●インタルード・1 イギリスの首都、ロンドン。 その中心地から少し外れた場所にある繁華街は、深夜になってもぎらついたネオンの光が途絶えることはない。 その一角に一軒の古びたパブがあった。そこは数十年前から代々続いてきた酒場で、今は三代目の女主人が場を切り盛りしている。 「あいよ、お待ち!」 空席の見当たらない店内に充満する紫煙と喧噪を掻き分け、女主人が両手に持てるだけ持ったビールジョッキを年季の入った木製のテーブルへ豪快に置いていく。 彼女への礼もそこそこに、そのテーブルに着いていた男達はジョッキを掴むと小麦色の液体を喉に流し込んだ。 「ッ――ハァ! やっぱたまんねぇな、この一杯は!」 「これで若い美人の姉ちゃんでもいれば……っといけねぇ」 立ち去ろうとしていた女主人の睨み付けるような視線を背後に感じ、小太りの男が口をつぐむ。 「気をつけろよアーロン。あの女将、久しぶりに出来た年下のボーイフレンドをこないだ若い女に取られたのを知ってるだろ?」 「昨日もその事を茶化したバカ三人が頭をやられて病院送りになったらしいぜぇ!」 「……ビル、クラーク。お前達もそのバカになりたくないなら、そろそろ黙っておけ。女将が手頃な空き瓶を探しに行きそうだぞ」 そう告げた銀髪の男の言葉に、わあ、と二人は慌てて女主人を追い掛けていく。 彼らを横目に見送ると、銀髪の男は壁にもたれるようにしてビールを喉に流し込んでいる、カウボーイハットを被った男に向き直った。 「ジョン、例の件だが」 ジョンと呼ばれたその男はジョッキの中身を飲み干すと、空になったそれをテーブルの隅に置き、身を乗り出すようにして話し始めた。 「ああ、やる。やるともさディアズ。ようやくありつけた金の話だ。このままじゃこうして一日の終わりに酒を飲むことも出来なくなる」 「ホントにやるのかよう……勝ち目あるのか?」 ジョンの隣に座る小柄な男が、ジョッキを両手で抱えるようにしながら不安げな表情でジョンを見上げる。酒が苦手なのか、彼のジョッキの中身は三分の一も減っていない。 「ハンク、こないだ話しただろう。俺達は勝ちに行く訳じゃない」 ディアズの言葉にジョンが続ける。 「オレ達の仕事はあの気障な王子様を哀れなお姫様の所へ送り届ける事だ。目的を間違えるなよ」 傍を通った店員に追加のビールを注文しつつ、ジョンは件の王子様の言葉を思い返す。 「もしも暇しているなら力を貸してくれるだろうか? お姫様を救い出しに行きたいんだ……と来たもんだ。もしかして日本人はどいつもこいつもあんな感じなのか?」 肩をすくめる仲間達を尻目に、ジョンはつまみのピーナッツを噛み砕いた。 「だけど、引き受けるって事は嫌じゃあねぇんだろう?」 いつの間にか椅子ごとこちらに動いてきたアーロンが、見透かしたように口を挟む。空になったつまみ入れを肘でテーブルの隅に追いやり、ジョンは仲間達を一瞥してから言葉を紡いだ。 「まあな。今時こんな話、戦場でも絵本の中でもありはしない。ベタでバカな話さ」 「「「だから気に入った!」」」 声を揃えた仲間達の姿にジョンは苦笑を浮かべる。だが、 「そうだとも」 彼の表情が陰ることはない。 「いいか、向かってくるのはヒーローとヒールとモンスターだ。ケンカの弱い俺達だが、明日は一発やってやろうじゃないか」 雄叫びと共にジョッキが掲げられる。彼らの胸に飾られた勲章が、一際鋭く輝いた。 ●インタルード・2 「暇か? 何、超忙しい? 心配するな私もだ。来たまえ、状況を説明しよう」 相変わらずの大仰な動きで、『黒のカトブレパス』マルファス・ヤタ・バズヴカタ(nBNE000233)がリベリスタ達の眼前に立った。 「まずは昨年末の事を思い出して貰おう。我々アークがロンドンのリベリスタ組織『スコットランド・ヤード』との共闘で、モリアーティの侵攻を撃退した『倫敦事変』の事を。 市内での戦いによる被害は少なくなかったが、『ヤード』と、そして諸君等の活躍によって我々は倫敦派に関する情報の一片を得ることが出来た」 その甲斐もあり『ヤード』側の『捜査』は一定の成果を上げている。元々、探査や情報収集を得意とする彼ら故に、小さな糸口を辿って敵の綻びを広げることが出来たのだ。 「だがそれは、『倫敦事変』における手口が、これまでのモリアーティの非常に慎重なやり方とは余りにも異なっていたからでもある。敵の思惑、不確定・不安要素、本拠地の詳細。倫敦派の全容にかかる霧は未だ晴れてはいないが、とはいえ徒に敵に時間を与える危険性は計り知れない。 仮にフェーズ4のキマイラが完成し、量産などされた日には……いや、今やるべきは思案ではないな。行動だ」 いいか、とマルファスが前置きを入れる。 「アークと『ヤード』による敵本拠地の早期攻撃計画。それが、両上層部が出した結論だ」 マルファスの背後に倫敦の地図が映し出される。その中央には『ピカデリー・サーカス』の文字が浮かぶ。 「三高平市への物理的干渉、奇襲を防ぐ為のロンドン市内の封鎖・監視は『ヤード』の予備戦力が担当。アーク及び『ヤード』の精鋭部隊は敵本拠の進入口の存在が確認された『ピカデリー・サーカス』付近に進軍し、地下要塞の制圧に向かえ、との事だ。 それとわかっているだろうが、今回も万華鏡による予知はない。イレギュラーにはくれぐれも気をつけたまえ」 そう言い切ると、マルファスは一つ息をついた。 「――この戦いが終わりとなるか、新たな始まりとなるかは私にも見えない。だが諸君等ならばきっと、自らが望む運命を掴むだろう」 黒のマントが大きく翻る。 「さあ、私は運命の岐路を示したぞ。あとは諸君等が選び取るだけだ!」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:力水 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年02月11日(火)22:50 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 戦場と化した倫敦市内をリベリスタ達は進んでいた。 「こっちだ」 細い道路を抜け、緩やかなカーブを描く大通りへ出た所で、先頭を行く『無銘』熾竜 ”Seraph” 伊吹(BNE004197)が次に向かう先を指差す。 「しんちょーにっ、でもいそがないとね!」 曲がり角からクマさん帽子、と顔を出してキョロキョロと『くまびすはさぽけいっ!!』テテロ ミミルノ(BNE003881)が辺りを見渡す。 今見る限りでは、敵らしき影はない。互いに頷き合い、リベリスタ達はピカデリー・サーカスへとさらに歩を進めた。 その時。 突如として、彼らの周囲に見える風景が一変した。 道路の両脇に連なっていた石壁の建物は無残に崩れ落ち、横転した二階建てバスがただのガラクタに成り果てている。 周辺に満ちた黒煙の向こうでは悲鳴と怒号と銃声が飛び交い、燃え盛る戦火がそこかしこを紅蓮に染めていた。 確かに倫敦は今戦場と化している。だとしてもここは、その倫敦とはあまりに違う。 しかしリベリスタ達は思い出す。アーク、そしてヤードから提供された情報の中にあった、凪聖四郎が自身の私兵集団『直刃』に雇い入れたという傭兵部隊の事を。 彼らはアーティファクトの力で結界を産み、その中に地獄のような戦場を創り出すという。 「へぇ、コイツが結界かい。いいねぇ、もう少し古い戦場のが俺好みだけどなっ」 「これが彼らの世界というわけですか」 物珍しげに辺りを見回すツァイン・ウォーレス(BNE001520)とは対照的に、『ホリゾン・ブルーの光』綿谷 光介(BNE003658)はその世界に心乱されぬよう、唇を噛みしめていた。 結界内部は現実の地形に基づいて構成されているらしく、道に迷う事はなかった。 「そっちはどうだ?」 「悲鳴とかは聞こえるけど、一般人はいないみたい」 周囲の熱源を探る『神速』司馬 鷲祐(BNE000288)に、音を警戒していた『薄明』東雲 未明(BNE000340)が緊張を保ったまま答える。 「んー、こっちも特に異常無しと、お?」 千里眼で同じく周囲を探っていた『SHOGO』靖邦・Z・翔護(BNE003820)が何かを見つけた。 「あれは――」 「こっちも聞こえた。周りとは違う音がする」 未明も何かの音を捉えたらしい。 彼らの情報を頼りに、リベリスタ達は手はず通り、狙った地点へと移動を始めた。 SHOGOが千里眼で捉えた場所。そこではすでに傭兵達と、リベリスタ達と同じく結界に取り込まれた倫敦派の激突が始まっていた。 「ようこそ。もう少し大勢を巻き込めれば良かったんだがな」 「くそ、こんな時に邪魔が入るとは!」 「邪魔をするのが今回の仕事だ。おっと、見ろよ。ヒーローは遅れてやってくる、だ」 傭兵のリーダー、ジョンが指差す先には駆けてくるリベリスタ達の姿がある。倫敦派を傭兵達と挟撃する形だ。 「アークか!」 「邪魔するぜー、俺等も混ぜてくんな!」 苛立ちを隠しきれない倫敦派を尻目に、ツァインは傭兵達に語りかけた。 「なぁ、倫敦派の奴等倒すまで共闘といかねぇか?」 「ほう」 「何!?」 二つの反応がリベリスタ達の耳に届く。 「そなた達が戦場を懐かしめるのは安らぎの場があるからであろう。それを破壊するモノをまず倒すべきではないか」 「最悪、相互一時不可侵でもいい。支援行動はとらない。自分の命は自分で守れ。ただ、此方から巻き込まない様にする」 伊吹の説得に、相手の緊張を和らげるように気遣いながらリオン・リーベン(BNE003779)がさらに続けた。 (大丈夫でしょうか) 説得が行われている間に敵戦力の解析を行っていた光介がそっとジョンの方へ目を向けるが、反応はまだ見られない。 「それにホラ、そっちの方が時間稼ぎ安いだろ? それに~……あー……余計なの抜きでアンタ等と正面から戦いたい! ……って理由じゃダメか?」 「無論、交渉決裂あるいは此方が不利な場合、共闘は破棄する。傭兵なら、わかるだろう?」 ツァイン、鷲祐から言葉が投げかけられた後、少しの静寂が生まれた。そして、 「なるほどな」 ジョンが口を開く。カウボーイハットの奥で鈍く輝く目はまさしく戦士のそれだ。 「結論から言おう。答えはノーだ」 息を飲む音が聞こえる。 「オレ達と君達が共に戦えば当然、三つ巴になるよりも君達の被害は少なくなる。その上でもし君達が我々に勝ち、あの王子様に追いつき戦う事になれば、オレ達は雇い主に不利益を与えた事になる。 例え自分達が負けようとも、少しでも雇い主の益になるよう動くのがベストだ」 そこまで話してジョンは一息をついた。 「そして無論、倫敦派とも共闘するつもりはない。これが答えだ」 「返答に感謝する」 リオンが礼を述べるが、その表情は厳しい。 「話は終わったか? ならば始めよう」 倫敦派のフィクサードが、控えていた一つ目のキマイラをアークへ差し向ける。 「来るぞ!」 能力の補強を済ませると同時に戦端が開かれる。三者三様、三つ巴の戦いが始まった。 ● 傭兵とアークに挟撃される形となった倫敦派。数では劣るが、力量は決して侮れない。現に、この戦場においても倫敦派は二勢力を前に“三つ巴”の状況を維持している。 「見切れるか!」 一打にして千を超える鷲祐の連撃が倫敦派のフィクサードに放たれる。 だが、 「舐めて貰っては困る」 黒の拳法着を着たフィクサードはそれに応じ、耐え抜く。 「我らが本拠地を落とすなど、叶うと思っているのか」 拳法着の男が片手で印を結ぶやいなや虚空から影が溢れ出し、リベリスタへと襲いかかる。 「やってやるさ!」 それをツァインが盾で抑え込む。 「そのために俺達はいる!」 「おうおう、威勢がいいじゃないか兄ちゃん」 傭兵の一人が小型の盾を構え、ダークスーツ姿の倫敦派フィクサードへ盾を強かに叩き付ける。 「纏めてやらせて貰う」 伊吹が振り抜いた腕の先から白輪が放たれた。速射を思わせるその技が、倫敦派と前衛の傭兵達に襲いかかる。 「くっ!」 「熱くなるなビル。じっくり、いくんだ」 傭兵達の後方に立つジョンの声が戦場に響く。その一声で、傭兵達の動作が洗練されていった。 「流石に、慣れているな」 リベリスタ達の後衛に立つリオンが独りごちる。共闘の道は逃してしまったが、戦いは進み続ける。 ならば、やるべき事は一つ。腕を振るい、リオンは仲間達に声を飛ばす。 「状況確認、戦術支援開始。油断するなよ?」 「だいじょぶだいじょぶ!」 リオンの防御支援を受け、キマイラの黒腕をくるりとかわしたSHOGOの姿を一つ目がギョロリと追い、捉える。 「怖いねえ、んじゃまずはこちら様に。キャッシュからの――パニッシュ☆」 気軽に突き出された銃口から飛んだ銃弾は、飄々とした彼の態度には似つかわしくない精密さでキマイラの眼球を撃ち抜いた。 『――!?』 キマイラが苦悶の声を上げる。 「悪いね、キマイラちゃんの相手はも少し後」 良い笑顔を見せつつ、SHOGOは戦場を駆けていく。その先では、ダークスーツの男が漆黒のオーラを手に宿していた。 「傭兵風情が!」 神経質に見えるその男はややヒステリックになりながらも、解き放った闇の一撃で傭兵達を穿っていく。 傭兵達は数で勝るが、個人の力量では倫敦派の方が上だ。 「ハンク!」 「お、おう!」 ジョンの声が飛び、彼の隣に控えていた小柄な男が、癒しの息吹を傭兵達に届けた。 「無駄なあがッ!?」 ダークスーツの男が再び攻撃の構えを見せたその時、飛び込んできた未明の振り回しからの一撃が男の胴へ叩き込まれた。 男の体が異様に曲がり、ひび割れたアスファルトの上を転がっていく。 「王子様に怪物に傭兵に教授。今日の倫敦はオールスターね」 体内から響く反動に耐え、未明は静かに息を吐いた。 「貴様!」 近くで戦っていた拳法着の男が周囲の相手を振り払い、未明へと拳を向けた。 「――ふぅん」 しかし未明は動かない。 振り抜かれた拳が彼女の頭に触れるが、 通らない。その拳は未明を捕らえてはいるが、そこで止まったままだ。 「むだー、なのだっ」 未明の後方から、戦場では聞き慣れないあどけない声が上がる。ミミルノだ。 「ぜったいてきなぶつりぼーぎょ! ミミルノがあたえんっ!!」 「そういうこと」 男の拳を払い、未明は剣を構える。再び満身の力を込めた一撃が、拳法着の男にも激突した。 ● 地上の地獄とも形容できる偽りの世界で、戦いは激しさを増していた。 傭兵が繰り出す赤い月を背に放たれた呪力の奔流が、業火を纏った矢群が。彼らの敵を容赦なく薙ぎ払う。 だがリベリスタ達においては、万能ではないとはいえミミルノによる加護が敵の攻撃を無効化し、 「術式、迷える羊の博愛!」 光介の解き放つ癒しが、リベリスタ達に継戦の力を与えていた。 「寝ていろ」 伊吹の連撃に、倫敦派のフィクサード達がとうとう地に沈む。残るキマイラも、すでに満身創痍の様相を呈していた。 「お前の出番も、もう終わりだ」 短剣を逆手に構え、鷲祐がキマイラへと駆ける。抗うように撃ち出した毒液が鷲祐を含めたリベリスタ達を薙ぎ払うが、彼の勢いは止まらない。 「!!」 人と怪物が交差する。振るわれたキマイラの剛腕は鷲祐を確かに穿っていた――それが残像で無ければ、の話だが。 斯くして、鷲祐の刃はキマイラを無残に無数に切り裂いた。 命を失い、崩れ落ちるキマイラ。だが、その余韻も一瞬。 鷲祐が下半身を強引に捻り、繰り出した短剣の白刃が鋭い激突の音を立てた。 激突の向こうにいたのは銀髪の傭兵の男。その手にはナックルガードが付いたナイフが握られている。 「素晴らしい、仕事は先手先手が一番だ」 「ああ、そうだとも」 短い応酬の後、二人は距離を取る。倫敦派が倒れた今、残る勢力は二つ。 そうなれば選択肢は、どちらかが退くか。あるいは、 「やるしか、ないか。あぁまったく、逆凪の青瓢箪に付かせとくのは勿体無ねぇ奴等だよ……」 悲喜の入り混じったツァインの表情が、複雑なその心境を物語る。 晴れつつある戦場の砂埃の向こうには、この戦場の主達がいた。無論、彼らとて無傷ではない。 「だが……いや、だから気に入った! 来いよワイルド・ギース共ッ!」 「言われなくとも!」 互いが、激突を目指して地を蹴り進む。 「愚直に来るか!」 ジョンの周囲が歪みを見せる。さらにその歪みは、瞬時にリベリスタ達のただ中へ放り込まれた。 「構うな、動け!」 状況を真っ先に捉え、叫んだのはリオンだ。 不可視の刃が襲いかかるが、彼の言葉に押されるようにリベリスタ達は戦線を上げていく。 「攻撃補正、上方修正。大丈夫だ、このままいける」 そしてリオンが不敵な笑みを浮かべつつ仲間に伝えるのは、攻める為の効率動作。 後押しを受けた未明の突撃が更に勢いを増す。傭兵達の姿はすでにあと数歩という所に近づいている。 「アークにもいるわよね、こういう人達。嫌いじゃない」 「へへ、嬉しいねえ。そんじゃあ今度お酌でもしてもらおうかな」 真正面で盾を構えていたビルが、未明の剣撃で盾ごと地面に勢いよく叩き付けられ、そのまま動かなくなった。 「あのバカが! 悪いな、口直しになればいいんだが!」 銀髪の男、ディアズの放つ気糸が未明に奔るが、間に割り込んできたツァインによってそれは防がれる。 「今だ!」 盾と装甲を軋ませる気糸を、剣で断ち斬り叫ぶツァインの背後から、伊吹の連打が傭兵達へと乱れ飛ぶ。 「一つ聞く」 「なんだ!」 すかさず気糸を切り離し、ディアズは構えたナイフで攻撃を弾く。耳をつんざくような音と共に白輪が宙を舞う。 「六道紫杏とキマイラの関係を知っているか?」 「ああ、知っているとも」 言葉少なにディアズが答える。 「ならもはや遠慮はない!」 伊吹が言い放つと共に放った二打目が、ディアズのナイフを持つ手を明後日の方角へと弾き飛ばす。 「くそっ!」 「明日から――あ、いやいや今本気出すよマジで」 SHOGOの銃口が狙うはディアズ、の背後に見えるハンクの姿。狙うのは回復役だ。 「ぐうっ!」 銃声と同時に、ハンクの肩に赤朱の花が咲く。 「ハンク!」 「か、構うな!」 撃たれた肩を押さえ、息を荒げながらも紡いだ詠唱が傭兵達を回復する。だがその姿からは、もはや大きな力を使う余力を感じられない。 だとしても、戦況は否応なしに動く。 「ミミルノにできるさいこーのさぽーとをっ! いっけーっ!」 戦火とは異なる赤が、ミミルノが掲げた砲杖の先から続く空に広がっていた。空を灼くそれは、彼女が振り下ろした杖の動きに同調して降り注ぎ、今度は地を灼く業火となる。 「そっちがそれなら、コイツはどうだぁ!?」 重火器を装備したアーロンが、炎の海に炙られながらも空に弾幕を放つ。空に向かった弾の一つ一つが焔を纏い、リベリスタ達へと降り注いだ。 「ああっ!」 直視できない程の灼熱に満たされた眼前の光景に、光介は思わず声を上げた。 息が詰まり、視線を落としそうになる。だがその肩をリオンの手が掴み起こした。彼の眼は光介を見てはいない。その眼は真っ直ぐに前を向いたままだ。 「まだだ、まだ疲弊するには早い。このまま負けるわけにはいかないだろう?」 彼の手から、強い想いと共に力が流れ込んでくる。 「EPかいふくはっ! まかせるのだっ!」 おー! というミミルノの掛け声と共に、癒しの力を帯びたフィアキィがくるくると応援するように光介の周囲で踊った。 「――っ!」 光介が握りしめたのは、恋人からの贈り物。 (ボクの世界は、ここにある) 自分の力で、前を向く。 「この一瞬……貴方達の世界をボクの生き様で塗りかえてみせる!」 光介の宣告と共に、どう、と力が戦場に降り注いだ。 力を貸してくれた存在が何者かは分からない。ただ、確かな事があるとすれば。 炎が吹き晴らされた戦場には、仲間達が未だ健在であるという事だけだ。 「っしゃあアッ!」 巨大なクローを装備したクラークが、自身から滴る赤を気にも止めず、雷の速度でもってリベリスタ達を相手取る。 それでも鷲祐の刃がその爪を捉えると、すかさず伊吹が闇の残影と共にクラークに食らい付く。元より失いつつあった血液をさらに貪られ、彼の体は力を失い地に伏した。 「おいおい、二人やられちまったぜぇ大将。どーすんだ!?」 アーロンの問いに、ジョンは黙したまま答えない。 「何人やられようとも構わん! 俺は最後の一人になっても――」 「ロマンチックなシチュエーションに酔うのはオレも好きだけどさ。そろそろお終いにしてもいいんじゃね?」 SHOGOの提案にディアズは応じない。狼の尾のように纏めた後ろ髪をなびかせて、呪力の渦をリベリスタ達へ解き放つ。 「往生際が悪いな」 伊吹の白輪が渦を突破して、ディアズを強かに打つ。 ダメージが蓄積しているためか、彼の動きは鈍い。一瞬ガラ空きになった胴へ撃ち込まれた打撃がディアズの顔を歪ませた。 「おお、っ……!」 さらに、輝きを灯した剣を構え、ツァインがディアズに肉薄した。視線を交えた直後、袈裟懸けに放たれた斬撃が赤の霧を生む。 衝撃に体勢を崩しながらも無防備に倒れることはなく、しかし遂にディアズが膝を付いた。 「ここまでだ。無駄な運動をする気はない。そのまま下がれば、見逃す。手当ても施そう」 枯れた息を吐くディアズの頭に鷲祐が短剣を突き付けるが、彼の視線は後方に立つジョンを見据えている。しかしジョンの視線はカウボーイハットの陰に隠れたままだ。 「傭兵だし当然覚悟もあるでしょうが、無駄に死ぬ必要もないのは知ってるはずよ。あたし達よりずっと」 息を整えながら、未明が重ねて告げた。 相手に考える時間を与えるように間を置き、再び鷲祐が口を開いた。 「ジョン、アンタらが好きでこんな事をしているのは判る。だがアンタらの周り皆が皆、こんな事を愛しちゃいないだろう」 鷲祐が足元のディアズを一瞥する。 「残念だが俺は、殺すことに躊躇いはない。さぁ、誰を泣かせて、誰を笑わせたい? どちらを選ぼうが――俺は最後まで付き合うぞ」 大きな、吐息の声が聞こえた。それはジョンの物だ。体に溜め込んでいた緊張と戦意を体から抜くような、そんな声だった。 「大将……」 「退こう」 戦場に立つ仲間達に視線を送り、彼は決定を告げる。 「ジョン、俺はまだ!」 頭を振り、ジョンがディアズに肩を貸し起こす。動ける他二人も、倒れた仲間の元に向かった。 光介が条件通り回復を申し出たが、それは丁重に断られた。ただの意地さ、と彼らは言う。 差しのばした手を焼かれぬように、気を付けることだ。 最後にジョンはそう言い残すと、結界の消滅と同時に仲間達と共に姿を消した。 「縁があれば、いずれまた戦場で!」 「今回は立つ位置が違っただけ。お互い生きてたら、次は同じ側に立てるかもね」 ツァインの声は果たして彼らに届いたのか。代わりに答えるように、未明が言葉を添えた。 周囲を見渡せば、そこには確かに結界に飲まれる前の本来の戦場の姿がある。時間の経過も、結界の内外で変化はないようだ。 「これだけ足止めされてる時点で兵隊さん達はもう目的を達成してるわけで。ちっとも勝った気がしない」 SHOGOが肩をすくませる。だがそれでも、リベリスタ達は新たな敵が潜む戦場へ歩を進めなければならない。 今なお続く戦いに終止符を打つため、彼らは再び戦火の中へ身を投じるのだった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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