●ピカデリーサーカス イギリスには『まるでピカデリーサーカスのようだ』という言葉がある。 人が忙しく行きかう様を表し、こういった場所ではいろんな人と再会してしまうという意味でも使われる。 様々な人々が行きかうこの場所は、その忙しさや密集度の高さから様々な店が周囲に存在していた。その中には日本人向けの店もある。 そんな『寿司屋』の店の中、一組の男女がカウンターに座って寿司を食べていた。まだ幼いといってもいい金髪の兄妹だ。互いに手を繋いで、もう片方の手で寿司を食べている。 「メイドインジャパンか。悪くないね。ところでジャパンてどこにあるんだっけ?」 「東の島国よ。ココ」 いって女は世界地図の島国を指差す。残念なことに、そこは台湾なのだが。 「ジャパンの人は手先は器用だからね」 「凄いよね。私感心しちゃった」 寿司を食べ終わり、男女はカウンターを下りる。料金を払い、店を出た。 「んー。あまり血を見たくないんだよね。そういう気分じゃない」 「でも『スコットランド・ヤード』は出てくるよ。それはどうするの?」 「おじいちゃんか……。適当に相手して逃げちゃおうか」 「ダメよ、怒られちゃうわ。折角二人一緒にしてくれたのに」 妹のほうが繋いだ手を持ち上げる。それはいびつに癒着していた。現代医学ではなしえることのできない手術。その融合技術を、神秘世界ではこう呼んでいた。 キマイラ。複合されたエリューション。 アークとスコットランド・ヤードの共同作戦―― 先の倫敦事変とその後の調査の結果、『倫敦の蜘蛛の巣』のアジトはピカデリーサーカスの地下にある可能性が高いという結論に達した。 実のところ、疑問は残る。『モリアーティ・プラン』と呼ばれるアーティファクト。『モリアーティお爺さんが欲しがっているのは、もっともっと、大きなもの』……とある『子供達』がくれた一片の情報。そして先の大戦で何体か見られた『フェーズ4』のキマイラ―― 背中を押したのはモリアーティに『キマイラ』強化の時間を与えるべきではない、という意見だ。あの犯罪王が『キマイラを手駒にしてロンドンの覇権を手に入れる』ことが最終目的であるとは思えないが、ならばなおのこと叩けるうちに叩いておこうということになった。 かくしてアークとスコットランド・ヤードは、ピカデリーサーカスに進軍する。 そしてそれを迎撃するように、キマイラと『倫敦の蜘蛛の巣』が動き出す。 「『警部』、敵判明しました。……シーザーとオーレリアです」 「……バカ……な!」 『スコットランド・ヤード』のダニエルと呼ばれる男は部下の報告に読んでいた作戦書類を投げ捨てた。 「間違いありません。……おそらくEアンデッドになったのではないでしょうか。キマイラ手術を施されて、ピカデリーサーカスに向けて北上中です」 部下の報告に、ダニエルは映し出された画面を見る。手を繋いで歩くその姿は、確かに記憶にある姿だった。忘れるものか、忘れるものか。全てを理解し、拳を握って机を叩いた。 「お前達は作戦通りに『アーク』との作戦を進めろ。 俺は……俺は日本人は嫌いだ。だから日本人と共に戦うつもりはない」 「『警部』! 気持ちは分かりますが、一人では危険です! キマイラの他にフィクサードもいます。せめて我々を連れて行ってください!」 「駄目だ。モリアーティが何を目的にしておるか分からん以上、『蜘蛛』の本拠地に向かう戦力を割くわけにはいかん! それにシーザーとオーレリアは……俺の孫だ。アイツラだけは俺が葬らってやらんといかん」 言ってダニエルは仲間を引き連れずに、ピカデリーサーカスを南下する。 ●友軍からの緊急連絡 『……すまない、アークの諸君。このようなことを君達に頼むのは非常にあつかましいのは分かっている。話だけでも聞いてくれないか?』 通信機から入った『スコットランド・ヤード』の通信に貴方は足を止める。 『かつてロンドンで革醒者の爆弾魔が事件を起こした。そのとき、シーザー・ダニエルとオーレリア・ダニエルという子供が犠牲になった。爆発で死体は見つからなかったが、その死体を素体としたキマイラが現れたんだ』 十歳ぐらいの少年少女の画像ファイルが転送される。繋いだ手をよく見れば、不自然に癒着していた。 『そして二人の祖父がヤードにいるのだが……血気盛んな男でキマイラの元に単身突っ込んでいったんだ。我々としては加勢したいのだが、如何せん戦力が足りない。もしよければ手を貸してくれないか? ああ、作戦に影響が出ることは理解している。だが本陣を狙うキマイラ迎撃の一貫と思ってくれないか?』 祖父には同情の余地はあるが、だからといって単独行動は愚かといわざるを得ないだろう。 『スコットランド・ヤード』のリベリスタが死んだところで、『アーク』の腹は痛まないという考え方もできる。向こうもそれを承知で頼んでいるのだろう。 貴方はこの通信に対し―― ●祖父と孫 「あは。おじいちゃんだ」 「シーザー……! オーレリア……!」 「遊びましょうおじいちゃん。それともお買い物に行く?」 イギリスには『まるでピカデリーサーカスのようだ』という言葉がある。 人が忙しく行きかう様を表し、こういった場所ではいろんな人と再会してしまうという意味でも使われる。 「死んで僕達と一緒のところに来てよ、おじいちゃん」 「そうすれば、一緒に遊べるから」 こんな場所なら、死んだはずの自分の孫と再会することもあるのだろう。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:どくどく | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年02月08日(土)23:18 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 「警部さんのお孫さんがキマイラに……」 『スコットランド・ヤード』からの連絡を受けて走ってきた『ハッピーエンド』鴉魔・終(BNE002283)が沈痛な表情を浮かべる。自分の家族がフィクサードに利用されて、猛る気持ちは理解できなくも無い。だが、単独で特攻は無謀すぎる。 「相変わらず無茶するね」 「とかく人は身内の事になると周りが見えなくなりますが、良い大人がそれでは示しが付かないのです」 嘆息と共にフィクサードに囲まれているダニエルを見ながら、『境界の戦女医』氷河・凛子(BNE003330)が口を開いた。確かに無茶な行動だが、見捨てるつもりは毛頭ない。どの道、倫敦派を見過ごすつもりはないのだ。 「全力で参ります」 「双子……でしょうか?」 『黒犬』鴻上 聖(BNE004512)の興味は、まずキマイラのほうに向けられた。男女の違いこそあれど、その顔立ちは確かに似ている。服を入れ替えカツラをかぶれば、見分けは難しいだろう。そんな双子をキマイラ化し、戦線に出す。その残虐性に怒りを覚える聖。 「一度失われたお孫さんを、キマイラとしてぶつけるとは……」 「肉親の姿形を盾に取るとは、卑劣な……!」 同等の怒りを『リング・ア・ベル』ベルカ・ヤーコヴレヴナ・パブロヴァ(BNE003829)も感じていた。キマイラの能力を考えれば、ダニエル達にわざと発見させたのだろう。それを思えばさらに怒りが増す。 「何としても、阻止せねば!」 「再会してしまう……か」 『夜翔け鳩』犬束・うさぎ(BNE000189)はピカデリーサーカスの曰くを思い出しながら、破界器を握り締める。失った家族と出会ってしまう。しかもそれはあからさまな悪意を持っての再会だ。 「随分と無体な話、ですね……」 「さて『倫敦の蜘蛛の巣』の諸君。教授の十分の一程度でも知識があることを願うよ」 そうでなければ面白くないからね、とばかりに『Dr.Tricks』オーウェン・ロザイク(BNE000638)が告げる。頭の中でいくつモノ作戦を同時に考え、その中から最適解を出す。オーウェンの戦いとは、智謀策謀が中心だ。モリアーティの部下なら相応に楽しめるだろうか。 「掛かってきたまえ」 「邪魔するぜ。無粋はクリミナルスタアの専売特許だ」 銃声で戦場の気を引きながら『ラック・アンラック』禍原 福松(BNE003517)が突入する。祖父と孫との因縁に邪魔するのは粋じゃないのは理解してるが、そうも言ってられない事情がある。キャンディを舐めながら、福松は戦場を走る。 「『蜘蛛』はおとなしく巣に帰りな!」 「孫二人……ですか」 キマイラを見ながら『鏡操り人形』リンシード・フラックス(BNE002684)が小さく呟く。年齢は自分とさほど変わりはしないだろう。それが不幸な事故で死に、そしてこういう形で利用されている。自然と剣の柄を持つ手に力が篭った。 「『倫敦の蜘蛛の巣』……本当に趣味が悪い……」 「『スコットランド・ヤード』の部隊を引っ張れれば十分だったが……まさか『アーク』まで来るとはな」 フィクサードの一人が口を開く。軍勢の多さに焦りも見えるが、それでも優位は変わらないと判断したのか戦いに入る。 双子のキマイラとその祖父。その因縁を絡めながら、ロンドンの趨勢を賭けた戦いの幕が開けた。 ● 「シーザー君にオーレリアちゃん、初めまして。オレ、終。 二人はおじーちゃん好きー?」 「「だいすきー!」」 終がツインズに問いかける。『二人』同時に応えた言葉は、終の予想どおりだった。それが『二人』の意志なのか、あるいはテレジアでコントロールされたキマイラの言葉なのか。 「まずはホリメを……って言いたいけど!」 終は一気に距離をつめて攻撃しようとしたが、今突き進めば倫敦派のソードミラージュが邪魔をするだろう。味方に抑えさせた後なら有効だったが……皮肉なことに終の速度が速過ぎた。初手は已む無くソードミラージュに叩き込む。二対のナイフを真正面に構え、一気に距離をつめて切り裂く。 「すみませんが、おじいさんを渡すわけにはいきません」 フィクサードとダニエルの間に割ってはいるリンシード。クリミナルスタアのフィンガーバレットの一撃を受け流しながら、背中越しにダニエルに語りかける。 「またまたまた会いましたね……いつも通り、私達のやるべき事をやらせてもらいます……」 「今の俺は『ヤード』の任務ではない。私情で動いているだけだ」 「……あの子達だけは……貴方がケリをつけたいんですよね……?」 リンシードの問いに、言葉が詰まるダニエル。余計なことを、と言いたげに『スコットランド・ヤード』の仲間を見た。 「その邪魔は、しません……」 大事な人が駒となって他人に利用される。リンシードにも覚えがあった。『楽団』と呼ばれる集団に殺されて奪われた友人。冷たき敵として刀を向けられた記憶。思い出し、剣がかすかに震える。 「アークが嫌いでも仕事の事は嫌いにならないで下さい。ってなもんです。何せ町の人々を守る為の仕事だ。私は大好きですよ」 うさぎもダニエルに語りかけながらフィクサードに切りかかる。複雑怪奇な十二の刃を持つ破界器を手にし、無造作に相手の間合に入り込み、相手を切り裂く。まるで友人の肩を叩くような自然な動き。相手の不意をつくナイトクリークの歩法。 ダニエルが日本人を嫌う理由は、概ね理解している。命令系統の違いや、個人的感情もあるだろう。それでもいい。彼はリベリスタであるのなら、その根幹は変わらないのだから。 「要するに、先ずはあいつ等ぶっちめましょう。どんな私達が嫌いでも、あいつらはもっと嫌いでしょ?」 「……違いない」 「そうだ同志警部! 戦っているのは貴方一人では無い!」 ベルカが『スコットランド・ヤード』と連携をとりながら、陣を敷く。攻勢且つ防衛的。動線を正しく理解した布陣は、効率よく人が動き、そして無駄なく打撃を与えることができる。ベルカの能力は、集団戦において最大の力を発揮する。 「落ち着いて聞いてほしい! あのキマイラには爆弾が仕掛けてある!」 ベルカは言いながら、ツインズの動向に目を送っていた。五感を総動員して爆弾を探る。火薬の匂い、奇妙な音、奇妙な突起……確かに違和感はある。だがそれが爆弾と直結する情報にはなりえない。キマイラの持つ特殊なステレスが、ベルカの五感を狂わせていた。 「威力の程は不明、規模によっては一般人に被害が及ぶかも知れん」 福松がフィクサードに弾丸を叩き込みながら、ダニエルに聞こえるように『独り言』を言う。神秘による爆弾だ。予測などできようはずも無い。 「お互いの邪魔をしないという辺りで手を打たないか?」 乱戦の中、フィクサードへの弾道を探る。狙うは回復を行うホーリーメイガス。たとえ数が多くとも、戦闘行為で動くこともある。完璧な防壁とはなりえない。一瞬開いた道数字を逃すことなく引き金を引く福松。衝撃でフィクサードの頭部が揺れる。 「ま、オレ達はフィクサード共を優先させて貰うがな」 「こちらの意見を飲む飲まないは関係ありません。癒させてもらいます」 凛子がダニエルに語りかけながら、治癒を施す。ダニエルの傷の具合を確かめ、医者としてのダメージ具合を推測する。打撲傷多数。銃創がいくつか。それを逆回転させるイメージを思い浮かべる。 「今生きてる人と死んでいる人、貴方が大切にしたいのはどちらなのですか?」 医者として、凛子は『どうしようもないとき』を見る機会が多かった。人が死者に抱く思いが理解できないわけではない。だが、時間はそれを許してくれないときもある。今がまさにそれだった。この選択が、新たな死者を生み出すかもしれないのだ。 「アンデッドとして蘇ること自体、主に対する冒涜とも言えるわけですが……」 聖は白黒二振りの刃を手にする。それを十字架になるように構え、そのまま投擲した。回転しながら戦場を舞う二対の刃。神秘の力と刃のバランスで、刃は円弧の軌跡を描く。そのまま聖の手の内に戻る。それを受け止めた聖の表情は、怒りに歪んでいた。 「そんなアンデッドを材料に、てめぇらの兵器を作ってんじゃねーよ」 怒りの声と共に再度刃を投擲する。受け取ったときのベクトルを殺すことなく自らも回転し、怒りと共に鍛えられた腕の力を使ってさらに加速して。その刃はまさに断罪の一撃。『神罰』の名を冠する白黒の刃が、フィクサードたちを傷つけていく。 「俺はこう言った攻撃的ではない説得は不得意でな。心理戦ならば別だが」 ダニエルへの語りかけを仲間にまかせ、オーウェンは呪文を唱えていた。それは『塔の魔女』から伝えられた広域結界。空間を遮断し、逃亡を防止する神秘の檻。発動に時間こそ掛かるが、その効果は折り紙つきだ。 「如何様にして来るのやら、な。……子供が利害を理解しないとしても、そのバックにつく大人たちがそこまでアホとは思わんが」 メガネのブリッジを押さえ、戦況分析を行うようにしながら結界のための呪文を続けるオーウェン。フィクサードの逃亡を許すつもりはない。全てここで捕らえ、倫敦派を壊滅させる。その意気込みが瞳の奥で燃えていた。 「何を狙っている……?」 視界内でどれだけ偽装しようとも、ただ戦況分析しているだけとは取られない。ましてや行うとしているのは、空間を切り取る大魔術だ。明らかに『溜』めているのが分かる。それが自分達の知らない術ならなおのこと警戒する。 「燃えろー!」 少年少女のキマイラの火力は、オーウェンに向けられる。同時にフィクサードの一部もその火力を向けた。集中砲火を受けて、膝を突くオーウェン。 「同志オーウェン!」 支援に回っていたベルカが慌ててオーウェンの庇いに入る。激しい熱波が襲い掛かり、ベルカの体力が奪われる。 「――完成だ」 言葉と共にオーウェンがアスファルトに手をつける。それはチェスの駒を打つような静かな動き。空間そのものに神秘が走り、断絶される。 「空間ごと閉じ込められた……?」 マグメイガスらしい『蜘蛛』の男が事象を察する。その事実とそれを為しえた神秘に驚愕し、オーウェンを指差す。 「あいつを倒さなければ、逃げれそうに無いぞ」 フィクサードの鉄器がオーウェンに向く。ニヤリと唇を曲げるオーウェン。 閉ざされた空間の中、戦いは加速していく。 ● リベリスタは各個撃破で倫敦派を倒していく。まずは回復を行うホーリーメイガスから。そして陣地の構造を見切るマグメイガスを。 「気持ちで負けてはいません」 キマイラの炎を打ち払う凛子。激しい熱波を払いながら、味方を癒していく。攻撃する余裕はないが、凛子の回復がチームの土台を担っていた。 勿論倫敦派も黙ってはいない。キマイラが回復を行う凛子と、オーウェンを庇うベルカに炎を放ち、爆発に巻き込む。 「いつでも、心は一歩前に出る!」 「この程度の炎では祖国の氷すら溶かせぬわ!」 凛子とベルカが運命を燃やし、立ち上がる。リベリスタが回復と後方の砲台を排除しようとするように、フィクサードも回復から断とうとしていた。 「あからさまに狙ってくれるな」 オーウェンは隙を見て、物質透過して地面の下にもぐる。そのまま近くの建物に隠れ、陣地の意地に徹することにした。 「逃げた!?」 「大丈夫。居場所は捕捉できる。敵火力が一つ減ったと思えば気が楽だ」 千里眼。物質を見通す神秘の瞳。それによりオーウェンの位置は捕捉されている。だが追ってくる様子はない。陣地の維持はこれで成るかと息をつくオーウェン。 フィクサードの言うように、オーウェンの離脱はリベリスタ攻撃手の減少でもある。殲滅速度が落ちれば、味方の被弾する数も増えてくる。『スコットランド・ヤード』の面々を中心に、大怪我を追うものが増えてきた。 「悪いけどここで倒れて欲しいな。おじーちゃんの為に」 終が高速で相手の横に移動し、ナイフを振るう。刺されたことに気づくのは、体が虚脱してから。崩れ落ちる倫敦派の一人。 「焦るな……確実に、しかし手早く!」 ベルカが戦局をコントロールしながら、拳を握る。キマイラの火力を後回しにした分、炎によるダメージが深い。指揮により多少盛り返してはいるが、バランスは危うい。少しずつ、敵の数を減らしていく。 「逃がしません……」 『蜘蛛』の数が十分に減ってから、リンシードがキマイラに迫る。キマイラの放つ炎の嵐が少女の体を包む。その炎を切り裂くようにして払い、二の太刀で透き通った刀身を振るう。肉を絶つ確かな手ごたえ。双子の表情が痛みで歪むのが見えた。 「痛いよー! おじいちゃん助けてー!」 「……!?」 キマイラの声に動揺するダニエル。頭の中ではあれが倒すべき相手と分かっていても、感情を制御することは出来やしない。 「死んだ人とは会えません。もう、会えないんです」 前衛で最初に倒れたのは、効率よく複数のフィクサードを傷つけるうさぎだった。危険性の高さから集中放火を受ける形となる。運命を燃やし、怒りの言葉を口にした。 「ってのに。人の古傷抉ってんじゃねえよ畜生共めが」 「クリミナルスタアは確かに悪人だが」 福松がキマイラを操ったフィクサードに銃を向ける。その早撃ちに回避の動作を与える間もなく撃ち抜かれ、そのフィクサードは地に伏す。 「お前らのような外道とは違うぜ」 「キマイラはアーティファクトで制御されてるんだよな? 胸糞悪い……てめぇら全員、一人残らず地獄送りだ」 キマイラはテレジアと呼ばれるアーティファクトで制御される。今の台詞もそうなのだろう。聖は怒りと共に二対の刃を投擲する。聖の瞳が、キマイラの神秘隠蔽を見抜く。その瞳に映るのはキマイラの『火薬庫』。コインを穿つ精密な投擲が、オーレリアの心臓に印をつける。 「そっちです!」 そこを穿てば自爆装置を解除できると。 「……すまん」 ダニエルのパイルバンカーが、孫の心臓を貫く。その頬に流れる、一筋の涙。 「ばいばい……おじいちゃん」 「日本に……行きたかったな」 それは『二人』の最後の言葉。少年少女はその言葉を最後に、力尽きた。 ● 「逃亡者はなしか」 建物から出てきたオーウェンが戦果を確認するように言う。オーウェンの形成した陣により、倫敦派全てを捕らえる事ができた。キマイラの打破も含めて、金星といえよう。 「……とはいえ、さすがに疲弊が激しいか」 逃げ場を無くした『蜘蛛』により手痛い反撃を受けたため、『スコットランド・ヤード』を初めとしたリベリスタ勢のダメージは深い。ダニエルの部隊は、本部襲撃を断念せざるを得ないだろう。 もっとも、その原因を作ったのはダニエルの暴走なのだから仕方ない。そのダニエルはといえば、キマイラの遺体の前で崩れ落ちていた。 「……情報隠蔽用の自己溶解」 凛子がキマイラの遺体を見ながら呟く。日本でも見られたキマイラの自己融解。少年少女だった痕跡はもはや無く、腐臭と鉄の匂いが鼻をつく。 「略式ですが、祈らせてもらってもいいですか?」 聖がダニエルに許可を得て、もはや原形をとどめていないキマイラの前で鎮魂の祈りを捧げる。魂の安らかなるを願って、二度とその死を弄ばれぬよう。 「酷い話も、あったものです」 うさぎが背を向けて、誰にとも無く呟く。その表情と感情は誰にも分からない。何度も見てきた人の悪意。けして慣れることのない、酷い話。 「同志警部! 私は……私は……!」 ベルカが我が事の様に号泣する。身内を失う悲しみはベルカも分かる。家族となればその痛みは深い。それを思えば、涙が止まらない。 (コントロールされていたとはいえ、ツインズには『二人』の意志があった。最後の言葉は、シーザー君とオーレリアちゃんの言葉なんだ) 終はキマイラが戦いを躊躇していた予知を思い出す。きっとこれが最善の決着なのだ。操られて祖父を殺す。そんな事をさせずにすんだ。 「……爺さん。悪いがここで立ち止まってる時間はないぜ」 福松がダニエルに移動するように声をかける。誰かが言わなくてはいけないのなら、それを言うのは自分の役目だ。憎まれるのは慣れている。 「…………」 リンシードはダニエルに声をかけようとして、口を閉ざす。そのまま手を伸ばし、優しくダニエルの手を掴んだ。かつて『楽団』に奪われた友人を屠ったときに、自分がそうされたように。 ダニエルの口から嗚咽が漏れる。キマイラのいた場所に滴が一つ、落ちた。 そして戦いは終わる。 凱旋とは程遠い、沈痛な帰還。喜びの表情は、リベリスタにはない。 あるのはただ怒り。『倫敦の蜘蛛の巣』に対する敵意のみだ。 その感情を力に変えて、リベリスタはピカデリーサーカスの地下に足を踏み入れた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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