●黄昏に花咲く 特徴的な丸い形をした時期外れの青い花――アリウムが咲いていた。 「……どうして、こんな所に」 夕陽が差し込む廊下の端にたった一輪、眩しい程の斜光がより一層、その異質さを醸し出す。 少年は焦燥、困惑、疲労、そして絶望の入り混じった苦虫を噛んだ。 気付いたときには、延々と廊下を歩き続けていた。 そこも病院の廊下らしかった。ただ、壁は煤け窓は割れ、足元には何かの燃えカスやガラス片が散乱していて――火事を彷彿とさせる。 自分が入院していた病院では無い事はすぐに分かった。 しかし、少年が気付けたのはそこまで。 ポケットに手をやれば携帯電話はある。だが、幾度、誰にかけても繋がらない。 時計に目をやっても混濁し始めた記憶では、いつから歩き始めたかも判別がつかない。 「悪い、夢……だよな」 延々にぐるぐると廻ってきた中での変化がどれだけ異様でも、今は嬉しかった。 ぱきり――白く細い何かを踏みつけて、吸い寄せられるように青い花の傍らに膝をつく。 厭になるほどの浮世離れした現実味を味わいながら、自分自身に嘘を吐いた。 そうでもしなければ、もはや自分を保てないのだから。 (坊や) 囁くような声に、少年はどこか夢見心地に視線を向け――呼吸を止めた。 突如現れた影のない存在に誰かの面影を視たのか、ただ恐ろしさにか。 顔面蒼白になった彼は、声をかけた彼女を突き飛ばす。 年齢の頃も分からない程に焼け爛れた顔の、彼女の唇が歪んだ。 (ああ、お前も違う子なのね) 悲しみを孕んだ声が頭に反響する。腕に抱かれた子が泣いていた。 「……あやさないと」 場違いな事を呟く。 動転し過ぎだと自分では笑えもしなかったが、彼女は赤ん坊をあやしていた。 立てずに、ずりずりと手探りで後退さる。砂利や硝子片が与える痛みに辛うじて意識は保たれた。 金色の光に色素の薄い瞳を焼かせたまま、クラスメイトの噂話を思い出す。 ――知ってる? ――この病院の立つずっと前、火事があって、男の子とお母さんが生き別れ! ――知ってる! そのお母さん、ずーっと探してるんだよね。 ――その男の子のこと、ずっと。 「いるはず、ないだろ」 ありきたりな怪談話、悪質なうわさだと笑い合った過去と同じ言葉を繰り返す。 笑い飛ばしてくれる友人はいない。 手首を掴まれる感触。頬が引き攣る。 廊下から伸びた青白い手は氷のように冷たい。 それは噴き上がるように数が増え、瞬く間もなく身体は廊下に沈み縫い付けられた。 どくどくと忙しない心音が耳元に響く。 いつの間にか増えた青い花が割れた窓ガラスから吹き込む熱風で、視界の端を揺らぐ。 「ッぅ、あ、ぁあぁぁぁ!」 アリウムの香りが鼻に届くよりも先に、少年の身体に触れた箇所から真っ赤な花が咲いた。 その代わりに少年に触れた青い花は粒子となって空に融けて消えていく。 彼女はただ微笑んだまま、赤い目をした赤ん坊を腕に抱きしめる。 ぽつり、ぽつりと、すぐに物言わぬ骸となった物を囲って青いアリウムの花が咲き揺れる。 (――ねぇ坊や、どこなの) ●坊を抱いた母の影 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)はゆっくりと目を開き、色違えの瞳でリベリスタ達を捉える。 一つの運命の被害者と予知された人物は果たして、運が悪いのか――良いのか。 「皆にはエリューション・フォースとエリューション・アンデッドの相手をお願いする」 彼――西木敦(さいき・おさむ)の救出の言葉を含まず、少女は静かに喉を震わせる。 「これから、エリューションの説明」 端的なその一声を待っていたかのように、モニターがノイズ入りの映像を映す。 平面に映し出された異質な空間とその住人をリベリスタが見つめる。 かちり、かちりと時計の針は進んでいく。 「識別名『母』と『坊』――それぞれフェイズは2、1だよ。 坊は母の腕に抱かれてるから……影になって少し見え難いかもしれない。見える?」 小首を傾げて確認を取るイヴに肯定が返されると、少女は小さく頷いてちらりとモニターに目を向ける。 ちょうど、敦がエリューション二体と対峙した瞬間。 そっと視線を外し、リベリスタを見据えて薄い唇は再び開いた。 「まず……坊はこの空間に迷い込んで間もなく死亡した子供がエリューション化したの。 母がいる間、坊は殆ど攻撃してこない。ときどき泣いて混乱を振りまくかもしれないけど、それだけ。 それに、彼女を失ったら坊は弱体化するから――簡単」 でもね。 「問題は母の方だよ。この廊下を具現化してるのも彼女だし、あの花――触るとダメージを受ける。 彼女を先に倒しても少しの間、花と空間は残る。でも、皆はちゃんと出られるから大丈夫」 少女が説明をする間にも、モニターの中でゆっくりと花が咲く。 散ったはずの花が徐々に音もなく、ただただ増えていく。 敦のいた場所も花に覆い尽くされた。 「今から彼の居た病室に向かって貰う。 すぐの理由は、今はまだ彼女のテリトリーに繋がる道があるから。急いで。 その病室が廊下の始まりだから、廊下を少し走ればすぐエリューションは見付かるよ」 リベリスタの表情を窺い見つつ、少女は青い花と黄金の陽に満たされた廊下をボタン一つで黒に塗り替える。 「まだ、西木敦のことも……間に合う時間。 ――でも、彼女達を逃したらもっと犠牲が出る。その前に、間違いなく止めて」 優先事項を念を押すように告げるだけ告げて、少女は後を託す。 自分の出来ることはここまで。 いってっらしゃい、と静かにリベリスタの背を押した。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:彦葉 庵 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年08月12日(金)00:14 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 赤い陽光が無機質な白を染め上げる。 母は赤子を抱き、ゆっくりと歩み、揺らし。 透明な板から吹き込む熱風から、無垢な存在を守る。 我が子の行方は知れず、無力に彷徨う身には足裏の痛みすら感じられず。 (狼火の如き煙に、炎に、我が子が呑まれる前に――) 見つけ出さなければ。自分があの子を守り抜かなければ。 そう願ったのは、いつで、誰が願ったことだったろう。 もはや儘ならぬ思考を置き去りに、彼女は歩む。子が笑う。 ふ、と。誰かの気配に振り返る。 ――ああ、あれは我が子……見ぬ間に大きくなった愛しい子。 ――いいえ、変わらないわ。あの子は帰って来ただけよ。迎えに来たの。 入り混じり歪んだ願いを重ね、我が子……少年に微笑む。 音もなく、青い花は芽吹いていく。 ● 茜射す廊下 「子を思うのは母親として当然です~。けど~、今回は思いすぎちゃったみたいですね~」 「ええ。それにしても、死してなお残るほどの情念なんて迷惑よね」 ゆったりとした調子のユーフォリア・エアリテーゼ(BNE002672)に次いで、『プラグマティック』本条 沙由理(BNE000078)が前を見据えたまま瞳を眇める。 広げられたユーフォリアの翼が窓から吹きこむ熱とは別種の、異なる柔らかな風を生む。 ――E.フォースの心象風景とも言える空間は、リベリスタにすれば歪みも感じられる場所だった。 (何度も事件に巻き込まれて、西木くん、ツキがないのね) 先に迷い込んだ一般人――西木 敦の姿はまだ見えず、リベリスタが一丸となって廊下をひたすら走っている最中。 沙由理の口元に苦笑が浮かぶ。 ツキが良いとは言えない。それでも万華鏡に感知されただけ、多少のツキは残っているのかもしれない。 「強い思いがあったのかも知れないが……趣味の悪い風景だな」 架空から現実となった怪談の舞台に『#21:The World』八雲 蒼夜(BNE002384)が言葉を零す。 『母』はE.フォース――半実体化した思念体。強すぎた情念は世界にとっての崩壊の芽となり現れた。 強い想いは時に盲目を呼び、そして歪み形をなした『母』は、蒼夜に自分への戒めのようにも感じられていた。 視界を埋め尽くす荒れた廊下はお世辞にも賛辞を受ける風景ではなく、彼の言葉は至極当然のものともいえた。 さらに、この具現化された舞台――『怪談』そのものを彼は嫌っている。 夏の風物詩といえば聞こえは良いが、怪談はバッドエンドが大多数を占める物語である。 彼曰く、超一流のバッドエンドよりも、三流ご都合主義のハッピーエンドの方が良い。まして、この世界に住まう人の命が失われるなら、それを放置出来るはずもない。 (誰かが無駄に死ぬのは、御免だ) 「ここで必ず止める」 「……はい」 静かな決意に、凛とした声が頷く。 蒼夜と同じく黒い長髪を熱風に煽られながら、蘭堂・かるた(BNE001675)は等間隔に並ぶ病室を見ていた。 (病室と、そこから続く廊下――嫌でも覚醒前の入院暮らしを思い出しますね……) 覚醒前は病床に伏せり、気力で弱る体を補っていたかるたにとってどう感じられたのか。 ついと、芯の強い双眸を終わりの見えない廊下の先に向ける。 『シューティングスター』加奈氏・さりあ(BNE001388)を先頭に、ツァイン・ウォーレス(BNE001520)達が続く。 「救えるべき命を救い……終わらせるべきものを終わらせましょう」 覚醒しなければいつかの病室で終わっていた命は、今も強く脈打っている。 (あの病室で終わらずに済んだだけ、恵まれていたのでしょう。 だからこそ……それを無駄にすることなく) 打刀を持つ掌がほんのりと熱を帯びた、そんな気がした。 「悲しみが目に見える形で現れるのって…辛いわね」 普段、快活な彼女――『優しい屍食鬼』マリアム・アリー・ウルジュワーン(BNE000735)は言葉に陰鬱さを滲ませた。 予知で咲き誇った青い花、アリウムの花言葉は深い悲しみ、無限の悲しみ。 母と坊とが抱く、悲しみが形になったのだと思えば思うほどに胸が痛む。 『墓守』アンデッタ・ヴェールダンス(BNE000309)が呼応するように息をつく。 「母は子を探し、子は母を求め泣く。……二人は一緒なのに、一緒じゃないんだね」 求める者は同じで、手に届く者は違う。そのまま、エリューションは同じ世界で迷い続ける。 (なら、会わせてあげる。悲しみの無い平穏なるお墓の中で) 異国の香りを纏う二人の少女は誰にともなく、悲しくも優しく微笑む。 一方、ツァインが思うのは怪談噺の子のことだった。 (生き別れか、子供の方はどうなったんだろうか……) 「あ! 敦にゃっ!」 眉をひそめたその時、視界に入る存在にさりあが声を上げる。幻視で隠れた耳が見えれば、ピンと前を向いて立っていただろう。 (今は時間がねぇ、か) 先細る廊下の先、薄暗がりの中に見えた背は西木 敦だ。 背を向けたまま歩き続ける救助対象を前に、思考に耽る猶予はなかった。 ユーフォリアは今は姿を隠す真白の翼で、空をばさりと打つ。 「すぐに助けにいかねぇとな!」 さりあ、続いてツァインが、一段と速く強く踏み込んだ。 ● 青く染まる廊下 「敦!」 「え? ……待った、待った!」 「君を助けに来たよ! ここは危険だから彼女と一緒に下がって!」 距離、残り数十メートル。 振り向いた敦は自身の行く末など露知らず、顔を引き攣らせた。 自分と同級生程度から先輩と呼べる程度の年若い彼らは、疲弊した現状で歓迎したいほどではあった。 しかし、彼ら八人全員が常人離れした速さで接近している。初めて目にする姿に対し、不安定な精神の動揺は大きい。 掌をリベリスタに向け停止を求める少年を見ても、彼らは勢いを緩めることはできない。その背に、リベリスタ達は何かが蠢く気配を見ていた。 敦はたたらを踏んで後退り――何かに背をぶつけた。 ぶつけたのはアンデッタが叫んだ『危険』、つまりエリューション。 「敦、耳塞ぐにゃっ」 反動で坊が口を歪めた様を見咎めたさりあは既に敦の目の前にいた。 言葉と同時に敦の胴を抱え、彼女は飛び退く。肩に添えられた母の手が離れる。 「すまん、詳しく説明してる時間は無ぇ、大人しくしといてくれ! 花に触るなよ!」 耳ではなく噛んだ口を抑える少年に苦笑を交え、ツァインがさりあと入れ替わりに前へ出た。 蝉時雨よりも強く、坊の泣き声が響き渡る。 遠ざかる彼女の背に振りかかる母の腕を、大剣と光を纏うその身を盾にして庇う。 渡さないと、地の底を這う呪声と間近の憎悪に満ちた眼差しに背筋に冷たい物が流れる。 ぎちりと肉と骨の、嫌な感触が手に伝わってくる。 「いい? 廊下の真ん中を真っ直ぐに逃げなさい。余計なものに気をとられないで」 擦れ違いざま、敦に沙由理の声がかかる。変わらず口を抑えながらも、理知的で落ち着いた声に少年の目が瞬いた。 「うにゃっ……」 あと数歩で射程を脱するとき、さりあの足がよろめく。 反響する泣声はさりあの構えた心の隙を縫い、視界を歪め混乱を招いていた。 足が止まり、無差別に薙ぎ振るわれる手は迷い、蒼夜の手で中途で制される。 「悲しい泣声……けど、死者の心を持つ僕には通じない!」 アンデッタが両腕を広げ、悲哀に唇を噛み、形の無い声に立ちはだかった。 彼女は心を乱すものから、心を守る術を得ていた。 「ツァインさん、こちらは私達が」 「まっかせて!」 顔を歪めながらも沙由理が巡らせた気糸の罠で母の動きを止め、ツァインは手を弾く。 すかさず、ツァインの両脇から二人のデュランダルが飛び出した。 青い花が足を掠め、肌を裂き紅を散らしても、かるたとマリアムは止まらず。 打刀とバトルアックス――それぞれの武器に込められた力は光を纏う。 肩に担がれた形からひと思いに振り下ろされる豪快な一撃は、母と腕の中の坊を宙に浮かせ、吹き飛ばす。 ふわりと舞ったマリアムの髪は薄く茜の色を灯していた。 ――一拍の後に、神々しい光が一帯を包む。 救出劇の間にも増え、廊下に彩られた青い花がざわめき立つ。 これからが、本番だった。 「貴女の相手は私達ですよ~」 ユーフォリアの穏やかな空気は変わらず、ゆらりと立つ青い花の主を見つめていた。 想いは摘まなければならない。 ● 花香の狼火 「こっちこそ、大事な命を渡せないわよ」 グリモアに掌を翳し、沙由理は光を生み出す。廊下の縁から迫り出し壁からも咲き出した花を一面、清浄な光が焼き払った。 花は光の粒子に形を変え、熱風に渦巻かれて姿を消していく。 舞う花の欠片はすでに効力を失ったようで、リベリスタに傷が増えることも母の傷を塞ぐこともなく次第に無に帰す。 「元々がアレじゃ無ければ、綺麗だったかもしれませんね~」 指先から二つのチャクラムが離れ、やや大振りに弧を描いて風を斬る。 意図的に見える軌道を描いたのは敦達が下がるまで、意識を逸らすため。射竦める母の瞳が狙い通りユーフォリアに向く。与えた傷は浅いが、それでいいのだ。 前に構えたかるたは指の間に複数枚の符を携え、扇状に広げると宙に放つ。 「――式符・鴉」 「死者の魂を運ぶ鳥よ、彼女の怒りを引き摺り出して!」 後方構えたアンデッタも加わり、符は闇色の鴉となり母を貫く。 惜しくも当たりは浅い。彼女達に一個の怒りは向かわず、鴉に傷負わされた母からはただ怨嗟の声が零れた。 そして彼女は幻想の花を咲かせる。 「この花は良くお墓に咲いてた…彼岸花?」 青い花はアンデッタの瞳と同じ色をした彼岸花に変わり咲き誇る。 「お見舞の……」 病床で嗅いだものと同じ香りが、焼けた煤の臭いに混ざり鼻腔を刺激する。 枯れる前に捨てられた花が鮮やかな赤と共に揺れ、血を待ちわびる。 母はその身を省みることなく、坊やと彼女は口ずさむ。声として成立しない音が、離れた蒼夜の脳を揺さぶられた。 「お前のそれは、母の愛情などではない。愛情とはただ押し付けるものではない」 鋭鈍を合わせた痛みに柳眉を顰め、蒼い銃弾の込められた銃口を向ける。 「命を奪う愛情など、俺は断じて認めん」 ぎっと奥歯を噛みしめ、手甲のバレルから銃弾を放った。 銃弾は肩を穿ち、母は口元に笑みを浮かべたまま蒼夜を見る。 敦、そしてさりあと共に彼を安全な地点まで後退させたツァインにも同じ目を向ける。 歪んだ思いは強すぎた。 「私には子を想う母の気持ちは分からない。……子を授かった事のない私には分かってあげられないわ」 ふっと母の顔に影がかかり、紫電に照らされる。 「でもね。貴方のやり方じゃ悲しみが増えていくばかりよ」 語りかけながらマリアムの身を削る斧が唸りを上げる。闘気と生命の力を宿した身よりも心が痛む。 「……だからここで、終わりにしましょう」 目を伏せ、マリアムがぽつりと呟く。 彼女の幻想纏いにも描かれた紫色の薔薇――ずっと昔に大好きだった人がくれた花が一輪、一輪と光を浴びて無機質な廊下を彩り始める。 坊や。坊や。母は飽きず、子を呼ぶ。 蒼い銃弾とチャクラムが左右の花を花弁に砕き、風に散らす。 「俺にまで呼びかけるのかよ。見境無しだな、オイ」 「俺にも、だ」 十八にもなって受ける坊や扱いと、それに伴う痛みに苦虫を噛みながら元凶を挟んで揃って息を吐く。 呼ばれる度に愛憎は深く重く、呪詛のように痛みが蓄積する。 「必殺ねこぱーんちっ!」 身軽に跳ね懐に滑り込んださりあの業炎撃が打ちこまれ、一打二打の連続に母の体が軋む。 敦を安全と思われる距離まで引き離した二人も合流し、今は詰めの段階といえた。 「う~ん……」 「こうも増えるとキリが無いわね」 「あっちまでは広がってないみたいだけど……」 集中を重ねたユーフォリアのチャクラムは死角から襲いかかる。 真横に咲いた彼岸花を一振りで狩り、アンデッタが増え続ける花に眉尻を下げた。 敦のいる地点まで花が咲いている様子はなく。後方からは多少の余裕はあった。 それでも赤、白、紫、蒼――増え続ける鮮やかな花に触れないよう廊下の端を避けると、前衛が広がるには幾分狭く感じられた。 逡巡を許さず、幾度目かの光の炎が沙由理の詠唱によって降り注ぐ。母は坊を庇う分、ダメージは重く伸しかかる。 「かるたっ、マリアムっ。くるにゃぁっ!」 渡さない。執念染みた攻撃が近接した女性に加わる。 さりあは避けて傷を軽く、かるたは逆手に控えた防御用短剣で斬撃をやり過ごす。 不規則に現れる白い手はランダムに人を掴み、手足を縫付け、時に母の手が腹を抉った。 狂乱を孕んだそれも、癒しなくその身に傷を増やせば――いずれ終わりは来る。 「花よ、妄執とともに散りなさい」 閃光に再び花は散り、ぱきりと足元で硝子片が砕ける音がした。 膂力の限りを尽くしたツァインの大剣が深く母の背に突き立つ。 ぱちぱち、誰かの耳元で、火の粉の爆ぜる音がする。何かが焼ける臭いが濃くなっていく。 全身に雷光を奔らせるマリアムの斧が重く、互いの身を裂いて一つの終わりを告げる。 裂けた身体からは炎が噴き上がり、アンデッタが身を割り込ませる猶予もなく彼女達は炎に抱かれた。 なお坊を守りながら、容赦なく我が身を焦がす炎の中、淑女は微笑む。 微笑んで、抱きしめる。ぼさぼさの黒い髪を梳き、優しく頭を撫でる。 ――貴女は良い母親だったわよ。 それを伝えるためなら、少しの、感じられる痛みくらい許容してあげる。 ぱちり、ばちりと、爆ぜる音がして燃え上がった炎は業炎の傷跡を刻み、潰えた。 遺されるのは世界と花と、腕に抱かれ続けた坊。 「お前も、もう休め」 白い手を蒼い銃弾が打ち消す。幻想花と同様に砕け、白い燐光となり茜を乱反射し煌めく。 死者の心を持つと語るアンデッタが考えた通り、坊は泣き続けた。 だがいくら泣いても、状況は変わらない。混乱をきたす泣声もアンデッタに庇われたツァインの光と、リベリスタ自身の力が平静を取り戻す。 生を托した母を失った坊は脆かった。 「何も分からない様なこんな小さな子が……ごめんな」 苦悩に瞳を陰らせたツァインの傍らで、優しい屍食鬼は頬を濡らす。 「ごめんなさい。もっと……早く駆け付けてあげられなくて、涙を流すことしか出来なくて」 ごめんなさい。声は震え、一粒が小さな手に零れ落ちた。 それぞれの瞳がかち合った、最期の一瞬に覗いた微笑み。それが真実で言葉のない訴えだとすれば、彼女の涙も彼らの言葉も、救いだったのだろう。 アンデッタは花と血と炎の残り香を吸いこみ、手向けを囁く。 黒い羽根を散らし、鴉が羽ばたいた。 「死者の魂を運ぶ鳥よ、彼を母の元へ……」 遺された花が熱風に揺れて、無に帰っていく。母の世界は終わりが近づいていた。 「……行きましょう。帰れなくなるわ」 ――願わくは彼女達に安寧を。 敦は両脇をユーフォリアとさりあに抱えられ、動揺のまま世界を脱する。 沙由理の祈りを最後に、一つの仮想空間が姿を消した。 ● 生き別れた子について調べていたツァインは、本部に居合わせた二人に手を借りていた。 火災に絞っても大なり小なりのデータは膨大で目ぼしい収穫はなく、昔々の話に尾鰭がついたものと推測された。 一件、西木 敦の名前に紙上を辿る指を止める。花屋で放火、幸運にも死者なし――そんな小さな端記事だった。 少しの安堵をもって、ツァインが彼との別れ際のやり取りを思い返す。 「……敦に苦労すんなぁって言ったら、お礼と……貴方達こそって言われたんだよな」 「? 苦労、と思ってはいませんでしたけど」 「彼もツキが無いけど……、何度でも助けることを言われたんじゃないかしら。 ツァインくん達も何度だって助けるでしょう?」 わたしではなくても、彼女や彼――他のリベリスタが人を助ける。 沙由理にとってのリベリスタはそういう者だ。不思議そうに瞬いたかるたも口元を緩める。 「皆さ~ん、行きますよ~?」 「行くにゃ~」 ユーフォリア、続いてその下からさりあが資料室の扉から笑顔を覗かせた。アンデッタが申し出、埋葬された無縁仏に同意者で手を合わせに行く。 「あー、今行く。すぐ片付けるから」 それぞれに席を立ち、扉に向かい資料室は無人になる。 廊下と同じ茜色の空の下、鮮やかな花が手向けられた情念は昇華され――幕を閉じた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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