● 「――探しましたよ、アニキ」 提示された戦場。其処に現れたエリューションを討伐し終えた『家族想いの破壊者』鬼蔭 虎鐵(BNE000034)は、不意にかかった覚えのある声にその足を止めた。闇夜の向こう側。幾つかの足音と共に現れた顔に、僅かに隻眼が見開かれる。 「おや、どちら様かな? すずきさんフィクサード討伐があるなんて聞いてないよ?」 「用があるのはアニキ……鬼蔭 虎鐵にだけだ。邪魔さえしなければお前らに手は出さねぇよ」 軽さの中にも何処か剣呑さを含む『息抜きの合間に人生を』文珠四郎 寿々貴(BNE003936)の声にも、フィクサードは揺るがない。ただ真っ直ぐに虎鐵を見つめる視線を、『覇界闘士<アンブレイカブル>』御厨・夏栖斗(BNE000004)は遮るように前に出た。 恐らくはこの義父の昔馴染みだろう。自分と義妹の為に堅気に戻った彼を知るからこそ、笑みを浮かべた夏栖斗の瞳は笑っていない。 「悪いけど内容次第だ。アークのリベリスタに何の用?」 「リベリスタじゃねえ! アニキは俺達のアニキだ、剣林フィクサードの鬼蔭 虎鐵だ!」 返せ、と彼らは言う。恐らくは虎鐵の部下であろう彼らの瞳にあるのはリベリスタへの憎悪にも似た感情だった。その感情の理由を痛い程に知る虎鐵の表情が、僅かに曇る。知っていた。彼らと共に、何度も何度も戦ったのだから。 戦いだけを求め、只管に敵を殺す自分を兄と呼び慕う彼らの感情は恐らく最早心酔と呼ぶにふさわしいものだったのだろう。腰に下がる刀を、その無骨な指が撫でる。 「……悪いが、共には行けぬでござるよ。拙者はもう足を――」 「っ、そんな言葉は聞きたくないんです! どうしてそんなに腑抜けたんですか、……それが答えだって言うなら、『実力行使』をさせてもらいます……!」 さらさら、と。音を立てて空中に舞うのは真白い粉末。神秘を帯びるそれが瞬く間に周囲を濃霧で包んでいく中で、不意にノイズ音が響く。 『――聞こえる? 嗚呼、あんたらの現状は既に確認済みよ、予知が甘くてごめんなさい』 幻想纏いから流れる『導唄』月隠・響希 (nBNE000225) の声。何処か慌ただしい騒音を背景に、予見者は短く周囲を包む濃霧はアーティファクトだ、と告げた。 『識別名『蜃気楼迷宮』。粉末状で、空気中に散布する事でその効果を発揮する。その霧には二つの効果があるの。まずひとつ。強力な人避け効果。だから、まずそこに一般人は来ない。それは安心してくれていいわ。でも、二つ目がすごく面倒。 ……幻影が呼び出されるの。あんたら一人一人の心象に応じた、本人にしか見えない自分と同じ力を持つ幻影よ。しかも厄介な事に、こいつは普通に戦ってもまず勝てない。幻影に向けたつもりの攻撃が、味方に向くのよ』 「……けれど、対策はあるんでしょう?」 己の目の前で固まり始めた霧を見つめながら、『告死の蝶』斬風 糾華(BNE000390)の指先がそっと蝶を撫でる。対策がない戦場などある訳がない。固いながらも焦りはない予見者の声からも読み取れる打開策を問えば、勿論よ、と返る声。 『さっきも言った通り、目の前に現れるのはあんたらの『心象に基づく』幻影よ。だから、倒す方法を知ってるのも勿論あんたらだけって事。……気持ちを強く持ちなさい。 あたしにはあんたらの前に現れる敵がどんなものか分からない。だから、どうやってそれを超えるのか、それを倒さなければならないのは何故か、強く明確に答えを持って。それが打開策。それが強ければ強い程、幻影は力を失うわ。 此処からの仕事は二つ。まず、『蜃気楼迷宮』を破壊する事。これはあんたらの過半数が幻影倒せば最終的に壊れるから問題ない。もうひとつは――』 「フィクサード対応、だよね」 憎悪にも似た『自分』の視線を感じながら。『ガントレット』設楽 悠里(BNE001610)は短く呟く。霧の中で各々武器を構え始めたフィクサードの対処も勿論リベリスタに課された仕事だ。ええ、と短い返答と共に、微かに紙が擦れる音がした。 『ホーリーメイガス、クロスイージス、ソードミラージュ、プロアデプト。非常に統率のとれたチームね。……鬼蔭サンが知ってる頃よりも、強くなってると思う。 彼らの対処についてはあんたらに一任するわ。でも、まずはその幻影を突破して。当然敵は待ってはくれないけれど……それを壊さないと、ジリ貧だわ』 「おう、任せてくれよ。……単純でいいな、自分にも敵にも勝てばいい。喧嘩なんてビビった奴が負けるんだ――問題ねぇよ」 篭手と篭手がぶつかり合う音。『蒼き炎』葛木 猛(BNE002455)の瞳が目の前を見据える。気を付けて、と言う声と共に、再び途切れるノイズ音が何処か耳に張り付くようだった。 ● 目前に立つ敵は、まさしく自分でありながら、そうでは無かった。 「……お前か」 短く告げる虎鐵と同じ顔。けれどその優しげな笑みも、温かさも欠片も感じさせない顔が此方を見ている。戦いしか知らない存在。それでいいと信じる存在。求道者とも呼ぶべき戦いへの欲求だけで生きる、悪人。 返事など無いその存在を見つめる。その隣では、夏栖斗が己より幼い顔を見つめていた。幼い自分。義妹が自分を拾ってくれたばかりの頃の、思い上がり切ったその顔を覚えている。 「僕はもうそんな風じゃないけどね。……情けないな」 随分と手に馴染んだトンファーを握る。その耳を打ったのは、ざり、と猛の足が地面を踏みしめる音。あまりに今の自分とかけ離れた、邪悪な笑みを浮かべる同じ顔と向き合う。否。余りにもかけ離れてはいないのかもしれなかった。ありえた、もしもかもしれないのだ。 「裏野部フィクサード、葛木 猛。今すぐお前を殺してやるよ!」 「……上等だ。自分との戦いなんて乙なもんじゃねえか」 そんなもしもと向き合うのは猛だけではない。寿々貴もまた、酷く加虐的な笑みを浮かべる自分と向き合っていた。やれやれ、と呆れた様に肩を竦める。 「すずきさん、そう言う趣味は無いんだけどなあ」 細い溜息。その彼女の視線の先では、悠里の肩が僅かに震えていた。もしも。何より起こってほしくないもしもが其処にあった。もし、あの大事な彼女を、護るべきまだ小さな手を護れなかったとしたら。きっと自分は自分を憎む。その弱さを呪う。 強くなりたかった。それは今でも変わらない。けれど、今のままでは甘いのだと目の前の顔が告げた。 「……甘いんだ、そのままじゃその所為で仲間を殺す」 殺される前に殺すのだ。奪ったものを奪う。ただ只管に護ると言う気持ちが歪んだ自分は、もう境界線を名乗れない。見つめる。握り締めた篭手が軋む。その横で、立ち尽くす糾華の表情は長い髪に隠されて伺えない。 酷く幼い少女の顔。着古した安っぽい服でも、寂しさにその瞳を歪めていても。その顔は自分のものだった。覚えている。両親を目の前で失い、誰もかれもが自分を死神と呼びたらいまわしにしていた事を。孤独だった。彷徨う街も、自分には優しくなかった。 其処にあるのは、各々が乗り越えるべきものだった。武器を抜く音がする。深い呼吸音がする。全力で此方に挑まんとするフィクサードも見据えながら、リベリスタの戦いは始まろうとしていた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:麻子 | ||||
■難易度:HARD | ■ リクエストシナリオ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年03月06日(木)22:48 |
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■メイン参加者 6人■ | |||||
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● 「テメェ等の相手は俺だ。分かってるんだろ? 剣林は戦って語るもんだ。テメェ等が昔の俺を取り戻したいって言うのであれば俺をぶっ殺してみせろよ」 何も言わず動き出そうとした敵を止めたのは、やはり『家族想いの破壊者』鬼蔭 虎鐵(BNE000034)だった。己の幻影を見据えながら、小さく任せてくれ、と告げた彼の後方。 「おーおー、敵が悠長に待ってくれる訳がねぇよな。ま、お前らの相手は旦那だ」 彼らには彼らの思惑があるように。自分にも自分の想いと、為すべき事がある。素早く敵を遮るように立ち、けれどその瞳は己の幻影に向けた『蒼き炎』葛木 猛(BNE002455)は深く、息を吸い込んだ。戦うべきは自分だ。生憎負ける心算も無い。そうであるのならば、この状況も喧嘩を面白くするには悪くない趣向かもしれなかった。なんの躊躇いも無く此方へと拳を叩き付ける自分を見詰める。 「もっとだ、拳と拳をぶつけて殺し合う、それ以外なんていらねえよ!」 「……確かに俺はテメェ程純粋に戦いを楽しんでるたぁ言えねぇかも知れねえ」 己の拳をぶつけても、勢いの乗ったそれが頬を裂く。滴る血を拭った。それは、ある意味で当たり前の事だった。今の自分には、戦い以上に大切なものが出来てしまったのだ。それを守りたくて、それを悲しませたくなくて。殴り合うだけをすべてにするなんて出来やしない。そもそも、何事も須らく一番である事など、自分には到底出来やしないのだ。一番は一つだった。葛木猛と言う人間は、不器用なのだから。 拳を握る。目の前の自分の人生も恐らくは一つの道だった。けれど其処では手に入らなかったものがあった。自分にとっての一番。何よりも胸を張れるものは何なのか。戦う腕を鈍らせると目の前の自分は笑うだろうけれど、何より自分を支えるものを、猛は知っている。持っている。人との絆。失ってもう得ることも無いと思った守るべきもの。胸を過ぎる笑顔に、背を押される気がした。 「そいつを真っ向から否定する奴には負けられねぇ! 爺ちゃんと婆ちゃんが教えてくれた事を忘れたテメェになんざ、負けられねえんだよ!!」 欲しかったものをくれた人が居た。けれど、それはまた失われた。その時の痛みを覚えている。けれど、それ以上に思い出すのは、自分を今の自分にしてくれたのは、失ってしまったひとがくれたものだ。目の前の自分はそれを思い出せなかったのだろう。指先で雷光が爆ぜる。そのまま一気に踏み込んだ。 「もう一度立ち上がることが出来なかったテメェに俺が負けてたまっかああっ!!」 叩き付ける。凄まじい音を立てて爆ぜる紫電の向こうで、幻影が掻き消えたのが見えた。 人を殺す事で正義になること、否、人を殺せねば正義など名乗れない事を知る人間はどれ程いるのだろうか。武器を持つには覚悟が必要だった。得た力を使うのにも、一撃で容易く命を奪いかねない拳を振るう事にも、覚悟が必要だった。綺麗な言葉と綺麗な手では正義の味方にはなれないのだと、遠い日の『覇界闘士<アンブレイカブル>』御厨・夏栖斗(BNE000004)は知らなかった。 人外を狩る事で、自分を絶対の正義だと思い込めた。自分は強いのだと疑いもしなかった。覚悟など無かった。その拳で奪う事になるものの重さを、知らなかったのだから。 「――いいか、正義を貫くには覚悟が必要なんだ」 漏らした声は重かった。馬鹿にするように肩を竦めた自分の拳を、何度も傷を負い、それでも届かなかった腕で、身体で受け止める。自分と同じ力の筈は、けれど酷く軽く感じた。きっとその手に伝わるであろう、人を殴る感触。自分と同じものを殴るのは初めてか、と、夏栖斗はその金色を細める。 どれだけ正義を気取ろうと、その手は必ず汚れる事になる。綺麗事だけでこの世界は出来ていないと気付いてしまう。世界は何時までもヒーローごっこを許してはくれない。 「分かってるはずだ。お前は目の前の敵の僕ですら殺す覚悟はない。……人とは違う形の何かを狩って、いい気になって、人殺しから逃げているんだ」 「そんな事ない、僕はお前だって倒せる力がある、僕は正義の味方だ!」 闇雲に振るわれる拳も受け止める。力は手に入っただろう。磨き上げたそれは、今の自分にとっても大きな武器だ。けれど、その力が正義では無い事を、今の夏栖斗は知っている。正義とは覚悟の思いだった。奪い奪われ、この手を汚し、誰に何を言われても己が信じるべきものを、護るべきものを護る為に振るうのが力だ。力なき正義は無力だけれど。覚悟なき正義は無意味だった。 「僕は、決して強くない。でも」 殴られる痛みより、背負い続ける痛みの方がずっと痛かった。戦う程に手は汚れ、その度に心は軋んで。けれど、それで正義の味方である事をやめるほど弱くはなかった。鉄は鍛えれば鋼に変わる。強くなると決めたのだ。本当の意味で。もう、喪わない為に。視線がぶつかる。怯えたように、手が止まるのが見えた。 「僕はもう、目を背けない!」 全力で一発。握り込んだ拳が自分だったものを突き抜ける。 奪われたくないのなら。力を示すしかないのは世の常だ。強ければ、敵を皆殺しにしてしまえば、この手から大切なものは滑り落ちない。喪失の痛みを知りたくないのなら力は必要だった。『ガントレット』設楽 悠里(BNE001610)は知っている。目の前の自分はそれを信じぬいた形だった。けれど。それは、その先には、悠里の望む幸福はないのだ。握った拳と共に、白銀のガントレットが僅かに軋む。力は必要で、けれどそれだけでは何かを守るなんて出来やしない。 「君は、大切な人が生きているだけで良かったの?」 「そうだ、お前みたいな甘さが仲間を殺す、強ければ、敵を殺せば何も――」 「――そうじゃなかったよね」 遮る声は何処までも静かで、重たかった。突き出された掌から爆ぜる雷が激しく身を焼く。競り上がる血の味。眩暈にも似た感覚と共に削れる運命の気配。何度も味わったそれに耐えられるのも、こうして武器を握るのも。ただ大切な誰かを生かすのではなく、その幸福を守りたいが故だった。それでどれほど自分が普通から離れても、悠里は武器を離さないと決めていた。もう何も諦めないと決めていた。きっと、目の前の自分よりこの手は力が足りないのかもしれない。けれど、それならどこまでだって強くなって見せればいい。力だけではなく、心も。命と幸福を守る為の、世界の理不尽との境界線として。纏う制服の胸元を掴む。 「でも、1人でやるんじゃない。皆でやるんだ。誰も置いて行ったりしない……皆で、幸せな未来を作る」 それが難しい事を、大変な事を知っていた。それでも、それが悠里の心からの願いであるのだから。殴りかかってきた拳を受け止めた。氷の破片が散る。痛かった。それでも前を見て、同じ色の瞳に、憎しみに染まったそれに、帰るんだ、と小さく囁いた。この自分の傍にはもう、己を愛してくれた少女も、守るべき小さな手も無いのかもしれないけれど。それでも、悠里を呼ぶ仲間は絶対に存在しているはずだから。 「……次こそ、守り切れ」 視界を焼くほどに、篭手が鮮やかな白雷を纏う。音も無く突き出されたそれが、周囲の霧ごと白く染めた。 ● ぽたぽたと、鮮血が張り付く髪を伝って落ちていく。燃え飛ぶ運命の気配と、赤く濁る視界の向こうに見える、俯く子供。懐かしい、と思わず漏れた言葉に『告死の蝶』斬風 糾華(BNE000390)は微かに笑った。過去に囚われているのは自分も同じだ。着古した子供服。覚えのある顔。どこかやつれ孤独の滲むそれは、幼子にはあまりに不似合いだった。 「実際目にしてみると、ひどい格好してるわ。――×× ××」 片時も忘れたことなんてなかった。ずっと、胸の奥の何処かを翳らせる存在だった。哀しみも、惨めさも、ありありと思い出せる――なんて、嘘だ。忘れた振りをしていた。否。本当に忘れていた事だってあったかもしれない。此処は幸福だった。優しい手が幾つもあった。自分は、愛されていた。だから。あの日胸を満たしていた哀しみも惨めさも忘れた顔で笑うから。今になって、『彼女』は自分を見詰めるのだ。悲しいと、忘れないでとただ只管に。 「……大丈夫よ」 そっと胸元を押さえた。纏う服は自分の好きな、ずっと綺麗なものになって。そのままの自分を愛してもらえて。でも、それでも、忘れてなんて居ないのだ。目を逸らしてなんかいない。強がりではなく、今の糾華にとって、過去は忘れるべきものではなかった。前に歩いていた。少しずつでも。自分を愛してはくれなかった叔父や叔母への恨みが無いわけではない。あの悲しみは消えてくれない。それでも、それに囚われて足を止めたくは無かった。必死に此方へと刃を向ける少女を見詰める。 「私は、貴女と、嘗ての私と一緒に明日へ行く。……だからね、私の大事な人達に、全部、伝えたいと思っているの」 胸にひた隠しにしたもの。かつての事も、今のこの思いも、両親の事も。もちろん、斬風糾華じゃない、本当の自分のことも。言えなかったことも言わなかったことも全て話したかった。話せると思った。そんな人たちが、今の自分の傍にはいるから。大丈夫だと、糾華は手を差し出す。 「その為には、貴女と……私と一緒じゃないとダメなの。だから、」 一緒に行きましょう? その声に、目の前の瞳が大きく見開かれて。僅かな間と共に、そっと伸ばされた手が糾華の手へと重なった。 「倒せ、って言われてもね」 困ったな、と呟いて。周囲を舞う仮面を介し、強力な癒しの烈風を齎した『息抜きの合間に人生を』文珠四郎 寿々貴(BNE003936)は此方へ迫る自分を見詰め首を傾げた。飛んできた仮面が頬を裂く。痛かった。僅かに表情を歪めれば、目の前の同じ顔が歪に笑う。嗜虐性。自分が持ち合わせないものだった。この手は人を傷つける術を持たない。綺麗な言葉を並べたいわけではなかった。ただ、怖いのだ。殴ったり、傷つけたり、殺したり。それを行う仲間を横で手伝う事はようやく平気にはなってきたけれど、自分では到底出来そうに無かった。嫌だった。寿々貴の精神はまだ普通の女性のそれに近いのかもしれなかった。掌を見詰めて、もう一度、同じ顔を見詰めなおす。 「……しかし、キミも大変だね」 その手が持つ力に対して、その精神の在り方はあまりに歪だった。誰かを支えるためにあるはずの力を、誰かの痛みを見るために使うだなんて。酷い矛盾だった。けれど、それもきっと、誰かとどんな形でもいい、繋がりが欲しいと願った末に生まれてしまった歪みなのだ。自分でありながら自分ではないその気持ちが、少しだけ見えるようだった。此方を攻撃する手は震えていた。殴る事は怖くて。けれど此処には自分と彼女しか居ない。痛み苦しむ顔を見たいのならばその手で敵を傷つけるしかない。困ったね、ともう一度だけ呟いて。寿々貴の足が前に出る。 「何と言うか、今にも泣きそうじゃないか。……おいでよ」 抱き締めてあげる。ただ、仲間を癒すための力だけを戦場に齎す彼女が両手を広げる。学んだ事が幾つもあった。その全てで、もしもの自分の事さえも理解して、受け止める。それが寿々貴の示す答えだった。大丈夫、とその唇が何時もの、否、それよりも何処か穏やかな笑みを浮かべた。今は幸せだった。時々死にそうにもなるし、戦いの場に立つ事が平気になっても何も感じなくなることはきっと無い。それでも、自分は今、割りと幸せだと笑うことが出来るのだ。同じ顔の彼女に、この幸せを分けてあげることができるくらいには。 「ひとりぼっちは、寂しいものね。終わるまで一緒にいよう」 倒せなくてもいい。目の前の自分は打ち勝つべき敵ではなかった。同じ顔の、誰かを求めていたもしもの自分だ。そっと、思っていたより細い肩を抱き締める。大丈夫、と囁いた彼女の背に、震える手が添えられた。 口内に広がる鉄錆の味がただただ生々しく。本来ならば途切れるはずの意識を繋ぎ止めた運命の気まぐれは、虎鐵の意志が引き寄せたものであったのだろうか。嘗ての部下の攻撃を全て請け負い、己の幻影とも向かい合う彼は常に満身創痍に近かった。その目の前で、傷一つ無い自分が此方を見下ろす。その顔には何も無い。敵を倒す喜びさえ無いのだ。只管の、無表情。嗚呼、こんなにも詰まらない人間だったのか、と思わず苦笑した。 守るべきものなど一つも無く。全てを壊し奪いただ強さを求めるだけ。人として欠けていた自分に、この世界に、色をつけて沢山のものを与えてくれたのは間違いなく、大切な子供たちだった。失ったはずの家族を得た。冷え切った感情が戻ってきた。守りたいと思えた。温かかった。また、笑えるようになった。切ないほどに幸福な日常を得た今の自分はけれど、目の前の自分でなくなった訳ではない。根底は同じだった。何を得ても、何を失っても。虎鐵は虎鐵だった。受け入れよう。刃を引き抜く。前を見据えて、浮かんだのは笑みだった。今の自分の原点は彼で。今の自分の切欠を作ったのもまた彼であった。だから。 「……こんな事言うのもあれかもしれないでござるが」 あの時あの娘を助けてくれてありがとう。その声と共に一閃。晴れた霧の向こう、此方を苦しげに見詰める部下の顔を、一つ一つ確認する。僅かに、溜息を漏らした。 「辰雄、アキラ、弘道、海斗……久しぶりだな」 アニキ、と呼ぶ声に首を振る。語る言葉は持ち合わせていなかった。戦え。その意志を察した部下の攻撃は重い。ケジメだった。自分等忘れて生きて欲しい。胸を掻く情に刃は鈍りそうで、けれど報いる為にとその手に力を込め直した。 ● 「男って、どうして不器用なのかしらね」 小さく呟く糾華が首を振る。この戦いは、きっと彼等にとって必要な事なのだろう。本当なら、叶うのなら、彼等にも彼の選んだ道を認めて欲しかったけれど。遠い日のままなんて有り得ないのだと、彼等はきっとどうしても受け入れる事ができないのだろう。その声にそうだね、と苦笑した寿々貴は、彼等に言葉を向けようとは思わなかった。誰かを大切に思うことは素敵なことだけれど、彼等のそれは少しだけ違っている、なんて。言葉はきっと無粋なものになってしまうだろうから。 「全部吐き出して、受け止めてもらうといい」 自分がするべきは、やり過ぎないように支えるだけだ。そんな彼女の回復を得ても、虎鐵の劣勢は目に見え始めていた。叩き付けられた刃に、その膝がぐらつく。そろそろか、と身構えた仲間より一歩早く。その身を滑り込ませたのは夏栖斗だった。 「あー畜生! ボコられんの見てられっか、このバカ親父!」 差し出したトンファーが刃を弾く。背に庇った義父に視線を投げてから、夏栖斗は剣林へと向き直る。其処をどけと言わんばかりの視線にも一歩も引かず、彼はその両手を広げる。 「あんたらにとってこいつが大事なのと同じ位に、僕にとっても大事な家族なんだ! 連れてなんかいかせねぇよ。こいつはもうリベリスタだ」 「その通りだ。悪いが旦那を連れて行かれる訳にゃいかねえんでな」 猛が前に出る。その横に痛む身体を引きずって並んだ悠里の瞳にあるのは怒りだった。悠里は過去の虎鐵を知らない。けれど、リベリスタである彼を知っていた。足を洗って一生懸命一人の少女を育てた事を知っていた。それが、どれほど大変な事なのかも、勿論の事。 「腑抜けた? そんな事無い、虎鐵さんはお前らが知ってる時よりずっと強い!」 「それでも、俺達にはアニキが必要なんだ! 認めたら俺達はどうすりゃあいいんだよ!」 激情をぶつけるように。向かってきた刃を、拳を、受け止め殴り返し。ふらついた悠里を素早く糾華が後方へと引き寄せる。猛の足が強引に間合いを詰めて。圧倒的連続格闘が敵の膝を折る。共に戦ってくれる仲間を、家族を、自分を只管に慕ってくれる部下を見詰めた。零れる血が、負った傷が、目の奥が熱くて、酷く痛むようだった。限界を超え膝をついた虎鐵は、向けられた刃にそれでも首を振る。 「アニキ、戻って来てください、俺達を褒めてください、俺達のアニキはあんただけなんです……!」 「……やるようになったじゃねぇか。テメェ等はもうひよっ子じゃねぇんだよ。何時までも俺に縛られてる必要なんかねぇ」 守るべきものが出来てしまった。違う強さを手に入れた彼は、もう昔には戻れない。いい加減一人立ちしろ、なんて。身勝手で、けれどもっと早くに必要だったはずの言葉を向けた。突きつけられた刃が震える。答えは変わらない。震えた深い深呼吸の後。そっと、刃が収められる。帰るぞ、と短く告げられた声。仲間同士支え合い、踵を返した彼等はけれど一度足を止めて。 「――ありがとうございました。お元気で」 短い声。深々と頭を下げて、そのまま暗闇へと消えていった背を見ながら、言葉を発する者はいない。ただ無言で差し出された夏栖斗の手を取った虎鐵が何か言う前に、へらりと何時もの笑みを浮かべたのは寿々貴だった。 「ひさびさにキリリとしてるとつかれるわー。虎鐵さーんケーキ焼こうぜー手伝うからさー」 「……ああ、そうでござるな、疲れた時は甘いものでござる」 何処か震えた声を支えるように、仲間の手が背を叩く。白み始めた空を背に、帰る場所は今日も同じだった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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