● 錆びた臭いがする。四宮さんについて『ヒトダスケ』を行って慣れてきた臭いだった筈だ。 「四宮、さん」 酷く鼻につく臭いを拭いながら松虫統太は武器を握りしめた。 何て事無い事件。何時も通り『化け物』を殺して、また人を救ったねと掌を重ね合わせるだけ。 何て事無い、純情だった。 「四宮、さん……?」 朱莉とその名前を呼んだ事も無かった。英雄(かのじょ)に救われた時、やけに頼もしく見えた背中は今は如何してだろう、頼りなく見える。 ふら、と揺れる足が此方に向かって来る。何時もなら「統太君」と呼んで笑う筈の唇は一度も動かない。 「四宮さん、如何したんですか。ねえ、――」 ずきり、と右腿に痛みが走る。女の唇から、綺麗な歯並びが覗く。 『あのね、統太君。もしも私が、バケモノになったその時は、統太君が私を殺して欲しいな』 きっと何時か、気付くだろうとは思っていた。 手を繋ぎ合せるだけの優しい恋に終止符が打たれる事なんて。 きっと何時か、分かると思っていた。 彼女があの時、寂しそうに笑っていた理由が。 ●『恋色エストント』月鍵・世恋(nBNE000234)は恋愛小説を嗜む。 ブリーフィングルームに集まったリベリスタを見回して、困った様に世恋は肩を竦める。 「ハッピーエンドが欲しくても、本当にそうなるかは運次第――困ったものよね。 急にお呼び立てして御免なさい。少し、お願いしたい事があるんだけど……」 「『バッドエンド』のお話しなのですか?」 『朔ノ月』風宮 紫月(BNE003411)はブリーフィングに集めた面々を見回した後、世恋へと先を促す。 机の上に置かれたのは二枚の写真。 一枚は、笑顔が愛らしい黒髪の女性。年齢は『囀ることり』喜多川・旭(BNE004015)と同じくらいだろうか。 もう一枚は、何処か照れ笑いの困り顔をした青年。一枚目の写真の女性より少し年上に見える――丁度、『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)と同年代にも見える。 「可愛らしい子ね。……それで、世恋。この二人の何が『バッドエンド』なのかしら」 くす、と唇を歪めた『慈愛と背徳の女教師』ティアリア・フォン・シュッツヒェン(BNE003064)は二枚の写真を合わせる。どうやら同じ場面の写真らしい。互いに向き合っているのが隣り合わせに置けばよく分かる。 「二人はフィクサード。女性の名前が四宮朱莉、男性が松虫統太よ。ティアリアさんが合わせてくれたお写真の通り、二人は恋仲です。そんな彼等がとあるアザーバイドと交戦し、撃退した事が観測されたわ」 「撃退……? それって、リベリスタじゃないの?」 「確かに人命第一、世界の平和を護る為ならと言うなら彼女はリベリスタね。 でも、人命を第一にするあまり、神秘の秘匿は行わない。ある意味で正義により過ぎた結果、とでも言いましょうか」 旭が「ふしぎ」と呟くのも致し方がない。朱莉は正義に寄った行いを行っている。 人を救うが為にアザーバイドと戦い、人の命を救うが為ならば何でも行ってきた。 「統太さんは朱莉さんに救われた一人。其処から彼女についてフィクサードとして行動しているわ。 彼等のプロフィールはあまり関係ないのだけど……ここからが本当のお願いよ」 写真の中で笑う女の表情を見詰めて世恋は袖口をきゅ、と握りしめる。肩口で緩く結んだ白色を揺らし、「あの」と囁いた。 「一人のノーフェイスを、殺してきて欲しいわ」 「ノーフェイス、ですか? お姉様」 『戦奏者』ミリィ・トムソン(BNE003772)が首を傾げ、沈黙する。 バッドエンド。この話しの登場人物は『二人だけ』だった。 「……恋仲の片割れが、ノーフェイスになったのかぇ……?」 自身も愛する人がいる『ふたまたしっぽ』レイライン・エレアニック(BNE002137)の声は幾許か震えていた。 「ええ。四宮朱莉はノーフェイスになったわ。アザーバイドとの交戦結果で、ね。現在のフェーズは2。このままではフェーズ進行の可能性もあり得るわ」 「自我は、」 「……ほぼ、ないわね。身体も人間のそれとは違ってきている。朱莉は現在一人のフィクサードと交戦中よ」 この話しの登場人物は『二人だけ』。旭が「なら、そのフィクサードって、」と掠れた声で聞いた。 「交戦中なのは松虫統太。このままでは彼はノーフェイスに殺されるでしょうね。 『私がノーフェイスになったら貴方に殺して欲しい』なんて言葉を真に受けて彼は戦ってるんでしょうね」 だから、と世恋はもう一度息を吸う。お願いしたい事はただ、一つだけ。 「――ノーフェイスを、殺してきて」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:NORMAL | ■ リクエストシナリオ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年02月13日(木)22:17 |
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■メイン参加者 6人■ | |||||
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●case:0 その日は、やけに暖かい日だった。 降り注いでいた雪も止み、積もったそれも少しずつ溶け始めたそんな如月の日。 優しい光を浴びながら、雪とは対照的な色をした緑色に、未だ芽吹く季節を待っている花壇の中の種に。 早く春になれ、と優しい気持ちを抱けるようなそんな日。 「――逃げてもいいんだぜ」 甘言はそっと、今日を何も知らないまま、傷つかないただの『優しい日』にしようとしていた。 ● それは呪いの様な『感情』論。恋愛感情とはげに恐ろしいかな。自分、相手どちらもが神秘に携わる『ふたまたしっぽ』レイライン・エレアニック(BNE002137)が何時も抱かずには居られない事がある。 「恋人がノーフェイス化……かえ」 レイラインにとっての恋人の存在の大きさは語るに及ばないだろう。 人は恋をすると変わっていく。可愛らしい格好をしたり、何時もより化粧に気合を入れて、彼の好みになれる様にと、必死になる。 「事象として有り触れた、と言えば」 『戦奏者』ミリィ・トムソン(BNE003772)にとって、それは『有り触れた』些細な出来事であったのかもしれない。 この世界には有り触れた出来事だった。やけに優しく降り注ぐ陽光を受けながら結った黒髪を揺らしながら『朔ノ月』風宮 紫月(BNE003411)は確りとした足取りで、雪解けの中を歩いていく。 梅の花が未だ咲き綻ばないそんな頃。紫月にとっては当たり前の事象は重く、圧し掛かる。 この世界の一般常識だった。戦いに戦いを重ねていけば行くほどに運命の寵愛は削れていく――この世界に神様がいるならば、その神様が愛してくれたことだけでも『奇跡』と呼ぶに等しいのかもしれないが――『運命』は削り取られて行く、常識だった。 「運命を削らずに……戦わずに居れば、しあわせだった」 「それても、」 戦わずには居られなかった。『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)が続けた言葉は端的であれど、重しの様だった。 まるで身体に鉛を付けられた感覚にレイラインはフェザーナイフを握りしめて肩を竦める。 「……他人事では、いられんのう」 その日はよく晴れていて。 『囀ることり』喜多川・旭(BNE004015)が花が綻ぶのを楽しみにする様に、世界は単純に巡っていく。 だからこそ『慈愛と背徳の女教師』ティアリア・フォン・シュッツヒェン(BNE003064)は生温い笑みを浮かべるしか出来ない。 鉄球についた鎖の冷たさをほっそりとした指先で感じるたびに彼女は溜め息にも思える吐息を唇から吐き出した。 「――本当、お人よしばっかり」 ●case:1 ――あのね、統太君。もしも私が、バケモノになったその時は、統太君が私を殺して欲しいな。 いつかの言葉の意味を喜多川旭は良く分かる気がした。 人を救う為の事だから。座り込んだ青年にゆっくりと微笑みかけて、旭は手を差し伸べる事を止めやしない。 「よかったらアークに来ない? 無理強いはしないよ」 それが、彼女にとっての『慈善活動』。誰かを救う手立てなのだから。 「今後もフィクサードとして活動を続けてくなら、ひとつだけ、気をつけていて欲しいことがあるの」 否定はしないまま。それでも、旭は人を護る事は止めたくは無かった。 失わないで済む物があるなら。 「神秘を秘匿して。命をまもる、それはもちろんだいじだよ? でもね。神秘を知っちゃったばかりに、人生が狂ったり、命を落としたりそういうひともいるの。 どうして人命がだいじなのか。それを考えてみてくれるとうれしーな」 ――皆を、護ろう? ね、統太くん! 自分は、と青年は唇を震わせ、泣いた。 ● 膝を付き咽喉から息を漏らした松虫統太の膝ががくがくと揺れた。彼の目の前に存在する『異形』を見つけ、光りの珠が襲い掛からんとする所へとレイラインは身体を捻り飛び込んだ。 二股の尻尾が揺れ、光りの珠を弾いたフェザーナイフが鈍い音を立てる。 「……、え」 目を見開く青年へと『勝利の証明』が与えられる。勝利を求めるミリィの圧倒的な執念を受けとめた統太が溶けかけの雪の中膝を付く。ジーンズ越しに雪の感触を感じ、青年は強張ったままの肩を揺らし、厚み寄ってきた小さな少女を見詰めた。 「御機嫌よう、松虫統太さん。――そして、四宮朱莉さん」 名を呼ばれた事に驚く統太の眼前に地獄の業火が現れる。腕を振り下ろした旭がミストブーツに包まれた脚先を浮かし、光りの珠の放つ矢を避ける。柔らかなドレスの裾に広がっていたレースは陽光を浴びて影を落とす。 「え」と声を漏らしたきりの青年に柔らかに天使の恩恵を与えながらティアリアはこてん、と首を傾げて笑う。 「ごきげんよう、松虫統太。お節介焼きなアークが余計なお節介を焼きに来たわ」 「アー、ク……」 丸い瞳を受けとめたティアリアは鉄球を手に背を向ける。体力の付きかけていた彼を再度包み込んだのは紫月が連れていたフィアキィの緑色のオーラ。優しく包み込むグリーン・ノアを受けとめて、青年の手をとった紫月は目を伏せる。 「『余計なお節介』、でしょうけれど……」 「四宮さんを如何する気ですか。あの人は、俺が」 ぐ、と脚に力を込めた統太を支える紫月の瞳に翳りが生まれる。 此処までしても戦うのは何故なのか。戦わなければ幸せだった。一般人の様な有り触れた幸せに、有り触れた優しさに――世界の理不尽さなんて知らずに生きていけるとは思わない。 それでも、少しでも幸せだった時間を伸ばす事はできた筈だった。 「何故、戦うのでしょうね……? 侭ならない物だと理解してはいるのですけどね」 「あの人は、誰かを助けたかったんだと、思います。 だから、あの人が……四宮さんが、望んでくれるなら、」 俺が、と続く言葉を遮ったのは快の背中。朱莉が放った弾丸は凄まじいまでの早撃ちで統太へと襲い来る。敵を殲滅する為の加護を与えながら砂蛇のナイフは弾丸を切り捨てる。鉄に弾丸がぶつかる鈍い音が響き、青年は息を吐く。 「本当に、彼女を殺す覚悟はあるのか?」 真っ直ぐな言葉は、彼らしからぬ言葉であったのかもしれない。 いや、同時に『彼』らしい言葉であったのかもしれない。広く手が届けばいい。手が、伸ばせればいい。強欲でなければ、誰も護れないことを快は知っていたのだろう。「本当に、できるのか」と繰り返し問われた言葉にフィクサードの青年の膝が嗤った。 ふわ、と浮かび明るアカリを受けとめた旭の瞳は笑わない。一歩踏み出す旭と入れ替わる様にレイラインは時を刻む。 統太の表情にレイラインの中に戸惑いが生まれたのは仕方がない。他人事ではいられない終着点(ピリオド)の打ち方。 テリーと自分、そのどちらもが紫月の言う『戦わずには居られない』人間なのだから。 長い幸せは何時だって求めている。未来永劫隣に居ても良いと思える人ならば、尚の事。 ――わらわだって、 ふる、と首を振るレイラインの戦闘用ゴシックドレスの裾が翻った。 「……どんな終わり方になっても、苦さばかりが残りそうじゃて」 ●case:2 誰かと一緒に誰かを護る。自分一人で誰かを護る。護った果てに何かを得て、失う。 単純な繰り返し。ルーティンワーク。 ミリィと呼ぶ声に振り返るたびに、繰り返しを思い知った。 そんな経験を何時だって繰り返してきた。繰り返すたびに自分の無力さを思い知る物だ。 「もう、誰も失いません」 ――なんて、何時か言える様になるのだろうか。 今は、少しでも良き終わりを。 「任務開始。さぁ、戦場を奏でましょう。最後の約束を、果たす為に」 ● 張り巡らされた強結界の中、紫月はカムロミの弓を構える。 世界を隔てたエクスィスから与えられた恩恵に力を得た彼女は鮮やかな紫を揺らし目を伏せた。 「私達の介入が邪魔なのであれば、彼女との戦いの邪魔はしませんが……どうされますか?」 「俺は、四宮さんを殺せますか?」 自問自答。そして、自問他答。 他人に問うことではないと知って居ても統太という青年は聞かずには居られなかったのだろう。 紫月が繰り出す炎は降り注ぐ。その中で踊る様に火を振り翳す旭の若葉色の瞳は揺らめいた。 このままの『迷い』が生み出す結果を喜多川旭は知っているから―― 迷いを生じさせるフィクサードと彼を護りながらアカリとの戦いを展開し続けるリベリスタの中でも一風変わった雰囲気を持っていたティアリアはドレスを揺らし、淡い息を吐く。 (……そもそも、この事件は自業自得なのよ) 呆れ共取れるその息は青年の不安を更に大きくした。しかし、ティアリアという女の淡泊さはある意味で人間らしさとも取れる。 『お人好し』揃いのリベリスタの中でもティアリアは珍しいほどに現実主義だ。冷めきった、とはまた違う。残酷さを持ったサディストは鉄球の鎖を握りしめる。 自業自得―― 一人は、ノーフェイス化する事を自ら予測していながらそれに手立てを打たなかった。 一人は、「殺して」と冗談めかして発された言葉がこの『未来』を暗示していたと予測しなかった。 両者が『最悪』をイメージして居たならば『今』はここには無かったのだろう。 「わたくしも、お人好し……なのでしょうね」 「え?」 「いいえ。何も。ああ、けれど、貴方、約束を果たしに来たとは言え、逆に返り討ちになって約束を護れなければ意味がないでしょう?」 四宮朱莉を、殺して下さい。 躊躇も、何も抱く訳がなかった。青年が懸命に戦っていなければ。 朱莉の放つ弾丸を受けとめたレイラインは「こっちじゃ!」と声を上げる。全ての攻撃が青年に向かぬ様に。――愛しい人をその手で殺めさせない様に。 レイラインの声に反応したアカリ達が彼女へと集まり出す。 隙を付いた様に立ち上がった統太が「四宮さん」と叫ぶ言葉を制止して快の瞳は冷徹な色を灯した。 「彼女の最後の言葉は、せめてもの最後の願いでもあったのだろう。けれど同時に、あれは君への呪いを課す言葉だよ」 四宮朱莉にとっての最後の願い。快はそれをよく理解していた。 その両手を赤く染めた事があるからこそ『呪い』であると、分かっていた。 同じ様に人が死ぬ場面を何度も見てきたティアリアが「殺せるの?」かと問うのにも理由があるだろう。 「一先ずは、ここを抑えましょう」 朱莉を含んだ攻撃対象。今まで戦ってきたエリューションと何ら変わりもない。人では無い『異形』は銃を握りしめ弾丸をばら撒き続ける。 弾丸を受けとめるレイラインへと癒しの恩恵を与えながらティアリアはお人好しな仲間達を見詰めていた。 「君に残る呪いは一生消せない物になる。『記憶』として、君の中に深く刻み込まれるんだ。 愛しい人を殺した傷が、胸に残り続ける。後悔とか罪悪感とか無力感とか、色んな感情と共に彼女を殺した瞬間が記憶になる」 快の言葉に統太が荒い息を吐く。彼の様子にミリィは気を配りながら閃光を広めていく。 (――最善は、何処でしょうね……?) その最善の為に戦う旭も、レイラインも松虫統太の答えを待ち続けている。 「彼女は、消せない記憶となって君の中に永遠に残り続ける。 だから、これは、君を愛した彼女が最後に残した――呪いだ」 恐ろしいほどにおぞましい言葉だった。快から齎される『呪詛』は統太の身体を駆け巡る。 自分の命を救ってくれた人だから。たったひとりの人だった。 「俺は……」 「君が彼女の呪いを受け止める覚悟があるなら――俺達はそれを手伝う用意がある」 「俺は……っ!」 それでも、と立ち上がる青年の手に握られたナイフ。血に汚れないまっさらなソレ。 いつも、『統太君には早いよ』と自ら引き金を引いていた彼女と戦う為に用意していたナイフの切っ先が優しい日を受けて煌めいた。 弓を爪弾きながら紫月は最後だと言う様に小さく問う。 「……出来ますか? 貴方に」 「逃げてもいいんだぜ。俺達はそれを責めないし、止めない。代わりに引き受けるつもりもある」 重なる様に、言葉が二つ。青年の手に握られたナイフがふるりと震えた。 ●case:3 レイライン・エレアニックにとって、不都合が一つあった。 自分と恋人にある沢山の可能性のうちの一つの『可能性』が目の前にあるからである。かじかみテリーは確かに優しい。自分にとっていい恋人だ。 何れそうなる事が分かっている。否、解って居ても得たいと思う。 誰かを愛することで失う恐怖を持たなければいけないと風宮紫月は理解していた。 「でも、人とは……」 損な生き物だ。失う恐怖があっても得たいと思ってしまうのだから。 ティアリア・フォン・シュッツヒェンが告げた『自業自得』という言葉もそこからくるのだろう。 新田快にもその想いはあった。人を殺めなければいけない、人が死んでいくのを彼は何度だって見てきた。 「よくある死別だよ……神秘界隈では、ね」 有り触れているからこそ、その理不尽を受けとめるだけの耐性はついていた。 愛や恋は綺麗な感情ばかりでは無くて。卑しい想いも、残忍なまでの想いも、全てを含んだものなのだから。 手も触れた事無い純情が。名前も呼べない純情が。触れたら――壊れそうな優しさが。 「だからこそ、『綺麗』なんだろうね」 ――同時に、其処に呪いを植え付けるんだろう、ね。 ● 「貴方が倒れ、負けたら、あの子が無関係な人を殺し暴れまわる怪物になるのよ。何を意地を張っているの! 何を、怖がっているの!」 ティアリアの言葉に膝が揺れる。青年の背を押す様にティアリアのソプラノが付きまとう。 呪いを帯びた様に身体が固まっていく。レイラインの刃を受けとめた四宮朱莉は――バケモノは満身創痍と言った様子で呻き声を上げていた。 「四宮、さん……?」 ふら、と少女の足が揺れる。細い足首がやけに印象的な少女だった。 迷いが未だに生じている。ナイフを握りしめる段階になってから、改めてその姿を見た時に、殺すと言う恐怖心が胸を過ぎったのだろう。 『呪い』が、其処にはあるのだから。統太の手が震え、足が止まってしまう。 色白の可愛らしい少女の横顔を見詰めながら炎を纏った旭は魔力鉄甲に包まれた拳をギュッと固める。 「ばぁか」 余りに、気の抜ける言葉だった。 ぽかんと口を開けた統太の横顔に旭は小さく首を振り莫迦ともう一度振り絞る。 「どうして朱莉さんは、あなたにころして欲しいって願ったんだとおもう? 掲げる正義のため……それもあるとおもう。 でも何より、あなたがすきだからだよ。信頼してるあなただから。 フェーズが進んだら朱莉さんはより確実に、あなたを殺す」 だからこそ、リベリスタは此処に居た。光りの閃光を放ちながらミリィはタクトを振るい上げる。 誰かの手を借りるのは不本意なのかもしれない。乱れた音階の中、たった一つの正解を見つけ出すのは困難なのかもしれない。 それでも『最善』があるならば手を伸ばすに居られないのがリベリスタなのかもしれない。 「そうなっても傍に居るだろう統太さんを、誰よりまもりたかったからじゃないかなぁ あなたをまもりたい。それがきっと、彼女のさいごの願いなんだよ」 ――あの人が、自分を護ってくれた『英雄』だった。 四宮朱莉は松虫統太にとっての英雄であり、愛しい人だった。 『英雄』は、何時だって自分を護ると懸命に戦っていた。その結末が、これだっただけなのだから。 「それ以上は、やらせんぞ!」 少女の掌から銃が滑り落ちていく。繰り広げられた攻撃で『ノーフェイス』の手にはもはや力は入らなかった。 レイラインが、旭が、紫月が、ミリィが与えた攻撃が。ティアリアの回復と快によるカバーのお陰で戦えるまで回復した統太の目が見詰めたのは変わり果てた愛しい人の姿。 銃を取りこぼした、たった『ひとり』の命の恩人。 「統太さん、お願い。叶えてあげて、」 たった『ひとり』の為の英雄はぼろぼろになって立っていた。 情けないほどに涙が溢れだす。前に走る青年へとレイラインは首を振り、紫月は弓をそっと、下ろす。 普段から見られる笑顔も。統太君と嬉しそうに呼ぶ声も聞こえない。呻き声に重なる様に少女の唇が小さく動く。 ―――…… 彼女の唇の動きを見て快は目を伏せる。旭は小さく首を傾げてゆったりと、笑った。 「だから、今度はあなたが、朱莉さんの英雄になって」 胸に深々と突き刺さるナイフが。少女の胸から溢れる血が青年の掌を汚していく。 力が抜けていく華奢な身体を受け止めて、青年は滑るように膝を付いた。 落ちるナイフが空虚な音を立てて転がった。 膝を付いた青年の背中はさっきよりもずっとちっぽけに見えて、ティアリアは目を伏せる。 浴びた呪いは一生消える事のない傷となる。外傷では無く、胸の中に深く刻まれて行く『呪い』となって彼を傷つけた。 「彼女にとっての英雄は――自己犠牲をも厭わずに想いを貫いてくれる人は、彼だけだったんだろう」 彼にとっての英雄は、彼女にとっての英雄だった。『ひとり』のための『ひとり』だったのか。 快の掛けた言葉は統太の心に深く残った事だろう。消えない想いとなって、これからの彼へと何らかの影響を与えたのだろう。 「彼は……これから、どうなるのでしょうね」 そっと目を伏せたミリィは心配ですね、と声に乗せる。リベリスタは誰も答えやしない。 一つ落とした瞬きの向こう側、 「朱莉さん――……」 それが初めて呼んだ名前だった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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