● 男には才能があった。 男には美貌があった。 なにより男には野心があった。 だが、悲しいかな男には金も縁も、そして運すらなかった。 男の人生はオーディションの衣装代を稼ごうと盗みに入った屋敷で捕まり、暴行の末に顔を焼かれ、吊るし首にされて霧の立つテムズのほとりに晒されて終わった。 それはいまより百年も前の話――。 ● 「招かれてもしないのに押しかけてくるとは。いやはや、なんとも無作法なことではないか?」 劇場の屋根の上からヘイマーケット通りを見下ろしていた仮面の男の視線は北へ上がり、ピカデリー・サーカスを詰まらせているヤードとアークの人垣へ向けられた。 犯罪王・モリアーティの本拠地を突き止めたアークとヤードは、倫敦派を叩くには素早い攻撃が不可欠であると判断してピカデリー・サーカスの強襲に出ていた。 それが今、仮面の男の目の先で起こっている出来事である。 「しかし、これでようやく教授に恩返しができる。ただの芸術家としてではなく、あの方を守る兵としてお役に立てるのだ。ある意味、やつらには感謝せねばなるまい」 なあ、お前たち? 風に翻る黒マントの影よりカシャカシャと爪音をたてて2体の『ブラックドッグ』が、薄く開いた唇から紫煙をたなびかせて『つぎはぎ美女』が明かりの中に立った。 つぎはぎ美女は25年前に、犬とツキノワグマ、それに蝙蝠の掛け合わせであるブラックドッグたちはつい1か月前に教授のラボから仮面の男へ下賜されたものだ。 あのとき、キマイラの下賜に際して教授は、「レパートリーに『美女と野獣』を加えてみてはどうかね」と微笑んだ。 なんと優しく思いやりに満ちた方であろう、ジェームズ・モリアーティ教授は! 目で憎き敵たちの姿を捉えたまま、仮面の男の意識は過去へ飛んだ。 百年前のロンドン。 霧の向こうから石畳をこする車輪の音とともに漆黒の馬車があらわれ、このまま死にたくないと神に懇願する男の足元で止まった。 はたして馬車の窓から顔をのぞかせたのは神ではなく、大学教授然とした風体の老人だった。 「そこで何をしているのかね?」 見て分からないのか、という罵声は、喉を縛る縄もさることながら、いかにも興味深げな老人の声に封じられた。 男は口の動きだけで自分が死にかけていることを説明し、「お助けください。まだ死にたくないのです」と頼んだ。 「ふむ。覚醒したことに気づいていないようだな。このまま放置すればヤードに始末されるだけ……。それで、君は何者なのかね。なにができる?」 誰よりも才能あるオペラ俳優であり、演出家である、と男は縄を軋ませて叫んだ。 その日より、男は稀代の犯罪王・ジェームズ・モリアーティお抱えの芸術家となったのだ。 腕につぎはぎの冷たい手が触れて、仮面の男ははっと身を震わせた。 「ああ、すまない。すこしぼうっとしていたようだね。さあ、行こうクリスティーヌ。死と恐怖に彩られた夜でアークとヤードを魅了しようではないか」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:そうすけ | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年02月11日(火)23:01 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
● ピカデリー・サーカスでの戦いの音が激しさを増す中、寒さに追われるかのようにして太陽が沈んだ。夜になって吐き出す息が目に見えてはっきりと白くなり、ふあふあの綿菓子のように顔の前に広がっては消えていく。 「マーガレットちゃん、お元気ですか?」 緊張でこわばっているスペンサー警部の背中につとめて明るい声をかけたのは、『きゅうけつおやさい』チコーリア・プンタレッラ(BNE004832)だった。 小さな足でふみふみと、凍るアスファルトをせわしなく踏んでいるのは寒さのせいばかりではない。自分たちの戦いはまだか、と焦る気持ちが大きいようだ。 『慈愛と背徳の女教師』ティアリア・フォン・シュッツヒェン(BNE003064)は、落ち着きのないチコーリアの肩に手をそっと置くと、振り返った初老の男に微笑みかけた。 「わたくしも気になっておりました。スペンサー警部、あれ以来お孫さんはお元気ですかしら?」 「ありがとう、ふたりとも。マーガレットは元気にしているよ。幸い、火傷もあとは残らずきれいに治りそうだ」 昨年12月、キマイラを引き連れた蜘蛛たちがロンドン市内を一斉に襲った。まだ市内のあちらこちらにその時の傷跡が生々しく残されている。ティアリアとチコーリアの2人は、テムズ川の戦闘にてこのヤードの老リベリスタと知り合っていた。 「あの一件が深い心の傷にならなければいいのですが」 「大丈夫さ。覚醒はまだだが、あの子もいずれはヤードの立派な刑事になるだろう。ひいお祖母ちゃんから名前と一緒に気性も受け継いでいるようだからね」 チコーリアが気晴らしにマーガレットのひいお祖母ちゃん、つまりはスペンサー警部の母の話をせがもうとしたそのとき、『完全懲悪』翔 小雷(BNE004728)が突然声を上げた。 「警戒しろ、何かが来るぞ」 「チコーリアさん、危ない! 下がって」 空を見上げていた『弓引く者』桐月院・七海(BNE001250)は叫ぶと同時に腕を伸ばし、チコーリアの手を掴んで自分の方へ引き寄せた。 『影の継承者』斜堂・影継(BNE000955)もまた、七海の動きに同調してティアリアの腕を掴み寄せる。 「『きゃぁぁっ』なのだ!」 夜の闇を裂く閃光とともに雷鳴がとどろいた。落ちた稲妻がアスファルトを砕いて火花のごとく散る。 続けてもう一発。空に向けて矢を構えたヤードのリベリスタの真上に雷が落ちた。 「全員後退だ! 急げ!」 ● いち早く事態を把握した影継が号令を発すると、攻撃の死角となる軒下を求めてそれぞれが独自の判断で走り出した。 「奇襲!」 混乱の最中、『ロストワン』常盤・青(BNE004763)が水平に腕をあげて、闇の中から這い出て来た蜘蛛たちを示した。 駆け足でやってくる敵の数をざっと目で拾い、「12人!」と仲間に報告する。 「流石に蜘蛛だな。石の裏にでも隠れてたのかよ」 影継の鋭く響く舌打ちの音は、やってきた敵の怒声に押し返された。敵の第一陣が逃げ遅れたヤードのリベリスタを1人飲み込んだかと思うと、3方向より集中攻撃を始める。影継が助けに入ろうとしたところへ、空の高みから稲妻が落とされた。 幕開けの派手な演出に乗じて、三人一組の攻撃が一波、二波と立て続けにリベリスタたちへ押し寄せてくる。 「ミーノのちょうはいぱーしきりょくはつどうっ!」 『さいきょー(略)さぽーたー』テテロ ミーノ(BNE000011)が高々と腕を突き上げた。戦闘指揮能力を発揮し、てきぱきと指示を出していく。 「ティアリアせんせい、かいふくおねがい! ななみちゃんはおみせのガラスをわってみんなとなかへ! けいぶたちも、はやく!」 戦えるものは仲間を守る盾となれ。続けて指示を出そうとした矢先、炎をまとった拳がテテロの顔に向けて繰り出された。 「死ね!」 燃える拳を上に弾いて相手の腹に光速のカウンターを放ったのは、雷光を纏う黒い影『黒耀瞬神光九尾』リュミエール・ノルティア・ユーティライネン(BNE000659)だった。 リュミエールは相手の体に深々と突き刺さった剣を引き抜きながら、凄みのある笑みを顔に浮かべた。 「ミーノが居る私はテンションとやる気が違うぞ? 総てにおいてミーノがサイゼンジコウデアル。コイツを傷つける奴ハダレモユルサナイ」 刺し傷は一か所にあらず。剣先が離れると同時に敵の全身から血が噴き出した。湯気をたてて流れ出す血はまるでマグマのようでいて、アスファルトに落ちるとすぐに冷えて黒く固まっていく。 まずは一人。反撃開始だ。 剣を振って血を払うリュミエールの左右から、デュランダルとソードミラージュが同時に撃ってきた。 回復を行うティアリアを盾となって庇いつつ、影継がリュミエールの斜め後ろからデュランダルとその後ろにいる覇界闘士ふたりを暗黒に巻きこめば、九尾の右から豹頭のソードミラージュが繰り出した無数の剣撃を青がいくつか体に傷を受けながらも大鎌を踊り振るって切り落す。 さらに横手から回り込んだ小雷が、豹頭の脇腹へ渾身の一撃を叩き入れた。スキルによって高められた拳の衝撃は、敵の体内でおおきく膨れ上がって抜けていった。 血まみれの脇腹を片手で抑えて豹頭が膝をつく。 「来るゾ!」 羽音とともに黒く大きな影が落ちて来た。見上げた青の頬の上に熱いしずくが一滴落ちた。大きく開け放たれた黒い口から鋭い牙と金髪をなびかせた継ぎはぎの顔が見え―― 「危ない!」 小雷が肩からぶつかって青を横へ突き飛ばす。 「がぁっ!」 獣の牙は青を捕え損ねたが、代わりに小雷の腰をかすめて肉をえぐった。 血の味に興奮した黒い犬のようなクマのような、背に蝙蝠の翼をもつ巨大なキマイラは、獲物を逃すまいとさらに太い脚を繰り出して、道路に転がった小雷の腰を押さえつけた。 「翔さん!」 青は立ち上がるなり鎌を大上段にした。小雷を踏みつけている黒犬へ切り込もうと駆けだした矢先、兎耳の覇界闘士が目の前に飛び込んできた。 「邪魔だ、どけ!」 「ダレがドクカヨ! オレとヤロウゼ、リベリスタ!」 スペンサー警部が黒犬の目に飛ばした気糸をあててキマイラの意識を小雷から自分に向かせた隙に、リュミエールが素早く重症を負った仲間の体を巨体の下から取り戻した。 「ミーノもかいふく! どーん!」 テテロが癒しの息吹を振りまけば、黒犬の背に乗ったつぎはぎ美女の口もまた美しくもおぞましい旋律を流して仲間の傷を癒す。 小雷を後ろへ送ったリュミエールが、ひらりと剣を手の内で返して黒犬の前へ出た。 ――と! 羽音とともに魔性を帯びた青白き一撃が天よりリュミエールを貫く。 もう一匹、仮面をつけた黒のロングコートにタキシード姿の男を乗せたキマイラがリベリスタたちの頭上を旋回する。 「ここへおいで 私のいとしいクリスティーヌ。長く下にいてはいけないよ。危険だ。早く上がってきなさい」 名を呼ばれてつぎはぎ美女が顔を上げる。 街頭の明かりに照らされた女の横顔をみて、スペンサー警部は魔法のミサイルを乱発するチコーリアの横ではっと息をのんだ。 (クリスティーヌ? それに仮面の男……ふふ、オペラ座の怪人とはね。教授もなかなかユーモアに長けてますわね) ティアリアは独りごちながら聖神の息吹でテテロにかけられた呪いを解いた。 数に任せて高波のごとく押し寄せてくる敵を、七海が圧倒的物量の誘導魔弾を撃ち放って押し返す。 「みなさん! はやくあちらへ」 七海の弓が指し示したのは、あるビルの一角だった。 半地下になっているらしき店舗はシャッターが下ろされておらず、通りに面した北側と西側がずらりと嵌め殺しのガラス窓で囲まれていた。ゆえに、七海はそこを選んで弓を撃ち込み、仲間の避難場所を作ったのだ。 「急げ! あの中なら空からの攻撃をしのげる。とにかくあの中へ!」 影継と青、それに七海が防波堤となって敵を押しとどめる。後ろを、テテロの肩を担いだリュミエールと太ももを鮮血で濡らした小雷、ティアリア、そしてヤードのスターサジタリ1名が遥か上から落とされる雷の合間を縫って走り去っていく。 「警部! どうしたのだ? 早く逃げるのだ!」 スペンサーは夜空に舞う1匹のキマイラ、いやそれに乗るつぎはぎ美女を魅入っていた。チコーリアが手を引いてもその場を動こうとしない。 「どうしたんです、警部? なぜ逃げないのですか?! チコーリアさんは先にビルへ避難してください。警部は自分が――!?」 いつの間にか、つぎはぎ美女を乗せた黒犬が手の届くところまで降りてきていた。 七海が弓矢を構えるよりも早く、つぎはぎ美女の全身から黒いオーラが濁流のごとく迸り、三人を飲み込んだ。 「大変! もう時間が無い、さぁ終わらせましょう。すぐに死神を呼んでちょうだい」 クスクスクス……。 つぎはぎ美女がラウル役に見立てたのはスペンサー警部か、それとも七海か。 「趣味の悪い替え歌だな!」 影継は敵の剣先を鼻の先でかわすと反撃には出ず、そのまま身をひるがえしてつぎはぎ美女の元へ走った。 「アンタらの筋書き、俺達が書き換えてやるぜ!」 往く手にハンマーを構えて立ち塞がったデュランダルをサイドステップでかわし、牙をむく黒犬の額へ大剣斧の真紅の刃を振り下ろす。 続けて青の黒く長い影がぱっくりと割れた獣の額へ突き刺さった。 キマイラが大気を震わす咆哮とともに太い脚をよろめかせ、その背に乗ったつぎはぎ美女の顔が恐怖にこわばる。 「私の宝物に手を出す奴。無礼な若造め、愚か者め!」 仮面の男が発するオーラの銀糸が雨のごとく降り注ぎ、影継と青の体を絡めとった。間髪入れず、2人の横からデュランダルがハンマーを振りぬく。 好機とばかりに四方から劇団員が押し寄せて来た。 「落ち度があると言え手荒い歓迎だ。ほら御釣りはいらねえ、取っときな!」 長い前髪の下から一筋、血を流しながら七海が仲間を守るために弾幕を張る。 幕切れに飛び出してきたのはリュミエールだ。ミラージュエッジを輝かせると、圧倒的スピードで敵の前衛をなぎ払った。 2体のキマイラが主人らを乗せて再び空の高みへ舞い上がっていく。 「何をシテイル! 今のうちだ、ハヤク退け!」 リュミエールの警告を無視して、スペンサーはよろめきながら遠ざかる影を追った。 「マ、ママ? ああ、そんな……マーガレット!」 暗い雲の底から雪が落ちてきた。 リベリスタたちへ顔を向けたつぎはぎ美女の、定まらぬ視線とともにゆら、ゆら、と雪が落ちてくる。 「違う! 彼女の名はクリスティーヌだ!」 雪を吹き飛ばして青光った雷がスペンサーに落とされた。頭の先に煙が立ったかと思うと、いきなり顔から倒れ込んだ。 一瞬、ほんの一瞬。 影継は雷光に照らしだされたつぎはぎ美女の額に生々しい傷跡を見つけた。閃きに身を震わせる。キマイラを従えるキマイラ―― (まさか? 彼女がテレジアの子供たち……そのものなのか?) 呆然と空を見上げる影継の体をリュミエールが押し動かし、青が血だまりの中からスペンサーを担ぎ上げ、七海はチコーリアを抱き上げて、仲間が手を差し伸べて待つビルへ逃げ込んだ。 ● 「ふぁいおー! みんながんばろっ!」 駆け込んできた仲間たちを奥へ迎え入れると、テテロとティアリアは同時に癒しの業を振るった。 一足先に回復を済ませていた小雷とヤードのスターサジタリが、入れ替わりに壊れた窓へ駆け寄り敵を撃つ。重症を負ったスペンサーらの手当をふたりの癒し手に任せ、青とリュミエールが加勢に入ると、敵の攻勢がぴたりとやんだ。 「ナンダ? ドウシテ攻めてコナイ?」 「なにをたくらんでいるか分からないけど、今のうちにバリケードを築こう」 「承知!」 リベリスタたちが逃げ込んだのは半地下になったステーキハウスの店舗だった。小雷がてきぱきとガラスの破片をテーブルの上から叩き落とし、次々と窓際に集めていく。それを青たちが割れた窓の前に積んで壁にした。 「助けられそうか?」 影継がテーブル演出用に置かれていたロウソクに火をつけながら、スペンサーを介抱するティアリアに問うた。 「ええ、大丈夫。助けてみせるわ」 「警部、しっかりするのだ!」 スペンサーの傍に座ったチコーリアが、すん、と鼻をすすりあげる。 「……テテロ、あとどのぐらい回復やれそうだ?」 返事をするかわりにテテロはそっと顔をうつむけた。 影継はロウソクの炎が揺らめく丸グラスを片手にぐるりと暗いフロアを見まわした。 聞くまでもない。一目瞭然、自分自身を含め、みんな体力気力ともに消耗が激しかった。敵の不意打ちを受けたとはいえ、2名の死亡と半死半生者が多数のこの現状では生き残ることすら厳しい。その上―― ビルが揺れた。 一撃で天井にひびでも入ったか、リベリスタたちの上にパラパラと破片が落ちる。 「しまった! やつら、ビルを崩して俺たちを生き埋めにする気だ!」 「ほかに出口は!? 非常口があるはずだ」 そう、自ら行き止まりに入り込んでしまった。ズン、ズン、とビルが揺れるたびに落ちてくる欠片が大きくなっていく。 小雷とリュミエールがあわててテーブルを崩し始め、青と七海は出口を求めて店舗奥の厨房へ駆け込んだ。 「落ち着け!!」 影継だった。 「オレに考えがある。スペンサー警部の回復が大前提だが……みんな、集まってくれ!」 影継の足元でスペンサーが呻いた。チコーリアに支えられて頭をティアリアの膝上から起こす。 「警部。プロジェクトシグマ、できると言っていましたね?」 「あ、ああ。あと一回ぐらいなら……」 ピンと空気が張りつめたかと思うと、スペンサーを中心に淡い光を放つオーラの波紋が広がった。異なる二つの視界がぶれ重なる。リベリスタたちは身の内によみがえってくる力をはっきりと体感した。 すかさずテテロが聖神の息吹で全員の傷をすっかり癒しにかかる。 「よし!」 ビルの揺れはいよいよ激しさを増し、窓はがれきでほとんど埋まってしまった。 「小雷とリュミエール、青の三人はテーブルで車1台分が走れるスロープを作ってくれ。ほかの者はよけいなのものをどかせて車を出すスペースを作ってほしい。それと警部――」 「分かっている。マーガレットは25年前に殉職した。あれはただの……趣味の悪い人形だ」 「ただの人形じゃない。アレはおそらくテレジアの子供そのもの、キマイラのコントローラーだ」 そんな、とチコーリア。 空間が広げられると影継はAFから車を呼び出した。 「チャンスは一回きり。チコ、外に飛び出したらすぐなるべく多くを巻き込んで雷を落としてくれ。青と小雷は地上にいる敵の排除に全力を。警部、敵がチコの攻撃で怯んだ隙にクリスティーヌに本当の名前を呼びかけて、降りてくるよう説得して欲しい。そっきの様子からしてたぶん……」 スペンサーは影継の視線を真正面から受け止めると、きっと唇を引き結んだ。 「七海はキマイラが降りてきたらありったけの矢を射ってくれ。蝙蝠の羽をぼろぼろにしてやれ。落ちてきたら、リュミエール、頼む。一撃でクリスティーヌの額を。そこにコントローラーが埋め込まれているはずだ」 コントローラーが壊れれば、キマイラを制御できなくなる。高みの見物を決め込んで、安全圏から稲妻を落とし続けることはできないだろう。キマイラが暴れだして仮面の男が振り落されるかもしれない。 「……帰ったら積みゲー消化するんだ。そうだ面倒を起こす蜘蛛の巣の奴等とはここで終わりにしよう」 七海はわざとのんびりとした口調でそう呟くと、ドアを開けて後部座席に乗り込んだ。スペーサーを先に乗せ、チコーリアが後に続く。運転席に影継、助手席にリュミエール。青と小雷は車のすぐ後から飛び出し、ヤードのスターサジタリとテテロ、ティアリアが最後にビルを出ることになった。 「行くぞ!」 車が即席のスロープを駆けあがる。崩れて重なったがれきを吹き飛ばし、驚愕に目を見開く蜘蛛たちを跳ね飛ばして雪降る夜の下へ―― ● 車から飛び出すなり、チコーリアは渾身の一撃を放った。滝のごとく降り落ちる雷にあたり一面が白く飛ぶ。 「翼よ!」 ティアリアが叫び、テテロが癒しの風を通りに吹かせる。 青と小雷が蜘蛛たちの間で「死」を踊れば、 スペンサーの必死の呼びかけにわずかに残っていた古い記憶を刺激されて、つぎはぎ美女が降りてきた。 「クリスティーヌ!」 七海が放った矢の束に蝙蝠の翼が破れ、黒犬が悲鳴を上げる。 「クリスティーヌ!!」 錐揉み状態で落ちてくる一体と一匹を一閃、リュミエールが切り捨てた。 「クリスティーーーヌ!!!」 影継の読みは正しかった。 コントロールする者を失ったキマイラは突如暴れ出し、仮面の男を地上に振り落した。 チコーリアが魔弾で、七海が魔矢で降る雪の合間から乗り手を失った黒犬を射る。 小雷が斬風脚で翼を失った黒犬の胸を切り裂き、青が死神の大鎌を振り下ろしてその首を掻き切った。 ひびの入った白い仮面を手に、切り刻まれた人形の傍らでなくタキシード姿の男。 「『思いの外に醜いだろう。地獄の業火に焼かれながら。それでも天国に憧れる』、この場で天国に憧れたのは誰なのかしらね?」 ティアリアのつぶやきに半身に酷い火傷を負った男が振り返る。 憎悪に燃える目が最後に見たのは、大剣を背負った死神だった。 「滅せよ邪妖! 斜堂流、天覇繚乱断!」 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|