●灰色の空 (あぁ……。あの葉が落ちたら……) 病室の窓から見える朽ちかけた大木を見て、朱音はため息をつく。まるで陰鬱な彼女の気持ちを表したかのように空はどんよりと鉛色をしていた。重く圧し掛かるような曇り空。 昔から、身体が強いわけではなかった。それどころか、どちらかと言えば病気がちだと言えよう。それがここ数年で悪化したようにも感じる。最近は入退院を繰り返してばかりだ。友達は心配してお見舞いに来てくれるし、看護師とも仲良くなってきてはいる。だが、ふとした拍子に自らの置かれた境遇が惨めで、悲しく思える。 担当医が言うには、手術をすれば見違えるほどに改善されるらしい。友達と同じように学校に通い、学び。泣き、笑う。そんな当たり前の生活が、朱音には夢のようでもあった。手術に臨めば、その夢が叶うのだ。 しかし、自分の何処かがその事実を訝しんでいる。たかが一度の手術で治るものか。夢が叶うどころか、もう長くはないのだ、と。 長い闘病生活の中で、そんな悲観的な考え方が染み付いてしまったのだ。こんな考えではいけない、と判っている。判ってはいるのだが、なかなか思うようにはいかないのだ。 窓の外に見える、今にも枯れそうな大木に自らを重ね、朱音は再びため息をついた。 (あの葉が落ちたとき、私も死んじゃうのかな) 木枯らしに吹かれ、その身にしがみつく最後の葉を揺らしながら、大木は静かに佇む。 ●想い、ひとひら 「さて。今度の任務だけど。舞台は病院よ」 サクサク話を進めるときの『艶やかに乱れ咲く野薔薇』ローゼス・丸山(nBNE000266)に、僅かに違和感を覚える一同。普段は文句たらたら、不満ぶちぶちと説明をするか、異常なまでのハイテンションで話を押し切るか、といった具合だからだ。 「病院の中庭にある、でっかい古木が革醒しちゃうわけよ。ツイてることに、時刻は夜中だから、多少は人目も避けられるんじゃないかしら。大騒ぎしたら人が来るでしょうけど、まァそこは頑張ってね!」 ナニを頑張れば人目を避けられるというのか。しかも戦闘となれば、大騒ぎにもなろう。実に胡乱げな視線がローゼスに集まった。 しかしその視線を、先を促すモノと勘違いしたのかさらにローゼスは口を開く。 「補足なんだけど。病院に入院してる女のコがね、件の古木に一枚だけ残った葉が落ちたとき、自分が死んじゃうんじゃないか、なーんて思ってるのよ。も~ぉ! なんて可愛らしいのかしら! アタシにも、そんな甘酸っぱい時期があったわァ!」 クネクネしながら、自らの過去に思いを馳せるローゼス。果たしてそんな時期があったのかどうかは定かではないが。 「あ。もしも女のコをフォローするってんなら、アタシは止めないわよぉ~。いいじゃな~い、励ましてあげるのだって、優しくしてあげるのだって~!」 何故だか上機嫌でクルクルクネクネ踊るローゼス。どうやら乙女チックな少女の想いに、テンションが上がっているようだ。が、とりあえず任務としては理解した。E・ビーストと化す古木を倒せば良いのだ。 背景に点描散らしてるフォーチュナを余所に、リベリスタは早々に出発した。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:恵 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年01月31日(金)22:50 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●白に彩られた部屋 「はぁ……」 いつもと変わらぬ病室。目に映るのは、冬の冷たい風に吹かれ、それでもなんとか古木にへばりついている一枚の葉っぱだ。そんな頼りなげな風景を目の当たりにし、朱音の心が曇る。首を小さく振り、誰か来ないかな、と。病室のドアを見た時だった。 同じ年頃であろう少女と目が合う。一瞬だけポカンとする朱音だったが、『アクスミラージュ』中山 真咲(BNE004687)は人懐っこい笑顔を浮かべて病室に押し入ってきた。 「こんにちは、なにしてるの?」 そのまま、元気よく声をかける真咲。突然の来客に面食らう朱音だったが、落ち込んでいた気分を払拭するような少女の笑顔に嬉しくなってしまう。 「ううん、なにも。けど、今日はお友達が来なくて、つまんなかったんだ。私、朱音っていうの!」 「ボクは真咲だよ。ヒマだったから探索してたんだ……ねえ、よかったらお話しない?」 むしろ望むところだ。朱音は大きく頷いた。その時。真咲とは違うベクトルの元気さを持って、一人の人影が病室に飛び込んでくる。 「ご、ごめん、隠れさせて?」 もぞもぞとベッドの下に潜り込む『骸』黄桜 魅零(BNE003845)。廊下では点滴を手にした看護師が見える。どうやらつまり、点滴を嫌がって逃げ隠れしているのだろう。自分よりも年上の女性が、自分よりも子供っぽく嫌がる様子を見て、朱音は声を上げて笑う。 「お姉さん、もう大丈夫だよ」 「ふ~、ありがと。私、黄桜魅零、宜しくね。ちょっとバイクとぶつかりまして……怪我をば」 思い切りの良い理由だ。これまた朱音は楽しそうに笑う。それに釣られて真咲もくすりと笑ってしまった。 「ボクはお見舞いに来たんだよ。朱音ちゃんも、やっぱり学校の友達とかがお見舞いに来てくれると嬉しいよね!」 真咲は元気な笑顔を浮かべ言葉を紡ぐ。時折、朱音の体調を気にかけながら。学校で勉強した話、友達と遊んだ話、家族と旅行に行った話。そのどれもが、煌びやかに輝く宝石のような価値を持っているように、朱音は思えた。ちくりと痛む心。 「あっ、ごめんね、ボクの話つまらなかった?」 「う、ううん。そんなことないよ。ただ、ちょっと羨ましいなって……」 さて、と。真咲は悟られぬよう気を引き締めた。怒られるのを覚悟しての言葉・言動なのだ。自分が成し得ない事を楽しそうに話されたら、自分の領域に踏み込まれたら、怒られても仕方ない。 「でもさ、こんなの病気が治って元気になればいくらでもできるでしょ?」 その真咲の言葉を聞き、一瞬にして朱音の顔が翳る。 「ダメ……。私、あの葉っぱが落ちたら……死んじゃうかもしれないし……」 何を根拠に。と笑う事は容易いだろう。だが、朱音は本当にそう思っているのだ。それを笑うようなことは、真咲も魅零もしなかった。 「あの葉っぱが落ちたら死んじゃうかぁ。そっかぁ、貴方にとって人生ってそんなに簡単に幕を引けるものだったの?」 「そ、そんなこと……!」 魅零もまた、朱音を慰める為だけに来たわけではないということだ。強い言葉に隠された、励ましの意味。甘やかすだけではなく、突き放す優しさ。 言葉に詰まる朱音に、ニッと笑って魅零は続ける。 「世界は素敵だよ。私も飼われていた…じゃなくて小さな世界しか見てない時があったけど、今は色んな世界に行ってみたいと思ってる。退院したら何処か遊びに行こうよ? 携帯とかもってないのー?」 「あ、それ楽しそうだね! ボクも一緒に遊びたい!」 真咲も楽しそうに乗ってくる。俯きながら、朱音もしっかりと頷いた。厳しい言葉も真摯に受け止めようという朱音に、真咲と魅零の顔も綻ぶ。 「どうしたの、そんな寂しそうなお顔をして?」 真咲と魅零の二人と、どんなところへ遊びに行きたいかと一頻り話した後。名残惜しいが二人を見送って、静かになった病室で一人居た時だった。 『運び屋わたこ』綿雪・スピカ(BNE001104)が優しげな声音で話しかける。彼女の持つ優しげな雰囲気に、少々寂しげだった朱音の顔に再び花が咲く。 「お姉さんでよければ、お話を聞きたいな」 「うん……。ありがとう、お姉ちゃん」 入院患者を装うスピカは、寝巻き姿のまま朱音の部屋のベッドに腰を下ろした。 朱音は、静かに話し出す。普通の生活への羨望。健康な身体への渇望。病の不安。死の恐怖。まだ幼い少女の小さな身に、これほどまで多くの想いが渦巻いているのだ。 「……私、思うの。先生は、手術をすれば大丈夫って言うけど……。あの葉っぱが落ちたら、私もって。お母さんは、本の読みすぎって笑うけど、怖くて……」 ちらりと視線を件の葉に向け、朱音は悲しそうに溜息をつく。その時。 「窓の外に、何かあるの?」 スピカのものではない声が、朱音にかかる。驚いて顔を向ければ、病室のドアにはまた新たな客が立っていた。 「ごめんなさいね、窓の外を見て溜息をつくあなたが、つい気になって」 「あ、だいじょぶです。お姉ちゃんは、お見舞い?」 「ええ、そんなところよ」 『囀ることり』喜多川・旭(BNE004015)は、やはりスピカと同じように優しげな空気を纏い、朱音に近づく。年上の、憧れるような優しい物腰の女性に心配され、朱音は少しだけ気恥ずかしそうに微笑んだ。話が聞こえていたのだろう。旭はゆっくりと窓辺に寄りかかり、外の葉に視線を走らせる。 「あの葉が落ちたら、か。あなたはそう思ってるんだね」 視線を戻し、朱音の顔を覗きこみながら言う旭。美しく鮮やかな翠の瞳に、朱音の顔が映りこむ。 「んー、じゃあね。いっこ提案。 葉っぱはいつか落ちるよ。木にとっては髪の毛みたいなものだろし、季節が巡れば生え変わる。木だっていつかは枯れる。あの木はあなたよりずっとずっと長く生きたんだろうから。 だから、『落ちなかったら』じゃなくて、あの葉が落ちてもいきてたら。あの木が枯れてもいきてたら。次の死ぬ理由を探すんじゃなくて、一歩踏み出してみない? あの木だって、精一杯生きて枯れていくの。あなたも、諦めないであの木みたいに精一杯生きてみようよ」 「そうね……お話の通りだったら……。でもね、このお姉さんの言うとおりよ。それに、落ちる葉から新たに生まれるお話もあるの。知ってる? 木はね、葉が落ちる度に強くなって、生まれ変わるの」 旭とスピカの言葉を聞き、驚いたような顔をする朱音。そんな考え方があるとは。自分が知っている話は、葉が落ちたらと悲しむ少女の物語だった。けれど、見ず知らずの二人は、新たなものの見方を自分に示してくれた。 「……ありがとう、お姉ちゃん達」 自分も変われるだろうか。二人の言葉にあるように、落葉の樹木のように。 「ね、よかったらお名前教えてくれる? わたしは旭。喜多川旭だよ。また明日も来るから。やくそくしよ。ゆびきりげんまん♪」 「わたしは綿雪スピカよ。ゆびきりげんまん♪」 「うん、私、宮川朱音! ゆびきりげんまん♪」 先ほどまでの寂しげな雰囲気が嘘のように、朱音は微笑みながら細い指を差し出した。 ふらりふらりと、『てるてる坊主』焦燥院 ”Buddha” フツ(BNE001054)は病院の廊下を歩いていた。普段とは全く別の、私服に帽子という姿だ。さすがに病院に、いかにもな坊主がいるのもアレだろう、との考えからである。手には、見舞い客に見えるだろうと、花束を手にしている。 一度だけ看護師に見咎められたが、やはり見舞い客を装い、携帯電話で通話するフリをして上手く難を逃れた。なかなかの策士だ。 「っと。彼か」 フツも、目的も無くフラついていた訳ではない。アークの協力者だという医者に話を聞こうとしていたのだ。 協力者である医者にあてがわれた診察室で話を聞くと、どうやら朱音の病は、命に関わるようなものでもないらしい。朱音の担当医の診断は、至極真っ当なものだったと言えるだろう。 「朱音ちゃんの病気は、手術の成功率も非常に高いし、リスクも少ないものなんだけど……。どうも彼女は、それを恐れているようなんだ」 フツに事情を説明する医師も、首を傾げる。彼は知らないのだろう。朱音が、大人からすればちっぽけな、笑ってしまうような悩みを抱えている事を。 どうしたものか、とフツは再び下見に戻った。今夜、ここが戦場となるのだ。情報は多いに越した事はない。 「こんにちは、朱音ちゃん。また本を読んでいるの?」 夕方に近い時間。朱音の病室に一人の看護婦が顔を出す。『ヴァルプルギスナハト』海依音・レヒニッツ・神裂(BNE004230)だ。普段の真紅の修道服からナース服へと姿を変え、朱音の様子を見に来たのである。 「うん、今日は、友達が増えたの。その友達が教えてくれたんだけど、葉っぱが落ちても樹は強くなるんだって」 陽が落ち、影が濃くなる時間。昼間は楽しそうだった朱音だったが、徐々に元気がなくなっていくような様子だ。 「葉っぱ、ずっと見てるわね、どうして?」 「……あの葉っぱが落ちても……私、大丈夫かな」 俯き、消え入るような小さな声で朱音は呟いた。そんな朱音を、海依音は優しく抱きしめる。 「大丈夫って言われても怖いわよね。手術怖いわよね。でもね、人の命と葉っぱどちらが重いかは朱音ちゃんもわかるでしょ。 貴方は強い子よ。病気に負けるようなことはないわ。自分で諦めるから「ゆめ」になるの。 ちょっとだけ勇気をだしてお姉さんたちを信じてみない? あの木が無くなったら朱音ちゃんは元気になれるって」 小さく震える肩。そんな朱音を優しく覗き込み、悪戯っぽくウィンクする海依音。 「魔法をかけてあげるわ、実はお姉さん魔法使いなの!」 さすがの朱音も、きょとんとする。そりゃそうだろう。こんな言葉を鵜呑みに出来るほど幼いというわけではない。 「ありがと、看護婦さん。でも、そんな子供だまし……」 「んーん。ほんとのことなの。これは内緒よ、バレたら魔法使えなくなっちゃうの」 ふわり、と。海依音の背に美しい翼が見えた。思わず目を擦り、凝視する朱音。そのまま荘厳な様子で宙に浮く海依音を見上げていたが、自らの背にも同じような翼が生えていることに気付く。 「え、えぇ!?」 「しー。誰にも言ったらダメよ?」 こくこく、と何度も頷く朱音に、海依音はにっこりと微笑みかけた。そのまま、少しだけ浮き上がった状態で手招きをする。緊張した様子で、だが実に嬉しそうに、朱音は羽ばたいた。 しばらくして、翼は清らかな光の欠片となり、消えた。まるで夢のような出来事に、朱音は目をぱちくりしているばかりだ。 「ね、朱音ちゃん。お姉さんたちを信じてみてくれないかしら?」 「う、うん! 信じる! ほんとに魔法使いなんだもん、信じるよ!」 驚きと興奮を隠し切れないまま、朱音は何度も頷いた。 そんな病室の様子を、屋上から眺める一人の女性が居た。『墓守』ノアノア・アンダーテイカー(BNE002519)だ。喫煙所を兼ねている屋上で、ぷかぷかと煙を吐いている。 先ほどから朱音の病室を眺めていたが、来客が去った後はその反動からか、酷く落ち込んでいるようにも見えた。 「ま、こんな辛気臭せえ場所にいりゃ嫌でも気分サゲサゲだよなァ」 とは言っても、仕方ないことだろう。例え道の先に光があろうとも、自ら目を閉じてしまっていてはその光すら見えず、只々暗闇で彷徨うだけだと言えるからだ。年端も行かぬ少女には、少し酷な話かもしれない。 「それに気付けりゃ、世話ねぇんだけどな」 ぷかっと煙で輪を作り、ノアノアは再び朱音の部屋に視線を戻す。 海依音と無邪気に笑う少女。その笑顔は、そのままでいてほしいと少しだけ考える。 ●眠る古木 「さて。案外、投影する物が無くなれば案外気分も前を向くのではないでしょうか」 夜の闇の中、蠢く古木を取り巻く草の塊に向かって『終極粉砕機構』富永・喜平(BNE000939)は手にした散弾銃を振り回す。烈風の如き乱打が芝生の塊を地面に縛り付けた。先ほど古木から受けた打撃に、一度は膝をついた喜平だったが、こんなところで倒れている場合ではない。 既に戦闘は、なかなかに激しい様相を呈していた。コミカルな見た目に反してE・ビーストの攻撃は鋭いものだったからだ。既に芝生の固まりを一つ散らしているが、こちら側の怪我も決して軽いものではない。 フツが人目を避けるためにその場を支配した為、それぞれが遠慮する事無く存分にその力を揮えている。真咲の光の飛沫を散らす三日月斧の刃が光り、虚空を切り裂く旭の脚線美が、二つ目の新緑を吹き散らす。 「ごちそうさま。悪く思わないでね」 「朱音さんと指きりしたので。負けられないのよ」 古木がその枝を大きく振り回し、周囲のリベリスタを激しく打つ。だが、それくらいで膝をつく面々ではない。 「私は正義でも聖者でもなんでもない。ただの値札がついていた女だけれど、助けられる子は助けたい!」 魅零の大振りの太刀が闇を纏い、古木を斬る。その一撃で、ボロボロと古木の皮が剥げ落ちた。 「エイメン、さっさと灰に帰りなさいな!」 追い討ちをかけるかのように、魅零と対照的な鮮烈な閃光が迸る。裁きの光の主は、今度は真紅の修道服に身を包んだ海依音だ。 本能的なものだろうか。緑の塊が古木を癒そうとオーラを発する。が、こちらとて癒し手がいないわけではない。すかさずスピカも同じように、一同に癒しの歌を届ける。運び屋の名に恥じない働きといえるだろう。奏でる音は、木々をも眠らす静かな子守唄。 「あと少し、頑張りましょ」 スピカの激励が飛ぶ。対して、古木の傷も僅かながらに塞がり、少しだけ活気も戻ったかのように見える。だが、焼け石に水と言っても過言ではない状況だ。 「まぁ序に一片で如何こうなんてフラグはバッキバキにさせてもらおう。バッキバキにな」 言葉は軽く、一撃は重く。放たれる圧倒的なエネルギーの塊は、蠢く芝生の塊を吹き飛ばす。コロコロと転がる様は、少しだけ愛嬌が感じられなくも無い。 だが情けはかけられない。悲しい事だが、こうなってしまった以上、古木達の存在を許すわけには行かないのだ。 「緋は火。緋は朱。招来するは深緋の雀……」 フツが手早く印を切る。バキバキと爆ぜながら、陽炎を纏いて飛び立つは紅蓮の四神。 「やァれやれ。生きてるだけで罪ってのは、つらいねェ」 シニカルな笑みのノアノアもまた、フツに負けず劣らずの魔炎を操る。まるで地獄の踊り子のように、業火を呼び、紅を統べる存在。 植物の性なのだろうか、これまで以上に身構え、逃げようとする古木達だったが時既に遅し、というやつだ。 声を持たない植物の断末魔が響く。炸裂した二種類の炎が巻き上げる熱風に、最後の最後までしがみついていた葉が、ふわりと飛んだ。 それをぱっとキャッチするスピカ。この葉は、朱音の想いそのもの。大切に紡いだ彼女の想いが、新しい樹になって実るように、と。 先ほど見事な朱雀を呼び出したフツはと言えば、神妙な面持ちで念仏を唱えていた。霊的な場所である病院を騒がせてしまったこと。そして、古木を送る為に。実にフツらしいと言える。 「例え枯れても、冬が来て白に染まって、春が来て緑に色付く」 闇に溶けた古木を見送り、ノアノアはぽつりと呟く。そうだ、人生も一緒だろう。何も無く絶望することもあれば、何かを得て希望が生まれる。 「願わくば少女に幸多からん事を、なんて柄でもねェや」 苦笑してふらりとその場を後にするが、それでも少女に対する優しさが垣間見えた。 が、その場を去ろうとする一同に、喜平はニッと笑う。 「昼間、野暮用で外してたけど、サボッてたワケじゃないんだ。コレ、手伝ってくんない?」 確かに昼間、彼は病院に姿を現さなかった。そんな彼が手にするのは、園芸用品と……。 ●芽吹き 「おはよ、朱音ちゃん」 翌日。再び海依音は朱音の病室を訪ねた。E・ビーストは倒した。だが、所謂アフターケアというやつだ。寝ぼけ眼の朱音が海依音を見るが、少しばかり焦点が定まっていない。 「おはよぉございます」 対照的に、キビキビと窓へ歩み寄り、シャッと一気にカーテンを開ける海依音。冬の眩しく煌く朝日が差し込み、思わず朱音は目を細めた。 「ほら、魔法でしょ? 貴方を縛っていた樹はもうないのよ。この先は元気になるだけだわ!」 「え、えぇ!?」 そう。昨日まで確かに在った古木が、影も形もないのだ。これには朱音も目を丸くする。いや、正確には古木がなくなっただけで、その跡には小さな若い豆桜が植わっている。 「あら、どうしたの?」 鼻歌交じりに病室を後にする海依音と入れ替わりに、旭も顔を出す。少しだけ、ほんの少しだけ悪戯が成功したような笑みを浮かべる海依音。 「あ、お姉ちゃん! 樹が!」 飛びつく朱音の頭を優しく撫でながら、旭は手にした手紙を朱音に渡す。 「まさか木ごとなくなっちゃうなんてねぇ……。でも、あなたはいきてるよ。前向いて、生きてみよ。不安ならいつでもお話きくよ。がんばってみよ? これは、わたしの不思議なお友達からのお手紙よ。大事にしてね」 未だに事態を飲み込めていない朱音を残し、旭も病室を出る。 手紙には、豆桜の手入れの仕方と、『そう悪い事ばかりじゃない』の一言。そして、一枚の葉。ぶっきらぼうな伊達男と、優しい運び屋からのプレゼントというわけだ。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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