●無軌道ドライヴ 覚えのある者も多かろう、あの感覚。 怖いものなど何も無い、己の力一つでどこへでも、どこまででも突き進んでいけるような、あの感覚。 あふれ出る衝動を押さえ込む術を知らず、あらゆるものを拒み、あらゆるものに抗い、暴れ、傷つける。敵などどこにもいない。 やがてそれが空虚な自信だったと気づき、社会に取り込まれ、磨耗し、一部の勝利者を横目に眺め、恨み言を吐きながら、流されるまま、日々を生きていく。 そこに至るまでの道程。人の一生、その最も青臭く、愚かで、自由で、輝きを放つ瞬間。 刹那の時を存分に謳歌する、あの、感覚。 「おっ……お、お前ら、こんな……俺にこんなことして、マジに、タダで済むと思ってんじゃ……ねえだろうな……?」 「っせえ、勝手に喋ってんじゃねーよ!」 鈍い殴打音が響き、ぽたり、ぽたぽたと、床の血だまりは徐々に大きさを増していく。あたりに立ち込める鉄臭さは、加速度的に濃密を深めてゆく。 錆にまみれた鉄くずに囲まれたその空間で、壮年の男は手錠で後ろ手に括られ、座らされたパイプ椅子の足に両足首を固定され、彼の彫りの深い顔面は、幾度となく打ち込まれた殴打によってすっかり腫れ上がり、片目は充血し切っている。 天井のむき出しの鉄骨の間を通された無数の電線、そのあちらこちらからぶら下がる裸電球のきつい光が、彼の周りを囲むいくつかの人影たちを照らし出す。 「えーっと……おたく、何組の誰サンでしたっけ?」 「お、俺ぁ、田代組の……」 「あーっはいはい、別におたくがどちらさんでも、キョーミないんですよねえ」 男の真正面に置かれたパイプ椅子にだらしない格好で深く腰掛け、片目にぱさりとかかった前髪を弄りながら、少年は大仰にひらひらと手を振る。 まだ、十五、六歳ほどだろうか。高校の冬服らしき紺のブレザーを着込んだ、女子めいて線の細い、あどけなさすら残る、整った顔立ちの少年だった。鮮やかに青く染められた髪は、街を歩けば、いやでも人目を引くだろう。 周囲には、同年代の高校生と思われる数人の少年たちが、そうとは思えないほどの下卑たにやけ顔を浮かべ、満身創痍の男を取り囲み立っている。 青髪の少年が、どこかダルそうな仕草で椅子から立ち上がり、拘束された男へぐいと顔を近づける。 「おれたちねー、おれたちだけでやっていけますから。ケツ持ちなんて必要ないし、スカウトだってお断り」 「……それが、通用すると……思ってっから……ガキなん……っ」 「ナメたクチ聞いてんじゃねー!」 横合いから少年の一人が蹴りを顔面へ食わせ、男は椅子ごともんどりうって横倒しになると、激しくむせ返り、粘ついた血の塊を吐き出す。青髪の少年は、わっ、っと声を上げて飛びすさり、 「あーもう、キタナイなぁ」 「っ、……大体、てめえら…………てめえらが、派手に売り捌いてるブツ、ありゃあ……元はといえば、ウチの……」 「あ、そうなんだ? あっはっは、おたくの売人サンたちってさあ、いかにもキメてまーす! って顔して歩いてるんだもん、笑っちゃうよね。まぁおかげさまでさ、元値ゼロで仕入れができて、ホント助かってまーす♪」 青髪の少年がけらけらと笑うと、周りを囲む仲間たちも、男を指差してどっと笑い声をあげる。およそ思春期の子供が発するような無邪気な笑いとはかけ離れた、とりつかれたような、ひどくスレた笑いだった。 男は、底冷えするような寒気を味わいながら、かすれた声を絞り出す。 「お、前ら……タダじゃ、済まねえぞ。組のモン、的にしてよ……逃げられっこねえ。必ず、お前ら全員……」 「んんーっ」 青髪の少年は、長くその筋を渡り歩いてきたのだろう、男の凄みのある眼光もどこ吹く風、のんびりとした仕草で一つ伸びをすると、面倒くさそうに、身を投げ出すようにパイプ椅子へ座り込む。 「なんかもうさあ、飽きてきちゃったよねえ。んー…………んあ、そうだ! ねえねえ、アレ使ってみようよアレ、試してみようよ」 「なんだよ美智也くん、アレって?」 ぱあっと顔を輝かせる、美智也と呼ばれた青髪の少年に、周囲の少年達の一人が尋ねる。 「ほらあ、この前、聖くんが修理してくれたアレ! 聖くんてさあ、見かけによらず器用だよねえ。あのでっかい身体ちぢこませてさ、カチャカチャカチャッなんつってさ」 再び、少年たちが一斉に笑い声を上げる。 男は横倒しのまま、冷たい床のタイルに頬を擦り付けながら、おびただしく冷や汗をかき、荒い呼吸を繰り返している。 「な……なんだ。なんだよ……な、な、何、何を、使うって……?」 「むっふっふ。ここってねー、もともと、金属加工の工場だったんだけどさあ」 男はちらと、周囲に目を向ける。錆がかり、埃をかぶった工作機械たちが無造作に放置されている様は、確かに廃工場のそれだ。 青髪の少年は再び立ち上がると、倒れた男の目の前でしゃがみこみ、彼の顔を間近から覗き込み。 「まだ動きそうな機械を見つけてさ、修理してもらったんだよねえ。ボール盤とかってヤツでね、分厚い金属の板に、バシーン! って穴開けるヤツ。おれ、それ試してみたくってさあ?」 そして、にっこりと笑った。 美智也がたまり場になっている事務所跡のドアを開けると、赤い髪を逆立てた派手な少年が、テーブルの上にばら撒いた札束を小器用に数えているところだった。 「あ、聖くん、来てたんだ」 「おう。スゲー声だったな、アレ使ったのか? どうだった?」 「んー、もうバッチリ! 楽しくってさあ、6コくらい穴開けちゃった。ありがとねー聖くん」 おう、気にすんな。と、赤毛の少年は気のない様子で返す。 美智也とは、あらゆる意味で対照的な少年だった。真っ赤に染めた髪は天を突くほどに逆立てられ、パンクロッカーのような黒ずくめのデニムの上下を着込んだ体躯は、同年代のそれと比べてかなり大きく、内包する筋肉でぱんぱんに膨れ上がっている。切れ長の瞳は獣のようにぎらつき、獲物を狙う野生動物を思わせた。 赤毛の少年、聖は巨体に似合わない繊細な手つきで札を数え、束にして積んでいくという作業に没頭していたが、やがて、 「……ていうかてめえ、戻ったなら代われよこれ、てめえの仕事だろうがよ」 「んえー? やだあ、おれ、疲れちゃったもん~」 部屋の隅に置かれたソファに、ぼすん、と頭から倒れこむ美智也に、聖は唾を飛ばしながら、 「あのなミチ、俺は、こんなクソつまんねえ雑用するためにここにいるわけじゃねえんだよ! てめえ言ったろーが、俺は暴れてるだけでいいってよ、それが何で、金勘定なんかやらされてんだ! 見ろこの手つき、すっかり慣れて、えらく上達しちまったじゃねえか」 「あはは、うん、すごいすごい。聖くんは器用だよねえ」 「てめえ……」 屈託のない笑顔に、聖は言っても無駄と悟ったか、はあとためいきをつき、作業に戻る。 しかし、しばらくは大人しく札束を積み上げていた聖だったが、やがてその巨体が小刻みに震えだすと、 「………………だああああっ、やってられっか!! 俺ぁ、こーいうみみっちい作業は向いてねえんだよ!」 「そうかなあ、結構似合ってるんだけど」 「るせえ、聞け! 俺はな、だいたいヤクとかカネとか、そんなもんはどーでもいいんだよ! 俺ぁ、ただ……!!」 テーブルに、ばんっ、と手を叩きつけ、右手を天井めがけて突き上げる。 「俺ぁこの力を、もっと使いてえだけなんだ! ぶっ殺したいだけなんだよ! この、選ばれし者の力ってやつを使ってよ……!!」 聖の、怒声と共に振り上げた、右腕。それは、拳の先から二の腕あたりにかけて、光沢のある金属で覆われていた。 軋みを鳴らす聖の鋼鉄製の右腕を眺めながら、うつぶせにソファに転がった美智也は、丸みを帯びた背中の上で、一対の白い翼を軽く一打ちする。 「……くふっ。そうだねえ、聖くん……おれたちは、選ばれた。力を授かった……なら、その力は、正しく行使されるべき。だよねえ……?」 「おう、そうだとも。それが俺たち、選ばれモンの宿命ってヤツだ。そうだろ? ミチよ」 見目麗しい少年の瞳が一瞬ぎらつき、ちろりと舌を出してみせる様には、色気すら漂う。 猛る赤毛の少年が求めるものは、ただひたすらに、強敵との血わき肉おどる戦い。それのみだ。 二人は、期せずして授かった力をどう使うか、いかにして楽しむかの相談に没頭していった。 ●無情カウンター 「……Shit、胸糞悪い連中だぜ」 『駆ける黒猫』将門伸暁(nBNE000006)は、端正な顔を少しばかり歪ませ、吐き捨てるように言う。彼のファンにはあまり見せられない悪態だが、集められたリベリスタたちとて、概ね感想は似たようなものだったろう。 「ま、そんなわけでだ。近頃売り出し中の、ストリート・ギャングのアジトに乗り込んでもらう。連中は全員、革醒してフェイトを得たフィクサードで構成されてて……まぁ、アークや他の組織のことなんて知りもしないだろうからな。自分たちのことを、特別な力を得た、選ばれた人間だと思ってるらしい」 彼らは力を使い、戯れに誰かを傷つけ、女を犯し、時には殺すまでに至り、更にはドラッグまでも売り捌き、と派手に動いているそうだ。 伸暁がモニタを操作すると、画面には、真っ赤な髪を逆立てた強面の少年が映し出される。 「久我聖(くが ひじり)、17歳……えっほんとに? まぁこれでも高校生らしいぜ、出席日数は絶望的だとしてもな。こいつが連中のリーダーってことになるんだが、いわゆる体育会系の猪突猛進タイプで、あまり頭を使うのは得意じゃない。けど、こういう分かりやすく強引なヤツってのは、バッドボーイどもにモテるからな……人望はあるらしい」 続いて画面は、鮮やかなまでに真っ青に染められた髪の、端正な顔立ちの少年の姿へと移り変わる。 「佐々木美智也(ささき みちや)、16歳。ベビーフェイスだが、こいつが連中のナンバー2。実質的に連中を動かしてるのはこいつだな。虫も殺さないような顔して、その残虐性ときたら、本職のYAKUZAが泣いて許しを乞うレベルだとか。それなりに頭もキレるみたいだ」 この2人に、部下でもある5人の少年を加えた仲間たちが、グループのメンバーであるとのこと。 モニタ上で、映像が二つに分割され、左に久我聖、右に佐々木美智也、二人の少年の顔が並ぶ。久我はその巨体や顔立ちもあって多少歳がいっては見えるが、それでも、どちらもまだ幼さを残す少年たちだ。 しかし、そんな彼らの顔を背に、伸暁は言う。 「フィクサードはフィクサード、ティーンだからと手心を加えてやる必要はないぜ。なにしろ、連中はやりすぎた。これ以上大事をやらかす前に、ふさわしいフィナーレってやつを聞かせてやってくれ」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:墨谷幽 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年02月18日(火)22:14 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●幼年期バスター 有り余る抑えきれない衝動を思うままに迸らせることは、少年たちにとってはこの上ない娯楽であり、それは紛れもない彼らの青春の発露であっただろう。 だが、その代償として彼らが受け取るのは、決して小さくはない罪と罰だ。 「……馬鹿だ。というより他に、かける言葉も見つからないね……どちらにせよ、言葉は不要、力で何とかするしかないよね」 呆れたような物言いと共に現れた、フィティ・フローリー(BNE004826)とリベリスタたちの姿に、少年たちは怪訝な顔を浮かべる。 「……? 何だ、てめえらは」 「お姉さんたち、誰? おれたちと遊んでくれるのかなー、くふふっ」 赤い髪を逆立てた、久我聖。青い髪で片目を隠した、佐々木美智也。 「ここはねー、おれたちの大切な場所なんだ。困るんだなー、勝手に入ってもらっちゃうと」 「ふふん。まあいいじゃねえか、ミチ」 久我は、近くの錆付いた作業機械に立てかけてあった二本の刀を手に取ると、それらを両手に携え、 「こいつら、やりそうじゃねえか。いいぜ、いいぜ……てめえらが誰かなんて、関係ねえや。やろうぜ、俺ぁ、殺リたくてたまんなかったんだ……! おら来いよッ、来いよ!!」 牙めいて尖った犬歯を剥き出し、吼える。 佐々木は、そこらに乱雑に放ってあった長銃を面倒くさそうに拾い上げると、 「もー、仕方ないなぁ聖くんは、子供でさ。ま、付き合ってあげるけどねぇ~。楽しいご褒美も期待できそうだしぃ」 リベリスタたち、特に見目麗しい女性陣をにんまりと舐めるように見ると、翼を一打ちしてから銃口を彼らへと向ける。 少年たちの遊技場たる廃工場は、予期せぬ侵入者たちによって、今、戦場へとその存在意義を捻じ曲げられていく。 ●開幕ブラスティング フィティはそれとない風を装いつつ、予定通りに詠唱を開始した、『興味本位系アウトドア派フュリエ』リンディル・ルイネール(BNE004531)への射線を塞ぐ位置へと移動する。 それを確認してから、『アクスミラージュ』中山 真咲(BNE004687)は、前方に立つ赤毛の少年へ向けて視線を定めると、身体能力を加速しながら接近する。 「ふふっ。そこのおにーさん、ボクが相手だよ!」 「ああん? 何だよ、ガキじゃねえか……てめえが俺とヤリ合うってか?」 言いつつ、久我はそれとなく真咲の放つ殺気、リベリスタとしての実力の片鱗を感じ取ったか、二本の刀を構えて真っ向から対峙する。 彼らグループの下っ端構成員であろう、ライフルを構えた猫のビーストハーフの少年が、蒼嶺 龍星(BNE004603)を狙撃する。が、龍星はそれを察してひらりと身をかわすと、体内の気を練って操り、肉体を強化する。 鋭く跳躍した久我が、作業機械の一つを蹴って直角の軌道と共に接近し、真咲に斬撃を浴びせ、その幼く華奢な身体へと十字傷を刻む。 「ッ! やるね、おにーさん……!」 杖を構えた下っ端の少年が、派手な炎を噴き出して広角に放つ。『局地戦支援用狐巫女型ドジっ娘』神谷 小夜(BNE00146)がそれに巻き込まれ、白い巫女服の裾と共に腕の一部が焼け焦げるが、小夜は怯まず、リベリスタたちへ祈りと共に翼の加護を与え、回避を支援する。 背に翼を持つ少年が放った魔力の矢を、篠ヶ瀬 杏香(BNE004601)があっさりと避けて見せる傍ら、『関帝錆君』関 狄龍(BNE002760)は銃を仕込んだ手甲を構え、 「やだねェ、昔の自分を見てるみたいでサ。俺は運良く助かって、今はこうしてるケド、こいつらは……あ、でも、俺は女に無体な事はしてねェからな?」 多少なり、少年たちへ思うところがあるのだろうか。言いつつ、しかし彼らへ向けた指先から容赦の無い銃撃を撃ち込む。弾帯が次々と手甲へ吸い込まれ、熱した空薬莢がばらばらと固い床へ落ちる。 「うわ!? ちょっちょっちょ……!」 「あぶねえ、美智也くん!」 銃撃は、作業機械のいくつかを破壊しながら下っ端少年の後衛陣に銃創を刻み、それは佐々木にも降りかかるが、両手に二枚の盾を構えた一人が彼をかばって負傷する。少年たちの中にも一応の上下関係は機能しているのか、それとも、意外に人望があるのか。 光を纏った斧を振り回す少年の連撃を、抜群の身のこなしで避けつつ、 「やぁ諸君、おめでとう。君達は選ばれたんだ……あたしらが戦闘経験を積んで強くなるための、踏み台として、ね?」 杏香は宣言し、彼女の強靭な精神力は血と覚悟の誓いを己に刻み込む。杏香の心に、慈悲は無い。こうして少年たちと相対しているのは、彼女自身の正義のため……などでは、決して無いのだから。 『黒犬』鴻上 聖(BNE004512)が、動体視力を強化し攻撃に備える後ろで、リンディルは、傍らに自らを庇ってくれているフィティの存在感を感じつつ、結界術の発動準備を開始する。金色の髪が、足元から渦巻く風にあおられて、ふわりと翻る。 「……術の完成まで、みんな、持ちこたえてね……!」 強力な秘術の発動には相応の溜めが必要であり、その間、彼女の身体は無防備になってしまう。 そこへ。 「おれ、痛いのは嫌いだしな~。ま、適当に撃っとけばいいよねえ?」 佐々木が、作業機械の陰に身を潜めつつ、見当違いの方向へ向けて銃を放つ。魔力を込めた銃弾は、曲線を描いて緩く飛び、しばし迷うように周囲をふらふらと漂っていたが、やがて、秘術の詠唱にかかりっきりのリンディルへと狙いを定めると、軌道を変え、一直線に彼女を狙う。 「! 危ないっ」 「っ!? あ、ありがと、フィティさん!」 すんでのところでフィティがカバーに入り、魔力による銃撃を肩代わりする。その様を、佐々木は気の無い様子で、しかししっかりと、機械の脇から眺めていた。 「……? あの金髪の、いーいカラダのお姉さん。何かしてる? なんだ……?」 佐々木の瞳が、怪しく光を灯す。 ●真っ暗闇ダイバー 「おらおらァ!! どうしたよ、ガキ! 逃げ回るだけかァ!?」 リンディルの術の完成までの時間を稼ぐ腹積もりの真咲だったが、久我の繰り出す巧みな剣技に、身体には深い傷がいくつも刻まれていく。 と、そこへ斧を構えた少年の一人が、振りかぶったそれを真咲へ目掛けて振り下ろすが、真咲は間一髪でそれを避ける。 「ちっ……おいてめえ! 邪魔してんじゃねえッ!!」 「ええっ? ご、ごめんよ聖くん……!」 久我は怒声を発して邪魔者を追い払うと、傷だらけの真咲へ、にやりと笑みを浮かべて見せる。 「へ……こんなもんじゃねえだろ? ええ? ガキ……もっと楽しもうぜ? なあ!?」 「っ、あ、はは。そうだね……せっかくだもん。楽しまないと、ね……?」 逸る気持ちを抑えるように、真咲は集中力を高めながら、つぶやく。 フィティが引き続きリンディルへの攻撃を警戒するのを横目に、龍星は手に携えた……血のたっぷりと染み付いた、バールのようなもの。をぶんぶんと振り回しつつ、佐々木をかばう盾を持った少年へと突撃する。 「さ~て、ゴミ掃除と行こうかっ!!」 破壊の気を込めた打撃は盾によって阻まれるが、 「一見固そうだが、俺には意味ないぜ!」 龍星は構わずそれを振り抜き、弾いて、強烈な致命打を与える。 杏香は、目にも留まらぬ俊敏なステップで、背後から斧を持った少年を切り裂く。と同時に、ふと好奇心にかられ、杏香は佐々木の思考を読み取ろうと試みる。 目が合った佐々木は、端正な顔にどこか下卑た笑いを貼り付け、 (へえ、こっちのお姉さんも、そそるカラダしてるなあ。こりゃもー、終わったら○○を××して……) 「……ふうん。妄想の中とはいえ、随分とあたしを好き放題してくれるじゃない?」 「!? あ……これはっ、おれの心が……覗かれてる!? そんなことまでできるのか……!」 心の中を見透かされ、慌てた様子を見せる佐々木だが。 「やっぱりね……薄々、そうじゃないかと思ってたんだ。この力を持ってるのは、おれたちだけじゃない……他にも、いるんだね?」 「まあね、君達みたいな力を持った人たちが集まるグループってのが、日本にはいくつもあってね」 「なるほどねえ」 すぐにいつものような冷静さを取り戻すと、不敵に、不気味に笑う。 「……自分たちが選ばれし者なんかじゃない、って分かって、ショックを受けたかい?」 「いーや、それでもおれたちは、選ばれたのさ! なんでかって、おれたちは負けないからねっ! みんな、あっちの金髪のお姉さんを集中攻撃だよ!!」 リベリスタたちの狙いに目ざとく気づいたらしい佐々木の号令で、部下の少年たちの視線が一斉にリンディルへと注がれる。 「っ、まずいな……っ」 フライエンジェの少年がリンディルへ向けて放った魔法の矢を、フィティはその身で受け止める。 リンディルが何をしようとしているかまでは理解していないまでも、リベリスタたちの作戦が知れたことで、少年たちの狙いは彼女へと集中していく。 「ルイネールさん、フローリーさんっ、持ちこたえて……!」 小夜は、ぎらぎらとした視線を飛ばしてくる少年たちをどこか悲しげな瞳で見据えつつ、 「私は、貴方たちを殺すつもりは無いんです。けど……ここで許す、と言ってしまったら。苦しめられ、命を奪われた人たちを、軽視することになってしまいますから……」 魔力を操り、自らの力として蓄え高めながら、小夜は考える。被害者でもない自分が、許す……などと言ってしまうのは、傲慢だと思う。自分たちにできることは、今、この戦いに勝つこと。それのみだと。 杖とライフルをそれぞれに構える二人の少年が、毒弾と銃弾をリンディルめがけ放つ。それを庇い受け止めたフィティの傷は深まり、毒に苛まれ、彼女はがくりと膝を突く。 満身創痍のフィティをカバーするように、狄龍が銃撃をばらまく。銃弾は、杖を持った二人と銃を構えた少年を貫き、佐々木の隠れていた作業機械の半ばほどを吹き飛ばして、彼のぎょっとした顔を露にする。 と。 「……そろそろ、ですか」 聖は、携えた白黒二振りの剣を組み合わせ、巨大な十字手裏剣へと変化させると、 「間違った道へと進んだ子供を矯正するのは、似たような道を歩んだ大人としては、当然の責務でしょう……もっとも、貴方たちにその余地は無さそうですが」 彼は身を捻ってそれを投げ放ち、天井に吊るされた無数の裸電球を次々と薙ぎ払う。火花がそこかしこで散り、ばらばらと砕けたガラスの破片が降り落ち。 やがて、半ばほどの電球が破壊され、戦場へ暗闇が落ちてくる。 ●逆転ターミネイト 不意にやってきた暗がりに、久我は目を細めながらも、真咲の姿は見失わず。猛烈な連撃を繰り出しつつ真咲へと迫る。真咲が、おびただしい傷を抱えた身体を引きずってそれを回避した……瞬間。 「へっ。楽しかったぜ、ガキ! けどな、こいつで仕舞い、だッ!!」 ぱちり。一瞬、目の前に走った電光と共に、久我の姿がかき消え。 「っ! あ……!」 電弧を撒き散らしながら背後に現れた久我が、真咲の背中を、深く、大きく切り裂いた。 おびただしい鮮血が舞い散り。ゆっくりと、ゆっくりと。真咲は前のめりに倒れ、床へと沈む。 血溜まりが床を染め、決闘めいた二人のやり取りは、ここに終結を迎える……。 と、思われた。その時だった。 後方で、集中砲火に耐えるフィティに庇われつつ、準備を進めていたリンディルの術が、ようやくここに完成を見た。彼女を中心として、薄青い巨大な光のドームが、あらゆる遮蔽物を透過しつつ広がっていく。 「……できたわ! 皆、反撃開始よ! 心置きなくヒャッハーしちゃいましょっ!」 脱出困難の結界陣は、完成した。少年たちは逃げ場を失い、リベリスタたちには勝機が舞い込む。 が、神秘の知識を持たない少年たちや久我には、その意味など理解できず。 「な、なんだァ!? あの女、何をしやがっ……」 「…………あは。これでもう、おにーさんはおしまい。ってことだよ」 びくりと身を震わせ、久我は振り返る。 ゆらり、と立ち上がる、傷だらけの華奢な肢体。 「う、そだろ、おい……さっきの、ありゃあ、致命傷だったはずだ! 立てるはずが無えッ!!」 驚愕に目を見開く久我の前で。真咲は、鮮血と狂気を纏いながら……イタダキマス。と、にっこり笑って言った。 「……おまたせ。ここからが本番、だよ?」 そこからは、少年たちにとって、絶望的な乱戦へと突入していった。 「やってくれたね。悪いけど、この痛み、返させてもらうよ!!」 お返しとばかりに、壁を蹴って突進したフィティの突きこむ魔槍が、暗闇におろおろとするフライエンジェの少年の右胸を貫通し、心の臓を破壊する。 運命を捻じ曲げ復活し、本来の力を解放した真咲の三日月斧が、久我の肩口から胸にかけてを大きく抉り、鎖骨と肋骨を粉砕する。 「……あ、が……や、やりゃ、できるじゃねえか……クソガキッ」 「ひ、聖くん!? ちょっと、うそでしょ……!?」 刀を床に突き刺し、くず折れそうになる身体をかろうじて支える久我へ、佐々木の悲鳴が飛ぶ。彼らにとって、こうまで追い込まれるような事態は経験したことが無かった、どころか、想像すらしていなかったのだろう。 龍星の振るうバールのようなものが、強烈な衝撃力で、佐々木をかばう少年の持つ盾もろともにその頭蓋を砕く。 「よおしっ、終わり! 真咲殿、フォローする!」 その横で、杏香は思わぬ成り行きに戸惑いを見せる少年の、まるで気合の乗らない斧の一撃をあっさりと避けると、背後へと音も無く回り込み、首筋を手にしたナイフで掻っ切る。噴き出す赤い奔流をひとつも浴びることなく、杏香は倒れた少年を見下ろし、言い放つ。 「せいぜい、そうやって最後まで救われない死に方をしてくれれば、少しはあたしの気も晴れるってものさ」 狄龍の放つ銃弾の雨あられが、残った照明や作業機械を破壊して少年たちを追い込んでいく。数発の銃弾が杖を持った少年を捉え、穴だらけになった少年は、どう、と地に伏せる。 「また再起して、同じコトを繰り返されても困るんでな。完膚なきまでに叩きのめす! 一人も逃がさねェッ!!」 銃弾は、佐々木の右の太腿にも食い込んだ。 「あ、うあ? い、い、痛っ……? 痛い、痛いよこれえ!?」 先ほどまでの余裕も無くし、佐々木は足をかばいながら翼を翻して飛び上がると、きょろきょろと忙しなく周囲を見回す。 「救いようも、慈悲もない。実際、インガオホー、ってやつですよねーこれ!」 「ごめんなさい、でも……もう手遅れ、なんです」 リンディルと小夜のもたらす癒しの奇跡が、リベリスタたちを治癒していく。その援護を受けつつ、空中から聖の放った投刃の一投が、ビーストハーフの少年の胴を両断した。 残るは。 ●断罪モラトリアム 「に……げろ、ミチ……」 年齢にしては巨躯と言える久我の身体が、仰向けに、地響きのような音と共に倒れこむ。 真咲の斧で袈裟斬りに胴を断ち割られ。龍星による殴打で全身の骨という骨は破砕し。狄龍の連射によって、体中に穴を穿たれ。 「へ、へ……楽しかった、なァ……ガキ」 それでもなお立ち続け、ライバルとでも目したのか、立ち塞がる真咲に向かって剣を振るい続けた。途中、逃走を試みるようなそぶりも見せたが、退路を断たれ、覚悟を決めたようだった。 壮絶な最後だった。しかし、赤毛の少年の顔は、どこか満足そうな笑みを浮かべていた。 「そうだね。ふふっ、ゴチソウサマ」 入り組んだ廃工場の内部を、ずきずきと痛む足を押さえながら、佐々木はやみくもに飛び回る。 仲間の少年たちは皆、やられてしまい。最後まで見てはいなかったが、久我も、あれでは勝てっこないだろう。 全てを見捨て、恥も外聞もかなぐり捨て。佐々木は廃墟を迷走する。 「っ、な、何だよお、これ……通れないっ? あ、あの金髪の女だな、あいつが何かしたんだ! く、くそ、どこか別の……別の道を……」 「そんなもん、ありゃしねーよ」 冷たい、底冷えするような寒気を感じ、佐々木は振り返る。 白と黒、二本の剣を携えた、神父のような風貌の男。 佐々木は、翼持つ神の使徒を思わせる聖を前に、恐れおののきながらも、 「……な……なんなんだよっ、お前ら……っ! いきなり、こんな……おっおれたち、楽しくやってただけじゃないかあ……! 一度きりの人生ってやつだもん、目いっぱい楽しまなくっちゃ、損じゃん!? だからっ……!!」 「だから、自分達に敵など居ない、そう思って好き勝手やってきて。楽しかったか? 何でもできるって、そう思ってたか?」 怜悧な刃が、天井の弱々しい裸電球の光を反射し、佐々木を冷徹に見据える。 「てめぇらは、見逃されてただけだ。俺らじゃなくても、いつか、誰かがここへ来た。運が悪かった? 違うな……悪かったのはてめぇらの行い、それだけだ」 ぎり……と、奥歯を折れそうなほどに食いしばり。佐々木は、目の前の男を睨みつける。 が。やがて、顔をうつむけると。 「…………聖くん、は? ほら、赤毛で、でっかくて……カタナを持ってて、意外と手先が器用で、案外かわいいトコもあって。それに、それに」 「死んだよ」 きっぱりと、そう断ずる男に。 佐々木は、がくりと冷たい床へ膝をつき。全てを洗い流そうとでもするかのように、涙を流し、嗚咽した。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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