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陳梨花という名のフィクサード

●陳・梨花
 陳梨花(チェン・リーファ)と呼ばれるフィクサードがいた。日本七大フィクサードの一つである六道の中で育った梨花は、幼少から徹底的に何かを詰め込まれる。
 それはナイトクリークの武技であり。
 また暗殺者の心得と体捌きであり。
 人を騙す為の会話術であり。
 負けた時の遁走術であり。 
 彼女は六道のフィクサードとして暗躍する。表で、裏で。見えるところで、見えないところで。穢れ、汚れ、誰にも認められぬ悪名を受けて。
 そうして汚泥の中でもがき、何かを得ようとして戦い、そして何も得られず力尽きた。
 それは言ってしまえば自業自得でしかない。生まれはただ不幸というだけであり、悪事を重ねたのは自分の意志であり、他者を虐げて己の快楽としたのは確かだ。それ自体を悔いるつもりは全くない。他の六道の同胞のように、くだらなく死ぬ。それ自体はにどうでもよかった。
 ただ、梨花には執着があった。今まで散々他人の心を折ってきたのに、折れずに自らに挑んできた者たち。
 アークのリベリスタ。
 どれだけの絶望を見せても、彼らは折れずに挑んでくる。いつか彼らの心を砕き、絶望に落としてやろうという執着。
 アークの戦う姿は梨花にとって――酷く眩しかった。
 不幸にも逆境にも絶望せず、自らの信念を貫く姿はどうしようもなく眩しかった。嗚呼、どうして自分はこうならなかったのだろうか。もしかしたら、不遇な状況にもう少し抗えば自分もこうなっていたのではないだろうか。誰かが少し手を差し伸べてくれれば、何か変わったのか。
 それは無意識の反応なのか。それともそういう心を『本体』から切り離す為に行われたことか。
 幻覚を見せる陣の一つが、梨花から離れる。もう変えることのできない過去が、陣の中で形成される。
 もし、あのとき、ああしていれば。
 もし、あのとき、だれかがたすけてくれれば。
 
●アーク
 同時期に発生した強力なノーフェイス討伐任務の中、飛び込んでくる三ッ池公園内の神秘事件。
 それはノーフェイスが今まで生み出してきた幻覚を見せる『陣』と呼ばれる物の一つ。いわばノーフェイスの能力の一つ。
 それをここで破っておけば、ノーフェイスの能力を減衰させることができるだろう。
 幸い今までの陣とは異なり、強い絶望を見せ付けられるものではないらしい。そこまで確認し、リベリスタチームを編成した。




■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:どくどく  
■難易度:EASY ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2014年02月17日(月)22:08
 どくどくです。
 過去を変える事はできません。だから彼女が救われるわけではありません。ただこれは、餞でしかありません。
 それでもよろしければどうぞ。

◆成功条件
『紅水陣』の破壊。
 陳梨花が幻覚内でどのような末路となっても、成功条件には含みません。
 
◆敵条件
『紅水陣』
 陳梨花と呼ばれていた人間の過去を映し出す神秘です。分類するならEエレメントが妥当でしょう。
 接触することで梨花が過去起きた経験の幻影を見せられます。それは梨花の精神とリンクしています。そこに干渉することで、彼女の精神に影響を与えることができます。
 各幻影内に陣の核が存在します。核の場所はすぐに分かり、幻覚内にいれば宣言だけで破壊できます。いつ破壊しても構いません。破壊されるまで幻覚は続き、幻覚への干渉が可能です。
 幻覚に干渉して『事実』と異なる結果を生み出しても、現実の存在にはなんら意味を成しません。せいぜいリンクしている梨花の心が乱れる程度です。

幻覚の内容
1 人身売買
 ギャンブルの借金のカタに、六道に売られる梨花。逃げようと思えば逃げれたが、父親が泣いて頼むので、逆らえなかった。
 場所はボロアパート。売買に応じるフィクサードは二人。父親は一般人。フィクサードを倒せば、とりあえず人身売買は止まる。

2 蟲毒の壷
 六道のフィクサード育成場。三十人近くの革醒した子供を一箇所に集め、体内に注入された毒の解毒剤のために最後の一人になるまで殺しあわされる。
 20メートル四方の出口のない部屋の中。毒は神秘のものではなく、適切な治療をするかHPを一定量以上回復させることで消えます。

3 初任務
 研究施設の土地を得るため、孤児院に火をつける。梨花の良心を吹っ切る為のテストでもある。六道の中で生きていくなら、引くわけには行かない。それ以外の道など、想像できない。
 夜。梨花は黒い服を着て『気配遮断』を使って孤児院に近づきます。放火の瞬間には姿は丸見えになります。火を消すか、その前に梨花を止めるか。

4 父親殺し
 いつか六道にお金を返して自分を救ってくれると信じていた父親。だけど父は自分のことを忘れ、ギャンブルに溺れる毎日。それを知り、生まれて始めて自分だけの意志で人を殺す。
 夜道。一直線の道路。真正面からナイフを持って梨花は父親を刺しにいきます。彼我の距離十メートルほど。梨花を止めるか、止めないか。

 4つの幻覚の『紅水陣の核』を破壊すれば、依頼完了です。核の場所は、意識すればすぐに見つかります。幻覚の『結果』を変えずに壊しても構いません、変えてから壊しても構いません。
 幻覚の『結果』を変えても他の幻覚には影響しません。それぞれが独立しています。
 また、どの幻覚においても梨花の強さは一定して『10レベルほどのビーストハーフ(コウモリ)×ナイトクリーク』です。
 幻覚の主導権は梨花にありますが、支配力はそれほど強くありません。リベリスタは十分に力を振るえます。
 また幻覚内の梨花は、厳密には本人ではありませんが本人と同じ記憶と感情を持っています。会話を行うことは可能です。

 いきなり核をすべて破壊しても構いません。何かをしてからでも構いません。陣を破壊しさえすればいいだけの、イージーミッションです。
 そこに何を見出すかは、参加者達です。

 皆様のプレイングをお待ちしています。

●参加条件
 本シナリオは『『チャプスィ』という名のノーフェイス』と同時に参加できません。
 同時に参加した場合、後に参加したシナリオへの参加を除外する等の措置が行われます。
 この時、使用されたLPは返還されませんのでくれぐれもご注意の上、参加をお願い致します。
参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
アークエンジェインヤンマスター
朱鷺島・雷音(BNE000003)
アウトサイドナイトクリーク
犬束・うさぎ(BNE000189)
ハイジーニアスデュランダル
結城 ”Dragon” 竜一(BNE000210)
フライダークホーリーメイガス
シエル・ハルモニア・若月(BNE000650)
メタルイヴダークナイト
黄桜 魅零(BNE003845)
ナイトバロンクリミナルスタア
熾竜 ”Seraph” 伊吹(BNE004197)
★MVP
ジーニアスレイザータクト
鈍石 夕奈(BNE004746)
ジーニアスナイトクリーク
鼎 ヒロム(BNE004824)


「餞? ううん、まだ間に合う」
 幻覚の中、『骸』黄桜 魅零(BNE003845)が呟く。根拠はない。むしろそうあってほしいという願望のほうが強い。だけど、許せないことがある。例えもうどうしようもない過去だとしても、人身売買だけは許せない。
「壊すだけなら簡単なお仕事だけど、こういうのを見せられるとねぇ……」
 紅水陣の幻覚を見ながら『純潔<バンクロール』鼎 ヒロム(BNE004824)がため息をつく。賭博で身を滅ぼすというのは、賭博で生計を立てているヒロムからすれば耳が痛い。だけど見過ごすわけにはいかなかった。

「頭の良き人のお考え……私には理解困難です」
『雨上がりの紫苑』シエル・ハルモニア・若月(BNE000650)は三十人の子供達を戦わせている部屋を見ながら、言葉を紡ぐ。道を究めるために、他者を潰す。それは癒し手であるシエルの考え方とは、真逆に位置していた。
「しっかし、蟲毒ってのは実に『六道』の好みそうなやり方だわな」
 ため息をつきながら『合縁奇縁』結城 ”Dragon” 竜一(BNE000210)は『壷』の中で争い会う子供達を見る。見たくないのなら、陣の核を破壊すればいい。どの道これは、ただの過去なのだ。だけど、竜一は『壷』の子供達に眼を向ける。

「過去を塗り替えることは、どんな奇跡をもってしても、無理なことだ」
『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)にも変えたい過去がある。思い出すたびに胸が締め付けられる辛い思い出。だけど、それは無理なのだ。だからこれからすることは、ただの自己満足なのかもしれない。
「自己満足なのは分かってる。でも、それでも私は……!」
 放火の為にやってくる梨花を探りながら『夜翔け鳩』犬束・うさぎ(BNE000189)が歯をかみ締める。握った拳は硬く、絞り出した声は震えている。ここで幻覚の結果を変えても、誰も救われないことなど分かっている。……だけど。

「俺は戦場で会う子供や小娘が苦手だ」
『無銘』熾竜 ”Seraph” 伊吹(BNE004197)は、梨花を見ながらそんなことを思う。違うと分かっていても、娘と重ねてしまうのだ。確かにあのフィクサードは憎たらしい相手ではあったが、それでも泣き顔を見るのは好きじゃない。
「父親殺しだけは気に入らんよって」
 自分でもらしくないと思いながら『プリックルガール』鈍石 夕奈(BNE004746)が影に自分を潜める。あのノーフェイスは過去に自分に『姉』を見せた。そのお礼だけは返さなければいけない。

 幻灯機は梨花の過去を写す為に回り続ける。


「ちょーっと待ちなよ悪党ども。その子を連れて行かせる訳にゃーいかねぇよー……てね」
「やめなよ。誰も人の人生を縛って良い理由なんか無いよ」
 ヒロムと魅零は梨花を連れ去ろうとする黒服の男の前に現れる。何かを我慢するように無抵抗の梨花と、これで助かったと安堵の表情をこぼす父親。
「娘を金にするなんて最低! お前なんか、人じゃない! ただの……獣だ!」
 その様子を見て魅零は胸に痛みが走る。人身売買。自分自身も『商品』になった経験がある。逆らうことのできないシステムと暴力。その恐怖が心を襲う。大丈夫、と自分に言い聞かせて破界器を手にする。
「よしっ黄桜、死なない程度にひねって追っ払っちゃえ。俺はこの子と後ろで応援……はい、ちゃんと前に出て頑張ります」
 冗談めかしてヒロムが言うが、魅零の真剣な態度に気づいてカードの束を手にする。黒のカード束と赤のカード束。運命を手繰り寄せるといわれる破界器が宙を舞い、人買いを傷つけていく。
 撃退には一分も掛からなかった。六道のフィクサードは傷ついた仲間を抱えて逃亡する。たかが子供に命をかけてられないのか、引き際は鮮やかだ。
 残されたのは呆然と立つ梨花と、その父親。
「え? これはどういうことなんだ? 借金はチャラか?」
 娘の心配よりも自分の保身に走る父親に、ヒロムが近づく。
「ギャンブルで負けて身を崩したんだってな」
「これから逆転する予定だったんだ! 具体的にはバカラで……」
 父親の『予定』を聞きながらヒロムはダメだと落胆する。熱が入りやすく、人の話を聞こうとしない。誤った自己流で挑む。典型的な『カモ』といえよう。こういう人間はギャンブルをやってはいけない。
「いつか大勝ちするって信じてるなら、もう賭け事をやめな。ギャンブルはクールかつクレバーに行うもんだぜ」
 ざっくりとヒロムは言い放つ。
「あと借金のカタに我が子を売るのはいけないなぁ。育児が出来ないんだったら、俺が知ってる孤児院に引き取ってもらうから」
「待ってくれ。あの子は俺の子だから、孤児院に渡すとかできるはずがない」
「それはその子を売ろうとしていた人間が言う言葉じゃない! 一旦そこに座れ!」
 博徒として懇々と説教するヒロム。父親が攻められるのを見て、心配そうな顔をする梨花。
「お父さんに惨い事言ってごめんね? 父さん好きなんだね、素敵」
 そんな梨花をみて、魅零が声をかける。しゃがみこみ、その目線を梨花に合わせる。
 魅零は人身売買の辛さを知っている。モノとして扱われる惨めさ。自分の価値を刻み付けられる辛さ。人がモノに対して抱く心の冷たさ。それを味あわせるわけには行かない。
 例えこれが幻覚だとしても。
「これからお父さんが間違わないように貴方が支えて上げて。駄目なものを駄目って怒るのも愛だよ。
 陳梨花ちゃん、貴方の人生を生きて。誰かの為じゃない自分の為に」
 魅零は梨花を抱きしめる。勇気が伝わるように。
「ちゃんと生活できるようになったら、また二人で仲良く暮らすといいよ」
 説教の終わったヒロムが、梨花に告げる。これで一通り終わったかと、陣の核に手を伸ばし、それを砕いた。


『壷』の中は阿鼻叫喚。ナイフを持ち、自分が生き残る為に必死になる子供達。誰が生き残るかを見ている六道のフィクサード。
 それを、
「ハッハァー!」
 竜一の剣が砕いて壊す。フィクサードを裂き、『壷』を砕き、子供達は突然の乱入者に唖然となる。
「何時何処であっても、竜一様が居て下さるとほっとするものですね」
 その後ろからシエルもやってくる。手を出すまでも無く、六道の戦力は壊滅していた。
「よしよし、みんな。救いに来たぞ。争う必要はない。此処にいる必要ももうない」
「でも毒が……そうかこれも何かの罠なんだな!」
 疑心暗鬼に囚われた子供達は、体を苛む痛みから逃れようと必死になっていた。それは話を聞くことを拒絶し、目的だけを達成しようと思考を絞ることで迷いを消す生存本能。ナイフを持った子供達は、一斉に竜一に襲い掛かる。
 その気になれば全て打ち払えた刃を、竜一はあえて避けずに受けた。幻覚と知っていても痛みは感じる。その痛みに顔をしかめながら、竜一は言葉を続けた。
「誰だって必要に迫られて誰かを傷つけてしまう事はあるだろう。けれど、望んで君たちは誰かを傷つけたくはないはずだ。違うかい?」
「竜一様、お怪我を……!」
 癒そうとするシエルを制する竜一。その癒しは子供達の為にとっておいてくれと。その覚悟に押される形で、シエルは子供達を癒し始める。
「大丈夫、すぐに毒を消します……後もう少しだけ我慢して下さいね?」
 子供の衰弱具合と、六道のフィクサードが持つ毒の資料。まだ助かると確信し、シエルは呼吸を整える。天上に捧げる歌のようにシエルの声は『壷』の中に響く。不可視の力が声に乗って響く。神秘の力が子供達の毒を消し去った。
「あなたが陳梨花様ですね」
 シエルが震える手でナイフを構える少女に気づく。柔らかな笑みを浮かべて近づくシエルに、どう対応していいかわからないという顔をしていた。
「私が覚醒したのは十代後半故、蟲毒の壷も考えたことございます」
 語りかける相手は目の前の梨花でもあり、幻覚を通じて繋がっている『チャプスィ』にでもあった。癒し手として悪意あるノーフェイスに語らなければならない。
「例え絶望の中にあっても、私は馬鹿ですから自分も周りも只管に癒し続けるでしょう」
「そんなのは、偽善だ! お前だって自分が大事だから、いざとなったら他人を見捨てるんだ!」
 それは幻覚の中の子供の言葉。シエルはそれを受け止め、
「そうかもしれません。……されど私は是で満足……偽善者故に」
 例え罵られても、他人を癒す。それこぞが自分なのだと言い放った。
「シエルンが居てくれて助かるわ。俺じゃ、処置しようにも、全員は救えなかっただろうしね」
「いえいえ。竜一様がいなければ、突破は不可能でした」
 剣士と癒し手が互いの役割を果たし、『壷』を砕く。それは幼い梨花にとって、御伽噺の英雄の再来にも思えた。
 竜一の剣が、陣の核を砕く。


 夜の闇に歩く梨花。気配を絶ち歩く彼女は、普通の人間には認識できない。手にしたオイルと新聞紙。ポケットの中にライター。目の前の孤児院に向かい、罪の意識に潰されそうになりながら歩く。
「捕まえました。梨花さん。助けに来ましたよ」
 うさぎが梨花の手を押さえ、その動きを止める。助ける、という言葉に怪訝な顔をする梨花。
「それは、やってはいけないことだ。心を壊して辛いのに、どうしてやらなければいけないのだ」
 うさぎの後ろから雷音が問いかける。理由は実のところ知っていた。六道に居続けるためにやらなければならないのだ。六道から出て、組織の庇護のない自分が生きていられる保証はない。
「したくないんでしょう? こんな事」
「……でも」
 うさぎの問いかけに梨花が顔を背ける。それは無言の肯定。罪の意識を植え付け、組織に縛ろうとする為の行為だ。それは裏を返せば、まだ良心が残っていることに等しい。
「じゃあ止めちゃいましょう。逃げちゃいましょう」
 うさぎの言葉にあっけに取られる梨花。そんなこと考えたことなかった、という顔だ。
「逃げたらどうなるか分からない? 当たり前でしょうに。未来に何があるか何て分からないのが普通です」
「……でも……!」
「貴女を守ります。追っ手を蹴散らします。彼らは日本が活動拠点だ。海外にまで逃げれば何とでもなります」
 反論する言葉にかぶせるようにうさぎが告げる。梨花の言いたいことは分かる。何故なら彼女は――
「君はまだ、子供なんだ。いくらでもやり直せたんだ。だって君の過去はこんなにも救いを求めている」
 雷音が優しく梨花を抱きしめる。こんな些細なぬくもりすら、彼女には与えられなかったのだ。こんな救いすら、彼女には与えられなかったのだ。
 それはどんなに心細く、どんなに悲しいことなのだろう。抱きしめる雷音の腕に力が篭る。これが幻覚であると分かっていても、そうしたかった。
 例えば自分に養父がいるように、彼女に小さな助があれば。そう思ってしまう。
(ほんのわずか、世界が優しければ……君は悪に堕ちずにすんだのに……!)
 世界の残酷さを知っている。雷音は梨花の神を優しく撫でた。震える梨花の手から、オイルと新聞紙が地面に落ちた。
「もう一度言います。梨花さん、貴女を助けに来ました」
 うさぎは落ちたものを拾い上げる。泣きじゃくる梨花を見ながら、陣の核を破壊する為に手を伸ばした。
 

「ひぃ……!」
 ナイフを持つ自分の娘の姿に、父親は怯えて尻餅をつく。信じてたのに。そう呟きながら梨花はナイフを構える。その瞳には殺意が宿っていた。涙を流しながらナイフを振り下ろす。そのナイフの間に、よくせぬ人物が割り込んだ。
「……いったいなぁ」
 父親を庇うように夕奈が影から現れる。刺さったところから痛みが伝わってくる。これが梨花の恨みの強さ。
「やめておけ。憎しみの力に染まるな。その力はそなたを不幸にするだけだ」
 邪魔する夕奈をどけようとする手を伊吹が掴む。そのままもう片方の手で、ナイフを手から離させる。
「何するネ!」
 梨花が怒りの目でリベリスタたちを見る。その感情を受け止めて伊吹が口を開いた。
「苦しいだろう、寂しいだろうが……そなたから逃げた父親を許してやってほしいのだ」
 伊吹が指差す先では、父親が涙を流していた。ごめん、ごめん。それだけを繰り返し呟いて、抵抗も逃亡も拒否している。梨花の刃を受け入れるように。
「人間とは弱いものだ。親でもそれはそうなのだ。俺も弱さを持つ父故に、そなたの父に代わって頼む」
 泣きじゃくり謝る父親の姿を見て、梨花は押し黙る。その梨花を夕奈が抱きしめた。
「なあクソガキ、聞け。わたいの親父は裏切りもんでな? 裏切った人らからわたいもごっつ嫌がらせ喰ろたんよ。それを婆はん何かは『心無い話や』って言うとってんけどな。これ、逆や思わんか?」
 夕奈は当時のことを思い出しながら、言葉を続ける。
「心が無かったら嫌がらせ何かせんやろ。親父の事どうでも良い思てたらもう無視するて……『心がある』から無駄な事するんじゃ」
 裏切られて、その怒りを食らう。確かにとばっちりだ。だけどそれは、
「信じてたから、裏切ったのが許せん。要するに、反動が強すぎて溢れて抑えれん位……そんだけ、好きなんや、言う事やわ。なあ、クソガキ。お前も、そうちゃうんか」
 夕奈は梨花を父親のほうに向かせる。泣きじゃくる父親。ろくでなしだけど、信じていた人。
「あんな。これ、『お前』に教えて貰った事なんやけどな」
 夕奈はかつて『チャプスィ』に幻覚の中で受けたことを思い出す。愛する姉を殺そうとした夕奈を、それでも優しく抱きしめる姉。
「好きなもん殺すんは、しんどいわ。止めとき?」
 夕奈は無意識に梨花の頭をなでていた。幻覚の中『姉』にそうされたように。
「それより、泣けや。気が済むまで、つきおうたるから」
「ダ、レモ……誰モ、そんなこと言ってくれなかっタ……! 心を殺シテ生きることシカ、教えてくれなかッタ……!
 ウ、アァ、アアアアアアアアアアア!」
 そこにいるのは、六道のフィクサードではない。ボロボロに泣き崩れるただの少女だった。
「この時分に出会えていれば、そなたをうんと甘やかしてやりたかったな」
 子供の泣き顔は見るのが辛い、とばかりに伊吹が悲しげに告げる。これは過去のこと。口にした願いはもう叶わないことなのだ。
 梨花が泣き止むまで、リベリスタは動かずにいた。幻覚の中、少女の泣き声だけが響いていた。


 そして最後の核が破壊される。
 現実に戻れば『紅水陣』が崩壊していた。最後まで陣が消えるまで、誰も動こうとはしなかった。
「紅水陣。お願い、『チャプスィ』を救ってあげて」
 魅零が口を開く。この言葉が届くかどうかは分からない。それでも喋らずに入られなかった。
「妬みも悲しみもあると思う。でも人の心を忘れて死ぬのは可哀想だよ」
「すいません。私は貴女を勝手に……『自分達』に重ねていました」
 うさぎは梨花がどうしたいか。どう喋るかが分かっていた。それは彼女と自分を重ねていたからだ。……重なるだけの過去が、あったからだ。
「貴女が幸せな結末を迎えたなら、きっと『私達』もあんな風に終わらない可能性があったのだ、と。……絶対に救われない存在等では、無かったのだと……」
 リベリスタでも、些細なきっかけでフィクサードになることもある。梨花の人生は、誰にでも起こりえた事でもあり、未来に起きないと限らないことなのだ。
「人間は誰しも弱く脆い。だからこそ強がり、辛い道を選ぶことに価値がある。それを矜持と呼ぶのだろう」
 伊吹は過去に見せられた幻覚を思い出す。『幸せ』を捨てて現実を取った強さ。だがそれは本心ではあるが、このまま幸せを感受しようという心があったのも事実だ。
「そなたも辛い現実を生き抜いた。決して肯定はせぬ生き方だったが、それだけは誇って良いのだぞ」
 リベリスタは消えゆく陣に言葉を投げかけ……そして陣は消え去った。
 皆が理解していた。これはただのエゴなのだと。
 過去は変わらない。心をどこまで救っても、ノーフェイスになった彼女を許すつもりはない。陳梨花に未来はないのだ。
 だから救いを無意味と切り捨てることは簡単だ。無駄も無く、判断も早い。心を捨てて、非常に徹し、仕事のみを行えば楽なのだ。
 六道のフィクサードもそう思い、梨花を『無駄なく』育てたのだろう。現実での彼女の強さは、そういう側面もあった。
 それでもリベリスタは手を伸ばす。無駄と知っても、未来がないと知っても。エゴだと分かっていても。
 その心こそ、本当に大事なことだと知っているから。  

『今日、悲しい過去を持った少女を倒しました。
 ボクもひとつ鈕をかけ違ったら同じだったんでしょう』
 全てが終わった後で、雷音は養父にメールを送る。
『貴方がいてボクは救われました』
 3KBにも満たない小さな電子データ。
 しかしその中には、伝えきれないほど沢山の感謝が篭められていた。


■シナリオ結果■
大成功
■あとがき■
 どくどくです。
 心情系はプレイングそのものがキャラを示すから、ペンが走るのぅ。

 人間の心は一つかもしれませんが、一人の人間がもつ意見や感情は一つではありません。
 なので『憎たらしいロリチャイナ』の中にも『人を妬む心』や『人を羨ましがる心』があることだってあるのかもしれません。そういう話です。
 けしてツンとかデレとか、そういうのじゃないんだからねっ!

 MVPは最も心を打つ一言を放った鈍石様へ。
 まさかのブーメラン。それを抜きにしても見事なものでした。
 梨花が泣く日がこようとは。リプレイは一人で作っているのではないと、改めて実感させられました。

 それではまた、三高平市で。