●緋色の弓 狭く、明かりのない部屋の隅で、一人の若い女が上体を壁に預けて座っている。毛布で覆われた腰回りの下では、乾き切った泥めいた血糊が、べっとりと畳に染み付いていた。 既に息絶えている。傷こそ隠されているものの、残された出血の痕跡から、女が凄惨な死を遂げたことは容易に想像できた。 「ただいま。今日もお土産を買ってきたぜ。気に入ってくれるといいんだけど」 帰宅したのは、まだ若い男だった。少年と呼んでしまってもさほど差し支えがない。だがその頬は歳不相応にやつれ、目元の隈が痛々しく、疲れ切った様子である。 相変わらず暗い部屋の中で、男は真っ先に遺体の元へと歩み寄ると、ビニール袋から口紅を取り出し、人差し指に塗った。赤く染まった指先で、女の血の気の失せた唇をゆっくりとなぞる。唇の端に湧いた蛆をそっと払いのけ、ひび割れた肌にも慣れた手つきでファンデーションを施す。さながら死の影を消すかのように。 「とても綺麗だ。似合ってるぜ、その色」 男の声に精気は無かった。 「いつか必ず、あいつらに復讐してやろうな。そうしたら、約束どおり、結婚しよう」 穏やかな声音で呼び掛けながら、男は力なく垂れた遺体の手を握り、口付けをした。怒りも悲しみも過ぎ去りつつある中で、ただ、女への澄み切った透明な愛だけが、男の胸裏を埋め尽くしていた。 唇を離すと、奇妙な現象に気づいた。かすかではあるが、手に握り返す感触がある。驚いて顔を上げると、虚空を睨むだけだった骸の目が、確かにこちらを見つめているではないか。 そして、にこりと口角を上げて。 笑った。 目の前で起きた出来事を受け入れると、一気に男の感情が爆発した。涙を流して絶叫し、全身で喜びを表した。 「やっぱり、やっぱりそうだった! お前は死んじゃあいなかった! 俺が、そう――信じた――とおりに!」 丁寧に化粧された女の顔は美しく、青白い肌に鮮やかな口紅がより映えて、男の凍てついた心を急速に溶かしていった。 「さあ、一緒にいこう! この時をずっと待っていた! お前に乱暴した奴らを、俺達の手で!」 問い掛けに女が頷く。内側で激情の火が燃え広がっていくのを、男は確かに感じていた。 ●大人になれなかった少年 ガキの頃から取り柄のないクズで、希望の見当たらない人生だった。 何をやってもどんくさく、その上協調性に欠けていたものだから、親からも教師からも疎まれ、不良にも事あるごとに殴られた。嫌気が限界に達した俺は家を飛び出し、気づいた時には、堅気じゃない連中に拾われて如何わしい商売の仲介人をやらされていた。 先のない日々だったが、とある少女の斡旋を担当することになって、徐々に変わっていった。 冬香という少女だ。うちで預かっている女の子達は概ね、家出をして行き場のなくなったところをスカウトされているのだが、冬香もまたそうだった。比較的地味な外見で、どうして彼女みたいな子が、と気になったが、大体にして俺も同じような経緯でここまで身を落としているのだから、問い詰めるのも悪いと思って事情を聞くことはしなかった。 俺の仕事は簡単に言えばドライバーで、指定された場所までバイクを飛ばすだけだったが、こと冬香を担当した場合に限っては、他の子の時には感じない罪の意識に苛まれた。運転中、後部座席で、冬香はよく俺のことを気遣ってくれた。俺なんかのために笑ってくれる人間は初めてだった。 そんな冬香もバイクの背から降りると、急に表情に陰りが差して、帰りを待つ俺の元に戻ってきた時にはいつも瞳を潤ませていた。 他の女達は基本的に俺を見下し、付き合いも金のためと割り切って楽しんでいる部分があった。きっと俺なんかより向こうのほうが遥かに大人で、それが生きていくということなのだろう。 けれど冬香はそうではない。送迎のバイクに乗っている間だけ、依存し合っていた俺達は鬱屈した気分を忘れられた。お互いに甘い人間で、まだ考え方が幼かった。 痛む胸に嘘を吐けず、こんなことに彼女を関わらせるべきではないと、強く思うようになっていった。同時に、自分自身も裏稼業から足を洗うことを決心するに至った。俺があいつを守ってやるしかない。 上部の人間に黙って、二人で荷物も持たずに逃げ出した。深夜の車道をフルスロットルで走るバイクの上で、俺と冬香は自由と、遅れてきた青春を感じていた。 「結婚しよう。俺達も、大人になろう」 歯の浮くような台詞にも、冬香は嬉しそうに笑ってくれた。 幸せだった。 それからしばらくが経ったある日の夜、アルバイト先から新しく住み始めたアパートに帰宅すると、すぐさま異変を察知した。 冬香に留守を預けていたはずなのに、出迎えどころか返事もない。動悸を抑えながら居間に足を踏み入れると、俺は、決してあってはならない光景に目を覆った。 口に布を噛まされた冬香が倒れていた。 上半身に外傷はない。だけど視線を下に移すと、スカートは破れ、刃物が、幾ヶ所もの刺された痕が。 血が、赤いものが、ひたひたと。 それは夢にしてはあまりにも生々しく――現実だとしたら、受け入れがたいほどの苛烈さで。 「あ、あ、あ、あ、あああああああアアアアアアアアアアアアアアッ!」 その瞬間から、俺の未来は冷たい闇に塞がれた。 ●切り裂き 「脱法業者と、それに連なるグループの壊滅から続く、連続殺傷事件の容貌がようやく掴めました」 あくまで事務的な口調で、『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)は此度の事件について説明を始めた。 「容疑者は刈倉将也と橘冬香。組織残党が提供した名簿にあった名前で、この二人は同時に姿をくらませていたそうです。また、家族から警察に捜索願が出されていた二人でもあります」 将也は愛のない親への反発から、冬香は親からの過剰な期待に堪えかねて、とのことらしい。 「刈倉将也は退学後、地下経済に関わることになったようですが、どうにも彼が所属していた組織は、彼の想像以上に裏切り行為に対して非情だったらしく」 一旦呼吸を置いてから、和泉は続ける。 「組織の生き残りの証言によれば、彼自身ではなく、彼がもっとも大事にしていたもの――つまり、橘冬香の生命を奪うことで、粛清を完了したとのことです」 集められたリベリスタの何人かが顔をしかめた。聞いていて気分のいい話ではない。 「遺体はE・アンデッドと化した後、将也の導きによって自分を殺した人間達への復讐を遂げたのでしょう。しかし以降は、衝動に任せて見境無く人を襲っているようですね」 リベリスタの前に出されたモニターに、映像データが表示される。数分ほどの映像には、E・アンデッドが長く伸びた五爪をかざし、被害者の喉から胸に渡って無慈悲に切り開く瞬間が収められていた。 「万華鏡の観測によれば、刈倉将也は橘冬香の遺体と『夫婦のように』暮らしていたようです。そして現在も、殺戮を繰り返すE・アンデッドと成り果てた彼女に付き添っている、とのことですが、到底正気とは言えません。心の壊れてしまった彼も、ノーフェイスとして革醒している可能性が高いです」 和泉は淡々と告げる。 「仲を裂くようで少々気の毒ですが、フェーズが進行し事態が拡大する前に対処しなくてはなりません。既に橘冬香という人間は消滅し、今いるのは理性のないエリューションなのですから。成功を祈ります」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:深鷹 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年02月08日(土)22:11 |
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■メイン参加者 5人■ | |||||
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●死別 ひとつだけ灯された天井照明の光が、廃工場の埃を被った床に落ちていた。 その小さな光の中で、刈倉将也は橘冬香の唇に紅を塗っていた。 病的に白い冬香の手には、今日も黒ずんだ血液が付着している。一時間程前に、人通りの少ない路地裏で待ち伏せて、偶然通りかかった壮年の男性の喉首を裂いてきたばかりだ。 これで何人目になるだろう。なぜ冬香が無闇に人を殺したがるのか、将也には分からない。冬香は何も語ってくれない。けれど彼女がそうしたいと願っているのであれば、好きにさせてあげたいと思う。自分達はこの世界のどこにも居場所がない。どうせ誰からも許されることがないのであれば、世間一般に浸透している、良識という名の鎖になんて縛られる必要はない。 それに、殺人を犯した後の冬香は、とても嬉しそうに笑ってくれる。 「大丈夫だよ、冬香。何があって俺が君を守る。だからずっと一緒だ」 将也が指を絡めようとした途端、金属同士が接触し合う音が大きく鳴り響いた。入り口の鉄扉が開かれたのだろうか。同時に全ての電源がオンになり、あっという間に工場内部が白熱灯の眩い光に満たされる。 「な、何――」 視線の先には人影。突然の事態に、将也には何が起こったのか判断できない。ましてやその一団が自分達を討伐すべく馳せ参じたリベリスタであることなど、思いも寄らなかった。 「ご機嫌麗しゅう、終わらせにきたよ」 沈黙の中、『覇界闘士<アンブレイカブル>』御厨・夏栖斗(BNE000004)が先陣を切って口を開いた。 余計な物が取り払われた廃屋内ではよくよく声が反響した。互いに離れた地点にいるのに、十分に疎通が出来た。 「……分かってるんだろ? 彼女は動いているだけで、何も君に報いてはくれない。君の声なんて届いちゃいないんだ。そんなの、生きてるって呼べると思うか? 残念だけど、彼女は、もう」 「変なことを言うな! 俺達はまだ、始まったばかりだっていうのに」 冬香の前に立ちながら答えた将也の台詞に、夏栖斗は落胆する。危惧していたとおり、将也はまだ死を受け入れられていない。過酷な現実から目を背け、都合のいい空虚にしがみついて、先に進む意志がない相手に終焉を伝えなければいけないのは、いささか心苦しいものがあった。 「余計な同情の類はいりませんよ」 『Le Penseur』椎名 真昼(BNE004591)が口を挟む。耳元で肩に乗せた白夜が、じれったそうにシュウシュウ鳴くのをなだめながら続ける。 「彼らと、彼らの周辺にいた人間が因果応報を受けたのであればそれで済んだ話でしょう。だったら、先に起こり得る無益な殺生を止めることが、オレたちの役目です」 「同感だな。命が絶えた女と、心が壊れた男。もう既に終わってしまっている連中に、どうこう言う必要もない」 漆黒の前髪を軽く払いながら、『アヴァルナ』遠野 結唯(BNE003604)が言い放つ。 酷薄な響きを含んだ冷ややかな言葉に、将也は一歩後退りする。その些細な隙を見逃すはずもない。リベリスタ達が標的に向けて疾駆を始める。とりわけ、『アクスミラージュ』中山 真咲(BNE004687)の第一歩の速さには目を見張るものがあった。一切の無駄も、慈悲もなく、そのあどけない容姿から受ける印象とはかけ離れた、獲物を狩る肉食獣のような身のこなしだった。 「『あっち』は任せるよ!」 褐色の少年に目配せする真咲。 「……ああ、分かってるさ」 若干重くなっていた足取りを自覚して、夏栖斗はぴしゃりと頬を打つ。これから人ならざる者となった二人を、屠る。それは前もって決めたことだ。決断したことを躊躇っていては、格好がつかない。ならば、せめて手向け代わりに、過去と決別して前へと進もうとする心の強さを彼に示さなくては。 「将也。現実を認められないなら、最後まで抗ってみせろ! 僕がそれに応えてやるから!」 結唯が冬香を狙って発射した銃弾を、将也が身を呈してかばったところから、戦闘の火蓋は切って落とされる。 エリューション化の影響を受けてか、頑健さを増している将也の腕部には弾痕が残っただけで、活動を停止させるには至らない。 遊撃に回った『ロストワン』常盤・青(BNE004763)は、懸命にアンデッドの前に立ち塞がろうとする男の様を眺めながら思う。 永遠の誓いの期限を、死が二人を別つまで、と言うならば、橘冬香が死亡している以上、もう既に途絶えてしまっていることになる。魂が抜けがらんどうになっているとはいえ、こうして肉体を見る限りでは、今はまだ、存命だった頃の名残を忍ばせているけれど、死の気配を隠す化粧がなければ、偽りの生気というものは一気に剥がれ落ちてしまうのだろう。 終わってしまっている物事を、もう一度終わらせる。それはとても不条理な話で、繋ぎ止めるものを失い、しがみついているだけの二人に対して掛けられる言葉は、青には見当たらなかった。 だから。 「だからこそ――」 一時の猶予もあってはならない。双掌に握り締めたこの鎌で、生死にまつわる苦痛を断とう。 今すぐに。 ●モラトリアムの終わり 疾走の速度を保ったまま、真咲は将也に突貫を仕掛ける。 「これ以上彼女が死ぬ場面は見たくないでしょ? だから、貴方を先に殺してあげるね」 光速の乱突が繰り出され、そのうちの一撃が将也の下腹部を捉える。突き刺した刃の感覚を確かめながら、真咲は、それでもなお膝を折らないノーフェイスの丈夫さに、驚いたように、あるいは呆れたかのように目を丸くする。 「冬香に、は……触れさせない!」 執念と狂気に支えられた将也は、反撃に拳打を見舞う。不恰好に振り回されるようにして放たれたパンチ程度、戦闘慣れした真咲には容易に避けられるものの、リーチに差がある以上、一旦こちらも攻撃を中止しなくてはならない。刀身が将也の体から抜け、距離が離れる。 零れ落ちる血すら煮え滾っているように見えた。 他方で、もう一人前衛を張っている夏栖斗は冬香と対峙していた。しなやかの指の先で、十センチほどに伸びた爪が異様さを放っている。けれど夏栖斗にとっては、凶器めいた爪の容貌よりも、冬香が愉悦そうに嗤っていることのほうが不気味に感じられた。 「もう……君には何も残っていないんだね」 悲しげに呟かれたその声にも、冬香の死骸は何の反応も見せない。その代わりに、右腕が大きく振り上げられる。 「――ッ!」 頭上から勢いよく降下してきた手の平を、夏栖斗は寸でのところで回避。鼻先を掠めた爪の感触と、腕を振るうことで副次的に発生した風圧から、その破壊力が知らされる。息つく暇もなく、冬香は横薙ぎの斬撃を浴びせようとするが、これは結唯が遠距離より威嚇射撃を行い阻害。 「化け物相手に、情にほだされる必要はないぞ」 重々承知とばかりに素早く体勢を整える夏栖斗だが、そこに、将也が冬香への攻撃を妨害すべく、自分の戦闘を投げ出して駆けつけてきた。真咲もそれを追い、夏栖斗を孤立させないよう将也の足止めを図る。ひたすらに皮膚を斬りつけるが、敵は中々怯まない。 すると、それまで戦局を見計らい、どちらにも加勢できるよう臨機応変に活動していた青が間に割って入った。冬香と将也の両者が共に射程内に収まったところで、軽やかにステップを踏みながら大鎌を回転させる。 しかしながら、冬香には届かなかった。前に立つ将也がどうしても邪魔になる。護衛の代償として全身に傷を負っているが、未だに倒れる気配がない。 それゆえ――椎名真昼は観察する。 様々な思索が複雑に絡み合う糸となって、一枚の絵を脳裏に浮かび上がらせる。 「戦力の分断を狙う作戦は、とりあえず成功」 将也には真咲が、冬香には夏栖斗が相対した。とはいえこちらが一対一を望んでいるのに、敵サイドが二対一の状況を維持しようとしてくる以上、噛み合わないのは必然だろう。 だとしたら先頭にいる相手から順番に片付けていくのが得策。 「戦闘力は圧倒的にアンデッドのほうが上。だけど明確な行動理念を持っている分、将也さんのほうが面倒な相手と推定できるでしょう」 ならば。計画を実行に移すべく、真昼は思考の渦から帰還する。 離れた位置からオーラの糸を紡ぎ、将也に向けて射出。足元に気糸を絡みつかせて身動きを封じた。 「あははっ、真昼さん、それ凄くいいよ」 言いながら、陥穽に嵌められた将也の目の前に立つ真咲。 ノーフェイスとなった彼の身の硬さは、存分に味わった。 「ねえ将也さん。あなた、彼女を守りたい、とか聞こえのいいことばかり言ってるけどさ」 それなら、今度は言葉のナイフで斬り刻もう。体じゃなくて、内側の無防備な心を。 「あなたが関わろうとしなければ、彼女は死なずに済んだんだよ。全部あなた自身のせいで起きたことなのに、なんでもかんでも誰かのせいにして。馬鹿じゃないの? そういうの、自己中心的っていうんだよ」 「う、うるさい! 指図するな、説教をするな! お前みたいな子供なんかに、俺達の何が分かるっていうんだ!」 狼狽する将也の瞳をじっと見上げる真咲。 「子供? あなただって子供だよ」 内情を抉り取る鋭い言葉に、将也は一瞬で、凍りついたかのように押し黙った。 「はっきり言ってあげるね。彼女を殺したのは、あなただよ」 真咲がゆっくりと銀の刃を構える。死の影が迫ってなお、将也はただ「あ、ア」と壊れたテープレコーダーのような声を漏らすばかりで。 「――イタダキマス」 首めがけて穿たれた一突きは、意外なほど緩やかな速度だったけれど、無力な少年のイデアを崩壊させるには十分過ぎた。白紙に向けて鉛筆で黒点を打つのと、そう変わりはなかった。 将也が地に倒れる。残るは冬香のみ。 リベリスタ全員が一度陣形を立て直す。夏栖斗は依然冬香に接近した状態をキープし、真昼と青がそのサポートに回る。将也との舌戦を経て疲労した真咲はやや距離を取って様子見。結唯は、相変わらず作業とでも呼びたくなるほど落ち着いた手捌きで狙撃に専念する。 「御厨さん、離れて!」 冬香の腕を受け止めた夏栖斗に向けて喚起する青。呪術を唱える気配が察知できた。そうはさせまいと前線に出て、気で練成した糸を巻きつけ、冬香を痺れさせる。 行動が中止されたことによって生まれた隙を、真昼は見過ごしはしない。同様にオーラの糸を発射して完全に動きを止める。 後は仕留めるのみ。冬香は近接の半径を超える攻撃手段を持たない。その上自由を奪われて転倒している。黒衣のヴァンパイアは小さく息を吐いてから、動かない的に照準を定め、トリガーを引く。 肉片が血飛沫と共に弾け飛ぶ。だがそれは、冬香のものではない。 「チッ。こいつのほうがよっぽどゾンビだな。虫の息で地を這ってまで、その屍をかばうか。本当に……馬鹿な男だ」 銃弾は、血に塗れた将也が受けていた。 四肢から流れ落ちた多量の血液が、這いつくばった痕跡となってコンクリート詰めの床に赤々と刻まれている。その身体は、横たわる冬香に折り重なるように。 「将也!」 夏栖斗は胸に去来する種々様々な感情を抑えつけてから、意を決して、一歩足を踏み出す。きっと、最早二人のどちらにも聞こえはしないだろう。冬香はとっくに理性を喪失しているし、将也も先程の銃撃で完全に事切れてしまったであろう。それでも、最後に伝えておきたかった。 「……冬香ちゃん。君のために将也はこんなにも頑張ったんだ。終わりにしよう。もう恨まなくていい。もう、世界を呪わなくてもいい。偽りの生から解放するから!」 地面を蹴り、跳躍する。 落下のエネルギーを、豪打の威力に変えて。そこに誰よりも熱い想いのエネルギーを乗せて。 夏栖斗の拳が二人の胴部を纏めて貫いた。 混ざり合った鮮血が雫状になって宙に舞う。 それは、可憐な花びらが散る様子にとてもよく似ていた。 ●永劫の鎖 「アーク本部に埋葬を要請したよ。ええと、二人揃って、だけど」 端末の操作を終えて、青は残りのメンバーに連絡内容を報告した。 工場内にはまだ死の残り香が充満していた。多数の賛同もあって、将也と冬香の遺体は寄り添うように並べられている。その傍らで真咲は手を合わせ、ゴチソウサマ、と呟いていた。 結唯は悼むというより、哀れむような視線を送っていた。どこかで道を踏み外してしまえば、巡り巡って我が身に返り、破滅することになる。そして元々属していた世間に対する怨恨が深ければ深いほど、その反動も大きくなるのだろう。今回のケースのように。 「死によって結ばれることなんて、あるんだろうか」 存在するにしても、その間柄を結びつけてくれるのは赤い糸なんかじゃなくて、血に塗れた鉄鎖だ。 真っ赤な血に染まった二つの亡骸を見ながら、青は思う。 これが終わりを受け入れられなかった者の末路なのだろう、と。 冬香の唇に差された口紅が、この痛ましい光景を予見する暗示のように感じられた。 「こういう惨事が起こらないよう、僕達がいるんだろうな」 苦い顔つきで夏栖斗が呟く。 「まあそうなんですが、いつも思うけど、この世界には少し悲劇が多過ぎますよね」 真昼の台詞には、特別感慨がこめられている様子でもなかったけれど、その場に居合わせたリベリスタ達には、妙に印象的に聞こえた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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