●海中の未確認生物 季節は冬。広大な海の水も冷たく凍えるこの頃、その海域にはどこか遠く、海の向こうから流氷が流れてきていた。 海面を埋め尽くす量の、割れた氷板。わずかに溶けた表面が、太陽光を反射しキラキラと光る。けれど、すぐに冷やされ、水は再び氷に戻る。 何度繰り返してきたのか。割れて、溶けて、再生し、そしてこの海域に流れ着き、あとはやがて、春になったら溶けて消えるだけだろう。 流氷を見るために、わざわざ足を運ぶ者も少なくない。 初めにそいつを発見したのは、見物客の1人であった。 初めは単なる魚影かと思った。 魚影にしては大きすぎる。雲の影かとそう思った。 所がその日は、雲一つない快晴。だったら気のせいだとそう思った。 しかしその影は、消えない。 氷の下、海の中を泳ぐ、体長10数メートルはあろうかという巨大な人影など、見間違いだと、そう思いたかったのに。 次々とあがり始めた悲鳴が、その巨大なヒトガタが自分の見間違いではない、ということを実感させる。 岸の喧噪など意にも介さず、ただただそれは、悠然と氷の下を泳いでいる。 ● 氷の下の奇妙なヒトガタ 「元がなんだったのか分からないけど、どうもこいつはEビーストみたい」 元の生物がなんにせよ、E化して変異してしまった以上は、殲滅対象だ。たとえこの時期の、凍える海の中を泳いでいようと、例外はない。 ため息を吐き出し、『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は小さく身震いする。モニター越しに、氷の浮いた海を見て、その水温を想像したのだ。 きっと、心臓も止まるほどの冷たさに違いない。流氷が流れ着いていなければ、誰も海辺になど近寄りはしなかっただろう。 「氷の下に潜んでいるヒトガタだけど、現状何か被害が出た訳ではない。とはいえこのまま放置もできないし、今後も被害が出ないとは限らない」 正体を探る必要もある。その上で、簡単に殲滅できるならそれでいいし、戦闘を行う必要が出るかもしれない。 それになにより、まずはヒトガタを見つけ出さねばならない。 「モニターの映像は夕方のもの。実際にこちらが現場へ行くのは夜がいいと思う。そうすれば、野次馬も減っているはず」 誤摩化しをかける相手が多いとそれだけ手間も増える。夜なら、夜闇にまぎれて作業を行うこともできるだろう。 「水中に潜むヒトガタを発見、おびき出すこと。まずはこの作業が必要になる」 戦闘などはその後だ。 ヒトガタの全長は10数メートル。おびき出す、見つけ出す手段は何が有効か判明していない。 「釣りでもしながら、色々試してみるのもいいかもね」 そういってイヴは、仲間たちを送り出す。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:病み月 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年02月12日(水)21:33 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●真冬の海岸 流氷の下を、何かが泳ぐ。巨大なシルエットのそいつは、ヒトガタと呼ばれる未確認生物に酷似している。目撃者も多数。しかし、今だにその全貌を覗き見た者はいない。 浮上と潜水を繰り返す。流れついた流氷の下、害敵のいない海の中を悠々と泳ぐ。 「寒い」 氷の上に降り立つ人影が幾つか。その中の1人、『ファントムアップリカート』須賀 義衛郎(BNE000465)がそう呟いた。 ●未確認生物を釣りあげろ! 夕方近くになっても、ヒトガタを見る為に集まった見物人は居なくならない。ここ二時間ほど、ヒトガタは水中に潜ったまま姿を現しては居ないので、幾分減ってはいるのだが、やはり人は好奇心には勝てないのだろう。 これでも減った方なのだ。『「Sir」の称号を持つ美声紳士』セッツァー・D・ハリーハウンゼン(BNE002276)の張った結界が功を奏した。 「寒そうな依頼だが、放っておくわけにもいくまい……」 人混みに紛れ、流氷の浮いた海を見つめてセッツァーは溜め息を零した。なにはともあれ、作戦の第一段階はこれでクリアだ。これ以上人が増える事はないだろう。次は、今残っている見物人をこの場から遠ざける作戦である。 「ここは立ち入り禁止でーす! 例の影、調べてみたらシャチだったんで。たまにアザラシと間違えて人を襲う事があるから、近づかないでください」 「速やかに避難するのだ……じゃなかった、してくださーい!」 婦警の格好をした月杜・とら(BNE002285)とらと『きゅうけつおやさい』チコーリア・プンタレッラ(BNE004832)が現れる。不平不満の声を漏らす見物人達を、宥めすかし、その場から遠ざける。それでも動こうとしないものも居る。 見物人が全員、この場から居なくなるには、もう少し時間がかかりそうだ。 そう見て取ったセッツァーは、とらとチコーリアにその場を任せ、先に海へと降りている仲間の元へと歩を進める。 「せめて食べられて、しかも美味しかったりしないかなぁ」 巻き餌片手に『魅惑の絶対領域』六城 雛乃(BNE004267)が言葉を零す。氷の上では足場が不安定であるため、翼の加護で空へ舞い上がろうかと思案し、止めた。野次馬たちは、まだ近くに残っているようである。 「ベース基地となる漁船を壊されないよう、せいぜい気をつけておきましょう」 船の甲板から海を見降ろし『雪月花』四季 護(BNE004708)は防寒コートの襟を合わせた。冷たい空気に息が凍る。 「しかしやっぱりロマンがあるよな、UMA。男心をくすぐるよ」 姿を現さないヒトガタを、目視で捜索しながら『Killer Rabbit』クリス・キャンベル(BNE004747)はコーヒーを啜る。ヒトガタが姿を現さないようなら、海中にフラッシュバンでも投げ込んでやろうかとも考えたが、それはまだ早い。せめて野次馬がいなくなってからだ。 「どのみち水中でも戦うわけにもいかないからね、引きずり上げれば正体も判る、と思いたいけど」 フィティ・フローリー(BNE004826)が水中に顔を突っ込む。数秒で顔をあげ、ブルブルと身体を震わせた。直接目視で水中を覗き、ヒトガタの居場所を探しているようだ。 捜索開始から30分は経過しただろうか。未だにヒトガタの居場所は不明のままである。 氷を繰り抜いた小さな穴にロープを垂らす義衛郎。周囲には、彼や仲間の仕掛けた釣りの罠が無数にある。ヒトガタはここ暫く姿を現していない。餌にかかる気配もない。どうやら、人の気配を警戒しているのであろう。 「寒い」 肩を抱き、小さく震える。先ほどから、口にするのはその言葉ばかり。釣りとは元来、じっと待つものではあるのだが、しかし場所と環境が悪い。極寒の氷上ほど、待つに適さない場所もそうないだろう。 そろそろ野次馬たちの撤収作業も落ち着いた頃だろうか。すっかり日が暮れ、辺りは暗い。ベレヌスに明りを灯し、氷の上にセットする。 「氷の下に居るのなら、氷を溶かしてしまえばいいのではないかな?」 セッツァーの提案に、義衛郎は暫し思案する。翼の加護があるので、足場の氷がある程度減っても、活動は可能だ。タクトを振りあげ、フレアバーストの発動準備を整えるセッツァーを見て、もう少し待つように声をかけた。 これ以上警戒されて、水中深くに潜られては厄介だと判断したのだ。 ふむ、と呟きセッツァーはタクトを降ろす。 その時だ。 「ちょっ! 掛かった! 掛かったよ!」 釣り竿の近くで巻き餌を巻いていた雛乃が、悲鳴染みた声を上げる。大きくしなる釣り竿を掴み、一緒に水中へと引きずりこまれないようその場になんとか踏みとどまっている。 「間違いない! ヒトガタだ! どうしようか?」 フラッシュバンの発動準備を整え、クリスが叫ぶ。千里眼で氷の真下を確認したのだろう。かなり深い位置に潜っているようで、魚影は見えない。 雛乃の元へ義衛郎が駆け寄った。竿を掴み、雛乃と共に竿を引っ張る。 一進一退。引いて、引き摺られてを繰り返す。足場が氷なのが不利な点か。滑るのだ、圧倒的に。 釣り竿が大きくしなる。次の瞬間、ヒトガタは一気に水中を走る。引っ張られ、雛乃と義衛郎が氷に叩きつけられた。 大きな罅が氷上を走る。砕けてしまうその直前に、セッツァーがタクトを振りあげた。放たれた炎が氷を溶かす。大きな穴が空いて、2人が水中へ引きずり込まれた。魔炎によって溶けた氷は温度が上がったお湯となる。 大きく開いたその空間に、今度はクリスがフラッシュバンを投げ込んだ。 光玉が水中で弾け、閃光が走る。気絶した魚が水面に浮上する。 水中でなにかが動く気配がした。光に驚き、ヒトガタが暴れ始めたのだろう。波がたって、氷が大きくめくれ上がる。 水中から氷上へと這い上がろうとしていた雛乃や義衛郎に真下に、ヒトガタが迫る。逃げるのは間に合わない。竿を手放し、防御の姿勢をとったその瞬間に、ドンと盛大な水柱が上がる。 「う、ぐ!?」 「きゃァ!」 空中へ放り出された2人の背からは、翼が消えている。翼の加護はブレイクされたようだ。船上から護が手を伸ばす。その手に宿った光の粒子が、再度2人の背に疑似的な翼を生じさせる。 「恵み給え」 新たに得た翼で、2人は落下を免れる。水柱の中に見える影は、ヒトガタのものだろう。 氷の上を滑るようにして、フィティが接近する。 「哺乳類じゃないんだよね、たぶん」 魔力槍を旋回させながら、フィティは水柱へと切り込んで行った。 魔力の奔流が、水柱を弾き、その刃はヒトガタの身体を切り裂いた。刃で貫き、そのままヒトガタを引き摺りだそうとするが、そう簡単にことは運ばない。大きく振り回されたヒトガタの、腕にあたる部位がフィティの身体を薙ぎ払う。 血の滴を引きながら、水柱から叩き出されたフィティの身体を抱きとめる影が1つ。 「なにあれ? ヒトガタに見えるっていうなら蛸もあり?」 チコーリアを伴ったとらである。氷上にフィティを降ろし、自分は狩ってきた魚や鹿を水中へと投げ込んだ。再び水中へと潜って行ってしまったヒトガタを、再度呼び戻すためである。 「チコちゃん、余ったら後で食べようね~♪」 「バッカルコーン!」 スワンボートで海に漕ぎだすチコーリア。そのボートの縁にも、鹿がつりさげられている。流れ出る血を海に垂らしながら、ボートは進む。 ヒトガタ対リベリスタ。第二戦の始まりだ。 船の甲板から、義衛郎は海を見下ろす。割れた氷の下に、今もヒトガタは潜んでいるだろう。しかし、浮上はしてこない。チコーリアととらがヒトガタのおびき出しを行っているが、現状釣り上げることには成功していない。 「意外と、未確認生物の正体がアザ―バイドやエリューションだったりするのかもしれませんね」 白い息を吐き、独り言を呟いた。そんな彼に、護は紅茶を差しだす。 「身体が冷えて固まりますよ」 ローテーションを組んで、ヒトガタの捜索に当たっている。待機しているメンバーは、漁船に乗って暖を取る。すぐさま動き出せるように、船内のメンバーも臨戦体勢はバッチリだ。 「ネットに投稿しちゃだめだよねぇ」 カメラ片手に雛乃が呟く。先ほどから海面の撮影をしているようだが、ヒトガタは姿を現さないので、意味はない。映っているのは、スワンボートで動きまわるチコーリアくらいのものだ。 チコーリアはボートで、とらは釣り竿でヒトガタの釣り上げを試みるが、未だ成果は出ていない。すでに数十分ほど経過しただろうか。 そろそろ他の仲間と交代しようか、と考え始めたその時だ。 チコーリアの乗ったボートのその真下に、ヒトガタの影が忍び寄る。 ガクン、とスワンボートが傾いた。ボートのスクリューにヒトガタが喰らい付いたのだろう。 「かかったのだ! チコが釣りあげてや……ぎゃあ! 海に引きずり込まれるのだ!!」 慌てるチコーリア。控えていたフィティと、釣り竿を放り捨てたとらがボートへと迫るが、恐らくそれよりも速くに船が水中へと引きずり込まれてしまうだろう。 「歌を詠む暇などなさそうですね」 ボートの船主に括られたロープは、漁船に結ばれている。護が漁船を発進させると、一緒にボートも引きずられる。氷の上に乗り上げるボート。チコーリアが慌ててボートから飛び降りる。スクリューには太い触手が巻き付いている。 「捕まえたっ!」 とらの全身から、気糸が放たれる。触手に絡みつく無数の気糸が、ヒトガタの動きを阻害する。このまま呪縛できれば理想的なのだが、そう簡単にはいかないようだ。 触手を解き、ヒトガタは水中へ潜る。 「私が餌になるのは嫌だけど……」 フィティは高速で氷上を駆ける。槍を旋回させ、それを触手に突き刺した。気糸と槍で触手をその場に縫い止める。ヒトガタを水中へと逃がさないつもりなのだろう。 ギシギシ、と気糸が軋む。 氷が罅割れ、ヒトガタの影がハッキリと確認できるようになった。その影は、なるほど確かに、人のようだ。だが異質なほどに巨大である。 ぶち、と奇妙な音がして触手が千切れた。よろけながら、ヒトガタは水中へと潜って行く。 また逃げられる、と誰もが歯噛みをした瞬間、ヒトガタを追ってセッツァーが海へと飛び込んだ。 「声楽家の肺活量を侮らないほうがいい……。一息でどれだけの無呼吸運動ができるか試してみるかな?」 そう呟いて、セッツァーは海へ飛び込んだ。操舵室に居る護以外のメンバーが、慌てて海を覗きこんだ。腰の刀に手をかけ、義衛郎は戦闘体勢に入る。 それと同時に、クリスもまた両手に銃を構え海へと向ける。銃口には光球。フラッシュバンが有効だというのは、先の戦いで確認済みである。 海中は暗い。視界はないに等しい。それでもセッツァーは、気配でヒトガタの居場所を探る。 『……背後っ!?』 気配に気づき、振り向いた時にはもう遅い。触手は既にセッツァーの身体に巻きついた後だ。身動きを封じられたセッツァーに、鋭い牙の並んだヒトガタの口腔が迫る。 ゾクリ、と背筋に寒気が走る。冷たい水に浸かっているせいか、それとも恐怖によるものか。 飲み込まれることを覚悟した瞬間、水中に何かが飛び込んだ。光る球体。それが何かと察したセッツァーは、瞬時に瞳を固く瞑った。 弾ける光球。飛び散る閃光。フラッシュバンだ。クリスによる援護に、心中で感謝を述べる。ヒトガタによる拘束が緩んだ。 わずかに動く指先で、セッツァーは魔方陣を描く。 直後、セッツァーの身体から禍々しいオーラにて形作られた腕が現れた。巨大な掌が、ヒトガタを掴みあげる。 水中から水面へ、セッツァーごと腕はヒトガタを持ち上げる。 盛大な水飛沫と共に、ヒトガタは三度、海面へと釣り上げられた。 ●未確認生物の正体 「蛸だー!」 セッツァーによって、水面へと打ち上げられたヒトガタ。水飛沫の中から現れたそれは、巨大で、色も雪のように白いが、その形は紛れも無く蛸だ。本来なら8本ある筈の触手は、変化し、太い2本に纏まっているが、蛸なのだ。 雛乃が放つ黒い鎖が、ヒトガタを空中で飲み込んだ。今頃は、壮絶な苦痛がヒトガタを襲っているだろう。鎖の濁流から解き放たれ、ヒトガタは氷上に落下。 同じく落下しそうになったセッツァーを、護るが空中で抱きとめる。 「祓え給い 清め給え」 意識を失いかけていたセッツァーの身を、淡い燐光が包み込む。傷を癒し、ダメージを回復させる。氷上では、ヒトガタもろくに動けはしない。 後は、仲間に任せればいい。 そう判断し、護とセッツァーは船へと引き返した。 誰よりも速く、誰よりもまっすぐ、ヒトガタへと駆け寄る者がいる。下段に刀を構えた義衛郎だ。彼を迎え撃つべく、ヒトガタが残った片腕を持ち上げる。 「っと、どこに撃ち込むべきか……。頭っぽとこ?」 持ち上げられた片腕を、クリスの放った弾丸が射抜く。義衛郎は、生まれた隙を逃さない。 腕の真下を潜るようにして、ヒトガタの頭部へ接近。迷いなく、刀を振りあげた。 刀身が無数に分裂して見える。一瞬でずたずたに切り刻まれるヒトガタの頭部。 「再び海には、戻れませんよ」 数秒後、そこに残ったのは哀れな蛸の遺体であった。 「焼いて食べる?」 「食べられるの?」 「七味マヨネーズでいただきます」 ヒトガタの遺体を囲み、とら、フィティ、チコーリアが言葉を交わす。 このままここに、ヒトガタを放置しておくわけにはいかない。巨大なその遺体を漁船に回収し、リベリスタ達はその場を後にした。 これで明日からは、この場でヒトガタの姿が確認されることもなくなるだろう。 未確認生物は未確認生物のまま、明日からもまた、語り継がれていくのだろうか……。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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