● 親離れは早く、子離れは何時まで経っても出来やしないとはよく言ったものだった。 大きくなるにつれて、言葉を交わす回数が少しずつ減っているとは思っていたのだ。 娘は大人になっていく。お父さん、お父さんと自分を追う小さな子供ではなくなっていく。 自分では手の届かないところもあったろうに、真っ直ぐに育ってくれた彼女は自分にとって自慢の娘で。 けれど、段々とその距離が離れていく、と思ったのだ。 きっと。それは喜ぶべき事なのだろう。けれど、同時に酷く寂しい事でもあったのだ。 売り言葉に買い言葉だったのだろう。もうきっかけなんて忘れてしまった。 「もういい! お父さんの馬鹿!」 気付けば娘は泣きながら部屋を出て行った後だった。追いかけようと伸ばした手はけれどどうもうまく引き止める事は出来なくて。 どうしたものか、と思わず漏れた溜息と共に首を振る。 こんな、喧嘩をするつもりなど無かったのだ。何時だってそうだ。けれどどうしてもうまくいかない。 後ろ手に持っていた本屋の紙袋を机に放り出す。少女向けの雑誌。玩具のカタログ。本の目録。分からないなりに集めたそれらは全て娘の為のものだった。 目に入れても痛くない娘の誕生日。本や文房具ばかり買い与えていたけれど、そろそろ違うものが良いのだろうか。 相談できる当てもなく、けれど娘とも上手く話す事が出来ず。本日何度目とも知れぬ溜息が漏れる。 暫くの沈黙。伸びた手が取ったのは、使い込まれた携帯電話だった。 ● 「御機嫌よう、皆様。もうお揃いの様でしたら、今回の仕事の話をさせて頂いても?」 「構わない。是非聞かせて貰おう」 机に並べられる資料。『常闇の端倪』竜牙 狩生 (nBNE000016) は『渡鳥』黒朱鷺 仁(BNE004261)と視線を合わせ、討伐任務です、と短く告げた。 「場所はとある大手ショッピングモール。ご存知の方もいるでしょうか、所謂エンターテイメント複合施設、というものですね。近頃は随分便利になったものです。 そこに、エリューション・ゴーレムが出現すると言う情報が入りました。響希君により精査して頂いた結果、その情報はほぼ間違いありません」 「人、たくさんいるよね。だいじょぶかな……」 心配そうに資料を握った『囀ることり』喜多川・旭(BNE004015)へは、幸いにも平日だ、と言う答えが返る。人は決して多くはない。だが、居ないわけではないのだ、と言葉は続いた。 「神秘秘匿としても、人々の安全という意味でも早急な解決が求められます。……故に、貴方達にお願いする事になりました。討伐対象はエリューション・ゴーレムが一体です。 場所はぬいぐるみ売り場のどこか。外見は……毛足が長く大きな焦げ茶の熊、だそうです。大量にぬいぐるみは有りますが、すぐに見つかるでしょう」 「そ、それでそのエリューションはどんなのなん?」 垂れた耳がぴくりと揺れる。緊張の面持ちの『かたなしうさぎ』柊暮・日鍼(BNE004000)の為に、と頁をめくった狩生がそのデータを読み上げる。 「敵は、サイコキネシス的な能力を駆使します。具体的には、偶然のように積み上げられたぬいぐるみが雪崩れてきたり、まるで偶然落ちてしまったかのようにぬいぐるみが飛んできたりしますね。 これは大変危険です。身動きが取れないかもしれませんし、ぬいぐるみは熱も籠ります。埋もれてしまったら呼吸困難で最悪死に至るかもしれません――とまでは言い過ぎですが、目立つし危険な事に変わりは有りません。 その上、この敵は攻撃では倒す事が出来ません。そもそも、モール内で戦闘を行うのは大変難しいので構わないのですが……討伐方法は1つ」 「そ、その方法は……?」 大真面目によくわからない事を並べた狩生に、思わず息を呑んで続きを問う『ビタースイート ビースト』五十嵐 真独楽(BNE000967)に真剣な面持ちで頷いて。狩生の指先が資料を示す。 「捕獲です。しかもそれはもうしっかりと。……人に可愛がって欲しい、というぬいぐるみが元になったエリューションですから、それが叶えば元のぬいぐるみに戻ります」 言ってしまえば簡単だ。そんな仕事の内容に一瞬脱力しかけた中で、仁はふと、手元の資料が一枚多い事に気付く。男の顔写真。そして、追加情報、と手書きされた文字。 「あら、狩生。『これ』はどういう事?」 「嗚呼、そうでした。そちらは私が個人的にお聞きした『追加情報』です。不要でしたら処分してください。そして、もう一つ。……君達の仕事はこの強敵を捕獲する事です。故に、以降の行動についてはアークは感知しません。 このような強敵を捕獲してくれた君達への休暇です。好きに使ってください。そこで困っている戦場で顔を合わせた事がある気がしなくもない男性を助けようと、私は『何も知りません』から」 からかうような『慈愛と背徳の女教師』ティアリア・フォン・シュッツヒェン(BNE003064)の声に応じて。捲られた其処に丁寧に記されたのは、一線を退いた剣林の男の話。件の現場にいると言う彼は、娘へのプレゼントを探す手伝いを、ある筋を通してアークに依頼していたのだ。 勿論それは任務外。独断で付け加えられたのだろうそれに目を通した『無銘』熾竜 ”Seraph” 伊吹(BNE004197)が、ゆっくりと立ち上がる。 「そうだな。俺達は仕事をこなすだけだ。その後は勿論、『休暇』の一環。そうだろう?」 「ええ、勿論です。では、お気をつけて。良い報告を待っています」 ひらひら、と振られる手。追加資料の端に押された黒猫の手形がちらりと覗いた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:麻子 | ||||
■難易度:EASY | ■ リクエストシナリオ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年02月14日(金)22:39 |
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■メイン参加者 6人■ | |||||
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● 閑散としたモールの中、ぬいぐるみ売り場もまた例に漏れず人気は少なかった。丁寧に陳列された沢山のぬいぐるみの中を歩きながら、『ビタースイート ビースト』五十嵐 真独楽(BNE000967)は手近のぬいぐるみをそっと手に取り抱きしめる。 誰かに愛されたかったぬいぐるみ。ならば、抱きしめて欲しいと出てきてはくれないだろうか。もふもふうさぎのぬいぐるみの頭を撫でながら視線をぐるり。それらしきものはいないか、と溜息を漏らした次の瞬間。 どさどさ、と背後で聞こえた音。振り向けば大量のぬいぐるみがまるで何かに押されたように『慈愛と背徳の女教師』ティアリア・フォン・シュッツヒェン(BNE003064)に降り注いでいた。冗談交じりの危険を告げる言葉は案外真実であったのかもしれない。慌てて救助兼片づけを行う真独楽から少し離れたところでまたがしゃん。『かたなしうさぎ』柊暮・日鍼(BNE004000)に向けて崩れ落ちてきたぬいぐるみはけれど直前で滑り込む黒い影が全て受け止める。もふもふだ。けれどこれは可愛いのだろうか。頭に乗ったネコを掴んで、『無銘』熾竜 ”Seraph” 伊吹(BNE004197) は微かに眉を寄せる。きっと売れ残りと言う事は可愛くない奴なのだろうが、そもそもぬいぐるみ自体の可愛さと言うものが伊吹にはわからない。 「この……何、ブキミな奴は……かわいいのか……?」 「可愛いやん! んー、でもおらへんな~」 己を庇った伊吹に礼を告げながら。日鍼もまた視線を彷徨わせる。こうしてぬいぐるみが落ちてくるということは近くに居るはずなのだが、その姿は一向に見えないのだ。全く以って困ったものだ。そんな彼の横で同じくぬいぐるみを直す『囀ることり』喜多川・旭(BNE004015) はその優しげな雰囲気を濃くしながら小さくぬいぐるみの山へと囁く。 「くまさんくまさん、でておいでー」 「あー、かわいらしいぬいぐるみが欲しいんやけれどな~。どこかにあらへんかな~」 呼んで出てきてくれるかはわからないけれど――なんて懸念を覆すように。旭の瞳の前、もこもこの毛が微かに見える。あ、と小さな声を上げた彼女とほぼ同時にそれを見つけたらしい『渡鳥』黒朱鷺 仁(BNE004261)がそっと逃がさないように傍に寄れば、慌てたように動いた熊。こいつだ、とわかっても、リベリスタは決して乱暴な手段には出ない。この熊も、それ以外も。よく見れば愛嬌がある。人間と同じく各々のよさがあるのだろう。そろそろ、と傍に寄る伊吹の背を、日鍼が楽しげに押す。寂しそうな、ガラス玉の瞳と目が合った。 「そら、怖くないぞ。いじめないからこっちに来るのだ」 気恥ずかしさは咳払いで誤魔化して。ぎゅーしてやる、と手を伸ばせばぎこちなく覗く顔。そんな伊吹の傍で、真独楽もそっとその手を伸ばした。思わず笑みの形に変わった顔に滲むのは優しさと愛情。きっと、このぬいぐるみが何より欲しかった沢山の可愛いと、愛情を込めて。伸ばした指先に自然と寄ってきたそれを確りと抱きしめる。 「大丈夫。これからは、大切にしてくれる人の傍にいられるからね」 「あは、ちょっと熊三さんに似てるかも」 だいじょぶだよ、と。その頭を撫でた旭の視線の先には此方の存在に気付いた巨漢が居る。ちょっと怖いようで、でもきっと優しい人。リベリスタの『仕事』は此処までだけれど、此処からは『お願い』を叶えるのだ。寂しげだったぬいぐるみの瞳が何処か緩んだ気がして。真独楽に抱きしめられたそれが力を失うのが見える。それに僅かに安堵の息を漏らした仁はそっと、此方に歩いてきた熊三の隣に並ぶ。 「よう、熊の。黒猫の依頼だ、といえば分かるか?」 「……嗚呼、呼びつける形になって悪いな、今日は宜しく頼む」 巨体に似合わぬ声色に、少しだけ笑って。改めて黒猫と呼ばれる彼のマスターの顔の広さを実感する。まさかこんな依頼まで届くなんて。感嘆を漏らしながら、仁は仲間たちの下へと歩み寄る。プレゼント選びの段取りはバッチリだ。早速、と実用品を見に行こうとする彼を止めて、日鍼はモールの案内図を示す。 「あんな、わいらが目星つけるから、その中から熊三さんに決めてほしいねん」 それはリベリスタの総意であるけれど、日鍼はもうひとつ、優しい気遣いを熊三へと向けていた。年頃の娘だ、今回上手く決めることが出来ても、次はどうかわからない。こういうものは覚えるしかないのだ。ならば、間接的にでも選ぶ機会を設ければ、きっと今後の役に立つ。 「ほら、誕生日はこれから何回もあるんやしね? どうやろ?」 「身につまされる話だな。……俺も勉強せねば」 娘に欲しいものを聞いたら、現金といわれました。そんな伊吹も娘の好きなものなど全くといっていいほど分からないのだ。歩み寄りたい。その気持ちはあって。その為に言葉を交わそうとしても、遠すぎる距離がそれを阻む。そしてまた、距離は広がるのだ。父と娘。最も近しい位置に居るようでけれど誰より遠く思えるその関係は、娘の知らないところで何時だって何より父を悩ませる。 全くだ、と肩を竦める仁に、弱ったな、と僅かに表情を緩める熊三。その姿を見上げながら、旭は懐かしい、と表情を緩める。自分にもそんな時期があった。伊吹や仁とは異なる方面でその感情をよく知る旭は、けれどだからこそ大丈夫だと笑みを浮かべる。 「娘さんはちゃんと、おとーさんのことすきだとおもうの。だから、仲直りできるよにがんばろ」 「う、うむ。……宜しく頼む、リベリスタ」 「ダメダメ、今日はお仕事じゃないんだから! まこもクマさん応援しちゃうから頑張ろう♪」 何処か固い男の背を押しながら、真独楽はそっとその表情を緩める。喧嘩すると胸は痛むのだ。どれだけ怒っていても、大好きな相手を嫌いになんてなりはしない。その痛みは後悔だ。痛ければ痛いほど後悔は大きくて、それはそのまま、相手への好きの大きさなのだ。喧嘩は辛い。分かり合えない事だってあって、どうして聞いてくれないのかと泣く事もあって。けれど、それでもそれよりずっと大事なものを教えてくれることを真独楽は知っている。 こんなにも、相手が大事なのだと。ついつい当たり前になりがちなそれを気付かせてくれる痛みなら、たまには悪くない。父親が大好きな娘の気持ちを良く知る真独楽の表情はだから楽しげなのだ。 きっと、熊三と娘はうまくいく。喧嘩を乗り越えて、もっと素敵な父と娘になるのだ。その為にも頑張ろう、とその足は専門店街へと歩き出す。 ● 「守野は娘の好みは分かるか?」 「……よくわからんな」 目的地は文具店。そう告げてから歩き出した仁と伊吹の傍で、熊三は酷く険しい顔で首を振った。やはりか、と思わず呟く伊吹に頷いて、仁もまた困ったように溜息を漏らす。年頃の子供というものは、成長が早い。何時までも手のかかる可愛い幼子のままだと思っていたのに、何時の間にか、気付いたときには腰ほどだった背は随分伸びて。 お父さん、と一生懸命追いかけてきて、転んで泣いて抱き上げてやった筈の足取りはもう確りと、自分の意志で好きなところへと歩いて行ってしまう。難しいものだ。そんな子供と上手くいかないからといって、物で釣ってはいけないだとか、親ならば子に厳しく言い聞かせるべきだとか。教科書のような正論は全く歯が立たず虚しいばかりで。 「この年頃の娘に理屈では勝てないのだ。……喧嘩の原因も大方そんな所だろう」 「携帯が欲しい、と言い出してな。……まだ早いと思うのは、俺が古い人間だからだろうか。娘が知らないところで新しい関係を広げていくのは、どうも不安になるんだ」 嗚呼やはりどうにも難しい。命のやり取りさえしたかもしれない相手だというのに、悩むことは皆同じ。思わず沈みかけた思考を戻して、今はまずプレゼントだ。 「物持ちが良さそうなら趣向を変えてみてもいいかもしれん」 彼の娘であるのならば、今まで渡したものも使い続けているのではないだろうか。そんな仁の言葉にそういえばそうだな、と頷く。どんなに古くなっても大事に使われた筆入れだとか、時計だとか。そういうものを挙げる熊三はなるほど不器用なだけでいい父親だ。 「そうだな、服や身の回りの品は間違っても男親のセンスで選ばないことだ。……がんばれ」 それ以外に出来そうな忠告は無い。そんな伊吹の言葉に思い当たる節があるのだろう熊三が思わず漏らす溜息。今時の女の子の流行がわからない、とその声は重々しく呟いた。学校で人気のあるものだとか、好きな服、そういえば音楽も流行っているらしい。けれどそのどれも知らないのだという彼に、仁はそれこそ会話だ、と文具店へ足を踏み入れる。 「食事に誘ってみるのもいいかもしれんな。会話もしやすい。もっと、娘の話を聞いてみてもいいと思うぞ」 そんな言葉と共に、仁の手が選んだ品が熊三の前へと差し出された。 ● 傾き始めた陽光の差し込むフードコート。その一画に集まったリベリスタ達は、机にそっと件の熊を置く。持ち主が欲しかった、愛されたかった熊。どこか熊三とも似ているこれは、熊が好きだという娘には似合いなのではないか。それは、リベリスタ全員の意見だった。そして、其処に添えられたのは先ほど熊三と共に文具店で仁が選んだペン立て。 もこもこの熊の手にぴったりと収まるそれは、きっと娘の好みにも合う。そして、熊三が選びがちな実用品を上手く取り入れた選択だった。 「ペン立てと、後はこのぬいぐるみもどうだ。可愛い物が好きだというし、ぬいぐるみは癒やしにもなるらしい」 上手い理由をつけたそれに、ふむ、と悩む様子を見せる熊三。これだけでも充分なプレゼントだけれど、と添えて、真独楽はそっと、可愛らしい熊柄のポーチを差し出した。13歳。自分と年が近い少女はきっと、少しずつ大人に憧れ始める頃だ。それを知る真独楽が選んだのは、ティーン向けのメイク・ネイルキット。可愛らしいピンクは決して派手ではないけれど、身につける少女を少しだけ大人にしてくれる。 こういうものは、と即座に首を振ろうとした熊三を遮って、真独楽は娘も女の子だよ、とその表情を笑顔に変える。 「たまには、可愛いよ、じゃなくて、キレイだよ、って言って、仲直りのデートに誘ってみたら?」 大人になっていく娘を惜しむのではなく、その時その時の彼女を大事にすればいい。少しだけ照れ臭いかもしれないけれど、きっと娘は喜ぶはずだ。真独楽にはその自信があった。 「パパと何度も喧嘩して仲直りしてる、パパ大好きなまこが言うんだから。きっと間違いなしだよ♪」 「……そうか。娘も、大人になっていくものだしな……」 何とか言ってみるべきか。それで娘が喜ぶのなら、と思うけれど、どうにも気恥ずかしい。上手く言葉にできる気がしない誘いも、褒め言葉も、何とかして伝えられないか。困ったように眉を寄せた熊三を見ながら、旭はやっぱり、この『贈り物』がぴったりだと表情を緩める。 「あ、あのねー、言葉で伝えるの得意じゃなさそだから……お手紙なんてどうだろ?」 そっと置かれる、ファンシーで可愛い便箋も娘に歩み寄る第一歩。和風の一筆箋もいいけれど、娘が好きそうなものに、娘の為の言葉を綴るのはきっと素敵なことだ。言葉に出来ないなら文字にすればいい。苦手だとしても、コミュニケーションは大切なのだ。こうやって、すれ違ってしまっているだけの間柄なら、尚の事。 「ごめんね、とかだいすき、とか伝えてみない? ……これなら少なくとも娘さんのことわかりたいって気持ちは、伝わるとおもうよ」 「わいもそう思う! よかったら他の贈り物に添えてほしいんよ」 もうひとつ、と置かれたラッピング用品の上に乗るのは、日鍼が選んだ熊柄のメッセージカード。おめでとう。その一言だけでもいい。自分への愛情を文字に残してもらえるのは、きっと娘だって幸せだろうから。そんな数々の意見に耳を澄ませながら、いぶきはこっそりICレコーダーのスイッチを確認する。どれもこれも自分では思いつかない事だ。参考にしよう。 そんな彼の横で、熊三は深く、深く息を漏らして。 「…………選べそうに無い。いっそ、全て渡してみようと思うんだがどうだ」 話を聞いてやれなかった謝罪も込めて。声こそ重々しいものの、その表情には気恥ずかしさが滲んで居て。リベリスタは顔を見合わせて笑い合う。ラッピングできる? 可愛いペンもいるかな? なんて。楽しそうな笑い声が人の少ないフードコートを満たしていた。 ● 自動ドアの向こうはもう日が落ちかけていた。3月も近いのにまだ随分と冷たい空気に身震い一つせず、満足げな様子の熊三がリベリスタへと向き直る。その口が僅かに開き、何かを告げようとした瞬間。周囲に響いたのは、無味乾燥なデフォルトの着信音。謝罪と共に開かれた携帯から漏れたのは、まだ幼さを残す少女の声だった。 『……お父さん? ええと、あのね、……ごめんなさい。もう我侭言わないから、早く帰ってきて』 「嗚呼、父さんも……悪かった。その、なんだ、……今日は外で飯を食わないか。真琴の好きなものでいい。あれか、オムライスか? それとも甘いものか?」 泣きそうな声。それに眉を寄せた熊三は、リベリスタの視線に押されるようにぎこちなく誘いをかける。僅かな沈黙。思わず何か言葉を続けようとした熊三を遮ったのは、電話口から漏れ聞こえた楽しそうな笑い声だった。 『お父さんと食べるなら何でもおいしいよ、駅でまってるね!』 ぷつり、と切れる電話。きっと急いで用意しに行ったのだろう。嬉しそうな声に思わず表情を緩めたリベリスタに改めて向き直って。熊三は、中身が見えないように確り隠された紙袋を軽く持ち上げる。 「その、……感謝している。また、こういう相談を持ちかける事もあるかもしれないが、何だ。……もう少し上手くやる、宜しく頼む」 そんな言葉に返るのは勿論! という明るい声。それに安堵したように笑んだ男は、そのままもう一度礼を告げて去っていく。その背が、見えなくなるまで見送ってから。こそこそと、伊吹と日鍼が動き出す。向かうのは、旭と仁の前。きょとん、としたその顔の前に、ぱっと差し出される何か。 「ハッピーバースデー、トゥーユー!」 「二人とも誕生日おめでとう」 旭へは、青い小鳥を頭に乗せた黒猫の人形。そして、仁には――黒の猫耳と肉球手袋。まさかのそれに、仁の顔が一瞬固まる。けれど目の前のものは変わらない。猫だ。黒猫変身セットだ。間違いない。 「うん、やっぱり似合う! チョイ悪親父やなくてチョイ可愛親父の時代やね!」 「これをつければそなたもぎゅーしてもらえるぞ。よかったな…………まあこれは冗談だ」 取り出されたのは、銀のジッポライター。剥き出しのそれがそのまま、仁の手へと押し込まれる。娘の為に、と真剣にプレゼントを探した熊三のように。彼等に贈られたそれにも、きっと優しい感情が込められているのだろう。 それを受け取った二人がどんな顔をしたかは、勿論リベリスタ達だけが知っていることだった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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