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<イデア崩壊>勇者、そしてあなたという悪の誕生

●勇者イデアと仕組まれた悲劇
 目覚まし時計のアラームを聞いて少年は目を覚ました。
 時計を早めに設定しているのは知っている。
 それでも重いまぶたを今一度閉じようとしたその時、彼の掛け布団が引きはがされた。
「お兄ちゃん。いつまで寝てるの! 早く起きて!」
 冷たい外気に晒されて、少年は渋々身体を起こした。
 彼よりも一回り小柄な少女が、薄っぺらい粗末な掛け布団を抱えて立っている。
「今日はお仕事の日でしょ? 寝坊なんてしたら、またクビになっちゃうよ」
「クビになったことなんてないよ。俺がこの辺じゃ一番腕が立つの、知ってるだろ」
 布団を取り返して足下に置くと、少年はベッドサイドにかかった革の上着を羽織った。
「おはよう、エイス」
「おはよう、イデアお兄ちゃん」
 髪は銀色。二人とも髪は短く切っている。
 それでも綺麗な色つやだった。
 少女エイスは微笑み、つられてイデア少年も微笑んだ。
「作ったの、行きがけに食べて」
「サンキュ」
 エイスが突きだしてきたランチボックスを受け取って、イデアは鞄に詰める。
 古びた革の鞄だ。
 何かのロゴマークが描かれていたように見えるが、かすれて見えない。
 そこへいくつか道具を放り込んでから、金属製のロッカーへ向かう。
 粗末なスチールロッカーだ。所々さびている。
 鍵を開けて、銀色の柄がついた片手剣を取り出した。
 一緒に数本の投げナイフを取り、ジャケットの内側に仕込む。
 その様子をエイスはどこか不安げに見つめていた。
「今日も魔物退治なの? あんまり危ないことは……」
「何度も言わせるなって。大丈夫だよ。今日はただの護衛だし。払いも良かったんだ」
 腰に剣をさし、玄関へ向かう。
 ついてくる妹の足取りは遅い。
 右足を軽く引きずるような動きだ。
 見る者が見ればわかっただろう。彼女の右足は膝から先がなく、木製の義足を備えていることに。
「いってらっしゃい、お兄ちゃん」
「ああ」
 扉を開ける。
 スチール製の、これもまた錆びた扉だ。
 目の前に広がるのは、無数の高層ビル。
 彼は高層ビルの群れと自らの住むぼろけた木造アパートを見比べて、何度目かのため息をついて扉を閉めた。

●絶対介入棺『D-X-M』
 あなたは独立神秘機関アークに所属するリベリスタである。
 フォーチュナの案内によって東京地下四百メートルの隠し階へと訪れたあなたは、ある部屋へと通された。
 そこは最低限の換気装置と裸電球だけが備え付けられたコンクリート壁むき出しの部屋である。
 奇妙なことに部屋の形は正六角形。そして更に奇妙なことに、中心から外側に向かって放射状になるように十の棺が並んでいた。
 眼鏡をかけた男性のフォーチュナは、あなたのリアクションを無視して話を始めた。
「現在、東京をはじめとするいくつかの箇所にバグホールが開いています。ブレイクゲート担当者を派遣して穴埋めを行なっていますし、それで事足りる程度のごく微量な数ではありますが……これが一定の速度で増加していることがわかりました。発生率と発生範囲は徐々に増大し、このまま放置すればいずれ手に負えない量の穴が空くでしょう。要するに――」
 眼鏡のブリッジを指で押す。
 電球が明滅し、彼の目元が反射の光に隠れた。
「世界が崩壊するのです」

 あなたと一緒にここを訪れていたリベリスタのひとりが、穴の発生原因をたずねた。
「原因の特定は済んでいます。そうでなくては、貴重なあなた方を呼びつけませんよ。かの世界を『イデア』と、我々は呼んでいます。勝手な呼称です。かの世界に物質はなく、時間もなく、空間もなく、名前も存在しませんのでね」
 物質も空間もないような世界を世界と呼べるのか。誰かがそう言った。
 あなたも同じように述べたかもしれない。
 フォーチュナの男は。
「あるのは事象の連続のみ。いえ……物語のみと申しましょうか。いわば『物語の世界』なのです」
 と、述べた。
「『イデア』は他チャンネルの常識を飲み込み、自らの物語に変えて消化していきます。物語は幾度も終わっては始まりを繰り返し、その規模を広げていきました」
 部屋に並んだ棺の列をまたぎながら、彼は語る。
「そのひずみがバグホールとなって、この世界に空いているのです。ええ、この世界が喰われているんですよ。許せないことです、ええ実に」
 明滅する電球。
 回る換気扇。
 反響する靴音。
「しかし。物語にある条件を加えることで、物語のサイクルを崩壊させることができるのです。この世界を救うことができるのです」
 どうすればその条件とやらを加えられるのだ。
 と誰かが言った。
 靴音が止まる。
 部屋を一周し、全ての棺をまたぎ終えて。
「アーティファクト、絶対介入棺。別名機械仕掛けの神。かのイデアに被験者自らの存在を飲み込ませ、世界という歯車に混ざり込む道具です。こちらにそれが、十台ございます」
 部屋の中心に立ち、彼は言った。
「あなたはかの物語の一部となり、世界を崩壊させるのです」
 十の棺が。
 全て一斉に開いた。
「世界を救い、世界を壊しましょう。一眠りのうちに」


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:八重紅友禅  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ EXタイプ
■参加人数制限: 10人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2014年03月05日(水)22:47
八重紅友禅でございます。
こちらは三本制パッケージシナリオとなっております。
注意事項をよくお読みになり、ご参加ください。
くれぐれも読み飛ばしや趣旨の誤解当ございませんようお気をつけくださいませ。

それでは、介入手続きを行ないます。

●絶対介入について
 棺で一眠りする間、時間軸や世界軸を超え、あなたは物語世界『イデア』に介入することができます。
 『イデア』でどれだけの時間が経っていたとしても、こちらの世界においてあなたは一眠りしただけの時間で済むのです。
 あなたは『イデア』において、あなたの望んだ立場、望んだ運命につくことができます。
 主人公と古くからの親友。いいでしょう。
 町を納める長。いいでしょう。
 世界を破壊して回る魔王。可能です。
 立場と運命はあなたの全てに影響します。強大な力を持った武器を備えていてもよし。あなたの能力を格段に強化していてもよし。逆にあなたを貧弱にすることもできます。
 当然周囲の人間もその運命に巻き込まれます。あなたの一存で動く国民。あなたの命令ひとつで死ぬ家臣。あなたに従属する女奴隷。なんでもあなたの思うままです。
 しかしくれぐれもお忘れ無きように。
 この世界は物語であり、主人公の存在を中心に生成されています。よって主人公と最後まで関わりの無い人物として登場することはできません。
 そして最も肝心なこととして。
 もし一定期間中に世界の崩壊が間に合わなかった場合。
 あなたは決して少なくない量のフェイトを喪失することになるでしょう。

●現在の『物語』について:第一段階
 主人公イデアが大きな功績を納め、そして深い絶望に落ち、絶望の勇者として目覚めるまでの物語です。
 この第一段階として、あなたは物語の一部に溶け込んでください。
 役割、その上での行動、すべてあなたの自由です。
 ただし物語上に以下の要素を必ず含んでください。

 ・勇者イデアが悪への強い憎しみを得ること。
 ・勇者イデアが深い絶望と苦しみに落ちること。
 ・勇者イデアに正義(自らが正しいという絶対的な確信)を持たせること。
 ・勇者イデアが強大な悪を滅ぼすこと。
 ・勇者イデアが物語終了時において生存していること。(心臓が動いていればよしとする)
 ・勇者イデアがこの世界の仕組みを決して理解しないこと。
 ・それらの出来事がイデア時間で一ヶ月の間に収まること。

●主人公イデアと世界状況について
 彼の運命を操作することが近道になるでしょう。
 イデアには一人の妹がおり、名をエイスと言います。
 彼女は右足をなくしており生活に不自由していますが、兄が魔物討伐を続けることで生計を維持しているのです。
 親は物心つく前からおらず、彼らはかつて里親によって育てられていました。

 この世界は現実世界(イデアと区別すべくこう仮称します)の常識を元に構成されています。
 よって東京に似た都会が形成されていますが、過去に大きな神秘性かつ大規模な災害及び人災が起き、政治体制をはじめとする社会システムは著しく崩壊、神秘の存在は人々の知るところとなり、エリューションが頻繁に発生しています。主人公はこのエリューションを討伐することを生活の糧としています。
 (注意:現実世界に実在する人物は、あなたがた十名を覗いて誰も物語に登場しないでしょう。彼らはイデアに呑まれていないからです)

●パッケージ・シナリオ(β)
 このシナリオはパッケージ・シナリオです。
 このシナリオは一話毎にEXシナリオとして扱われ、参加時必要LPは三回分(550LP)となります。予約に必要なLPは別途です。(後編の現時点ではLPはかかりません)
 パッケージシナリオは参加者が固定され、後編シナリオが公開された時、自動的に前回参加者が確定します。又、途中で抜けられません。
 今回のシナリオには『隔離処置』が発生しません。但し、シナリオによってはこの処置が適用される場合がありますのでご注意下さい。
 パッケージ・シナリオはリプレイ公開時より原則三日以内に次回オープニングが公開されます。次回オープニングが公開されるまでの期間に他の依頼に参加し、参加数が『3』になった場合もパッケージシナリオが公開された場合は『4』本目として自動参加となります。

 以上で介入手続きを終わります。
 これ以降の物語を、あなたが選択してください。
参加NPC
 


■メイン参加者 10人■
ジーニアスナイトクリーク
星川・天乃(BNE000016)
ハイジーニアスデュランダル
雪白 桐(BNE000185)
ハイジーニアスデュランダル
真雁 光(BNE002532)
ハイジーニアススターサジタリー
白雪 陽菜(BNE002652)
ジーニアスダークナイト
蓬莱 惟(BNE003468)
メタルフレームダークナイト
鋼・剛毅(BNE003594)
ヴァンパイアクリミナルスタア
遠野 結唯(BNE003604)
アークエンジェソードミラージュ
セラフィーナ・ハーシェル(BNE003738)
ハイフュリエミステラン
シィン・アーパーウィル(BNE004479)
フュリエソードミラージュ
フィティ・フローリー(BNE004826)

●シークエンス
 介入手続きを行ないます。
 存在固定値を検出。
 ――『無軌道の戦姫(ゼログラヴィティ』星川・天乃(BNE000016)、検出完了。
 ――『未固定』雪白 桐(BNE000185) 、検出完了。
 ――『勇者を目指す少女』真雁 光(BNE002532)、検出完了。
 ――『三高平の悪戯姫』白雪 陽菜(BNE002652)、検出完了。
 ――『ナイトオブファンタズマ』蓬莱 惟(BNE003468)、検出完了。
 ――『疾風怒濤フルメタルセイヴァー』鋼・剛毅(BNE003594)、検出完了。
 ――『アヴァルナ』遠野 結唯(BNE003604)、検出完了。
 ――『エンジェルナイト』セラフィーナ・ハーシェル(BNE003738)、検出完了。
 ――『桃源郷』シィン・アーパーウィル(BNE004479)、検出完了。
 ――『未固定』フィティ・フローリー(BNE004826)、検出完了。
 世界値を入力してください。
 ――当該世界です。
 介入可能域を測定。
 ――介入可能です。
 発生確率を強制固定。
 宿命率を固定。
 存在確定情報の流入を開始。
 ――確定完了。
 ようこそ。今よりここはあなたの世界です。

●序章第一節 『これ』と名乗った騎士
 これは騎士である。
 騎士であり、剣であり、盾である。
 リベリスタの青年イデアに命を救われて以来、これは彼の剣となり、盾となった。
 人を信じることの難しいこの時代に、信じる人がいることの喜びを、これは感じている。
「イデア殿。ここで間違いないのか? これには、このがれきの山が古代遺跡などと言われても、正直信用ならないのだが」
 鉄骨とコンクリートの積み重なったがれきを自力で押しのける。
 同じように鉄骨を持ち上げていたイデアが、眉間に皺を寄せて言った。
「結唯さんの情報だぞ。情報がデマだったとしても、あの人が意味の無いことを言うはずない」
「……む、それは失礼をした。イデア殿の育て親が述べたこととあらば、信用しないわけにはいくまい」
 遠野結唯。素性のはっきりとしない情報屋だが、イデア殿を育てた人間となれば信頼するに十分な理由である。彼がこれだけ信頼を寄せていることも、もちろん理由にあがる。
「しかし、『伝説の聖剣』だなんてロマンがあるじゃないですか。ボク、そういうのには憧れますよ!」
 首の取れた彫像を引きずり出しつつ、光殿がきらきらとした顔で笑った。
 イデアの友だという彼女は、彼と日々腕を磨きあい、お互いを高め合う仲にあるという。羨ましい限りである。
 これなど、こうしてついて行くのがやっとだというのに。
「なんでもいいですけど、ガセならガセでそれっぽい財宝かなにか仕込んで置いてくださいね。ここまでコストかけてお流れしたんじゃ仕事になりませんから」
 後ろの方では、雪白という記者が瓦礫に腰掛けていた。
 スクープの臭いをかぎつけてやってきたというが、正直綺麗な仕事をする人間には見えぬ。
「そう思うんなら手伝ってくれよ」
「イヤですよ。記者は足で稼ぐもの。腕は使わないんです」
「あんなヤツ連れてこなければよかったんですよ、もう」
 床のホコリを払いのける光殿。その下にはマンホールのようなものがあった。
「イデアさん! 見つけましたよ、情報にあった『虹模様の蓋』!」
「でかした、光!」
 イデア殿は蓋へ飛びつくと、手元のスケッチと蓋の模様を丁寧に見比べた。
 蓋の上についた蓋(もはや言葉として成立していない)を剥がし、古びたボタン式ナンバーロックをメモに書かれた順番に押していく。
 ガチンという重い金属音が鳴り、光殿とイデア殿は顔を見合わせて笑った。
 ふと後ろを見れば、雪白が嬉々とした表情で手帳にペンを走らせている。
 おそらく今の状況を何重にも脚色して記事に仕立て上げるのだろう。
「白雪、イデア殿の害になるような記事を書いたら、貴様の首をはねるからな」
「おーこわいこわい。心配しなくてもプライバシーは全力で保護しますよ。そういうお約束じゃないですか」
 ひらひらと手を振る雪白。
 剣の柄にかけた手を、これはゆっくりと離した。
 記者の述べる『プライバシー』など、政治家の唱える『誠意』くらいに信用がならない。だがそこを突こうとすれば思ってもみない方向から撃たれることになる。それは記者のプライバシーと政治家の誠意に共通するところである。
「せいぜい貴様の誠意に期待するまでだ」
「ええもちろん。誠意をもって接しますとも」
 ボイスレコーダーを翳して見せる雪白。
 最新型の機材だ。音声の方向や距離だけでなく、周辺の光情報を認識して立体的な映像記録までもを可能としたモデルだと、聞いたことがある。
 昔では考えられない技術だが、社会のインフラが電力から魔力に切り替わってから、様々な技術が革新されたがゆえのものだ。
 これの剣や盾もまた、そういった魔力の力によって生み出されたアイテムである。
 銃を撃つよりもずっと現実的で効率的な武器が、まさか剣になろうとは。
 ついでに言えば都心の魔力炉施設で働く人間は特権階級もかくやという暮らしぶりをしているらしいが、これの関わる世界ではない。
 そうこうしていると、後ろから声をかけられた。
「コレ、キリ! 地下通路が開いたぞ! こっちに来てくれ!」
「今行く、イデア殿」
 これは雪白に殺意のサインを送ってから、イデア殿の後を追った。

●第二節 ミルキーウェイの無法者
 古今東西、私を縛るものは何も無い。
 重力。法律。約束事。
 全てを払いのけ、突き破り、切り捨ててきた。
 これまでもそうだったし、これからもそうだ。
 それは国立博物館の地下に封印された隠し大金庫の壁だって、例外じゃない。
「アマノ……こんなところで何してるんだ」
「何をって? 仕事、だよ」
 上下逆さになったイデアが、私を見つけて驚いた顔をした。
 いや、逆さになってるのは私の方だ。だから、驚いてるんだね。
 彼の手は剣の柄にかかっている。
 私が敵か味方か、判別しかねてるんだろう。
 なら教えてあげなきゃいけないね。
 饒舌に喋るのは、正直に言って苦手だけど。
「イデア、安心していいよ。『今回は』味方だから」
「それは仕事内容を確認してからだ。俺は地下に眠る聖剣を探しに来たんだ。それを欲しがってる人がいるから」
「高い値で、売れる。そうだね?」
「本当にあるなら、だけどな。無ければ無いでいい」
「私の仕事は」
 と、ここまで言ったところで、イデアの後ろに真雁と蓬莱の姿が見えた。
 いつもの仲良し三人組か。
 ついでに見慣れない女もいた。たしか雪白とかいう記者だ。テレビで見た。
 これだと、戦うにはちょっと分が悪いな。
 戦うことにならなくて、よかったな。
「地下金庫にある金印、だよ。これを、欲しがってる人がいた」
 手の中にある純金製の印鑑を見せた。指輪と一体化した印で、専用の歯車をはめて回すことで印が開いて押せるようになっている。ずっと昔に中国で使われていたセキュリティシステムだ。この判子ひとつで一国の軍隊が動いたというんだから、それだけ価値があったんだろう。今じゃコレクターアイテムに成り下がったけれど。
「だったらなんでまだここに居るんです」
 真雁が剣を半分ほど抜いてじりじりと迫ってくる。
 彼女は、私を見るたびこうして突っかかってくる。私が嫌いなのかな。それともイデアが隙なのかな。どっちでもいいや。
「目的の物を手に入れたなら、さっさと帰ればいいじゃないですか」
「そうも、いかないんだよ。この印を開くための歯車が、この奥にあるんだ。ガーディアンが守っていて、危険らしいんだよね」
「それを、これらに任せようという魂胆か。相変わらずゲスな考えをするものだ」
 半分どころか全部の剣を抜いた蓬莱が、私に向けて刺突の構えをとった。
 そんなに殺気ばかりぶつけられちゃ、やりずらいよ。
 ……うっかり、殺しそうになるじゃないか。
「そこまでは、言わないよ。手伝ってあげるから、手伝ってよ」
「『今回は』協力するってわけだな。それならいい」
 すっと手を出してくるイデア。
 握手?
 しないよ、そんなの。

●第三節 鋼剛の毅
 悪とは力なり。力とは正義なり。すなわち正義とは悪であり、悪と正義は力なり。
 力なきものに悪も正義も許されない。
 まさに弱肉強食。どれだけ人類が進歩しようとも、それだけは変わらぬ世の摂理だ。
 だからこそ、俺はここに立っている。
「二十年ぶりだな、ここに人間が訪れたのは」
 杖のようについていた剣を回すように振り上げ、頭上へ垂直に構えた。
 よく磨かれた巨大な黒剣が、俺の鎧を映し出す。
 闇のごとき、黒の鎧だ。
 剣を挟んだ向こうには、俺の半分ほどの背丈しかない連中が四人……いや、もう一人か。
 踏みつぶしてやってもいいが、それでは『台無し』だ。
「聖剣が欲しくば、この俺を倒していけ。それが叶わぬほどの非力ならば、ここで死ぬだけだ。否応は、聞かん!」
 踏み込みと同時に剣を叩き下ろす。勢い余ったか、天井が激しく削れ、地面が地割れでも起こしたように砕けて割れた。
 常人ならばこれで仕留められる。だが相手は常人ではなかったらしい。
 俺の剣の、それも刃の上に長いツインテールの女が飛び乗った。まるで雑伎団の綱渡りを早回しで見せるかのように手元まで駆け上がると、あろうことかワイヤーを俺の手首に巻き付けやがった。こういう場で巻き付けてくるようなモノだ。力ずくで解くのは難しいだろう。だが『難しい』だけだ。『不可能』だとは言っていない。
「小細工なんぞ、無意味!」
 腕力だけで引きちぎる。ツインテールの女が吹き飛ばされ、天井に身体をぶつけた。
 そのタイミングを計っていたかのように、金髪の女と剣士の男が飛びかかってくる。
 俺の後ろ両サイドから挟み込むような死角攻撃……のつもりだろうが、俺様が丁寧に磨き上げた剣にはバッチリ映っている。
「小手先の技なんぞ、無駄だ!」
 剣を力任せに振り回す。
 金髪の女を真っ二つにする……つもりだったが、そいつと入れ替わるように剣士の男が飛び出してきた。だが、死ぬ時間を早めただけだ。
 俺の剣をまともに食らって無事でいられるようなヤツはいない。
 男は吹き飛び、部屋の奥へと転がっていった。あおりを食らった金髪おんなもろともだ。
 手を止める。
「む、しまった。あっちには聖剣が……!」
 俺は慌てた。
 いや、慌てて見せた。

●第四節 勇者願望の少女
 ボクはいつか勇者になって、人々のために戦いたい。そんな風に考えていました。
 だから同じような目的を持ったイデアには、それなりに仲間意識なんかが沸いたり、していたのです。
 そんなイデアが、ボクを庇った。
 とてもではないけど、我慢できる状況じゃありませんでした。
「イデア! 大丈夫? イデア!」
 壁にもたれかかったイデアは、肩から腹にかけて盛大に切り裂かれていました。
 ボクは痛む腕を押さえて床を這いずり、彼のもとに駆け寄りました。ううん、這い寄った、ですね。
 どうやら剣で防御をしたようですが、その剣はなかほどからぽっきりと折れて彼の足下に転がっていました。結唯に貰った大事な剣だそうですが……命には代えられません。むしろ良かったと、いうべきでしょう。
「光ッ、聖剣を取りに行け! ここはこれが押さえる!」
 巨大な騎士鎧へ、ボクらを守るように惟さんが立ち塞がっていました。
 盾でもって攻撃をしのいでいますが、長く持ちそうには、とても見えませんでした。
 ここでボクが一人で走って行っても良かったのですが、この通り足や腕を引きずる身です。イデアを揺すり起こして、奥の部屋へ行くことにしました。
「イデア、起きて! 起きてください! 時間はありません、早く奥の部屋へ!」
「わ、わかった……」
 片目を開いて、イデアは立ち上がりました。ボクを庇ったくせに、ボクよりダメージが無いなんて。
 それでも足首や片腕がやられていたらしく、痛みに顔を歪めながらゆっくりと進むのが限界のようでした。
 できればもっと助けが欲しい所でしたが、仕方ありません。
 彼に肩を貸して、ボクらは奥の部屋を目指しました。

●第五節 虹の聖剣
 聖剣セラフィーナ。それが私の名前です。
 セラフィーナ・ハーシェル。
 静穏主義神秘家と望遠鏡を開発した天文学者。それぞれの名前を冠した精霊が、この私でしょう。
 でしょうと仮定形で述べたのは、確かめる手段を持たないからです。神秘家と天文学者の下りも、博物館に転がっていた本からこじつけたに過ぎません。もしかしたら、私を作った誰かの名前をつけられたのかもしれません。
 こんな話をしてしまうのも、しかたないですよね。
 力を失い、記憶を失い、さびれた巨大金庫に封じ込められた私には、その程度しか楽しみがなかったのですから。
 ですが、そんな退屈な日々も今日で終わるかもしれません。
「見てくださいイデア、あれが聖剣で間違いないですよ!」
「やっぱり結唯さんの情報は正しかった。だから言ったろ!」
「認めます。認めますから、さっさと引き抜いちゃいましょう!」
 一組の男女が、私の柄を握っているのです。
 私を引き抜くことが、果たして出来るかどうか……なんて。
 実は、分かっているんですけどね。
「ん、ぐ……!」
 石に突き刺さっていながらも、決してその切れ味を喪わなかった神秘の剣。それを引き抜くことができるのは、素質を持つ限られた人間のみ。
 この人が『そう』であることを、私はもう知っているのですから。
 ずるずると、鋼と石がこすれる音と共に私の刀身が切っ先まで抜けるのを感じました。
 私は自らのエネルギーを人間の形に集め、剣の柄へと乗りました。勿論人間なみの大きさでは困りますから、相手の手のひらに収まる程度の小ささです。
「はじめまして。私は聖剣セラフィーナ。私を引き抜いたあなたが、勇者様です!」
 両手を広げ、精一杯元気に言ったのです……が、彼らはぎょっとした顔のあと、妙に気まずそうに顔を見合わせました。
 なぜでしょう。
 腑に落ちません。
 ですがそんな顔をしていられるのも今のうちです。
「状況は察しています。さあ、私の力を解き放ってください、勇者様!」
 ぱたぱたと手を振ってみせると、女性のほうが頷きました。
「イデア。せーのでいこう」
「わかった。せーのだな」
 まあ。いいでしょう。
 私はエネルギーを二人の身体に流し込み、同調を始めました。
 力は虹色の光となり、彼らの身体を包み込みます。
 そんな彼らの向こうから、巨大な鎧が歩いてきました。
「なるほど。彼がもう動き始めているんですね。ならやることは一つです。勇者様、やっちゃってください!」
 なにを、と問う必要はございません。
 なぜならこの剣を握り、私と同調したその時点で、剣の振り方、力の出し方、そして成すべきことを既に知っているのですから。
「「せーっの!」」
 二人は勢いよく剣を、私を振りました。
 振り向きざまに繰り出された斬撃は、本来の振り幅を何倍にも増幅し、黒い鎧の剣士を真っ二つに切り裂きました。
 崩れ落ちる鎧。
 対して二人は、その場にぐったりを崩れ落ちました。
「大丈夫ですか。『聖権開放』は肉体をコストとする危険な技です。ですから、暫くはお休みになってくださいね」
「しばらくは……ね。急に何やらせてくれてんだよ、まったく」
 二人はぐったりと床に寝転がりました。
 しかし、私はまだまだ元気いっぱいです。
 だってそうでしょう。
 これから、ワクワクする大冒険が始まるのですから!

●第六節 情報屋の女
 遠野結唯が声を発する時は、情報を売るときと買うときの二つのみ。
 それが私の通説であり、私を表わすもっとも適切な表現だ。
 しかしそんな私にも唯一例外が存在する。
 それが。
「ただいま、結唯さん! 目的のもの、ちゃんと見つけてきたぜ!」
「おかえり。優秀だな、お前は」
 幼い頃から面倒を見てきたイデアとエイスに語りかける時のみ、私は自らに『余計な言葉』を発することを許していた。
「見るからに傷だらけじゃないか。一体何に遭遇したんだ。星川天乃か?」
「いや、今回アイツは味方だったよ。ただ地下金庫に手強いやつがいてさ」
「なんだと」
 聞いていた情報と、彼の言った事実を脳内で照らし合わせる。
 どうやら、情報を安く買いたたいたツケとして危険な敵の情報を省かれていたらしい。私は思わず額に手を当てた。
「すまん。私のミスだ」
「いや、いいんだよ。そういう危険があるかもしれないから、コレやヒカルに手伝わせたんだし。なによりほら、成果もばっちり!」
「はい、ばっちりです!」
 と、剣が喋った。
「…………」
 ここで滑稽にも『剣が喋ったー!』などと騒ぐ私ではない。
 化け物の跋扈するこの世界。喋る剣が居ても不思議はないのだ。
 が、しかし。
「け、剣がしゃべったー!」
 断じて私の叫びではない。
 私の後ろでエイスと人形遊びなどしていた陽菜のものだ。
 陽菜は跳ねるような足取りでイデアに駆け寄ると、剣の鞘をぺたぺたとさわり始めた。
「すごいすごい。こんなの初めて見たよー。イデアすっごいね。あ、そうそう忘れるとこだった。これ依頼成功祝いのクッキー!」
 透明な袋に詰めたホームメイドクッキーをイデアに突きつける陽菜。
 仲良きことは、美しきことだ。
 放置すればいい。
「なんだよ。最初から持ってたなら成功祝いも何もないだろ」
「だめだよお兄ちゃん。陽菜ちゃんがせっかく作ってきてくれたんだから、そんなこと言っちゃ」
 エイスがベッドの上で笑った。はかなげな娘だ。陽菜とは正反対の性格だと、言っていい。
 だがそんなエイスが、額に手を当ててうめき声を漏らした。
「うっ」
 そばに寄ってやる。
「どうしたエイス。またあの『声』か?」
「うん……」
「なんと言っていた」
「『今日も退屈です』、って」
「本当にどうでもいいことしか言わないな、それは」
 エイスには昔から妙な癖があった。頭痛のように額を押さえては、どこかから幻聴が聞こえると言うのだ。はじめは嘘をついて私の気を引こうとしているのかと思ったが、あまりに真面目に言い続けるものだから私も今では信じるようになった。
 調べてみたところ、彼女と同じ症状の人間はこの近辺にも何人か存在しているという。イデアもまたその一人だ。
 だが誰もかれもが雑音混じりのトランシーバーを通したような音でしか知覚できないところを、エイスに限ってははっきりとした明瞭な声として聞き取ることが出来ていた。これが何を意味するのか……それは、まだ私ですら知らない。
「結唯さん。ところでこの剣なんだけど……」
 陽菜にされるがままになっている剣を指さし、イデアは言いにくそうに顔をしかめた。
 まあ、言いたいことは分かる。
「人格があるから売り飛ばすのは勘弁してほしい、と?」
「さっすが結唯さん! 話が分かる!」
「簡単に言ってくれるな。情報屋である以上嘘はつけない。聖剣があったことと、それをお前が所有していることは話さねばならないだろう。その上で交渉をするしかないな」
「ええっ! セラフィーナちゃん売られちゃうの!? うちで面倒みてあげようよ、かわいがるから!」
 陽菜が剣を抱えてぴょんぴょんと跳ねた。
 犬か何かか。
 そしてここはお前の家ではない。
 私は細く長いため息のあと、『善処する』とだけ言ってやった。
「あれ、なんだろう……」
 と、そこで。エイスが首を傾げて言った。
「『声』が、いつもより大きく聞こえる」

●第七節 魔王と竜
『久しぶりのお外は、とても気持ちの良いものです。そう思いませんか?』
「…………」
 私の語りかけに、青いドラゴンは無言を返すばかりでした。
 目覚めてからこっち、この子が喋った所を見ていません。そういう性格なのか、喋る機能がないのか、どちらでしょう。どちらでもいいですね。
 どのみち人間がどうこうできる存在ではないのです。
 今もほら、町が一つ消し炭になっている。
 このドラゴン一体だけの力で、人間社会はいともたやすく破壊できてしまうのです。
 町の人々がどうなったかなんて。それこそどうでもいいですよ。
『ああ、退屈です。剣を抜かせて力を解放できそうなのに、まだ退屈なままです。誰か遊んでくれないでしょうか』
 エイスという女の子も、どうやらまだ元気なようですし。
 あの子の力を借りて……いいえ、あの子の身体を借りて、私も是非元気にして貰いたいものです。
 そのためにはドラゴンの力も、黒騎士さんの力も、どちらも借りなくてはならないでしょうね。
『どうでしょう。動けそうですか?』
「俺は死なん。人の心に住まう悪と、同じようにな」
 竜の背で寝転んでいた黒鎧の巨体が、ゆっくりと身体を起こしました。
 真っ二つにされた部分も綺麗に元通り。
 なるほどこの世界はまだ、順調に歪んでいるんですね。

 さあ始めましょう。
 私たちの物語を。
 終わりの始まりを。

●第一章 勇者
 青年イデアが聖剣を引き抜いてから約二週間後。
 彼はテレビ画面を見て唖然とした。
「ご覧ください、巨大なドラゴンです! これが、町を次々と崩壊させた現況なのです! もしかしたら我々の世界は、終わってしまうのかも知れません!」
 レポーターの雪白桐が、天空を飛び去っていく青いドラゴンを指さして叫んでいた。
 カメラは次に周囲の光景を映していく。ばらばらに砕け散った家屋。真っ黒に焼き付いたアスファルト道路。人間とは呼べない形状にまで破壊された住民らしき物体。
 見る者の心を掴んではなさないような、恐怖と衝撃にまみれた映像である。
 やがてカメラは桐へと戻る。
 神妙な顔でマイクを握った桐は、こう述べた。
「情報によりますと、このドラゴンは国立博物館の隠し金庫から『聖剣』が引き抜かれたことに影響しているとのこと。一体誰がこのよなことを引き起こしたのでしょうか!? 我々は決して力や闇に屈すること無く、真実をお伝えしていきます! 以上、雪白桐がお送りしました」
 画面は変わり、ニュースキャスターやコメンテーターが崩壊した政府のずさんな対応や専門家が語るうさんくさい説明などを流し始める。
 イデアは俯き、いままさに手入れしている聖剣をまじまじと見つめた。
「もしかして、俺のせいで……」
「まーまー、イデアのせいじゃないよ。剣を取ってこいって言ったのは結唯さんだし、その依頼をしてきたのはどっかのお金持ちでしょ。イデアが責任感じることじゃないよ。エイスちゃんもそう思うよね?」
 話をふられたエイスは、編み物をしながら顔を上げた。
「お兄ちゃんにそんなこと言ってもしょうがないよ。結局、行くんでしょ?」
「ああ……」
 桐は聖剣を引き抜いたのがイデアたちだと知っている。その上でこういう報道の仕方をするということは、『素直に顔を出さなかったら名前を公開する準備があるぞ』と脅しているようなものだ。
「行ってくる。ヒナ、エイスを頼んでいいか?」
「まっかせてー。ついでにスコーン焼いといてあげる」
「サンキュ。それじゃ!」
 剣を手に、外へかけだしていくイデア。
 陽菜はそれを笑顔で見送ってから。
「エイスちゃん、頼み事があるんだけど」
 笑顔を一ミリたりとも変えることなく。
「アタシとイデアのために、死んでくれない?」
 陽菜の手の中には、いつの間にかナイフが握られていた。

 一方、被災地。
「やはり来たか、イデア殿!」
 バイクを降りたイデアに、惟は会心の笑みをなげかけた。
「雪白のやつめ、露骨にこれらを煽っているな。どうする、奴を締め上げて偏向報道をやめさせるか?」
「いや、いいよ。俺に責任があるのは間違いじゃ無い。それよりコイツだ」
 剣を翳してみせるイデア。剣からは精霊化したセラフィーナが沸きだし、ぱちんと手を叩いた。
「はい。私とイデアさんの力を合わせれば、ドラゴンを倒すことも不可能ではないでしょう」
「本当なのか?」
「聖剣ですから」
 さもあらんという顔で頷くセラフィーナ。
 惟たちは黒鎧の剣士を一刀両断したあの一撃を思い出し、頷いた。
「確かにあの斬撃なら、ドラゴンの首くらいは切り落とせるかもしれん」
「その話、嘘じゃない?」
 と、声がした。
 同時に剣を構えるイデアと惟。
 声のした方向……とは逆の側から、天乃が飛び出してきた。
 凄まじい手際で惟の両腕を封じると、地面に引き倒してしまう。
「一応聞くけど、今回の仕事は?」
「『聖剣』の捜索と奪取」
「今回は敵ってわけか! いい加減金でプライドを売るのはやめろ!」
「その正しさは、私にはまぶしいね。つぶしがい、あるよ」
 人体を一瞬で切り裂けるセラミックワイヤーが放たれ、イデアはその場から素早く飛び退いた。
 聖剣からわき出た虹色のオーラが追尾してくるワイヤーを次々と打ち落としていく。
「厄介な武器、だね」
「使い方が分かれば頼もしい相棒だ」
「おっと、相棒はここにもいますよ」
「――!」
 死角から繰り出された斬撃に、天乃は防御しそびれた。背中を盛大に切り裂かれ、思わず奥歯を噛む。
「真雁光……」
「来ると思ってましたよ、イデア。ドラゴン退治なら付き合いますよ! その聖剣で首をぶった切ってやりましょう!」
 ビッと親指を立てる光。イデアも同じように親指を立てた……が、次の瞬間。
「ほう、お前らも随分好き勝手できるようになったらしいな!」
 地面が爆発でも起こしたかのように吹き飛んだ。
 それだけではない。地面を突き破り、黒鎧の剣士『鋼剛毅』が這い出てきたのだ。
 以前よりも、更に巨大になってである。
「こいつ、倒したはずじゃ」
「俺は死なん。なぜなら俺が力そのものだからだ」
 握っていた手を開くと、いくつかの死体が転がり落ちた。
 この辺で活動していたリベリスタたちである。
「お前、なんてことを……!」
「俺の正義を執行したまで」
「正義だと? お前は悪そのものじゃないか!」
「グハハ、分からんか?」
 巨大な剣を地面から引き抜き、剛毅は近くのビルをぶった切った。
 がれきが飛び散り、イデアたちに降り注ぐ。
「悪と正義は、本来同じものだ!」
「な……」
 がれきを剣で防ぐイデアを、剛毅はとっくりと見下ろしている。
「悪も正義も、等しく人の心に存在している。力ある悪。許された悪。それが正義だ。負けた正義が、ただ悪と呼ばれるのみ」
「そんなのは、そんなのは間違ってる!」
「そう思うなら打ち負かしてみろ。それまでお前は悪だ! 力なき者。悪!」
 剣が振り下ろされる。地割れなどという生やさしい天災ではない。その一撃で地面が激しく揺れ、衝撃で近辺の建物が倒壊した。
 それだけではない。天空を旋回していたドラゴンがこちらへ降下し、イデアめがけてどす黒いエネルギーの塊を発射してくるでは無いか。
「見ろ、ドラゴンもお前を殺したがってるぞ! 力なき正義は、必要ないとな!」
「このままじゃ……」
「イデアさん! 私を、私を使うんです!」
 セラフィーナの声がした。今は剣の鞘になっている。
「分かった。フルパワーでぶった切る。奴らを倒せるレベルなら、どれだけ消耗させてもいい」
「でも……」
「早くやってくれ! さもなきゃ今死ぬことになる!」
「わかりました!」
 剣からあふれ出る虹色のオーラ。
 それは巨大な剣を形作り、剛毅の身体を一瞬で貫いた。
 それだけではない。こちらに降下してくるドラゴンの喉を、巨大な剣でもって切り裂くに至ったのだ。
「――!」
 形容しがたい叫び声をあげ、近くのビルに頭から突っ込むドラゴン。
「や、やったか……!」
 その様子を見た惟が顔をあげた。
 剛毅がその場に崩れ落ち、あたりが静寂に包まれる。
 惟はゆっくりと起き上がり、くずれたビルへと近づいていった。
「コレ、危ないぞ。離れていたほうがいいんじゃないのか?」
「心配するな。さっきのを見ただろう。生きていたとしても虫の息だ。どれ、これがトドメを刺してやろう」
 剣を抜き、軽快な足取りで近づく惟……が、一瞬にして喰われた。
 ビルから飛び出したドラゴンの首が、惟を丸呑みにしてしまったのである。
「こ、コレ!」
「惟さん!」
 駆け寄る……わけにはいかない。
 山羊のようなねじれた角を生やしたドラゴンは、ゆっくりとその首を持ち上げた。
 いや、ここは『首たち』と表現すべきだ。
 七つにも及ぶ大蛇のような首がビルから飛び出し、それぞれがイデアを見下ろしたのだ。
 その光景を、上半身だけになった剛毅は驚きの目でみていた。
「お前……お前……俺を、踏み台にしたのか……!」
「惟を……よくも……」
 剣を握りしめるイデア。
 そんな彼の裾を、光がぐっと掴んだ。
「なんだよ、離せよ!」
「だ、ダメですよ。なんだかアレは……殺してはいけない気がします」
「何言ってんだよ。見ただろ! あいつが惟を殺したんだ!」
「それでも、なんだか……」
「ワケ分かんないこと言うな! 俺一人でやる、離せ!」
 イデアは光を突き飛ばすと、聖剣を構えた。
「セラフィーナ、いけるか!?」
「当然です勇者様! 悪しきドラゴンを倒し、皆の希望となりましょう!」
 吹き出る虹のオーラ。
 それは今までにない程の巨大さを持って天を突いた。
「『聖権開放』!」
 大上段からの唐竹割りである。
 それは七つ首のドラゴンをも真っ二つにするような、強烈な威力をもって振るわれた。
 周辺のビルは次々と破砕され、地面は盛大にめくれ上がり、粉塵が霧のように舞い上がり、そして雨のように小石を振らせた。
 真っ二つになり、その場に崩れ落ちるドラゴン。
「や、やった……!」
 その様子を、桐は影からこっそりと観察していた。
「障害をもつ妹を養う好青年の大冒険……かと思ったら、まさか世界を救う勇者様になるとはね。この『ネタ』を使わない手はないわ」

 一日にしてドラゴン殺しの勇者となったイデア。
 しかし彼が喜びに沸いていたのは、ほんの数時間の間だけだった。
 家に帰った彼を待っていたものが、妹の髪毛と血液だけだと知った時まで、である。
「これは……」
 血まみれのベッドに、捨てるように放置された手紙。
 よく知っている人物の字で、こう書かれていた。
 『あまり騒ぐので、エイスちゃんには死んで貰いました。さよならイデア、今まで楽しかったよ』
「なんで……なんでだ……?」
 膝から崩れ落ちる。
 イデアはすぐに、これが誰のものか分かった。
 それだけ長い付き合いだ。
「なぜエイスを殺した、陽菜ァ!」

●第二章 悪
 『ドラゴンを倒した聖剣の勇者様』の噂は、一日と立たずに知れ渡ることとなった。
 自宅の前には救いを求める人々であふれ、うら若い少女たちからあふれんばかりの求愛を受け、様々な権力者から賄賂まがいの勧誘を受ける。
 当のイデアは常に浮かない表情をしており、それもまた『悲劇の勇者』として人々の心を掴んでいた。
 当然そう仕向けたのは桐である。彼の妹が死んだと知った一時間後には兄弟の仲むつまじい姿を哀愁漂うピアノBGMで彩ったムービーを完成させていた。
 今やイデアは、桐の手によって最強の勇者様として世界の知る存在と成り果てていたのだった。
 そんな日々が、一週間ほど続いたある日。
「黒死病?」
『……とは、別物のようだがな。ドラゴンが倒された現場で、それが発生したそうだ。ドラゴンの死体から感染し、潜伏期間を経て人体に影響を及ぼすに至った、ということだろう。感染した人間は三日と立たずに全身から血を吹き出して死んでいる。ちまたではフィティ病などと呼ばれているらしい』
 結唯の電話を受け、イデアは耳を疑った。
 ドラゴンを殺したことで人々に不治の病が?
「当然、俺のせい……ってことなんですよね」
『気負うな。お前についた勇者のイメージはマスコミによる操作の結果だ。それに、お前があそこでドラゴンを倒していなければこれ以上の被害が出ていただろう。お前のやることは間違っていないよ』
「そう、ですよね」
『それとだ、イデア。新しい情報を掴んだ。陽菜のことだ』
「……」
 思わず、イデアは立ち上がった。
 立ち上がり、剣を手に取っていた。
「陽菜の居所が、分かったんですか?」
『ああ。エイスのも、な』
 あえて言葉を避けたのだろう。
 陽菜がエイス殺害を告白してから一切の消息が途絶えている。同時にエイスの遺体もまだ、見つかっていない。
 どこかに埋めて隠したものと思っていたが……。
『よく聞け。国立博物館の隠し金庫に、奴はいる。それだけではない。例のドラゴンが生きていて、あの地下に眠っているというらしい』
「ドラゴンが? あれは俺が倒したはずじゃ……」
『ガワを脱いで生きていたんだ。もしドラゴンを倒すことができれば、病気を治す手立てを見つけられるかもしれない』
「分かりました。今すぐ――」
『だが気をつけろ。調査に向かった人間が何人も死んでいる。生き残りも化け物に出会ったと言って精神に異常を来たしている始末だ。お前にも何があるか……』
「心配してくれてありがとう、結唯さん。でも行くよ。行かなきゃだめだ」
 ドアを開け、家を出る。
 すると勇者を賛美する人々のなかに、ぽつりぽつりと『フィティ病はお前のせいだ!』と書かれたプラカードが見えた。
 そのすぐそばに、光の姿を見つける。
「あ、ヒカル……」
 声をかけたが、光はすぐにその場を離れてしまった。
 彼女の向けてきた『だから言ったのに』という視線が、イデアの胸を突く。
 そんな彼のところに桐がそそくさと近寄ってきた。
「勇者様、フィティ病のことはご存じですよね?」
「ああ、知ってる」
「責任を?」
「勿論だ。俺の手で招いたことなら、俺の手で決着をつける」
「皆さん聞きましたか! 勇者様は、フィティ病からも救ってくださるそうです!」
 マイクを民衆へ向ける桐。沸き立つ民衆を前に、イデアは小声で言った。
「キリ。ドラゴンの生き残りがいるらしい。奴を倒せば病気を直す手立てが見つかるんだ。足を用意してくれないか」
「勿論! たとえ友に見放されることがあっても、私だけは勇者様の味方ですからね! さあ、早速行きましょう!」

 地下の巨大金庫。ここへ訪れるのは二回目だ。
 イデアの背に担がれた聖剣が、不安そうにかたかたと揺れた。
「大丈夫だ。全部うまくいく。エイスを見つけ出して、弔ってやる。陽菜を見つけ出して……エイスを殺した責任を、追わせる。そしてドラゴンを倒して、病気の人たちを救うんだ」
「はい、勇者様。どこまでもお供します!」
 地下へ下りていく。
 三週間前のままだ。
 だが最奥の部屋だけは別である。
 地面に横たわったエイスを見つけ、イデアは思わず身を乗り出した。
「エイス!」
「おっと、動いて貰っちゃ困ります。死体とはいえ、綺麗な顔が吹き飛んだりしたらいやでしょう?」
 と、陽菜は笑って言った。
 いや、陽菜ではない。
 陽菜の顔をした、別の何かだった。
「お前……誰だ」
「はじめまして、ですか? シィンと言います。エイスさんにはよく一方的に話しかけていたんですがね……あなたも、私の声を聞いたこと、あるでしょう」
「……」
 エイスが昔から聞いていたという幻聴を、イデアは思い出した。
「イデアさん。あなたが聖剣を抜いてくれたおかげでこうして封印を解くことが出来ました。清浄竜のフィティも、自在に操ることが出来た。そして今もこの通り……」
 陽菜。いやシィンの中からどす黒いもやのようなものが吹き出した。
 それは奥の壁に鎮座した棺へと集まり、収束する。ぐったりと意識をうしない、倒れる陽菜。
 一方で棺からは、青い髪をした女が身体を起こした。
 ポニーテイルにまとめた髪をいじりながら、つややかに笑う女。
「この身体が誰のものだかわかりますか? あなたが二度も斬り殺した相手ですよ」
「……まさか」
「ドラゴン。そうです。意外でしょう? あれはもともとフィティという世界を清浄するための巫女のような存在だったそうです。人々の悪意を喰い、身体の中に蓄積する。しかしいつしか悪意が彼女を取り込み、悪しき竜となってしまった。悪意の竜は力を求め、外の世界から『力』そのものを呼び寄せてしまった。それが……わたし」
 胸に手を当て、彼女は微笑んだ。
「わたしの名前は『シィン』。人類から喪われた精霊語で『弱きもの』をさす言葉。同時に、『強さを求めるもの』をさす言葉。そして力の根源。人々は私を求め、利用するのです」
「何を言ってるか、分からない。お前の目的はなんなんだ」
「わかりませんか。エイスはこの世界で最も私に近い『存在』でした。よりしろとするのに適していたんです。陽菜やフィティよりも、ずっと」
「…………」
 ぐったりと横たわるエイスを見る。
 イデアの脳内で、パズルのピースがぴたりとはまった。
「つまり、お前を利用すればエイスは助かるのか?」
「そうです。陽菜の肉体はもう限界ですし、ここでフィティを殺せばあとは彼女をよりしろとするでしょう。そういう優先順位で、私は流れ込むのです。どうすればいいか、分かりますね?」
 立ち上がり、シィンは……いやフィティは腕を広げた。
「刺し殺すのです。その聖剣で、この『わたし』を」
「……」
 エイスが助かる。
 そしてドラゴンの息の根を止められる。
 今、イデアの目的が一つの所に集まった。
 ならば、起こす行動は一つしか無い。
「――」
 声は、何も出なかった。
 イデアは風のように飛び込み、稲妻のようにフィティの身体を貫いたのだ。
「ああ、どうも……ありがとうございます」
 ぐったりと、抱きつくようにもたれかかるシィン。そしてフィティ。
「これで私は完全に解放されます。もう『魔力』を吸い出されることも無い」
「……なんだって?」
 イデアの問いかけに応えることなく、シィンはエイスの身体の中へと滑り込んだ。
 そして目を開けるエイス。
「おはよう、お兄ちゃん」
 身体を起こし。
 微笑み。
 胸に手を当て。
「なん、ちゃって」
 舌を出して、エイス(シィン)は笑った。
 瞬間、エイスの身体はその場からかき消えた。
 地下金庫全体ががらがらと音をたてて崩れ始める。
 慌てて外に飛び出したイデアは……。

「ご覧ください! 彼がこの事件の首謀者です!」
 桐が、金庫の蓋から這い出たイデアを指さした。
 数十台のカメラが彼に向いた。
 勇者を出迎える民衆……では、ないようだ。
「何が、あったんだ?」
「またまたあ、分かっていて私たちを謀ったんでしょう?」
「な、なにを」
「しらばくれても無駄ですよ! 現在世界を支えている魔力炉のエネルギー源である『シィン』を、あなたは開放してしまったのです! 実の妹を助けるという、それだけの理由のために! あなたは妹のために、世界を売ったんだ!」
 指を突きつけられ、イデアは思わず後じさりした。
 取り囲む民衆。
 その中には、惟によく似た女性がいた。
「き、きみは……」
「兄はあなたのために死んだ。そのあなたは、今何をしてるの?」
「ち、違うんだ俺は」
「死ね、偽物の勇者め。これは、あなたを信じていたのに!」
 きびすを返して走り去っていく。
 追いかけようとしたイデアを、無数の民衆やマスコミたちが押し止めた。
「離せ! 離してくれ! 違うんだ、俺は、そんなつもりじゃ……そんなつもりじゃ無かったんだよ!」

●第三章 正義
 イデアが聖剣を引き抜いてから、約一ヶ月。
 蔓延したフィティ病はすべて完治していた。その変わり、ドラゴンが喰っていた魔力が人体と同調し、彼らはノーフェイスと化した。
 ノーフェイス化はフィティ病をはるかにしのぐ速度で感染し、ついには人類の九割がノーフェイスとなったのだった。
 暴力の徒と化した彼らは独自のコミュニティを形成し、リベリスタとして生き残った人類側を攻撃。人類は『異形化した人類』との戦争を、余儀なくされたのだった。
 そんな中。
「……水、を……」
 剣を杖のようについて歩く、一人の青年がいた。
 イデアである。
 髭や髪は生え放題になり、身体を覆うようなぼろを纏っている。
 彼の突きだした手は空を切り、井戸水をバケツにいれた女性は金切り声をあげて逃げ去っていった。
 力なく下りた手が、ぴくりと止まる。
「特級戦犯、イデア……ですね」
 彼の前には光が立っていた。
 剣を抜き、イデアに突きつける形でだ。
「妹が、エイスがそんなに大事でしたか? 世界を天秤にかけてまで、欲しかった命でしたか?」
「違うんだ。聞いて……くれ……」
「父さんも母さんも、みんなノーフェイスになってしまいました。それまでの自分を忘れ、略奪や暴力を繰り返しています。どうして、こうなったんでしょう。どうしてだ? 誰が、誰がこんな世界にしやがった!?」
 剣の切っ先が喉に触れる。
 イデアは後じさりした……が。
「逃がさない、よ」
 退路を塞ぐように、天乃がするりと現われた。
「残りの人類が、結託するには、シンボルが必要なんだ。例えば『世界を混沌に導いた人間の首』とか、ね」
 ワイヤーを引き延ばす天乃。
 剣を構え、じりじりと近づく光。
 そして二人が同時に斬りかからんとした、その時。
「やめてください!」
 虹色の光が飛び出し、イデアをその場から突き飛ばした。
 そのすぐあとに光が爆発し、天乃や光を吹き飛ばす。
 その、代わりに。
「セラフィー……ナ?」
 首をはねられ、身体を胴体で切り離されたセラフィーナが転がっていた。
 剣が放っていた淡い光は消え、柄と刀身がそれぞれぽきりと折れた。
「あ、あああ……」
 しりもちをついた体勢のまま、ゆっくりと両手で顔を覆う。
「こんなつもりじゃ……こんなつもりじゃ、なかったんだよ……」
 涙するほどの水分もないのだろう。
 枯れた声を絞り、イデアは呻いた。
「俺は悪くねえ……ッ!」

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
 お疲れ様でした。
 これにてパッケージシナリオ第一回を終了します。
 引き続き第二回をお楽しみください。
 第二回のOPは近日公開となります。