●わたしのしゅき ここは中国。時代は現代。茶藝館で美味しい中国茶を嗜みながら話を弾ませる男女のお話。 というと、色っぽい話になりそうなものだが。 「――というわけで兵糧を失えば継戦も不可能となり、10倍とされた戦力差を見事ひっくり返したわけですよ! ……ちょっと、聞いてます?」 「……聞いたよ。今日までに7回ほど」 内容は古代中国の戦いの歴史。中国人の男に対し、女の方は日本人。古代中国の歴史が好きで留学を決めたくらいの筋金入りの歴女であった。 歴女の話は長い。そして繰り返す。しかも話し始めは別の話だったというのに、ちょっとしたきっかけで広がっていく。ぶっちゃけ興味のない人には地獄だったりする。 「あなたは自分の国の歴史に興味なさすぎですよ!」 「あんたは何故他所の国の歴史に執着するんだ……」 彼女が特にお気に入りなのは日本で有名な『三国志』であるが、意外に中国ではさほど有名ではなかったりする。昨今では逆輸入で「三国志? ああ知ってるよ日本のゲームだろ?」という人も多いのだとか。 「そろそろ飛行機の時間じゃないか?」 時間を確認した男に促され、女が名残惜しそうに荷物を手にして立ち上がった。今日が留学の終わり、この国を離れる日なのだ。 「あんたの相手はぶっちゃけめんどくさかったけど楽しかったよ。ここで学んだことは身になったか?」 「はい! 新発見が沢山あって私のお宝ノートがこの通りびっしりですよ!」 女が取り出した黒いノート。覚書がびっしり詰まったそれは、彼女が学び覚え感動した歴史のことだけで埋められている。 「……一応勉強しに留学にきたんじゃなかったっけあんた。それにしてもすごいなそれ」 手渡されたそれを覗き見てびっくり。様々な視点、概念、当時の世襲などを挟んで様々な側面から見た歴史、武将が記載されている。歴史書のみならず、昨今の新たなジャンルも取り入れた歴女ならではの怨念詰まった手記である。 「私の9ヶ月間の集大成です」 ドヤ顔の女に曖昧な返事を返し、それじゃあと手を振った。女の背が空港へと消えていく。その先で、1度振り返って。 「再見!」 「……再見」 消えていく背中を見送った。また会うかもしれない。もう会わないかもしれない。男は意外に自分は女々しかったんだなと嘆息し―― 「あれ」 自分が手に持っているノートに気付いた。 「しまったな。宝物と言っていたのに……」 友達の大切な物だ、届けるべきだろう。男は黒いノートを天に掲げた。 「お前もご主人様に会いたいだろうからな」 そう笑ってかけた言葉に、誰かが返事をした気がした。 ●わたしのらぶぱわー 「舞台は中国。アーティファクトの破壊依頼デースよMiss.Mr.リベリスタ」 びしっと突きつけた指をウェスタンハットに戻し、『廃テンション↑↑Girl』ロイヤー・東谷山(nBNE000227)がウィンク一つ。 「『梁山泊』……ご存知中国のリベリスタ組織デスよ。そこからびしっと言われちゃいマーシてネ。お前らの嫁だろ早く何とかしろよって」 嫁? ロイヤーがモニターを操作すると、映った物は当然件の黒いノート、そしてそれを取り巻く怨念のようなもの。 「留学生が中国に置いていったお宝ノート。自他共に認める歴女の集大成の結晶。それが革醒しちゃいマーシて」 アーティファクト化したそのノート自体に他者を害する力はない。しかし、取り巻くその怨念は別だ。 「アーティファクトと三国時代への愛によって生まれたそれはたゆたう無貌のE・フォース。6体いるそれはアーティファクトを守り他者を寄せ付けぬ存在デス」 厄介なのはその力でしてネとレポートを差し出した。 アーティファクト『黒の手記』――対峙する者が三国時代に対し持つイメージ、人物像を瞬間的に解析しそれをE・フォースへと投影する。 三国時代の勇猛果敢な猛者、神算鬼謀の軍師、そういったイメージが力となって具現化するということだ。アーティファクトの力は有限だろうが、多くの者がこの件に関わりそのイメージが加算されていけば手が付けられなくなる可能性もある。 「梁山泊は責任取れの一点張りデスし、隔離はしてくれてるそうデスからこちらも少数精鋭で臨む構えデースよ」 そうロイヤーが締めくくれば、向かいに立つリベリスタたちが頷いた。 「わかった……じゃあ早速中国へ行ってくるぜ!」 「行くのはアナタたちじゃないデスよ? メンバーはとっくに現地に向かってマース」 え……足を止めたリベリスタたちに、ロイヤーがウィンクを見せた。 「これリクエストなんでメンバー決まってマスし」 ●わたしのさいきょー 「ザキオカが? 中国に? くーるー?」 「うん、うるさいわよ時生さん」 出てきた空港をバックに自分撮り中の岡崎 時生(BNE004545)、その背中に笑顔で長旅の労いの言葉をかけた『心殺し』各務塚・思乃(BNE004472)。中国に降り立った6人のリベリスタが今回の任務に挑むこととなる。 「イメージによる力の増幅ね。確かに古代の戦士って強そうだよね」 「強い敵結構。その方が楽しいし、オレは負けないしな!」 くすりと『断罪狂』宵咲 灯璃(BNE004317)が無邪気に笑えば、『一人焼肉マスター』結城 ”Dragon” 竜一(BNE000210)も同じ気持ち。自身を高める強者との戦いは本意である。 「でも、このノートはなんで革醒してしまったんでしょう?」 疑問を口にしたのは『もそもぞ』荒苦那・まお(BNE003202)。強い思念はわかる。けれど、ご主人様の元に戻れていたらこんなことにはならなかったのではないだろうかと。 それに対し、ほいっとレポートの続きを投げ渡した『関帝錆君』関 狄龍(BNE002760)が、まおが目を通すのを待ってから事の顛末を読み上げた。 「中国人の男が忘れ物を送り届けようかと電話した際の女の返答が、『今は日本の源氏と平家にはまってるからもういいや♪』だったそうな」 ちゃんちゃんっ♪ と楽しげに声を弾ませて、ノートの安置された梁山泊の支部へとまっすぐ歩く。強者に向ける、手甲の感覚を確かめて―― |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:BRN-D | ||||
■難易度:NORMAL | ■ リクエストシナリオ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年01月29日(水)23:18 |
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■メイン参加者 6人■ | |||||
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●群雄割拠して天下騒乱す 通された中庭の奥、台座に置かれた黒の手記。確かな力を感じるそれを護り並ぶ無貌は5つ、対峙するリベリスタは5人。危険なアーティファクトを処理するために、遥か中国の地に集まった者たちだ。 向かい合った人間の奥底のイメージを読み取って、無貌は外貌を取り繕っていく。否、その中身すら肉付けされていけば確かな存在感を、圧倒的な武を伴って。 その様子を『心殺し』各務塚・思乃(BNE004472)はどこか楽しげに見つめていた。日頃物事に興味を示さない彼女には珍しいことだ。 ――人形劇や本で読んでたのが実体化しちゃうのね。 激戦を前に思乃が笑う。嬉しげに。楽しげに。その視線の先で変貌を遂げた者に、やっぱりと賞賛の声を上げ。 「誠実で忠義のイメージだもの。きっとイケメンだと確信してたわ」 口元を綻ばせた思乃の前で、無貌は今や槍を抱え白馬に乗った長身のイケメンとなっている。どうせならそうであればいいと思乃がイメージした通りの理想の三国武将である。 ちなみにこの『一身これ胆なり』さんだが、一般的にもイケメンと思われているが記述によると『身長八尺、姿や顔つきが極めて立派』とあり、当時の立派と照らし合わせると個人的には四角張ったがっしり系の野球選手(捕手)の印象である。 「長物には長物で対抗しないとね」 向けられた槍に対抗すべくハルバードを掲げた思乃、本日は大胆なスリットを入れたチャイナドレスで黒馬に跨っていた。 「ぱんつ? いいえ履いてないわ」 ドヤっとした。 同様に外貌を得た存在。綸巾をかぶり扇をひらひらと仰ぐ軍師風と、槍を手に苛烈な心を智と仁で包む将軍風。どちらも戦略と戦術の差はあれど高い指揮を有する名を馳せた存在である。 「わ、わ、とっても頭が良さそうです。あの扇からビーム撃ったりするのでしょうか」 恐らく三国志の登場人物の中で、トップクラスの知名度を誇るであろう軍師をイメージしたのは『もそもぞ』荒苦那・まお(BNE003202)。軍略よりむしろ国政方面に力を発揮した政治家兼料理人(饅頭的な意味で)だが、ビームと言ってるあたりまおがしているイメージの予想がつく。 「主君は……うん、ちょっと抜けてたので、その分頑張った苦労人だとまおは思いました」 まぁ主君共々話術士の才能は半端ない。 「よーし想像通り。腕が鳴るぜ」 一方、手を叩いて希望通りの相手を迎える『関帝錆君』関 狄龍(BNE002760)。イメージした相手は血気盛んで苛烈な若年時代を過ごしたが、将に取り立てられてからは教養を身につけ規律を重視し智と仁を示した大人物だ。 ――学が無い事に開き直るんじゃなくて、素直に認めて勉強するってトコが偉いよなー。 そんな存在をイメージした理由は、シンプルに好きだという事もある。が。 ハリボテの青龍偃月刀を構え、長ーいヒゲを付けたなら。ジャーンジャーンと口ずさむ狄龍はロングポニテも合わさって美髯・美髪公と言えよう。 「この格好なら対戦相手は決まってるだろー。はいそこ死亡フラグとか言わないー」 まぁそういうこと。 天下に名を残す豪傑は少なくない。だが無双となるとどうだろう。並ぶ者無き武。人として最強。只1人、名を上げるなら――それは間違いなくこの存在ではないだろうか。 空気が肌に纏わりつく。ぴりぴりと痺れるような、ではない。びりびりと焼きつくような、息を吸うことすら致命的になるような、そんな感覚。 血のような汗を流す馬に跨ったその巨躯。巨大な得物を手にしたその威圧。あらゆる武を具現した者を前にして『一人焼肉マスター』結城 ”Dragon” 竜一(BNE000210)が長い息を吐いた。 「まさに最強、だろうな」 多くの兵は遠目にその姿を見ただけで、震え上がり悲鳴を上げて逃げ惑っただろう。事実、竜一ですらその常識外れの圧迫感に気圧される。 いくら考えても勝利のイメージがわかない。それでも、引くつもりは竜一にはない。 「せっかくだ。『最強』ってのを学ばせてもらうぜ!」 二刀を構え踏み込んだ竜一に、無造作に馬の足を進め。 はっきりとその姿を現した無貌。居並ぶ猛将たちをそれぞれイメージしたリベリスタが迎え撃つ。その1人、『断罪狂』宵咲 灯璃(BNE004317)がくすりと笑い。 「この時代の人って強いんだよね」 楽しみと笑った灯璃が、でもと口にして。 「三国時代ってよく知らないんだよね」 致命的なことを言った。そもそも歴史以前にお勉強嫌いだし……悪びれない軽い口調に周囲が頭を抱えた。 「でも大丈夫。今日はちゃんと予習してきたよ!」 じゃーんと口ずさみ天に掲げた薄い本。その向かいで変貌した無貌は…… 「……やけにぼんやり薄いですね」 「薄い本だけにな――ってやかましいわ!」 まおと狄龍が突っ込む先で、灯璃のイメージがイメージだけに子供の落書きの様な存在が浮いていた。 「勝ち組でリアルチートだって人をイメージしたよ。何人もの主に仕えた尻軽で、きっとドM! これだけ調べておけばバッチリ!」 なお、私の愛する『濮陽で討てなかったのが残念だ』さんをこの扱いにしたことをぜったいにゆるさない。 5対5の決戦が目前に迫った頃……6人目の決闘はすでに行われていた。 若き無貌の将と並び岡崎 時生(BNE004545)が上へ上へと登っていく。積み重ねたダンボールに足をかけ、抱えたダンボールを配置して、更に高みへ。未だ同じ高さをキープする無貌と笑みを見せあい、互いを讃え競い合い―― 何を言ってるかわからない? 私もだ。よって順に説明しよう。 「どうだい。この僕とどちらが高所に陣を敷けるか勝負しないかい?」 やはり何を言っているかわからない。だが三国きっての登山家をイメージした時生が彼は高い所に登りたがる癖があるはずと確信すれば、全てイメージに左右されるこの無貌に拒否権はない。とりあえず目先の有利を見すぎただけで登山家じゃねぇとあれほど。 そうして誰得なダンボールを使った登山競争が中庭の端っこで行われていた…… ●竜攘虎搏して震天動地す 馬上で振るわれた槍が金属音を奏でれば、思乃のドレスに赤く線が走る。 「さすがに速いわね。でも、まだこれからよ」 熟練の槍は神速で迫る。だが思乃が体内のねじを巻くように意識して時間を刻めば、自身の動きを跳ね上げて。 ハルバートで受け流し、相手の力を返すように一撃を加えていく。まともに受ければ敗北は必至。故に速度と共に判断すら高めるねじを巻く。 連続する射撃が無貌を削り牽制した。手甲から放たれ続ける弾丸に身を削られ、なお怯まず突き進む。智を得たからとて牙を失ったわけではない。若き日の苛烈さそのままに獰猛に斬りかかる! 狄龍が必死に押しとどめんと撃ち続けるが、その勢いは甚だしく突撃を防ぎきれない。焦る狄龍に、無貌は余裕の表情を向け―― 「――なーんてなっと!」 銃弾の嵐が突如収まり、代わりに顔面に叩き込まれた鉄拳! 不意をつかれたたらを踏む無貌相手に、俺は遠近両用が身上なんでなと獰猛な笑みを見せ。 「やぁやぁ、我こそは――えーっと……何でも良いや!」 戦場に明るい声が響き渡る。難しいことは必要ない。灯璃の目的はただ一つ、好きに暴れて楽しむ事であるならば! 翼を翻した灯璃が、狙いを付けた獲物へと地を滑るように突進する! 「いざ尋常に勝負勝負ー♪」 両手に構えた双剣が、その刀身が持ち主の魔力に呼応して輝く。広がる鎖が音を立て、放たれた刃が飛行の速度と相成って更に加速して空を切った。 刃が狙い違わず左右から無貌へと突き刺さり――難なく射抜かれた無貌が空に霧散した。 「……え、終わり?」 無貌は消滅し、拍子抜けした灯璃の声が場に残るだけ。歴史を知らずふわっふわしたイメージでは実は伴わなず、能力を獲得できなかったのだ。 だから有利、というわけでもない。霧散した無貌は周囲に散らばって他の無貌に併合される。それぞれの力が強化されれば、一段とその危険を増し。 それでも手記への射線を確保出来た。灯璃は黒の手記をいつでも狙える位置をキープしながら周囲の援護へと刃を走らせる。 それは暴風だった。巨大な得物が非常に高い位置から振り下ろされる。刀身が届く前に強力な風圧が身を押しとどめ。 しかし荒い一撃をかわすのは決して難しくない。派手な大振りを難なく避けた竜一が反撃の刃を―― 「――っておわっ!」 反撃に移る暇もなく。強力任せの連続攻撃が空を延々と切り裂いて。故に暴風。吹き荒れ続ける暴力そのもの。 兵士ならばなすすべもなく散らされよう。将とて付け入る暇もなく蹂躙されよう。圧倒的武力に対し竜一は二刀を防御に回すほかなかった。その荒れ狂う一撃に対し、片手だけで得物をかち合わせれば腕ごと持っていかれるのは想像に難くない。 とにかく無双。それに尽きる。 「こんなの相手にどうやって勝てばいいんだよ!」 天下の赤馬の前に距離は意味をなさない。先手を取られ、膂力任せの連撃は高い確率で防御不能の嵐を纏う。 「弱点、弱点……政治力も知力もないのでそこをつけば……戦闘で、そんな搦め手つかえねえ!?」 どうすればいい。嵐の中で生きるための知恵を絞り……一つの閃きが生まれた! もう一つの欠点、この猛将は裏切りやすい! 「天下無双の豪傑よ! ともに手を取り合い天下を目指そうではないか!」 突如勧誘を始めた竜一。無貌は得物を止めしばし見下ろした後―― 問答無用で叩き降ろす! 「うわおー!」 間一髪で避けながら一つのことに気づいた。眼前の敵は確かに裏切りを繰り返す人生を歩んだが……宝。女。城。その全てが自分に強い利があってこその裏切りであったと。 ●天命明暗して天地躍動す 「さあさあ熱い戦いも決着が近づいてきたね!」 ぐらぐら揺れるダンボールの頂上で時生が笑いかける。向かい合う無貌と2人、息を切らせ汗を流し。その熱き戦い、その熱気に―― 「――ってあれ、これ物理的に熱くない? いや熱いよねだよね」 2人して地面を見下ろすと……ダンボールに火がついていた。物理的に。 「ななななんでー!? 確かに万一僕が負けてしまった場合はダンボール山の頂でいい気になっている隙を突いて着火して火攻め、これぞザキオカの大火ーのつもりだったけど!」 なんかげすいことを言った。 下にはもう降りられない。こうなったら――上しかない! 再びダンボールを積み上げるが燃える速度が上回る。焦る時生がダンボールを組み立てる間に、一つダンボールが積み上げられた。見上げれば、同じ山に登り競い合った無貌の顔。 2人は見つめあい、頷きあい、手を取り合ってダンボールを積み上げた。それは同じ頂点を目指した男たちの、大火より熱い友情だった―― 「火をつけちゃだめですー!」 まおの眼前で扇ビームでダンボールに火をつけた軍師無貌。仲間ごと落石火計とか得意技ですし。なんで高いところに登っちゃうのでしょうかと遠い目をしつつ、あわわわとそれ以上の被害を防がんと挑みかかる! 纏った影が指先に集中すれば、まおの気糸が地を滑る。 「何か大変な策を仕掛けられる前に……縛ります!」 気糸を地に、自身は空に。ビームをかわし、地を蹴り木を蹴り空を蹴って舞うまおに意識が取られれば、その動きに同調する気糸が無貌を一気に縛り上げる! 「ふう、ここまで大変でした……」 近づけるまでに、東南の風で吹き飛ばされたり石兵八陣に閉じ込められたり見えないブロックに頭をぶつけたりしながらまおは頑張った。 「……虎戦車とか出てきませんよね? はっ。あわわわわ、あわてないあわてない」 言うと招くことに気付いたまおが頭を振り、無貌を縛る気糸に力を注ぐ。 「軍師様はお強いですけれど……やっぱり1人で戦える方ではないのです」 気糸が収束し、空に無貌の欠片が散った。 刃が黒の手記を貫く軌道を描く。しかしその勢いは近づくにつれて弱まり、周囲の結界に阻まれ落ちた。 「まだ結界は強いね。ま、手記を壊すのは十分楽しんでからだけどね!」 あははと笑い灯璃が鎖を引き戻す。再び宙に浮いた双剣は円を描いて周囲の無貌を突き刺し払う! そのついでに中庭の木々が破壊されていったが、灯璃には関係ない話。 打ち合う、打ち合う! 何合でも何十合でも打ち合う! 固めた拳が音を立てるたびに無貌がわずかに削り取られる。だがそれもさっきまでの話。 消滅した無貌を取り込み、より強敵と化した無貌が狄龍に迫る! 「うーむ、こりゃあ辛い」 鉄壁にして猛攻。このまま消耗戦では分が悪い。地を蹴り後ろに飛んで手甲を射撃モードにした狄龍に、そんな暇を与えるかと無貌が距離を詰める。その姿に笑みを零し。 「よう阿ちゃん、周りはちゃんと見な?」 瞬間、気糸が無貌を縛る! 「まおが頑張って止めるので、あとはお任せします」 まおが練り上げた影で作った気糸が無貌の動きを阻害すれば、援護をチャンスにして狄龍は照準を合わせるだけだ。散々打ち合って傷ついた身体。その痛みを弾丸に込めて―― 「士別れて三日なれば、即ち更に刮目して相待すべし……三日にも満たねェ別れだけど、結構変わっただろ?」 激しい銃撃音の後に、無貌は今や形もない。 同時に、音を立ててひびが入った結界に目を向けて。 「結界が弱まったみたいですね。アーティファクトは頑張って壊します」 まおがおーと自身を鼓舞して黒の手記へと走っていった。 素早さで上回れば相手を翻弄し。思乃の槍さばきは決して名手に見劣らない実力だ。神速の突きで動きを鈍らせれば、幻影を伴って一気に畳み掛ける。 だがそれも、幾度の強化を過ぎれば別の話。無貌の槍はそれ自体が白く発光し自然に幻影を生み出す。それほどの速度、それほどの威力。 「これを倒すのはちょっと骨が折れるわね」 実力は伯仲。無理をすれば倒せるかもしれない。けれど結界が弱まった今、無貌を引き受けることの方が重要だ。 「まあ、あっちの方が大変そうよね」 炎上するダンボール山は放っておいて、あっちの飛将は…… 「うちのイケメンさんが頑張ってくれるわ。おばさん信じてる」 特に信じてなさそうに言い放った。 「はい竜一、まだいけるよね?」 灯璃が精神に働きかけてその消耗を回復させれば、「おう」と手を上げて竜一が応える。 数回の強化を経て、眼前の猛者はすでに小手先の通じるラインを超えている。ならばそれでいい。武にはただ全力の武を尽くして応えるだけだ。 仲間がアーティファクトを破壊してくれるまで、抑え続け立ち続けよう! 「お腹空いたから早く倒して中華料理食べよう! 水餃子に小籠包に麻婆豆腐に鱶鰭も食べたーい!」 「いいから早く壊してくれよ!」 灯璃に突っ込みつつ、巨躯の猛者の懐に飛び込む! 能力に異常を与える神秘は無効化されることは幾度目かの攻撃ですでにしれ。ならば最強の一撃を叩き込もう。それを二撃三撃と続けともかく抑える。 最強の武との対峙、必ず自身の血肉へと変わるだろう。自身の思う最強に雄叫びあげて突進した。 ●黒書消滅して万民太平す 鎖を鳴らして迫る刃が結界を粉々に打ち砕いた。再構築しようと宙にとどまる破片を無数の銃弾が撃ち落し。 灯璃と狄龍の攻撃を背に、まおが放った気糸は貫く意思を象って。 「これで終わりです!」 激戦の果てはあっけない音で締めくくられ。ぽすっと音を立てて黒の手記は台座から転げ落ちた。 眼前で消滅していく無貌たちを見送り、安堵の息を吐いて床に座り込んだ。 「あー疲れた。やっぱりおばさんはもう若くないわね」 「限界だこれ……帰って寝たい。膝枕で」 最後まで無貌を抑え続けた思乃と竜一の疲労は激しい。 「んじゃあ飯でも食ってさっさと帰るか」 「えっと、ごちそうさまです」 狄龍とまおが座り込んだ仲間に手を伸ばした。 中庭を離れる一行、その最後尾で。革醒の影響下を離れただのノートとなったそれに目を向けて。 「まぁ、アッサリ捨てられちゃったのは可哀想だけど。女の子ってのは今自分が向いてる方に夢中なのさ」 微笑を浮かべ一人ごち、灯璃が小さく手を振った。 「それじゃあ、またね? 再見!」 「ふぁ?」 中庭で。組み立て、積み込み、頂上を目指す。そんな登山家たちがいた。 幾度も繰り返し空に近づいた。そんな永遠にも似た時間は、突如終わりが来た。 静かに消えていく。好敵手であり、心友である、無貌の身体が溶けていく。 「君……」 時生が消え行く無貌に声をかけた。無貌は何も言わない。ただ静かに手を伸ばし――最後のダンボールを積み重ねて、消滅した。 宙に漂う無貌の残滓。ゆっくりと漂うそれを見ながら時生は―― 「さ、あんかけパスタ食べたいしかーえろっと」 ぱんぱんと汚れを払うように無造作に服を叩いて床に飛び降りた。 ――日本の何処か。 「……で、今度は何にはまったわけ?」 凝り性で飽きやすい面倒な友人が何冊目かになる黒いノートに書き込んでいるのを呆れ顔で聞く。 「古代モンゴルいいよ古代モンゴル」 気にした風もなく鼻歌交じりにメモを書き込む女性にふと。 「あれ? さっき見せてもらった前までのノートは?」 言われて気付いたらしく、バックを見ても見つからない。どこかに置いてきてしまったらしい、が。 「別にいいや。もういらないし♪」 そう微笑んで。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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