● 許してあげる。そして赦してあげる。 わたしが、わたしだけが貴方を。 僕が、僕だけが貴女を。 その苦しみから魂を解放してあげる。 ピアスをなくした耳たぶに小さな、それでいて力強い声がふれたとき、それまでわたしを縛っていたものが何であるにせよ、その瞬間に意味を失い、ほどけながら落ちて足元にのびる輪郭のあいまいな影の中に溶けてしまった。 下りホームに列車の接近を知らせるメロディが響いている。 声に力をもらってわたしは一歩前へ踏み出した。 驚くほど体が軽い。 まるで力ともに翼を授かったかのようだ。 解放感からくる微笑みとともに伸ばした両手が、心の底から憎んでいる男の背中を突き飛ばす。 スローモーションで体をよじらせながら倒れていく男の顔といったら! 骨が肉とともに砕ける音も、頭の上から発せられてかのような甲高い悲鳴も、そしてわたしの意識もなにもかも、電車が起こした風に吹き飛ばされた。 ● 「男をホーム下に突き落した女はその場で駅員に取り押さえられ、駆けつけた警察官に逮捕されたわ。目に見える事実だけを取り上げれば、これはただの殺人事件」 たけどそれがエリューションによるものであれば話が違ってくる。 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)はリモコンのボタンを押してモニターから駅校内を映した映像を消した。 「手元の資料を見て」 明るくなったブリーフィングルームに紙をめくる音が響く。 「さっき見てもらったものも含めて、この1月中にすでに4件も事件が起きている。いずれも同じ駅の同じホームで。女あるいは男が、男あるいは女を列車が入ってきたホームの下へ突き落している。そして今日、5件目が発生するわ」 ≪赦し≫、と『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)に仮に名づけられたエリューションは、存在がひどく曖昧でアークの誇るフォーチュナの能力と万華鏡をもってしても正体が掴めなかった。 「たぶん、≪赦し≫が実体化、というか……活動するのが“囁く時だけ”だからだと思う」 ≪赦し≫は強い負の念を心に抱えた人が、強く恨んでいる人物と一緒にいると現れるようだ。その姿も男であったり女であったり、若かったり年寄りだったり、ささやきかける対象によって変化するらしい。 「今夜≪赦し≫にささやかれるのは丸山徹52才。このおじさん、普段からかなり年下の女上司にネチネチといじめられているみたいね」 バーコード禿げに丸めた背中。典型的なうだつの上がらないサラリーマン像の丸山をマークして≪赦し≫の出現を待って討つもよし、カップルを作って自らおとりとなって誘いだすもよし。 「今夜を逃すとフェーズが進行して≪赦し≫は更に凶悪化する。加えて増殖する。その前に倒して、お願い」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:そうすけ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年02月06日(木)22:57 |
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■メイン参加者 4人■ | |||||
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● まもなく列車がまいります。危ないですから黄色い線の…… 入線のアナウンスが頭上で響く。 ホームを照らす明かりがあまりにも白々しすぎて、駅構内の影はぼんやりと薄く汚れた感じがする。それでいて底知れぬ闇を潜ませているあたりに人の業を感じてしまうのは、長く神秘世界に身を置いているからなのか。 先行した1名を除くリベリスタたちは売店の前にいるターゲットの姿を確認した。 老いも若きもみなホームに吹く風の冷たさに耐えつつ列車を待っていた。あるものは新聞紙の行間に、あるものは足元の白い丸印に目を向けて、ホーム端で奇声を発している酔っ払いたちのケンカから気をそらしながら。 その中にあって、もはやどんなに優秀な読み取り機をもってしても判別不可と断言できるほど頭のバーコードを乱した丸山 徹(まるやま とおる) 52才の視点だけは一転に定まらず、チラチラと前後左右に動いていた。 (ついてない。まったくついていない。最低の一日だ) そう思うのには理由がある。 正面には、手をかけてねじれば難なくへし折れそうなほど細い女上司の首があった。骨の折れる音をきけば、たちまちのうちに胃の痛みが消え失せ、むかつく胸はすっとするだろう。近頃よく、007のように殺しのライセンスを持っていたらと夢想する。 左には客をガン無視で売り物の菓子をただひたすら貪り食う婆ぁがいた。婆ぁの視線は痛いほどまっすぐ自分へ向けられている。 まさか俺に惚れた? いやいや、勘弁してくれ婆さん。 右には喉スプレーをひと吹きするたびに、あっ、あー、うんうんと唸る謎の外人がいた。ここでリサイタルでも始めるつもりなのか。うっとうしい。やめて欲しいが英語は“Thank you”と“I love you”しか言えない。言えば妙な誤解をされるのは確実なので黙って我慢する。 後ろには真冬に胸毛を晒すファンキーな服装の少年が「ケンイチと別れろ」と、やや下膨れ微乳少女に向けてマシンガンのごとく罵声を浴びせかけている……。 ケンイチが何者かは知らんが、ホモ(だが美形)にロリ(だが可愛い)と同時進行とはとんでもないヤツだ。しかし、ちょっぴり羨ましくもある。 いや、婆ぁはいらん。こっちを見るな。 魔界である。 疲れたサラリーマンに優しくない環境である。 ため息を合図にいきなり目の前の首が回った。 「丸山ぁ。あんた、ほんと気が利かないのね。誰のために今日、下げたくもない頭を下げて回ってやったのよ。無駄に歳だけとっちゃって……疲れはてて寒さに震えている上司のために、熱い缶コーヒーぐらい買って渡そうと思わない?」 死ね、どブス。誰が思うか。 心で発した罵声が顔に出ることはなかった。長いサラリーマン人生の中で真っ先に得たスキルで荒ぶる感情を抑え込み、はいはい、ただいまと愛想よく笑顔を返す。 齢臭くさいのよ、あなた」 首が回って女の歪んだ顔が見えなくなると同時に、耳朶にかかる吐息を感じた。 ≪……いいのよ。許してあげる。そして赦してあげる。わたしは貴方の免罪符≫ 丸山の腕がすっと上がった。顔をどす黒くしてゆがませ、恨みとともに前へ踏み出しながら、指を広げた両の手を女の背へ―― ● 強結界を発した月杜・とら(BNE002285)を中心にして人払いの気が波紋のように広がり、リベリスタたちの回りにいた人々が輪の外へ外へと押し出されていく。 「おっと!」 寸でのところで丸山の腕をとったのは『「Sir」の称号を持つ美声紳士』セッツァー・D・ハリーハウゼン(BNE002276)だった。 そのまま驚きに目を見張るサラリーマンを社交ダンスよろしく華麗なステップでクルリと回すと、互いの立ち位置を素早く入れ替える。 「いまなのだ!」 抹茶味のベッキーを振り回しながら、売店の婆ぁこと『きゅうけつおやさい』チコーリア・プンタレッラ(BNE004832)が女の姿をとった≪赦し≫へマジックミサイルを打ち込めば、丸山の首根っこを素早く引っ掴んでさらに≪赦し≫から遠ざけた『クオンタムデーモン』鳩目・ラプラース・あばた(BNE004018)が指先より気糸を発した。 「都市伝説は伝説だから面白い。それがこう簡単に捕捉されては……」 ――つまらない? 栗色の髪を背に緩やかに波打たせた≪癒し≫は攻撃されたショックから立ち直ると、高笑いとともに真っ赤な唇から呪詛唄を吐き出した。 不気味な響きの歌声は≪癒し≫を囲ったリベリスタたちだけではなく、とらが張った強結界から出ようとしていた人々の耳にも入った。ショックで顔をこわばらせ、立ちすくむ。 丸山の女上司もまた、ホームの端で足をすくませていた。 ≪最後のチャンスよ。まだ間に合う。その苦しみから自分を解放しなさい。わたしが赦すから≫ 「丸山さん、惑わされちゃダメだ!」 叫ぶと同時にとらは体より黒いオーラを発して≪癒し≫の頭部を覆った。文字通り、口をふさいで人を破滅に追いやる言葉を封じ込める。 「歌は愛。歌がもつ力を悪用するとは許せん」 セッツァーが≪癒し≫の存在自体そのものを砕かんと、銀のタクトを黒い影に覆われた頭へ振り下ろした。 ≪癒し≫の姿がぐにゃりと歪む。 電車が微かに風を起こしながらホームに入ってきた。先頭車両が近づいてくるにつれ風圧が強まっていく。 警笛が鳴らなれた。 歪んだ≪癒し≫は人型を解き、風に姿を乱されて四散した。 「あ! 消えたのだ!」 つづけて攻撃を、と売店の中で魔法陣を展開していたチコーリアが声を上げた。 「やった?」ととら。 「いいや。手ごたえはあったのだが――」 セッツァーの言葉を切ったのは、丸山の女上司のヒステリックな声だった。 「ちょっと! 何やってるのよ、丸山! なんで女の子に取り押さえられているわけ? まさかその子に痴漢したんじゃないでしょうね?」 またしても≪癒し≫にそそのかされ、女上司への殺意を燃え上がらせて体当たりしようとしていた丸山は、あっさりとあばたに取り押さえられていた。 「ならぬ堪忍、するが堪忍といいます」 丸山の背中をポンとたたいて立ち上がると、あばたはにこりともせず女上司に顔を向けて、「どうしても座りたくて……、慌てて転んじゃった。いいクッションになったよ、このおじさん」と言った。 タイミングよく女上司のすぐ後ろで電車のドアが開いた。中から人がどっと出てきて、ホームを支配していた陰湿な雰囲気を階段方向へ押し流す。 発車ベルと駆け込み乗車を注意するアナウンスが、呪詛唄の余波を受けて立ちすくんでいた人々を正気づかせた。電車を降りてすぐ異変を察し、何事か、とリベリスタたちを遠巻きに見る野次馬たちを押しのけて、あわて電車の中へ飛び込んでいく。 丸山の女上司も「グズ、ノロマ」と舌うちして、閉まりかけたドアに飛び込んだ。 電車が動き出すとともに、曇りガラス越しの冷たい目も遠ざかって行った。 「背筋のばそ? 頑張ってるのは見ていれば分かるものなんだよ。下を向いてちゃ、互いの顔も見えないよ」 体を起こした丸山に背後からとらがやさしく声をかける。 丸山は冷たいコンクリートの上に正座すると、バーコード禿げを手でそろりそろりとすいた。 「わ、わたしはいったい?」 つい先ほど己がやろうとしていたことを思い出し、丸山はたるんだ顎の下を震わせた。目の前に掲げた両手が細かく震えている。 「びゃっ!?」 いきなり頬に熱いものを押しつけられた丸山徹バーコード禿げ52才、体を横に崩しての乙女座り。頬に手をあてて目をぱちぱちさせるその姿は……ちょっときもい。 「お仕事おつかれさまじゃの。嫌なことはいっぱいあるが頑張りなされよ、なのだ。あの娘っ子にはお茶に雑巾汁を入れてやるとよいぞ……なのだ」 チコーリアだった。売店の缶ウォーマーから売り物の缶コーヒーを取り出してきていた。ほれ、これでも飲みなされなのだ、と丸山の頬にぐいぐい押しつける。 「あちち、ば……いや、おばあさん、ありがとうございます。だから……あちちっ、あちーな婆ぁ!」 間に合わせの変装はよく見ればあっさりばれてしまうほどの下手なものだったが、なりきり口調のチコーリアは堂々雰囲気で押し切った。……というか、なぜ幻視を積んでこなかった? 謎である。 セッツァーは落ちていたカバンを拾い上げ、チコーリアのおかげで活力を取り戻した丸山に手渡した。 「きょうはもうタクシーで帰ったほうがいい」 己の心の闇を直視したあとなのだから。 丸山は素直に頷きひとつ返すと、缶コーヒーとカバンを持って改札のある階段へ向かった。 ● 「さて、仕切り直しだな。……と、Miss プンタレッラ。もうその変装は止めてもいいのでは?」 「小さな女の子が売店やっているのはおかしいのだ。続けるのだ」 いや、そのほうがよほどおかしい。人目を引く。 三人で説得してもチコーリアは頑として首を縦に振らなかった。唇をつんと尖らせ、ほうれい線――通称ゴルゴ・ラインを描いた頬をぷっくら膨らませながら売店へ戻っていった。 「変装と言えば、先ほどわたしたちの正体も≪癒し≫バレばれてしまったわけですが……」 元よりエリューションに幻視は効かないことは承知だが、先ほど攻撃したことでリベリスタたちの意図が≪癒し≫にモロばれになった。こちらがいくら芝居をしたところ乗って来ないのではないか。あばたの危惧はその点にあった。 「考えていてもしょうがないよ☆ セッツァーさんの歌でみんなの負の感情を癒してもらって、俺たち以外に狙えるものがいないようにしよう」 「一般人の事は任せておきたまえ。必ずワタシの歌でこの一瞬とはいえ人々から負の感情を無くしてみせる」 「そうですね。時間をあけて余計な知恵をつけられても困る。さっさと倒して帰りましょう」 あばたが売店に目を向けると、ちょうど鉄道警察隊の隊員が数名しつこくケンカを続けていた酔っ払いの排除に向かってきていた。 ブリーフィングルームを出た直後に、あばたがアーク本部を通じて協力を要請していたのだ。 酔っ払いたちが鉄道警察に連れられてホームから去ると、急に人が増えて来た。 「次の列車は21時30分着だよ。あと8分でなるべくホームから人を払って、ケンイチの取り合いを盛り上げないとね☆」 事前に運行ダイヤを調べていたとらが、みんなに向かって親指を立てる。 列車の発着を知らせるホームの電光掲示板は間違った案内を流していた。ちなみに階段の上にある電光掲示板も都合よく故障しているが、あれもこれも覚醒時に『神』を見たという引きこもり電子オタクの仕事だ。 人をなるべくホームに入れないための方便だった。電子掲示板など見ないやつは見ないのだけれど……。 日本の鉄道は遅れない、乱れない。万が一事故になってもすぐ立ち直る。国民の信頼はほとんど神話の域に達していた。そのうえ平日の通勤電車であれば、時刻表を確かめずとも頭が、体が、ダイヤを覚えている。 「了解。立ち合いは強く当たって、あとは流れでお願いします」 歌い出しに合わせるため、今度はセッツァーが強結界を張ることになった。 とらとあばたは声楽家のじゃまにならないように、少し離れた場所に陣取った。今度は自分たちがホームの端に立つ形になる。 ちょうど丸山が立っていたところにとらが、女上司が立っていた丸い白線の上にあばたが立つ。少し離れてふたりの後ろにセッツァー。 三人の左手側にある売店の中ではチコーリアが、マイクとビデオカメラの設置に忙しくしていた。マイク、ビデオカメラともに無駄に性能がよく、なんと8K対応である。どれもアークからの持ち出し品(無断)。 「準備OKなのだ♪ 『よーい、スタート!』なのだ」 第二幕は妖怪菓子チコ婆のキューで始まった。 ● 「さぁステージの幕開けだ」 あらめて強結界をはり、とくに急いで家に帰る気のないものをホームから追い出した後、セッツァーは深々とお辞儀した。 (人々は有史以前より数々の苦難を歌と共に乗り越えてきたのだ。そういう力を備えた万人に通じるもの……それが歌だとワタシは信じている) 今宵の歌にセッツァーが選んだのは冬の定番オペラだった。ジャコモ・プッチーニの作曲の「ラ・ボエーム」からロドルフォのアリア「冷たい手」に癒しの心を託す。 見えざる思い人の手を握り、ゆっくりと落とした目蓋で人々の耳に幻のホルン音を長く響かせてやると、セッツァーはオリジナルのキーのままアカペラで歌い始めた。 "Che gelida manina~♪ se la lasci riscaldar~♪" すべての雑音が深く甘い声の後ろに消えていく。 駅の人工的な明かりさえも神々しく輝かせて魅せる堂々の立ち姿に、ため息の白い花が次々と咲いた。 (ふぁぁ、すごいのだ。胸がキュンキュンする。勉強になるのだ) 菓子を食べる手を止めて、セッツァーへうっとりとした目を向けるチコーリア。まだ10歳であっても、へんてこりんな婆ぁ姿であっても、やはり乙女である。母国イタリア語であれば、恋の歌詞もすんなりと小さな胸に届いたようだ。 おとりの主役となるとらとあばたもまた、人々と一緒に聞き惚れていた。と、いきなりあばたが頭を抱えだした。 (驚いた、ハリーハウゼン卿はアーカイアの出身……。アーカイア……? 歌姫……うう、頭がッ……!) いや、あそこはおなごしか生まれません。セッツァー・D・ハリーハウゼン氏はどこから見ても立派な男子です、はい。 ナゾのナレーションとあばたの不可解な動きにもセッツァーの集中は乱されなかった。クライマックスの、技術的に見て歌い上げるのが極めて困難なハイC部分さえ、抜群の声量と音質の力強さで盛り上げる。 あまりのすばらしさに酔っぱらったじいさんが寄ってくる始末である。 (……と、聞き惚れている場合じゃない) 真っ先に任務を思い出したのはとらだった。 頭を抱えて体を揺らすあばたに近づくと、肘で肩のあたりを小突いた。 「君だよね、僕の健一に言い寄る泥棒ぬこは。しらばっくれても無駄だよ?」 あばたはがらりと雰囲気を切り替えて、とらを睨みつけた。 「何ですか急に! 貴方のことなんて知りませんよ!」 「健一の和菓子が目当てのくせに」 「ケンちゃんを和菓子作るのだけが取り柄みたいに言わないでください!!」 いや、実際その通りなのだが。 「ケンちゃん? はっ、ケンちゃん? ……って、人の彼をなれなれしく呼ばないでくれる? 君か健一の何を知っているというのさ」 「あなたこそ! ケンちゃんの何を知っているというのです?」 たとえば……と2人同時に口を開いたが、後がまったく続かなかった。口をパクパクさせるだけさせて、気まずさだけが募っていく。適当にでっち上げればいいのだろうが、何ひとつ浮かんでこなかった。まあそんなもんだろう。対象があれだし。 しかし、この状況はまずい。びっくりするほど盛り上がってこない。 焦りからか、双方フーフーッと残飯を取り合うノラネコのごとく、ぐるぐると円を描いて回り始めた。 ――ボリッ!! チコーリアはイライラしていた。 (邪魔なのだ!) とら&あばたによるケンちゃん取り合いシーンが、セッツァーに絡むじいさんによって邪魔されていた。隠しカメラを塞ぐようにして立っているうえ、無駄に大きな声で騒ぐものだからとらたちの声も拾えない。帰ったら見せてあげると健一と約束したのに。 (それに、セッツァーおじさんにリクエストあつかましいのだ) チコーリアは苺ベッキーをまとめて袋から抜き出すと、束のまま口に入れた。 ――ボリリッ!! 「なあ、歌ってくれんかのぅ?」 「い、いや。その……」 老人のリクエストはかの名曲“ヨサク”である。 「もしかして知らんのか?」 知っているが、いまは呑気に応えている場合ではない。だいたいジャンルが違う。 センツァーの沈黙を“知らない”のだと解釈したじいさんは、「そんじゃ、わしがお手本に歌ってやる」と、斜め掛けしたカバンの中から拍子木と“ビブラスラップ”を取り出して歌いだした。 なんで酔っ払いのじいさんがそんなレアな楽器を持ち歩いているかは謎だが、たぶん筋金入りのマニアなのだろう。 木を切る音の拍子木と、ジャ~っと鳴らされる “ビブラスラップ”以外の音は、演奏も合いの手もじいさんはすべて自分で歌った。ただし、すごい音痴。 センツァーは泣きだしそうな顔になり、とらとあばたはケンカ芝居をやめてじいさんを見る。 「ジャカ、ジャカ、ジャカ、ジャカ、ジャカジャカジャカジャカ、ジャン!」 ――ぷぁぁぁぁ~ん! 屁の音ではない。 電車の警笛だ。 警笛に合わせて、いつの間にか売店を出てきていたチコーリアがじいさん、いや、センツァーの肩に寄りかかる金髪美女目がけてマジックミサイルを撃ち込んだ。 「ハリーハウゼン様っ!」 一喝すると、あばたは指先より気糸を発して≪癒し≫の動きを封じた。 とらが黒のオーラで頭から≪癒し≫包みこめば、畳みかけるようにして危うく我を失うところだったセンツァーが神防無視の魂をも砕く一撃を放つ。 「ワタシの渾身の一撃……味わってみたまえっ!!」 ● 討伐の帰り道。 「さて、佐田様のことを引き合いに出そうと言いだしたのは月杜様だったと記憶しているのですが……本当のところはどうなんですか? 月杜様」 とらはあばたの問いに答えるかわりに突然、歌いだした。 ~ほー♪ |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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