● この世界は何処までも残酷だ。自分にとって価値あるものが世界にとってそうであるとは限らず。 この世の終わりだと絶望しようと世界は何食わぬ顔で進んでいく。 そんな残酷な世界で生き続ける意味を問われた時、自分は何と答えるのだろうか。 喪いたくないものは何時か必ず喪われる。 悲しみがこの胸に訪れないなんて幻想は有り得ない。 痛み苦しみ足掻いて足掻いてそれでも何一つ得られないなんてよくある事だ。 それでもどうして此処に居るのか、と問う声への正解は、きっとこの世界の何処にも存在しないのだろう。 ● 用意されたのは、姿見がたった一つだけ。 求められるのも一つだけ。その姿見を使う事。 覗いた先には、自分だけが知る世界が広がっていた。 黒猫のぬいぐるみと、幼い面差し。柔らかな金色が、まだ何処か丸い蒼い瞳が、此方をじっと見つめている。嗚呼、こんな色を持っていた。 幼い子供らしく全身で駄々を捏ねたりした。それを覚えている。まだ何も失っていない。鮮やかな紅は自分と共にあった。眩暈がして、そっと額を押さえる。 くたびれても離したくなかった、灰色のうさぎは父からもらった宝物だった。本物より本物らしい言葉遣いも、その振る舞いも。自分とよく似た大好きな母が褒めてくれたものだった。 嬉しかった。此処が世界のすべてだった。まだ、何も知らなかった。にこにこと笑って大人しくて。まるで理想の少女だ、と誰かは笑う。 視線を避けるように伸びた髪は何処にもない。己の生を肯定してくれる硝子玉の瞳もイミテーションの視線も何処にもない。其処に居る彼は何処までも普通で幸福な存在だった。 視線を避ける自分を真っ直ぐに見る目。生きた目。何も知らない目。作り物である筈なのに恐ろしい、目。 怖かった事を覚えている。喧嘩なんてしたことが無くて、臆病で。殴るのも殴られるのも怖いのに命を懸けるなんてとてもできやしない、本当に普通のどこにでもいる人間だった。 怖いのに失うのは嫌だった。友達が死ぬなんて耐えられなくて、けれどそれを護る為に人を殺すのも嫌だった。そう、だったと僅かに首を振る。 その顔は変わっていないようで何処か未だ幼く、希望と喜びに満ちていた。そう、あれは幸福だったのだ。己が認められると思った。 優れた銃士達の長。神秘に愛され、彼らを束ねる栄誉を得られる筈だった。その知らせを母に告げようと思ったのだ。覚えている。この誉れをきっと母は喜ぶと信じていた。 この里を、母を、自分が護る事ができる。信じて疑わなかった。母が抱く傷を知らずに。如何して、神秘に愛されていなかった自分をあんなにも愛していたのかを、知りもせず。 きく、と呼べばよもぎ、と返る声は同じだった。さらりと流れる黒髪は今と同じ。けれど、身に纏う和服はまるで今とは違った。それは、妹だったのだ。 遊びに誘った。話をした。自分はよもぎで自分はきく。私達は揃って生きていた。思い込んでいた。何処までも不安定な精神は、そうする事でしか保てなかった。そうしても、何も戻ってこないのに。 其処は静かだ。何もない。ただ、あるのは絶望だった。 世界は問うのだ。その意味を。 何故、そうまでして生きているのか、と。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:麻子 | ||||
■難易度:EASY | ■ リクエストシナリオ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年03月07日(金)23:28 |
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■メイン参加者 6人■ | |||||
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● 子供の純粋さは時に何より罪なのかもしれなかった。喪失の代替に自分を宛がうだなんて。容易く破綻するそれを、その日の『鷹蜘蛛』座敷・よもぎ(BNE003020)は信じていた。 「なんで? なんで手放したの、なんできくがいないの? どうして?」 その問いに躊躇いなどない。顔を覆う掌の奥の瞳は濡れているのだろうか。幼い、少女とも少年とも言えぬ肩が震える。それを見詰めて、緩々と首を振った。今、よもぎがよもぎとして生きるまでの全てを知っても幼い自分は納得などしないのだ。大事なものを失ってしまった事実は揺るがないから。 目が合った。同じ色の瞳に映る自分の顔は硬く、それも緩やかに溜まる涙の膜で崩れていく。震える瞳の奥。何かを思いついたようなそれが何を思うのか、よもぎにも伝わってくるようで。何度目とも知れぬ溜息を漏らす。 「私がよもぎなら自分は完全にきくになれると思ってるんじゃないかい?」 零した言葉に、分かってくれるの、と笑うそれは確かに同じだった。自分とも、もういない妹とも。けれどそれが違うことを、よもぎが一番知っていた。自分は自分で、妹は妹。そんな簡単なことを、あの日を生きる自分は知りもしなかった。幾ら妹になりきろうとも段々と「自分」という名前の粗が出る。妹ではないと思い知るのは自分を、妹を良く知る自分自身だ。わかるだろう、と囁いた。言い聞かせる。自分、に。 「その度きくという存在を貶め傷付けていたんだよ。……私がよもぎに戻ってから、世界はとても広がったんだ」 泣き濡れた頬をそっと拭った。沢山の事を知った。けれど、世界は決して綺麗なばかりではなかった。世界はほんの少しの幸福と、沢山の涙で出来ているようだった。よもぎと同じ痛みを知る人は沢山いた。だからこそ。よもぎは過去を、幻想にすがり付いていた日々を拒まない。それは大事なものだった。 今のよもぎを、世界を作る大切なパーツであるのだから。もういない片割れも同じだ。喪失の痛みを持つ自分が生きている限り、彼女はこの世界を形作るものとして生きている。 「なりきるのはやめて、きくと一緒に生きよう。……きみを否定なんてしないよ、きみは私だ。私の、過去だ」 痛みは消えない。そっと、髪が隠す瞳を押さえた。妹が自分の為に失ったもの。乗り越えたはずだけれど今も繰り返す行いは、郷愁と痛みを呼び起こす。それでも。それを受け入れて生きるのだ。彼女は楽しそうに生きていたから。同じように楽しまなければバチが当たる。 「今は存分に嘆くといい。……未来という今で待っているよ」 またね、と名前を呼べば泣きそうな顔が僅かに笑う。其処にどこか妹の影を見るようで、よもぎは目を細めた。もう同じことを繰り返すつもりはないけれど。自分は妹と共に生きたかったのだ。生きて、同じ瞳で、世界を見たかった。こんなにも美しくも醜く非情な世界を。 過去を振り返る。その行為自体が『八咫烏』雑賀 龍治(BNE002797)は苦手だった。振り返ればどうしても触れなければならないものがあった。里。母親。そして、何より、未だにそれに囚われている自分自身。その全てに触れ自覚する事はもしかすればどんな戦いよりその精神を磨耗させる行いなのかもしれなかった。 「何故今ものうのうと生きているんだ、里を捨て、母まで捨てた咎人の癖に……!」 まだ歳若い声。予想のつく言葉だった。あの頃の自分ならきっと、否、確かにそう思っていたのだから。そんな自分に銃を教えてくれた師匠から独り立ちした時、自分が選んだ道は命を賭して危険に身を投じ、対価として金を得る傭兵業だった。もう故郷には戻れないのなら、得た力を試してみたかった。それに、何より。 「……これならばきっと、その内に野垂れ死ねるだろうという思いがあったからだ」 わからなかった。生きるべきか死ぬべきか。その問いに答えてくれる者は居ない。流されるがままに生きた。生きていたといえるのかもわからなかった。ただ、戦いの高揚感と生きる為の金銭が、己をこの世界に繋ぎ止めていたのだ。それくらい、何も無かった。生きる意味など見出せなかった。誰より己を愛した筈の母はもうどれほど腕を磨こうと褒めてはくれない。本来なら守るべきであった筈の場所には、もう戻れない。 「けれど、今は。ただ真直ぐに、純粋に、俺を肯定してくれる者を、……生きる理由を、俺は持っている」 何時か命尽きる日は来る。けれどそれでも。そうだとしても。少なくとも今は、今の自分は無為に死ぬわけには行かなかった。この命には意味があり、戻る場所があり、守るべきものがあった。誰より己を愛し、共に在る為に戦う存在を、龍治はもう持っている。けれど。僅かに、その瞳を細める。 手に馴染んだ銃を撫でる。もしも、もしもの話だ。あの日、里に敵が来なければ。あの日以来自分を責め続ける母が、救われるようなことがあったなら。きっと、自分は里に留まり、目の前の彼が望む幸福を享受していたのだ。それはもう絶対に起こらないもしもの話だ。視線を上げ、此方を見詰める瞳を見返す。 「無いものに手を伸ばす程、子供ではない。……恐らく、お前には理解出来んだろうが」 今の自分にはそれで充分だった。もしもは起こらず、自分は違う唯一を手に入れた。だから、今を生きる。踵を返す。帰る場所は決まっていた。きっと今日も帰りを待つ少女の顔を思い出す。其処が自分の居場所だった。迷い無い足取りが開けた外へと進んでいく。 ● 妬ましかった。ある意味誰より今の自分を非難する権利を持つその姿が。真っ直ぐに此方を見るのは父の教え故だ。人の目を見て話せ。その声が頭の中で響くようで。抱きしめた黒猫に感じた友情を思い出すようで。眩暈にも似た感覚を堪えながら、『it』坂本 ミカサ(BNE000314)は此方を見つめる蒼を見返す。不貞腐れているのだろう。物言わずけれどその思いをぶつけるようにきつく抱きしめているぬいぐるみはこの手に無い。彼の大好きな父母はもういない。どうして、と訴える瞳が眩しくて。緩々と首を振った。 「ねえ、首を掻き切った時に死ねていたら、どれだけ幸せだったかと俺も思ってるよ」 そっと、視線を合わせるように膝をつく。手を伸ばしかけて少し躊躇った。運命の気紛れが全てを変えた。戦う事が全てになった。誰かの為に優しい事が出来るなら、愛されたいとも幸せになろうとも思わない。そう戒めてきた10年だった。後悔を少しでも拭いたかった。代替行為は足りない自分を埋めてはくれなくて、それを繰り返しても自分は幸せではなくて。けれどそれも全て承知の上だった。 見詰め合う。今ならよくわかった。母が居なくなった日が全ての発端だった。あの日から何もかもを拒絶した。新しく家族を出来なかった。人並みの家族愛さえ返せなかった。自分はそんな人間だと思っていた。だけれど。 「……あの子といると全て取り戻した様に思えてね」 消えゆく影が小さく見えた。二度と会えないと幼心に解っていた。一人になる母が寂しくない様に、友達を渡したあの日。自分は確かに人の心を知っていた。そして、今は。まるでそれを取り戻したような気持ちさえするのだ。失ったはずの色が近くで笑えば嬉しくて。泣けば悲しくて。同じように、戦いの中で沢山の感情に触れて。漸く、ありふれた人の心を僅かに理解できるようになった。失くした全てを、持たないまま成長してしまった全てを補えそうだった。だから生きている。死ねなかったけれど死なないのは、まだ勿体無いと思えるからだ。幸せじゃないから、何て理由でこの命を終わらせるのが。 「でも、それでもだ。……未だに「死にたくない」だなんて思った事は一度も無いよ」 その言葉に嫌がるように此方に振り上げられた手を受け止めた。そのまま抱きしめる。遠い日に、母がやってくれたそれを只管に自分に向けた。言葉が届くなんて思わなかった。でも、それでも。 「――不幸だろうが何だろうが、人の為に生きて、死にたい」 それ以外の答えは持っていないのだ。それが、人で無くなった自分の、生きる理由なのだから。微かに聞こえた幼い泣き声ごと、その腕は小さな身体を抱きしめる。 目の前の同じ顔には絶望しかなかった。真っ直ぐに自分を見詰める目。作り物だ。けれど、生きたそれと変わらぬ怖気を覚えさせるそれから自然と視線を逸らした『視感視眼』首藤・存人(BNE003547)の耳を擽ったのは、小さな、狂ってる、というこえだった。 「嗚呼、そうですね。……そうですね」 精々数年前に過ぎないけれどあまりに変わってしまった。まだ普通を生きる自分が、普通に会社に行って遊んで恋人と逢って目玉なんて怖くなくてただ何処にでもある生活という名の幸福を享受する自分が今の自分を見れば間違いなく狂ったと思うだろう。言われなくとも知っている。今の自分がマトモだなんて自分だって思わない。 作り物の目玉が、ある筈のない視線が自分を見ていないと不安で堪らない。なのに生きた人間の目は怖い。視線が怖い。目が合うのが怖い。自分を殺そうとしているとしか思えない。フラッシュバック。只管に自分を「見て」いた彼女を思い出す。 「全部知っていますか。俺がこうなった過程も全部。……彼女は死んだ」 平日の仕事終わりに、休日に、会うのを楽しみにしていた彼女は死んだのだ。戯れの一環のようにこの膝に頭を乗せていてなのに呼吸は止まっていてただ見開かれた目が只管に自分を見ていた。何も言ってくれなかった。冷たくなっていくのに。痛いとか苦しいとか一人にしないでとか何一つほんの一言さえ残さず彼女は死んだ。 何でも良かった。何か言ってくれたら、自分は一緒に死ねたかもしれなかったのに。何も言わないで此方を見るだけだったから、何も出来なかった。何一つ出来ないまま、冷たく、硬直していく彼女と見詰め合った。 「もう、もうやめてくれ」 「何で生きてるのかなんて簡単だ。……結局」 俺は死にたくなかっただけだから。飲み込んだ言葉は言わずとも自分が分かっているだろう。怖かったのだ。怖いのだ。死ぬのが怖い。心の底から愛して幸せにしようと思った相手が死んでも自分から死ねなかった。嫌だ苦しい寂しい辛いなんて思っても死ねなかった。言って欲しかったのは怖かったからだ。死にたくなかった。目を見開いた彼女が死体だったのが怖かった。嗚呼そうだ怖かったのだ。自分も同じになるのが。愛した彼女なのに。怖いから死ねなかった。死ねないのだ。単にそれだけだった。 死に損なって死にたくなくて。だから生きているだけ。彼女の分もだとかそんな崇高なものは存在しなかった。何処までも自分の為に存人は死ねなかったのだ。 「情けないですか。悲しいですか。良かったですね、俺。……自分を哀れむ程度には余裕があるんでしょう?」 微かに、本当に微かに喉の奥で嗤った。嗚呼本当に碌でもない。どうしようもない。それでも存人は自分から死ぬ事など出来ない。出来るのは一人は寂しいと呟きながら生きることだけだ。手元を見詰めた。沢山の目が自分を見ていた。安心した。そんな自分にまた微かに嗤った。 「――絶望の真似事は、楽しいですか」 ねえ、俺。答えは返らない。返せるはずもなかった。随分と幸せな絶望ですね、と呟いたのはどちらの自分だったのだろうか。 ● にこにこと笑う顔はまさに愛玩人形の様だった。彼は何があってもその笑みを崩さない。幸福そうにぬいぐるみを抱きしめて、大丈夫、平気だよと笑って見せるのだ。誰から見ても周りの人間に愛されている、幸せな子供であるように。誰より自分自身がそうであると信じ込んで。 「哀れな子。……貴方はそれでもそうやって笑うのね」 あの頃もそうだった。『星辰セレマ』エレオノーラ・カムィシンスキー(BNE002203)は小さく笑う。周りの貧困や圧制には目を塞ぎ、何も知らない顔で無邪気に綺麗事を囀った。夢を見るように目を細めて聞き分けよく幸福な少女の振る舞いを続けたのは、捨てられ同じ目に合うのが嫌なだけだった。哀れだ。幾らそうして笑っていても、未来の自分はもうその幸福な世界の中には居ないのに。 「……信じたくない?」 「何の話? 私、よくわからない」 それでも笑う顔を見詰める。母に嘘を吐かれた事。父が自分や母に本当は無関心であった事。忠誠を誓った国家に裏切られた事。長い間逃げ隠れしながら生き延び日々を過ごした事。愛おしい世界はもう何処にもない事。幸福である顔で笑うことが幸福な彼はきっと知りたくなんてなかっただろう。こんな未来しか、待っていないだなんてことを。 「ごめんね、でもこれが本当の未来」 今でも思い出せる。自分の為の嘘だと分かっていても、嘘を吐かれた事が悲しかった。共に死ぬことは出来なかった。ただの道具だと思われていたことに気付いた途端、大事だったはずの宝物も汚らわしく見えてしまった。その宝物さえ必要だったから与えられただけなのかと思った。国にとってさえ、本当に都合のいい道具でしかなかったのだと、気付いて絶望した。本当に何も残らなかった。 「……それでも、生きたかった」 嘘を吐かれても。愛するひとが守ってくれた命だ。ならば生きたかった。目の前の彼のようにではなく、自分で全てを選びたかった。己の選択で道を作りたかった。それは容易ではなく、己の胸を掻くものさえもなにひとつ捨てられないけれど。それでも、生きて、歩くことを決めたのは自分だった。誇れる過去ではないのだ。それでもそれを抱えて、エレオノーラ・カムィシンスキーとして生きると決めた。 道具ではなく、人として生きろと、言われている気がしたから。 「ねえ、私。貴方の世界が壊れてもあたしが生きているのは、」 本当なら閉じたまま、自分の棺桶代わりになるかもしれなかった幸福という名の世界を壊してでも、自分を生かそうとした人が居たからだ。そして、今のエレオノーラの選択を尊重して、愛してくれる人が居るからだ。自由という名の世界を得て、新しいものを得て。もう少しこのまま生きていこうと思わせてくれるものが沢山この世界にはあった。 「愛された分、返していきたいと思うから」 きっと人の一生じゃ足りないくらいの愛情を、自分の大切な人に返して生きたい。それは、とても幸せな事だと思うから。幸福を装う少女よりもずっと幸せそうに。エレオノーラは微笑んだ。 沢山の友人が死んでいった。目の前で。自分たちを守るために。フィクサードもノーフェイスも何人殺したかなんて覚えていない。そんな日々が辛いかと問われれば、『ガントレット』設楽 悠里(BNE001610)は迷わず頷くだろう。辛くない筈が無かった。 「ならなんでそんな事してるの? 僕は嫌だ、人なんて殺したくない……!」 「そうだよね。恐ろしくて嫌な存在だと思うよ」 自分がそうなるなんて考えたくも無い未来だろう。仲間を守るため、世界を守るため。そんな理由を掲げてはいるけれど、それは所詮理由に過ぎない。過去の自分から、普通の人間から見ればただの人殺しとなんら変わりない。怯えた瞳を見詰め返した。その視線が痛くない訳ではない。けれど、悠里はそれでいいと思っていた。 「いいんだ、君が僕を理解する必要なんてない、……いや、君が僕を理解出来る方が僕にとっては不幸だ」 だって、僕は間違ってるから。呟く言葉は重かった。本当なら、他にどうしようもないから、なんて、人殺しを受け入れるなんてあってはいけない事だった。わかっていた。それは、殺す側も殺される側もどうしようもない理不尽だった。掌を見詰める。己の纏う制服を見詰める。其処に込めた決意は、理由は、悠里を支えてはくれてもその行いを正当化してはくれない。 それでも、戦うのは仲間を守るためで。そして、この世界に住む、ごく普通の生活をする人々を理不尽から守るためだった。生と死の、日常と非日常の境界線に立って、悠里はその拳を振るうと決めたのだ。感謝される為ではない。頑張っていることをしって欲しいとも思っていない。ただ。 「普通に、理不尽を理不尽だって言える世界で幸せに暮らして欲しいんだ」 それが叶うなら、それだけでよかった。彼にとって自分が間違っていると思うなら、恐ろしくて嫌な存在だと言うなら、それでよかった。そうであって欲しかった。普通の人間が理不尽を、普通でない力を怖いと思えて、当たり前だ何て受け入れる事無く生きることが出来る世界を守る事が、今、どれほど傷ついても辛くとも悠里が戦い続ける理由だった。 「君が、普通の人が、僕を間違ってるって否定してくれるなら、……それが僕の望んだ、僕の幸せなんだ」 臆病な自分では何も守れないのなら。心を、力を、鍛えて前を見るしかなかった。辛くない訳じゃなかった。悲しくない訳じゃなかった。それでも戦うと決めたのは自分だった。否定の言葉が、非難の言葉が、どれほどこの胸に突き刺さろうとも戦い続けると決めたのは、自分だった。幸せだよ、と呟く。その幸せがもう、自分が愛した普通に戻れないことを示しているとしても。それでも、それでいいのだと、彼は少しだけ笑う。 遠くで光が見える気がした。鏡の割れる高い音。各々が出した答えを持ったまま、使い古された世界が終わっていく。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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