野暮か」 そうやって考えを止めてしまうのは、この空気のせいだろうか。 ふんわりとした陽気な暖かさ。 ぼんやりとした心地よい気怠さ。 薄らとした眠気。 だらけるには丁度いい、快適な空間だ。 遠のく意識の中、ふと目が覚めて、『くまびすはさぽけいっ!!』テテロ ミミルノ(BNE003881)は首をブンブン振る。寝ぼけ眼を擦り、頬っぺたを揉みしだき、景気付けに叫ぶ。 「みんなのやるきをまもるのだっ!!」 「つってもなあ……」 『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)のくたびれた声がテテロのやる気に釘を刺した。 「仕事だから来たけれど、俺、別にできること少ないし、いなくてもいいんじゃないかな、って……」 と言って、我に返る。テテロはにんまりと笑み、 「かい、てきのおもうつぼー!」 「く、これが「力場」の影響か!」 だるくて抵抗の気持ちが起きてこない。それは一種の恐怖でもある。攻撃の意欲すら湧いてこないのなら、こちらとしては為す術がないのだ。 「こいつは強敵だぜ……」 まさにこたつのような空間。人類最高の友であり最強の敵。それに似た概念的存在。 そろそろこたつも片付けようという時期なのに。それでもまだまだ寒い季節だし、片付けたくはないのだけれど。 ここまで考えて、『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)はふむ、と唸る。 「この気持ちがエリューションとして形をつくってしまったのかもしれないな」 暖かい空間に身を任せていたい。 そういう観念の帰結がこたつ空間であり、それの生み出すこたつ病なのかもしれない。 いつまでも怠惰に。だが、それでは社会が回らなくなってしまうし、一般人の皆さんにも申し訳が立たない。あの存在を消し飛ばし、やる気を復活させられるのは、自分たちをおいて他にはいない──雷音はそう意気込んだ。そして振り向き、気怠さを滲ませるリベリスタ面々に叫ぶのだった。 「ほら! 皆さんやる気をだして! やる気をなくしたら負けなのだぞ!」 「当たり前だ。子持ち仕事人を舐めて貰っては困るな」 そう得意気に言うのは『祈鴉』宇賀神・遥紀(BNE003750)。流石は一家の主、この程度の精神攻撃には屈しないという気概が感じられた。 それもこの台詞までである。 「……でもたまには外食でも良いかな」 「もっとしゃんとするのだ!」 そうして少しだけ情けなくなった遥紀の胸を、雷音はポカポカと叩くばかりだった。 ● 上空に薄らと見える透明のテントのようなそれは、幼少時代にこたつの中に収まって寒さをしのいでいた頃を思い出させた。まだ肌寒い季節なのに春の陽気にあてられたような気怠さを催させる『力場』に覆われた空間では、様々な堕落っぷりが見受けられる。 缶を手片手に、ぐでんとベンチにもたれ掛かっているサラリーマン風の男。 喫茶店の机に突っ伏している女性2人組。 砂場で寝転ぶ子供たち。 縁側で肩を寄せ合い眠る老人夫婦。 「案外これって平和なんじゃないの……?」 と『断罪狂』宵咲 灯璃(BNE004317)が言うのも無理はない。力場の頂点に僅かに見える『アイドルネス』は、力場の内部にいる誰しもの心をゆるませ、穏やかにしている。 その代わり誰も何もする気がないので、パン一つ買うのだって一苦労だろう。何にせよ一大事である。 「大した害は無いようにも思えるが、生活が滞ってしまうからな。片付けないわけにはいかぬ」 『八咫烏』雑賀 龍治(BNE002797)は真面目腐ってそう言うが、今にも怠さが顔に現れそうになっていた。灯璃はそれを見て思わず苦笑した。 「そうね、こんな体たらくだし」 灯璃はそう言って、エレベータを見回す。あまり高くもないビルだからか、ガラス張りではない、単なる鉄の箱だ。外の景色は分からない。 「面目ない。どうしても飛ぶのが面倒だったのだ」 「……灯璃も人のこと言えないからね、折角翼もらったのに使ってないもん」 灯璃の背中でぴょこぴょこ動く小さな羽を見ながら、龍治は溜め息を堪えきれずに吐き出していた。 「そうだな。……早く倒してしまいたいな。自分が駄目になってしまいそうだ。ああ……気力が萎む……」 「しっかりしなさいよ、もう」 「面倒になってきたな。酒とつまみ、それから……ああ、木蓮はいないのか、不便な……」 「何言ってんの」 と言って、灯璃は龍治のおでこを指で弾いた。龍治の表情が途端にハッとしたものになる。 「終わったあとでいくらでもできるでしょ。今はやるべきことに集中しなよ」 「ああ、悪いな……。それで、この階で大丈夫なのか?」 と龍治が言うとエレベータが扉を開き、誰もいない、薄暗い廊下を見せびらかした。出勤する気力さえも奪われ、誰もここには辿り着かなかったようだ。 「力場の位置からすると、多分ここ」 灯璃がスッとエレベータを出るのに、龍治もついていく。灯璃は周囲を観察しつつ、幾つか辺りをつけていた。 「ここか、あそこ……」 ぶつぶつ言って、やがて顔を上げる。すかさず龍治に、 「とにかく、早く見つけよっか。あっちだと思うんだけど──」 と言って、彼の腕を腕を引いた。 「ミミルノたちのしごとはとめぐのはかい!」 何度目かの繰り返し。テテロは気力を保つのに必死だった。 それを余所に、快は集中と堕落を繰り返している。 「こんなんで見つかんのかよ……」 と気力が削がれる度、 「ミミルノたちのしごとはとめぐのはかい!」 とテテロが言うので、何とかやる気を繋ぎ止めておけた。 小さいビルだが、やはり人の気配はない。アイドルネスの力が人間に与える影響の大きさがよく分かる光景だった。おかげで動きやすい、と快は変にやる気がなくなる状況でないのを喜んでいた。それに付け込まれて項垂れることもしばしばだったが。 ともかく直感を頼りに、快は『留め具』の場所に当たりをつけて、一つ一つ候補を潰していた。留め具が力場を固定するものであるのなら、力場の延長線上に留め具がなければおかしいのだ。 どこかの企業の職場と思われる部屋に入る。快の直感が、獲物はここだと叫んでいた。 部屋の雰囲気に、心がざわつく感じを覚える。 ふと窓に目をやると、何かが浮かんでいるのが見えた。 「さぶさぶ……?」 テテロがそう言うと、快も映像で見たその形を思い出す。サブコアが本体を離れ、ここまで様子を見に来ていた。 この部屋には何かある、快はそう確信した。 だが奥まで入ってみても雑然とした部屋が広がっているだけで、めぼしいものは無かった。ここにきて直感が働かないことに快は苛立ったが、それもすぐ消えた。無害そうで迷惑な空間にも一応の利点はあるということか。ただ何も見つからないことで、やる気だけがどこかに消えていくのを、快は自覚せざるを得なかった。 諦めて部屋を出ようとする。ふと、快は後ろを着いてきていたテテロがいなくなっていることに気付く。どこにいったのだろう、と引き返すと、ぼんやりとどこかを見つめているテテロを見つけた。その目には光が無い。何かされたというより、ぼうっとしてるだけのようだった。 「何してんだ?」 快はそう聞きつつ、テテロの視線の先に目をやった。 そして、白色の壁に設置された、クリーム色の札のようなものを見つけた。 周囲を見回す。それは、部屋の三カ所にあった。 これか? と快が思ったとき。 ハッとしたテテロの叫びと共に、アクセス・ファンタズムから声がした。 「ミミルノたちのしごとはとめぐのはかい!」 「どうやら、こいつらしいな」 『合縁奇縁』結城 ”Dragon” 竜一(BNE000210)がデバイスの向こうの快に言う。雷音は近くの留め具を観察していた。その様子を観察しているサブコアが窓の向こうに見える。 『分かりにくい色だな、これ。見落としてたよ』 「しかも電気つけたら色が変わる。擬態してるらしい」 『質が悪いな』 「ああ。他の奴らはもう見つけたのかね」 と話していると、拓真の声がそれに割り込んできた。 『こっちはもう見つけた。龍治たちも、さっき見つけたと連絡をもらった。そっちは?』 「見つけたよ。竜一と、分かりにくい色してるって話してた所だ」 『じゃあ、順次破壊するか。宇賀神の話だとそれなりに脆くて、しっかり当てれば壊すのは易しそうな感じらしい』 「へえ。ま、硬そうじゃないしな」 『用件は以上だ。地上でまた会おう』 「ああ。へますんなよ?」 そう言って、通信を切った。話が終わったのに気付いて、雷音がこちらを向いた。 「皆さんは大丈夫だと?」 「だってよ」 竜一はやる気をひねり出すように、気怠さの残る体を叩いた。ニヤリと笑い、戦気を纏った体を構えた。 「よっしゃ、ぶっ壊そう」 「お互いに……な」 話が終わり、拓真はアクセス・ファンタズムを懐にしまう。その傍らで、遥紀がしげしげと留め具を観察していた。 「話は終わったのか?」 「ああ。全員見つけたらしい」 「幸先良いね」 遥紀は笑い、留め具から少し離れた。そして拓真のいる、三つの留め具のちょうど中央の位置に陣取った。 「それじゃ、さっさと壊してしまおう。いいかげん、この怠さから解放されたい」 「そうだな」 二人は視線を合わせ、やがて互いに背を向けた。拓真は両手に剣とガンブレードを取って、その矛先を留め具に向ける。 そのとき、危険を察知したサブコアが、ガラス窓を強引に破壊した。鬼気迫る勢いで部屋に飛び込んでくる。 「生憎と、俺を止めるのはそう容易くは無いぞ。リベリスタ、新城拓真……参る!」 ● 力場の突き刺さる四つのビルのそれぞれが明滅した。破壊音が轟き、微かに誰かの叫びも聞こえる。やがて力場がビルに刺さっている部分から、少しずつ薄くなっていくのが見える。 一つ。 二つ。 三つ。 そうして一本の支柱に支えられた奇妙な形のテントが残った。 「かい、あとここだけなの!」 「うるせえ、手伝え! ……まあいい、あと一個だ!」 サブコアが放つ奇妙な波動に足を取られながらも、何とか気力を保ってナイフで素早く従事に斬り付けた。綺麗に四分割された留め具が、小さな光の粒子となって消えていく。すると近くの力場が薄らとなり、跡形も無くなっていくのが遠くに見えた。 「あとは……ほんたいとさぶさぶのみっ!」 とテテロが矛先を変えたその瞬間の、サブコアの動きは素早かった。高速で飛翔したサブコアは、まるで磁石でも付いているかのようにアイドルネスの元へと戻っていった。緩やかに落ちていくアイドルネスを目で追いながら、テテロがはしゃいでいるみたいに言った。 「たいへんっ! はやくおいかけないと!」 「ああ、行くぞ!」 そうして、彼らはエレベータの方へと駆けて行った。 「無事壊せたようなのだ」 消えて行く力場を見、体から抜けていく脱力感を感じながら、雷音が呟く。竜一は頭を叩きながら、 「ちょっと痛手は負ったがな」 と苦々し気に言う。サブコアが残していった疲弊感が、体に残留していた。 「仕方が無いのだ」 雷音がそう言う最中、アイドルネスは緩やかに下降していた。ゆっくりと横に方向転換していく姿は、どこに敵意を向けるか迷っているように見えた。 「早くあいつに追いつかないとな。また力場でも張られたら、きりが無い」 「そうなのだ。ボクに捕まるのだ。地上まで一気に下りるのだ」 「おうよ!」 竜一はそう言って、ぎゅうっと抱きしめるように雷音に捕まった。一見セクハラだが、状況的には問題ない。 「いつも頼りにしてるぜ、らいよん。君がいなければ今回もキツイ戦いになってたことだろうさ」 「ありがとうなのだ。……しっかりと捕まっておくのだ、落ちたら痛いのだ」 そうして、雷音はそのまま空中に体を投げ出して、滑空を始めた。切り裂いた空気が身体中を駆け抜ける。翼で勢いが軽減されているとはいえ、凄まじい勢いで落ちていく。冷たい風が目にしみた。 彼らに気付いたアイドルネスが、その方向をゆっくりと変え始める。 その後ろでは、灯璃が龍治をお姫様だっこして降下を始めていた。 「ぬ……やめろ。危ないではないか」 「ふふん。苦情は受け付けないよ?」 灯璃はいい気になって、急速に落下していった。 「楽しそうだな、あちらさんは」 雷音にすがりつき、その肢体を存分に堪能している竜一は、楽しそうに言った。雷音は我関せずといった感じで、接近するアイドルネスを警戒していた。 地上が近付いてくる。迫ってくるのは公園の花壇や砂場だ。雷音は体を縮こまらせて、着地の姿勢を取る。翼を巧みに操り、落下の勢いを急激に落とした。 やや角度をつけて雷音と竜一は砂場に着地した。雷音は竜一を突き飛ばし、それぞれ勢いよく転がっていった。やがて止まり、砂まみれで立ち上がると、竜一の目に落下するアイドルネスと、ちょうど着地した灯璃と龍治の姿が映る。それほど上手く着地できず、思いきり投げ飛ばされた龍治を横目に、竜一は目の前にやってきたアイドルネスと、その周囲を飛び回るサブコアの動きに目を奪われた。そしてどうやらサブコアが、次の力場を張る準備を始めているようだった。 「勘弁してくれ。もう怠いのはごめんだぜ」 「なら頑張るしか無いのだ、竜一」 アイドルネスを睨みつけながら、雷音は符を展開する。ぽつ、ぽつと、赤い炎が灯っていく。 「うん、終わったらいうことを聞くから頑張るのだぞ!」 「ふふん、それを聞いて頑張らねえやつはいねえぜ!」 取り出した剣と刀を大きく構え、竜一はアイドルネスに飛びかかった。 ● アイドルネス。気力を喰らうもの。 周囲を舞うサブコアが黄色の尾を引きながらリベリスタを翻弄する。雷音は業火を繰り出し、それら全てを粗方巻き込んだ。炎の海を抜け出したサブコアが、悶えるように震える。 だがサブコアは無事避難すると、突如発光して光線を炸裂させる。眩い閃光が竜一の目を眩ませると同時、その身に僅かな倦怠感が宿る。 「うっく、こすい真似を……!」 「もう、やだあ……」 頭がゆっくりと惚けていくのを感じながら、灯璃が溜め息を漏らす。だが顔を揺らしながら、彼女は意を決したように、 「……やる気や意欲がない時は無心で動くに限るよね!」 と呪力で黒く染まったその剣を、一心不乱にサブコアに振り下ろした。球体をした体の一部が削れ、破片が飛ぶ。バランスを崩したサブコアが、不安定に飛び回っていた。 「小賢しい……」 龍治は面倒そうに言い、展開した魔力の矢を一斉に掃射した。的確にサブコアを貫き、アイドルネスもまた、その一撃に怯む。 サブコアの一つが、静かに霧散していった。 残ったサブコアから流れ出た波動が、辺りの雰囲気を一層陰気にする。 「ん……嫌な感じなのだ」 「なんだ、もっとやる気出そうぜ!」 叫ぶ声と共に、神々しい声色が辺りに充満し、リベリスタの体に覇気を纏わせる。得意気に前に出る快の後ろから走ってきたテテロの作り出した火炎弾が中空に現れ、 「ミミルノのでばん!! やってやるますですのだー!!」 の声と共にアイドルネスの元に猛然と降り注いだ。ばちばちと音を立てながら、サブコアの一つが燃え尽きる。 そのとき、アイドルネスの体が煌めき、突如稲妻が射出される。耳障りな音を立てながら飛ぶ稲妻が、龍治を、竜一を、雷音を庇っていた快を貫いた。 うずくまる彼らの前に、拓真がすっと現れた。両手の剣を構えながら、 「大丈夫か?」 と聞いた。 「ああ……ちょっとばかり気力が削がれたが、問題ない」 そう言って、龍治は立ち上がる。最中、奇跡のような心地よさが彼らの体を包む。遥紀の呼び出したそれが、彼ら全てを癒していった。 「後ろは任せてよ。この分なら俺だけで十分そうだ」 「そうか……頼む」 そう言って、拓真は銃弾の嵐でアイドルネスを覆い、その勢いで大きく振り上げた剣を、思いきり叩き込んだ。 遥紀が留め具に対してそう言ったように、彼らは脆かった。 サブコアが崩壊した後、新たなサブコアが放出された。だがそれらも、やる気を削ぐ空間から抜け出したリベリスタには、それほどの脅威にはならなかったのだ。 やがて攻撃の応酬についてこれなくなったアイドルネスは、その堕落的な性質に似て、ゆっくりと崩壊していった。 「……しかし、人騒がせなエリューションだったな」 ぽつり、拓真が呟く。遥紀は笑いながら、 「でも、やっと気持ちが晴れてきたな」 と気持ち良さそうに体を伸ばした。 「中々に手強い敵であったな……。 怠惰は」 龍治はアイドルネスのいた場所を見つめながら、しみじみと言う。ぼんやりとした陽気じみた空気が無くなったせいか、快はぶるっと体を震わせた。 「三月とはいえ、まだ寒いね。さあて、帰ってもう一眠りするか」 やる気が戻っていないのは、気のせいか否か。 ● 「あっ、鏡華。立つんならそこの蜜柑取ってー」 「……蜜柑なら机の上にあるじゃない」 「おみかんは正義なのだ。早く取るのだ、鏡華」 「そーだ、そーだ! きょーかとってー!」 「もう仕方ないな……」 こたつ空間はなくなっても、こたつはなくならない。 こたつの中は今日も平和だった。 「でも……へーわてきなおこたくうかんとしてなにかりよーできないのかなぁ?」 全人類が堕落しそうな思いつきはやめましょう。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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