● かつんかつんと、ヒールがタイルを叩く音。少女の貌には不似合いな女の笑みを乗せて、それは寂れた街を歩いて行く。 「ねえ、死んじゃったんでしょう、彼――文曲よ。残念だわ。すっごく可愛かったのに」 少しでも声をかければ一気に後退る姿は中々に好みだった。そんな軽口にも似た愛情を唇に乗せながら、ぴたり、と。止まる足。 後を追う茫洋とした顔達を振り向いて、女はにっこりと、満面の笑みを浮かべて手を差し出す。 「でも、死ぬって大事よね。それが役に立つなら尚の事。ね、今までたーくさん頑張った良い子の貴方達に、ご褒美あげる」 瓶の中で揺れる紅を差し出す。まるで犬の様に其れを見上げて此方に擦り寄る彼らの前で開く蓋。何度使っても尽きぬ中身が、重力に従い零れ落ちる。 それは快楽と言う名の猛毒だ。歓喜し飲み干す身体に溜まって溜まって最後は―― ――ぶつり、と。 何かが破裂した音がした。最初は指。次は腹。足。首。大量の血と共に絶命した人間だったものがぐずぐずに崩れて零れて、ばちん。風船のように破裂した其処にぽかり、と口を開けた穴に、女が微笑む。 「役には立ったわよ、愛してるわ。貴方の人生もこれなら無意味じゃなかったかもね!」 ぞわ、と。穴より零れ始めた何かを見据えて。女は機嫌よさげにその瓶の蓋を閉じた。 ● 「どーも。今日の『運命』よ、どーぞよろしく」 差し出される資料。『導唄』月隠・響希 (nBNE000225) は慌ただしくブリーフィングルームのモニター画面を示した。 「『七天』って知ってるかしら? 交戦経験がある人もいると思うけど……特殊なアーティファクトの収集、アザーバイド召喚等を行い続けていた奴らね。彼らを纏める立場にある幹部は皆星の名前を持ってる。『貪狼』『武曲』『廉貞』『禄存』『文曲』『破軍』『巨門』――北斗七星ね」 その目論見の殆どは既に方舟の活躍によって食い止められているが、彼らは未だ諦めてはいないようだった。呆れたように肩を竦めて、予見者は資料を示す。 「ま、何らかの大きな意志、って言うか黒幕が居るんでしょうね。……今回あんたらに相手して貰うのは、『破軍』。シャッター街に現れた彼女の狙いは、アザーバイドによるバイオハザードよ。……それを、阻止してもらうのが今回の仕事って訳。 現場には『破軍』と呼ばれる女――ジゼル・ブランシャールって名前らしいけど、彼女に加えてフィクサード4人。ホーリーメイガスとソードミラージュ以外は何が居るのか不明。それに加えて、以前も使われてたアーティファクト『phobetor』の効果を受けてる人間が10名。 此処までならまぁ、ただの討伐任務なんだけどね。……現場にはバグホールが発生してる。到着時点で恐らく二つ。これは、『phobetor』の投与限界を迎えた人間が死ぬことによって開けられたもので……まぁ、戦闘が長引けば恐らく増える。勿論これも閉じて貰わなきゃいけないわ」 細かい事は資料参照。其処で一度言葉を切って、予見者は視線を上げる。 「まぁ、今回最も恐ろしいのはこのバグホール。こっから、アザーバイドの侵入が確認されてる。識別名『phobetor』。真菌型アザーバイド。まぁ、異世界の病原菌よ。単体での感染力はほぼ無いに等しいけど、このアザーバイドの面倒な所は密度を増す事で効果も増す事。 感染すれば一般人は間違いなく死ぬし、あたしらみたいな人間も影響を受けるわ。こんなのばら撒かれたら大惨事。……あんたらに危険が無く、尚且つ被害を食い止める為には速やかなバグホール消滅が求められるわ。よって、今回の依頼は時間制限付。 アザーバイド自体は攻撃性を持たない。ただ、密度が増せば『猛毒、死毒』『隙、圧倒』『ショック、雷陣』みたいな影響が出るわ。バグホールさえ無くなれば環境に適応出来ないらしくて勝手に消滅するから、最優先はバグホール処理で」 其処まで告げて、僅かに眉を寄せる予見者は、もう一つ、とその長い爪が飾る指を立てた。 「厄介な事に、アーティファクトの投与限界を迎えてる人間は10人中5人いる。戦闘中に突然死亡し、それによってバグホールが増える可能性が非常に高い。……この状況は、早期にその人間を始末するか、アーティファクトを破壊する事で防げるわ。 実際、こんなアーティファクト残して置くのも面倒だから、こっちも始末して来て頂戴。これ自体は、『破軍』が首から下げてるからなんとかして」 言葉が途切れる。深い溜息の後、予見者は資料を離して肩を竦めた。 「面倒な依頼で悪いわね。でも、さっさと片付けないといけない。……どうか気を付けて、いい結果を待ってるわ」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:麻子 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年01月31日(金)22:49 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 戦線の乱れはそのまま作戦へと直結する。それが、ほんの少しの判断でも誤れぬ程にぎりぎりの策であるのならば尚の事。仲間の声が遠かった。当然だ。『悪漢無頼』城山 銀次(BNE004850)の立つ場所は商店街と路地を繋ぐ場所。正面から接敵し、交戦し始めた仲間との距離が離れるのはある意味で必然の事だった。しかし、彼はそれを厭わない。 「さァて、皆殺しといこうかい。はらわたブチ撒けなァ!!」 重たい鞘持つ刀が唸る。蠢く八又は神代の大蛇の如く獰猛で、それ以上に殺す事に長けている。喰らい尽くす様に周囲を薙ぎ払うその攻撃は正面側の味方すれすれを掠め敵を薙ぎ払う。それを、視界に収めながら。銀次は呆れた様に肩を竦めた。既に己の血に塗れた袖を払う。たった一人になる形になった彼が未だ立っているのはまさしくその身の持つ歴戦と言う名のドラマと、それでもすでに燃え飛んだ運命の寵愛以外の何物でもない。口内に溜まる血反吐を吐き出す。嗚呼。全く以て凄いとしか言いようのない光景だった。誰もかれも正気を保っていやしない。こういう物を生業にする者もいるだろうが――生憎、自分のところでは扱ってはいないが。 「ま、全部ぶち殺していいんだろ? 楽で――っ」 がきん、と鈍い音。己に迫る刃が寸での所で挟んだ鞘ごと腹部へとめり込む。眩暈にも似た感覚はけれど即座に引き寄せる偶然で立て直し。しかし、続いて迫った狂った人間は避け切れない。人としての箍が外れたそれが喉仏に喰らい付く。ひゅ、と空気の抜ける音がした。其の儘、崩れ落ちる身体。時間制限のかかる戦場で頭数が減る事の危険性を、この場のリベリスタはよく理解していた。『桃源郷』シィン・アーパーウィル(BNE004479)の周囲でグリーンとピンクの煌めきが踊る。掲げられた魔導の粋の周辺に漂う異世界の魔力が空へと駆ける。直後、降り注いだ火炎弾は地面に触れた瞬間凄まじい爆音と共に爆ぜ割れる。目前の敵全てを殴り邪魔な敵を薙ぎ払い道を開ける。それはまさしく、圧倒的と呼ぶべき魔術の片鱗だった。 「不愉快が過ぎます。……あんなのが妖精の名を騙るなんて」 悪戯好きの妖精、だなんて可愛いものでは決してない。あれは悪魔だ。人の心に付けこみ、引き摺り落とすような。仕留めよう、とその差異を濃くした互い違いの瞳が前を見据える。道は開いた。手が足りないとしても、此の侭やるしかないのだ。 「散開してください、道を塞いで!」 己は前衛から極力離れぬように。決して道を塞ぐには向かぬ身でもその足を退かない少女の前方で、軋みを上げた鉄の塊。散弾銃と呼ぶには余りに重く無骨なそれをまるで玩具の様に持ち上げた、と思った時には遅い。指先の動きさえ窺わせぬ速度で放たれた銃弾は複数。その正確な弾数を知るのは『終極粉砕機構』富永・喜平(BNE000939)のみ。異様な目の動きを見せる飲用者が撃ち抜かれた傷さえ意にも介さない様を見据えて、喜平は僅かにその瞳を眇めた。 世の為、人の為。この戦いは正しいと思う為の言葉はけれど、喜平にとっては言い訳と同じだった。敵の攻撃を弾く散弾銃の装甲をその手で支えて、細く、その唇が息を吐き出す。 「どう取り繕うが人殺しは人殺し、か。……力の足りない俺を、恨んでくれ」 「そうだね。何時だって力は足りない。それでも、足掻き続けるさ」 全てを護る事が叶わない世界なのだとしても。喪う痛みが己の胸につける痛みを知っていた。それでも、『祈花の導鴉』宇賀神・遥紀(BNE003750)が紡ぐ神聖術は人を救う事を諦めはしない。人は、それを矛盾だと哂うのかもしれなかった。誰かを救うと同時にこうして誰かを殺していく。癒す事と奪う事は常に表裏一体だった。癒したものが何かを奪う事も知っている。奪ったものが誰かに癒され救われたものであると知っている。清らかでけれど血塗れた矛盾を示すような色違いの瞳はけれど同時に映ろう優しい空のいろだ。 「それでいいんだ。俺は、俺が信じるものの為にこの力を使うんだから」 迷わない。其の声に答える癒しの烈風が仲間の傷をたちどころに塞いでいく。被害を押さえる事は成功にも繋がるのだ。魔導書を握る手に、力が籠る。一時も気を抜ける訳がなかった。 ● 戦いにおいて、奪われたくないものを護るのはある意味で当然と言うべき策だった。黒い革靴が舗装された路面を蹴る。ぴ、と散る鮮血。それを糧に蠢きだしたのは、『it』坂本 ミカサ(BNE000314)が纏うそれより暗い闇のいろ。己を阻まんとするフィクサードに傷をつけながらも、彼は思うように動けない状況に眉を寄せていた。 敵の目的はアザーバイドを手に入れることだ。ならば、それを阻むものを優先して狙うのは当然の事。敵の数は少しずつ減ってはいるものの、一番厄介な革醒者を相手取る事になったミカサは冷やかに仲間と刃を交える女を一瞥した。 「愛を語るのか、愛で騙るのか。……その在り方を否定はしないよ、だけれど」 気に入るか入らないかは別の話。そして、今のミカサにとっては後者だ。否定はしない。道具を使って語られる愛も、毒塗れの砂糖菓子を愛してしまうその姿も。しないけれど。気に入らないから叩き壊すのだ。全力で台無しにしよう。坂本ミカサが思う愛とは、それではないのだから。 そんな彼の動きと同時に、壊さねばならないペンダントを狙う銃口ひとつ。敵と味方の隙間を縫って狙いをつけつつ。放つのは、凄まじい轟音を伴う鉛玉の嵐。『足らずの』晦 烏(BNE002858)がまた一人飲用者を地に伏せさせた一撃に切り替えた理由は明白だ。未だ狙うには早い。彼女を護らんとする手がある内は、此方の手の内もまた晒すべきでは無いのだ。 「ごきげんよう、『破軍』のジゼル君。七天も一席欠けちまったが、欠員の充填はしないのかい?」 「ごきげんよう、おじさま! 折角また会えたのにご挨拶ね。そう言う難しい事は管轄外なの、よそで聞いて貰える?」 わざとらしく膨らませる頬。直後、その身を護るように描き出された魔法陣が不可視の盾を形作る。癒し手を護る鉄壁。それを施した少女はけれど、直後飛び込んだ影に僅かに目を見開いた。踏み込みの勢いと共に振り抜かれる斧が唸る。呻き声と呼ぶには余りにも重いそれが生み出すのは実体ある剣戟の嵐。ジゼルの周囲の敵ごと飲み込んだそれが、不可視の防壁を叩き折る。圧倒的暴力。それを齎したランディ・益母(BNE001403)の斧に、音も立てずに乗る小さな足。不安定なそこでも体勢を崩さない影がそのままふわりと剣戟掻き消えたジゼルの後ろへと回り込む。 「久しぶり、だね。楽しそう、で何より」 そのまま足は止まらない。闘争とは己である。ならば、『無軌道の戦姫(ゼログラヴィティ』星川・天乃(BNE000016)にとって刃を振るうこの瞬間がまさしく生きていると言う事に他ならない。遥紀の齎す観測情報を元に、一番巻き込むべき対象を視界に収めて。目にも止まらぬ速度で振り抜かれる足が敵を蹴倒し跳ね上げ叩き伏せる。一つの無駄もないそれは服さえ揺らさず。すとん、とついた足。 「文曲、は墜ちた。次は、貴女……なんて、御託は、いいか」 「そうよ、殺し合いに言葉はいらないでしょ?」 やっとたどり着いたのだ。さっさと始めようじゃないか。楽しい楽しい、闘争を。死へと向かうラストワルツを。常の無表情に僅かに乗る笑みは何処までも剣呑。それに答えるように微笑んだ女の傷が音を立てて癒えていく。異なるものの寵愛は強固だ。故に、未だ余裕を崩さないのか。ランディは冷静に、その思考を巡らせていた。以前にも同じような行動をしていたが、目的は進んだのだろうか。進んだとしたならばこの病原菌が求めるものだったとでも言うのか。 「……これはまだ準備に過ぎんのか?」 呟いた答えに女が口角を上げる。なーいしょ、と囁く声をもかき消す戦場は、決してリベリスタ優位とは言えなかった。広くはない商店街では、味方を巻き込みかねない攻撃は安易に振るえない。そして、漸く追いつき始めたとはいえ数の利は敵にあるのだ。ジゼルを倒そうと、バグホールの始末が間に合わねば無意味。如何するの? と楽しげな女の声が戦場に響く。 ● 戦況は膠着していた。攻撃を集中させることで飲用者による新たな綻びの誕生は2つと言う最小限と呼んでいいレベルまで抑えられていたものの、それを塞ぐ手がリベリスタには足りないのだ。そして、着実に場を満たしていく不可視の病の効果が明確に現れ始めた事も状況を決して改善してはくれなかった。恐らくは敵にも同じ様に効果を齎すそれはけれど、同じ様にリベリスタの足も鈍らせる。 此の侭では足りない。既に動いていたミカサだけでなく、ランディ、喜平、そして、ぎりぎりまでその手段を持つ事を隠していたシィンが動こうとする。しかし、その行動を起こすには余りに時は遅く、敵もまたそれを予期していない筈が居なかった。明確に天乃によって行動を阻まれるジゼル以外のフィクサードが、未だ辛うじて生き残った飲用者達が群がる。 「……目的の為なら自分の身なんて如何だっていいのかい、本当に好きに生きてるな」 「ええ。別に、死ぬ事でこの先が面白くなるならそれも悪くないわ。見られないのが残念だけど!」 声と共に飛ぶ指示。穴へと移動していた喜平の前に飛び込むソードミラージュの刃。速度を力に変えるそれが、既に燃え飛んでいた運命ごと喜平の意識を強引に断ち切る。視界が揺らいだ。競り上がる血反吐を吐き捨てて、けれど。その瞳は意識を失う瞬間まで女から離れない。侮蔑。明白な嫌悪。それを含んだ視線も途切れて。崩れ落ちたその身体を後方へと引き摺った烏が即座にその銃を構える。此方の前衛が減ったのは痛い誤算だが、これはある意味で好機だった。勢いに乗ったが故に生まれる油断はその身を護る盾までも攻撃へと傾けさせる。 「随分なアザーバイドを引っ張りこんだが、さて――痛み分け、って所かね」 己が身を強引に脆弱にさせる病の気配。既に入り乱れた戦線により一度深い傷を負った烏は、けれど機を見逃さない。寸分のずれさえ許さぬ神速の射撃は、戦場を駆ける瞬間さえ視界には捉え切れない。発砲音の直後。きん、と響いた澄んだ音に女の瞳が見開かれる。瓶に微かに入った罅。 「そうだそうだ、挨拶を忘れていたな。今日のはお気に召しそうかね、ジゼル君」 「……相変わらずテクニシャンね、おじさま! お陰様で最悪の気分よ、お返しどーぞ?」 ぴ、と伸びる指先。紡がれるは妖精の声。その誘いは甘く愛らしくけれど向かう先は地獄の果てだ。範囲内には複数。けれどその数分の一を引き当てて、その呪いが舞い降りるのは烏の下だった。動きを縫い止められるよりも早く。一気に身体を駆け巡る毒のような魔力に膝をつく。読み取らんとしたそれはけれど、理解するには余りに在り様が違っていた。そしてそれは、同じ様に目を凝らしたシィンも同じ。本物の妖精の舞を。伸ばした手はけれど其処に届かない。 「あら、面白い言葉遊びね。『本物』は私なのに」 「いいえ。貴女は妖精なんかじゃない。他人を破滅させる誘いは、巡り巡って自らをも破滅させると知りなさい」 こんなのは認めない。それを示すように戦場に放たれた火炎弾が爆ぜる。跳ね飛ぶ敵。増えたバグホール。それを己の深淵から湧き出す知識と照合して。遥紀は細く、細く息をついた。集中しなければならない。恐らく誰よりも戦場を見通し仲間に視線を配る事ができる位置に立つ彼は、癒しを紡ぎながら出来得る限りの思考を状況判断に裂いていた。 「……予備軍はもういない、フィクサードに回ろう、坂本や益母が動けるように!」 時間はもうほとんど残されていなかった。早く。最適な方法を必死に探しながら、遥紀の刻んだ刻印によって飲用者が焼け崩れていく。 ● 鮮血が散る。淡く染まる髪が己の血で紅を増していくのが視界の端で微かに見えた。と、同時に競り上がる鈍い咳。吐き出せば、溢れ出す鮮血が唇から伝い落ちる。それを、拭う間も無く。シィンの膝が崩れる。倒れ伏す石畳は冷たかった。周囲を舞う翅持つ友人も力無く己の傍に落ちるのを見て。けれど、それを掬い上げる間も無くその意識は途切れ溶ける。 最早、手が足りない事は明白だった。飲用者はもういない。けれど、フィクサードは集中的に狙ったホーリーメイガス以外健在なのだ。 「うふふ、このダンスは私の勝ちかしら?」 そう笑う女も決して無事ではない。恐らくはリベリスタから逃れる事は不可能だ。それを知っているのだろう彼女はそれでも平然と笑って、ランディの道を阻むようにその手を広げる。その様を見据えて僅かに眉を跳ね上げたランディはけれど、怒りを吐き捨てるように大斧を振るう。彼女達の行動は全て死が引金となっている。 「……自他の死を厭わない奴の目的は大抵破滅的だ。お前も世界が嫌いなクチか?」 「さあ――嗚呼でも、こんな形でこの身を愛してくれた世界って奴が私は愛おしくて仕方ないわよ」 そこに滲む嘲りは誰に向けてか。その答えを知ろうとも、戦う事に変わりはないのだが。斧が脇腹を裂く。その足を止める。吐き出した血に染まる女の顔を見据えて、天乃はその身を削り生み出した致死性の時限爆弾を投げつける。 「違う、ね。……このダンス、は、……私の勝ち、だ」 戦う事が生きることであり。戦うからこそ己があるのならば。死する事が即ち負ける時だ。その言葉に女がくすりと笑う。続きはあの世で。それでは御機嫌よう。鈍い音を立てて爆ぜた爆弾がその肋骨を粉砕する。其の儘、砕けたペンダントごと頽れる女を一瞥したランディは即座にその足を通路奥へと向けていた。恐らくはもう間に合わないのだとしても。今此処で綻びを消せるのは自分とミカサのみなのだから。 「所詮俺も好きにしてるだけ。連中と変わんねぇさ」 何を正しいと思い何を否定するのかが違うだけだ。故に、ランディは女を否定も憐れみもしない。相容れなかった。それだけで。其処に思いを馳せるよりもやるべき事があるのだから。そんな彼と同じく、ミカサは必死にその手を伸ばそうとしていた。徹底的にバグホールの処理に手を尽くし続けた彼の傷は浅くはない。失い過ぎた血に眩暈がする。足が重い。手が冷たい。けれどそれでも、やらねばならなかった。この世界を護るべきものだと思うようになったから。だからあと一歩でいい。動け、と。力を込めた彼の背を押す様に。戦場に吹いたのは癒しの烈風。 「……任せるよ、坂本」 遥紀の齎したそれは何度仲間を支えたのだろうか。それに押されるように伸びた手がしっかりと穴を塞ぐ。それでも、1つだけ残った綻びを塞ぎ切る事は叶わなかった。つ、とノイズが耳を打つ。 『――時間よ。其処にあるものはもう危険域に達してる。これ以上は貴方達でもどうなるか分からないわ……撤退して頂戴』 タイムリミットを告げる声は重い。短く答えて仲間を背負い上げたミカサは、その只中で伏す女に視線を投げた。一度口にしたら地獄行き。それを乞うた飲用者に同情はしない。あんな女の愛の形も、求める人がいるのだから否定はしない。嗚呼、けれど。その結果に齎されるのがこんなものなのは、如何しても納得できなかった。 「……不治の病、とはよく言ったものだね」 恋と言う名前の毒に侵された彼らは誰も、もう生きてはいないのだ。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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