● 『数式』というものをご存じであろうか。 博識を気取ったスコットランド・ヤードの言葉に首を傾げたリベリスタだが、暫くして合点が言った様に笑みを浮かべた。 先の戦いで彼等、スコットランド・ヤードとアークは共闘に至った。結果論から言えば多数の被害が生まれたものの『解の公式』を得る事が出来た――と、言う事だろう。 警察機構である彼等は『倫敦の蜘蛛の巣』らの小さな綻びからアジトを見つけ出したのだという。 「アーク諸君らが情報をまとめてくれて助かったよ。感謝の意味で踊りたい位だ。 リー教授だったかね? 彼の言っていたモリアーティ・プランとやらも気にかかるが……。 それよりイーストエンドの子供達、だったか、傘下の子らが言ったモリアーティの狙いも気になる。 しかしね、我等の手だけでは被害を極小にする事は叶わない訳だ。引き続き、協力を願おうか」 気障ったらしいヤードリベリスタの言葉を聞きながら微妙な表情を浮かべた『槿花』桜庭 蒐 (nBNE000252) 達。 スコットランド・ヤードらよりも『キマイラ』という存在との戦いに慣れたアークの手を借りたいと思うほどに、倫敦は一気に強大な力――エリューション・フェーズにして4のキマイラという存在――が襲い掛かる可能性が強まってきたのだろう。 「リスクは高いよ。怖気ずくなら今のうちだ。我々は警察なのでね、市民の安全の為ならば一肌脱がない訳に行かない」 一々癇に障る男の強面を見詰める事になったのだが、彼の言葉は確かに「その通りだ」と頷かずには居られない。危険は重々承知だ。先の戦いでの戦友本拠地、三高平への物理的干渉や奇襲を防ぐべく倫敦市内の封鎖を行うべくスコットランド・ヤードの予備戦力は動きだして居る。精鋭揃いでも危険だ、と感じるのは相手はあの『歪夜十三使徒』の一人。ジェームズ・モリアーティだからであろう。怖気づくなら今のうちだ、と告げたヤードのリベリスタは何故かぬいぐるみを手に緊張と、大きな事件への高揚感を感じながら『君』へと振り仰いだ。 「……さて、繁華街(ピカデリー・サーカス)の下の遊技場でいっちょ遊びに行くとしようか。諸君」 ● 誰かが全く、と声を漏らす。 全く、全く、全く、と。短気な性質なのか、或いは本当に焦っているのかは分からないが、声の主はB2フロアをぐるぐると歩きまわっている。 「ああ、何でかしら、不思議ね不思議だわ、全く以って不思議だけれど如何した事かしらね面倒で仕方がないわ」 続けざまに言葉を吐きだす白衣のフィクサード。『倫敦の蜘蛛の巣』の研究員である事は分かる。 ブロンドの長い髪に、中性的なかんばせは一見美しい少女の様だが、その声からは性別をまるで感じさせない。 カツカツと靴底がフロアに奏でる音に重なる様に人間の声が響き渡る。勿論、その声にフロドレーズと書かれた名札を付けた研究員は顔を上げ、更に表情を顰めるしかない。 「如何でも良い事だけれど、如何でもよくない事ってあってね。 可愛い『子犬ちゃん』達に此処に来られるのだって困るし、私のスッピン見られるのだって――ねえ?」 くす、と笑みを漏らす研究員の傍で蹲る様に存在して居た小さな子供。一人はチューブを伸ばした小さな子供であり、周囲に転がる毬で遊んでいる。成程、小さな毬の様にも見える毛だらけのソレは人間か。 毬はそろそろと迷う様に両手を伸ばし「みゃあ」と猫の様に鳴いた。 「子猫ちゃん、可愛い『子犬ちゃん』が遊んでくれるそうよ? 良かったわねェ」 猫撫で声、と言うのだろうか。聞くだけで素肌に感じる気色悪さが何ともこの研究員の事を顕している様にも思える。 「みゃあ」、と。もう一度泣いた毬は立ち上がり、ふらふらと素足のままで冷たいフロアの床を歩いていく。 一般研究室へと通じる廊下の床を這う様に進む『毬』は来訪者に気付いてか、小さく笑った。 「みゃあ――」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 7人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年02月08日(土)23:21 |
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■メイン参加者 7人■ | |||||
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● 全く、全く、と廊下中に響く声に耳を澄ませながら処刑人の剣を手にした『停滞者』桜庭 劫(BNE004636)は持ち前のバランス感覚を生かし、廊下の端からうろうろと歩き回っている研究者の様子を伺っている。 「ジェームズ・モリアーティの本拠地って、ここか……」 「バロックナイツの一人にして、モリアーティプランの作成者……全く、難儀な相手だとは思ってたが」 階段を一つ降り、地下二階にあたる場所は冷ややかな空気が漂っている。 劫の隣で確かめる様に囁くスコットランド・ヤードのリベリスタ、ゴンザレス斎藤は小さく肩を竦める。彼の目線の先、果て無き理想を手に震える指先に力を込めた『戦奏者』ミリィ・トムソン(BNE003772)はカツカツと高い踵が鳴らす音を聞きながら溜め息とも取れる深い吐息を吐き出した。 怖気づくなら今のうちだ、とスコットランド・ヤードの諸兄は口にした。未だ年若いミリィは幾度の修羅場を乗り越えても、新しい壁にぶち当たるたびに底知れない恐怖と何かを喪うかもしれない不安に襲われるのだろう。 「お嬢さん?」 「……ええ、怖くない、といえば嘘になるのでしょう。怖いですよ、とても」 けれど、と囁く言葉に少女の意思が強く表れる。彼女の言葉に耳を傾け、唇を歪めた『蒼き炎』葛木 猛(BNE002455)は白銀の篭手を打ち合わせた。前回、リベリスタ達が強いられたのは防衛戦だった。それが何の因果か――警察機構であるスコットランド・ヤードの持ち前の捜査能力のお陰か、はたまた敵フィクサードから手掛かりを掴む事が叶ったリベリスタの機転か――敵本拠地へと乗り込む事が出来た。 「そろそろ舞台も幕引きだ。フィナーレに向けて、物語を盛り上げて遣るよ」 「全く、お客様は突然現れるから困っちゃう」 はっきりと廊下に声を響かせる劫に『倫敦の蜘蛛の巣』の研究員。アリティア・フロドレーズは楽しげに微笑んだ。 体内のギアを上げる劫や仲間達へとタクトを振るい指揮を行うミリィ。逸脱を以って、戦場を支配する。最大の火力を以って、最良の勝利を得るが為に与えられた圧倒的な執念に唇を歪ませて、猛は手を伸ばす毛玉へと廊下へと叩きつける。固く、冷たい床へと叩きつけられた毛玉が「にゃあ」と鳴き声を上げる。前線できょろきょろと周囲を見回すサーカスボウイにひらひらと手を振って、大業物を手にした『骸』黄桜 魅零(BNE003845)が頭を大きく飾るリボンを揺らす。 「子犬ちゃんだって手を噛む時くらいあるんだからね?」 魅零の周囲に象られる無形であり、無数の武具は彼女が生み出した漆黒の闇だ。後衛で魔法陣を展開するアリティアが「こわぁい」と微笑む声を聞きながら『銀狼のオクルス』草臥 木蓮(BNE002229)は可笑しそうに笑った。 「俺様は子犬じゃなくって鹿で申し訳ないが……お前らのことを潰しに来たぜ?」 ● 可愛い『子犬ちゃん』達と蜘蛛達の確執はさて置いても、好き勝手な凶行は『祈花の導鴉』宇賀神・遥紀(BNE003750)にとって許せない事柄に過ぎない。ミスティコアを手にしながら彼へと飛ぶ蜘蛛構成員の攻撃を受けとめるスコットランド・ヤード諸兄に「済まない」と小さく礼を零した。 「非人道的な神秘研究は――どうも、許せなくてね」 「勿論、我々だって許せない。警察機構として第一は人命ですからね」 小さく頷きながら、遥紀は仲間達へと小さな翼を授ける。狭く、あまり高さがない場所であれど、足元に転がる無数の『毬』への注意はしっかりと行われているのだろう。 キマイラの援護を行うためか前線へと黒き瘴気を放つフィクサードに慌てた表情を浮かべながら、浮き上がり蹴撃を放つ『槿花』桜庭 蒐 (nBNE000252) に続き『アメジスト・ワーク』エフェメラ・ノイン(BNE004345)は弓をきりきり、と引く。蹴撃に合わせ、弓が貫くサーカス・ボウイは大きくのけ反り、真空の弓を仕返しと言わんばかりの勢いで前線のヤードリベリスタへと放つ。 「――あいつ!」 「成程……通常攻撃も覚える様ですね。好都合です。 『あなた』ですよね。そのキマイラ達を生み出して居た元凶は――容赦はしませんよ。さぁ、戦場を奏でましょう」 掲げられたタクト。厳しい視線を受けながら鳴き声を上げる毬を叩きつける様に澱み無く剣を振るう劫が下がった場所へと魅零の黒き瘴気が包み込む。 にゃあ、小さく零す声に魅零が首を振る。「可哀想」と唇が紡いだのは仕方がない事だろう。人間としての自我を奪い、望まぬ姿に変えられた。望まぬ事をその身に受けとめて、可哀想でない物が果たして存在するのであろうか。 手を伸ばす幼児の腕を一直線に貫く木蓮の弾丸。Muemosyune Break02を握る手はブレる事は無い。前線の狙撃手は眼鏡越しに碧の瞳を細めて小さく笑った。 「お前ら俺様達と遊びたかったんだろ、なら思う存分相手になってやる!」 「遊ぶってなら派手に暴れさせて貰おうじゃねぇか! 護るばっかは性に合わねぇ!」 強引に詰めた間合いの侭、連続的に殴りつける猛の横面へと子供の毛が絡みつく。ちり、と肌を灼く痛みに眉を顰めて体を捻る様に裂ければ、援護する様にゴンザレスの魔力弾が飛びこんだ。重なる様に後衛位置で小さく笑っていたアリティアの四色の魔光が後衛位置で支援を行う遥紀目掛けて飛び込んでいく。 「Mr.ウカガミ!」 「っ――すまない。直ぐ回復する!」 飛び込んだヤードリベリスタに癒しを与えながら彼の眼は周囲に存在する『毬』の存在をしかと見つめている。前線で矢を放つサーカス・ボウイの横面をトンファーで殴りつける蒐に頷いて、楽しげなエフェメラはサイドにまとめ上げた空色の髪を揺らし、自身の故郷――遠く離れた場所に在る母なる木、エクスィスの加護を得る。 「ロンドン! 観光ってのも出来ないけど、カタを付けるならここだよねっ!」 「勿論! 負ける訳にゃ、行かないだろ!」 明るいエフェメラに続き、頷く蒐が一歩下がる。殴りかかる拳を受けとめて、劫は澱み無くバケモノと化した子供を殴りつけた。ギィ、と鳴く子供の腕からチューブがぶちぶちと抜けていく。サーカス・ボウイの腕の瞳と劫の澄んだ青が克ち合う。 「如何だ? 攻撃の精度が他の技術屋に比べたら低いだろう。満足出来ないのは解っている。 だが、それが今の俺だ。桜庭劫だ。受けとめろ。『俺』の力の限り――俺がお前の首を落としてやる!」 睨みつける劫の目前に降り注ぐ閃光。ミリィが放ったソレはリベリスタのネックとなっていた自由に動き回る回復手の動きを阻害する。 「研究者なのでしょう? そうして後ろで『レポート』を書いている暇はありませんよ。 もう少し考えては如何です? でなければ足元を掬われてしまう――このように」 幼さを残したかんばせに浮かんだのは歴戦の指揮官の顔。獅子の様に雄々しく誇り高い将は果て無き理想を振るい上げて戦場を奏で続ける。 「廊下は静かに。でも今日は無礼講だ!」 視線を集めたミリィの目の前に木蓮が滑りこむ。手を伸ばすウールボールの体が弾け、もう一つの個体が生み出されると同時、猛が勢いを殺さずに、その腕を毛玉の子供へと吹き飛ばす。床を傷つけ「みゃ」と鈍い声を上げる子供の顔が毛の中から覗く。 「おっと、毬遊びっていう風流な事は英国人にゃできねぇか? 日本文化なんでな」 「サッカーならできるけどね。ジャパニーズ、素敵ね。でも、私は後ろに居る耳長のお嬢さんが欲しいわ。貴女……アザーバイドね」 ぴくり、とエフェメラの肩が揺れる。アークが救った異世界の種。その長い耳はファンタジーの生物を思わせる。 彼女の事を見て「欲しい」と称したのは研究者の性か。黒き鎖が伸びあがる。 「エフェメラさん!」 「ボクは、大丈夫だからっ!」 エフェメラの体に走る激痛は毒か。彼女の周りで青いフィアキィのキィが心配そうにふわりと揺れて居た。遠距離の複数攻撃、同時に回復手である遥紀を狙った攻撃は、彼に頼まれ庇い手を担っていたヤードのリベリスタが受けとめる。痛みに嘔吐くヤードへと回復を行い、成程と考え込む様な仕草を見せた遥紀の眼はアリティアをしっかりと捉えている。 「成程、君は遠くの敵を倒すのが好きなようだね。それじゃ前がガラ空きじゃないかい?」 回復を施しながらミスティコアを手に遥紀が笑う。彼の研ぎ澄まされた勘はアリティアの動き方を直ぐに予測できたのだろう。 普段の優しい『父』の顔とは別の冷酷な表情が遥紀の顔に浮かびあがる。幸せそうに笑ったフィクサードが「いいわ」と褒める声を聞きながら、遥紀は翼を広げ、魔力の渦を生み出した。 ● 一定ダメージを与えることで増殖するキマイラに猛が苛立つ様に雷撃を纏う武舞を繰り出した。増えるのは確かに苛立ちを覚える。だが、『逆境』は心地いい。暴れられる場所、暴れても許されるタイミング。 「こんな所で立ち止まってられるかってんだ! 邪魔する奴にゃ容赦しねえ!」 蒼き炎は吼える。幼い存在の体が軋む。拳に骨が折れる感触が伝わった。軟い幼児の体がぽてんと転がる。伸ばされる腕に地味に感じる痛みを振り払い、止まりそうになる脚に力を込めた。 「知ってるか? 喧嘩ってのはビビった奴が負けんだぜ!」 猛が体を逸らす。振り上げた幼児の小さな腕が――そのまま弾丸と共に攫われた。 小さな舌打ちが響く。後衛位置、自身の研究員に己を庇わせるアリティアの前で彼女の足止めを行う魅零はその位置からじわじわと体に傷を負っている。痛みが快感である魅零にとっては特に気を止める物でも無いのだろうか。支援を行う遥紀が彼女の痛みを癒せば、別段気にも留めない様子で彼女は前進していく。 「魅零さん!」 呼ぶ声に「きひひ」と小さく笑みを漏らす。 ちらりと彼女が視線を送ったのは蒐が相対して居たサーカスボウイだ。体中にチューブを持ったキマイラは体の傷を『バケモノ』の回復力で再生していく。 可哀想、と唇が紡ぐのは仕方がない。かわいそう。可愛そうではなくて憐れみの視線はキマイラを小さく射た。 材料になった子供の自我は解らない。恐怖と絶望がどれ程で合ったのかは分からない。 「酷い、」 囁く言葉の意味をアリティアは知らない。人身売買が、己の体を好きにされる恐怖を知る魅零にとって『惨い』行いであるのは良く分かる。 その外見からか、研究者の意識を引くエフェメラの足は動かない。豊富なバッドステータスを操るフィクサードが避ける事を苦手とした彼女を標的に定めた以上それは必然だったのだろう。 「好き放題にはっ、させないんだから!」 サーカス・ボウイの腕が振るわれる。受けとめた蒐が一手下がり、入れ替わる様に劫が剣を振るう。 余り広くない廊下では範囲的な攻撃は向かない。互いの人員に癒し手が残っている以上、消耗戦になる事は目に見えて居た。エフェメラが仲間達に与えた加護は間違いなく役には立っている。現に、劫や蒐といった前線組の消耗は減って居た。 遠距離攻撃を受けるエフェメラは物理を防ぐだけでは物足りない。とん、と膝を付けば彼女がこれ以上傷つかない様にとミリィが彼女を後方へとやる。 「どうします? トムソン隊長」 「た、隊長……。此処では引きません! 攻めますよ。これ以上は、何も失わない為に!」 前線で戦う面々の傷も深い。倒れたエフェメラ以上にヤードのリベリスタはゴンザレスを残し、二人とも意識を喪っていた。生きて居るか死んでいるか――それは定かではない。 タクトを握る手に力を込めれば、それを感じとったのか、前線でじわじわと体力を削られつつある木蓮が懸命に弾丸をバラ巻き続ける。 「大丈夫。弾丸の補充は任せてくれ!」 「ああ。俺様はここで撃つだけだ!」 遥紀が与えた支援に頷いて、傷だらけの木蓮はキマイラの残骸を押しのける。ウールボールによってじわじわと削られた余韻か。酷く足元がふら付いた。 「可愛い物が好きってのには共感出来るんだけどさ、俺様やっぱマスコット系はモルが一番だから!」 もる、と首を傾げるアリティアに木蓮は弾丸をばら撒きながらストラップを見せつける。 可愛らしいマスコットは彼女が大事にしている物なのだろう。営む店先のキャラクターグッズの多さがそれを物語っている様にも思える。 「残念だけど、俺様からプレゼント出来るのは可愛いモルじゃなくて弾丸だけなんだ!」 ばら撒かれる弾丸を受けとめたキマイラが鳴き声を上げる。トンファーで殴りつけられた『通常攻撃』を覚えたサーカス・ボウイが劫を殴りつければ、彼は怯んだ様に一歩引いた。力を込めて振るいこんだ剣がサーカス・ボウイのコードを引き千切り、その肢体へと深く食い込んだ。 私の可愛い子、と悲痛の声を上げるアリティアに魅零は太刀を握りしめ、走り込む。長い髪を裂くフィクサードの弾丸、何も気にも留めずに体を捻る。 「可愛いものが好きなんでしょ? 人の趣味に文句もないし、それは構わないの。私も好きだもん。 でも、趣味は合わないかもね? アリティアにとって私は可愛くない存在で居たい物」 「可愛くなりたいなら、何時だって、」 可愛くしてあげると紅い唇が囁いた。黒き濁流と化した錆鉄の鎖が魅零の腕に絡みつく。力を込めて、引き摺る様にアリティアを手繰り寄せる様に――まるで、蜘蛛の糸を手繰り寄せその根幹へと辿りつかんとする様に魅零は掌に力を込める。 「邪魔して、邪魔して、邪魔して、あなたにとっての可愛いものを潰してあげる」 正義の味方にしては下衆の笑顔。悪意を滲ませた魅零が地面を踏みしめる。擦れる音を立てる鎖を引き摺って、手にした武器に呪いを帯びさせる。 「だって」 囁く言葉にアリティアは小さく笑った。魅零へ向けて放たれる四色の光。避ける様に体を捻り上げ、地面を踏みしめる。 与えられてた翼がゆっくりと体を補佐する。捻り上げた其の侭、反転させた身体は息をいを付けて、少女の細腕には似あわぬ巨大な刃を一気に振り下ろした。 「私、あなたが嫌い」 ――生きてなんて、返してあげない。最高の悪夢をあげる。 ● 互いに回復手を残して居た陣営に置いて、消耗戦になれば体力が少なかった者から脱力していくのみだ。回復すら間に合わないウールボールが姿を消せば、戦場と化して居た廊下は『人間』と、化け物が1匹残る事になる。 消耗するリベリスタの中で、ミリィは遥紀の要請を受けて指揮官として、庇い手として立ち回る。 「トムソン……大丈夫かい?」 「大丈夫です。戦わずして失う事の方が、きっと、もっと……怖い、から」 その言葉に遥紀は目を伏せる。太陽、花名。自分が愛情を与え続ける子供達の笑顔が浮かぶ。子供達と同年代の『材料』であっただろうキマイラの存在に背筋に走った寒気は当然の物だったのだろう。 「そうだね……失うのは、怖い」 失わない為に。何よりそれを一番の目標にした指揮官の元、力尽きた仲間達を想いやる様にミリィがタクトを振るう。 「トムソン隊長! Mr.ウカガミ!」 「大丈夫、大丈夫ですから! そのまま!」 掛けられるゴンザレスからの声にミリィは深く頷いた。回復手のフィクサードを狙った彼の弾丸。重ねる様に遥紀が放った魔力の渦の中で翼が深くフィクサードを切り裂いていく。 「逃げるんじゃねーぞ! 遊びはもう終わりだ!」 ゼロ距離。目の前のサーカス・ボウイに向けて木蓮が引き金を引く。サーカス・ボウイの頭蓋を貫いて、周囲へとばら撒かれる弾丸に誘われる様に蒐が地面を踏みしめて血の花を咲かせていく。 「木蓮さん! ナイスっす!」 「へへ。もうすぐフィニッシュだ!」 蒐と打ち合わせた掌を銃に添え木蓮が標的を絞る。倒れたキマイラの肢体に青ざめた表情の研究員は信じられないと唇を小刻みに震わせている。 「これ以上の戦いは、そっちに言う程メリットは無いと思うがどうだかね。それとも、全滅するまで戦いきってみるか?」 肩を竦める猛が頬から流れた血を拭う。遥紀の癒しを受けて、未だ余裕を浮かべた表情は何処か笑みが浮かんでいる。 唇を震わせていたアリティアの表情に浮かんだのは笑み。性別を感じさせなかったフィクサードが突如と無く女性的とは掛け離れた表情と仕草を見せ、一気に攻勢へと転じた。 「私の……私の……可愛い……許さないわ」 傷だらけのアリティアから伸びあがる鎖が掠める。体に感じる痛みに足を止め掛ける猛が吼える様に拳を振るう。 踏み込んだ猛の拳を受けとめたフィクサードの体が壁に飛ぶ。庇い手が意識を喪い、後衛に居た回復手がじり、と一歩引くが遅い、続く様にミリィが周囲を焼き払う神秘の火を振り撒いた。果て無き理想(そのゆめ)が指し示す先、気付いた様に唇を歪めた劫が踏み込む。 錆鉄の鎖を避ける。鼻につく血液の臭いを振り払う。気合を入れろ、と言い聞かせ、身体を捻る様に振り下ろした処刑人の剣。 「言ったろ――?」 戦いと言う時間の中の刹那。ちり、と体に感じる痛みに唇を吊り上げた。 時間は何時だって一方通行に流れていく。何て事無い秒針のルーチンワーク。止まらない物ならば、その数瞬を圧縮すればいい。 「その首、俺が貰ってやるって。……置いていきな!」 振り翳された物に研究者の唇がつり上がる。体を貫く剣は澱み無く体を引き裂いた。 みゃあ、と小さく聞こえた気がしてミリィはその場で振り仰ぐ。その先に、鼓動を刻むモノは何も残っては居なかった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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