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哲学者の焔

●強迫観念
 火は燃え尽きる瞬間を知らない。
 いずこより生じていずこへと去るのか、燃焼している自分自身でさえ把握していない。
 火にあるのは、ただ、我が身に宿る灼熱を、あらん限り迸らせようとする意志だけだ。それが火に唯一許された存命手段であり、与えられたアイデンティティである。大気を熱し、塵を焼き、燃え続けていなければ、己の肉体も理念も保持することができない。
 まさしく火に課せられた宿命である。
 生きるために燃えているのか、燃えるために生きているのか――明瞭な答えも分からぬまま、いつか訪れる消滅への漠然とした恐怖心だけが、火を突き動かしている。
 それは永遠に踊り続けることを命じられた奴隷のようなものだ。

「ならば貴様らはどうなのだ?」

 貴様ら人間どもは。

●焦熱の難題
 火は古来より叡智と発展の象徴とされ、しばしば精霊信仰の対象となり、やがて魂が宿るとされる。
 その実態が上位次元からの侵食であることは、言うまでもないことだろう。
 自我を持つ超自然的な火は、各地に点在しているという。
 とある山の奥深く、林の茂みを進んだ先に設えられた石室の中に、慎ましやかにそびえる祠がある。かつては霊験あらたかな場所として祀られたこの祠も、時代の移り変わりと共に人々の記憶から忘れ去られ、朽ち果てつつあった。
 ここに、青く燃える炎が眠っている。祠の英霊、豊穣の神として崇められたのも今は昔。蒼炎は脅威へと変質していた。
 しかし炎は進んで危害を外の世界にもたらすこともなく、思考能力を有しているがゆえにただただ惑い続けていた。
 炎は、誕生の瞬間を覚えていない。昼夜問わず燃え続けている理由も、朧にしか分かっていない。
 燃えていなければ火ではいられない。だがそもそも、燃えているからこそ火なのではないのか。天を焼き地を焦がすこの行為が、単なる火としての習性に過ぎぬのだとしたら、生きているのではなく緩やかに死に向かっているだけなのではないか。ならば生きるとは如何なることか。
 矛盾した命題に悩まされ、いつしか蒼炎は、己が存在について自問自答を繰り返すようになった。
 炎が瞑想を止める時。それは訪問者が見えた時である。
 打ち据えられた石造りの建物の、その物珍しさに誘われるのか、時折、石室に足を踏み入れる者がいる。興味本位で覗く程度の稚気じみた考えならば、そこで立ち去ればよいことなのに、わざわざ我が物顔で祠にまで歩み寄り、炎の深い思惟を妨げるのだ。
 周辺に生息する獣は、火を恐れ決して近づこうとはしない。文明を持つ人間のみが火の持つ魔力へと引き寄せられる。鬼火たる蒼炎には、その身を滅ぼしかねない好奇心が理解できない。
 だからこそ苦悩する炎は人間に答えを求めた。人間には己とは異なる知性がある。招かれざる来客が現れる度に詰問し、そしてその度に失望した。対峙した誰もが強き心なく生きていたのだ。
 明確な節理もなく、ぼんやりと与えられた生を甘受している輩は、炎にとって許しがたい存在だった。

 今、新たに祠を訪れる者達がいた。
 リベリスタの一団である。近辺に跋扈しているE・ビーストの掃討を命じられ、山間部で活動していたところ、偶然にも訝しい建造物を発見したのだ。探索目的で石室内部に潜入すると、そこで古びた祠を発見する。
 祠の中には小さな青い炎が鎮座している。
 その姿を目撃した瞬間、急速に視界が明るくなった。薄暗かった室内が青々とした光に染め上げられ、焼けつくようなひりひりとした熱気をその肌に感じた。
 彼らが不穏な雰囲気を察した頃には、既に炎は祠には収まっておらず、石室全体を覆い尽くすほどの大きさに燃え広がっていた。装飾品の石柱数本がにわかに動き始め、未だ事態を飲み込み切れていない人間達の元へと飛来し、退路を絶つように取り囲む。異様極まりない光景であった。
 大いなる蒼炎は徐々に収縮し、人の形を成す。そして怯える生命に問いただす。
「汝、生きるとは何ぞと心得る。何故に生き、命を命たらしめんとするか」
 集団の一人が震える声で、死にたくないからだ、と答える。意志薄弱かつ消極的な回答に、炎は何一つ満たされぬといった様子で、己の熱量を更に増大させた。
「ならば生への執着を示すがいい。汝、我が炎を鎮めてみせよ!」
 深い悲しみの果てには焦土しかない。
 結局は人間も炎と同様、霧散の恐怖から逃げているに過ぎないのか。それとも――。
 おお、誰か、誰かこの終わりなき難題に決着を。

●業火への挑戦
 万華鏡が収集した映像を目にして、『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は自らの不明を嘆いた。
「迂闊……こんな場所に、これだけの個体が潜んでいただなんて……」
 簡単な任務のはずだった。まだリベリスタになって日の浅い面々に経験を積ませるため、低級のエリューションが出現している山林に向かわせたというのに、まさかの展開に陥ってしまった。イヴは頬の内側を悔しげに噛む。不慮の事故で片付けてしまうには、あまりにも注意が足りていなかった。
 かろうじて命こそ助かったものの、被害は甚大。全身に深刻な火傷――肉を溶かされることを"火傷"に含めるならば、だが――を負った新人リベリスタ達の快復には、かなりの日数を要すると報告があった。
 悲痛な面持ちのイヴは、それでも決して視線をモニターから外さずに、敵の情報を解析する。
「対象を外的特徴で判別するとしたらE・エレメント。でも、そうじゃない。だって」
 火でありながら、はっきりとした知能が見て取れる。別世界から渡ってきたアザーバイドだろう。更に言及するなら、火が神として民間伝承に組み込まれていくうちに、この世界に受け入れられている可能性が高い。つまり、フェイトを得ている。
「単なる火なんかじゃないのね」
 それは出自や能力に限った話ではない。この怪火が持つ特異性に、イヴは着目する。標的に攻撃を開始する前に、どういう訳か、生命に関する問答を仕掛けている。過去に祠で起きた出来事を遡ってみても、やはり炎は同じような過程を踏んでいた。
『汝、生きるとは何ぞと心得る』
 イヴには蒼炎の問いかけに答えることは出来ない。分からないことには答えられない。たとえ何を言ったとしても、確たる根拠と信念がない以上は、軽々しいものになってしまう。だけど。
「だけど……きっとそれを知るために、私は生きているんだと思う」
 不揃いの瞳にすっと決意が宿る。それは、熾烈な炎にとてもよく似ていた。
 先程新たに召集をかけたリベリスタ達にも、きっとそれぞれに思い思いの覚悟がある。彼らの熱意が炎を凌駕し、先行隊の無念を晴らしてくれることを、イヴは心から願った。



■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:深鷹  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2014年02月17日(月)22:06
 こんにちは。深鷹です。
 自然現象のくせに無理難題をふっかけてくる面倒くさい奴が今回の相手です。

●目的
 ★フィクサードの撃破

●現場情報
 ★祠のある石室
 歴史を感じる建物です。でかいことは正義の時代に造られたらしくそれなりに広大。天井は8m程度の高さで、その範囲内でなら飛行可。
 敵自体が光源となっていますが、それでもまだ暗い区域ですので暗視等があると安定するかと思われます。
 フィクサードの効力により内部には熱が蔓延しており、毎ターン「バッドステータス:火炎」と同程度のスリップダメージを受けます。アクセサリ等での無効化は可能です。
 時間帯はフォーチュナが最適なタイミングを指示するので、それに従っていただければOKです。
 山の麓までは車両で送迎し、そこからは徒歩になります。山奥なので人の気配もなし。
 新米リベリスタが殲滅活動を完了しているため、道中、他エリューションに遭遇することはありません。
 
●敵情報
 ★フィクサード『蒼き炎』 ×1
 アザーバイドとして現代に出現後、神に土着しフェイトと存在論に目覚めた炎。
 まず最初に「生きるとはどういうことか」という質問を投げかけます。押し黙った場合威圧され、強制でバッドステータスが付与されます。
 誰か一人でも答えさえすれば防げるのでプレイング執筆の際はご注意願います。返答内容はシナリオの成否判定には影響しませんので、アピールポイントのようなものとお考えください。
 全身これ火なので火炎無効。不定形で、サイズは自由自在。火炎として広がっている時は物理無効ですが、自分からも攻撃出来ません。
 散っている火を人型にまで圧縮させることで強力な攻撃を行います。この形態の間は物理有効。
 一定のダメージを与えることで形状を交互に切り替えます。

 『火の難題』 (付/遠/全/弱体・虚弱・隙・圧倒・重圧・鈍化) ※強制先制攻撃。最初にのみ使用
 『火の抱擁』 (物/近/単/業炎)
 『火の放出』 (神/遠/複/業炎)
 『火の宿命』 (P/火炎無効)
 『火の形質』 (P/物無) ※人型になると消失

 ★E・ゴーレム ×8
 エリューション化した石柱です。支柱ではなく装飾用の柱なので、サイズは2m~3mまで。
 周辺を飛び回って隙を見て突撃してきます。経年劣化のせいか脆いので防御力は緩め。

 『突進』 (物/近/単)
 フェーズ1



 以上です。
 皆様のご参加お待ちしております。


参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
ジーニアスナイトクリーク
星川・天乃(BNE000016)
ハイジーニアスソードミラージュ
須賀 義衛郎(BNE000465)
★MVP
サイバーアダムインヤンマスター
焦燥院 ”Buddha” フツ(BNE001054)
フライダークナイトクリーク
月杜・とら(BNE002285)
ハイジーニアスプロアデプト
離宮院 三郎太(BNE003381)
ギガントフレームプロアデプト
鳩目・ラプラース・あばた(BNE004018)
ノワールオルールインヤンマスター
赤禰 諭(BNE004571)
ハイジーニアスソードミラージュ
中山 真咲(BNE004687)

●魂は火より生まれ
 日暮れ前の、一番影の長い時間帯。
 葉の落ちた樹木が夕焼けに赤々しく照らされる。
「まるで枝垂れ柳が燃えているようじゃないか」
 『てるてる坊主』焦燥院 "Buddha" フツ(BNE001054)が漏らした感想は、炎が眠る地の幻想性を端的に表していた。山林を吹き抜ける冬の木枯らしも、どこか熱を帯びているように感じられた。
 連なる木々を掻き分け、目的地に至る。
 仰々しく設えられた石室の、威厳すら漂う外観に、まずは一同感嘆の声を上げた。
「いや流石は神の住居。意匠溢れる建築ですね。もっとも住民の実態は悪鬼眷属の類とそう変わりないようですが」
 外壁を叩きながら、『落ち零れ』赤禰 諭(BNE004571)は意地の悪い言葉を述べる。
 異世界より来たりし意志ある炎。アザーバイドの実情を知る彼らにとって、それは確かに化物と呼んでしまうほうが相応しい。だが、単なる化物ではない。火にして智、魔性にして神性。探究心旺盛な離宮院 三郎太(BNE003381)にとっては、非常に興味をくすぐられる敵だった。

 石室内部は光が絶えていた。入り口から続く通路を、一歩進むたびに闇が深まっていく。スキルを用いてロドプシンを始めとした網膜内の成分を操作していなければ、碌に探査することも出来なかったであろう。
 先頭に立つ『ファントムアップリカート』須賀 義衛郎(BNE000465)がかざしたカンテラの淡い灯を目印に、リベリスタの一向は奥へ奥へと踏み入っていき、やがて祠のある大部屋へと辿り着いた。
 祠の中では青い炎がちらちらと揺らめいていた。
「我が思案を妨げしは汝らか」
 重々しい声が響くと共に数本の石柱が浮かび上がり、リベリスタ達の頭上から周囲まで、非幾何学的に飛び交う。
「おっと、面白い演出だねぇ」
 そう言って笑ってみせる月杜・とら(BNE002285)の足元には、屋内だというのに長い影が伸びている。石室に入る前に、自らの影を活性化させていたのだ。飄々と人を食ったような態度をとりながらも、抜かりなく臨戦態勢は整えていた。
「まあまあ、そう剣呑になりなさんな。少し話をしようじゃないか」
 フツが臆することなく矢面に立つ。蒼炎もまた、雲水の心意気に呼応する。
「我が追い求めしは、唯一にして極北のみ。汝、生きるとは何ぞと心得る」
「生きる、か」
 リベリスタ全員が顔を見合わせる。しばしの沈黙の末、フツが口を開く。
「そうだな。オレにとって生きるってことは、背中を押してもらうってことだ。共に戦った仲間の分まで生きるってことだ」
「汝死者のために生きるか」
「いやいやそうじゃない。死んだ仲間のために生きてるんじゃあない。その逆だ。アイツらがいたから、生きる気が湧いてくるんだ」
 フツは毅然とした口調ながらも、過ぎし日々を懐かしむような、極めて穏やかな顔つきだった。
「記憶に残る彼らの姿が、オレも負けていられないって思わせてくれる。あの時の彼らより、生きているオレは強くなけりゃいけない。先に行った彼らが、オレの生きる標になってくれてるんだよ」
「ほう」
 炎がその身を瞬かせる。フツが標的の関心を引きつけている間に、他七人はそれぞれ壁際に布陣する。石柱に背後を奪われない陣形だ。
「お前にどう受け取られようが知らない。オレにとって生きるってのはそういうことで、お前にどうこう言われたところで、流されるようなもんじゃないんだ」
 右手に握った槍の穂先を、炎に向けて突きつける。それは強固な信念を示すためのジェスチャーであり、戦う意志の表明でもあった。
「よかろう! ならば汝、我が前にそれを成し、我が炎を鎮めてみせよ!」
 叫ぶや否や炎は勢力を強め、燃え広がり始める。
 その刹那である。
「悪いけど、そっちの得意なフィールドでやりあうつもりはないよ」
 颯爽と前に出た『アクスミラージュ』中山 真咲(BNE004687)が自らのアクセス・ファンタズムを地面に置くと、驚くことにそこから小型の放水車を呼び寄せた。
「あなたに傷つけられた相手ってさ、ボクの知ってる人たちだったんだよね――少し、怒ってるんだ。容赦しないよ!」
 ありったけの瞋恚を、底抜けの悪意に変えて、石室中に冷水を撒き散らす。段々と室温が低下していくのを、自身の肌で感じ取れる程度にまで、水のヴェールが熱を覆っていた。
 炎の姿はカーテン状に広がった水に隠れて、見えなくなってしまっていた。青光が消え失せた室内はひどく暗く、寂莫とした雰囲気だけが残されていた。

 それでもなお、火が燃え尽きることはない。

 長く低い唸り声が響き渡ったかと思うと、炎は一気にその激しさを拡大し、石室全体を青く神秘的な光で埋め尽くした。やがて炎は収斂し、三メートルほどの魔人の形を成した。これほどのサイズに変形してもなお、豪炎は煌々と焚き上がっている。
 空間は一瞬で支配された。石床を濡らしていた水が白濁した蒸気となり、轟々と音を立てて噴き上がった。蒼き炎の憤怒が具現化したような、地の獄を想起させる物々しい光景。湯煙がリベリスタ達の視界を塞ぎ、そして高温が眼球を襲う。
 眼鏡の曇りを抑えようとした三郎太の元へ、煙幕と化した水蒸気の中から、一本の横倒しの石柱が突進を仕掛けてくる。
 その突撃を、義衛郎の速太刀が一振りにて斬り伏せた。
「背中を預けた仲間に手出しは許さない。それがオレの役目なんでね」
 一生のうちに出来ることなんて限られている。それでも、最後には充足した生涯だったと思えるように、後悔のないよう可能な範囲で日々力を尽くす。
 だから義衛郎は、今この瞬間自分がやるべきことを全うする。生きた証を打ち立てるために。
「あんたの悩みや怒りがどのくらい深いのかなんて、生憎オレ達には分からないよ。だけどそっちの都合とこっちの都合、そのへんの折り合いはちゃんとつけてもらわないと、な!」
 言いながら、義衛郎は蒸気の渦へと疾走。気化した水を恐るべき剣速で斬り刻んで急冷し、氷刃の霧に変える。霧中に浮かぶ無数の鋭い切片が、今度は攻撃手段となって、中空を飛ぶ石柱の群れに的確にダメージを与えていった。
 高熱の蒸気は晴れた。しかしながら、依然炎は燃え盛り続け、皮膚や粘膜を焦がすような熱射を絶え間なく放っている。
 リベリスタ達は一旦態勢を整え、各々得物を構えて蒼炎と対峙する。
 己の生命を証明すべく。

●火よりも煮えし
 『無軌道の戦姫(ゼログラヴィティ』星川・天乃(BNE000016)は考える。
 炎の疑問は、自我を得ている存在ならば、抱いてもそう不自然ではない。生きる末、生きた跡。天乃にとってのそれは、常に闘いの記憶と共にあった。
 問答も嫌いじゃない。けれど今はただ、この闘いを楽しもう。
「生きること、は闘うこと。あなたが燃える、のと同じ。そうすることで、私を、示す」
 放水車のタンクから掬った水を浴びて、邁進。研ぎ澄ました五感は、炎をダイレクトに解析する。目で火が彩る色を。耳で塵が爆ぜる音を。鼻で血肉が焦げる焼香を。肌で熱気渦巻く風を。舌で喉の渇きを。あらゆる感覚から得た情報の全てを、余すところなく戦闘に注ぐ。
 それにしても、本当に熱い。"暑い"より、"熱い"を使うほうが適切だ。薄着の天乃ですらそう感じるのだから、他の面々は堪ったものではないだろう。だからこそ速やかに終わらせなくては。
 まずは気迫で糸を紡ぎ、浮遊するE・ゴーレムを狙って射出。動きを束縛してから。
「……爆ぜろ」
 手で触れて、内部より爆破させる。
「うんうん。まずは戦ってからじゃないとねぇ。結局、何て答えても喧嘩ふっかけてきたわけっしょ?」
 上空では、鮮やかなスカイブルーの羽根を広げてとらが飛行している。爆発の衝撃で亀裂が走り、脆弱になった石柱へと羽根で起こした風を見舞って、跡形もなく粉砕する。砕かれた石は砂礫となって、そして行方も分からぬどこかへと散っていった。
 天乃の進軍は止まらない。今度は蒼炎目指して疾駆する。
 彼女だけではない。左手側からは、炎が収縮している今が好機とばかりに、真咲も接近戦を挑むべく力強く大地を蹴っていた。
 真咲が通ってきたルートには、既に粉々になった石の破片が転がっていた。この程度の敵、造作もなかった。この鈍く輝く刃をもってして屠りたいのは、あくまでも大将首。
 軌道を最適化して繰り出された天乃の拳が、風圧を巻き起こしながら振るわれた真咲の戦斧が、ほぼ同期して火の神を襲う。
 しかし、間際になって人型形態は解除され、二人の攻撃は空を切った。
 手応えの代わりに伝わってきたのは焦熱だった。
「ちぇっ!」
 軽い火傷を負う二者。真咲は負傷への苛立ちではなく、仕留め損ねたことへの悔しさで、舌を打った。
 後方より優しく吹いてきた癒しの息吹が、その傷を治療する。
「ボクは皆さんの回復に集中しますっ! 攻撃はよろしくお願いしますっ」
 振り返ると、三郎太の姿があった。
「ボクにとって生きることとは誰かの為に役立つこと、ですから」
 それは孤独に打ちひしがれた過去を持つ彼にとって、何よりも大事な想いだった。
 少年の献身的な台詞に、視線で応える天乃。石室一杯に広がった炎は現在、フツが式符で作り出した鴉を数羽まとめて飲み込んでいるところだ。
「こんなもんじゃ、大した威力にはなりようがないか」
 独り言のように呟きながら、冷気を纏った槍で氷の彫像のように仕立てた石柱を、軽く柄で小突くと、呆気なく崩れ落ちた。やはりアザーバイドの強大さに比べ、E・ゴーレムはそれ程の脅威ではない。
「たあああっ!」
 自在に宙を舞うとらの杖から放たれた気糸も、対象の炎が大きすぎるがゆえに、縛りつくには至らなかった。

「ここで逆転の発想。あれだけ的が大きければ、我々には好都合ではないのかね」
「気が合いますね。私も今まさにそう思っていたところなのです」
 共に後衛に回っている『クオンタムデーモン』鳩目・ラプラース・あばた(BNE004018)の発言に賛同したのは、諭だ。
「柱ごとまとめて焼き払うのにちょうどいい縮尺です。ご一緒どうですか?」
「残念。わたしはこの銃で撃ち砕けるものにしか興味がない」
 口ぶりどおり本当に興味のなさそうな様子で、不規則に飛来する石柱を抜き撃つ。急所を正確に捉えたその銃撃は、一発で柱の中心部を破砕した。
「おお怖い。見るも無残な石塊です。あれこそまさに死ですね」
 動かなくなった石柱を眺めながら、諭が妖しげな笑みを浮かべて言う。
「止まったものは無価値です。変わり続けるから生命でしょうに。一人で鬱々としているから、そんなことにも気づけないのですよ」
 呪符を宙に浮かべると、業炎の中から一羽の尾長鳥が産まれた。
 その羽は赤く、美しく、そして激しく燃えていた。
「おお、朱雀か!」
 離れた位置から眺めていたフツが、そのフォルムの見事さに感心する。火によって形作られた朱雀は、まっすぐに蒼い炎へと飛んでいき、迷うことなく突入。大いなる熱を、内から更なる熱で焼いた。朱雀が通り過ぎる軌跡上に漂っていた二本の石柱は、一瞬で溶融し、間髪入れずに蒸発した。
「残るE・ゴーレムは一体、そして炎にも攻撃が通りましたか。ではそろそろ大詰めに入りますかね」
 持参した広角ライトと重火器を揃えて床面に設置。照明によって人工的に作られた自らの影から、符術を用いて影人形を精製し、使役する。生み出された影は諭の指示に従って銃器の操縦を始める。ある程度影が石柱にダメージを蓄積させたところで、諭は妖艶な仕草で指を回し、対象物に残された活力をするすると奪い取った。
「不味いですね。ちっとも薬になりません」
 石柱の殲滅は完遂した。散っていた蒼炎が再び凝縮する。
「我が命、人間などには奪われぬ!」
 自分に向かってくる前衛のリベリスタを適度にいなしながらも、両腕を組んだ尊大な所作で螺旋状の火を練り上げ、後衛に照準を定めて放射。
 だが、微妙に斜線がずれ、狙いよりも上に外れてしまう。
「させないって、言ったろ?」
 死角から現れた義衛郎が、寸前で魔人の腕部を斬りつけて妨害していた。先に炎が視野に入れていたのは、彼が生み出した実態を持つ幻影であった。
 結果、炎渦が辿る道筋は逸れ、誤射になった。
「いいぞ! もっとだ! もっと熱くさせろ! 今宵我が銃は火を絶つ弾を放つ!」
 そこにあばたの精密射撃が飛ぶ。炉心温度の上昇に合わせて、どうやら精神状態もハイになっているらしく、かなり興奮していた。このテンションでも変わらず精度の高い射撃をこなせるあたり、くぐってきた場数を感じさせる。
「本読んでたら分かりました。分からないってことが分かりました」
 唐突に炎に語りかけるあばた。
「世の中には人生とは何ぞや、命とは何ぞやを考えてきた人たちが昔から沢山おりまして。別にあなただけが悩んでいるわけじゃないんすわ。だからなあ、その程度のことで偉そうにすんな。大人しくするなら、持ってきた本をくれてやる!」
 言い終わると、またしても弾丸が撃ち込まれる。
 堪らず体を拡散して逃れようとする蒼炎。だが、そこに天乃が紡ぎ出した糸が絡む。
「動く、な」
 捕縛に成功したら、後は追い立てるだけだ。瞬発力を活かして近づいた真咲が刃を振りかざし、数え切れないほどの連突を繰り出すと、炎の各所に穴が穿たれる。人間と違って血が流れるということはないが、痛々しい姿に変わりはなかった。
「奴は明らかに朱雀の攻撃を嫌ってる。つまり、オレ達の炎のほうが熱く滾っているってわけだ。だったら一丁やってやろうじゃないか、赤禰」
 フツに同調する諭。先立って大技を仕掛けていた彼は、とらと三郎太の意識共有を通じて精神的な疲弊を分かち合ってもらい、呼吸を整えてその時に備える。
 頃合を見て、フツが号令を発する。
 炎にはオオオと虚勢めいた叫び声を張り上げることしかできない。死への対抗心だけで、絶体絶命の状況下においても、なんとか自我を保っている。如何にも不安定で、この上なく脆かった。
「陰陽五行が火の神朱雀。いざ、火をもって火を制さん!」
 真紅の炎で象られた二羽の朱雀は、雄々しく翼を広げて飛翔していき。
 そしてそのまま蒼炎を食い荒らしていった。

●閃光
 火は燃え尽きる瞬間を知らない。だから自分は今、死んでいく最中にあるのだろう。
 薄れゆく意識の中で、炎はぼんやりとそう考えていた。悔恨。畏怖。諦観。様々な感情が洪水のように流れ込んできていた。
 ところが、一向に意識が途絶える気配がない。それどころか暗闇の底から浮かび上がるような感覚がある。まだ、燃え続けている。
 これは――紙だ。何枚かの紙片が火種となって、弱っていた肉体を支えている。
「いやわたし言いましたよね。大人しくしたら持ってきた本をくれてやるって」
 気づいた時には、蒼炎は祠の中に収まっていた。その正面には八名の人間が並び立っている。
「さて我々は今、あなたの命を質に取っているのですが」
 あばたが炎に顔を寄せる。
「最早戦う気力も、気概もなし。汝ら生命の強さに、我が生命は敗れた。好きにするがよい」
「そうか。じゃあ、誓ってもらおうか。今後、人を殺すな。できれば火傷もさせるな。そんだけだ」
 予想と異なったフツの提示内容に、蒼炎は不可解とでも言いたげに揺らめいた。
「あのさ。炎さんは、何で生きてんの?」
 不意に質問の声が上がった。発言者は、とらである。
「分からぬ。分からぬのだ。ゆえに惑い、嘆き、憤り、悩むのだ」
「人間だって命は与えられたものだよ、いつか消える恐怖だって同じ。みんな平等にもらって、みんな平等に怖くて、みんな平等に悩んでる。そのへん、理解してなくない?」
 炎は沈黙を守っている。白髪の少女の言葉をじっと反芻している。
「あんたが欲しい答えは、決して他人の中には見つけられない。だってさ、命は与えられるものだけど、生きる理由は自分で決めるもんでしょ? みんながみんな、違う答えを探してるんだよ」
 炎は、やはり語らない。語る術がない。思考を根底から覆されていた。
「考えたかったら、好きなだけ考えなよ。人間に手を出さないって誓ってくれるんなら、こちらも刀を納めるからさ」
 義衛郎がやれやれとでもいった具合で、炎に話しかける。
「――分かった。誓おう。汝らの栄誉に殉ずる」
「ま、こっちとしてはよその戦力になられても困るから、三鷹平に移住してもらいたいところだけども」
「あのね、ボクは、生きることは楽しむことだって思ってる。この世界は素敵なことがいっぱいで。いつでもボクにたくさんの驚きと感動をくれるから。あなたもここから出てみたら、見えるものがあるんじゃないかな?」
 真咲の提案には、炎は屹然として辞した。
「我は、たとえ朽ち果てて信仰が潰えようとも、この地を鎮める神ゆえに」
 その返事にフツは満足そうな顔をする。
 持って帰ったところでストーブの火にしかならないという、諭の皮肉には苦笑するしかなかったが。
「また来ます、その時は大いに語り合いましょう。ボクはあなたに興味があります」
「私も、いつかまた、来る。今度は、一対一で、ね」
 再会の約束を炎と交わす三郎太と天乃。祠から立ち去るリベリスタ達の背中に、蒼き炎は高潔な精神を見た。
 おお、大志ある生命の、なんと気高く勇ましいことか。
 生きるから命ではなく。
 生きてこそ命なのだ。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
 お疲れさまでした。
 今回の依頼は成功になります。
 
 心情と戦闘を絡ませまくってみました。
 季節柄と180度反対の灼熱シナリオでございました。
 お気に召していただけたらこれ幸い。

 MVPは火で上回ったフツさんで。
 それでは。ご参加ありがとうございました。