●飽和する程の愛で殺して 六道紫杏は何でも知っているが、何も知らない。 ただ、教授から『リベリスタを倒してきなさい』と言われたのだ。 だから彼女は何も知らない。先生が何をしたいのか。何が起こっているのか。これから何が起こるのか。 だって興味なんてちっとも無かった。彼女は『六道』、己の道に関係しない事なんてハッキリ言ってどうでもいい。彼女が成したい事はあくまでもこうだ。『世界で一番強いものを作るんだ!』 そりゃ、恋人は好きだし教授を尊敬はしている。大切だ。大好きだ。彼等が嬉しいと自分も嬉しい。それでも彼女は、どこまでも、『六道』を往く者なのであった。 (聖四郎さん……) そういえば彼。彼はどうしたのだろう?いつも毎日、電話をくれたのに。最近になって急に連絡が付かなくなってしまった。忙しいのだろうか?ちょっと寂しい。ので、教授が「君の為に作ったお守りだ」とプレゼントしてくれたチョーカーを指先で弄った。 そのまま溜息を飲み込んで、ふと。 「……どうしたの?」 キマイラ達がソワソワしている。その身体を一撫でして、兇姫は理解した。ああ、来るのだ。奴等が来る。忌まわしい方舟が。 「ねぇ、貴方達は」 そこにはキマイラ達しか居ない。紫杏はキマイラの傍に居る時は幸せな気分になれた。芸術家が己の傑作を前に自己陶酔しているそれに等しい。そう、どれもこれの己のもの、大事な作品、自己証明。唇に微笑み。ぬいぐるみを抱きしめる少女の様に、キマイラの天使に抱きついた。 その傍には、『痛そうにしていたのが可哀想だから』という理由(全く悪意の無い好意)で紫杏に改造された従者だった男が、盾と門と人とを融合させた様なキマイラが、何も言わずに佇んでいた。 「スタンリーみたいに、アタクシの傍から離れたりはしないわよね?」 ●アヴァンギャルド べちゃべちゃ、と足音は肉の音。 アークリベリスタは不気味な空間を駆けていた。そこはロンドンの地下鉄。今や異常へと成り果て、地面を壁を天井を錆色の肉に覆われ尽くされ。生臭い。不快な気配。この肉の絨毯が全て一体のキマイラである事は、前回の任務にて知らされた事だ。 前回――『教授』の異名を持つ犯罪王・ジェームズ・モリアーティの攻撃計画をスコットランド・ヤードと共に撃退した先の戦い。それで獲得した情報、そして元々が神秘の警察機構であるスコットランド・ヤードの持ち前の捜査能力によって嗅ぎ付けた情報によって、敵本拠地がロンドン・ピカデリーサーカス地下に存在する可能性が高い事を確認する。 しかし敵本拠地は未だ幾つかの謎に包まれている上に、『アーティファクト(モリアーティ・プラン)』の存在をはじめ不確定不安要素だらけである。だが相手はあのモリアーティ、徒に時間を与える事は自殺行為に等しい。フェーズ4キマイラが完成し、量産が行われれば完全に詰みとなってしまう。 故に、今リベリスタ達はここに居る。リスクを覚悟の上での早期攻撃計画。アークとヤードの共闘戦線。 そしてこの戦いもそんな計画の内の一つ。戦力を集中してきたリベリスタ側の動向を察知し、第一防衛ラインとして動き始めたモリアーティ一派の撃破。 ヤードからの情報によれば、この付近に『六道の兇姫』六道紫杏が居るとの事だ。 後方少し離れた所からヤードのリベリスタが付いて来ている。その目にあるのはけれど、友好的な色ではない。 『おい ……待て 待ってくれよ。あいつ等まだ死んでないだろ! 生きてるだろ! なあ! 助けてくれよ! 仲間なんだよ、大事な同僚なんだよ! まだ助かるだろ!? なぁ、おい! やめろ、やめてくれぇええええええッ!!』 それは、前回での紫杏との戦い。 フェーズ4キマイラに取り込まれそうになっていたヤードのリベリスタを、アークのリベリスタはその手にかけたのだ。 仕方が、なかった。キマイラに取り込まれる事でそれが強化される可能性があった。苦しみながら取り込まれるならいっそトドメを刺した方が彼らが精神的に救われるかもしれなかった。凶悪なバケモノを前に救助に手を裂いていたらこちらにもっと被害が出ているかもしれなかった。理由は幾らでもある。あの場ではあれで正解だったのだ。決してアークリベリスタは間違っていない。そう、仕方が、なかった。 だが、その中の唯一の生き残りがヤード小隊の隊長として正にここにいる。彼は『仕方が無い事だったのだ』『恨むべきはモリアーティとキマイラだ』と理解はしているが納得はしていない。目の前で大切な仲間を殺されたのだ。ヤードとアークの間に会話は無い。トゲトゲしい空気。 そして、紫杏の配下だった男――スタンリーと共に居るのも、それに拍車をかけているようだ。紫杏の配下だった時代、倫敦に居た時、彼がヤードやそれに関わる者と交戦し、幾人かを殺めているかもしれない事は、想像に難くない。 「昔から愛想の無い連中ですね」 スタンリーが密かに毒突く。その精神状態は真偽は兎角『完治した』と彼は言っている。足を引っ張るような事は決してしない、と言葉を続けた。 「故に、私を護るなんて事はしないで下さい。私を護る戦力があるのならばそれを攻撃に回して下さい。相手は六道紫杏――攻めねば、勝てませんよ」 前を向いた。見えてくる。ヤードからの情報通り、六道紫杏のその姿が。不気味なキマイラを侍らせたあの兇姫が。 「御機嫌よう、方舟。とおせんぼよ、イジワルしてさしあげますわ」 いらっしゃい。紫杏が命ずる。刹那、後方から不気味な気配が膨れ上がった。後ろを確認する。遥か向こう側から――キマイラの軍勢。挟撃。非常にシンプルだが、であるからこそ厄介な戦法。 だがそれは失敗に終わる。後方からのキマイラ達は炸裂する神秘閃光弾の巨大な光の弾幕がそれらを食い止めたのだ。 「……後ろは我々が引き受ける」 ヤードだった。後方キマイラ勢力へ歩を向ける。彼等がキマイラを食い止めている内は、後方から襲われる事は無いだろう。そしてヤードの戦線がすぐに崩れる事もないだろう。彼らは少人数ながら精鋭部隊、その実力は極めて高い。アークの仕事に彼等への気遣いはおそらく含まれていない。 然れば、ただ、往くのみ。前へ往くのみ。 兇姫が嗤う。人造天使が羽を広げる。子宮の様な空間で。 方舟に突き付けられたのは紫杏の機械化した指一つ。 キマイラ暴走の可能性?不確定要素?そんなもの、己の才能で捻り潰してやる。 「さぁ、何度でも、何度でも! アタクシのキマイラで貴方達に敗北を刻んで差し上げますわ!!」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:ガンマ | ||||
■難易度:VERY HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年02月12日(水)23:19 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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● 最終回を始めよう。 ●ヘンゼルのいないグレーテル 母親の胎内の様な。 けれど首を絞められている様な閉塞感。 背骨を抜き取られる様な不快感。 嗤う兇姫を、ランディ・益母(BNE001403)は「救い難い」と断定する。何も解らぬ知らぬの女。自分の手下の気持ちも、師匠の内心も、恋人の気持ちも。 理解、いや、そういう概念が無い、か。 「何も知らない、可哀想なお姫様」 ご存知? 『blanche』浅雛・淑子(BNE004204)が問いかける。 「幸福を手に入れるのは、いつも心優しい姫君なのよ。命を弄んで、利己ばかりを押し付けて、あなたはまるでわるい魔女ね」 ご存知かしら。淑子は再び問いかける。 「わるい魔女の、末路を」 「けれどここに、竈はありませんことよ」 赤いここはけれど、魔女を焼く真っ赤な煉獄ではないと紫杏は応えた。 「もしもアタクシが魔女なのだとしたら。ここは竈の無いお菓子の家よ。帰してあげない。帰り道のパン屑だって見えないようにしてあげる。精々骨をしゃぶって惨めに死んでいきなさい!」 「グズグズうるせぇんだよ」 蹴り飛ばす様に低く言ったのは『消せない炎』宮部乃宮 火車(BNE001845)だった。もう我慢の限界だった。苛立ちに頬の筋肉が痙攣して断裂しそうだ。 「わ わ わかるか? わかるだろ?」 今この瞬間もあのキ■■イがHAPPYそうに空気を浪費しているなんて考えただけでも。強張る笑みはけれど、喜びなんて一滴もない。純然敵意。100%。一等高くついてんだよ。だからこそ。 「思い知らせてヤる」 その敵意に、同感だと言わんばかりに『ザミエルの弾丸』坂本 瀬恋(BNE002749)も武装を展開する。 「自分の道ってのが見えててさ、人の言うことなんざ関係ねーってそいつを追求するってのはまー嫌いじゃねぇよ。でもな、だからこそてめぇは他の人間に目もくれねえ」 だからこそアタシはテメェがムカつく。紫杏を射殺す様に睨め付けつ、瀬恋は続けた。 「どうしようもなく、六道紫杏(テメェ)は坂本瀬恋(アタシ)の敵なんだよ」 「そうね。アタクシにとって貴方も貴方も方舟だったらみ~んな敵だわ。だからいーっぱいイジワルしてあげるんだから」 べーっと紫杏が子供の様にあっかんべをする。イジワル。その単語に、「そうね」と『告死の蝶』斬風 糾華(BNE000390)が浅い溜息を吐いた。 「それはお互い様でしょう、六道紫杏。貴女を泣かせるために少し頑張らせて貰うわ」 「今度こそ、終わりにしましょう」 続けたのは『エンジェルナイト』セラフィーナ・ハーシェル(BNE003738)。 「私には全てを守る力なんかありません。救いたくても救えなくて、切り捨てて……それでも届かないのがほとんどです。けれど……今だけは。この戦いだけは負けられません。故郷を守るために。この場で戦う、大切な仲間を守るために!」 敵意を。殺意を。覚悟を。勇気を。絶望に抗う希望を。 狂気は善悪を越えた災厄。災厄にはただ抗うのみ。『ピンクの害獣』ウーニャ・タランテラ(BNE000010)は冬の湖面の如く冷静だった。スタンリーの背中が見える。顔は見えない。 「復讐は止めないけど、混沌の衝動に任せないで。どこまでも自分の意思で、人間らしく殺して」 「……仰せの儘に、ウーニャ様」 相変わらずの感情を滲ませない声だけれど、信頼しよう。仲間なのだ。そう、仲間――軽装甲機動車をアクセス・ファンタズムより出現させつつ、ウーニャは更に己の後方にいる『仲間』に背中を向けたまま声を放った。 「はい駐禁。切符きっといてね、お巡りさん。ついでに戦闘不能の人放り込んどいて」 「……『貸しを作った』つもりか?」 リベリスタに背を向けているスコットランド・ヤードの小隊長が訝しむ。背中合わせの戦線。漫画やアニメなどでは友情と絆のシーンなのだろうが。それがなんだ。今ここは現実だ。ウーニャはしれっと答える。 「『貸す』? 私が勝手に置いただけ。もうあの女の犠牲者を増やしたくないの」 私にはあの盾さんさえ哀れだから。向けた視線の先、紫杏の前に蠢く人間だったモノ。ティモシー・マギー。紫杏の従者だった男。スタンリーも、アークに保護されていなければああなっていたのかもしれない。 深呼吸一つ。一方で『ふたまたしっぽ』レイライン・エレアニック(BNE002137)は我知らず武器を強く握り締めていた己自身に気が付いた。それもその筈だ。六道紫杏、それは彼女の大切な人を弄ぼうとした兇姫。 「許せる訳ないよのう? 人の恋路を邪魔する奴は何とやらじゃ。そのイカれた研究心ごと、ブチ壊してやるのからのう!」 身構えて――ふと。戦闘用ゴシックドレスのポケットに何か入っている事に気付く。取り出した。紙切れ一つ。文字が書いてあった。「生きて帰れ」でも「無理はするな」でも無かった。 ただ、一言。 『GOOD LUCK』 幸運を。信じているから心配はない。俺の女だ、どんな困難も切り拓ける。 だから往け。魅せつけてやれ。 (……あのバカ) 一体いつの間にねじ込んだのか。こんな事をする男、レイラインの予想では世界に一人しか居ない。薄く笑って、きゅっと握ったそれを再びポケットの中に仕舞い込んだ。 顔を上げる。『彼』の口癖を、レイラインは高らかに、そして鮮烈に響かせた。 「さあ……Go Ahead――Make My Day!! なのじゃ!」 やれよ、楽しませてくれ! ●御伽噺。私は現実。 素早く飛び出した影三つ。レイライン、セラフィーナ、そして長い長い尻尾を靡かせる『灯集め』殖 ぐるぐ(BNE004311)。アークが誇る精鋭のソードミラージュ達。 「肉塊が好きなの?」 ぐるぐがそう問うた。その声はしかし、戦場の不協和音に掻き消される。3人のソードミラージュよりも早く動いた存在。三体のフェーズ2謝肉ドール改。疾風怒濤。法則を捻じ曲げ先制する脅威の速度。立ちはだかり、行く手を阻む天使達。肉と錆でできた悍ましい彫像。それが携え魔力の弓を引き絞る。撃ち放つ。放射状に広がるそれがリベリスタ達に突き刺さる。 「くっ……」 セラフィーナの肌を掠める痛み。更に降る矢はその手に持った双鉄扇で弾き逸らした。そう、今彼女が持っているのは姉から受け継いだ霊刀東雲ではない。誇りの刃を置いてでも、彼女の心には『護る』という決意があった。 「皆を守る力を! 絶対に、誰も死なせません!」 魔力を乗せて張り上げたその声はフェーズ1の謝肉ドール達の意識を強烈に引き寄せる。数多の攻撃の矛先が少女に向く。さぁここからは根性勝負。全力で躱しきって魅せようじゃあないか。 リベリスタ達の作戦は単純明快。『最初から全力で謝肉ガブリエルを倒す』。100%の力でも勝てるか分からない相手だ。全力で攻撃せねば倒し切れる筈がない。そしてその恐るべきキマイラは両腕を両翼を広げて――赤い衝撃波。立ち向かわんとする者達を押し潰し跪かせる燃える壁。 抗い、踏み止まった。血管がぷちぷちと切れる様な感触。レイラインは行く手を阻むフェーズ2キマイラに歌聖万華鏡を構え、広げ、地面を蹴る。 「凍って貰おうかのう!」 凍て付く冷気がヒュルリと舞った。その時にはもう、歌う様に踊る様に繰り広げられた冷たい舞が周囲の空気ごと絶対零度に切り刻む。 それとほぼ同刻。ぐるぐがだぼだぼの袖に隠れた手を謝肉ガブリエルのコアへと向けた。細く鋭く、放たれるのは弾丸一つ。一見して魔法を撃ったかのよう。だが実際は姿を見せぬ短銃『妖狢』より放たれた、落ちる硬貨をも貫く物理射撃である。 一見して謝肉ガブリエルの肉は軟らかそうに見える。リベリスタの攻撃が当たれば容易に肉が削げる。だがそのできた傷は、もういっそ笑いたくなるほどの速度で治癒してゆくのだ。巻き戻しの様に。脅威の治癒力。であるならば、それ以上の火力を以てこそ――否、キマイラの回復量を上回る攻撃をせねば勝てないのだ、絶対にどう足掻いても勝てやしないのだ。 ならば己は弾丸となろう。『蒼き祈りの魔弾』リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)はそっと目を閉じ、その細い首に掲げたロザリオに祈りを込める。やがて開いた蒼い目には凛然、向ける銃口の如く勇猛。 「さあ、『お祈り』を始めましょう」 眼前の敵に、それを殲滅する事にリリは意識を研ぎ澄ませる。その最中、彼女は背後のヤードへと目を向けぬまま言った。 「お背中は全力でお守りします」 それから、「先日の事、後で謝りたいです」と。ヤードからの返事は無かった。けれど、ちらりと視線だけで返事をされたような、気がした。 リベリスタにそれ以上の会話は無く。する余裕が無いと言った方がいいだろう。それでいい。今は、戦いだ。「十戒」「Dies irae」、聖別された双銃に装填するのは純然たる『祈り』。最後衛から戦場をじっと、見渡して。 「粉々にします」 引き金を引いた。銃口から吐き出されるのは星の数ほどの誘導魔弾。彼女の目が捉えた対象一切を逃す事のないそれは流星の様な蒼い軌跡を無数に描き、圧倒的なまでに有象無象を縫い止める。神の偉大なる奇跡の前に、民衆が重くこうべを垂れるかの如く。 降り注ぐ裁きの雨の中、祈る者はもう一人いた。 (お父様、お母様。どうかわたし達を護って) 淑子が想うのは己を慈しみ育んでくれた父と母。今は天国にいる彼女の両親。少女は十字架の代わりに大戦斧をぎゅっと握り締めた。いざ。隙を見せるな。前を向け。全ての敵を屠る為に。 「さあ、はじめましょう。お互いのハッピーエンドの為に」 目指すは完璧。そして優雅に。幻想の闘衣として纏うのは英霊達の最高の加護。纏う刹那、父と母が己を撫でてくれる時のあの優しい手付きを感じた気がした。 「小細工抜きだ」 ゴキン。拳を鳴らし、そう言うのは瀬恋。 「アタシには上手くやることなんざ出来やしねぇ。だったらよ、下手くそをがむしゃらにやるしかねぇ!」 主張するのは絶対的自負、己のルール。瀬恋の言葉は彼女を縛る世界法則さえも捻じ曲げ、その存在を知らしめる。無頼が一、坂本瀬恋。推して参る。 そんなリベリスタ達の背中を押すのはウーニャが施す翼の加護だ。ヤードにまでは届かないが、気持ちだけは届けておこう。 リベリスタの隊列はランディを基準に適宜散開する形となっていた。ランディはその目で、そして機械の如き聴覚で戦場を捉えつつ『砲台』としてグレイヴディガー・ドライを振り被る。その刃は片方が欠けているが、破壊力が劣るなどという事はない。赤黒い闘気が刃に渦巻く。振り抜いた。撃ち放たれるのは何処までも暴力的な破壊砲撃。 それと並走する様に飛行する、一片の蝶が在った。揺蕩う銀。セラフィーナがフェーズ1を引き付けているその隙を突き、駆けるのは糾華。究極の不条理を呼び出しながら。 「さあ、往くわよ化け物。天使狩りよ」 視線の先のフェーズ4。その恐ろしさと危険性は嫌なほど弁えている。が、だからと言って背中を向けるのは気に入らなかった。 挑ませてもらおうか。 ランディの放った闘気が炸裂する。半身が吹き飛ばされた謝肉ガブリエルに、休む間は与えぬと言わんばかりに火車が直線加速の助走を付けて躍りかかった。燃え盛る拳。 「ゴミは燃えてりゃ万事解決なんだカス退いてろぉ!」 ストレート。拳が肉を打つ感触と、ジュッとそれらが燃える音。そのまま火車の拳が謝肉ガブリエルの身体を貫通する。 が、次の瞬間。ずるりと一瞬にして再生するその肉が火車の腕ごと絡め取る。抜けない。刹那。ぐしっ、と360度から超圧迫された腕が嫌な音を立てた。ごきごきぐしり。咀嚼されているかの様だ。更に脳に走る痛み。忌々しげに歯列を剥いて、火車はキマイラを蹴り飛ばして無理矢理腕を引っ込抜いた。拉げて血だらけ。舌打ち一つ。 既に謝肉ガブリエルへの五重攻撃を終えたスタンリーが一瞬火車へ視線をやった。が、気遣いやそういったものを見せる事は無い。『前回みたいに下手に庇ってる暇なんざあったらその一瞬で相手の首級取る工夫でも攻撃でもしろ』と言われたからには徹底して刃となる。なによりヘタな気遣いはこの男に対しては逆に無礼であろうと、スタンリーは思っていたからだ。 リベリスタが向ける視線の先。蠢くフェーズ2――既に矢を番えて攻撃態勢に入っている――を従えて、謝肉ガブリエルが呪いに染まった腕と翼で近接域を薙ぎ払う。その直後に奇妙な感覚がリベリスタを襲う。力が歪む。ティモシーだったキマイラに庇われ護られる紫杏が発動した発明品、『The Room』が展開されたのだ。 「そちらが総火力なのでしたら、こちらも火力を叩き込むまでですわ!」 独裁テレジアでキマイラを指揮する紫杏が命じる。ティモシーだったモノがモゾリと蠢いた瞬間、リベリスタの周囲に異界の疫病が蔓延する。蝕む毒。融ける肌。目鼻耳歯茎爪の間から流れる血。 確かに痛みを感じた。けれど淑子が状態異常に蝕まれる事はない。大いなる加護が齎すは聖域。 「わたしの目の前で――そうはさせません」 高らかに掲げる大戦斧。放つのはあらゆる邪悪を打ち壊す清らかな光。それは彼女が倒れぬ限り途絶える事はないだろう。それは同時に、淑子がいる限りはリベリスタが状態異常に冒されぬ事を意味している。 「聞いてね、何処かの誰かのお祈りみたいに」 淑子が放つ聖光を伴奏に奏でられるのはウーニャが歌う癒しの旋律だ。この最悪な音響を貫くファルセット。優しく、強く、仲間達を奮い立たせる。 「哀れで度し難いお姫様、気づかないって幸せね」 最中にウーニャは紫杏へ視線をやった。兇気の忌み子。真実なんて何一つ、彼女に価値は無いのだろう。然らば。 「全部嘘にしてあげる。何にも貴女のモノになんかしてあげない」 独裁者に抗う歌姫の如く。その全てを笑って嗤い飛ばしてやろう。 光と、歌。それらに支えられ、只管フェーズ1と固定砲台を引き付けるセラフィーナは限界まで神経を研ぎ澄ませ、雪崩の様な弾幕を掻い潜り続ける。正に360度からの攻撃。彼女ほどの身のこなしでなければあっという間に戦闘不能に追い込まれてしまうだろう。 近接攻撃しか持たぬ者が行く手を阻まれれば、他の者がそれをフォローするように立ち回る。レイラインの行く手を阻むフェーズ2の前に割り込み、逆にブロックし返したのは瀟洒なゴシックドレスを翻す糾華だ。 「お相手をして貰おうかしら。構わないでしょう?」 指先に携えた彼岸ノ妖翅が羽ばたいた。舞い飛ぶは生死の境界。吹雪の如く、『イノチ』を運ぶ不滅の群。糾華の赤い瞳が捉えた有象無象に光を散らして群がって行く。何匹も、何度でも。 勘を研ぎ澄ませ、同時にリリも狙い定めた。弾数は少ない。だがそれを気にして出し惜しみしている余裕は無い。 「この手に銃を持ったならば。この手に銃があるのならば。私は仲間を脅かす一切を、撃ち払います」 撃った。何度目かの発砲音。荒れ狂う弾幕の世界。リリの祈り。全てを穿つ。 全体攻撃、その制圧力は非常に強力だ。だがその代価に、リリと糾華の身体には反射の傷が刻まれる。それは捉えた敵の数が多いほどに、二人の身体を深く深く容赦なく抉るのだ。 そこに重ねられるフェーズ2フェーズ4の攻撃。ぢりっ、と運命が燃えた気配をリリは感じた。その時にはもう、生温い地面の上に倒れている。だがまだ立てる力があった。 傷つこうとも、護りたい。ただただその一念が、リリを立ち上がらせるのだ。血に染まる殉教者の法衣。かつての持ち主と同じように、教えに殉ずる覚悟はとうに。 「六道紫杏。貴女は、幸せですか?」 「幸せじゃないなんて人生ではなくってよ」 「……そうですか。信じる者は幸いです。私も同様に幸いです。今も昔もずっと」 それでもリリは紫杏に訊かずにはいられなかった。信じる者の下、何の疑問も持たず何も知らず……それはきっと、誰かが見た己の姿に他ならぬ。 「私に似た貴女を制し、御使いの似姿を斃す事に特別な何かを感じます」 まだ戦える――銃を向けた。制圧せよ、圧倒せよ、弱く愚かな私ごと。引き金を引く。 鼓膜を劈く様な。 或いは、ランディの振るう毀すモノの叫び声。狂おしく、熱く冷たく。放った暴力砲撃がガブリエルの肉を抉る。ゆら、と揺れた天使の身体。振り下ろされた腕、が、力の限りランディを掴み取る。ぶん、と振るわれた。肉敷きの地面に叩きつけられた。再度振り上げられた。今度は天井に。壁に。床に。振り上げて叩きつける。振り上げて叩き付ける。何度も何度も何度も何度も。まるで乱暴な子供に扱われるオモチャの様に。 「っハ……!」 混濁する視界。折れた骨。脳が酷く揺れた感覚。胃液がせりあがる。多分もう吐いている。苦さと酸味と鉄の味。天使の名前を持つ癖に随分と暴力的じゃないか。暴力を教育できるのは暴力だけ。暴力を屈服せし得るのは暴力だけ。ならば暴力を。ならば暴力だ。 「ちんたら遊んでんじゃ……ねぇッ!」 力尽く。ランディは己を握るキマイラの腕を、内側から無理矢理こじ開ける。ぎりぎりぎり。足をかけて、腕の上。ガブリエルが手を引っ込めると同時にその腕の上を走り出した。跳び上がる。闘気を込めた片刃の疵斧を振り上げる。咆哮。 弩級の衝撃。 「余所見してケツ振ってんじゃねぇクソ駄肉が!!」 瀬恋の痛みを代価にした断罪の魔弾が。 「総攻撃じゃ、畳みかけるぞえ!」 「合点了解です」 レイライン、ぐるぐが十字に交差し繰出した速度の美技が。 「火葬されてろぉ!」 究極に『真っ直ぐ往ってぶん殴る』の火車が振りぬく炎の拳が。 言葉は無く、されど熾烈に間合いを詰めるスタンリーの刃が。 休み無く。途切れなく。 恐るべきバケモノへ、繰出され続ける。 ●燃える燃える、燃えてまわる 状況はリベリスタの絶対優勢、とまでは言えないが、決して劣勢ではない。そう、この恐るべき敵を相手に劣勢ではないのだ。 超直感やその類で謝肉ガブリエルの行動を把握するのは困難を極める。が、それに左右されずリベリスタは持てる火力の全てをガブリエルに注ぎ続ける。アーティファクト『The Room』に閉じ込められようと攻撃を緩めない。キマイラは確かに恐るべき回復力を持っていた。受けた傷も一瞬で治っている――ように見えた。だがあくまでもそれは外見上の問題だと、勘の良い者は気付く。一見して全快している様に『見えるだけ』だと。世界に永遠が無いように、その回復量にも限界があるのだろうと。 勝機が、見えた気がした。このまま、このまま押していけば。誰もが傷だらけだった。運命を散らした者もいる。それでも手を休めなければ。 だが垣間見えた希望は再び暗い闇に閉ざされる。謝肉ガブリエルの力が、身のこなしが、堅さが、あらゆる技能が、どんどん上昇している。原罪憤怒。遥か彼方のここには居ない謝肉ドール改が倒されてゆく度にそれは慈悲無く強化される。そして時間が流れるほどに、謝肉ドールが際限なく生み出されるのだ。 それでも諦めたらその瞬間に敗北が決してしまうのだろう。それだけは嫌だった。ある者は負けず嫌い。ある者は護る為。どれだけ絶望が長引こうとも、俯く者はいなかった。 「げほ、げほっ……」 フェーズ1の攻撃を一手に引き受け続けるセラフィーナは血だらけだった。確かに彼女の回避力は凄まじい。けれど、こうも大量の敵に際限なく攻撃され続ければ否が応でも被弾の数は増える。そしてダメージを与える事に成功したフェーズ1はフェーズ2へと成長してゆき更にセラフィーナを苛むのだ。 だが、彼女の行動が無駄だったのかと言えば全くの逆である。如何にフェーズ1といえど増え続ける敵はリベリスタにとって厄介そのものであった。死体が残れば固定砲台へと転生もする。しかしそれをセラフィーナが只管アッパーユアハートで引き付け続け、彼女が紫杏の操る魅了攻撃に冒されればレイラインが代役を引き受け、敵勢が用いる『手数による圧殺』と言う名の恐るべき兵器を封じていると言っても過言ではない。 その代価にセラフィーナとレイラインは運命を散らしてしまうほどに傷だらけであった。『厄介である』と判断した故に紫杏が積極的に攻撃を差し向けてくるのもある。謝肉ガブリエルの攻撃が多数のリベリスタを巻き込むのもある。 「負けない……まだ……私、は……私はッ……!」 血を失いすぎて、霞む視界――セラフィーナは己の頬を殴りつけてでも、魅了されまいと倒れまいと抗い続ける。立ち回りを工夫するも次第に数の差に囲まれて、されど絶望には飲まれない。 その刹那――セラフィーナの視界が光に染め上げられた、気がした。楽園へと誘われるかの様に。 「セラフィーナ!! く、よくもやってくれたのうっ……!」 歯噛みするレイラインが矢の如く飛び出す。光に飲まれて血沼に沈んだセラフィーナを、肉の中に取り込まれてしまう前に抱きかかえると持ち前の素早さを活かして一気に後退した。仲間が出していた車に寝かせ――よく頑張ったの、と少女の額を優しく撫でて――颯爽と戦場に舞い戻る。 不気味な肉天使達の幾つもの目がレイラインに向いた。無機質な視線に本能的な嫌悪感が粟立ち、尻尾の毛が逆立つのを感じる。 「おぬしらに好き勝手させるわけにはいかんのじゃ。さぁ、今度はわらわが相手ぞえ――!」 魔の言葉でそれらを引き付けると共に、レイラインは歌聖万華鏡を広げて構えた。 リベリスタが危惧していた『ティモシーが謝肉ガブリエルを庇う』という状況だったが、ティモシーは徹底して紫杏の盾となっており、高確率の二回行動時には不滅革醒を始めとしたダークナイトのスキルを凶悪化したものを使用してくる。更にその影から紫杏が幾本もの気糸を繰出し、執拗な正確さを以て前衛リベリスタ達を貫いてくる。その精度を以て特に狙うのは先程から『アッパーユアハートを使う者』だ。リベリスタ側にとっては有効な、紫杏側にとっては厄介な手段を潰す心算なのである。 それと同時に兇姫がフェーズ2フェーズ4に命令するのは『回復手を潰せ』。即ちウーニャと淑子だ。 「――ッ!!」 びく、とウーニャの身体が震えた。口に手を当て震えながら、苦しそうに身体をくの字に曲げる。下腹部に走る想像を絶する激痛。内側から内臓を食い漁られる感覚。膨れ上がる質量に肉が組織が裂ける感覚。 「っかは、あ゛、あッぐ うァああああああああッ!!!」 吐血交じりの悲痛な絶叫。ぶじゃ、と肉が破裂する音。ウーニャの腹を内側から食い千切って現れ蠢きながら産声を上げる二体の謝肉ドール。受胎告知。既に運命を燃やしていても、只管その回復で仲間を協力に支え続けていたウーニャが、倒れてしまう。 「っ、……!」 激しい攻撃にドレスを血で染めた淑子も苦しい状況だった。可憐な美貌が浮かぶその顔は傷を負いすぎ血を流しすぎて死人の様に白くなっている。 手足の感触が無い――されど彼女は強く強く斧を握り締めていた。何時如何なる時も優雅であれ。どれほど辛く苦しくとも、弱音を一つも吐いたりせず。表情一つ曇らせる事無く。そしてその刃に纏わせる光もまた、一つの曇りなく燦然と輝いていた。 まるで円舞曲を踊るよう。重量のある大斧を羽根の様に軽々と、一閃。黎明の軌跡。その動作の美しさとは裏腹に、謝肉ガブリエルの身体に叩き込まれた一撃はどこまでも無慈悲にして容赦無し。 アークリベリスタの体力回復の手段は無くなった。全体攻撃を行い続けてきたリリも力尽きており、リベリスタは苦しい状況に立たされる。倒れた者は車に乗せて取り込まれる事は防いでおり一先ず安心だが、全員が倒れては意味が無い。 そこへ追い討つ様に紫杏が繰出す修羅戦風がリベリスタを血祭りに上げる。削り取る。 糾華は目の前が眩むのを感じた。よく知った、けれど嫌な感覚だ。運命の欠片が砕けた感触。 「何を教授に仕込まれているのやら……」 踏み止まりつ、紫杏への攻撃の隙を窺いながら刃の様な眼差しを送った。されど恐縮なる盾に護られ続ける紫杏は薄笑みを浮かべるだけで聞く耳を持たない。 否、持っていたら最初からこんな事になどなる訳がないか――淑子に削り取られた肉をぐじゅりと再生した血錆の天使が吐いた鮮血の様な光線を『絶対の幸運』で不条理なまでに捻じ曲げる。糾華には当たらない。そのまま駆ける。一歩の毎に増える残像。5人の少女。取り囲む彼女達が一斉に刃を振り上げた。舞い飛ぶ蝶。何度も何度も峻烈に。片っ端から切り刻む。翻弄する。 冷徹な蝶の嵐に切り刻まれるキマイラに、ランディは狙い定める。流れる血に染まるその身体は赤い。敵を射抜くその目の色もまた赤く、グレイヴディガーより滴るキマイラの返り血も歪んだ赤色をしていた。 攻撃をする。暴力を揮う。ランディの動作に迷いや鈍りはない。 (俺らは人殺しだ、勝手な理由で守る為に殺す最低の人種だ) 今まで何人殺してきた事か。数人殺せば大悪党だが、100人殺せば英雄だと何処かの誰かが言っていた気がする。そうであろうと、どれだけ美化しようと、己が『人殺し』であるという事実は変わらない。 だからこそ、絶対に負けちゃならねぇ。 「……それが殺した命への礼儀だ!」 負けを拒む為ならばその運命を投げ捨て焼き捨て捻じ曲げる覚悟がランディにはあった。渾身のアルティメットキャノン。 意識が眩む程の赤色。 薙ぎ払われた火車の拳から放たれた火焔地獄が周囲のキマイラを焼き払う。反射の傷など関係ないと言わんばかりに仁王立つ、その脚からは陽炎の如く闘気が立ち上る。 仄暗いトンネルを照らす炎色。肉の焼ける音。その真ん中にて、火車は紫杏を睨め付けた。厭味ったらしい笑みを浮かべ、下品な手付きを見せ付けながら。 「また抱かれに来たんか? 嬉しくなっちまうなぁ? 忘れられねぇんだろ? 精々良い声で鳴いてくれよ? オレもまた 一発と言わず何発でもキメてやっからよぉ?」 「下品な変態ですこと……去勢して差し上げますわ、その命ごと!」 嫌悪感に顔を歪めた紫杏が指を鳴らした。敵意に満ちたそれは犯罪王の密室定義。犠牲者を逃さぬ黒い匣。確かに死んでいただろう。火車に運命の寵愛が無ければ。 「足りねぇんだよ!」 密室を内側から破るのはフェイトを焼いた火車の指だった。引き千切って脱出して、そのまま踏み込むはフェーズ4へ。言いつけ通り『護るより攻撃』を取ったスタンリーがメスを突き刺したそのバケモノの顔面を思い切りぶん殴る。 そこへ立て続けにアッパーカットを決めたのは瀬恋。堅く堅く握り締めた拳は意志は砕けない。 「テメェ、この前は舐めた事してくれたな? 人の体からわけわかんねーもん産みやがって。死ぬほど気分が悪かったぜ」 実際、マジでぶっ殺してやりてぇ。毒突く言葉で紫杏を睨む。その肩をフェーズ2謝肉ドールの矢が突き刺し、ガブリエルの腕が顔面を殴りつける。それでもドラマを支配し踏み止まった。天使の腕を掴んで引き寄せながら。叫んだ。本心から。 「ぶっ殺してやる!!!!」 徹底的にだ。零距離などで足りるものか。ぶち砕いてやる。その肉の身体に突き刺す腕。熱を帯びる砲身が、痛みと呪いを炸裂させた。衝撃音。半身を吹き飛ばされた謝肉ガブリエル。 やったか。どうだ。 否、まだだ。 再生力は弱まってきている。けれど、まだ。 直後に淑子までもが力尽き、これで倒れた者は4人。走る緊張。あと一人倒れてしまうのが先か、このまま謝肉ガブリエルを押し切れるか…… 未だ終わらぬ夜の如く翼を広げる天使は方舟の前に立ちはだかる。薙ぎ払われる正体不明の攻撃。鮮血が散る。運命が飛ぶ。 「盾の彼、灯が歪。やれやれ」 跳ね回るように動きつつ――The Roomの領域を測っていたのだが、随分と広そうだ――ぐるぐは思った。無限に続く円周率ようだ、と。 論式を常識を破壊し滅茶苦茶に狂わせるのが、ぐるぐは大好きだった。 そして『大好き』の為ならなんだってするのが、ぐるぐという存在だった。 ●will-o'-the-wisp どくん。 心臓が鳴って、口角を吊った。 それから、残り僅かな運命の灯火を――ひとおもいに、吹き散らす。 ハッピーバースデイ。それは歪んだ黙示録の誕生祝い。 さぁ祝おう。祝っておくれ。両手を広げる。 「……!?」 誰もが異変を察知した。その中には紫杏も居る。目が合った。 「素敵な首飾りですね」 ラムズイヤー。花言葉は従順。従順の首輪。何たる皮肉か。 「でもボクあのおじさん好きじゃないんですよね」 ぐるぐは誰かの思い通りなんて大嫌いだった。 だから、全部滅茶苦茶にしてやる。玩具(キマイラ)も首輪(モリアーティの思惑)も。 「とっておきのインチキをプレゼントしましょう」 絶望なんて塗り返してやる。 そんで誰も死なせなけりゃ完璧かな――なんて。薄笑んで。 「ボクもまだ迎えに行く人もいるしね。まだ終わらない。もっともっと遊びましょ」 刹那。 ぐるぐの身体が真っ黒い闇になって炸裂、周囲に霧散する。闇――否、違う、それは不可解な数列の群れだ。黒い文字だ。識別不可能の――そもそも意味があるかも不明な出鱈目の波だ。 それはぐるぐの思うがまま、常識も法則もひっくり返して『密室』すらもこじ開けて、書き換える。楽しく。狂おしく。 リライト内容はこうだ。 悪い天使は死んで、意地悪な犯罪王が捕らえていたお姫様は開放されました。 めでたしめでたし。 ギャッ、と謝肉ガブリエルが声なき悲鳴を上げた。悶え苦しむ様に捩れて歪んで、蕩ける様に消えてゆく。 「そんなッ……ダウン現象!? どうして、有り得ませんわ!」 狼狽する紫杏。その首を飾るチョーカーもまた、いつの間にか消滅していた。それに気付いた紫杏は尚更困惑する。 ああ、良い表情だ。ぐるぐは笑った。紫杏も、仲間も、ヤードも。誰もがたまげて目を白黒。良い光景だ。好い光景だ! 「あははははは、あははははははははははははははははははっ!!!」 斯くして殖ぐるぐは、全てに『不可解』を与える出鱈目な数式に――永遠に終わらぬ方程式となって、無限の虚数の狭間の中に笑いながら蕩けていった。その身体も魂も、存在も概念さえも。 ●お菓子の消えたお菓子の家 ぐるぐが、奇跡が、塵も残さず消滅したそこに、残されたものは何も無い。 コアを失った謝肉ガブリエルが、トンネル中を多い尽くしていたあの不気味な肉絨毯が一気に蕩けてどろどろになって、蒸発して消えてゆく。 アークリベリスタ背を向け戦闘しながらも、そちらへ時折意識は向けていたヤードの者達は目撃した『奇跡』に目を剥いた。アークリベリスタ達も、文字通り『消えて』しまった仲間の所業に驚愕を隠し得ない。 だが誰よりも驚愕していたのは他でもなく紫杏である。目を見開き、わなわなと震え、突き付けられた現実に顔を蒼褪めさせている。 「嘘……嘘っ、アタクシの最高傑作が……嘘、そんなの嘘よぉおおおおお!!」 残されたのは謝肉ドール達とティモシー、そして紫杏。金切り声を上げる女。フェーズ4。それは紛れもなく最高傑作で。君にならきっと制御できるって教授が褒めてくれてだからこれは凄いんだ一番強いんだだからなんでなんでそんなうそだいやだこんなのみとめない。 自信が砕かれた時。それは、今まで挫折しなかった者ほど、完璧主義な者ほど、プライドが高い者ほど、激しい心的ダメージとなる。ヘタをすれば――自我すら崩壊しかねないほどに。 「う そ ……――」 目から正気を失った紫杏がぺたんと座り込む。うそだうそだと繰り返しながら、首を揺らつかせ笑っている。 アークリベリスタ達は目配せした。敵は僅か。だがこちらの消耗は激しく、半数が戦闘不能状態。どうするか。どうするべきか。 結論を出す前に動く者がいた。 「紫杏ーーーーーーーーーーーッ!!」 何よりも素早く、誰よりも早く、飛び出したのはレイラインだった。武器すらもかなぐり捨てた最速度で、振り上げたのは右拳。意地でも一発、兇姫の頬を殴ってやらねば気が済まなかった。女の怒りだ。殴り飛ばす。無抵抗だった。キマイラにすら指示を送る事はなく。故に何にも護られず。 そこへ更に、巨大メスを構えたスタンリーが飛び込んでくる。殺意に表情を歪めさせ、鋭い牙を剥くほどに。 「殺すッ……てめぇだけは必ず殺す殺してやる! 死ねぇえええッ!!」 「茶番も仕舞いだ キメに来たぞクソったれぇ!」 赤い拳が加勢する。燃える拳を振り上げた火車。前のようなラッキーパンチでも偶然でも何でも良い。今がチャンスだ。紫杏を殴るチャンスなのだ。殴る。殴る。殴ってやる。何があろうと殴ってやる! 「テメェ等の幸せなんか何がどうあっても成立させっかぁ! 例え世界が! この世全てが祝福しても! フィクサードである以上! この拳に有る結晶が! オレが! オレだけは! 絶対ソレを否定してやらぁ!!」 拳に宿る消えない火。『彼女』がかつて『そう』したように。 拳に刺さる鉄の牙。『そう』しなかった『奴』は笑うだろうか。 何だろうが構わなかった。そう、『何だろうが』。 「コイツ等だけは! 何があっても抹殺すんだよ!!」 糞食らえと顔を顰める『運命』に火車は手を伸ばした。それを歪めて曲げる為に。 ――ああ もう 大嫌いだ。 やっぱり運命なんて糞食らえだ。 こんな時に限って、『奇跡』とやらは起こりもしないらしい。 けれどそれは火車の拳を止める理由にはならなかった。 レイラインが、スタンリーが、火車が、力の限り紫杏を攻撃する。血みどろになった女が地面を転がる。 そして――勢いの衰えぬ攻撃が紫杏へと―― ぐしゃり。 永遠に。車に撥ねられた汚い人形の様に。 血溜まり。紫杏が立ち上がる事はもう二度とない。 終わった。 これにて、終わり。 長い長い忌々しい因縁は今、砕かれたのだ。 「紫杏、」 終わった――現実だけれど現実感のない不思議な感覚の中、静かな男の声がした。目を向ける。紫杏の亡骸の傍に立つ男の名前を、誰もが知っていた。 凪聖四郎。 「!」 再び戦闘態勢に入るリベリスタ。けれどそこでAFから連絡が入る。それは他でもない、聖四郎と戦場を共にしたリベリスタからの連絡だった。聖四郎がその場に居るのは、他でもない彼等の意志なのだと知らされる。 確かに聖四郎は『紫杏側』の人間だ。けれども聖四郎がここにいるのは他でもない方舟の仲間の意思であり、今は友軍であり戦意も感じられない彼と戦う理由はない。 戦闘態勢を解く。 互いに言葉は無かった。沈黙。聖四郎は紫杏を抱きかかえ、トンネルの奥の暗闇へと消えていく。 その直後にヤードリベリスタが声を張り上げた。そろそろ戦線を保つのが難しくなってきた、安全に撤退するなら今だけだ、と。 任務は達成した。 そう、達成したのだ。 リベリスタは勝利を手に、その場を後にする。 『了』 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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