●旬の時期です -The Crab- 『文筆家』K・N・枕流は、三高平のリベリスタである。 力量は十と余を数える陰陽師である。 今日は一人新年会として、敢えて北の大地に蟹漁体験へと来ていた。他でもない、冬のこの時期は旨くなるからである。採れたてを頬張る事の他に理由はない。 体感温度は-30度はあろうか。それでも妙味を味わいたい一心が胸裏に確固として存在した。 向こうを見る。手すりの先に函館の光が見える。 海煙が立ちこめて、明かりは何ともか細くも、とても幻想的で遠くに在る。何とも美しい。この景色を胸に焼き付け、これをつまみに飲む労働の後の一杯が、ただただ楽しみであった。 「やぁ寒い」 「寒いですね」 老漁師と枕流は、手をこすりながら船内へと下った。暖かいストーブが焚かれた部屋で一息をつくと、たちまち老漁師は缶ビールに手を伸ばした。寒風から逃げて来たのにも、プシュっと呷り、喉へと下す。 「ぷあああ、あったけぇ部屋で、ビールったなぁ良い時代になった」 「わはは、贅沢というものです。親方」 「親方じゃねぇや、職人だよ、枕流先生」 「わははは」 蟹網の仕掛け終わり、後は悠々と時が立つのをゆらゆらと待つのみである。 かく、本格的な蟹漁ともなれば、上げては仕掛け、仕掛けては上げて、運んで――を繰り返す過酷な漁である。 作業員は機械の様に働くのだろう。死人の様に働くのだろう。寒風に体力を削られ、不安定な船上ともなれば事故も絶えない。 「俺の親父の頃はね。ボロ船の上ですぅぐ缶詰にゃした。ソ連がおっかねぇおっかねぇ」 枕流は、老漁師の言葉に首を傾げた。 そのような題材の小説があったような気がするが、一寸思い浮かばない。 老人の肌を見る。潮に灼けて赤黒く、この道を何十年も作業員として船の上で歩んできた事が容易く想像できる。きっと先代も蟹漁をしてきたのだろう。 「漁船ではなく工船というものですか」 「そうさ。缶詰さ」 苛酷さというべきか、冬の海の辛さは今も昔も変わらない。 磯の臭いが充満する暖かい部屋の中、酒だけを喉に下して、時間が過ぎていく。ほろ酔いの加減が何度か覚めた時分に、突如異変が生じた。 『ッカニカニギョッギョッギョー!』 奇妙な笑い声であった。 「何だい?」 「私は産まれてこの方『ギョッギョッギョー!』などという笑い方を知りません」 「俺もぁしらんよ」 船が揺れる。 何事かと枕流と老漁師が急いでデッキへと上がる。 前へ後ろへ視線を動かすと、たちまち海からざばりと人影が飛び出した。デッキに着地する。 「ワレワレを解放するノダ」 それは奇妙なおっさんであった。背中からカニ足を生やした、水死体の如き白い肌の。 「下がっていてください」 枕流が老漁師を下がらせて符を取り出す。こんな事もあろうかと幻想纏を持ってきていたのだ。 「私が相手になりましょう」 「……愚かな。いでよ! タワバガニ!」 蟹おっさんの声に応じて、たちまち海から飛び跳ねて出てくるは立派な蟹達である。枕流に纏わりつく。纏わりついたかと思えば。 「ぬわーーー!」 蟹がそこで炸裂した。 ●痛風? 知るか! -The Kani- 「E・アンデッド、識別名『ヨロイズワイガニ』を撃破する」 アークのブリーフィングルーム。『参考人』粋狂堂 デス子(nBNE000240)は、端末を操作しながら言った。 「場所は海上。リベリスタの一人が蟹漁体験をしていたのだが、エリューション事件に遭遇するという経緯だ」 映像が出る。 K.N.枕流なる人物が巻き込まれるらしい。 最近は、欧米から下ってくる寒波の影響からか、例年に比べて地球は冷えている。そんな中で蟹漁体験とは、何とも酔狂な話である。 「敵は、自爆する蟹を次々と召喚する。これの威力が高めだ。また一時的に痛風になる光線を発射してくる」 痛風――風が強くなったり穏やかになったりするが如き、痛みの緩急。これを操るのだという。恐ろしい敵である。 「既に高速船を手配してる。接舷して船に乗り込む形になるな。急げば自爆する蟹が爆発する寸前に間に合うだろう」 船の上での戦いとなれば、足場が心許ない。 「体感マイナス30度の極限状態での戦いとなる。ホッカイロ、防寒具、ゴーグル、ドライスーツ。防寒具は用意してある」 加え、厳しい寒さ。寒さこそ真の敵となりうるか。 「……」 ただ――非常に些細な点であるが、このデス子。普段の眠そうな目が、どことなく活き活きとしている様に見られる。 防寒具に混じって七輪も置いてある。よく見ればビールに日本酒、オレンジジュースに烏龍茶、食器まである。 「仲間の危機だ。急がねばならない。助けにいくぞ!」 かく、本音と建前という言葉が、脳裏を掠める。 掠めた所で、ふとブリーフィングルーム備え付けの内線がベルを鳴らす。デス子が出る。 「え、留守番? 提出書類が間違ってる? ――は……はい」 きっと相手は沙織か和泉だろう。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:Celloskii | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年01月30日(木)22:41 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●枕流 -CHin RyU- 海原は、悠長にのたくらせた様な青色を広げて。 広がった海を切る高速船が、白い泡を通り道にぷくぷくと作り、波が白泡を消そうと逆巻いている。 ざざんざざんと声を出す。ぶるぶるごりごりと船のエンジン音が、また白い泡を作って、作っては波が消していく。…… 高速船の先に三人が立つ。 「蟹たべほうだいと聞いて」 『薄明』東雲 未明(BNE000340)が目を輝かせる。完全重武装で水平線を前に仁王立つ。はよ! はよ! と胸中に反芻しまくるも、鼻がむずむずしてくる。 「へくち。──うううう、それでも寒いとかマジ試される大地!」 双眼鏡で遠くに豆のような船が見える。直に戦闘とあいなることだろう。ならば準備が必要だ。ティッシュを取り出してチーして、不安定な足場をふらふらと、船内へ戻る。 「英語でいうとレッド・キング・クラブ」 『リンク・ア・ベル』ベルカ・ヤーコヴレヴナ・パブロヴァ(BNE003829)もキメ顔で、故郷たる北の大地の方角を遠く見て、腕を組む。 「そして、ノルウェー近海では、スターリン・クラブとも呼ばれる……か」 ロシア出身であるベルカにとって、何とも因縁深い相手ともいえる。美味そうだ。──だが寒い。鼻から垂れてくるものが、横よりぶつかってくる風に流されて気持ち悪い。ティッシュを出して拭く。 次に、ベルカからティッシュを受け取って、『ファントムアップリカート』須賀 義衛郎(BNE000465)がチーする。ベルカと同じ方向を見る。 「タラバガニは食べたことありませんが、あの太い足はきっと美味しいに違いない」 「違う。『タワバガニ』だ。あべし」 「そうですか」 「はい。あべしです」 寒々しい外の、かつ寒々しき空白にいたたまれないように、もう二人も高速船の中へと戻る。船の中はなかなか暖かい。高速船の運転手はアークの職員である。安全運転で行くと言いながら中々に飛ばす。 「蟹!」 すんごいホッコリした顔で『十三代目紅椿』依代 椿(BNE000728)がカニスプーンを両手に、今か今かとわくわくしている。 「焼き蟹ってあるらしいやん? 焼くことで新鮮な蟹の旨味を凝縮させて……」 椿が、くぅ~~と、いろいろ想像に湧き上がって来たと怪しまれる。 その横で『てるてる坊主』焦燥院・”Buddha”・フツ(BNE001054)は、ストーブの上に置いた鍋の中をかき混ぜている。義衛朗の生姜ティーである。 「須賀の生姜ティー、良い感じみたいだぜ」 「どうも」 未明からの知らせを受けたのか、フツがカップに次々と注いでいく。各々身体を暖める工夫を始めている。未明もそわそわしながら飲んでいる。 「かにーかにーずわいがにー」 『足らずの』晦 烏(BNE002858)が、何やらそれ以上いけないような鼻歌でご機嫌ある。今からどう料理してくれようかと覆面の下で企む。 「かにーかにーかにー」 気合の入った日本酒を抱えている。弱冷気魔法は、自分の周囲を快適に保つはずだと高を括る。 「かーに、かーに……あぁ、蟹さん食べ放題。なんて役得」 『ホリゾン・ブルーの光』綿谷 光介(BNE003658)が、烏の鼻歌に乗じて身体をゆらし──もう一つのストーブの上で、グツグツと赤黒い液体の煮る。グツグツ地獄のような有様である。 「食材のロマン……北海の宝石には、惹かれるものがあるのですよね」 光介はカフェの店番を任されている、料理人の見習いである。どう料理してやろうか、んふふふと目を座らせならがに笑みを零す。煮た液体をカップに移しして飲み下す。 「んぐ」 不穏である。 「今冬は例年に比べ、なんとも蟹が不漁らしいのぅ」 『鋼仁義侠 百万扇壁』加賀乃 魅ヶ利(BNE004225)が頬杖をついていう。 「故郷もな。そうなんじゃ」 逆に言えばこの機会は好機と言えようか。 どれ、そろそろか、と魅ヶ利が得物を握らんとしたところで、船内が大きく傾く。アークの職員が船内へと転がってくる。 「着きました!」 『──ッ!!』 刹那。 リベリスタ達は一斉、幻想纏から得物を出す。 たちまち、裏野部の荒くれ者の如き勢いでもって、リベリスタ達は船内から躍り出る! ●タワバガニ -199X KANI- 漁船へと飛び移る。 雲の間から日がさしてくる。乾麺のような、ほそながい光に照らされた海が、足の下で光っている。 海煙、塩気のある風が風光に。かく遜色のない冬の海である。 「アババババ! 何者ダァ!」 冬の海の上で、土左衛門が一向にものを言う。 水を吸ってぷくぷくの腹に、背中の蟹足ががちゃがちゃと忙しく宙を掻いている。 「なんと。諸君ではないですか」 枕流がリベリスタ達を見て、仰天したような顔でいる。蟹の怪人の様な土左衛門に相対して枕流がいる。枕流の後ろには漁師がいる。場の状況であった。 「停船せよ しからざれば攻撃す」 「ソ連か!」 老漁師が吐き捨てながら身構える。 ベルカは、応じる様に神秘の閃光弾を投げつける。土左衛門が避ける。枕流の顔面に命中する。 「ぬわーーー!」「ぐわー!」「ギョー!」 「この際、先生を巻き込むのもやむを得ない……って何か前にもやったな」 確信犯である。炸裂した光を顔面に、枕流と老漁師と土左衛門がごろごろと転がった。 「手強いですね。枕流先生がやられてしまったようです」 続いて、義衛郎が船を移る。ごろごろ転がった漁師と土左衛門の間に割って入る。 土左衛門の付近には、立派なタワバガニが三つ、いつの間にか現れていた。 「まず三杯」 ベルカの初手が何とも不穏であるが、幸先が良いと胸裏に響かせて、振るう白鋼色でタワバガニを貫いていく。 手応えは何とも固い。もう一撃ほど必要だろうと考えるが、混乱の付与には成功する。 「──術式、慈悲なき羊の乱獲!」 光介が非常用の浮き輪を漁船に移しながら、とりあえずごろごろ転がっているのが2人いるので、破邪の光でもって癒す。 「え? 蟹男? 黙って蟹を呼んでさえくれれば、いいのです」 土左衛門は回復しない。不穏に微笑むホーリーメイガスである。 「あいや、助かりました」 枕流がスっと立ち上がる。老漁師も頭を左右に振ってふらふらしている。老漁師が言う。 「なんだいなんだい、いってぇ事あ? ソ連だな!?」 未明が、奇妙なデジャヴを覚えながら漁師の手をとる。立ち上がりをフォローする。 「いいえ。ただの蟹好きな仲間たちです」 「ちがうってかい?」 「はい。操舵をお願いします」 枕流の付近に忍び寄っていたタワバガニは義衛郎が既に一撃、混乱が付与されている。ならばと漁師へのお願いへと動く。 「ソ連じゃねぇならしかたねぇ」 ソ連に何やら執着があるようだが、ベルカの国籍を黙っておく機転が未明には存在した。 ここでフツが仏陀の如く光臨する。後光を発して、有難さが海煙を裂く。足元の海は一層に鏡面の如く反射する。 「これなら落ちても何処にいるか分かるぜ」 落下する事への一種の工夫である。 ふと、フツは視線を感じる。見れば枕流が首を傾げている。 「神韻に傾倒せぬ者が大多数を占めている二十一世紀。神往の気韻は尊(たっ)といモノです。南無阿弥陀仏」 「──? 南無阿弥陀仏」 何を言っているのかよくわからないが、南無阿弥陀仏と応答して数珠を片手、一礼しておく。 「いくぜ!」 土左衛門へと振り向く。緋の槍を回転させ、石突きで床をタンッと叩く。叩いた所から呪印が走ってゴロゴロ転がっていた土左衛門を封印する。 「フラッシュバンとの二重の封印だ! みんなはカニの確保を頼む!」 そう。E・土左衛門──ヨロイズワイガニの撃破など眼中にない。 土左衛門を可能な限り拘束し続ける事で、次々と生じてくるタワバガニを大量に入手する事──いわば『ヨロイズワイガニを、タワバガニ召喚マシンにしてしまえ』が、リベリスタ達の計画であった。 「どもども、アークから蟹食べに……もとい、お手伝いにやね」 椿が、手すりに命綱を結んで来る。後は収穫するだけだとほっこりと。瞬息の間にタワバガニへと肉薄して拳を叩き込む。──先ず一匹。殴った拳に汁がつく。一寸舐めてみる。 「~~~~~っ!!」 海水の味に混じる独特の風味──これだ! と眦を決する。 決した横を、弾丸が通り過ぎていく。二杯目、三杯目とタワバガニの胴部分を穿ち抜く。出来る限り身や足を吹き飛ばさぬ精密な射撃は、烏である。 「……っと、もう少し加減したい所だな」 味噌まで飛ばしてしまった。何とも勿体ない。 「さて、何杯獲りに行こうか……」 魅ヶ利が、二本の鉄扇を右手に左手に、そぞろ立つ。土左衛門が拘束から復活した際に、一般人である老漁師へ攻撃が行かない様、操舵室への射線を遮る。 「かかってくるが良──否! そのまま転がっておるがよい」 シャっと扇を広げて見据える先で、ヨロイズワイガニが怪しく立ち上がる。…… ●山椒太夫は激怒した -takizeeeeeee?- 「寒いの嫌い」 未明が、新たに生じたタワバガニをガツンと叩く。土左衛門が、たった3匹ずつしか出せないという事に、むしろもどかしさを覚えていた。 「もっとだ! クククク…ムッハハハハ!! これぞ社会的搾取の構図! урааа!!」 悪逆たるブルジョワが如き形相のベルカが戦術を走らせる。 戦術も"三回目"に至る時分ともなると、いよいよ身体が冷えてくる。各々重武装をしているも、時が経てば冷えてくる。息は白い。 "またしても"立ち上がったかに見えた土左衛門は、フェーズ1にしては重い。2に比べては軽いといえど、所詮フェーズ1は1である。即座にフツに固められた。 「ギョオオオオギョオオ!!」 断末魔のような叫びをくりかえし、くりかえし。 「うひひひ。これでいくつだっけ?」 フツが誰宛ともなく問うと。 「これにて三十杯目じゃな」 「そんなにか」 「うむ」 魅ヶ利は、飛びついてきたタワバガニを鉄扇ではたき落としながら答える。結構な数である。 「完全に作業ですね。蟹を召喚するだけの存在と化して、どんな気持ち?」 義衛郎がせっせと土左衛門の足元からタワバガニを回収する。 「大漁大漁やね」 椿も両手にタワバガニを抱えて、蟹カゴとを往来する。 『タワバ!』 『タワバ!』 ──突如、二匹ほどのタワバガニが腕の中で爆発する。仕留め損なっていた奴が混じっていたか。弾けたタワバガニのせいで、他のタワバガニも台無しになり、顔面やら服やら全身カニ肉だらけである。 「あ~勿体ない」 ひょいっと繊維をつまむ。 世間でタラバガニといえば、太い足にぎっしりと詰まったさっぱり味と言われている。ズワイガニは細身ながらもカニカニしい濃厚な味というのが相場なのであるが、このタワバガニ。たった一本のカニ肉から、しかと蟹の味がした。 「期待できそうですか?」 義衛郎の問いに、椿は無言で首を縦に振る。続いて義衛郎は、腕を組んで立つ枕流を見る。 「そういえば、枕流先生も蟹漁いかがですか?」 「余もですか?」 「はい。余もです」 「あまりに海がいいから、呆けておりました。蟹漁体験にきて、蟹漁あらずんば結構な法もなにもありはしません。結構な法です」 漁師への護衛を交代する。一種の興である。旧千円札の肖像に似た人物の顔に笑みが零れた。 「カニーカニーカニー」 波飛沫に聞こえる音(ネ)も声も。雲間の光を宿した海煙が、渡る北風に流されて、烏の鼻歌も銃声も向こう側へと溶けていく。 タワバガニが如何ほど積まれたか曖昧になるほどの長期戦ともなれば、ベルカの戦術の張りなおしのタイミングを縫って一回位は土左衛門は動く。 「よくも我々をぉ! 蟹ビーム≪コバヤシタキジー≫!!」 未明と枕流、椿が浴びる。 「ぬわー!」 枕流吠える。 「あ、ごめん、ちょ、動くの無理。しばらく放っておいて……!」 「痛たたた、あかんて!」 未明と椿は項垂れた態勢で痛みに耐える。 「ギョッギョッギョ! さあ反撃カニィ!」 意気揚々、シャカリキ満面と語尾にカニと言い放つようになった水死体のおっさんが、拘束を連打してきたフツを睨む。 「食材を前に立ち止まる人間は、真の料理好きとはいえません……!」 負けられない戦いがそこにある。目の座った光介がしっとり言った。 「ブレイクイービル」 癒しの言葉は時として残酷な言葉へと姿を変えるものである。 終始、回復と火力のせめぎ合いも何もなかった。じわじわと嬲り殺す事の意思表示なのかもしれない。 始まったその瞬間、命運は尽きていた。詰んでいた。 ●ここから本編 -void Main(){- 浜へと戻る。 「どんどん捌くから、どんどん食べて」 義衛郎が次々にタワバガニの殻を剥いていく。白くて半透明な筋は、湯を潜らせると白さを増して、まさに輝いている。 「先ずは素材の味からですね」 光介が鍋をこしらえる。 蟹、焼き蟹、蟹鍋、蟹しゃぶ、酒蒸し、蟹すき、蟹味噌汁、蟹浜飯、蟹刺し、蟹味噌、蟹蟹蟹蟹蟹蟹蟹蟹! 想像できうるありとあらゆる蟹料理が場に並ぶ。テーブルは埋め尽くされて、外には七輪まで焚かれている。香ばしい香りが空腹を刺激してたまらない。 「頂くとしますか」 烏が日本酒をコップに注ぎ、高らかに。 ──頂きます! 唱和の次に、各々が鍋の蓋を一斉にとる。 湯気がもわっと昇り、蟹らしい蟹の匂いが鼻の奥を強くくすぐってくる。赤い蟹の身が中央横たわり、それを囲む様に、えのきとしいたけ、豆腐に白菜達がぐつぐつ声を出して揺れている。 さっそくにと、未明と魅ヶ利が蟹鍋を小鉢にとって舌鼓を打つ。 「エリューションだけど、人生で一番美味しい……」 ズワイガニの様な濃厚な蟹味が舌に広がる。それでいてタラバのボリューム満点な蟹肉量である。鍋の出汁、繊維の一本一本から蟹の味が染み出してくる。 「これは……美味いな」 魅ヶ利は小鉢の底のスープも飲み干して、すぐに次へと手が伸びる。 「うひ、焼きガニだー!」 「やきがに! やきがに!」 フツと椿が、七輪で焼きあがってチリチリと良い音を立てている焼蟹にかぶりつく。 海水の塩っ気を含んだ蟹肉は、丁度いい塩梅である。蟹の甘味と塩味が凝縮されている。たちまち甲羅が焦げた香ばしい匂いが口から鼻に昇ってくる。蟹足の中にある腱にそって蟹肉を引き切る。 『~~~~~!!』 声にならない声が場に広がる。 義衛郎も、殻を剥きながら七輪で炙った脚をひょいっと食べる。やや半焼けなのもポイントである。ぷりっとした食感。蟹肉の刺身と焼蟹の中間の味わいである。これがまた、たまらない。 「うむ、うむ」 烏は、小皿に盛った蟹味噌を手元に置いている。 また、蟹味噌を少しだけ残した甲羅に日本酒を注ぎ、七輪で温めた甲羅酒もある。 箸先で味噌を少しだけつまみ口中に入れる、濃厚な味噌の甘味と風味の次に甲羅酒を呷る。喉の奥から熱い息がこみ上げてくる。 「──いや、実に贅沢でいけないわな、これ」 んはーと熱い息を吐く。 美味い。これぞ大人の蟹の食し方である。 「むおおおお! スターリン・クラブがサンショウうおー!」 蟹飯を食しているベルカも箸が止まらない。味噌汁も絶品だ。ここで蟹味噌が少し苦手な未明が、どんと蟹味噌を置く。貪る。今日だけは悪逆たるブルジョワである。 「次は! 次の料理は!?」 ベルカが手を伸ばした先に光介が新しい鍋を抱えてくる。 「蟹チゲ鍋もいかがでしょう?」 光介が己が最も食したい鍋。高速船で作っていた赤いスープを使ったものである。 蟹ぶつ切り、にんにく少々、具は豆腐大根おネギだけ。蟹チゲというものは、至極難易度が高い。辛すぎれば、蟹の風味が壊れてしまう。旨辛が重要なのである。 「……至福」 小鉢にとって一口。タラバとズワイの両方の性質を併せ持つタワバガニは、最高の素材といえた。辛味で味が死なないのである。蟹の旨味の次に辛味が来るのである。 濃厚過ぎる旨味ともなると、飽きも気やすい。これは良い口中の改めであると箸が伸びる。 「みんな食べてて会話がない?」 会話はない。 フツの想定した通りに、皆のもぐもぐする音が響く。 「こうやって食うのがいちゃんウメェのさ! ソ連だって知らねぇ」 老漁師が、殻を剥いた足を軽く湯通たのちに食す。 ほろ酔い加減の枕流が、蟹しゃぶを食しながら心持ち良さそうに語る。 「西洋の画家のターナーという男が、サラダを見て涼しい色だと感動していたものです。彼に蟹を見せてやりたい」 義衛郎が剥いた殻の山が、からりと音を立てて崩れる。およそ一生の内でこれほど蟹を食す事など無い程に、一同は一心不乱に蟹を堪能した。 腹が膨れ、宴もたけなわ。未明が雑炊を作り出した時分。各々が土産にと袋にタワバガニを詰め詰めする。おそらくデス子は泣いて喜ぶ事だろう。 「キンジロウ=センセイ、シメをお願いします。自分もお供致しますれば」 ベルカの言葉に、枕流はうむ、と重々しく頷く。 「せーの」 「尊(たっ)とい」 睦月。 窓の外の白浜の、海原は悠長にのたくらせた様な青色を広げて、潮風がびゅうびゅう声をだす。 ただ、──いつのまにやら雲は晴れ、乾麺のようだった雲間の光は一面に降り注いでいる。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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