●再びロンドンへ 先日、ロンドンで行われた作戦はほとんどのリベリスタが覚えているだろう。 アークのブリーフィングルームに集められた者たちに、『ファントム・オブアーク』塀無虹乃(nBNE000222)は再びロンドンで作戦行動が行われることを告げた。 「ジェイムズ・モリアーティが行った大攻勢の後、スコットランド・ヤードはアークが交戦によって得た情報などを元に執拗な捜査を行い、成果をあげています」 ヤードの戦闘能力はけして高くはない……が、調査となると話は別なようだ。 彼らは蜘蛛の巣本拠地への侵入路がピカデリー・サーカス付近に存在することを突き止めた。 とは言え、普段は『慎重過ぎるほど慎重』なモリアーティのやり方からすると、先日の戦いに違和感があることは否定できない。 神秘研究者の教授が示唆したアーティファクト『モリアーティ・プラン』の存在や、モリアーティの狙いがロンドンの覇権ではないという情報もある。 「ですが、天才・モリアーティ教授に時間を与えて不利になることはあっても有利になることはないというのがアークとヤード上層部の判断です」 差し迫ったところでは、フェーズ4のキマイラが量産されるだけでも勝ち目はかなり薄くなる。 「作戦としては、アークとヤードの精鋭をピカデリー・サーカスに展開し、地下要塞を攻略することになります」 ロンドン市街の封鎖や監視はヤードの予備戦力が担当する。悪くても、奇襲を受けることにはならない……はずだ。 「拠点だけあって、敵が手強いことは間違いないでしょう」 さらに言えば情報もろくにあるわけではない。 「……国外のことですから、私たちフォーチュナは力になれず申し訳ないのですが。どうか、皆さん全力を尽くしてください」 虹乃は無表情を崩さなかった。ただ、1人1人の顔をしっかり見つめてから、その言葉を告げた。 ●培養槽のキマイラ 地下要塞、第2層。 培養室では侵入してきたアークとヤードに対抗すべく、フィクサードたちが実用可能なキマイラを出撃させようとしていた。 円柱状の培養槽の中でキマイラたちは解放の時を待っている。 幾人ものフィクサードが培養室の各所で作業をしている。 「急ぎなさい。上の奴らが守りきれると期待はするな」 声を上げたのは、大柄な女性だった。おそらくは60を数えようという歳だが、背は曲がっていない。杖をついているが、それが本当に彼女に必要かは疑わしかった。 彼女が立っているのは入り口からそう離れていない場所。 「わかっています、ミルズ夫人。全力を尽くします」 彼女の部下らしいコンソールの前で作業をする白衣の男は、口を開く間も手は止めなかった。 男を守る体格のいい別の男や、やはり白衣を着た助手の女性は口も開かない。 「よろしい、クインシー。アークとスコットランド・ヤードは必ずここまで来る……そのつもりでいることね」 3人はおそらくミルズと呼ばれた女性の部下なのだろう。 培養室にいるフィクサードは彼女たちだけではなかったが、彼女がこの中でも特に高い戦力を備えている1人であることは誰でもすぐにわかっただろう。 すでに2体のキマイラが、自らを閉じ込めていた培養槽から解放されていた。 ネズミのような外見のキマイラは、子供ほどの大きさしかない……いや、子供ほどもあるというべきか。 暴れるのが待ちきれない様子で、閉じ込められていた培養槽の周りを走り回っている。 口から飛び出している前歯は、まるで掘削機のようにも見える。 さらに、後ろ足を含めた体の後ろ半分は、アンバランスなほどに発達していた。 扉の外で状況に変化があった。その気配を察して、ミルズが培養槽の1つに寄りそう男へ視線をやる。 「……ジョナサン、扉が開いたら撃ちなさい。味方でもかまわない」 声をかけられたのはまだ若い男だった。ボウガンを手にした少年は無言でうなづく。 作業を続ける白衣の男。かたわらに立つ体格のいい男は、指示を受ける前に自らの体で守るべき相手をかばうように立ち、サブマシンガンをかまえた。 ――『倫敦の蜘蛛の巣』の地下本部へと侵入したリベリスタのうち一部は、すでに地下第2階に戦いの場を移していた。 奥に進んだリベリスタたちは、扉の1つから声や足音が聞こえることに気づく。 どうやら中に敵がいるようだ。 警戒しながら扉を開けたリベリスタたちの視界にまず入ったのは、ボウガンを構えた少年。 次いで、彼のそばにある培養槽に入ったキマイラが見えた。 『ここはキマイラの培養室だ!』 『キマイラを外に出そうとしてる、止めないと!』 チームの誰かがそんな内容の言葉を発する。 ボウガンの少年と、杖をついた女性と、さらに2体のキマイラが動き出す。 おそらく、キマイラを解放する作業をしているらしい白衣の2人を守ろうとしているのだろう。 白衣の男を止めないと敵の戦力が増えていくだろう。 だが、デュランダルと思われる杖をついた女性や、ダークナイトらしきボウガンの少年は放置できない強敵のようだ。 逆に、彼らを倒すことができれば戦況をアークおよびヤード側に傾ける一助となるのは間違いないだろう。 培養室でまず制圧すべき敵は、彼らのようだった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:青葉桂都 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 2人 |
■シナリオ終了日時 2014年02月12日(水)22:55 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 2人■ | |||||
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● 第二層、培養室。 「倫敦の蜘蛛の連中の本拠、か。どうもこの連中相手はいまいち燃えないのよねぇ。裏でこそこそ何かやってきそうでね」 『黒き風車と共に在りし告死天使』フランシスカ・バーナード・ヘリックス(BNE003537)の蜘蛛に対する感想は、イギリス生まれの彼女ならではのものか。 「ま、そんなことはいいや。連中が何企んでようが全力で粉砕してねじ伏せればいいだけだし」 とはいえ、その迷いに対する結論はシンプルなものだった。 かつて異世界の生物の手にあった巨鉈を握りなおす。数多の血を吸ってなお飽き足らぬ、巨大すぎるほどに巨大なその刃はフィクサードの血を欲しているかのようだった。 「中にたくさんキマイラとフィクサードがいる」 言ったのは『クオンタムデーモン』鳩目・ラプラース・あばた(BNE004018)だった。 金属に変じた彼女の眼球は、扉の向こうを見通す。 多数の培養槽が林立する部屋の中でフィクサードたちが動き回っているのが見えた。 観察する間、音は立てないように気をつけているが、それは神秘の力によるものではない。中の気づかれているかどうかはなんとも言えない。 少なくとも扉の前でずっと固まっていて見つけられないほど敵も愚かではないだろう。 「キマイラ、か……」 押し殺したような声を『赤き雷光』カルラ・シュトロゼック(BNE003655)が出す。 赤茶色の長い髪をした青年の心には、怒りと憎しみが渦巻いている。 「ふむ、こうして実際に作られてる所を見ると、改めてキマイラの恐ろしさを感じますな。確立された技術というのは、厄介なものですのう」 「ホント、厄介ね…六道の姫君の研究がそれだけ優秀だったということでしょうけど」 今日も怪しげな格好をした『怪人Q』百舌鳥 九十九(BNE001407)と、優雅なドレスに身を包んだ『慈愛と背徳の女教師』ティアリア・フォン・シュッツヒェン(BNE003064)が言葉をかわす。 「キマイラはそれだけで厄介なのに、数が作れるのが本当に。これ以上面倒なことにならないためにも、ここはなんとしても食い止めませんと」 「そうだね、今後の戦いのこともある。しっかり片付けていかないと」 『ロストワン』常盤・青(BNE004763)が、頷いた。 あばたの偵察で扉を狙っている敵がいることを知り、『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)は自ら一番前に立つことをかって出た。 「キマイラの培養……一体、どれだけの命が弄ばれたのか。これ以上、続けさせるわけにはいかない」 決意を胸に、扉を叩き壊す。 「気をつけてください。ケガはワタシが治しますわ」 『青い目のヤマトナデシコ』リサリサ・J・丸田(BNE002558)がその背中に呼びかけた。 扉を開けると同時に放たれた矢。 快は筋肉質のその体で入口をふさぎ、自分が確実に攻撃を受けるようにした。 重たい衝撃が彼の左腕を貫き胸板を穿つ。 だが、仲間を守る盾である彼を打ち倒すには足りない。 「培養室でキマイラなんか育ててるんだね……。なんか一昔前のB級ホラーアクション映画を思い出すシチュエーションだなぁ。わざわざ敵に襲撃される場所で培養してるってツッコミ所までソックリだよ」 『魅惑の絶対領域』六城 雛乃(BNE004267)が呟きながら走り込む。 「おのれ……同士ねずみをおもしろおかしくこんな姿に変えるなんてゆるせないのですぅ!」 怒りを隠しもしない『ぴゅあで可憐』マリル・フロート(BNE001309)が叫んだ。 つぶらな瞳の少女はネズミのビーストハーフだ。 大きな丸耳と、ネズミの頭部を模した杖を見れば一目瞭然。実験の犠牲になったネズミたちを想って怒るのは当然のこと。 だが、怒りに怯むような倫敦の蜘蛛の巣ではない。 「油断するな! 奴らはアークだ!」 杖を振りかぶった女性が、号令とともに猛然と突き進んできた。 ● 恐れることなく前進した快が、老女の前に立ちはだかる。 「とにかく時間との勝負だ。攻撃は出来るだけ俺が引き受けるから、皆は最大限の火力を頼む」 「ふん、いい度胸じゃあないか。覚悟はできているみたいだねっ!」 爆発的な威力を秘めて、杖が青年の体を打つ。 快の体がわずかに浮き上がるが、彼は歯を食いしばってそれに耐える。リサリサの回復魔法が、すかさず彼を癒していた。 「アークの新田快だ……来い!」 言葉は後方にいたクロスイージスの男に向けられていたが、男は快の言葉を無視した。 ネズミのようなキマイラたちが突き進んでくる。 青はキマイラたちの前に立ちはだかる。 特徴がないのが特徴といわれる彼は、普段は存在感の薄い少年だ。けれどそんな彼でも、キマイラたちが無視して突き進むようなことはなかった。 鋭い牙が少年を襲う。 切り裂かれた学生服から血がにじむ。 「さすがに僕じゃ防ぎきれないね。仕方ないか……」 彼が振りかざしたのは地味な少年には不似合いな得物だった。 命を刈り取るための巨大な鎌を右手に。左の手からはキマイラを縛るための気糸が伸びる。 フランシスカが青に並んで、暗黒の気をまとう。 「さて、倫敦の蜘蛛の皆さん。前回は私の仲間がヤード本部でお世話になったようで。まあ、戦いでの斬った張った何てお互い様なんですが。それはそれ、これはこれとして……」 魔力銃を手にした九十九も移動を始めた。 「借りは返させて頂きますな?」 眼帯の下で、彼は集中力を高める。 ナイトクリークの青やダークナイトのフランシスカはまだしも、スターサジタリーの九十九が前に出なければならないのは決して安心できるとは言えない。 とはいえ、状況は現在集まっているメンバーで打破するよりないのだ。 放った気糸は犬ほどもあるネズミの体を縛り上げ、捕らえた。 フランシスカは閉じ込められた培養槽を横目で見やる。 外に出てくれば恐るべき敵になるだろう。だが、今はただ無力なだけだ。 視界に後方で作業する白衣の男を確実に捕らえる。 まず狙うべき敵はあの男だ。 九十九も考えていることは同じだろうか。 白衣の男を中心に、3人のフィクサードが集まっているあたりに魔力銃の弾丸が踊る。 「ふん、蜘蛛が何ぼのもんよ! 糸張って捕食対象を待つしか出来ない癖して調子乗ってるんじゃないわよ!」 フランシスカの黒い剣には体にまとっていた黒い気が集まっていく。 巨獣の骨から削りだした鉈を、彼女が操る闇が染めあげていく。 「この拠点ごとまとめて吹っ飛べ!」 培養槽をも巻き込みながら、激しく噴出した漆黒がフィクサードたちを取り込む。 銃を構えた護衛の男は闇から白衣の男をかばったが、不吉な徴を与えられて苦鳴をあげた。 ティアリアは培養槽の1つに指先を向けた。 あれを狙ってみれば、彼らはどんな顔をするだろうか? キマイラを呼び出せば方がつく、とでも思っているのでしたら、その身で考えの甘さの報いを受けるといい。 「ちょっと待つのですぅ!」 彼女の攻撃をマリルが制止する。 「壊したら暴走するかもしれないのですぅ。なにもわからないまま壊すのはまずいですぅ」 「そうねぇ……でも、暴走したら暴走したで楽しいんじゃないかしら?」 最近は少し穏やかになってきたが、優雅な見た目に反してティアリアは残酷で性悪な性格を持つ。いい気になっているフィクサードたちが慌てふためくとすれば、それは楽しいことだった。 「だったら聞いてみればいいですぅ! もし正当な手段を使わずに培養槽を破壊したら中のキマイラ達はどうなるのですぅ?」 「ずいぶんと面白おかしい質問だ。まあ、試してみりゃあわかるんじゃないかい?」 ミルズ夫人が答える。 するならしてみろということか。 (虚勢かどうか、試させてもらうことにしようかしら) 怪しく向けた指先で培養槽に攻撃をしかける。 一瞬だけ白衣の男が顔を上げた。けれども何事もなかったかのように作業を再開する。 顔を上げたのは攻撃が無駄ではないという意味だろうか。とはいえ焦る様子はない。 「……まあ、仲間を信じて己の為すべきことをするという行為は理解できるけどもね。わたくしもそうですし」 老女が杖を振ると、強烈なエネルギー弾がティアリアへと襲ってくる。 「本当、皆頑張っているのですもの。傷だらけになって、こんなにも素敵に輝く仲間を、一秒でも長く戦わせて差し上げませんと。ふふっ」 けれど、微笑を浮かべたままで、倒れそうなほどの衝撃をこらえて彼女はその場に留まった。 倒れられては困るのだ。ここにいる者たちにも、いないすべての者たちにも。 あばたは2丁の拳銃を護衛の男に向けていた。 護衛の男は白衣の男を黙ってかばい続けている。そして、助手の女は男を癒す。 あの2人が自由に動けている限り、白衣の男への攻撃は時間ばかりがかかってしまうだろう。 カルラも壁を駆け上がり、天井を移動しながら炸裂する魔力をばらまいているが、ボーガンの男がそれを阻むべく攻撃を繰り出している。 護衛の男は、快が先ほど放った挑発には反応していなかった。 では、動きを止める攻撃にはどうだろうか。 気糸を伸ばして護衛の男の周囲に罠を張り巡らせて行く。 「クロスイージスなら対策をしているかもしれませんが……」 試してみなければわからない。何もかも無効化しようと思うのは言うほど簡単ではないはずだ。 物理的に排除を試みるのはその後でも十分にできる。 引き金を引くと、展開した気糸が一気にクロスイージスを絡め取る。 無表情に仲間をかばっていたその男が、はじめて動揺の感情をあらわにした。 動きを止めた隙に、仲間たちが白衣の男に攻撃を仕掛けていく。 ネズミのキマイラたちは青やフランシスカに噛み付いていた。 リサリサやティアリアの回復はよりダメージが深刻な仲間に向かうことが多いが、蓄積する彼らのダメージも無視できるものではない。 ボーガンの矢が炎と化して仲間たち全体に降り注ぐ。 焼かれた彼らがぎりぎりのところで踏みとどまる。 マリルは、容赦なく襲いかかるキマイラたちを見ると、つぶらな瞳に一滴の涙を浮かべた。 「同士ねずみたち、ひどいことばかりしないで欲しいのですよぅ」 わかっていたが、彼らはネズミの心をすでに失っている。倒してやるよりないのだ。 「かわいそうにですぅ……おまえたちはもう元には戻れないですぅ。一度リセットしてぷりてぃなねずみとして生れ変わるといいのですぅ」 マリルが放った、輝く無数の軌跡がキマイラたちを巻き込んでいく。 断末魔の悲鳴にさえ……もはやネズミだったころの面影は、なかった。 ● 雛乃は培養槽に拘泥せず、ただ後方にいる敵を狙っていた。 護衛の男は、あばたが張った罠にとらわれて動きを止めている。 今が、仕掛けるチャンスだ。 ラ・ル・カーナの大木から作られた杖を振り、時間のかかる詠唱を圧縮する。 zip形式という、広く一般的に使われるファイル圧縮形式がある。雛乃が使う詠唱圧縮はそれを応用したものだ。 両の手からほとばしる血が、葬送曲の鎖となって培養室の中を駆け巡る。 鎖はかばった護衛の男と、回復する助手をまとめて縛り上げた。 「あたしは映画みたいにのんびり培養カプセル眺めずさっさと叩き壊しちゃうよ! 映画じゃストーリー台無しだけど、それと違ってこの先の展開はあなた達には必要ないものね」 ダメージもさることながら、この鎖は動きを呪縛する。 作業しているクインシーの手が止まった。 必死に手を動かそうとしているようだったが、手は十分には動いていない。 その分だけ、キマイラが解放されるのも遅くなるはずだった。 リサリサは途切れることなく高次意識体との接触を続けていた。 キマイラたちを倒しても、戦いはまだ厳しい。 強力なデュランダルの攻撃は一撃で後衛を追い込んでいくからだ。 とはいえ、快がミルズ夫人をブロックしてくれているおかげで、本当に強力な近接攻撃は食らわずにすんでいたが。 「ワタシの役目は、皆様の攻撃を最大限に活かせるように支援することですっ」 自らが傷つこうとも、大切なものを守り続ける。それがリサリサの受け継ぐべき想いだった。 だが、敵もいつまでも回復役であるリサリサを放置していてはくれなかった。 呪いのこもったボーガンの矢が空中を踊り、彼女へと迫ってくる。 リサリサの身に着けている装甲は耐久性は高い。ただ、迫り来る攻撃を回避できるような身のこなしを彼女は備えてはいない。 硬い装甲さえ貫いて、身に突き立つ矢によろめいてしまいそうになる。 だが、彼女は倒れなかった。 矢にこもった呪いなど、彼女にはなんの効果ももたらさない。 癒しの微風を自分へと吹かせる。 「絶対に、最後まで回復は切らせません」 決意をこめて、彼女はつぶやいた。 快は目の前のデュランダルを後方へは通さぬように立ちはだかり続けていた。 だが、敵も愚かではない。 耐久力に優れる快を倒そうとするよりも、後方への攻撃を優先している。 「いつまでもそこにいたところで無駄なことだよ。別に近づかなくたって攻撃はできるんだ」 強力なエネルギー弾が後方に飛んでいくのはさすがに止めようがない。 「だったら、どうして隙を見ては俺の横をすり抜けようとしてるんだ?」 遠距離でもデュランダルの攻撃力は侮れない。 漆黒の気でフィクサードたちを吹き飛ばしていたフランシスカが、彼女が放ったエネルギー弾で逆に吹き飛んでいった。 だが、その攻撃も、最初に快が受けた一撃に比べれば弱いのだ。 「仲間が動きを取れずにいるぞ。助けたらどうだ?」 挑発した助手の女が、思わず回復の手を止めて魔法の矢を快に放ってきた。 けれど、その矢を快は振り上げた左腕で受け止める。誰一人奪わせないという理想(ゆめ)をこめたその腕はホーリーメイガスの攻撃などでは貫けないのだ。 九十九は邪魔なキマイラがいなくなったところで、部屋に入る前から目をつけておいた場所まで移動していた。 白衣の男と、その周囲にいる2人を確実に射界に捕らえられる場所だ。 ホーリーメイガスが回復の手を止めたのを見逃しはしない。 針穴を通すような魔力銃の一撃が、あばたの仕掛けた罠から逃れられないままのクロスイージスを貫いた。 「さて、私の銃弾の味は如何ですかな? これでも、射撃には多少の自信が有りましてのう。満足頂けたな幸いです」 コンソールに血を撒き散らし、そして倒れていった男に九十九は告げた。 キマイラの培養槽が1つ開いた。 けれども、鎖で動きを止められた分、遅かった。 あばたが放った二丁拳銃の連射が白衣の男女を一気に貫く。 カルラは天井から戦場を見下ろしていた。 ボーガンの男は彼を止めることを諦め、回復役に狙いを定めている。 狙われている2人には悪いが、おかげで彼は自由に敵を狙うことができていた。 (別に、遺伝子や生物の研究自体をどうこう言う気はねーのさ。単に、おまえらが都合のいいように世の中歪めようってのが気に入らないんだ) 玩具同然に使い潰されたものの憤りを、嘲笑交じりに踏みつけられたものの憎しみを、見せつけてやる。 ――叩き付けてやる。 「駆逐してやる。痛みと屈辱にのたうち回れ、フィクサード」 怒りと憎悪とこめ、手甲に装填した魔力炸薬を炸裂させる。 打撃の威力を増すための機構だが、敵に向けて放射することで射撃にも利用できる。 赤い光がフィクサードたちと、現れたばかりのキマイラへ降り注ぐ。 白衣の2人が、赤光の中に倒れていくのがカルラの目に確かに映った。 ● 舌打ちをし、老女が快の前から飛びのいた。 「もう一回解放シークエンスをやり直す余裕はないね。ここは撤退するよ」 「了解」 ボーガンの男と老女は思い切りよくリベリスタたちに背を見せる。 追撃を加えたリベリスタたちは、彼女たちがそうした理由がわかった。 入り口付近のエリアにいたキマイラは培養槽の中に残ったまま……けれど、培養室にいる他のエリアではすでにキマイラが解放されて、アークとの戦いに参加しようとしていたのだ。 「敵は減らせたってことだよね。撤退しようよ、あたしだって死ぬのはゴメンだもん」 「ここでの戦いが終わっても、まだ戦闘は続きます。全く、大変一日になりそうですのう」 雛乃の言葉に、九十九が応じる。 他の者たちも撤退に異存はなかった。 1人を除いて。 床に降り立って、カルラが手甲をつけた拳を握り締める。 (キマイラのほとんどは被害者だ。俺と同様、フィクサードに好き放題体を弄られたものたちだ) かつて、フィクサードたちにさらわれて、切り売りされた過去は、彼にとってけして忘れられないものだ。それは心の奥に、常に憎しみとなってわだかまっている――。 けれども撤退に異を唱えてもできることはない。 拳を近くにあった培養槽にたたきつける。 赤光が瞬くが、ひびが入った程度。 音高く、床に足を叩きつけるように、カルラは仲間たちを追った。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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