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「ユメの果て」


 彼は英雄足りえたのだろう。
 彼は誰かにとっての英雄だったのだろう。
 彼の判断は多くの人を救った。

 彼は英雄に足りなかったのだろう。
 彼は誰かにとっての英雄にはなれなかったのだろう。
 彼の判断はたった一人の女を見捨てた。

 彼を仲間の誰も責めなかった。見捨てられた女さえも責めなかった。
 そうであれ、と求められた『リベリスタ』としての彼を誰も責めなかった。
 仲間の多くは恐らく、彼と同じ判断をしただろうから。
 女の伴侶でさえ、彼に詫びた。彼の親友は泣き腫らした目で謝った。
 彼女が望んだ道を選び取ってくれてありがとう、すまなかった、と。
 数多くの人を守りたいと願った彼女が自ら選んだとしても、この結果だっただろう、と。
 彼女を一番良く理解していた親友が言うならば、そうだったのだろう。

 けれど。彼は英雄になりたかったんじゃなかった。
 彼はそんな大それた望みを抱いていた訳じゃなかった。
 ただ、自分の手の届く範囲を、自分の愛する人たちを守りたいと、そう願って、結果は、これだった。
 かつて愛した女を喪い親友に傷を刻み、仲間を泣かせた。
 数千を守った事は、良かったのだろう。だけど、本当に守りたかったものは、何一つ守れなかった。
 過去のその判断はずっとずっと、彼の心に残り続けた。

 手に持っていたはずの宝石は、手から零れて荒涼とした心の砂地に埋もれた。
 もう、自分の手の内に宝石を得たいなんて思わない。
 ただ、どうか、砂地に一つだけでも、誰かの宝石の原石を、地に残して逝きたい。

 なあ。
 この世は悲しみだけじゃないんだろう。
 なあ。
 どうかこの手に確かに、『救った』という証をくれ。
 なあ。


 まるで、奇跡のようだった。
 傷付き今にも暗闇に沈みそうだった意識が、眩い光に引き戻された。
 今まさに仲間に刃を振り下ろそうとしていた敵が吹き飛んで動かなくなっていた。
 誰も彼もが呆然として、痛みのなくなった体を見下ろし、何が起こったのかと顔を見合わせた。
 理由はすぐに知れた。
 足音に振り返った全員が、かつての仲間を見ていた。
 仲間を切り捨てる判断をした事を苦にして、一人姿を消した男が――宝石の様に煌く小さな花を手にして、立っていた。男が掌を強く握れば、それは埋め込まれたシェルアクセサリーのように収まった。
 その時には誰もが理解していた。
 彼は既に『こちら側』ではないのだと。
 彼は泣きそうな顔で、呟いた。

 ――殺してくれてかまわない、ただ、その前に。
 ――俺に『もう一度』をくれないか。
 ――その後ならば、もう、構わないから。どうか。
 ――どうか。

 ……彼は、知っていたのだろう。彼の親友の子が、捕らわれた事を。
 戦力差ゆえ無謀と知りながらも、自分たちが救出に突撃した事を。
 同じく泣きそうな顔で、仲間が一人進み出た。
 俺はまた、お前にばかり負わせたのか、と。
 彼は小さく笑った。

 ――負い切れなかったからこうなった。


「代償と引き換えに『小さな奇跡』を起こすアーティファクト」
「彼が願った『傷付いた仲間の全快』と『守る力』の代償は彼の全フェイト」
「ノーフェイスと化した彼を、討ってください」
「彼の仲間であるリベリスタは、彼の『望み』を、自分達の『目的』を果たす為に彼と行動しています」
「……彼らの子供の一人が、人身売買系フィクサード組織に捕らわれているので、その救出です」
「彼は自分も見知ったその子供を助け、『何かを救った』実感が欲しい」
「……ただ」
「彼のフェーズの進みは速い。……救出が完了する頃には、仲間の手に負えない程になっている」
「『今の彼』に抵抗する気がなくとも、その頃にはもう、分かりません」
「だから、どうか」
「今の内に」

「……『誰かを救いたい』と願う彼を、殺してください」
 


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:黒歌鳥  
■難易度:HARD ■ リクエストシナリオ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2014年02月21日(金)23:04
 もっともっと強ければ皆助けられるんでしょうか。黒歌鳥です。

●目標
 ノーフェイスの討伐。
 他、敵対リベリスタの生死は問いません。

●状況
 夕方。
 リベリスタとフィクサードが交戦していた郊外の空き地。
 結界済み、人気はなし、リベリスタ側の損傷は全て回復しています。
 見通しがよく接近に気付かれやすい為、事前付与は不可。

●敵
 ・ノーフェイス『宮路 隆樹』(みやじ たかき)
 元はメタルフレーム×ソードミラージュでした。外見は二十代後半、中身はもう少し上。
 過去に仲間を切り捨てる判断をした事を悔いており、
『今度こそ』自分の守りたかったものを守ろうと決心しています。
 ダメージ系BS(毒、出血、火炎等)と致命のみ有効です。
 攻撃はグラスフォッグ、瞬撃殺、ソードエアリアルと同等のものを使ってきます。
 EX:無限皆既(神遠全/ブレイク、致命、ダメージ小)
 EXP:夢幻回帰(味遠全/リジェ、チャージ、WP、Draアップ)

 以下は隆樹に味方するリベリスタとなります。

 ・生野 友義(いくの ともよし)
 ジーニアス×クロスイージス。年齢は隆樹と同じくらい。
 隆樹の親友であり、彼らが救出しようとしている子供の父親です。
 以前隆樹が切り捨てなければならなかった女性の夫でもあります。
 過去においても現在においても親友に負担を強いている事を酷く悔いており、
 彼の最期の望みを何としてでも叶えたいと思っています。
 麻痺、呪い無効、聖骸凱歌及びラストクルセイド、ブレイクイービル等を所持。

 ・根島 雄人(ねじま ゆうと)
 フライエンジェ×マグメイガス。十代後半の少年です。
 隆樹の所属するリベリスタ組織に命を救われ、彼らと生きる事を決めました。
 この中では一番弱く、だからこそ何より『救ってくれる力』を切望しています。
 魔陣展開、葬操曲・黒、ゲヘナの火、高速詠唱等を所持。

 ・柵原 ユリア(やなはら --)
 ビーストハーフ×スターサジタリー。二十代の女性です。
 隆樹が切り捨てた女性と親しい友人でした。
 同時に隆樹に淡い恋心も抱いており、現在の姿に胸を痛めながらも協力するつもりです。
 スターダストブレイカー、インドラの矢、カースブリット等を所持。

 ・城嶋 エンジュ(じょうしま --)
 メタルフレーム×プロアデプト。三十代の男性です。
 隆樹や友義とはそれなりに仲が良く、隆樹が消えた際には気遣えなかった事を悔やんだ一人です。
 家族を神秘事件で亡くしており、友人の子供は何としてでも救いたいと願っています。
 呪い無効、プロジェクトオメガ、ハイパーピンポイント、ピンポイント・スペシャリティ等を所持。

 ・田宮 栄次郎(たみや えいじろう)
 ジーニアス×覇界闘士。二十代の男性です。
 隆樹と同じく『誰かを救う』為にリベリスタとなる事を選んだ青年です。
 隆樹と面識はありませんが、その心に共通するところがある所為か、
 自らの先を重ねているのか、ただ黙ってその選択を受け入れようとしています。
 麻痺無効、金剛陣、虚ロ仇花、壱式迅雷等を所持。

 ・七江 虹子(ななえ にじこ)
 フライエンジェ×ホーリーメイガス。四十代女性。
 このリベリスタ組織の中では長い方で、隆樹の事も知っています。
 優しい女性であり、隆樹が最期に抗ったなら自らの命を引き換えにでも止めてやろうと考えています。
 呪い無効、聖神の息吹、マギウス・ペンタグラム、灰は灰に塵は塵にを所持。

●備考
 リクエストありがとうございます。
 戦闘にしても説得にしても難易度はハードです。
 彼らはそれぞれの理由と覚悟を持って皆さんと相対します。
 彼らを捩じ伏せるにしろ、説き伏せるにしろ、揺らげばうまく行きません。
 それでは、どうぞ。
 
参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
ナイトバロン覇界闘士
御厨・夏栖斗(BNE000004)
ジーニアスナイトクリーク
星川・天乃(BNE000016)
フライダークホーリーメイガス
アリステア・ショーゼット(BNE000313)
サイバーアダムクロスイージス
新田・快(BNE000439)
ハイジーニアスデュランダル
新城・拓真(BNE000644)
アークエンジェインヤンマスター
ユーヌ・結城・プロメース(BNE001086)
ハイジーニアスデュランダル
楠神 風斗(BNE001434)
ナイトバロン覇界闘士
設楽 悠里(BNE001610)


「――人身売買組織のフィクサードも勿論看過はできませんが、彼らはフェイトを得ている」
「けれど、ノーフェイスは違う」
「彼らは存在するだけで、世界の害と成り得ます」
「どちらの緊急性が高いか、皆さんはご存知なはずです」
「……とてもよく、ご存知なはずです」


 釘を刺されるまでもなかった。彼らは皆、知っていた。
 運命を失ったならば、例え元リベリスタであろうが、行動理念が『誰かを救いたい』という願いであろうが、世界から消さねばならない事を。
 どれだけ嘆く人がいても、どれだけ願いが切なものであっても、ノーフェイスは生存を許されない。
 それは、より多くの『世界』を守る為に、必要な事だから。
 それは、より多くの『ユメ』を護る為に、必要な事だから。

 けれど。
 でも。
 ならば、世界を護る為に、人を守る為に、命をかけた、彼の『ユメ』は?

「退け――貴様らに構っている暇はないっ!」
 手にした白銀の煌きを一閃、『折れぬ剣』楠神 風斗(BNE001434)の放った見えぬ刃が、通路に飛び出してきたフィクサードの一人を切り伏せる。
 然程広くはない通路を組んで進むのは、十四人のリベリスタと一人のノーフェイス。
 敵として相対する事になるはずだった彼らは今、同じ目的に向けて共闘している。

『はっきり言って命令違反。帰ったらお叱りは避けられないだろうね』
 出会って間もない内に『ガントレット』設楽 悠里(BNE001610)が告げた通り、この行動は示された状況以外へと振り切るイレギュラーな事態である。
 フィクサードのデータは伝えられなかった。必要ないからだ。
 彼らに求められたのは、『ノーフェイスの討伐』であり、それ以外ではない。
 フォーチュナに言えば止められるかも知れない。だから彼らは、脅威となるフィクサード達について、誰も何も聞かなかった。
 代わりに『無軌道の戦姫(ゼログラヴィティ』星川・天乃(BNE000016)が、『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)が、荒れ狂う室内でも優れた五感をフルに活用し、届かぬ場所は『淡雪』アリステア・ショーゼット(BNE000313)の目が探る。
 神秘による潜伏や罠の危険性を看破すべく『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)の感覚は広く張り巡らされ――何より前に立つ風斗と『誠の双剣』新城・拓真(BNE000644)が構える三振りの剣が最大の盾となり、その攻撃を押し留めていた。
 通路の奥の敵が、銃弾を贈り付けて来る。鮮血の花を受け取った二人に齎されるのは、膝を突く未来ではなく重ねられる癒しの音。アリステアと七江虹子の回復は、快と隆樹によるチャージを得て早々に尽きる心配をしなくて良くなった。
「なあアリステア、敵さんの数はどう?」
「だいぶ減ってきたはずだよ……! 子供達がいる場所までもうすぐだから!」
 答えに『覇界闘士<アンブレイカブル>』御厨・夏栖斗(BNE000004)は大きく頷いて、同じ覇界闘士である田宮栄次郎と目配せをしあい、仲間を避けクロスさせる様に虚ロ仇花を蹴り放つ。
 
『アークの万華鏡、神の目が告げた。宮路、君が生野の子供を助けたあとに意思を失って、仲間を殺す未来を。僕らはそれを止めに来た』
 そう告げた時の友義達の目を、夏栖斗は思い出した。突然現れたアークの存在に理解が追い付いていなかったのが、その言葉を切欠に急速に焦点を合わせ全員が示し合わせたかの様に武器を手にしたのを。
 当然だろう。リベリスタならば知っている。ノーフェイスに猶予を与えてはならない。
 故に、彼らは悟ったのだ。アークが『ノーフェイス』を殺しに来た事を。
 だが、武器を構えた彼らに対し、両手を挙げ非武装である事を示し一歩踏み出した風斗は首を振った。
『オレたちの目的はさっき夏栖斗が言った通り――けれど、その上でそちらの行動に協力したいと思っている』
『小さい子が危ない目にあってるのを見過ごしたくないの。助けるお手伝いをさせて?』
 手を組み、祈るように告げたアリステアに瞬いた彼らに重ねられたのが、先の悠里の言葉だ。彼らは、それが褒められた行為でない事を知っている。その上で、協力を申し出るというのか。
 何故、と誰かが漏らした言葉に、快は伏せていた目をゆっくり上げる。
『ユメの果てで最後に見るものが、幸せな記憶であって欲しいから』
 過去の隆樹の判断は、正しいものだったのだろう。この選択は、それに比べれば世界としては『正しくない』判断。だとしても、全ては覚悟の上。
 ノーフェイスは殺して見せよう。それがリベリスタだから。
 隆樹の心も救ってみせよう。俺たちは人だから。
『救いが欲しいのは、俺達も同じだ。何の為にリベリスタになったのか──それを忘れた事は、一度も無い』
 誰かを救いたい。親しい誰かを、身近な世界を、手の届く何かを。
 願い、手を伸ばし必死に足掻く隆樹の姿は……最前線で戦う彼らにとって、自らを、友を重ね合わせるに足る姿だった。
 隆樹の選択があまりにも理解できたが故に、彼らは伝えられた未来から大幅に外れるリスクを背負ってでも、その最期に光を齎したいと――そう、決めてしまった。
『今戦っても……きっと、楽しい、はず。でも、救える命、があるなら、救ってもいい……とは思う』
 歩み出た天乃の双眸は、奥の隆樹を捉えている。眠るのは底なしの闘志であり、覚悟。闘いの為に全てを擲つ事を厭わない彼女にとって、追い求めて止まない一つに手を伸ばした隆樹の選択は、自らの末路だ。
 運命を失う。命を失う。それが何だ。己の求める一つに手を伸ばし続けた結果なら、悔いはない。
『証拠も保証も、君達の信頼に値するものはない。でも、僕達を信じて欲しい』
『宮路、君のもう一度を手伝わせてよ。――その後は、君を止める』
 悠里も夏栖斗も、目を逸らさない。何一つ偽りのない、偽る気のないその心。
 彼らが尽くした言葉の結果が、今の綱渡りの行軍だ。
 このフィクサード達は強い。
 アークの精鋭八名を向かわせねばならないリベリスタ達が集って尚も、足りない程に。
 けれど――強力な六名に、更に同等かそれ以上の八名を加えたとなれば話は別だ。
 木の葉を散らすように簡単には行かずとも、誰も致命傷だけは受けずに奥へと進んでいる。

「おにぃちゃん、もうちょっと一緒にがんばろ?」
「……ああ」
 一瞬遠くを仰いで足を止めそうになった隆樹にアリステアが声を掛ければ、彼は笑って前を向いた。決して楽観視している訳ではない。もし彼がその意志を薄れさせ、願いを忘れた時には、その時点で討伐に移らねばならない。
 少しでもその時を遅くする為に、アークのリベリスタは絶えず誰かが注意を払い声を掛けていた。
 前衛を狙い横合いから飛び出そうとしていたフィクサードに向けて、ユーヌは指先で生み出した閃光弾を投げ放つ。
「面倒だ。喋るな足掻くな悲鳴すらも鬱陶しい」
 常の如く淡々と言い放つ彼女にとっては、過程がどうであるかはさして興味もない事だ。合理に生きる『普通の少女』はその救いに意味は見出さないが、仲間がそうするというならば敢えて反対する理由もない。どうせ最後は倒すのならば、そこに大きな差はないのだ。ユーヌは軽く肩を竦める。
「幸か不幸かは知らないが、死に場所を選べるのなら運がいい」
 病に事故に殺人に、自らさえも知らぬ間に死の淵に突き落とされる人間は腐る程。ユーヌの指が不吉を呼ばずとも、ありふれた不幸はそこら中に落ちていた。比べれば隆樹はいっそ運が良い。自らの願いを叶える可能性を手にできたのだから。
 そう、願った『可能性』はもうすぐだ。

 アリステアの目は部屋に閉じ込められた複数の子供を捉え、ユーヌと天乃の耳は啜り泣きや小さな鼓動を、確かに聞いていた。
「右だ」
「扉の前、には誰もいない……ぶち破るといい」
「罠の形跡はなし。オールグリーン、ってね」
 常人を越えた感覚を得た三人が、小さな手が指差した扉の状況を補足する。
 頷いた友義と隆樹が扉を蹴り破り、その奥に、大きな音に跳ね上がった子供たちの姿が見えた。怯えたような表情を見せる子供の中、ぱっと顔を輝かせたのが友義の子だろう。
 おとうさん、と小さな声で呼んで抱きついてくる子を、友義は抱き締めた。
 その様子に助けだと理解したのだろう、他の子供も安堵の表情を見せる。
 顔を上げた子は、隆樹の姿にも気付き泣きながら微笑んだ。親友の子だ、懐いてもいたのだろう。父の腕から離れ、隆樹にも抱きつく。
 彼はその背を、ゆっくりと叩いた。――形を変え始めた、左腕を隠すようにしながら。

 リミットだ。もう引き伸ばしは叶わない。
 或いは『この瞬間』の安堵が、彼の心の枷をほんの少し緩めてしまうのは、確定事項だったのか。
 すっと前に出た悠里が声を掛けた。
「友義さん。この子たちを安全な所まで連れて行ってあげて」
「しかし……」
「隠れているのも潰したつもりだが、万一残っていた連中に人質に取られでもしたら笑い話にもなりやしない。三流悲劇に堕する前に連れて退け」
 眉を寄せた友義に、ユーヌが軽く首を振る。僅かな迷いは、友の最期に向き合えない事を思ったのか。
 全てを負わせたと考える友義にとってもまた、隆樹の果ては己の果てだ。
 だとしても――自身の子がいる彼が、この場の避難役に最適というのも理解しているのだろう。僅かな沈黙の後、唇を噛んで頷いて彼は叶う限りの子供を背負い抱き上げ手を引いて、その場から離脱する。
 泣きそうな顔をした友義を、隆樹は小さく笑って見送った。
 緩やかに、左手の異形化が加速していく。
 同化したアーティファクト、モニターで見た小さな花と同じ、七色に煌く水晶のように。
「……こんな事ならば、もっと」
 隆樹は笑っていた。静かに笑っていた。
「……もっと早く、人をやめていれば、もっと多く、救えたのか」
「――違う」
 拓真が前に出て、強く首を振る。ただただ、強い力を求めたって、理想を違えれば無力なのだ。
 己を歪めて得た力は、必ず反動が来る。
 それに、だって、それは――誰かにとっては、救いではないのだ。
「……オレが戦う理由は、概ね貴方と同じだ。自分の周り、世界のほんの一部だけでも守りたい」
 風斗が前に出る。駆けて行った友義の背を、隆樹の視線から遮るように。
「でもさ、その世界に自分も含まれてるんだって、知ってたか?」
 誰かを笑顔にさせるのは、自分かも知れない。
 誰かが泣く理由は、自分かも知れない。
 自分が無茶をすれば心を痛める誰かがいる。自分が死ねば泣く人がいる。それを緩やかに自覚している風斗にとって、『自分ひとりが不幸であっても、世界が幸せであればいい』という願いそのものが矛盾している。
「友人たちの涙の理由、もっとよく考えるべきだったんだよ、あんたは」
「――仲間を殺した事なんて、一人で耐えられる訳がないんだ」
 悠里も二人の隣に並んだ。握り締めた拳が、掌を叩く。
 最早、返事はない。
 アリステアが、ぎゅっと杖を握った。
 神さま、神さま。――願っても、彼の方は平等に優しくて、平等に残酷だ。
「さあ、踊って……くれる?」
 天乃がするりと抜けて構えた。
 ユメの果ての現実が、せめて美しいものであるように。


 嵐が吹き荒れた。
 氷の刃にも似た、極めて細かい水晶の刃。彼が本来扱うはずのそれよりも、更に広くを捉える美しく凶悪な霧。身の自由を奪おうと張り付いてくる。
 どいてくれ。もっと助けたいんだ。
 霧の向こうから声がした。忘我に到った隆樹が、既に半身を水晶に変えながら囁いてきた。

 幾度目かの衝撃を、天乃は覚悟する。
 痛みなど最早数えるのも億劫になる程味わった。それを厭う事はない。この身を焦がすのは闘いだ。
 そして闘いで散るならば、悔いもない。
 運命を燃やして立ち上がろう。死ぬその瞬間まで戦おう。それは誉れの為ではなく、それは名誉の為ではなく、ただただ自分の信念の為。
 跳躍する『無軌道の戦姫』(ゼログラヴィティ)を、生に縫い止める錘は必要ない
 小柄な体が前を見据え――そして一瞬だけ、見開かれた。
 目に映ったのは、アークの制服を纏った大きな背中。
 最後の相手、とかつて約したその男は、盾を振るい水晶を払い落としながら彼女の前に立っていた。
「舐めるな……その程度の覚悟、でやってるんじゃない」
「舐めるな? それはこっちの台詞だよ。誰も死なせない。それを過ぎた願いだなんて思ってる内は――誰も守れやしないんだ!」
 己を庇った事を強い語調で責める天乃を振り返るが、快はその前から引かない。
 理想(ユメ)を夢(ムソウ)で終わらせない。守護神と呼ばれ、アークで誰よりも輝かしい功績を挙げる快の手さえ、未だ多くを取り零す。だが、零すものだと諦めてしまえば、届くはずだったものまで取り逃がすだろう。
 口を引き結んだ彼の視線の先には隆樹がいる。彼の選択は快の選択だ。
 そのユメを、せめて、と願う事が罪ならば――赦してくれなどと請いはしない。
「お前の想いも、残したいものも、無念も……全部、引き受ける」
「心残りは知らないが、託して消えろ、恨み辛みは聞いてやる」
 舌先で淡々と囀って、ユーヌが呼ぶのは不吉の占い。例えその心に共感ができずとも、聞く事程度はできるから。
 フィクサードと差し違えでもしてくれたならば、これは美談で済んだろうに。
 ユーヌの微かなルート希望は、彼女自身や仲間が有能だった故に叶わなかったから――満足したならそれで終え。仕上げられた舞台上、役者がいつまでも残っていては大団円の幕引きも叶わない。
「どうして君は、仲間に頼らなかったんだ……!」
 悠里の白銀の篭手が、雷を纏い水晶の一部を砕く。一人に負わせてすまないと、謝ってくれる友がいたのに。共に泣いてくれる仲間がいたのに。どうして全部、自分で背負ったのかと。
 何かを切り捨てる決断には酷い痛みが伴う事を、悠里はよく知っていた。
 見知らぬ人であったとしてもそうなのだ。見知った仲間であれば、それはどれほどの傷を刻むだろう。
 仲間を愛し、その為に傷付いたというならば……どうしてそれを、分かち合わなかったのか。
 彼の友も、それを望んでいただろうに。
「……不器用すぎるんだよ」
 夏栖斗が隆樹に花を咲かせながら顔を歪めて呟いた。誰も彼を責めなどしなかった。痛みを与えた事を嘆いた。
 誰が赦せなかったのか、と言えば、隆樹自身なのだろう。
 護りたいものを護れなかった、それがただただ悲しくて、苦しくて。
 責めて貰えれば楽だったのか。それは赦しになったのか。
 夏栖斗には分からない。結局誰も救われなかったかも知れない。けれど、だからこそ――こうなってしまった上での救いを齎したいのだ。
 水晶に武器を持つ手を取られた虹子に、アリステアの呼んだ高位の癒しが降り注ぐ。
 優しそうな顔をぎゅっと厳しくして隆樹を見詰める彼女に、少女は小さく微笑んだ。
「皆で明日からも歩いて行くために、一緒にがんばろ?」
「……ええ」
 その明日に、隆樹がいないとしても。柔らかな声で返し、重ねるように癒しを呼んだ虹子に、アリステアは息を吐いて眉を寄せた。
 命を賭してでも仲間を守りたい。強大な敵を前に覚悟を決めた事のあるアリステアに、彼の気持ちは分かる。
 隆樹はその『もしも』の自分だ。
 気持ちに嘘偽りがない事は、よく分かる。だからこそ――この奇跡を奇跡のままにしたい。
 どうか、誰も倒れないで。誰も喪われないで。その心よ、救われて。
「救いか。誰にとっての『救い』か」
 アリステアによって拭われた不利。素のままでも風斗の火力は指折りであれば、デュランダルを振り上げる腕に躊躇いがあるはずもない。
 限界を超えた更に先、鍛え上げた肉体の最高点を越える瞬間。叩き折ったのは、水晶と化した隆樹の左腕だ。
 弾け飛んだその破片は、余りにも美しく輝いている。隆樹は笑っていた。
 それは希望なのか。諦めなのか。全てを覆って傷を隠して笑って、幸せなのか。
 違う。
「もしこの声が聞こえているなら、――最後は『笑って』くれ」
 彼に救いを齎そうとした、仲間の為に。諦めと悲しみがない交ぜになった、そんな顔ではなくて。
 どうか。『救えた』事を誇って、笑ってくれ。
「この掌は今はまだ、全てを掴むには遠いかもしれない。……けれど!」
 痛みと正義を抱いた拓真が、床を蹴った。振り上げた腕に、力が宿る。細身の彼には見合わぬ程の強力と威力を以って、叩き付けられる。
「何時か必ず届くのだと――俺はそう信じている!」
 真っ直ぐに、隆樹を見詰めてそう告げた。
 半分水晶と化した目が、眩しそうに細められる。
 いつかの自分を、そこに見たのはどちらだったのだろう。
 肩から斜めに砕き切りながら、隆樹の胸まで到達した刃は、彼の最期の輝きを止めた。
 未だ人のままであった右腕が、伸ばされる。
 
 その手を取った。拓真が取った。夏栖斗が、風斗が、悠里が、アリステアが、快が、傷付いた隆樹の仲間達が、天乃が、そして小さく肩を竦めたユーヌが、重ねられた上に掌を乗せて――彼の手は、『何も掴めなかった』訳ではないのだと。
 微かに笑った隆樹が、それを認識したのかは分からない。
 けれど、それでも、彼は小さく紡いだのだ。

『ありがとう』と。
 

■シナリオ結果■
失敗
■あとがき■
 失敗理由は『ノーフェイスに意図的に猶予を与え協力した事』となります。
 一歩間違えばより多くを失い、より多くを危険に晒す選択でした。
 が、その一歩を踏み外さないように心を砕いてくださったのは伝わりました。
 この『結果』はプレイング送信時点で決まっていたかも知れません。
 ですがこの『結末』を導いたのは、皆さんの力です。

 最善ではなかったかも知れません。最適ではなかったかも知れません。
 それでも、叶わぬはずだった幸せの一つであったと思います。

 お疲れ様でした。良き夢の続きを。

======================
レアドロップ:ユメの欠片
カテゴリ:アクセサリー
取得者:楠神 風斗(BNE001434)