● リチャード・ギャベルとヘルハウンド 冷たい雨の降りしきる中、黒いトレンチコートを来た欧米人が荒い呼吸を繰り返しながら走っていた。深く被った帽子の下に覗く青い目は、ぎょろりと剥かれ、神経質に左右へ動く。血走った目の下には濃い隈、血の気の失せた顔に痩けた頬。追いつめられているのが、目に見えて分かる。 「はア……。くそ。追ってこない? 振り切ったか?」 ビルとビルの間に駆け込み、咳き込む男。名を(リチャード・ギャベル)と 言う。 一体どれだけの間、逃げ続けていたのか。すっかり衰弱した様子は、見ていて痛々しい。 息を整え、よろよろと表通りに足を踏み出すリチャード。壁に手をついて、通りを進む。同じ場所に立ち止まっているのが嫌なのだろう。彼が何から逃げているかは知らないが、よほど怖い目にあったと見える。 そんな彼に、道行く人たちは目を止めない。 リチャードもまた、彼らに助けを求めることなどしなかった。 雨に濡れながらリチャードは、住宅街の一角にある廃屋へと辿り着いた。同じ場所に留まるのは嫌だが、もう身体が限界なのだ。 割れた窓から室内に忍び込み、埃にまみれたソファーに腰掛ける。 久方ぶりに腰を落ち着けた。ほっ、と溜め息零したその直後、彼はぴたりと動きを止める。 「あ…………。ちっ、やはり追ってきたか」 いつの間にそこに居たのだろう。 暗闇の中に、無数の赤い光が並んでいた。赤い光は、血のような色をした目だ。赤い目をした犬がいる。その数13体ほどだろうか。下半身はなく、地面に溶けるように広がっている。起こした上半身は、まるで人間のようだった。長い腕と鋭い爪、深い体毛が犬のなごり。 グルル、と唸り声をあげる影にも似た犬の群れ。その目はまっすぐリチャードを向いている。 「なぜだ。なぜ俺を追ってくる!」 リチャードは叫ぶ。しかし、犬の群れから返事はない。 じわりじわりと、犬の群れが、リチャードへと迫る。 ● 地獄の猟犬 「リチャードを追っている犬の名は、Eフォース(ヘルハウンド)。リチャード本人は忘れているみたいだけど、何か追いかける理由があるみたい」 それが何かは、現状でははっきりしていないのだろう。『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)はモニターに視線を向けて、困ったように眉を下げた。 「リチャードに関しては、不明な点が多い。ヘルハウンド達について、何か知っているみたいだけど、まずは保護することからスタートね。急げば、廃屋に入る前に遭遇できると思う」 保護したとしても、ヘルハウンド達はリチャードを追ってくるだろう。時間はかかっても、必ずヘルハウンドはリチャードの前に現れるはずだ。 「ヘルハウンドの数は13体。別の個体と合体して巨大化、強化される能力を持っている。鋭い爪には毒もあるし、注意して」 モニターに映ったヘルハウンドの目は血のような赤だ。どろりと濁って、感情の色は伺えない。恐怖に支配されたリチャードの目とはまるで違う。深い深い、不気味な色だ……。そんな目をして、リチャードに執着する理由はなんだろう。 「詳しい話は現地のリチャードから聞くといいんじゃない?」 そういってイヴは、モニターを消した。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:病み月 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年03月09日(日)22:36 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●リチャード・ギャベル しとしとと雨の降りしきる中、衰弱した男が、よろよろとした足取りで歩いていた。全身、血と汗と泥、そして雨に濡れた酷い有様。擦れ違う人々は、どういうわけか彼の存在を気にも留めない。 少しずつ、人気のない方へと移動を続け、彼は人の住まない廃屋を見つけた。 彼の名前はリチャード・ギャベル。異国から来た、Eフォースに追われる男だ。 周囲をキョロキョロと見回し、人目や追手の有無を確認して、リチャードは廃屋へと足を向けた。久しぶりに、屋根のある場所で休める。ほっ、とリチャードは安堵の溜め息を零す。 そんな彼の背後から、囁くような声が投げかけられる。 「おぬし、何から逃げておるのじゃ?」 先回りして、リチャードを待ちかまえていたのだろう。『大魔導』シェリー・D・モーガン(BNE003862)がリチャードに問うた。 リチャードは無言のまま、シェリーを睨みかえす。シェリーだけではない。全部で8人。リチャードの様子を窺っている。 「リチャード様、ですね。貴方を『彼ら』からお守りするために参りました」 可能な限り柔らかい口調で『風詠み』ファウナ・エイフェル(BNE004332)が要件を伝える。武器をAFに仕舞っているので、見た目は丸腰に見える。武装していては、リチャードの気も休まらないだろうと判断しての行動だ。 しかし、リチャードは何も答えない。もしかしたら答えるだけの元気がないのかもしれない。言葉の代わりに、擦れた呼吸音が口から零れている。 見ず知らずの他人が、こちらの事情を知っているような発言をしたのだ。警戒しないわけにはいかない。リチャードを追っているEフォースとは違うようだが、それでもリベリスタ達は、異質であった。 『俺は……認識されない筈だ』 やっとのことで言葉を紡ぐリチャード。 認識されない。 その言葉の意味を問う暇はなかった。 ぐるる、と唸り声が聞こえる。廃屋の窓や玄関から、黒い泥のような怪物が這いだして来たからだ。 ●ヘル・ハウンドに追われる男。 怪物の顔は犬に似ている。針がねのように長く細い腕。鋭い爪を持った大きな手。下半身は泥のように地面に広がっていて、形を成しては居ない。 ずるずると、黒い跡を残しながら滑るようにして移動する怪物、ヘルハウンドの視線がリチャードを捉えた。 『また……。いつまで追ってくるつもりだ』 リチャードの問いに応える者はいない。足を引きずり、ヘルハウンドから離れるリチャードの眼前に、杖を掲げた『魔法少女マジカル☆ふたば』羽柴 双葉(BNE003837)が割り込んだ。 「木漏れ日浴びて育つ清らかな新緑――魔法少女マジカル☆ふたば参上!」 名乗りを上げる双葉の後姿を、リチャードは驚愕したような顔で見つめている。 邪魔をされたと感じたのだろう。ヘルハウンドの纏う殺気が、格段に増す。 「災難ですね犬畜生の餌に狙われて、何の因果が報いたかは知りませんが」 怯えるリチャードと入れ替わるように、『落ち零れ』赤禰 諭(BNE004571)が前に出た。式符から生み出した影人を、リチャードの護衛に付けた。 自身は、重火器片手にヘルハウンドに向き合う。怒りを顕わに、しかしこちらを警戒してかヘルハウンドは寄って来ない。 『い、今のうちに逃げれば……っ!!』 焦った顔で踵を返し、リチャードはその場から逃亡しようとする。 そんな彼の眼前に、漆黒の斧が突き出された。斧を持っているのは、幼い少女だ。『アクスミラージュ』中山 真咲(BNE004687)が、冷たい笑みを浮かべヘルハウンドを見つめていた。 「逃げられるとちょっと困るなぁ、犬に喰われたいの?」 「一人ぼっちの様な力を使っていたみたいだけど、覚醒者さんなのかな? それともアーティファクトの力?」 疑問を投げかけるのは『ロストワン』常盤・青(BNE004763)であった。彼の問いかけに対して、リチャードは意味が分からない、という顔をして首を横に振る。どうやら、神秘に関係した知識を有しているわけではいないようだ。 それなら何故、Eフォースに追われているのか。 そう問いかけようとしたその時、ヘルハウンドが動き出す。 牙を剥きだし、腕を振りあげ、飛び出す個体が数体。 それを迎え打つために、フィティ・フローリー(BNE004826)が飛び出した。両手にとり付けた短剣は、ジャマダハルという名の武器だ。カウンター気味に、ヘルハウンドの横面を殴りつける。 「正義とかそういう話しは苦手だけど、目の前でエリューションに襲われている人が居たら、とりあえず助けるのは間違いだとは思わないから」 リチャードが追われている理由は知らないが、それでも目の前で危険な目に合っている者がいるのなら護るべきだ。そう考え、フィティはヘルハウンドを追い払うべく、剣を振るう。 ヘルハウンドとリベリスタの戦闘を、リチャードは呆然と見つめていた。 「さぁって、追われる人さん? いや、なんだっけ。リッチランド? リチァード? どっちでも良いわね! とにかく貴方は何をしたのかしら? それとも何か持っているのかしら? さぁキリキリ吐きなさい!」 リチャードを問い詰める『Quis lacrima』クィス・ラクリマ(BNE004881)が、魔導書片手に戦場を見やる。現状、数で勝るヘルハウンドを、仲間達が辛うじて捌き切っている、という感じだ。 回復はまだ必要ない。そう考え、クィスと青はリチャードから事情を聞く事にした。 恐る恐る、という風にリチャードは言葉を紡ぐ。 『何を……。自分は、人を呪おうとしたんだ。国に伝わる、人を呪うやり方で。でも、失敗した。失敗したはずだ。すくなくとも、相手は生きてる』 それなら何故、と問いかける青に対し、リチャードは分からないと首を振る。 『ただ……そう、失敗した呪いは自分に返ってくると聞いていた。それを恐れているうちに、アイツらが現れたんだ』 その瞬間から、リチャードは他人に認識されなくなったと語る。 他人に認識されていなかったのは、リチャードではなくヘルハウンドの能力なのかもしれない。 ターゲットを、現実から切り離し、追いかける。 人を呪った者の末路が、それだ。 「でも、ま。今は命を救うことが大切か」 そう呟いてクィスは、魔導書を広げた。疲弊した表情のリチャードを背後に庇い、ヘルハウンドへと向き直る。 「彼自身に原因があり、容易には取り除けないならアークで保護……て考えてたけど、それならヘルハウンドを倒せば良さそうですね」 そう言って青は、大鎌を持ち上げた。 「紅き血の織り成す黒鎖の響き、其が奏でし葬送曲。我が血よ、黒き流れとなり疾く走れ……いけっ、戒めの鎖!」 杖を振りあげ、双葉が叫ぶ。 双葉の手首から溢れた血液が、杖を伝ってヘルハウンドの群れへと解き放たれる。血液は即座に、黒い鎖へと形を変えた。黒い濁流がヘルハウンドを数体、纏めて飲み込んだ。 もがきながら、ヘルハウンド達が鎖から這い出してくる。 瞬間、ヘルハウンドを白い炎が襲う。 炎を放ったのは、シェリーだ。 「不吉な連中じゃ。汝の在るべき場所へ還してやろう。そう、地獄への」 杖を一振りすれば、炎は一段と火力を増した。 炎の中から、苦しげな呻き声を上げるヘルハウンドが2体、飛び出して来た。ドロリ、とその輪郭が崩れ2体のヘルハウンドが融合し、一回り巨大化した。その身を包んでいた炎が掻き消える。代わりに、黒く長い腕に、漆黒の炎が灯った。 影のように、ヘルハウンドの腕が伸びる。鋭い爪が、シェリーに襲いかかった。 その爪がシェリーを引き裂くその寸前、眼前に影人が飛び出した。しかし腕は勢いを落とさないまま、影人の身体を貫通していく。 それを受け止めたのは、諭だった。ヘルハウンドの爪が、諭の肩に突き刺さる。炎が諭を皮膚を焦がす。痛みに顔をしかめながらも、諭はヘルハウンドの腕を掴む。 「不味いですね。所詮は野良犬。臭くて飲めたものじゃない」 エナジースティール。ヘルハウンドのエネルギーを奪い取る。 「黒き影達は撃たねばならない」 光球がヘルハウンドを撃ち抜いた。ファウナのエル・レイに撃たれ、ヘルハウンドはその身を溶かす。 ヘルハウンドが消えた事を確認し、ファウナは翼の加護で得た疑似的な翼を羽ばたかせ、空へと舞い上がった。上空から戦場を見渡し、仲間へと指示を出す。 ヘルハウンドが、一か所へ集まろうとしているのを確認したのだ。 「ヘルハウンド、かぁ。なんだか親近感わいちゃうかも。犬は犬らしく、ひたすらに喰らいあおう。イタダキマス」 真咲の全身から放たれた暗黒のオーラが、空間を侵食しながらヘルハウンドに迫る。暗闇を追いかけるように、青が駆けた。 「基本は弱ってる個体、弱い個体から狙うよ」 暗闇が、ヘルハウンドを包み込む。一か所に集まろうとしていたヘルハウンド達のうち、数体が闇を逃れるように散開した。 散っていったヘルハウンドを、青の大鎌が斬り捨てる。 踊るようなステップで、1体、2体と斬撃を加えていく。無論、ヘルハウンドも一方的に攻撃を受けるだけではない。鋭い爪が、青の全身を引き裂いていく。 飛び散る鮮血が、青の頬を濡らす。 暗闇を回避し、青の攻撃を掻い潜り、リチャードを狙って襲いかかるヘルハウンドが1体。 「貴方を庇う、が基本かも」 繰り出されるフィティの短剣が、数重にも分裂して見える。 斬撃の嵐が、ヘルハウンドの全身を刺し貫いた。影と化して、散っていくヘルハウンド。木え去る寸前に、その爪がフィティの胴を切り裂いた。 爪から体内に侵入した猛毒が、フィティの身体を侵す。 喉の奥から溢れる血を拭う。 フィティの全身を淡い燐光が包み込んだのは、その直後だった。 「チャンスに見えても前には往かず、後ろからね。脆いし」 クィスの回復支援。フィティの傷を癒し、毒を取り除く。 暗闇によるダメージを受けたヘルハウンドが、一か所に固まっている。狙うなら今だ。しかし、クィスの役割は回復。前に出て、他者より先に倒れる訳にはいかない。 それに、嫌な予感がしている。 「おそらく……。ヘルハウンドはリチャード氏の恐れから生まれたEフォース。その目的は、リチャード氏を追い詰め、命を奪う事」 人を呪わば穴2つ。 他者を呪い、しかしそれは失敗した。その反動は、自分に返ってくる。それを恐れたリチャードは、恐怖した。 その結果が、Eフォース(ヘルハウンド)の誕生だ。 他人に頼れない恐怖。 追いかけられる恐怖。 そして、命を奪われる恐怖。 以上を以て、リチャードの呪いは完結する。 地獄の番犬が、地獄から迎えにやって来た。そういうイメージが具現化したのが、ヘルハウンドなのだろう。 地面が揺れる。 暗闇を突き破り、10メートル近くまで巨大化したヘルハウンドが姿を現した。 ●地獄からの使者 きっと、ヘルハウンドの視界にはリチャードしか入っていないのだろう。 初めから、最後まで。 リベリスタ達の相手をしていたのは、邪魔だったからに他ならない。 今だって、リチャードを追って住宅街から郊外までヘルハウンドはまっすぐに付いて来た。被害を広げないための逃走だったが、素直に追いかけて来てくれて助かった。 赤く燃えるような瞳は憎悪の色。黒い体は、恨みの色。低く唸るような声は、どこか悲しい。 黒く、長い腕に炎が灯る。鋭い爪を、まっすぐリチャード目がけて突き出した。 「一気に行くよっ! を以って法と成し法を以って陣と成す。描く陣にて敵を打ち倒さん」 双葉の放った黒鎖の濁流が地面を這う。ヘルハウンドの足元から、その身を覆い尽くしていく。身動きを封じられ、しかしヘルハウンドの腕は止まらない。 「闇が統べる世界へ誘ってやろう」 展開した魔方陣から、禍々しいオーラを放つ銀弾が撃ち出された。シェリーの放った銀弾が、ヘルハウンドの爪を削る。砕け散った爪の欠片が、影と化して溶けて消えた。 「きゃんきゃんと鳴いて逃げれば可愛げのあるものを」 「動きを止めます」 諭の指揮する影人達が、一斉に重火器の引き金を引いた。集中砲火。火柱が噴き上がる中を、ヘルハウンドの腕が突き抜ける。 砲弾の炎だけではない。ファウナが放った矢が、空中に魔方陣を描き、火炎弾を降り注がせた。火炎弾に打ちのめされ、ヘルハウンドの腕の軌道が僅かに逸れた。 しかし、その攻撃を止めるには至らない。 陣形の中心、リチャードの眼前にヘルハウンドの爪が迫る。 「全力っ! 防御!」 リチャードを突き飛ばし、代わりにフィティがその爪を受けた。ミシ、と軋んだ音が響く。フィティの腕の骨からその音は鳴ったようだ。フィティの身体が炎に包まれた。 倒れそうになるフィティの身体を、燐光が包む。 フィティだけではない。その場に居た全員の傷を、淡い光が癒していく。 「攻撃受けてゲームオーバー? アハハ! そうはいかないわよ!」 クィスの回復術だ。力を取り戻した青と真咲が、すっかり伸びきったヘルハウンドの腕に飛び乗る。 翼の加護で得た翼を使い、時に腕を蹴って加速しながら、まっすぐ迷わずヘルハウンドの眼前にまで到達した。 「ボクも誰かを殺す時はこんな目で見てるのかな。あはは、とーっても怖いなぁ」 真っ赤な瞳に見据えられ、真咲は言う。斧を大上段に振りかぶる。 「誰にも頼れず理由も分からないのに化け物に追い立てられるというのはどれ程恐い事だろう」 真下から鎌が振りあげられた。囁くような青の言葉は、誰にも届かない。 叩きつけられた斧が、ヘルハウンドの眉間を割った。 振り抜かれた大鎌の刃が、ヘルハウンドの顎から鼻にかけてを引き裂いた。 一瞬、真っ赤な瞳に炎が灯る。 憎悪の炎。恨みの権化。断末魔の悲鳴さえ、禍々しい。 そしてヘルハウンドは、影と化して散って行った。 最後に残ったのは、僅かばかりの黒い炎。地面を焼くそれを見つめながら、リチャードはただ涙を流す。 後悔の念が、リチャードを責める。 恐怖から解放された反動か、涙が止まらない。 人を呪ったという事実を胸に、これからも彼は生きていくのだろう。 リチャードが泣きやむまで、リベリスタ達は黙ってその姿を見守っていた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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