●悲鳴(と、思われし何か) 悲鳴は甲高かった。 けたたましい響きは女性の声を彷彿とさせるかもしれないが、耳障りなほどの高音は、寧ろ子供の悲鳴に近しく聞こえるかもしれない。 これが例えば、危機感に満ちた緊迫した響きであったなら、状況はもっと切羽詰まっていたのだろう。 しかしながらそれの放つ劈くような悲鳴には、例えば不審者と遭遇しただとか、事故現場に行きあっただとか、そんな響きはまるでないのだ。 例えて言うなら、驚愕したような。 手酷い悪戯に引っ掛かっただとか、苦手な何かを見付けてしまった時だとか。 そんな時にしか聞かれる例のあまりない、そんな悲鳴が鳴り響いていた。 そこかしこ、屋根の下を余すところなく。 ●原因(と、思われし経緯) 「例えば、ほら、洋画やあっちの方のドラマなんかで、女優が劈くような悲鳴を上げることがあるだろう?」 抱えた袋に手を突っ込んでガサガサと耳障りな音を立てながら、『直情型好奇心』伊柄木・リオ・五月女(nBNE000273)は集うリベリスタ達を見回した。 ビニール製の袋の表面には、でかでかとした鬼の絵と、シンプルに豆、という一文字がプリントされている。とうに過ぎ去った節分の余り物を証明するかのごとく、本来鬼の角のある辺りには、ぺったりと50%引きと書かれたシールが貼られていた。 「襲われたとかそういうのじゃなくて、子供の仕出かした悪戯に驚愕しただとか動揺しただとか、そういう時の悲鳴。ま、つまる話が絶叫だな」 極端に驚いたり、腰が抜けそうな時に上げられる悲鳴だ、と、掴み出した豆を噛み砕きながら続ける。 「――ところで諸君。節分の豆撒きは楽しんだか?」 唐突な話題変換をしながら、不意に五月女が傍にいたリベリスタに煎り豆の袋を押し付けた。 足元に置いていた紙袋を取り上げて、その中からブランケットを丸めたらしき塊を引っ張り出す。 「あれは撒くまでは良いんだが、変な場所に撒くと物の隙間だのに入り込んで半端な掃除だと出て来なかったりするんだよな。それが半年も経ったりしてから、突然出てきたりする」 まぁ今回は、半年も持たなかった訳だが。 あやふやな言い方をした五月女が、溜息混じりにブランケットの塊を撫でる。 「と、とにかくだ。回収し損ねられた煎り大豆達が、巨大化して叫び捲るという事案が発生した……ん、だが」 さも当たり前のことのように淡々とした口調をしながら、徐々に五月女の眉根が寄っていく。どうやら平静を装っているだけらしい。 「こいつらが実に迷惑なほどのビビりでな、互いの姿を見ても絶叫に次ぐ絶叫で騒々しいことこの上ない。視界……どこが目だかは置いておくとして、視界を塞ぐなり真っ暗な中に放り込んでやれば静かになるらしいんだが――とにかく早いところ、こいつらを全部討伐なりしてもらいたい訳だ」 こほん、と空咳をした五月女が、こいつら、と強調しながら一気に塊に巻いたブランケットを剥いで、包まれていた大豆もどきをリベリスタ達へと突き出した。 「それでは健闘を祈『キャアアアアアアアアアア!!!』 目の前に現れたリベリスタ達に驚愕でもしたのか。 言葉を塗り潰すように大絶叫した巨大大豆もどきに、五月女はそっと肩を落としたのだった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:猫弥七 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年02月20日(木)22:11 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 体育館の扉が開かれた瞬間、早速劈くような悲鳴がした。 どう見ても自力で動くことなど出来そうにない巨大な豆が、凄まじい勢いで視界から消える。 しかしそんなことは意にも介さず、『まだ本気を出す時じゃない』春津見・小梢(BNE000805)の眼鏡がきらりと光った。 「今日はキーマカレーの日です」 艶やかな青いポニーテールが揺れ、手にした巨大なカレー皿――の、形状をした二枚の武器兼防具まで心なしか煌めいた。 「今日の朝もカレー3杯くらいにしてきましたのでお腹の調子は万全です」 逃げる豆を目撃しても尚減少しないカレーへの欲求で、小梢の瞳が僅かに和む。 「豆様達は、本当は食べて欲しかったのかなってまおは思いました」 そんな意見述べたのは、『もそもそそ』荒苦那・まお(BNE003202)だ。 「なので、まおは食べたいと思います」 「その気概は何よりだが、まだちょっと早いと思うぞ」 持参した醤油と砂糖を手に述べる少女へと声をかけた『リング・ア・ベル』ベルカ・ヤーコヴレヴナ・パブロヴァ(BNE003829)が、余韻を残して悲鳴の聞こえなくなった館内を見回す。 「豆かあ……辛く味付けしたチリビーンズ、何にでも合うけど、トルティーヤで頂くと美味いんだよなあ」 足音の高く響く特有の空間に踏み入れながら、『孤独嬢』プレインフェザー・オッフェンバッハ・ベルジュラック(BNE003341)が館の一角、壁に嵌め込まれた金属の扉に触れる。 「此処が倉庫みたいだな」 「おっと、入る前にちょっといいかね」 倉庫に入ろうとしたプレインフェザーを押し留めるように『足らずの』晦 烏(BNE002858)が倉庫の入口へと近付いた。 「光におびえて悲鳴を上げて倉庫内から逃げだしたりすれば設けものだな」 断りを入れてフラッシュバンを中へと放り込む。途端に鮮烈な光が倉庫内を照らし出し――次の瞬間には幾重にも絶叫が反響し、数粒というには大き過ぎる豆が飛び出してきた。 しかし館内へと転がり出てきた豆が逃げ出すより早く、即座に『イエローナイト』百舌鳥 付喪(BNE002443)のマジックミサイルを始め、すぐさま全てが仕留められる。 「あれを思い出すね、もぐら叩き。穴から顔出した所をスパーンとね」 こうなることを案じて倉庫の入り口の前で待機していただけに、動揺の素振りも見せずに派手に砕けた豆の残骸へと薄く口端を持ち上げた。 それから暫く待ってみても、後続が出てくる気配はない。 「それじゃあ先ず、倉庫の中のもん運び出して体育館のど真ん中に置こか」 状況が落ち着いたのを確かめるように開かれた倉庫の中を覗き込んだ『プリックルガール』鈍石 夕奈(BNE004746)が、早速入口に近い道具に手をかけた。 それを合図に、卓球台の影や跳び箱の中も念入りに確かめながら、一つずつ道具を動かしていく。 「耳が良すぎて困る事は無いらしいし、悲鳴で耳潰れる事も無い筈や。いやまあ、普通レベルには耳痛いやろけども……」 まあそら我慢で、と夕奈が口にしながら嵩張る道具類を倉庫から外へと出せば、それを更に他の面々が隠れ場所とならないように館内を移動させる。 「隠れやすい場所減らした方がええっすか『キャアアアアアアアア!!!』 しかしキャスター付きのボール収納籠を動かした瞬間、絹を裂くような甲高い悲鳴が狭い倉庫を大反響した。 先程逃げなかったのは、見事に道具類の隙間に挟まっていたかららしい。逃げようにも逃げようがなく、その内に騒ぎがひと段落した所為でエリューションの方まで黙り込んでいたらしい。 とはいえ今回は取り残された一体だけだった為に、 「いっけー、小梢ちゃんアターック☆」 倉庫の外に飛び出すなり、月杜・とら(BNE002285)が鼓舞する小梢のヘビースマッシュで止めを刺されていた。 一方耳鳴りを残して凄まじい勢いが足許を駆け抜けていった夕奈はといえば。 「…………」 「……鈍石。我慢だ、我慢」 痛む耳を押さえる背中が僅かに震えたように見えて、プレインフェザーはそっと声をかけたのだった。 ●節分用煎り豆の賞味期限は半年です 「跳ね回る巨大豆とか何かカワイイよね☆」 倉庫の中に他の豆が隠れていないかを確かめた後。 此方は此方で食欲組とは異なる感想で声を弾ませたとらが、捕獲に用いるネットとボールを避け、倉庫に残った他の道具を取り出していく。 「跳び箱とか、全段別個に距離置いて逆さ置きすれば、早々隠れれん筈っす」 狭い隙間を体育用マットレスで塞ぐ傍らでは、どうにか気力を取り戻した夕奈が、豆の隠れ場所にならないように残ったマットを平べったく床に敷きながら頷いた。 「ふむう、豆まきか。無論私も堪能したぞ」 先程砕かれた豆を一欠けら摘み上げたベルカが、今のところは動く気配の見えないエリューションの残骸を矯めつ眇めつ眺めながら口を開く。 「しかしアレは本気でやると掃除が面倒だからなァ。幼い頃は盛大にバラ撒いた物だが、今は「撒く」と言うより「置く」感じだ。申し訳程度にな」 「鬼様はいないのですが……あ」 体育館の中を見回した小柄の少女の目が、派手な赤色を視界に捉えてぱちくりと瞬く。 「……とんがり頭の晦様が一番それっぽいとまおは考えましたけど、まおだけの秘密にしておきます」 こそっと小さな呟きは、マスクの下に隠れて消えた。 暗視を用いてカーテンの裏や階段下の暗がりを覗いていたまおが、ぱっと身体を起こした。身振り手振りで声を出さないように、階段下にいた豆の存在を周囲に知らせる。 そして大きく息を吸うと、 「がおー!」 『キャアアアアアアア!!!』 少女の精一杯の大声でも憶病者には脅威だったのか。追い立てられた豆が飛び出すようにまおの前に転がり出てくると、凄まじい悲鳴を上げて方向を急転換した。その悲鳴が呼び水となったように、其処此処で一斉に悲鳴が上がる。 一体目となった豆の方は追いかけてくるリベリスタから全速力で逃げながら隠れ場所を探すものの、その速度が仇となって隠れ場所を見付ける前に、見事に誘導されていた。――即ち、先ほどとらが仕掛けたボールによる誘導経路だ。 半端なサイズも災いしてか、壁のようにずらりと並んだボールであっても飛び越えるという発想はないらしい。ましてや行き止まりでなくきちんと道になっているものだから、体当たりするという選択肢も湧かないようだ。 「ん~?」 広さはそこそこにあれど、左程隠れる場所のない館内の一角。 首を捻ったとらが、舞台横の小さな暗がりを遠目に覗き込んだ。誰かがしまい忘れたのだろう、裏方に続く扉脇に重ねて置かれたパイプ椅子によって生まれた影に光を入れないように、身を屈めて隙間を覗き込む。 暫く緑の双眸を眇めるようにして見詰めていたとらは、しかし不意に口端を持ち上げた。抜き足差し足、音を立てないようにそっと近付いて息を吸い込む。 「悪いごいねが~?」 がらら、と一気に椅子を引き摺って避けた瞬間、案の定の絶叫が空気を震わせた。 目も口も、それどころか手足も見当たらないのにまさに泡を食らった態度で飛び上がった巨大煎り豆が、椅子の影から飛び出して広い体育館の中へと逃げ出す。 だがその先はといえば、そこかしこから悲鳴が響いて攻撃の飛び交う戦場だ。 豆によって性格が異なるのか、それとも単に四方八方から迫る大音量に道を塞がれたのか、右に跳ねては左に跳ね、落ち着かなくぴょこぴょこごろごろしているだけだ。 その背後へと再び潜み近寄ったとらが、豆の背後、だと思しき方向から「あ゛っ――!」と大声で叫ぶ。 再びびっくぅ、と飛び跳ねた豆が一目散に声とは逆方向――舞台上へと逃げ出すのを、とらは楽しげに追い立て始めた。 「しっかし、こんなにあちこちから飛び出してきたんじゃ超直観も何もねえなあ」 そんな一方で眉を寄せるのはプレインフェザーだ。 脅かす側の大声に脅かされる側の絶叫、更には攻撃の音や足音までもが館内に反響して、騒々しさは二重三重に広がっていく。 その音に触発されるのか、どうやら勝手に隠れ場所から飛び出してくる豆まで居るようだ。 辛うじて音から遠ざかる経路を見付けたのか、しっかりと閉じられたドアの方向に逃げだそうとした巨大豆をトラップネストで絡め捕り、麻痺状態に陥らせてから溜息を吐く。超頭脳演算で補強された集中力の前であれば、素早くはあれど単純に逃走する豆を捕獲することに然程の難はない。 「そう騒がなくても、取って食いや……するのか」 痺れても尚逃げ出したいのか、それとも怯えているだけか、心なしかぶるぶる震えている豆を拾い上げたプレインフェザーが、宥めるように言いかけた口の端を下げた。 宥めようとした筈が真逆の死刑宣告に、果たして理解しているのかはさておいても、エリューションが一際大きくぶるっと震える。 「ま、怖い思いもうしたくねえだろ? 大人しく倒されてくれよ」 ほんの少しばかり慰めるような口調で言いかけた時、すぐ足許を更に一体の豆が駆け抜けていった。 「わっ」 豆の逃走経路上にいたまおが、慌てて飛び上がり面接着で豆の体当たりを避ける。が、何故かぐらりと揺らいだ視界に足許を見てまおが瞬いた。 「踏んじゃってごめんなさい」 都合の良い場所に居過ぎたか、踏ん付けられた豆が潰れていた。 ぷるぷると震えていた豆から飛び降りようとした瞬間、別方向から追い立てられてきた豆が幾つも、踏み付けた豆に勢い良くぶつかってきた。どうやら道の栓になってしまっていたらしい。 「ごろごろ巻き込まないでくださいぴやぁぁぁぁぁ」 豆の雪崩に巻き込まれたまおが、細い悲鳴を上げる。 「まおさん、大丈夫ですか? 早いところ追い込んで追い込んで、一網打尽してもらいましょう」 丁度豆の群れを追い立てていた小梢が、まおに手を貸して立ち上がらせる。 豆退治への積極性に欠けた緊張感は、元々の性格もさることながら、今回ははじめから追い込むことに焦点を当てている所為だ。 「範囲攻撃とかないし、今回防御とかあまり考える事もなさそうだし……うわ、ほんとに追い込むしかやることがない!」 踏まれた揚句に幾度もの体当たりの犠牲となって伸びている、のかやられてしまったのか、取り残された豆を取り上げてまじまじと観察しながら声を上げる。 けれどそうしてじっと豆を見詰めていた小梢が、眼鏡の奥でそっと瞬いた。 「豆からキーマカレーができるなんて、カレーって素晴らしいですね」 キーマカレー食べたい、食べたい、食べたい……。 「小梢様?」 奇妙な念が聞こえた気がしてきょとんとしたまおに向き直り、小梢は柔らかく微笑んだ。 「そんなかんじで草食獣の眼で見つめれば、上手く追い込めるんじゃないかな」 その答えは、神のみぞ知る。――追われる豆がまた一つ、二人の足許を駆け抜けていった。 着々と舞台への道を、望まずともエリューションが追い立てられている頃。 舞台の中心で仁王立ちとなるベルカの姿があった。四方から誘導されてくる豆の前へと一見無防備にも見える立ち姿を晒しているのは、アッパーユアハートによる誘因を狙った豆の惹き付け役を担うからだ。 「鬼を打倒するでもなく、福として年の数を食されるでもなく、ただただ打ち捨てられた豆たち……その無念、全て受け止めて見せる!」 「それは良いんだが、ベルカ君。一斉に集まってきたな」 大丈夫かい、と世間話めいた口調で言いかけながら、烏が舞台上の舞台幕の影や緞帳の裏を覗く。 超直観と集音装置で思考と聴覚からの情報を絞ろうとはしているものの、壁や天井に反響し、その音さえも更に反響する大音量が様々な方向から迫ってくる所為で、普段ほど役に立っているかとなると些か怪しいところだ。しかしながら視界の開けた舞台上だけに、あちらこちらから追い立てられてくるエリューションも見逃しようがない。 「しっかし、うるさいねえこれは。本当、何がどうなってるって言うんだい。全く……」 エリューションを探し追い立てる一方で、最後の窓の鍵を念の為に確かめて、付喪は聴覚を叩き付けるような絶叫に眉を寄せた。 追い立てられた上に逃げ道も隠れる場所も塞がれて、泡を食らって視線の先を駆け抜けていくエリューションへと視線を定めると、舞台上に構えるベルカの方向へと誘導するように反対から回り込みマジックミサイルを放つ。 「ベルカ、そっちに行くよー。気を付けなー……まあ、私が誘導してんだけどね」 どこか呑気に聞こえる口調も、豆の折り重なる絶叫に圧されてベルカまで届いているのかは定かではない。 しかしながらベルカの、 「貴様らが激突すべき鬼はこちらだ! さあ、遠慮なく突っ込んで来い!」 煽っているのか鼓舞しているのかは今一つ分からないまでも、豆の絶叫に勝るとも劣らない大喝に、どうやらアッパーの効果は発揮されたらしい。 特に近付いていた数体が大きく跳ねると、逃げ出すどころかベルカへと突っ込んでいく。 「うおおお、鬼はうちぃぃー!!」 アッパーから零れた豆はそれでも少ないとは言えず、しかし、チェインライトニング――付喪の手にするハイ・グリモワールが、彼女の動きか込められた魔力にか知れず、仄かにページを浮かばせた。何処かで雷の弾ける音が小さく跳ねる。 「炒り豆じゃなくて焦げ豆にして成仏させてやるよ」 「百舌鳥君、確か月杜君達が料理にするようなことを言ってなかったかい」 かつて弓矢の一撃の元に林檎を打ち抜いた伝説の英雄が如く、B-SSの鋭い銃声を重ね合わせるように響かせながら烏が声を掛ける。 「あー、じゃあまあ加減するよ加減。気持ち、気持ちね。――威力に影響有るか?」 そんなの私だって知らないよ。 付喪の不敵な笑みは、鎧の下へ密やかに隠されたのだった。 「ぜーはー……思いの外キッツいわこれ……」 壇上に上がる経路から逃げ続けた豆の残る一体を仕留めた夕奈が、大きく肩を上下させて大きく息を吐き出した。 館内を駆けずり回されて、すっかり息が切れている。 「これで全部か?」 言いながらベルカが壁の隅の翳った地点、暗幕のカーテンが寄せられて塊になった場所へと手を掛ける。 「あ、待ち――」 事前に影潜みで情報を得ていた夕奈が敢えて後回しにしていただけに、慌てて声をかけるより早くカーテンが開かれて。 『キャアア「ああもう! やっかましいわおどれら!?」 誰が攻撃に移るより早く、切れた夕奈の怒声が空気を揺らした。豆の方まで気圧されたようにビクリと跳ねたきり、再び響きかけた悲鳴も途中で呑み込んでいる。 「ええから大人しいせえ! こら! こらあ!!」 気のせいか大人しくなってしまった豆エリューションに、しかし容赦なくアサシンズインサイトが降り懸かり、お得意の悲鳴の一つも上げないままで、今度こそ最後の豆が倒れる。 「けったくそ悪い悲鳴あげよってからに、永遠においてけぼりの方が良かったんかいな。おいてけぼりやったら、迎えが来た時ちっとは喜びいや……」 苛立たしげに顔を顰めて巨大豆を取り上げたところで、はたと我に返ったように周囲を見回す。 そうして向けられた視線へと。 「……ほ、ほな。掃除しよか」 今ので最後の筈やし、と、取り繕うようににっこりと笑った。……少しばかりその表情が引き攣っていたのは、きっと仕方のないことだ。 ● 所変わって、アーク本部の調理室。 「ふっふっふ、楽しみだなキーマカレー」 カレーの匂いを部屋中に漂わせて鍋を掻き混ぜながら、梢が表情を綻ばせる。 「カレーにしたらいくら大きな豆だっていくらだって食べられちゃいます」 「しかし大豆は油としての需要が一番大きいらしいな」 豆知識だが、と言いながら、ベルカが出来上がった料理を並べていく。 「スープも出来たよー」 ミキサーにかけたクリーム状のスープを鍋一杯に満たして、とらが声を弾ませた。 トルティーヤの横にはチリコンカーンに化けたエリューションが湯気を立て、チリビーンズや砕いた豆もたっぷり盛られたサラダ、ベーコンや玉ねぎの香りが生きた豆のトマト煮など豊かな香りが入り混じって嗅覚を刺激する。 とらがレシピを調べた携帯を閉じ、スープ鍋をそれらの面子に仲間入りさせれば一頻りの支度は整った。 「月杜様のお料理、まおはとっても食べてみたいです」 バイキング形式で自由に取れるように整えられたテーブルを見たまおが、豆をそのまま砂糖醤油に浸して噛み砕いていた手を止める。 「因みに小豆で餡は作れるが大豆で餡は作れないんだよな」 エダマメの時期なら所謂ずんだと言って作れるわけだが、大豆になると作れない不可思議、そんなおじさん豆知識講座でした。 「そう、豆だけに」 「晦、きな粉出来たか?」 烏の披露する豆知識が終わるかどうかのタイミングで、プレインフェザーが声を掛ける。 「おまちどおさん」 挽き終えられた大豆の粉が皿に移されてテーブルに並ぶと、すぐにこんがりと焼き上がった餅も並んだ。 様々な香りの満ちた豆尽くしの料理達に、それぞれの食指が伸びるまで然程の時間はかからなかった。 ――尚、これは暫し後の話となるが。 テーブルの一角に、腹を抱えて突っ伏す小さな少女の姿があった。 果たして古い豆が腹にあたったのか、それとも食べ過ぎたのかは不明ながら。 命懸けとは言い難いこの瞬間、意地で空にされた皿を前に、運命の力が傾けられたことを知る者は少ない。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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