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転ぜよ、悲劇

●決意
 雨だった。
 大振りの激しいものではなく、服を湿らす霧の雨。
 水分を含んで揺れる視界を、雨のせいにできない程度の、雨。
 
 ごめんね、と彼女は言った。
 ありがとう、と彼女は言った。
 自分が今傷付けようとしている、自分が今命を奪おうとしている彼女は言った。
 雑草が生え放題の、人のいなくなった家。
 その庭に立ち、お気に入りだというワンピースを着た彼女は笑っている。
 心からの笑いではない事は分かっている。
 憂いている。
 彼女自身の事ではなく、これからの自分の事を案じている。
 最期に笑わせられないのが苦しかった。
 大丈夫だよ、と自信を持って言えないのが辛かった。

 けれど罪を背負う決意は固めた。
 君のいない世界で生きていく覚悟を決めた。
 
 だから、さようならだ。
 持ち慣れないサバイバルナイフは、軽いはずなのに酷く重かった。

●運命
「よう。今日はちょっと、とある駆け出しリベリスタとノーフェイスの元に向かってくれ」
 こっちも大半は駆け出しだろうけどな、と『駆ける黒猫』将門伸暁(nBNE000006)は笑う。
「二人は共に高校三年生。小学校からの腐れ縁……という程には近しくなかったが、ともかくそれが縁で恋人になった二人さ。少年はつい最近革醒し、フェイトを得た」
 伸暁の説明の通り、モニターに現れた少年はごく普通の高校生の格好をしている。
 リベリスタやフィクサードなど、神秘はまだほとんど理解しておらず、得た力を不思議に思いながらもどうにか日常生活を営んでいるようだ、とフォーチュナの青年は言った。
 次いで映し出されたのは、同年代の少女。
「彼女はまだノーフェイスだ。エリューション特性を失っていないが故、周囲の物品に小規模な革醒を引き起こしている。フェーズ1にも満たないようなそれは、今のところ全て少年がブレイクしているんだが、少女は『自分が原因だ』と認識したらしい」
 幾人かのリベリスタが少しだけ眉を寄せた。
 運命は全ての人間に微笑むとは限らない。それが恋人であろうが家族であろうが、あっさりと片方にだけ微笑んで片方を置き去りにする。
「少女は少年に請うたのさ。このままだともっと酷い事が起きるかも知れないから、自分を殺してくれ、と。彼らは自分達に降りかかった異常を感覚として理解している。自殺を選ばなかったのは、『今の自分が一人で死ねるかどうか』が不安だったんだろうな」
 ある意味では、あまりにも諦めの早い行動。
 何も分からずに力を得て、それでも何とか使いこなす恋人と、全く分からない自分の間で起きる小さな非日常は彼女を追い詰めたのか。或いは、革醒したものが少年や彼女の周りの誰かを、殺しはせずとも傷つけたのかも知れない。
 人は未知に恐怖する。彼女は訳の分からないものへと変化した『自分』が何より怖くなったのだろう。

 しかし、悲劇的だとしても合意の上で行われる『殺人』にアークが出る理由はあるのだろうか。
 突発的にフェーズが進み、少年の身すら危うくなるとでも言うのだろうか。
 問うリベリスタに、伸暁は首を振った。 
「ノー。そもそもお前らに殺して貰いたいのは、『この廃屋に住み着いたE・ビースト』だ」
 訝しげな顔をしたリベリスタに、伸暁は笑う。指を立てて。
「言っただろ? 彼女は『まだ』ノーフェイスだって。E・ビーストとの邂逅でだか単なる偶然でだかは不明だが、俺には彼女が運命の寵愛を受けるのが視えた。その直後、恋人と共にE・ビーストに殺されるのもね」
 エリューションは既にフェーズ2、それも2体。
 革醒したての、戦い方もよく分かっていない二人が対処しきれる相手ではない。
「E・ビーストが乱入して来た後なら、彼も彼女を殺そうとする余裕はない。指示次第では一緒に戦ってくれるかもな。……ま、実戦経験も神秘の理解もほぼゼロに等しいから、役立つかは別として」
 彼と彼女が追い詰められたのも、そもそも自分達以外の神秘の例をまだ見ていないからだ。
 自分達以外の変容した存在――リベリスタを見れば、多少は落ち着いて話を聞く余裕も出るだろう。
「俺達が世界の為に殺すか殺さないかの差は、結局運命に左右されるしかない。不条理、不平等、理不尽。そうかもな。だけど、その気紛れに振り回されるしかないんだ、悲しい事にね。――でも、だからこそ、揃ってフェイトを得られた恋人達を、揃って助けられる機会なんてそうそうないと思うぜ」
 伸暁は言って、少しだけ目を細める。
「愛する人を殺した事実を背負う事を決めた少年と、愛した人たちの為に死ぬ事を決めた少女。悲劇だね。だが、それを救いに行くってのは物語としては悪くないだろ? 幸せな未来を頼むぜ、ヒーロー」


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:黒歌鳥  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2011年08月07日(日)21:23
 たまにはハッピーエンドと行こうじゃないか。黒歌鳥です。

●目標
 少年と少女の二人の生存&E・ビーストの撃破。

●状況
 深夜の廃屋の庭。
 二人は会う事情が事情なので、人目を避けています。
 周囲の住宅は少し離れており、時間柄通りがかる人もそういないでしょう。
 広さは戦闘に不都合はない程度です。
 廃屋自体には鍵が掛かっています。

●敵
 ・E・ビースト×2
 元は犬であった様子です。フェーズは2。
 近接メインの噛み付きと引っ掻きの攻撃をしてきます。
 時折放つ遠吠え(全)には麻痺の効果があります。
 体力と攻撃力が高く、そこそこに強いです。

●少年少女
 彼らは『アーク』は勿論、リベリスタやエリューションに対する知識も殆どありません。
 ビーストに出会うより前に彼らと接触しようとしても逃亡されると思います。
 何より少女のフェイトは『E・ビーストとの接触時』に得られると予知されているので、別のケースに到った場合に運命がどう転ぶかは分かりません。

 ・少年『野月・勇気(のづき・ゆうき)』
 ビーストハーフ(オオカミ)×デュランダル。
 性格はほどほどに真面目です。知らない相手は普通に警戒します。
 保有スキルは初期スキルのみ。Lv1です。
 何も指示がなければ少女を庇い続けます。

 ・少女『七村・葉(ななむら・よう)』
 ジーニアス×ホーリーメイガス。
 戦闘が始まったら多分おろおろしてます。
 同じジョブの方がいれば見よう見まねで回復くらいはしてくれるかも知れません。

●備考
 彼らは共に精神的に結構参っています。
 先輩として言ってあげたい事があったらどうぞ。
参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
マグメイガス
雪白 音羽(BNE000194)
プロアデプト
氷雨・那雪(BNE000463)
プロアデプト
オーウェン・ロザイク(BNE000638)
デュランダル
鯨塚 モヨタ(BNE000872)
ソードミラージュ
天風・亘(BNE001105)
ホーリーメイガス
翡翠 あひる(BNE002166)
ホーリーメイガス
識恵・フォウ・フィオーレ(BNE002653)
クロスイージス
夜逝 無明(BNE002781)

●霧雨
 しとしとと降り続く雨は止む気配もなく体を濡らし続ける。
 そんな状況でも、『微睡みの眠り姫』氷雨・那雪(BNE000463)の目はとろんと眠たげに蕩けていた。やる気がない訳ではなく、彼女の常日頃の様相。恋人同士で共にフェイトを得られた幸運、それを終わらせるわけにはいかない。彼らが続く未来に向かって貰える様に、自分達が手伝わなければ。
 ――そう思っても、眠いものは眠いのだからどうしようもなくて欠伸を噛み殺す。
 フェイトの有無による悲劇。リベリスタならば飽きる程、厭きれる程に見ている。これからも見続け、或いは手を下す事になるのだろう。よくあるお話。
 しかし今回は悲劇にならずに済むお話。好転した舞台を踏み付ける存在は宜しくない。選択の権利は等しく与えられて然るべきであり、彼らにそれを与えられるのならば体を張るのも吝かでない、と『闇夜灯火』夜逝 無明(BNE002781) は思う。
 それは無明だけではなく、雪白 音羽(BNE000194)や『鉄腕ガキ大将』鯨塚 モヨタ(BNE000872)とて同じ。いざという時には二人を生かす為に牙の前に飛び出す覚悟はできている。
 リベリスタとしての使命感か、同じ境遇へと置かれる者への仲間意識か――もしくは単純に、悲劇が変化しても悲劇で在るままな事が許せないのか。根底に流れる感情はきっと違う。けれども集ったリベリスタの目標に違いはない。

「見付けたぞ」
 地面から抜け出る様に現れた『Dr.Tricks』オーウェン・ロザイク(BNE000638)が小声で仲間に告げる。神秘に属しない物を全てすり抜ける彼の技は、地面とて例外ではない。
「廃屋に隣接し、小さな物置がある――屋根と柱がある程度の吹きさらしだがな、そこに二匹ともいる様子だ」
「じゃ、犬と二人が来そうな場所の間辺りに隠れられれば一番かね」
 音羽の呟きに、『幸せの青い鳥』天風・亘(BNE001105)が腕の照明を確認しながら頷いた。小雨の降りしきる夜は暗いが、明かりが見えれば肝心の二人が警戒して訪れない危険性がある。だから明かりを持つ者も皆、それを点ける事はしていない。
「……運命が彼らを愛してくれたんだもの。絶対、死なせない」
「うん、折角掬い上げたハッピーエンドの欠片だもの、拾い集めて届けるの!」
 きゅっと唇を結んだ『みにくいあひるのこ』翡翠 あひる(BNE002166)に、『夢見がちな』識恵・フォウ・フィオーレ(BNE002653)がこくこくと同意する。
「今日は助けられるんだもんな」
 どこか明るいモヨタの声に頷くリベリスタが多いのは、そればかりではない事を皆が知っているから。得られない運命、救えない命、悲痛な覚悟。裂かれる絆。それらが『ありふれた』物として溢れる現実。
 だからこそ、速やかに彼らは場所を決め、身を潜ませる。
 聞こえてきた足音の主である二人を、未来へ導く為に。

●少年の苦悩
 夕方からの雨は、明日の朝まで続くでしょう。
 天気予報の通りに、下校時刻頃から降り始めた雨はまだ止んでいない。
 纏わり付くような霧雨。葉の傘もあまり意味をなさず、ワンピースの裾の方は薄ら濡れている。
 真正面に立った顔を見詰める。
「葉……」
「……うん」
 葉には分かっているのだろうか。
 聞いた事はないが、俺と彼女は一緒に変な力を得たというのに『何か』が決定的に違っていた。何が違うとは分からない。だけれど、違うのだ。自分と彼女は。
 或いはそれこそが、葉を思い詰めさせた原因なのか。
 でも、誰に何を相談できる訳もない。
 だから、だから彼女が望む様に、俺は凶器を握った。
 一撃で、できるか、やった事もない、人に刃を向けた事なんてない、殺した事なんてない。
 けれどやらなくてはならない。そう息を吸い込んだ時、殺気を感じた。殺気なんて今まで感じた事はないけれど、そうとしか形容できない気配。
「危ない!」
 咄嗟に葉を突き飛ばし、自分も草の上を転がる。
 唸り声は、犬のもの。だが、外見は犬にしては異様。雨に濡れてもその毛は逆立ち、伸びる牙は通常の犬よりも太く鋭い。
 今までに見た事のある、訳の分からないものと同じ気配を感じる。だが、違う。今までのとは全く、質が違う。
 果たして葉を守れるだろうか。いや、逃げ切れるだろうか。その自信すらない。牙に対して自分の武器はあまりにもひ弱だった。
 ここで共に殺されるのか。せめて、葉だけでも逃がしたい。彼女は確かに死を望んでいるけれど、無残に殺されたいと願っている訳ではないのだから。
「葉、逃げ――」

 告げようとした時、突如犬の周りの空気が『弾け』た。運動会の合図の花火の様な音がして、犬が鳴き声と共に吹っ飛ぶ。
「全く以って……空気の読めない犬であるな」
 眩い光に目を細める。聞こえた声は大人の男。今まで誰もいなかったはずの場所に、確かに誰かが立っている。光に慣れない目が捉えられたのは背の高いシルエットのみ。
 立て続けに四色の光が瞬いた。再び犬の鳴き声。
 薄く開いた目に映りこんだのは、白い翼。
「助けに来た、詳しい話は終わってから、って事で下がってな」
 翼の先に覗いたのは、やはり見知らぬ男の顔。呆気に取られる間もなく、青い翼がその隣に並んだ。
 おめでとう、と俺らよりも年下に見える子は紡いで素早い動きでナイフを手にする。
「君達の運命はこの瞬間変わった。さぁ、ここを生き抜こう!」
「……え?」
 訳が分からない。混乱する思考の前に、ふらりと黒い翼が現れた。闇に溶ける様な色をした翼の主は、対極の様な色合の髪を大きく揺らす。始めるとしようか、と呟いた声から察するに、同じ年頃の女子だろうか。
「いきなりごめんな、コイツらはオイラ達が倒すから!」
 宣言しながら滑り込んできたのは、小学生くらいの男の子。おもちゃのヘッドギアの様なものを付けたその子は、身に余るような大きな剣――ゲームでしか見た事のないようなものを手に、犬に斬りかかって行く。
 間近の明かり。振り返れば、ふわふわの髪を雨に濡らした女子が立っていた。その背にはやはり、翼。にこりと笑った女子は、葉の手を引いてそっと立たせる。
「あひる達が、助けに来たから……もう大丈夫」
 俺と同じく呆気に取られていた葉が、笑顔につられたように頷いた。
 彼女の隣から、真っ白な翼を生やした小柄な女の子が現れる。手にした大きな十字架を掲げた女の子は、それでぴっと俺らの方を指す。
「勇気くんと、葉さんだよね? 愛し合う2人の味方、魔法少女が助けに来たよ!」
「なんで俺らの名前――」
 問う間もない。小さな口を開いて涼やかな歌声を響かせた女の子はくまのぬいぐるみを片手に笑った。俺が突き飛ばした時にできたのだろう擦り傷が塞がれていくのを見て、葉が目を見開く。
 その時、俺も気付いて息を呑んだ。
 この場にいる犬以外の全てが、『同じもの』である事実。
 それは、先程まで『何か』が違うと感じていた葉ですら例外ではない事を。
「ようこそこちらの世界へ。二人纏めて歓迎しようじゃないか」
 本当に薄らと笑った女性が、剣を抜いて俺らの横を抜けていく。
 どこか現実離れした格好をした人もまた、犬へと鋭い一撃を振り下ろした。
「……て、……天使……?」
 前に立つ彼らを見て呆然と呟いた彼女の言葉を否定する根拠は、俺にはなかった。

●選択の意志
 E・ビーストが襲来するであろう方向を定められていたのが功を奏したか、二人を守る陣形へと速やかに移行できたのは幸いであった。噛み付いてくる犬の牙の鋭さに、オーウェンは目を細める。
 地面に張り巡らされた不可視の罠。ビーストの前足がその一本に掛かれば、網の様に気糸はその全身を絡め取った。
「今捕まえた方を狙うよ!」
 そこを逃さず亘の刃が切り刻む。生まれた幻は捕らえられた犬の目を尚も惑わし、反応を許さず傷を作った。
「あ、あんた達は……?」
「……我らが何者であるかは重要であるのかね?」
 恐る恐る問うた勇気に、オーウェンは肩越しに一度だけ青の視線をやって問い返す。戸惑う少年の隣を視線で示し、後は前を向いた。
「お前さんも男だろう。……ならば今は、自身の大切な者を自分の手で守りたまえ」
「ま、言うなら俺達もあんた達と同じ様に……普通じゃない奴さ」
 音羽が自身の羽を指差して告げ、オーウェンが捕らえたのとは別の犬へと四色の魔力に彩られた光を叩き込む。一瞬傾いだビーストではあったが、すぐに拘束を振り解き傍らの無明へと飛び掛る。
 それを視界に入れながら、先程までとは打って変わった、正に『目覚めた』動きの那雪が、亘に続き気糸でビーストの足を貫いた。
「な、もしアレならお前も一緒に戦おうぜ!」
「え」
「だいじょぶだって、ぐーって力ためてばーんって叩く! そうするとどーんって相手飛んでってやった! って具合になるから! ――ほら!」
 説明……の様なものの間にもモヨタの剣には体内を巡るエネルギーが蓄積され、薄く光るそれを勇者の如く振りかざし、少年は動きを止めていないビーストを切り飛ばす。
 そんな様子を見ながら両掌を合わせおろおろと視線を彷徨わせる葉の背を、あひるが優しく叩いた。
「ね、あなたには……癒すお仕事、お願いしてもいい……?」
「え……?」
「大丈夫、落ち着いて。あなたなら大丈夫、あひる達もついてるから、ね……?」
 あひるの唇が紡ぐのは、清らかなる存在へと呼びかける言葉。請うたそれに応える様に、優しい風が一陣、オーウェンを撫でて舞う。
 あひるは微笑んだまま、無明を示した。戸惑いは消えぬまま、それでも葉は精一杯、あひるを真似て世界に請う。緩やかな風が、結ばれた金の髪を揺らした。
「――上等」
 軽く手を上げた無明は、再び聖なる力を宿した剣でビーストの頭を叩き切る。
「ね、分かる? わたし達も、皆同じ存在だよ。未来を予知できる人に教えて貰って、二人を助けに来たの」
 識恵が微笑んだ。年下の可愛らしい少女が告げる言葉は、通常ならば笑うか訝しげな顔をする様なものであったが、既に常識から外れた存在を認識している二人にとっては笑い飛ばせない真実味を帯びている。

 勇気が己の手の武器を見下ろす。葉が掌を眺める。
「何かを守りたいならば、変えたいならば。考察し、思考し、力を尽くして、……世界の理を裏返し、望む形にしたまえ」
 教師の如く語るオーウェンの放った罠をどうにか避け、振り解いたビーストが大きく吼える。駆け出そうとした亘の、あひるを庇った那雪の鼓膜を震わせた音は体内を走る振動となり、動こうとする筋肉を酷く阻害する。鋭い爪が、青の翼の少年に赤を散らした。
「二人は運命って奴に選ばれてしまったのさ。それ自体は望んでない事だとしてもな」
 遠吠えの前に咄嗟に識恵の耳を塞いだ音羽が目を細めた。彼自身は望む望まないはともかく、歓迎した事実。だが、他の相手がそうであるとは限らない。だからこそ、従う必要もないが、と付け加える。
「オイラは、オイラみたいに力と運命を得た人を助けられるように戦う事を決めた!」
「君達も選ぶ事ができる。守られ続けるか、自らの命と大切な者を自分で守るかを。選ぶのは、君達の心だ」
 ヒーローでありたいと願う迷いのないモヨタの力強い言葉が、剣と共にビーストを裂いた。振り返りながら、あくまで選択は己に委ねられると告げた無明の刃がそれを追う。
「俺は……」
 獣の性を表した、ビーストよりも細く短い牙で勇気は唇を噛み締める。
 が、長い迷いもなく、握ったナイフはモヨタと同じく力を蓄え、ビーストへと振り下ろされた。
「耐えてね……すぐに、癒すから……!」
 動かぬ体を抱える仲間に向け、あひるが清らかな光で空間を満たす。葉もきっ、と前を見据え、先程習った通りに音を紡ぐ。ささやかではあるが、体を癒す優しい風が亘に吹いた。
 重ねるように歌声を響かせた識恵が、そんな二人に微笑んだ。
「大丈夫。何も変わらないよ。お互いを守る為にこの場所に来たように、今度は手を取り合って生きる為に使えば良いのっ」
 少女の肩に掛けられたくまのポシェットも、笑うように揺れた。

●共に歩く結末を
 状況は完全にリベリスタの優勢。
 自由を奪うビーストの遠吠えも、自身が罠によって止められてしまっては意味がなかった。
 対して動きを止めた上でじわじわと体力を奪う毒は、時間が経過するごとに持つ意味が大きくなっていく。
 重ねられる音羽の魔曲が血を溢れさせ続け、怒りによって那雪に誘導された攻撃の痛手はあひると識恵、そして葉の援護によって速やかに癒されていった。
「まずは一体、と」
 無明が切り裂いたビーストが、耐え切れず地に沈む。幾度となく敵を捕らえ続けてきたオーウェンの糸が、残る一匹をも絡めた。
「これで終わりだよ」
 一気に勝負をつけるべく、亘の刃が動きを変える。素早さを増した刃が、閃光の様に煌いた。
「さっさと寝とけ」
 犬の目に最後に映ったのは、目を焼くばかりの四色の光。
 音羽の奏でる魔曲に打ちのめされ、一体目からさしたる間もなく残りの一匹も倒れ伏した。

 真っ先に皆が振り返ったのは、運命を得たばかりの二人。
 無事を確認し、那雪は息を吐くと再び目蓋をとろりと落とし始める。
「間に合って、良かった……。……得た幸運を、無駄にしないよう……に、……あ、限界かも」
「――この『運命』ってのは誰でも得られるもんじゃない。二人とも幸運だったって事だ」
 う、と顔を押さえた那雪の言葉を引き継ぎ、音羽が笑った。
 お疲れ様、とあひるも笑顔で二人を労う。
「あひる達はね、アークって所から来たの」
「わたしの占った結果によると、アークに来ると幸せになれるよ! ……なんてね。でも、アークに来れば力の使い方を学ぶ近道になるのは間違いないの」
 ポーズをとって笑った識恵に続き、決めるのは君達だけどね、と、幾度目かの言葉を無明が口にする。しばし放心した様に立っていた勇気が、皆を見る。
「そうしたら俺は、葉を守れるのか?」
「……言ったろう。守りたいと願うのならば、自ら望み尽力すべきだと」
 オーウェンの言葉に、勇気は葉を振り返った。
 俯いていた葉は、顔を上げて勇気の手を取る。
「わ、たしは……。……勇気くんを守りたいし、助けて貰った人も、信じたいよ」
「……葉」
 初々しくも握り返された手が、何よりの答え。
 二人は揃って、リベリスタに向かい頭を下げた。

 今すぐには無理だとしても、もう少しだけ気持ちの整理と準備をしてから、いずれ改めてアークに向かう事を約束した少年少女らは、止まない雨の中を手を繋いだまま歩いていく。
「ふふ、次は君の名と同じ、その想いで彼女を守って幸せにしてあげてね」
 耳元でそっと告げられた亘の言葉に、初めて勇気ははにかんだ様子で笑い――リベリスタの姿が見えなくなるまで、二人の手が離される所は見えなかった。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
 今までにないフライエンジェさんの密度に全黒歌鳥が震撼しました。
 戦い方も回復方法も覚えて、これでしばらくは大丈夫です。
 多分彼らは、来年揃って三高平の大学に来ると思います。
 スカウトマンの皆様には新人確保分、名声ちょっとプラスです。
 お疲れ様でした。