●芯から透き通った殺意 記憶と思考はまったくの別物だ。 今頭の中に浮かんでいるものを、記憶と呼んで愛でることは出来ない。過去のことなんて、ひとつも含まれていないのだから。 よってこれは思考で、誰かを殺したいという直情的な願望だけが私の脳裏にはあった。 自分が何者なのかも、どこから歩いてきたのかも、いつ頃からこんな風にしか考えられなくなったのかも分からない。 どうして右手に、身の丈に合わない大振りの出刃包丁を握り締めているのかも覚えていない。 でも、そんなことは心底どうでもいい案件だった。大事なのは一歩先にある目的だ。 殺して殺して殺したい。 他には何も混じってこなかった。 だから素直に求めていった。 「お嬢ちゃん、こんにちは」 それも殺した。 「どうしたの、こんなところに一人で。迷子?」 それも殺した。 「やめてっ! あなた、自分のしていることが分かってるの!?」 それも殺した。 「ねえ、一緒に遊ぼ。僕と友達になってよ」 それも殺した。 「お父さんは? お母さんは?」 それも殺した。 「君みたいな小さい子が、こんな夜遅くに出歩いちゃ駄目じゃないか」 それも殺した。 「く、来るな! 悪魔め! こっちに来ないでくれぇ!」 それも殺した。 「あらかわいい。どこから来たの?」 それも殺した。 「止まれ! 大人しくしろ!」 それも殺した。 「ああ、絵美理。私の――私のかわいい娘」 それも殺した。 目に映る者、呼び止める者全て、私は衝動に任せて容赦なく斬り捨ててきた。手に掛けたのがどんな人物かなんて微塵の興味もなかったし、そんなことを考えるくらいなら次の殺人について夢想するほうが余程有意義に感じた。 私が転がした死骸は、いずれもカラスの餌になっていった。血肉から臓器まで綺麗に啄んでいく様子は、どこか愛敬があるように見えて、少しばかり親近感を覚えた。それにカラスたちはとても頭がいい。私の背中を追っていればご飯にありつけることをすぐに学習したからだ。 手にした得物を、心臓目掛けて肋骨を潜るように突き立てるのも、闇雲に振り回して滅多斬りにするのも、肉と肉の間に丁寧に刃を滑らせていくのも、それはそれで気分が良かったけれど、首を刎ねた時は特に快感だった。切り開かれた喉の気管からひゅうひゅうと漏れ出る、音楽隊の笛のような音を聴いていると、この上なく幸せな心地になる。 けれど、そんなとろけるような至福の瞬間が終わると、ひどく鬱々とした情緒になる。この世の何もかもが憎悪の対象に思えて、ますます殺意が研ぎ澄まされていくのだ。命を蹂躙し続けないといけない。それは一種の使命感のようなものだった。 喉の渇きに困窮している時も、私は誰かを殺していた。 歩き疲れて気だるさに襲われている時も、私は誰かを殺していた。 空腹で眩暈を起こしている時も、私は誰かを殺していた。 新しい標的を見定めている時も、私は誰かを殺していた。 私が誰かを殺している時も、私は誰かを殺していた。 切り裂きたくて仕方がなかった。 理由は分からない。知りたいとも思わない。血流が沸き立つままに行動するのは凄く気持ちが良かったし、楽だった。 誰にも邪魔されたくない。立ち塞がる人がいたら、その時は順番に。 「殺す」 ●四番目の欲求 「物騒なお嬢さんもいたもんだ」 アークの一室に集められたリベリスタ達の顔を見渡して、『駆ける黒猫』将門伸暁(nBNE000006)が今回の任務のブリーフィングを始める。 液晶上に表示された映像には、まだ幼い少女の姿があった。柄のない黒いTシャツとハーフパンツを身につけているだけで、寒々しい格好をしていた。顔に表情はなく、瞳に光はない。 「素体になったのは樫木絵美理。十一歳だったそうだ」 アンラッキー。 加害者に変えられた被害者を彼はそんな単語で表した。 「もっとも今となっちゃそんな事情は関係ないね。革醒後、まずは両親を惨殺。それから半月足らずで二十人を超える犠牲者を出している。こいつはクレイジーな話だ。凄い勢いで成長してやがる」 指折り数えて、両手だけで計測し切れなくなったところで、次の報告に移る。 「身も心も狂気に蝕まれてるみたいだが、その分肉体的にも精神的にも少女のそれじゃない。油断してたら手練の者でもイチコロ、ってな」 親指で首を切る真似をしてみせる伸暁の仕草は、妙に様になっていた。 「当たり前だが手加減はいらないぜ。見た目は子供でも中身は獣、ノットボーイノットガール、そしてノットヒューマンだ。オーケイ?」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:深鷹 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年03月10日(月)23:18 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●深夜、公園にて 日と日を繋ぐ午前零時。 星のない夜だった。 瞬いているのは、園内に疎らに配列されたステンレスポールの頂点にある電灯のみである。 日付が変わったところで、芝生の上に寝そべる樫木絵美理の心には何の波も立たない。近寄る全てを抹殺したいという歪んだ欲望は一切減少する気配はなく、だから時間の経過は問題にはならない。いつ衝動が静まるかではなく、いかにして静めるかでしかなかった。 無論絵美理自身で止めるつもりはない。これほどの悦楽は、他に存在しないのだから。 それに、たとえ止めようと願ったとして、止められる代物ではない。 リビドーとはそういうものだ。 「こんばんは、絵美理ちゃん」 不意の声に見上げると、顔を覗き込んでくる少年が瞳に映った。絵美理より少し年上程度の幼い顔つきで、とりわけ特徴があるわけでもない、どこにでもいそうな風体の少年だった。 こんなふうに何の警戒心もなく近づいてくる輩を、どれだけ斬り刻んできたことだろう。獲物が自発的に現れてくれるというのだから本当に堪らない。身を起こして腰の下に隠していた刃物を手に取り、ある種のルーティンワークのように、ごく自然な所作で、その喉笛に切っ先を突き立てるべく躍動しようとする。 それは、殺人鬼と化した少女にとって当たり前の日常のはずだった。 だが――奇妙な違和感を覚えて逡巡が生まれる。なぜ彼は初対面のはずの自分を名前で呼べたのだろう。そんなものは自分自身ですら忘れてしまっているというのに。 一瞬の気の迷いが白刃に空を切らせた。 軌道の先で、『ロストワン』常盤・青(BNE004763)は加護を授けられた翼で飛翔を始めていた。 ●飴細工の狗 少女には、純粋な殺意しかない。 自分は殺意ではなく、使命という名の大義名分の下で殺そうとしている。 けれど、結局やろうとしていることは同じだ。一方が一方を殺すだけ。行為の中の一瞬だけを切り取ってしまえば、そこには貴賎も、善悪も、清濁も存在しない。 違いと呼べるのは、運命が分けてしまった殺意の有無だけ。 ならば自分と彼女にどれほどの相違があるというのだろう。 青には答えを出せなかった。 絵美理が戦闘思考に切り替わった時には、既に集結したリベリスタ達は包囲網を敷いていた。 『赤錆烏』岩境 小烏(BNE002782)によって築かれた結界は、深夜の公園を異能者が交わる戦場へと変える。街路樹から飛び立った数羽のカラスもまた、その舞台で踊る役者である。 「正味、あの鳥どもは嫌いな連中ではないがね」 ノーフェイスから若干の距離を置いて布陣した小烏は、妙に親近感じみたものを覚えながらも、まずカラスの群れに向けて、こちらも式神の鴉を呼び出して応戦する。その手捌きの速さたるや、まさしく疾風迅雷のごとくであり、先の先を打つには最適な人材と言えた。現に、同じくスピードに自信を持つ絵美理をもってしてもその反応に追いつくことは敵わなかった。 しかしながら、リベリスタの間には一抹の懸念があった。小烏が突出して素早いだけで、他のメンバーは然程身のこなしに長けてはいない。 「うっ……やっぱりボクよりも、速い、か」 先陣を切った青だったが、俊敏極まりない絵美理の動きに翻弄され、上腕部に刃傷を負ってしまう。はっきりと体に刻まれる鋭い痛覚。気の遠くなるような重々しい痛みではないものの、出血が著しいため体力は徐々に奪われていく。 これは翼を展開する『祈花の導鴉』宇賀神・遥紀(BNE003750)のコアを介した詠唱によって即座に治療されたものの、空中ではカラスが妨害目的で飛び回っている。遥紀が行動を起こす度にカットを差し挟んでくるせいで、最前線で戦うリベリスタの回復が間に合わない危険性がある。 その点でも、こちらの自由を制限し得るE・ビーストは早急に片付けておきたい。 「そっちが烏ならこっちは雀だ! 焼き尽くせ、深緋!」 一箇所に集められたカラス目掛けて、『てるてる坊主』焦燥院 "Buddha" フツ(BNE001054)は気兼ねなく朱雀を模した炎をぶっぱなす。何羽かは間際で逃避したが、美しく燃え盛る翼に抱擁されたカラス達は、紅蓮の大火に焼かれ、骨ひとつ残らず滅却された。 「こいつらはそれほど問題ではないな。多少目障りなだけだ」 逃れたカラスを手際よく撃ち落としながら『アヴァルナ』遠野 結唯(BNE003604)は呟く。 「となると……やはり面倒なのはあの異常者か」 青を突き飛ばし、後衛に向けて疾駆する絵美理を見遣り、一旦距離を離す。接近戦にそれほど苦手意識はないが、本職ではない。可能であれば避けたいところだ。 『聖闇の堕天使』七海 紫月(BNE004712)がその前に立ち塞がるが、最小限の弧を描いて振るわれた斬撃は、彼女が反射できる速度を超えていた。 小さな子供の体からは考えられない驚異的な膂力である。 これは掠り傷程度で済んだものの、直撃しようものなら大量出血は避けられないだろう。カウンターに放った杖での打撃も、血に飢えた少女の急所を捉えることはなかった。 「さすがにお早いですわね。ですけどほら、御覧の通り、わたくしはぴんぴんしてましてよ」 「なら、お前から殺す」 「殺すなど物騒なことを言っていい年齢ではありません!」 突き出された出刃包丁を杖先で弾き、突進の軌道を逸らす。次いで横薙ぎに払われた閃撃は身を屈めて回避。どうにか猛攻を捌けてはいるものの、中々攻撃を差し挟む機会が巡ってこない。口車に乗せて注意を引きつけたまではよかったが、覚悟していたとはいえ防戦一方である。 武器を新調したおかげで一撃の重さでは勝っている自信がある。たった一発、クリーンヒットさせることが出来ればいいというのに。 「痛みを癒し、その枷を外しましょう……」 前陣でのブロックが成り立っている分、回復に専念できている『ODD EYE LOVERS』二階堂 櫻子(BNE000438)のサポートは万全だったが、手数に大きく差がある。時間が経てば経つほどジリ貧になっていくのは明白。かと言って短期決戦に持ち込むことも難しい。それは速度に秀でる相手のフィールドで戦うことになるからだ。 櫻子自身、無益な殺生の連鎖を速やかに終わらせたいという願いはある。それだけに、持久戦を強いられているのは歯痒かった。 「ッ! 七海さん、上です!」 打ち漏らしたカラスが絵美理に助勢すべく接近。櫻子の警告も間に合わず、紫月の脚に尖った嘴での刺突が加えられる。 威力自体は大した被害ではない。だが、コンマ数秒そちらに気を取られることになる。 その隙を衝いて高速かつ大胆に振るわれた凶刃に、思わず紫月は息を呑む。 目を瞑る直前に見えたのは、陶酔した笑みを唇の端に溜めている、嬉しそうな絵美理の顔だった。 ●人道 だが、最悪の惨事は起こらなかった。 「あまり無茶はするなよ」 紫月がゆっくり瞼を開くと、上空で支援に回っていたはずの遥紀が、盾を構えてノーフェイスの攻撃を受け止めている姿が映った。 自身に向かってきていたカラスは、今では『NonStarter』メイ・リィ・ルゥ(BNE003539)が巻き起こした暴風に全身を引き千切られている。竜巻の勢力は小規模ではあったが、その分だけ味方を巻き込んで阻害することなく、的確にエリューションだけに命中していた。 「ふう。これでE・ビーストは全部、かな。九羽みんな倒したよ!」 ホーリーメイガス二人の積極的な行動に、前衛組だけではなく、遊撃としてブロックを中心に動いていたフツと小烏も唸る。 「回復役が過剰気味になってたんでね。声を掛け合って程々に分担することにしたんだ」 そう語る遥紀だったが、あくまでも緊急補助。前線に立って敵の攻勢を抑えるといったことは、元より自分の得手ではない。盾が段々と絵美理の力に押され始める。 「……さて、流石にいつまでも防いではいられないな。まったく、世界の寵愛とやらは相も変わらず理不尽の限りだな。こんな幼い子供に、こんなにも禍々しい力を与えるだなんてさ」 言葉の節々には、憐憫を込めたような響きが含まれていた。盾を納めて遥紀が後方に退くと、代わりに青がノーフェイスと対峙する。先程受けた傷は、櫻子の献身によって完治している。 「後はもう、彼女を倒すだけだから……そうしないと駄目なんだ」 何も、この瞬間を捉えただけの台詞ではなかった。人間としての樫木絵美理は既に死んでしまったのかも知れない。救いのある未来なんて、可能性としても残っていなかったのかも知れない。 だから、ここに至るまでも、この先に待ち構えている結末すらも、定められた運命のように思える。 青が視界に入るや否や、絵美理は殺意の矛先をそちらに変更する。血を吸いながら未だ切れ味の衰えない包丁を翳して、大地を蹴って青の大鎌と斬り合う。正面からまともに組んでは不利と踏み、青は敏捷性の差を埋めるために、数歩後退して足元に糸を絡ませようと仕掛ける。発された糸は確かに絡みついたが、それでもまだ攻撃頻度は上回られている。一撃一撃は決して重くはないが、それが累積されていくとなると、いずれは致命傷になりかねない。 「なんとか我慢してくれよ、常盤」 福音を唱える遥紀。彼と櫻子の後方支援が頼りだが、最後まで間に合い切るかどうか。 「おっと。自分も殺しておくれでないかい、お嬢ちゃん」 一人で足りぬなら二人とばかりに、小烏が横槍を入れる。間隙を縫って小刀で近接戦闘を挑むが、銀刃は絵美理の頬を掠めただけで、目立ったダメージは与えられない。逆に絵美理は小烏の姿を認識すると、 正確性を無視して勢い任せに包丁を振り回し、二名のリベリスタを同時に斬りつけた。 威力と命中を度外視している分、皮膚が赤く滲んだ程度で深手は負わなかったものの、怯まされたせいで射程外へと距離を開けられてしまう。 それならばと結唯が遠隔射撃を行うが、大きく跳躍して回避される。人間業とはかけ離れた、野生的な足の運びだった。 「恐ろしい奴め。心だけじゃなく、身体もすっかり異常者になってしまったようだな」 素早く動き回る標的に照準を合わせるのは至難の業。複数攻撃を持たない生粋の狙撃手の結唯にとっては、かなり相性が悪い。 近距離の得意な相手ではあるが、否応にもそのレンジで戦わねばならない。再び紫月が前衛に立ち、相手を務める。 その一方で追い詰めた鼠を逃がすわけにはいかないと、魔術を用いて陣地作成に掛かろうとするフツ。 「いや――間に合わないか」 仮に逃走を図られたとすれば、ノーフェイスの疾駆する速度を鑑みると、陣地が完成するよりも先に抜け出される可能性が高い。詠唱を中断して槍を構え直し、後衛に控えるリベリスタの守護に戻る。 「逃がしはせん。最後の最後まで相手を頼むよ」 それを見越してか、俊敏さで一歩先を行く小烏が軽やかに背後に移動して、退路を塞ぐ。 「逃げる?」 絵美理はほんの一瞬だけ、外見相応のあどけない表情をした後。 「そんなことはしない。だってここにはこんなにも、殺せる相手がいるというのに――!」 ひどく冷酷な目つきに変わると、占術の準備をしていた小烏に猛進し、あらん限りの力で喉首を狙った斬撃を繰り出した。 そこに浴びせられる、光の雨。 「ギリギリセーフ、かな?」 小烏が視線を上げると、メイが空を舞って加勢してくれていた。続けざまに暴風の渦を発生させ、目を眩ませている絵美理に追撃。着実にダメージを積み重ねる。 翼は相変わらず幻視の作用で隠してはいるが、窮地を救われた小烏には、羽の生えた天使に見えた。 「手数はボクが稼ぐよ。大丈夫、治癒が得意な人はボク以外にもいるんだしさ。攻撃、攻撃、また攻撃だよ! 守ってたら、押される一方だもん」 小さなホーリーメイガスの攻撃は、威力は乏しいものの、範囲が広く精度も非常に高いために、絵美理の身体能力をもってしても避け切るのは困難だった。魔術を連発するメイの精神力に乱れが生じても、状況を察した遥紀が適宜意識を同調させて支える。攻め手は決して途絶えることはない。 これだけ加撃方向が分散されれば、遠距離狙撃に徹する結唯も狙いをつけ易くなるのは、ごく自然な話だった。銃弾がついに、絵美理の肩口を捉えて血を噴き上がらせる。 「さあ、早く終わらせよう! 死なせてあげるしか、手段がないんだから!」 メイの発破に、紫月が行動で応える。 「ええ、本当に……その通りですわ」 依然として絵美理のほうが圧倒的に攻撃回数は多い。紫月の透き通った白い肌は、みるみる鮮血で滲んでいく。それでも決して臆することなく。諸手に握り締めた杖で応戦。幸いにも、青の痺れ糸が両脚に、メイの閃光が視力に負荷を与えてくれたおかげで、最初に当たった時よりも苛烈さは幾分減っている。 まだ耐えられる。まだ。まだだ。まだ倒れるわけにはいかない。 外傷の幾らかは、遥紀と櫻子の二人が癒してくれる。 自分が回復に時間を割いている暇はない。 痛みは嫌いじゃない。傷は英雄の勲章だ。自分が英雄だと信じられる限り、紫月の活力は尽きない。 機を伺い、その瞬間に備えて集中力を限界まで高めていく。 「内なる衝動を解き放つ快感はわたくしにも分かりましてよ」 踏み込んで突き出された刃が脇腹を穿つ。意識に直接訴えかける激しい痛みが紫月を襲う。だというのに、紫月はむしろ微笑を浮かべた。 こんなにも近くに、抱き寄せられるほど近くにまで来てくれたのだから。 「ですが、それに飲み込まれていては本末転倒ですわ。あなたが手をかけてきた人達がどんなに痛みを刻まれたか、分かってもらいましょう」 娘を抱く母親のように、とても柔和な表情で。 しっかりと両腕で抱きかかえた絵美理の背中にそっと杖を当てる。 紫月が受けた感覚の全てを、何倍にも増幅させて注入。桁外れの痛苦が少女の体を侵犯する。 この世のものとは思えない、絶叫とも言い換えられそうな甲高い悲鳴が上がった。 我が身に跳ね返ってきた痛覚は幼い体の許容量を遥かに越え――絵美理はついに、紫月の腕の中で絶命した。 「正直、この嬢ちゃんを悪だと言えるか自分には分からん」 全てが終わった後で、芝生の上に転がる遺体を細めた目で見下ろしながら、何気なく小烏はそのようなことを口にした。 望んで革醒したわけでも、望んで人殺しになった訳でもない。 悪と断定することは、確かに難しいだろう。 「あの世とやらに行ったら、ご両親にごめんなさいしてきなさいな」 諭すような声音で、腹部の裂傷を庇いながら紫月は骸に話しかける。寝顔によく似た絵美理の死に顔は、大量殺人を犯したとは到底思えない、穏やかなものだった。 小烏の発言は、ノーフェイスとなった少女と年齢が近い青とメイには特に共感できた。救えはしなかったけど、きっと助けられることは出来たと、メイは自分に言い聞かせる。 「バイバイ……」 行くぞと声を掛けたフツの背を追いながら、可憐な口唇から漏れ出た言葉は、そんな苦い寂しさへの決別でもあった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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