● 戦いの中でしか生きられない者達がいる。 命を削り合う瞬間、死と隣り合わせの場所でしか生を感じられない者達がいるのだ。 それは一種の、死に至る病。 これはそんな病に取り憑かれた者達の物語。 ● 「ふぅ、あの程度の奴じゃ腹ごなしにもなりゃしねぇ」 事務所の控え室に1人の男が入ってくる。筋骨隆々で如何にも戦士といった風情を漂わせた男だ。その手足は鋼鉄製のそれに置き変わっている。 戦闘を好むフィクサードが集まった小規模組織『拳奴』のリーダー、激龍(げきりゅう)だ。つい先ほど、存在を嗅ぎ付けやって来たリベリスタを返り討ちにしてきたところである。 そんな彼をけらけら笑いながら1人の少女が迎える。チームの紅一点、レミだ。年も最年少であるが、彼女もフィクサードとしては十分すぎるほどの腕前を持つ。 「激龍さん、おかえりー。やっぱ、あの程度の連中じゃ物足りないよねー。最近あんなのばっかで、レミつまんない」 2人がそんな話をしていると、参謀である王牙(おうが)が神経質そうに眼鏡のズレを直しながら割り込んだ。 「いや、馬鹿にしたものでもない」 参謀という立ち位置だが、当人のリーダーシップを取りたがる気質もあって、実質的なリーダーでもある。その言葉に、場のフィクサード達は耳を傾ける。 「先ほどの奴は確かに雑魚だが、あのアークへのコネを持っている。つまり……」 「アークと戦うチャンスだってことだな! 面白ぇ!」 「人の台詞を取るな、ヴォルフ!」 割り込んできた若者――ヴォルフを苛立たしげに叱責する王牙。ただまぁ、つまりはそういうことだ。 彼らの目的は「アークとの戦闘」。純粋に戦いを求めて、単にスリルを求めて、そして名誉を求めて。戦う理由は様々だ。 しかし、バロックナイツすら破り、今なお成長を続けるアークの存在は、彼らにとっては垂涎ものの標的である。 「万華鏡の精密予知、強固なチームワークに目がいきがちだが、奴らは個々の戦闘力も非常に高い。とは言え、十分に戦える余地はある。ヴォルフの言い種ではないが……フフ、面白そうだ」 魔角(まかく)と名乗る細身のフィクサードが含み笑いを漏らす。勝利にこだわる彼の心は、すでに来るべきリベリスタ達との戦いへと飛んでいる。 「破界器の効果範囲ならフルメンバーの方が良いな。神父、あんたにも出てもらうぞ」 「構わんさ。それもまた、救いへの道だ」 魔角の言葉に聖印を首から下げた男が気だるげな返事を返す。「神父」は他の仲間同様、彼の通り名だ。傷付きどこか疲れた雰囲気を漂わせる男の本名を誰も知らない。しかし、その戦闘力は誰もが認める所だ。そして、胸に秘めた闘志もまた。 そう、いずれのフィクサードも闘志に目をぎらつかせていた。 まだ見ぬ強敵との戦いに心を躍らせているのだ。 激龍はそんな部下達を見て満足げに頷く。 そして、思い切り檄を飛ばすのだった。 「てめぇら! やるぜ! 箱舟の連中に目にもの見せてやれ!」 ● 非常に厳しい寒波の押し寄せる2月のある日、『赤き雷光』カルラ・シュトロゼック(BNE003655)を始めとするリベリスタ達は、ブリーフィングルームでフィクサード組織『拳奴』からの挑戦状を前にしていた。 「アークに挑戦状を叩きつけてくるとはな。実力に自信があるのか、なんなのか」 「詰る所は血が脳みそ以外に回っているということだ。まったく、馬鹿に刃物を持たせると碌なことにならない」 『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)がいつもの調子で毒を吐く。 先日、アークと友好関係にあるリベリスタを介して届いた挑戦状だ。アークのリベリスタに対して、フィクサード組織が戦いを挑んできたのだ。普通なら放っておいても良いのだが、そう言う訳にはいかない事情もある。 「なんにせよ連中が持っているアーティファクトはフェイトを持たないわ。ましてや、神秘を見世物にしているのであれば、放置も出来ないでしょう?」 『ライトニング・フェミニーヌ』大御堂・彩花(BNE000609)の語る通りだ。『拳奴』は自分達が所有する破界器のことを明らかにしてきた。崩界を防ぐことを目的とし、「正義の味方」である所のリベリスタとしては無視できないのだ。 敵の破界器の性能も変に作戦を凝ろうとするのを邪魔はするが、かえって真っ向から戦いを挑む方が確実と言うたぐいのものである。 向こうがアークの立場を分かって言ってきている以上、素直に従うのも業腹だ。しかし、それは『きょうけん』コヨーテ・バッドフェロー(BNE004561)の言葉に一蹴された。 「戦いてェって奴らがいるんだろ? 俺にはそれで十分だぜ!」 「敵の考えに思い通りというのもなんですが、その一言に尽きますね」 『痛みを分かち合う者』街多米・生佐目(BNE004013)が苦笑を浮かべる。 困ったことにこの場に集まったリベリスタ達はいずれも、戦いの魅力に取りつかれてしまった者達だった。『拳奴』のフィクサード達とそこは変わらない。だからこそ、虎口の中に自ら飛び込むこともできる。 「敵が望むのは1対1だったな。みんな、既に戦いたい相手は決まっているんだろう?」 『アリアドネの銀弾』不動峰・杏樹(BNE000062)の言葉に皆が頷く。 奇しくもフィクサード達は、彼らリベリスタにとっては無視できない性質を有していた。であれば、戦う相手などおのずと決まって来よう。 カルラが拳を打ち合わせる。 小細工は無用だ。思う存分暴れてやればいい。 「行くぞ、みんな。俺達を敵に回したことを後悔させてやろう!」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:KSK | ||||
■難易度:NORMAL | ■ リクエストシナリオ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年02月27日(木)22:38 |
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■メイン参加者 6人■ | |||||
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● むせかえるような熱気がリベリスタ達を迎えた。 ここはフィクサードが作った現代のコロッセオ。 普段ならこういう空気に遭遇することは極めて稀だ。それでも、彼らはこの場に立った。 世界を護るため? リベリスタとしては模範的な解答だろう。 しかしそれは違う。 答えは極めて単純な、原始的な理由。 そう、戦うためだ。 ● 「あれぇ? レミよりも身長低くない? 超有名人で年上って聞いてたんデスケドー?」 「やれやれ度し難いな、目立ちたがりの馬鹿共は。闘犬にでも産まれた方が幸せだったか」 自分の前に立ったフィクサードの甲高い声に対して、『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)は皮肉げに言葉を放つ。加えて、挑発を真に受けて怒る相手にはさらなる冷笑で応えた。 「ああ、負け犬になるなら大差ないか」 言葉と裏腹に鉄扇を開き、優雅に一礼を行うユーヌ。この手のことは弟の方が得意だが、ユーヌにも素養はある。観客楽しませる趣味は無いが、時には一興。偶には魅せる動きもしないと感覚が鈍るというものだ。 桜をイメージした薄紅色の番傘を差しながら、しゃなりしゃなりと『痛みを分かち合う者』街多米・生佐目(BNE004013)は戦場に姿を見せる。そして開口一番、大胆な一言を放つ。 「生贄の羊とよく言いますが、山羊というのもまた一興!」 見物客は生佐目の発言を聞いて、生意気な奴が来たと騒ぎ出す。その最中、小声で彼女は魔角に告げ。 (真面目に、よろしくお願いします) (集めた噂通りの娘だな。しかし深化にまで至ったという力、油断はせん。試させてもらおうか) あくまでも慎重な様子を見せる魔角に生佐目はクスリと笑うと、番傘を天井に放り棄てる。さらに右拳を天に掲げると、闇の中から取り出した手甲が拳を覆う 「防ぐものなど、必要ない。腑分けに刃はいらぬ、この手を血に染めるこそ歓びよ!」 「へへッ、ビービーうるせェんだよォ。お前ェらも一緒に燃やしちまうぜッ? ソレがお望みなら入って来いよ、オレは歓迎だぜ」 『きょうけん』コヨーテ・バッドフェロー(BNE004561)の叫びに野次を飛ばしていた観客たちは気圧されてしまう。観客たちも気付いたのだろう。ここにやって来たのがただの闘犬ではなく、脚すらも襲いかねない狂犬だということに。 「悪いな、コヨーテさんよ。侘びは拳でさせてくれや」 「お前はヴォルフだったか……なんだっけ、狼のコトか? じゃオレもお前もイヌか、面白ェ!」 ヴォルフのスキルの影響か、辺りの空気が冷えるのを感じた。 しかし、コヨーテの心は逆に熱く燃え始める。 野獣同士で殺し合うのも悪くない。だが、コヨーテという獣はただ暴れるだけの生き物ではない。神話でトリックスターと語られることを教えてやろう。 「狼野郎、覚悟はイイか? 呑気に見物してる連中と、お前自身に見せてやンよ。番狂わせの犬が、狼の喉笛食いちぎる所をなッ!」 会場の客たちはその娘が姿を現した瞬間、言葉を失った。 『ライトニング・フェミニーヌ』大御堂・彩花(BNE000609)は相手を威圧する、王者の風を纏っていた。対する王牙は感心したように声を漏らす。 「ほう、大御堂重機械工業株式会社の社長令嬢とは光栄の至り。貴方を倒せば、私の名も上がると言うもの……」 「お黙りなさい」 「何!?」 ぴしゃりと言い放った彩花は相手の反応など気にせず、象牙色のガントレットを握り込んだ拳で軽く空を切る。 今日も調子は悪くない。 これなら存分に戦うことが出来そうだ。 「私の実力、とくと御覧なさい!」 次々と現れる名の知れたリベリスタ達の姿に、それぞれに観客たちは反応を示す。 しかし、『アリアドネの銀弾』不動峰・杏樹(BNE000062)と『赤き雷光』カルラ・シュトロゼック(BNE003655)に対する反応は、今までのそれとは大きく異なっていた。それは彼らの使用する武器が、この場において振るわれるものと違っていたからだ。 特にフィクサード達の驚きは大きい。 『万華鏡』の存在がある以上、自らを不利に追い込むような愚を犯すまいと踏んでいたからだ。 しかし、杏樹はそんなこと知ったことではないとばかりに、フリーの左手をひらひらと掲げる。 「私の持っているもう一つの武器だ。素手がダメなんて、言わないだろうな?」 「言わんさ。そのような細かいことを気にする場所じゃない」 陰鬱な雰囲気をした神父が返事をする。普通の場所では見られない、派手な戦いを見せるための場所だ。経過がどうあれ、結果が為されればよいのであろう。 ルールを確認した杏樹は、説明を行った男を睨みつける。話を聞いた時から気になっていた。 「アンタの道は何だ。アンタの救いは、ここで鬱憤晴らしか?」 彼が何処にいたのかは知る由もない。だが、こんな所で殴り合いをすることを「救いの道」だって言うような根性は、ここで叩き直してやる。 カルラがフィクサードに強い憎しみを抱いているということは有名な話だ。そんな彼には珍しく、この場にいるフィクサードには違う空気を感じていた。もっとも、戦う気を削がれたかというとそんなことも無い。フィクサード狩りにふさわしい戦いを見せるだけだ。 そして、訝しむ激龍に対して真っ直ぐに拳を突き出した。 「こいつは、俺が俺であるためのカタチだ。少々の影響ならまとめて撃ち貫いてやるさ」 「そういうことかよ。合点行ったぜ。正直、ここに来てそこまで言った奴は初めてだ」 満足げな表情を見せながら、激龍が構える。 リーダーだけあって、相手の実力が頭一つ出ているのは間違いない。拳を振るった感じとして、絡みつくような何かを感じるのは事実だ。 しかし、それで臆するカルラでもない。 この程度なら覆せる。 そう信じ、拳を硬く握りしめた。 そしてその時、試合の開始を告げるゴングが鳴り響いた。 ● 赤く染まった拳が生佐目の身体を傷付ける。 魔角の狙いは持久戦だ。彼女は自分の血がフィクサードに吸われていくのを感じていた。 そこで牽制気味に暗黒の瘴気を放ってみせる。しかし、それはタイミングを外してしまった。少々、格好をつけすぎたようだ。 「どうした? そんなに自分の生命力を使ってしまっていいのか?」 優勢な魔角の様子に生佐目は苦笑する。 (ひたすらに闘争を、勝利を求める。その意志力こそ、私に最も欠けることかもしれません) この痛みからも伝わってくる。魔角の胸中に渦巻く、勝利への妄執が。 しかし、そう簡単に負けてやるわけにもいかない。 「でもいけませんね、そのスカしたツラ――その余裕、引ん剝いて差し上げましょう!」 アークの評判を知るものなら、この光景を見て目を疑うだろう。アークは高度な連携と効率的な戦闘で知られているからだ。しかし実の所、個々のリベリスタ達の我は強い。個人戦ともなれば、それぞれに自分なりの戦い方で勝利を目指すだろう。 だからこそ、ある者は戦場を利用して有利に、ある者は何も気にせずあるがままに、そしてある者は不利を受け入れて戦っていた。 そしてカルラもまた、不利を受け入れながらも拳を振るっていた。 「その手足が飾りじゃないなら……駆動部分に注意しな。俺の売りは、精密打撃だ」 「おいおい、そういう事言っちまって大丈夫か?」 「分かっていて敢えて正面から破りにいくのが『ここのやり方』だろ?」 にやりと笑うと、カルラは精確に撃龍の義肢の付け根を殴り抜ける。パワーは相手の方が上、タフネスでは比べるまでもない。それでも、戦いのやりようはいくらでもある。 「上等だぜ、フィクサード狩り!」 カウンター気味の一撃がカルラを襲う。 ブロックをしたつもりだったが、その時カルラは全身に衝撃が走るのを感じていた。 レミの心を焦燥が塗り潰していく。 当たらない。 当たらない。 「当てずに合わせるのが上手いな?」 攻撃を受けているユーヌの顔は涼しげだ。 彼女を襲うフィクサードの拳は無数に迫ってくる。観客は血飛沫を上げて倒れる少女の姿を期待した。しかし、紙一重の動きでかわしていく。 ユーヌはたまに隙を見つけると、そっと触れるだけだ。これだけでレミは動きを封じられる。 「ここからが本番なんだからぁっ!」 レミが動きのギアを引き上げる。さしものユーヌもそれより速く動くことは難しい。 しかし、慌てることなど何もない。 「よく回る舌だな? そのまま噛み切れば、お淑やかになりそうだ。どうせ大した言葉も吐けないのなら、閻魔の手間が省けて丁度良い」 ふと戦場に、不吉の影が差した。 光と影が激しくぶつかり合う。 戦いは持久戦の形を取った訳だが、彩花はそう簡単に崩れない。 王牙は影で捕らえてからの連続攻撃を狙うも、彼女を覆う幻の闘衣の前では意味を成さない。 「まだまだ!」 自分を執拗に攻めてくる王牙を見ながら彩花は思う。 誰よりも強くありたい、他者を打ち負かしたいという感情は人の本能なのだろう。彼女自身にもそういう感情が一切無いといえば嘘になる。 しかし、 「人は本能だけでは生きてはいけない生物。だからこそ、強くなるという行為にも自分なりの理由を求めるものです」 相手に聞かせると言うよりも、自分に言い聞かせるように。 やおら、彩花の手刀が破邪の光を放った。 真っ直ぐの拳が杏樹に叩き込まれる。 口の中を切ったのか、唾に血が混じっていた。 ふと思い出すのは叱られた時に飛んできた拳骨の痛み。今でも忘れないし、あれ以上の武器を自分は知らない。 神父を名乗る男の声が聞こえる。降伏勧告だろうか。だが、聞く義理はない。 「道は違っても、進み方は変わらない気がするな。ただ、真っ直ぐに」 月の女神の加護だけを頼りに、杏樹はインファイトに持ち込む。狙うのはカウンター。 腰にひねりを入れて力を蓄積し、この上なく短い距離からのストレートだ。 派手さはない。 泥臭いと笑わば笑え。 それでも、これが自分のやり方だ。 リングの中を火炎が渦巻く。 中に存在するものの生を許さない地獄の炎だ。コヨーテの機械の腕から放たれたそれは、激しく敵へと襲い掛かる。 「へへっ、どうしたよっ!」 コヨーテは意外と冷静だった。破界器の特性を理解し、それを理解しながら周りを煽るように戦っている。あるいはこれがバトルマニアたる所以か。 と、その時氷の拳がしたたかにコヨーテの顔を殴りつける。 「こいつはどうだ?」 「ちょっとヒンヤリしたじゃンかよォ」 傷から滲む血をペロッと舐めるコヨーテ。 「でも、むしろ礼言わねェとなァ? お陰でちょっとクールダウンして、どうお前ブチ殺すか、改めて作戦立て直せたぜ」 言葉に偽りはない。しかし、間違いなくコヨーテは昂ぶっている自分を感じていた。 「お前ェが全てを凍りつかせるッてンなら、オレはソレを上回る「熱」で、何もかも消し炭にしてやるぜッ!」 そして、戦士達の想いを呑み込んで、今まさに戦いに終局が訪れようとしていた。 ● 持久戦が始まった時点で戦いは決していた。 彩花の持ち味はまさにその点なのだから。鉄壁の構えを持つ彼女を突き崩すことなど、そうそう出来はしない。 「くそ……お前らを倒すことさえ出来れば……」 王牙にもそれなりの理由があって強さを求めたのだろう。それも分かる。自分も大御堂彩花の名に相応しくあるべく強くなろうとしているのだから。要は自尊心のようなものだ。 だからこそ、こんな所でこんな奴に倒されては大御堂彩花の名折れと言うもの。 「私が自身を高めたいという欲求もおそらくは、死ぬまで患い続ける不治の病なのでしょう」 今まで開いていた手を握り込む。そこに蓄えるは最高の神気。 「私は死に至る為ではなく、私が私らしく生き続ける為に戦いましょう!」 そして彩花は、相手が倒れ込むまで鉄拳を叩き込み続けるのだった。 「これで終わりだ」 杏樹は大地に叩きつけられる。 観客も『拳奴』の勝利を確信する。 しかし、まだ杏樹は終わっていない。わずかにダメージを逃がすことに成功した。まだ運命は尽きていない。伊達で攻勢技巧派は名乗ってないのだ。 「大人しくしていれば救いもあろうに」 「救われたかなんてその人にしか分からないけど、私は笑顔になる人が増えるなら、諦めない」 『救い』。 相手が発した一言が杏樹に最後の力を与えた。彼女を育ててくれた神父の受け売りだ。救いを与えるなど傲慢だ、と。私達にできるのは、迷える人に手を差し伸べ、迷い道から出る手助けをするだけだと。 だから、杏樹は諦めない。 「救わない神様ならぶっ飛ばして根性入れなおしてやる!」 青く光る杏樹の拳が、神ならぬ男の顔めがけて飛び掛かって行った。 互いに満身創痍で2匹の獣はにらみ合う。 「おいおい、まだ戦うのか? そんなにフィクサードが気に入らないかよ?」 「気に入らねェ? ……逆だ」 ヴォルフの問いに、コヨーテは犬歯を剥き出しにして答える。 「お前ェと拳突合せンのが、楽しくて仕方ねェ。この時がずっと続いてたっていいくらいだ!」 当初はそれなりに考えて戦っていたような気もする。しかし今は、目の前にいる「好敵手」との戦いが楽しくてたまらない。 「なァ狼野郎、お前もそうだろ?」 「当然だぜ、きょうけん野郎!」 互いに気を巡らし、拳に炎と氷を宿る。 そして、渾身の力を込めて、好敵手の拳とぶつけ合うのだった。 ユーヌは次第に円舞のリズムが乱れるのを感じていた。 いや、違う。 相手の動きが鈍って来たのだ。影人を出す余裕を与えなかったフィクサードでも、これだけ傷つけばさすがに攻撃の手は緩む。 「ま、負けないんだからぁ……」 「無駄に動かせてしまってすまない。随分と暑そうだな?」 謝意の欠片も見られない言葉と共に、そっとユーヌはレミに触れる。 「ひんやり涼め」 ユーヌが冷気を送り込むと、レミはそのまま倒れ込む。 そしてユーヌは支えもせず、優雅に一礼を決める。 礼に始まり礼に終わると、舞台のようなものならこれで相応。 両耳周辺と両脚に見える鱗を隠そうともせず、生佐目は魔角を睨みつける。 その瞳はまさしく蛇の如しだ。 「どうした? まだまだ痛みをくれてやるぞ?」 「いえ、ここからが本気です。攻撃を受け止めるのはやめです」 「いいや、終わりだね!」 魔角が拳に告死の呪いを纏わせ、一気にけりを付けようと動くよりわずかに速く、生佐目は動き出した。霧の中から現れたのはあらゆる苦痛を内包する黒い箱――スケフィントンの娘だ。 「今度は私の痛みを味わっていただきましょうか」 その呪いは生佐目自身の身も苛む。しかし、彼女は気にもしない。 ありったけの呪いと共に、十重の苦痛を刻んでいく。 呪いに満ちた空間で勝利を収めるまで、彼女は痛みを浴び続けた。 「こいつはしてやられたか?」 撃龍も仲間の敗北には気付いていた。そしてこの時点で、『拳奴』という組織は存続自体が危ういことにも。しかし、ここで逃げるより戦うことを選ばせる程に、カルラ・シュトロゼックという男は精強だった。 「まぁな。だが、終わっちゃいないだろう?」 状況はカルラの方が押されている。今、殴り合えばタイミングの差でカルラが殴り負ける可能性の方が高い。それでも、彼の瞳に諦めは無かった。 それを見て撃龍も覚悟を決める。 まるで、古の侍の決闘のように。 或いは、西部劇のガンマンのように。 自らの勝利を勝ち取るため、互いに踏み込んだ。 フェイントを入れ、撃龍の牽制をかわし、カルラの精密な一撃が相手の肩を狙う。 しかし、相手は肉を切らせて骨を断つ。あえて打たせた上で、カルラに必殺の一撃を見舞ってきた。 「良い一撃だったぜ!」 (……ここだ! 土砕掌が来る? わかってるさ!) 再びカルラの全身を衝撃が貫く。しかし、覚悟は出来ていた。運命の炎を燃やし、覚悟が道を切り開く。 相手が骨を断つなら、こちらは魂を撃つ。 「言ったろ……まとめて撃ち貫いてやるって」 カルラの全神経を集中させた一撃が、最高の精度で撃龍の脳天を砕く。 フィクサードの巨体が倒れ伏した時、勝利者は拳を天に振り上げた。 ● 戦いの中でしか生きられない者達がいる。 命を削り合う瞬間、死と隣り合わせの場所でしか生を感じられない者達がいるのだ。 それは一種の、死に至る病。 しかし、彼らは知っている。 その先に踏み込んだものにしか見えない世界があることを。 その先に踏み込んだものしか知らない世界があることを……。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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