● 「――ってな訳だ、ニポンのリベリスタ諸君」 陸軍からくすねてきたのか、御機嫌に風を斬りながら軍用車を走らせ前線へと向かう最中。『ヤード』所属の将校は幾らか片言な日本語で状況の説明をしてくれていた。 先の<倫敦事変>なる大戦の傷跡も癒えぬ儘、急遽再度召集された今回の戦線。入念な準備をする期間も無く決定された今回の『アーク』と『ヤード』の動向には、両陣営の構成員にも幾許かの疑問を残していたのだ。纏めると、こう。 まず重要な点。番犬は転んでも只では起きなかった、という事。英国の警察機構への強襲の刃を振るった敵方。その僅かな匂いを、気配を追い掛け彼等は、とうとう文字通り、“蜘蛛の巣”へと足を掛けたというのだ。 それがこの地、大胆にも倫敦の中心街、“全ての道が集まる場所”ことピカデリーサーカス地下に建造された巨大な地下要塞だという事も、リベリスタ一同の度肝を抜いて見せた。 然し、敵の根城を見つけたのなら何故、根城を突き止めたからこそ何故、冷静に迅速に準備を進め、確実な戦力を揃えてから。といった行動をとる暇が無かったのか。それは、辛くも彼等の苦手とする“極めて論理的な人物”と“敵”からの情報によるものが主とする決断であった。 「リー教授といったね、彼の云う『モリアーティ・プラン』に、敵方自身から出た『教授の目的』、そして何より、君等の国から飛んででもきたのだろう、敵戦力『キマイラ』の存在……」 ふうむ、と将校は指折り言葉を並べる毎に眉を寄せて見せてから、綺麗に整えられた口髭を掻きながら続ける。 「……懸念事項のオンパレードじゃの。正直、彼らが手に負えなくなるのに間に合わない懸念と、今回の制圧作戦の準備不足の懸念がトントンという具合での」 それらを天秤に掛けた結果、多少というには多すぎる程のリスクを踏み倒し、早期の再攻撃の手札を選択したとの事であった。勿論、障害は多々ある。敵方の動きに合わせ、流動的に成らなければ成り立たない不確定要素が山の様に積み上がっているのだ。 最も、遠く離れた『アーク』の本拠地、日本国・三高平への奇襲・強襲を防ぐために『ヤード』は前線部隊に加え予備戦力をも投入する。作戦失敗に伴う彼等側の陣営の被害の大きさは、想像に難く無かった。 それでも、水平線の先、ゆっくりと傾く夕陽を見詰める将校の瞳には、一端の迷いも恐怖も、見て取る事は出来ない。 「……そういえばな諸君、昨日娘から美味なストロベリー・クッキーが届いての。あれは……そう、紅茶と食べると天にも昇る美味さでの」 「それでは将軍、明日にはそれで御臨終しなければなりませんな」 「そうじゃな、リベリスタ諸君。……諸君の戦場に、幸あれ」 優しく微笑む将校の敬礼に見送られ、皆は各々の戦場へと急ぐ。傾いた夕陽は、もう水平線に触れそうで。夜の闇が、迫る。 それから間も無く、闇夜の強襲作戦の火蓋は、切って落とされるのだった。 ● ――時と共に進んでいく戦局。ピカデリーサーカス地上、及び地下要塞入口付近での迎撃部隊の掃討と進軍に合わせ侵入したリベリスタの一部は、背を守ってくれた舞台の無事を祈りながらも『倫敦の蜘蛛の巣』の中枢を目指して歩を進めていった。 そのうちの一つが、この分隊。順調に正面突破を果たし下層へと進軍。第二階層のフロアの探索へと取り掛かっていた。 今差し掛かっている区画は、先ほど駆け抜けてきた上層とは打って変わって薄暗く静まり返った室内。遠く上では警報が高らかに鳴り響き、時折響く建物全体を揺らす様な振動に、隊員達の緊張は絶えず極限まで絞られていた。そんな、最中。 「……おい今、子供……居なかったか」 分隊員の一人が、こんなことを言い始めたのだ。曰く、廊下から此処に入っていったのだ、と。リベリスタの一人はそ言葉と共に、誘われる様に一つの大きな部屋へと踏み込んでいく。 そんな筈ないだろう、と何処か馬鹿にした様な笑いを浮かべながらも、何分情報が少ない状況。調べない理由も無く、分隊は揃ってその広い施設へと侵入していった。 「なんだろうなぁ、此処……嫌な感じはするな」 見回せばそこは、研究施設だろうか。不気味な液体の流れるカプセルに、何やら沢山のコードが接続してある大型の基板。得体の知れない機械や設備を前にして、神秘界隈に過ごす彼らであっても動揺を隠す事は出来なかった。 下手に触るんじゃないぞ。爆発されたら堪らん、等と冗談を時折混ぜる程度の余裕が生まれ始めた頃。索敵を続けるする一同の耳に、突如響くのはひたひたと軽い足音。裸足だろうか、可愛らしささえ覗くその響きに、再び首を傾げて見回すリベリスタ達であったが。 「――ねぇね、遊ぼう」 声の主は、唐突に姿を現す。一か所に注がれた視線の先に、物陰から覗く少年の顔があった。純粋無垢に、冒険中という様な輝く瞳があった。 「……なぁボク、君は……」 君は、いったい誰だい、何だい。そんな事を訊こうとしたのだろうか。隊員の内の一人。現れた少年の近くに居た彼が踏み出し覗く視界の先は、彼の理解の範疇を越えていた。 目の前の少年の腕からは――腕が存在する筈の場所からは、だらりと爬虫類の体躯を思わす肉塊が生えていた。そしてその先端、大きな爪は私の脚を掴んでいる――掴んでいる? 「ねぇね、遊ぼう、遊ぼう。遊ぶのってね、凄く凄く――美 味 し い んだよ?」 「た、隊長ぉ―ッ、うあぁあああ!!」 引き摺られる様に物陰へ吸い込まれる同胞の姿を、一同は呆気に取られ見詰めている事しか出来なかった。続いて響くのは、何かを潰す様な音と、貪る様な咀嚼音。 そして次の瞬間、先程まで共に生きていた仲間はまるで、雑巾の様に乱暴に、容易に投げられ部屋の壁へと叩き付けられていた。べしゃり、と重力に従い地に伏すその肉体は、糸が切られた人形の様に力無く、確かにその命を手放した事を知らせていた。 「……今度は誰が、遊んでくれるの?」 「お兄さん?」 「おじさん?」 研究室内部に響く声は、一人ではなく、複数。それも男児のものに混じり女児のそれも鼓膜を揺らす。 楽しげに“遊び相手”の廻りを駆け回る少年、少女の表情は無垢そのものであった。 ねぇね、と尋ねる口調でぐるぐると回って、その内ぴたりと、一人の目の前で止まって。少年の身体には少々長すぎる手が引き摺って来てしまう肉片をぱくり、口に含むと少年の眼は見上げて。 「それとも――」 傾き沈み始めた太陽。訪れる夜闇に、届かぬ叫びが木霊して。 命の駆け引きという名の御遊戯は、彼ら少年にとってとても、とても。刺激的で甘美な遊びの様であった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:ぐれん | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年02月10日(月)22:15 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 始まった大戦、轟々と揺れる戦場。その第一階層を駆け抜けて、リベリスタ側の連合軍の足は第二階層へと踏み込んでいた。 空の見えない閉塞感からか、ぐっと不気味な色の増した『倫敦の蜘蛛の巣』の腹の中を、リベリスタの一同は駆ける。 その先頭、楽しげに駆けのは『デストロイヤー』双樹 沙羅(BNE004205)。 楽しい戦争が始まった、と少年の抱くワクワクにしては少々物騒な期待を胸に歩を進める。同時に、この戦いで何処迄強くなれるかな。何匹、殺せるかな。 そんなどろりとした殺気を漏らす。願望に欲求に乾く唇を舌で濡らして。飢えた獣の瞳を、沙羅は前へと向けていた。 沙羅と並んで、『アクスミラージュ』中山 真咲(BNE004687)も似た様で違う笑みを浮かべていた。幼少期より根付いた毒は、最早血となり肉となって。 戦場で殺し奪い勝つことが、自分が自分である所以。戦場こそが、少なくとも今現在と、これまでの真咲の全てであったのだ。先に待つ闘争に、待ち切れず昂る気持ちは口元へと漏れていた。 それから一歩遅れて。『パニッシュメント』神城・涼(BNE001343)と『淡雪』アリステア・ショーゼット(BNE000313)は並んで駆ける。彼等は今作戦、重要な『眼』とその『騎士』たる護衛。 重要でウェイトの重い役回り。けれど、一人ではないから。ちら、とアリステアが傾けた目線の先。涼の横顔を眺め、彼女は幾許かの安堵を抱いて。 別々の場所で戦うよりは、隣で。遠く想うよりは、自ら支える事の出来る此処で、一緒に戦うんだ。 よし。決心を終えた様に彼女は独り小さく頷くと、皆より一足早く神秘を練り上げる。 込める神秘は眉間へ。広がる視界と、いくよ、と彼と交わした目線。緩く宙に浮いて少女は言い放つ。 「――作戦、開始だよ」 ● 場所はかわって、研究室内。 畜生、と白く染まる息を吐き出したのは、皆に先駆け進入を果たしたヤードのリベリスタの一人だった。大きな設備の陰に背を寄せて、落ち着きなく左右に視線を投げる。 既に仲間は半数以上が行動不能、大半の生死さえ解っていない。先ほどまで随分と騒がしかった研究室内も、しんと静まり返って。 掛け声や鬨の声や、衛生兵を望む声。その代わりに響くのは、ひたひたと不気味に駆け回る、幾つかの子供の足音だった。 「ねぇね、どこ、どこ?」 遊ぼうよ、呼ぶ声が響く度に、びくりと肩を震わせ息を殺す。足音とその声の音源は、徐々にこの場所を目指している。込み上げる緊張で零れそうな悲鳴を、必死に噛み殺して。 遠くから迫る足音が、あと数メートル、数十センチ。視界の端に子供の脚が――。 ――轟。 「アロー、アロー! 助けに来たよ、返事を……しろっ!!」 突如、地を揺らし響いたのは少女の軽快な声と“研究室の扉を吹き飛ばしたような”轟音だった。 同時に幾つかの足音がばたばたと侵入してくる。間一髪、子供の気配は現れた『御客様』の出迎えへと駆け出していた。 進入した足音の正体は勿論リベリスタ一同。アリステアの用いた千里眼を頼りに、ヤードの生存者の救出へと登場したのだ。 「さぁ追い掛けっこだ少年たち、俺を捕まえてみるんだな」 既に引き抜いた盾と刃。『(自称)愛と自由の探求者』佐倉 吹雪(BNE003319)は戦闘を始める。が。 海外遠征先での任務。『万華鏡』の支援を欠き、情報が不足した戦場。満足に敵方の戦力も測り得なかった中で姿を現した敵は、いたいけな子供を弄り冒し、壊した姿のキマイラ。 多少の動揺も無理はない。けれど、迷っている暇もなく振り抜いた刃。軽快に跳ねながらの一撃はぐずりと『化物』の肩口を抉るも、その目に痛みや恐怖の色は無い。 「ちっ……、此処で全員、ぶっ倒しておかねぇとな」 「……そうね、許せない、から」 呼応する様に静かに呟く声。共に吹雪を護る守護を寄したのは、煌々と紅に輝く蝶を連れたアミリス・フェネール(BNE004347)だった。 戦場を見詰める瞳の奥で、静かに感情が渦巻いて爆ぜる。焔にも似た、『新世界』で彼女らが手に入れた感情。ふつふつと沸く怒りに任せて、連れた妖精はその色を増して。その怒りの所以は――。 「お姉さん、遊んでくれるのぉー?」 ゆらりと起き上がるキマイラと突如、交差する目線。爬虫類の目に似て、無機質に吐き出される殺気に身を引く間も無く、アミリスの身体は這う蛇の様な腕に捕えられていた。 ぐん、と感じる慣性。前方へと容易に引き寄せられ、にィと見下ろす色のない瞳。然し。 「残念だ坊ちゃん、遊んでやるのは此方だぜー、っと!!」 その刹那、神秘により刻まれた呪印を以てキマイラの動きを封じてみせる『てるてる坊主』焦燥院 ”Buddha” フツ(BNE001054)。癒し手の貴重な戦場。その守護は彼が一任すると決めていたのだった。 凛、と鳴らす鈴の音と共に投げる目線。仮にも寺で修行を積んだ身、御霊を弄ぶ『倫敦の蜘蛛の巣』の連中を許す訳にはいかなかった。逃がさねえからな。そんな色を込めて睨む彼の頬を、不意に黒い風が撫ぜる。 「――大ッ体、敵の本拠地で罠に嵌るなんて情けないんだよ……ねッ!」 そんな辛辣な言葉と共に奈落の刃を振るう風の主は、二対の翼で翔ける『断罪狂』宵咲 灯璃(BNE004317)。 幾重にも纏う呪いを齎すその刃で、“研究室の扉を吹き飛ばした”のも彼女であった。既にフツの呪印で捕縛された儘、横っ飛びに退くキマイラの先、射線が開いて。その先遠く、保護対象たるヤードのリベリスタの姿を確認する。 「それじゃあ皆、後は手筈通りに宜しくっ!」 頬をべたりと濡らす返り血を拭いながら、灯璃は振り返り告げる。その声を皮切りに、リベリスタは二手に。“また後で”と言葉を交わすと吹雪、アミリス、フツ、灯璃を後に残し、残る四人は西の方角へと折れて姿を消した。 第一段階完了とばかりにリベリスタ一同はひとつ溜め息を零すと、既に回復支援を始める敵方のフィクサードと対峙し、口々に鬨の声を。 既に各所で始まっている戦闘。雄々、と重なる声で地を蹴り交差する戦火は、巻き上がる砂埃と共に『倫敦の蜘蛛の巣』の腹中、第二階層を徐々に満たしていくのだった。 ● その最中、二手に分かれた先で、アリステアが皆の『眼』となり味方の下へと急いでいた。 千里眼を得た彼女の遥かな視界の先、物陰に隠れ息を潜める味方とそれを囲む敵。そしてその手前、同じ様に息を潜め隠れる―― 「――その角の右、来るよ!」 「了解、ボクがいッきまーす!」 敵の存在を先に視認し、待ち伏せる敵へと逆に不意打ち。軽快に放たれるのは、愉しげに前方へと加速した真咲の振るう斬撃。 体躯に似合わぬ三日月斧が放つ一撃は確かに物陰に隠れた少年を袈裟懸けに裂くも、血飛沫に紛れ同時に振るわれる大爪は真咲を捉える。 「痛ッー、結構きついの貰っちゃった!」 言葉と共に不安定な体勢からくるり、身軽に体を捻り着地。頬を伝う血を拭い“にひひ”と笑顔さえ覗かせるのは戦闘狂たる真咲の深層倫理故か。 眼前に認めた敵方の姿。同様に笑む敵に何処か、同類を見詰める様な親近感が沸いて。それは彼も真咲も造られた『バケモノ』だから、なのか。 君達も同じように、殺すことしか、知らないのかなぁ、なんて爬虫類の様な、切れ込みみたいな瞳へ向けて呟く。が。 「はいはいっと、おチビさんは邪魔だから下がってなよ」 数分にも思えた刹那。見つめ合い動かないキマイラの横っ面を、沙羅は通り過ぎ際に何の迷いも無く、猛烈な一打で吹き飛ばす。失礼するよー、と棒読みで零した後。ほら、と真咲に親指で先を示して軌道修正。現段階では、孤立したヤードのリベリスタの救出が最優先なのだ。 「あ、うん。……今はごめんね!」 感情を振り払う様、左右に顔を振ってから。また後で遊んであげるからね、と何処か友達に告げる様に大手を振って、真咲は皆とに続き仲間の下へと急ぐ。 その手首、黒く輝く鷹目石。何時でも心を平静に冷静にとの教えの証。行動の決定を感情や興味で行うなんて。これまた反省。と邪悪にロリに、一人こつりと頭を叩くのだった。 「それじゃあ、いくよ……皆っ!」 更に進んだ奥。身を隠す味方へ何とか声が届きそうな位置で、掛け声と共にアリステアが奏でるのは癒しの音色、天使の調べ。 千里眼により拡張された認識領域。戦域全体を包む神秘は、遠く戦う味方と息を潜める仲間へと確かに届いて。 然し同時に、敵方も物陰から姿を現し戦火を交える。 「――まぁ、通しはしないが」 先頭、突貫する敵前衛の一人。眼前へ立ち塞がるのは漆黒の影――涼が振るうは不可視の刃の残像を幾重にも重ね放つ、断罪の閃光。 ポーカーでこそこの手で終わりなんだが、と苦笑気味に振り抜いた刃の先、ぐらりと体勢を崩す敵の脇を抜けて、沙羅は一挙に隠れた仲間の下へと到達する。 やれるかい、と掛ける声。返るのは期待外れな“うああ”と嗚咽にも似た呻き。永らく死と隣り合わせに有ったのだ。多少の恐慌状態に有っても仕方ないが、そんな悠長な状況でもない。 「此処で仲間の想いを背負って戦うか、それとも死ぬか。どっちがいい?」 男の胸倉をぐいと掴むと、眼前に寄り強い口調で言い放つ。好きな方を選ぶと良い。と吐き捨て離す掌に、無様に尻もちをつくリベリスタ。 最も、後者ならボク等が此処迄来た意味が無いんだけどね、と小さく零す悪態に、幾らか抜けた声で“すまない”との声。何とか立ち上がるヤードの一兵に、別に。と怠そうに言葉を返してから。 「……ほら、行くんだろう。急がないと君の残る仲間も死ぬよ」 急かす様に呟く言葉。幾らか意識の回復したリベリスタを護衛する様に、四人は元来た道を戻り、合流を目指して駆け出していた。 ● そして、四人が目指す先。既にヤードの癒し手を回収していた残る四名は、廊下へと繋がる入口付近で防御的な陣形を余儀なくされていた。 二手に分かれた敵戦力。然しそれは平等ではなく、此方の布陣の方が敵の戦力が大きかったのだ。加えて、癒し手が傷付いた儘始まる撤退作戦。 「……誰も、失わないで見せるから」 その後列中央。敵方の攻撃に焼かれ、アミリスの意識は何度も遠のいていた。歪む視界の中、必死にその場その場の適正解を叩き出し、支援に回復に目が廻る様な大健闘を見せる。 彼女の原動力は、彼女が抱く怒りの感情と守護への欲求であった。“人間の男女の愛の結晶”という宝物を、幼気な子供を壊す彼等が許せなかった。 そして、自分に出来る事は何か。この世界で素敵だと思えたその『宝物』を、守る事だ。目の前で笑む、壊されてしまった彼等ではなく、“今日救う誰かがいつか遠い未来、残すかもしれない”その宝物を、守る事。 突如、アミリスを再び焼く火炎。敵の魔術師の放つ、地獄の業火にも似たそれが彼女の意識を喰らう、が。迷いも無く運命を差し出して。今此処で倒れる訳にも、考える事を辞める訳にもいかない。 「だから……!」 零す言葉と、何とか耐える身体。伸ばした指の先、彼女が選んだ最適解、それは―― 「灯璃の全力全開、甘く見ないで……ねぇっ!!」 ――最大火力。十発も放てば枯れる程にリソースを喰らう灯璃の呪いの刃の応酬。それを支えていたのは、他ならぬ彼女の献身的な支援であった。 ぐずりと肉塊と化すキマイラの一体に、堪らず幾らか後退する敵の戦線。そこに、更なる追い討ちをせんと印を組むのは坊主の男。 「緋は火。緋は朱。招来するは深緋の雀。これぞ焦燥院が最秘奥――」 業、と大気を焦がす程の火炎を以てフツが現世に遷すは四神、朱雀の焔。その場全ての敵方を焼き焦がし、足下に転がる『餌』をも消し炭と化して。 ちィ、と食い縛る歯。止むを得ず死人に鞭打つ結果となるが、現状況を打開するにはこれしか無かった。 「あつーい、けど……楽しい!!」 生身の敵フィクサードには多少ならず効果が望めたものの、バケモノは幾らか頭のヒューズが飛んでいる様子。業々と燃える身体を其の儘に、少年が伸ばすは異形の掌。 「ま、待てって――のわぁあ!?」 その標的となったのは、先程“追い掛けっこ”を提案した吹雪。否応も無く一挙に隊列から引き出され、敵方のド真ん中へ。 捕まえた、と満足気に笑む少年は続け様に腕を鞭の様に振るい、軽々と吹雪を壁へと叩き付ける。ごぼりと、唇を割り零れる血。一挙に意識を刈られ地に伏すが。 「……みんな頑張ってんだ、俺だけ寝ている訳もいかねえだろ」 血の海に浮く帽子も其の儘に。せぇの、と吹雪は一挙に加速。一閃、二閃。キマイラの首元へ突き立てた刃は瞬時に彼の命へ届き、その命を奪う。 口を満たす鉄の味を血にべっと吐き出すと、同時に駆け寄る『別動隊』の姿に遅ぇぞ、なんて悪態をついて。――同時に、此方側の準備は、全て整ったのだった。 それから、ぐるりと手番を幾周か。此方の被害は大きく、癒し手は熱心に支援に走る、が。それにしても何処か手加減している風。攻撃の手は増えているのに、何故。 「さぁて、捕獲完了っと」 そんな最中。暫く静かにしていたリベリスタの中で左右の掌を合わせ、爽やかに“御愁傷様”と告げるフツ。 彼の塔の魔女が用いる秘術――陣地作成によって広大な研究室は、彼の意の中に堕ちたのであった。 「っち、此処は退くぞ。生きていれば――」 咄嗟に敵方が放つはフラッシュバン。煌々と目を焼く閃光に紛れ、一匹のキマイラを残し出口へ駆けるフィクサード。 戦火より逃れ、必死に逃げる彼等の前に突如、姿を現す影が、一つ。 その影は少年。消して大柄ではない体躯とは不似合いに大きな鎌を担ぐその姿は、まるで。 「誰一人、生きて帰れると思うなよ?」 薄暗い構内、死の刻を告げる死神の様に事務的で冷酷で、何処か狂気に満ちた沙羅の声が響く。吐き捨てる様に、『倫敦の蜘蛛の巣』風情が、との言葉と共に、刺す様な殺気を放つ。 生命を汚して、倫敦に巣食って。思い上がった彼等を枯らす無常の風の様に、大鎌を振り上げ歩み寄る。その瞳には、一切の躊躇も情けも無く。 「――それとも何、逃げられるとでも思った?」 嗚呼、と呻き後退る敵方の背後から、許す訳ないよと少女の声。振り向く先で、灯璃が手にした双の刃の血糊を無残に払い、差し向けるは紅の悪魔。 右の手に握る赤の刃へと幾重も呪いを込める。その口元には笑顔さえ浮かんで。 「まあ、そういう訳だ――胸糞悪いんだよ、逃がす訳無いだろうが」 かつかつと乾いた靴音を響かせ歩む涼も、手にした刃を差し向けて。薄く細めた目。見下ろす目線は同様に殺気を多大に孕んでいた。 この上無く無様で愚かで、罪深い御前等に贖罪の間を遣るよ。そう一瞬緩んだ瞳は、その後至極冷酷に染まって。 「――無罪であれ、潔白であれ。断罪するのはこの俺の正義だ」 ごとり、ぐしゃり。生々しい音を立てて、断罪の刃は振り下ろされた。椿の花が、枯れ散る様に。彼等の意識と命は刹那に燃え尽き、消えていった。 ● 「っぷは……、やっと終了!」 「予想以上に骨が折れるお子様達だったな、っと」 吹雪が袈裟懸けに振り抜いた一撃に続けて、真咲が逆袈裟に切り上げ、二閃。交差する様刻まれた傷は命へと届いて。ぐらりと傾いた体躯は、地に伏した。これで、仕舞い。 どしゃ、と血糊やら汗やら諸々の液体ですっかり染まった服の儘、二人はへなへなと腰を降ろし、僅かな休息。向こうに“追い掛けていった”彼等も、少しすれば帰って来るだろう。 「如何か、安らかに」 ふと気付き、フツは確りと見開かれた彼の瞳を――キマイラとしての戦闘中の時とはうって変わり、開いた瞳孔に今更人間味が宿る瞳を閉じて遣る。そうしてやれば何処か、楽しげな夢を見て眠る少年の様で。 神秘界隈ではこんな悲劇は珍しくはない。不幸な誰かが、無作為に、人為的に関わらず命を弄ばれて、その後、止むを得ず取り殺されて。不条理で許す事の出来ない、所業。 「……楽しかったのかな、美味しかったかな」 ん、とフツが首を傾げる隣。誰に云うでも無く、真咲は眠るキマイラの少年の顔を見詰めながら呟く。 幾らか違えど、自分と同類にも似たバケモノ。その最期があまりに呆気なく、唐突で。逝く瞬間に、最期に覚えた感情がイイ物であれば、嬉しいんだけど。膝を抱える体勢の儘、“どうかな”と手にした三日月斧に囁いてから、自分を言い聞かせる様零れる、溜め息。 ゴチソウサマ。その言葉と共に得物を『幻想纏い』に仕舞い込むと、疲れたぁ。と無邪気にごろ寝を初めて。幾らか上がった息と抱く勝利の味に、真咲は自らの生を実感するのだった。 「お疲れさま」 一足早く身を休める皆と合流を果たすと、任務完了。と今日一番に深いため息を漏らす涼。その傍に寄る足音が、ひとつ。 「……ああ、お互いお疲れさん。アリステア」 振り返り自然に零れる、束の間の笑顔。伸ばした右手で、くしゃりと銀髪を撫ぜ乱して遣る。 こう戦い続きだと、ゆっくり休む暇もないな。なんて戯れながら、返る笑顔に癒されて。 よし、と頷き一つ伸びをして足を進める。休んではいられないのだ。未だ、この戦いは終わっていない。 勝ち残る為に、生き残る為に。救出した二人を足した十の足音は、研究室を颯爽と駆け、更に奥を目指していった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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