● ステンドグラスに光が差し込んだ。 いくつもの多彩な色が教会の中を照らして、広がっていく。 教会の中央には、足が地面についていない躯が風に揺らされている。躯の首にある縄は教会の上部へと繋がっており、まるで首輪とリードに繋がった犬の様。 半目だけ開いた瞳から頬に伝う涙の痕は痛々しいが、血の気の無い真っ白な身体がシスター服に包まれているのは、紛う方なき艶やかさ。 其の高貴な姿は禁断の力で君臨し続けるのだろう。 モザイク模様を映した羽を持った蝶が、今日も教会を彷徨う。落す鱗粉は悲しみの蒼に染まっては床を染めていく。 やがて訪れる闇を恐れる事は無い。此の闇を外に出さんが為に、己が光と成るのだから。 ● 「こんにちは、皆さん。本日も依頼をひとつお願いしますね」 『未来日記』牧野 杏理(nBNE000211)は集まったリベリスタ達へ資料を渡した。 「今回皆さんに討伐して欲しいエリューションが二体居ます。一つはフォース、一つはアンデットです」 杏理が指定した場所は山奥にある古びた教会だ。 此処で数日前。神秘は関係が無い事件が発生した。教会にいた不運なシスターが一人、酷い辱めと痛みを受けて死亡した。そして、其の身体は今でも教会にあるのだという。 「表の世界ではまだ此の事件は発見されていません。 ……それで、今回万華鏡の夢に引っかかりまして、ある意味杏理が第一発見者です。 詰まる所、先の事件の被害者の身体がアンデット化、被害者の心がフォース化したという訳なのです」 身体と心で分かたれた二体。 言うまでもないかもしれないが、死ぬ直前の出来事により『アンデットだけは』非常に狂暴化しており、目に見えた人――特に男性には持てる力以上の力で拒絶(攻撃)してくるであろう。 「彼女は最期、天井に吊るされて窒息死したのです。現状もまだその形です。近接攻撃が届かない場所なので、それは注意してください。 彼女と繋がった縄まで含めて、一体です。其れが今回討伐して欲しい一体目。 あとはフォースですが、此れは此のシスターの念だと思われます。 何故か、此の教会に近づかせないように妨害してきます……二度目の事件を起こしたくないのでしょうかね。杏理にはシスターさんの優しさなのだろうと思いますが、其処をなんとか押しとおって下さいませ。 それでは皆様のお帰りをお待ちしております」 杏理はそして、深々と頭を下げたのであった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:夕影 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年01月28日(火)22:26 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 縄は締まり、ギシリと音を立てる。 静な時間が流れていた教会内であったが、其れも現時刻を以って終了だ。 縄に繋がったシスターがリベリスタの姿を確認する前に、銃声と、教会の出入り口に弾丸の通った穴が複数個空いたのだ。 其の弾丸の全ては精密にも、縄を射抜いていた。されどエリューションの一部である縄もまた、直ぐに千切れる事は無かった。無様に繋がったシスターの身体が宙に不規則に揺れただけであったのだ。 シスターの淀んだ瞳は、ギョロリと教会の出入り口を向いた。ボロくなった扉だ、弾丸通過の勢いに耐えられず教会内の方向へ倒れ埃が舞い上がる。 扉の手前では、『ならず』曳馬野・涼子(BNE003471)が単発銃を構え、またその銃口から煙が噴き出していた。 「終わらせよう。あとは、君一人だけで全て終わる」 涼子の千里眼は物質越しに遠くを見通せる。扉より、放った攻撃は不意打ちの何以外でも無かっただろう。 其の瞬間、残りの七人のリベリスタが一斉に教会内へと侵入していく。刹那、シスターの断末魔がご丁寧にリベリスタ達を出迎えた。 更に速攻で二回目の攻撃。弾丸か、縄にしては堅過ぎる縄が吹き飛んできては『ファントムアップリカート』須賀 義衛郎(BNE000465)の身体に巻き付いたのだ。首に、腕に、胴に絡んだソレは義衛郎を絞め潰さんと引き締まっていく。 「オレに当たり散らして気が晴れるなら、ご自由に」 痛みに耐えながらも義衛郎の表情には余裕が見えた。 「ウフフ、そう余裕かまされて倒れられても困りますわ」 「問題無いさ」 「あらあらウフフ、そのようですわね?」 『聖闇の堕天使』七海 紫月(BNE004712)が妖しく笑む中、義衛郎は縄を引き千切り、冷静にも身体から外していう。そも、絶対者である身の上を固縛する等無理なもの。 彼に庇われている紫月も冷静に回復を営む。暗黒騎士(ダークナイト)ではあるものの願うは全ての仲間を癒す力。 その力によって、断末魔の衝撃によって傷ついた仲間の大半は元の体力に戻されていく。 頬の傷が逆再生のように消えていく彼女、『クオンタムデーモン』鳩目・ラプラース・あばた(BNE004018)もそうだ。 「掃除屋さんの、真骨頂~」 両目を一つの焦点に集中させ、轟音一つ響かせてみれば縄の中部がぱっくりと開いていた。惜しい、あと左に数ミリずらして撃てば千切れていたものを。 あばたは次の一手の為に再度得物を持ち直す。 「ち、あとちょっとなんだがなぁ」 偶然隣に居た『きゅうけつおやさい』チコーリア・プンタレッラ(BNE004832)へ向かってあばたは話をした訳では無かったが、チコーリアは其の可愛らしい頭部をこくこくと上下に動かした。 「チコーリアにもできるかな?」 「やってみればいいんじゃね? というか順序的に落とさないと話にならねー」 あばたの言葉に、フル回転するチコーリアが作成した魔法陣。 指の先を、千切れかけの縄へと向けた。片目を瞑り、もう片目に全身全霊の集中力を込めた。 此処だ、その一点。 打ち出した魔力は――シスターを天井から堕落させる事に、成功するのであった。 ● 時間は戻る――暗き道を上り、歩き、先は未だ見えぬ闇。教会に到達する前の、蝶のお話。 「ム」 『攻勢ジェネラル』アンドレイ・ポポフキン(BNE004296)の眼前を、弱弱しい淡い光に包まれた蝶が横切って行った。 恐らく、アレがエリューション。まるで壁を作る様に、此処から先へは行くなと言わんばかりに左右に飛んでいたのだ。 「まるで虫の知らせそのままだな」 「そうでゴザイマスネ……」 「んでもアレ、殺るよな?」 「そこは変わりないでゴザイマス」 『墓守』ノアノア・アンダーテイカー(BNE002519)を始め、その時点では誰一人攻撃に転じる者はいなかった。ただ一人、蝶を心を通わせる事ができるチコーリアが意思疎通するのに敵対は野暮であろう。 紫にも青にも似た蝶は未だ自己主張している。チコーリアが言の葉を広げる正にその時であった。 神々しくも悲しき拒絶がリベリスタを襲ったのであった。 「問答無用か……っ」 一斉に弾き飛ばされたリベリスタ達。『赤き雷光』カルラ・シュトロゼック(BNE003655)は一段体重の軽いチコーリアの身体を受け止めながら得物を取り出した。 「おいおい。まだ会話は始まってもねーぜ」 「解っている……だが、ただ見ているだけもできん」 「そーかい」 ノアノアへチコーリアを投げたカルラは一発、二発と弾丸が蝶の飛ぶ先、移動先を誘導していく。その先、 「逃がしませぬ」 アンドレイが片手を伸ばし、淡く光る蝶を掴んだのであった。 ● 「赤子であろうともこんな大声は出さないと言うのに」 「元気な女の子なのですわ」 「遠慮願いたいものだ」 義衛郎は紫月を庇い続けた。回復はチームの要であるのは言わずと知れた事、其れを守れば体勢を立て直す事も簡単にできるであろう。 だからといっても、攻撃が集中し続ければ堪ったものでは無い。 「あと何回くらいシスターの八つ当たりに苛まれるか……」 荒れて来た息を隠すか隠すまいか考える余裕はあった。刹那、紫月目掛けて飛んできた縄を得物で弾き飛ばしながら、紫月の腕を引いて背に隠した。 「そっちいったぞ!」 「ん? お、おー」 其の弾かれた縄はノアノアの身体に巻き付いた。言葉こそ男らしいノアノアだが、彼女が持つボディのラインは美しい。 もふもふの髪の毛ごと縛り付けられた身体は、なんとも言えずえろい訳だが置いておき。縄が呪うはノアノア自身。されど、 「元から呪われているこのボクを、これ以上どうしようって言うんだい?」 毒は毒を制すると言うのか。呪縛は効けど、彼女に呪いは通らない。 その間、あばたはシスターの蟀谷に照準を当てていた。 今何か言う事があるとすれば、バレないようにやれ。であろうか。893稼業に全身浸かっているあばたから見れば、此のシスターを良い様にした奴等に対してどうという事も無い。もっと言えば、偶々神秘化したため万華鏡に引っかかったのは不運にも思えたりはする。 しかしだ、それを討伐する事によって金になるのであれば個人的には結果オーライだ。 轟音響し、教会が揺れた。あばたの弾丸がシスターの頭に大きな穴を空け、後頭部から脳が弾き出されたのであった。 それでも動くから、アンデットというのだろうが。 いくら彼女が可哀想だと思った所で、アンデットが消える訳でも無し。やれる事はただ一つ。 拳を握り、只純粋なる右ストレートを放つ涼子。死骸の腐った臭いがなんだというのか、蟀谷にシワを寄せた涼子であったが、次の瞬間には断末魔では無く言葉の衝撃――つまり識別名で言う所の終焉が放たれたのであった。 特に男であったリベリスタにはダメージが、怒りと悲しみの分だけ加算した。 苦虫を噛んだかのような顔をしたカルラは、直撃した腕が悲鳴を上げているのがよく解る。 叫び声や、呻き声を上げる事は無い。この痛み以上に痛かったであろうシスターの事を思えば、この傷もかすり傷程度であろう。 「いくらでも、受け止めてやるさ!」 「おほほほ、わたくしが居る意味をお忘れなく」 紫月は乞う、癒しの光を。溢れるばかりの光に、仲間の背中を後押しする力を込めて。 「さあ、お行きなさいませ」 「――ああ!」 テスタロッサの口をシスターへと向けた。光を決して通さない瞳に睨まれれば少しの恐怖が込みあがったが、それも一瞬だけだ。 彼女の眼を穿つ為、トリガーを引けば衝撃が一つ。撃ち抜いた瞳は消えた脳が出て行った場所を通って地面へと落ちた。 ● ――そしてまた時は戻る。 アンドレイの両手の中で蝶は捕らわれていた。本来ならば再びの攻撃にアンドレイの両手が弾けたかもしれない状況だが、たった一言で蝶の動きは止まった。 『シスター、シスター。止めてください。チコたちはシスターを悲しみと苦しみから解放しに来たのだ』 紫月の回復が仲間を守った後。チコーリアは蝶へと手を差し伸べてみたのだ。 動物に語り掛ける語や音は、仲間には聞き取れぬ。チコーリアと蝶の秘密の対話は二人だけの世界で行われるのだ。 何を思ってフォースと成っているのか予想さえすればそれらしき答えは出るのだが。聞くのが一番の近道であろう。 チコーリア曰く、蝶は此の先に居る己の死骸が悲劇を起こさないかが心配なのだという。 『大丈夫なのだ』 二通りの答えを用意していたチコーリアだが、片方だけで事足りるのかもしれない。 『チコたちは……ううん、チコ以外のみなさんはとっても強いのだ』 絶望の淵に立ち、悲しみを胸にエリューションと化したシスターにとって、その一言がどれだけの希望を感じ取れたかは計り知れないだろう。 『だから必ずシスターを縛る縄を断ち切って、解放して差し上げます。 これ以上、誰も傷つかせません。また教会に人々が集まれるように……どうか、心安らかにここからお旅立ちくださいなのだ』 死骸の討滅。その事に完全なる信頼をした訳では無いだろう。 だが、嗚呼、もう疲れた。役目を終えていいのなら、希望に縋る機を逃してしまえば、次が何時になるやら予想する事もできまい。 「君は何も悪くない。後始末は任せて、逝きな」 ノアノアの言葉に、一瞬であったが女の姿が影と成って頷いた。 蝶を放し、アンドレイの手は得物を掴んだ。振り上げ、その刃の先が刺し込んだ月光に照らされる。 「謝りませぬ」 上から下に落された刃に、細かい光が弾けて天へと昇って行った。見届けたカルラは蝶が消えた場所で手を合わせた。 「気持ちを切り替えていくぜ……全部望み通りには、流石にしてやれないからな」 見上げた先、佇む闇にリベリスタ達は向かった。そして涼子は得物に弾丸を込め、千里眼を発動させたのであった。 ● 思えばフォースであった蝶が良心だとすれば、アンデットである此方は負の感情であるのだろう。 蝶であったシスターは己の運命を決して呪ってはいなかったが、心の深淵、奥底では女性としての悲しみと絶望がこうなった原因であるのだろう。 もう、彼女は旅立ったのだから悲しまずともいいのに。 縄に巻かれ、地面に倒れているチコーリアは溢れ出しそうな涙を堪えて、こう言うのだ。 「早く、早く楽にしてあげて……っ」 魔力剣に手を当てた紫月。刹那、彼女の足下より天使の羽が舞い上がった。 「わたくしの前で負ける事は許しませんわ」 歌え、そして導くのだ。さながら、教会で聖歌を歌う聖者の如く。艶やかな唇から覗く吸血鬼の牙を隠し、紫月は心を込めて祈りを歌に紡いでいく。 この歌が、仲間の傷を癒すよう。 この歌が、シスターの心を癒すよう。 この歌が、留まるだけの存在を駆逐するよう!! 「決着でゴザイマス。残り十秒で全て終わりまショウ」 悲しみしか感じないアンデットに何を言った所で無駄である。それならば刃で語り合え。 屈辱に、異形としての絶望に苛まれた悲劇的存在。辛かったろう、痛かったろう、悔しかったろう、悲しかったろう。 もう、いいのです。 横降りの得物。アンドレイは全てを切り裂かんとシスターの首を狙う。されど刃を顎で噛みしめ止めたシスターの異常性もエリューションさる事ながら。 シスターなかなかやるなあ、なんてあばたが思ったかどうかは分からないが、銃口をシスターの顎へ向けたあばた。 その意図をくみ取ってか、カルラも大体同じ場所を狙う為に銃口を向けた。 「そのままそのまま、あとちょっと」 「割とこれキツイでゴザイマス……!!」 「俺も手伝おう!」 「きついでゴザイマス……が、ふんばりところでゴザイマスネ!!」 瞬間、再びの轟音がふたつ教会内に響く。あばたとカルラの放った精密が過ぎる弾丸はアンドレイの得物の、丁度先端部位を押し、結果的に刃が弾丸によって押し込まれシスターの顎から上がスライスされて消えたのであった。 一瞬にして崩れたシスターの身体。もはや血は渇いているため鮮血が噴き出す事は無かったが、近接に居た涼子の眼には確かに頭の断面図が綺麗に見えていた。 「終っ……た?」 涼子が吐き出す息の重い事。仕事は終えたのだ、この場から立ち去らんと背を向けた。 「―――って、その手には乗らないからな!!」 振り向き、涼子は回転させた身体に威力を乗せて拳を前に出した。其の着地点には頭が無くとも飛び込んで来たシスターの姿があったのだ。 カウンターに殴り返され、吹き飛んだシスターの身体をノアノアが追った。 「しぶてぇなあ。楽団を思い出す。あれは嫌な事件だったぜ?」 パチン――と指を鳴らせばセルフで火葬されていくシスターの死骸。人体の燃える臭いに、手で鼻を抑えもせず。ノアノアは燃え尽きるまでその姿を見ていた。 知ってるかい? 「神は救いの手を差し伸べちゃくれないし、導いてもくれない。そして試練を与える」 シスターが其の試練とやらを乗り越えたか屈したかは知れない。ただ、人より厳しい道を辿ってしまったのは確かであろう。 消え失せていく炎から火の粉が舞った。ノアノアの口は何処か、笑っている様にも見える。 人はそういう存在を悪魔とも言うんだぜ。 「何をしても、もう届くところにいるわけでもねーけどさ」 顔を上げたカルラが教会の天井の穴から月を見つけた。この事件の犯人が、本来ならば死ぬべきなのだろうが。 その手を打てるのは―― ● 表の世界の事件は、表の世界で処理されるべきである。 ――なんていうのは、裏の世界が作った勝手な妄想であるのだろう。 裏の世界たる義衛郎は、確かに此方の世界にとっての加害者を殺害した。任務の範囲内であるし、リベリスタを全うした彼の役目は其れで終えたとしても誰も何も言わなかったであろう。 しかし彼は単独であらゆる手段を使って此の、一シスターの運命を狂わせた人物を探し、突き止めるに至った。……というのも神秘の力を使えば、若しくは時村の財力にものを言わせれば簡単かもしれないが。 「お父さん、お帰りなさい」 「ああ、ただいま。良い子にしてたかい?」 「うん!」 今回の事件の原因は、玄関の靴がひとつ多い事に気づくべきであった。迎えてくれた娘の頭を撫で、妻の居るリビングへと向かう。 おや、知らない顔が。お客さんであろうか。 「こんにちは、×××××さんですね? 時に、シスターはお好きですか?」 男の顔面は一瞬にして蒼白。 まだだ、奴等は集団で泣き叫んだシスターを好きに弄んだのだ。此処を起点に、残りの全員が引きずり出されるのに。 そう、日数は必要としなかった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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