●なみだもかれはてて、このうんめい 身を裂くような……なんて、言い回しがあるけれど。 本当に身を裂かれたときの痛みを知っている人なんて、どれほどいるっていうのかしら? 鋭利なメス。回転する丸ノコのような刃。いくつもの細く鋭い針。高速で回る太いドリル。鋏に、万力に、無数のネジクギに。電流、薬物、炎に強酸。 それらに身を裂かれ、抉られ、焼かれ、引き千切られる痛み、苦しみは、いつまでたっても、何度味わっても薄れることは無く。毎日が、鮮明な激痛による絶叫、失神、覚醒してはまた絶叫……その、繰り返し。 これは実験なのだと、彼らは言う。 そして私は、その被験者なのだと。 いつから、続いているのか。 いつまで、続くのか。 不思議と、私はまだ死んでしまわず、狂ってしまいもせずにいる。 君は、運命に受け入れられているから。そんな風に言われた。意味は良く分からなかったけれど。 いっそ狂ってしまったほうが、きっと、楽になれるのに。 今日もまた、私は四肢を切り離されては繋ぎ合わされ、腹を開かれては臓腑を掻き回され、実験と称する彼らの狂気へと、一心に晒されている。 目の前で、天井から吊り下げられている回転する刃が、徐々に、徐々に近づいてきて、やがて、私の肌を肉を腱を骨を削り千切りぶちぶちと引き裂いて真っ赤な真っ赤に目の前が 「あッギ、ひ、ぎィイぃぃぃいいいいいいいいィィィイイイイイイイイイイイイイイイィィィィイイイイ」 ●唾棄すべき者ども、運命を辿れ 「…………救出。殲滅。破壊。全部、やってもらうわ」 努めて。無表情を保ったまま、『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は、まず簡潔にそう言った。 モニタに映し出されたのは、白塗りの壁が見る者に清潔感を与える、表向きは製薬会社の研究棟といった趣の建造物。 「目標は、とあるフィクサード組織の所有している研究施設。主流派には属さない、小さな組織だけど。その施設では、革醒してフェイトを得たリベリスタやフィクサードの能力を、後天的、人為的に高めるという研究が行われていたの」 切り替わった画面。病院の手術室を思わせる部屋の中央には薄汚れたベッドが据えられており、壁や床やそこかしこには、誰のものとも分からないおびただしい量の血痕が染み付いている。 ベッドの横に置いてある、キャスター付きの台の上に乗せられたトレイには、横たわる者へ、ありとあらゆる苦痛を与えることだけを目的としたような禍々しい道具の数々が収められており、そのいずれもが、やはり血痕にまみれていた。 「……拉致したり、騙して連れて来たり。色んな方法でかき集めてきた革醒者たちをこの施設に拘束して、研究者たちは、凄惨、過酷な人体実験を繰り返したの。その能力を無理やりに高めるため、ありとあらゆる方法、を……彼らに施した。そんなことをしたって、何にもならないのに」 いつも冷静なイヴを持ってして言いよどむその言下において、どれほどの狂気のもと、どれほどの陰惨な行為が行われたのかは、リベリスタたちには想像することしかできない。 しかし。そこまでの凶行を推し進めておきながら、研究が完成の日を見ることは無かった。真理の追求に貪欲な彼ら研究者たちをして満足させるような成果が被験者たちに現れることは、ついに無かったのだ。 当然といえば、当然だったのかもしれない。リベリスタやフィクサードを取り巻く神秘とは、紐解くことが困難だからこそ、神秘なのだ。凡庸な研究者たちに安々とたどり着けるような浅い真理ならば、アークの擁する比類なき頭脳、真白智親のごとき天才とて、世に必要とはされなかったことだろう。 「革醒者たちは、実験の最中にそのほとんどが死亡……計画は頓挫した。でも、放っておけば彼らは、きっとまた同じことを繰り返す…………だから、全部。壊して」 小さな胸にどんな思いを秘めているのか、施設の見取り図を画面へと表示しながら、イヴは続ける。 「施設には、お金や手間のかかった警備システムは導入されていないし、強力なフィクサードが警備員として常駐しているようなことも無いわ。強いて言えば、働いている研究員はみんなフィクサードだから、ある程度の戦闘能力は持っていると考えるべき。あくまで研究者は研究者、あなたたちなら、それほど苦戦するようなことは無いとは思うけれど。ただ……」 今度は、瞳にいささかの逡巡の色を覗かせながら。イヴは、モニタの映像を切り替える。 「……問題は、彼女。実験体、103号……と、呼ばれてたみたい」 イヴがかすかな迷いを見せた理由は、すぐに、リベリスタたちへも伝わった。 薄暗い部屋。いかにも独房めいた、狭く何も無いその部屋に、まるで置物のように横たわる……少女の、裸身。幾日も入浴を許されていないのだろうか、腐臭でも漂ってきそうなほどに汚れ切った、その身体。 全身。腕や足、肩、首、腹や乳房、そして顔に至るまで。少女の肢体のあらゆる場所を走り、引き裂き、刻み付けられた、ぞんざいでおざなりな縫合痕の数々。それらは、まだどこか幼さを残す少女がその身に受けてきた仕打ち、晒された狂気の産物として、過剰なまでに、彼女の辿った運命を物語っていた。 左頬に記されている、『103』の文字。 「彼女は、まだ……ひどい仕打ちを受けてきたけれど、それでもまだ。彼女は、生きてる。でも、彼女の身体は……変えられてしまった」 幾度も刃を入れられ。肌を貫かれ。骨を砕かれ。埋め込まれ。取り出され。多感な年頃のはず、その全身に、醜い傷を刻まれて。 どれほどの痛みだったろう。どれほどの苦痛だったろう。 平時から戦いの日常を送るリベリスタたちだからこそ、革醒を経てフェイトを得た同族だからこそ。少女の経験した暗い闇、その深遠を、彼らは痛いほどに理解できることだろう。 「彼女は、深く……深く、絶望してるの。拉致される前までは、普通の、ただの女の子として暮らしてたのに。突然連れ去られて、痛い思いをさせられて。訳も分からず、身体を弄くられて。改造、されて。彼女は、もう……半ば、諦めてしまっている」 人生を。人並みの生活を。これからの自分が掴むはずだった、ありとあらゆる幸せを。 でも。イヴは言う。 「……三高平市でなら。ここでなら、彼女の受けた傷も、革醒した変化だって、当たり前のことだもの。きっとここでなら、彼女は……暮らしていける。生きて、絶望なんてせず。普通の、ただの女の子として。幸せにだって、なれるって……私は、思う」 しん、と静まり返ったブリーフィングルーム。 一通りの説明を終えたイヴは、手元を操作し、ぷつりと映像を消すと。 「彼女に、教えてあげて。絶望する必要なんてない。あなたは、運命に愛されているんだから、って」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:墨谷幽 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年03月08日(土)22:48 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●灰沢真珠の日々 目が覚めた。 今日もまた、陰鬱で絶望的で、いっそ死んでしまいたいほどの一日が始まる。 ●悪意の巣 『Delta2』アリーセ・フェルディナント(BNE004862)は、E能力を用いた透視により眼前の白い研究棟内部を見通し、簡単な見取り図を作成している。さらさらとペンを走らせつつ、 「地上、一階に1名。二階に3名確認。地下は……暗いわね。全てを把握するのは難しいけど、保護対象は、恐らく……ここね。イドさん、そちらはどう?」 「概ね同じ見解です。殲滅対象の逃走阻止のため、こちらの進行ルートを提案します。問題が無ければ地下救出班へ通達を行いますが、よろしいですか?」 「ええ、お願いするわ」 図上に示された道筋にアリーセが頷くと、『イマチュア』街野・イド(BNE003880)はアクセス・ファンタズムを起動し、感度良好。別働隊へてきぱきと連絡を入れる。 二人が綿密な打ち合わせを進める傍らでは、四条・理央(BNE000319)が式符を掲げ、自身の影を模した式神、影人を作り出し戦闘に備えている。 「……よし、これで6体。2体はアリーセ君へ、2体はイド君につけておく。残りはボクの護衛だ。さて……リンシード君?」 理央は、物憂げに、そしてどこかぴりりとした空気を纏わせながら静かに佇む、『鏡操り人形』リンシード・フラックス(BNE002684)の華奢な背中へと声をかける。 リンシードは、振り返らず。 「……潰しても、潰しても。無くならないものですね。こういうことは」 嫌味なまでに白い建造物を半ば睨みつけるように見据えながら、ぽつり、つぶやく。 フォーチュナが語った、陰惨な、『彼女』の運命。それは、自身も尋常ならざる過去を背負うリンシードにとっても、決して人事では無く。同じ境遇……それ故に、その所業を看過するのは、許されざることだった。 理央は、静かに。 「……研究者としての本分。彼らが望んだことは理解できる……でも。そのためにいくら犠牲を払おうとも省みない、その手段は、間違ってる。生き残った子だけでも……救出しないとね」 「ええ。必ず、絶対に」 きゅ、と、握りこむ小さな拳。 「救出班より連絡。突入準備完了、合図を待つ。とのことです」 「分かったわ。さあ、任務よ。切り替えていきましょう……『彼女』の、ために」 イドの通達に、アリーセもまた、自身の抱く複雑な思いを振り払うように。作戦の開始を告げる。 思いは一つに。 彼女……灰沢真珠を、『救う』こと。 ●灰沢真珠の諦観 どこからか、音が。遠く、響いてくる。何かを壊すような。何かが、激しく暴れまわるような。 関係ない。何が起ころうと、振りかかる痛み、味わう苦しみに変わりは無いのだから。 いっそ……何かが起こって。巻き込まれて、死んでしまえたら。楽になれるのに。 ●突破行 「……分かった、気をつける。うん、そっちもね」 『覇界闘士<アンブレイカブル>』御厨・夏栖斗(BNE000004)は。地上の仲間たちからの連絡に応じつつも、自身の中で今にも荒れ狂いそうになる激情を押さえつけるのに、ひどく苦労をしていた。 夏栖斗は思う、ふざけんな! と。 (人は、モルモットなんかじゃないっ……!) 絶対に、彼女を助ける。少女への苦い哀れみの情と、唾棄すべき研究者たちへの怒りがないまぜになり、夏栖斗は前方に見える3人の敵対者を目掛け、真っ直ぐに駆ける。 「出たわね……皆、打ち合わせ通りに。頼んだわよ!」 『そらせん』ソラ・ヴァイスハイト(BNE000329)の言葉に、夏栖斗はぐんと加速をかけ、 「ごめん、先に行くね! 気をつけてよ、ソラ先生!」 言い置くと、地を蹴って横合いへと跳躍し、そのまま狭い廊下の壁を走りつつ、3名の白衣を着たフィクサードたちの頭上を駆け抜けていく。 困惑しつつ、のろのろと拳銃や長銃を構え出す研究者たちの目の前へ、 「ありゃりゃ。かわいい女の子を助けるためだーって、夏栖斗くん超張り切ってるね」 『まだ本気を出す時じゃない』春津見・小梢(BNE000805)は、あくまでクールにそう言う。誰かが熱している分、彼女は逆に、冷静に大局を見据えられるタイプのようだ。 「私はいつもどおり、張り切らない、がんばらない。りらーっくす、ってね」 しかし。地下道の湿ったタイルを強く踏みしめ、一気に走り込む様は鋭く。彼女はぐっと背をそらせ、携えた巨大な皿を振りかぶり、端の一人へと、全力を込めて叩きつける。 強烈な打撃の威力に恐れおののいたか、残りの2人が小梢から遠ざかるように退き、結果、そこへ生まれた突入路を広げるべく。 「そこッ! 通してもらうよー!」 『NonStarter』メイ・リィ・ルゥ(BNE003539)が翼をはためかせてふわりと浮かび上がると、巻き起こる旋風が渦を成して研究者たちの間を走り抜け、切り刻む。 メイもまた、囚われた少女に抱く思いを重たく胸に感じている。体中を切り刻まれるなんて。それを何度も、何度も。考えただけで気分が悪くなるし、苦痛から解放してあげたいと思う。 他に、理由などいらなかった。 傷を負っていよいよパニックに陥り、やみくもに放たれた銃弾の間を容易くすり抜け、研究者たちの脇を小梢とメイが潜り、先行する夏栖斗を追うのを見届けてから。 「これで、仲間を巻き込む必要も無し。全力でいけるわね。……覚悟して頂戴ね?」 ソラは、遠慮なくその力を解放する。抱えた教本を介して出現した無数の氷刃が、赤く汚れた白衣もろともに研究者を引き裂き。間髪入れず、突きつけられた細指が、研究者の歪んだ精神を奪い去る。 静かに見据える視線は、幼い少女めいた面立ちには、どこ似つかわしくない強い煌きを帯び……戦場を一手に引き受け、生徒たちを見送ったソラは、目の前の敵を薙ぎ払うべく魔術教本を開く。 ●灰沢真珠の惑い ……今日は、何かが。どこかが、違うのだろうか。 もうあまり、感覚も無くなってしまった肌。そこへかすかに感じる、空気。 どこか。何かが。 ……期待するのは、もうやめにしよう。そう、決めたはず。 きっと裏切られるだけ。何が変わろうと、痛い思いをするのは変わらない。 ほら……足音が近づいてくる。 ああ。今日は、どんな絶望を味あわされるのだろう。 ●唾棄 資料庫のような、雑然と無数の紙束がそこら中に積まれた部屋。新たな書類の山を運び込んでいた3人のフィクサードたちは、突然の侵入者に目を見開き、ただ呆気に取られている。 そんな彼らの反応も意に介さず。神速の踏み込みで接敵したリンシードの構える刃が風を切り、研究者の一人の胸元を深々と貫く。 イドの大型肩部装甲の内部で、がちり、と噛み合う音がし、狙いをつけた銃口から、凄まじい勢いで銃弾が射出される。 「──殲滅対象が逃走を開始。阻止に当たります」 同僚を置き去りに逃げ出そうとした一人の行く先、扉や壁を蜂の巣のごとくぶち抜き、崩れた瓦礫に阻まれ途方にくれる白衣の背中へ、容赦なく連射が食い込む。研究員の女は、ぼろ雑巾のように千切れ飛び、崩れ落ちた。 「……はい。上階の4名のうち1名が、そちらへ降りた模様です。お気をつけを」 イドはその間も、地下救出班と緊密に連絡を取り合い、地上にいたはずの1名のフィクサードが入れ違いで地下へ向かったらしいことを告げる。 研究員の一人が、苦し紛れにライフルを掃射する。弾丸は、アリーセとイドをめがけて殺到するが、二人の前に立つ影人がそれを肩代わりし、敗れた符となって霧散する。 「式神たち、一斉射。悪いけど、逃がしはしないよ」 影人たちの援護射撃を背に、理央は周囲へ展開した呪印の包囲網を狭め、追い詰めて行く。 理央はここへ至るまでにも、研究員たちの逃走を阻むため、影人を作り出しては要所に配置し残してきた。おかげで消耗は激しかったが、自分が気を張った分だけ、『彼女』の生存確率は高まる。出し惜しみをするつもりは無かった。 アリーセはライフルの銃口をぴたりと標的の頭部へ合わせつつ、ちらと、周囲に積まれた資料へ視線を飛ばす。 ざっと確認しただけでも、それらは、研究者たちが行ってきたおぞましい実験の数々を如実に表すものだった。こんな上階に、あからさまに放置されている紙束や写真、データの数々。アリーセは研究者たちのずさんさに呆れると共に、いかに彼らが傲慢であったかを知り。 「……後で、燃やしてしまわないとね。全部」 冷たく言い放ち。指をかけたトリガーを引き絞る。乾いた銃声と共に、ぱっ、と、研究者の眉間に赤い花が咲いた。 リンシードは。 一突きで致命傷を負い、うつぶせに倒れ、白い床を真っ赤に染めつつあるその研究者が、何か、かぼそい声でしきりにつぶやいていることに気づく。 許して。助けて。もうしません。殺さないで。 「……貴方たちが実験と称して、弄んできた人たち。彼らもきっと、そう言ったでしょうね。貴方たちは、その人たちを、どうしましたか? 許しましたか? 見逃しましたか?」 とんっ。 透き通った怜悧な剣が、白衣の背を貫通し、床のタイルへと突き立てられ。 透明な刃が引き抜かれた時には、研究者は目を剥いたまま息絶えていた。 「端から、端まで。全部……壊してやります」 慈悲など、必要ない。 ●灰沢真珠の救済 扉を軋ませながら入ってきたのは、見慣れない、4人の男女だった。 「……大丈夫? 助けに来たよ。僕たちは、君を傷つけるモノじゃ……」 「……きっと、助けるから。だいじょうぶ……」 彼らは、馴れ馴れしく何かを言いながら、手足の拘束を外す。そこまではいつもどおり。でも、今日はどうやら、少し趣向を変えてきたようだ。自分とさほど年も変わらないような、若い人たち。彼らが、今日は自分を責めるのだろう。 別に。好きにすればいい。 いつもどおり。いつもどおりに、また、泣き叫んで。痛みにもがいて。耐え切れず失神して。無理やりに起こされて、また絶叫して。 いつもどおりに、彼らだって、そうするに決まっているのだから。 「……信用ないかなー? そこらへんは、身をもって示さないと……」 「……助けに来たつもり、だけど……ボクたちを、敵だと思って……」 ……? いつもなら、鎖を外されたらすぐに、引き摺られるままに、あの部屋に連れていかれるのに。硬いベッドがあって、天井からドリルや丸ノコがぶら下がっていて、血の溜まったトレイには痛い道具がたくさん並べられてる、あの部屋に。 今日の実験担当者は、何だか、随分と長く、何かを話し込んでいるみたいだった。 何かを、話しかけられてるような気もした。でも、返事を返しても無駄なのは分かっていた。何を言ったって。何を言われたって。刃は食い込むし、針は突き刺さるんだから。それは変わらないんだから。だから、黙っていた。 そうしているうちに。 気づいた。薄暗い部屋の中を、扉の入り口から、そっと覗き込み伺っている男。見慣れた顔。シュニン、とか、他の白衣たちからは呼ばれていたように思う。 彼が、こちらを見て……手の中に黒く光っているのは、拳銃のようだ。そっか。今日はあれで、思う存分痛みを与えてやろう、っていうことなんだ。そっか。そうだよね。 だって、ほら。ぽっかりと開いた銃口が……私を。狙ってる。 最初に気づいたのは、夏栖斗だった。 咄嗟に身を投げ出して、研究棟の主任、証拠隠滅を図ろうとしたのだろう、その男の放った凶弾を。彼は、自らの身体で受け止めたのだ。 小梢とメイが反撃の一撃を返すよりも早く、遅れて追いついたソラが漆黒の大鎌を振るい、ごとり……白衣を着た壮年の男の身体が、床へと伏すのを。 灰沢真珠は、じっと見つめていた。 「っ、つつ……大丈夫? 真珠ちゃん」 長く、声を出すことも無かったのだろうか。つぎはぎの少女は、口を開いたものの、はっきりと言葉を紡ぐことなく。代わりに、ゆるゆると手を伸ばし……穴が開き、鮮血をこぼす夏栖斗の傷口へ、震える手を伸ばす。 夏栖斗は怯えと戸惑いに染まった少女へ、傷の痛みもそこそこに、にっこりと微笑み。メイとソラも、務めて笑顔を浮かべながら少女の脇へと屈み、 「ボクたち、真珠ちゃんを助けに来たんだよ。もう、大丈夫だからね?」 「今はまだ、信じられないかもしれないけど……安心していいのよ。さ、一緒に帰りましょう?」 伸びてきた優しげな手に。しかし、少女はびくりと身を震わせ。 独房の奥へと後ずさり、自らの身体を抱いて、うずくまる。 「んー。とりあえず、さ」 小梢は。縮こまった少女の横へ、す、と歩み寄ると、 「お腹が減ってるなら、カレーをあげよう。おいしいよ?」 惑う少女に、にぱ、と笑いかけた。 ●運命は流転する 「フィクサードの殲滅は終了。研究施設の破壊も概ね完了。彼女を保護した後、撤収時に炎を放てば、任務は問題なく達成されるわね」 アリーセは、部屋の奥へちらと視線を投げながら、そう告げる。 8人。独房へと集まったリベリスタたち。 暗く冷たい部屋へ照明を灯し。想像を絶するその様相を改めて、有りのままに目にするにつけ、彼らはしばしの間……言葉を失った。 縦横に走る、あまりにもぞんざいな処置を施されたのだと知れる、ぎざぎざ模様の縫合痕。白い肌、黄色い肌、日焼けした肌、幾人もの人間から剥がされ縫い付けられた、色違いの皮膚。爪は軒並み剥がされ。伸び放題の黒い髪は、痛みきってぼろぼろ。受けた苦悶の証か、前髪の一部は色が抜けて白くなり。 革醒の影響だろう、彼女の頭部の真芯を射抜くように、巨大なアンカーボルトのような金属パーツが二本。斜めに、貫通していた。 左目の下には、くっきりと焼き入れられた、『103』。 灰沢真珠は、明かりから逃げるように冷たい壁へと身を押し付け、ただ、震えている。 しばし。リベリスタたちは、言葉を失っていたが。 やがて。 「…………私、を。どうするん、ですか。何をしに……来たんですか」 かすれた声で、真珠は、か細くそう言った。 メイが、やっと交流の意思を少しばかり見せた真珠へ、 「えっと、ね。酷い目にあってる人がいる、って聞いて。ただ助けたいって思って、来ただけ。余計なお世話、って思われるかも知れないけど。おせっかいや、お人好しが多いってだけ……」 「余計なお世話、です。私……助けて欲しくなんて、ないもの」 険を孕んだ口調で、とげとげしく、真珠は言葉を遮る。 「真珠ちゃん……」 「……見て。私の、手。足。お腹も、おっぱいも、ほら。鏡が無いから、見たことはないけど……きっと……か、かお、も。こんな……こんなの、私、っ」 意図して、自ら、抑圧していたのだろう。痛みから逃れるために。少しでも、意識を遠ざけて。 今、きっかけを得て、感情が爆発したように……真珠は、叫ぶ。 「こんな顔でっ!! どう、生きていけって言うの!? もうっ、私は……終わってるんだ。全部、ぜんぶ。こんな醜い身体と一緒に生きていかなきゃいけないなんて、一生過ごしていかなきゃいけないなんて。ぞっとするわ。もういや、いやよ、私、もう生きていたくなんてないの! 助かりたくなんてない!! もうこれ以上……わたし、は……っ!?」 真珠が言葉を飲み込み、息を詰まらせたのは。静かに、傍らに立ったイドが、その身体を露出し……真珠の前へとさらけ出したからだった。 機械化した関節部、透き通るガラスのように変化したその瞳を、真珠は恐る恐るに見つめる。 イドは、語りかける。 「I、私が示すのは、真実。人は、何により人と定義されるのか。外見、それのみであるならば。義足を持つ者は人でしょうか? 義手を身に着けた者は、人では無いのでしょうか? 思考し、それを決断する力が、あなたにあるのなら。あなたは人間です」 「っ、そんな……私、はっ」 「……そうです。諦めないでください、真珠さん」 リンシードは、びくりとして引っ込めようとするつぎはぎだらけの手を、そっと、優しく握りこみ。 「私も、あなたと同じ境遇の人間です。私も……自分を、無価値な人形のようにしか思えなかった。でも、三高平市には、こんな私を受け入れてくれる人が、たくさんいて……」 「みたか、だいら……?」 「ええ。そうね、あなた、私の生徒になりなさい」 ぽかんとする真珠に、ソラは微笑みながら。 「私、こう見えて教師なの。私が、楽しい学校生活を保障してあげる。面白おかしくて、馬鹿をやれる友達に、仲間たちに。退屈する暇も与えないくらい、ハチャメチャな学園生活を提供してあげる」 そのかわり。あなたの笑顔を、見せてちょうだい。 理央も、小梢も、こくりとひとつ頷いて笑い。 アリーセは、思うところがあるのか、少しばかり複雑そうな表情を浮かべつつも……やがて静かに頷き。 「……でも。でも、私……傷、が。こんな……み、醜くて……」 「醜くなんて、ない!」 夏栖斗は。力強く、そう言い。 「君のそれは、ちょっと人と違うだけの、個性なんだよ。三高平には、そんな人たちがたくさんいる。僕たちは、みんな、同じなんだ。……ありがとう、真珠ちゃん。絶望に、狂ってしまわないでいてくれて。良く頑張ったね。おかげで僕たちは、今こうして、出会えたんだから」 すう……と、瞳から、一筋。 「……………………私。私……生きていても、いいの……?」 宝石のような雫が、零れ落ちた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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