●闇取り引き -Black Market- 深夜の港。 容赦の無い潮風が吹きすさぶ中を、寒さを避けるように忍ぶ集団が二つの、無言で足を向けた先にあったものは、古びた冷凍倉庫である。 「これだけの『臓器』、国内では中々難しいのですよ」 『裏商人』冴島 隆は、背広のポケットに片手をつっこみ、冷凍倉庫内にずらりと並ぶコンテナへ嘆息をついた。息は白い。 「集めるの大変だったでしょう?」 冴島は冷凍倉庫を出る。 もう片手に携えたトランクを場に置いて、先方の代表――キツネ目でレディーススーツといった出で立ちに視線を向ける。 「『黒孩子(ヘイハイツ)』はわんさかいるからねぇ」 「成程。一人っ子政策で親に捨てられた者達でしたかね」 冴島は、配下にブツを改める様に指示を出す。 キツネ目も冴島が置いたトランクを回収して、後方に控えていた配下に中身を改めさせた。トランクの中身は札束である。 「ちなみに、全て脳死させてあるよぉ」 「ほう、サービスの良い事ですな」 「お安い御用さ、迅速な対応を感謝するね。流石は日本最大の組織」 「ははは、取引するならば、我々以外ありえません」 やがて双方の部下が代表に確認完了の旨を告げる。 「取引は成立です」 「謝謝」 上機嫌となった冴島に対して、キツネ目はしばし空白の後に不気味に笑みを浮かべた。 「本来、取引なら海上だ。わざわざ港を選んだ理由はわかるかい? 冴島?」 「我々を試そうとしているという事ですね? 取引の安全保証ができているかどうか」 「そうだ。もう一つ、日本の組織からも提案があってね。結果、ボスからの提案だ。気を悪くさせてしまったか?」 「いいえ? 大口のお客様から信用を得られるなら、――こちらもお安いご用です」 冴島は目一杯のスマイルを浮かべ、先方に頭を下げた。 「我々、逆凪をこれからもどうかご贔屓に」 「長く良い付き合いになることを願っているよぅ、冴島」 キツネ目が踵を返した途端、冴島は腰を曲げた姿勢のまま、頭を上げて侮辱する視線を向ける。 「(ふん、薄汚いチャイニーズマフィアめ)」 冴島は上体を起こし、次に部下にコンテナを回収するよう命じる。 「念には念をだ。邪魔が来ない内に撤収するぞ」 ●逆凪狙い撃ち -Pinpoint Shooting- 「港で『逆凪』と上海黒社会が取引をします。ボコりに行きましょうそうしましょう」 アークのブリーフィングルーム。 集ったリベリスタ達に対して、『変則教理』朱鷺子・コールドマン(nBNE000275)が緩急の乏しい声で言った。 「主流七派『逆凪』。日本のフィクサード組織最大手です。日本のフィクサード・シェアの何割か以上は『逆凪』な訳です。脅威の人海。殿様商売」 朱鷺子がエンターキーを叩く。フォーチュナが用意した映像が映し出される。 「で、この取引をぶち壊すと結構面白いんです」 双方の情報が記された資料が、書類として手元にある。 「昨年、海外から来た糞死体使いどもが日本中を荒しました。結果、逆凪――特に末端は、信用回復をコツコツ余儀なくされている訳です。まだ一周忌とかありますしね。涙ぐましい!」 表にも顔が効く最大手組織ともなれば、外交も当然あるだろう。 外交ともなれば、信用は重要である。無法がまかり通る神秘界隈で、最大手組織という安心感、信用を揺るがしてはならないのである。 「取引相手は上海黒社会。『英国租界』とか名乗ってました。ボスは脳筋。参謀の金策が上手かったのですが、昨年参謀がおっ死んで資金難! 金で釣られてた末端はバイバイサヨウナラ!」 資金難の大陸連中にもダメージ有り。一石二鳥か。 「尚、この依頼は、元・フィクサードである私の如何わしくない情報網ネタです。ただ、万華鏡で裏付けをとって貰ったものなので、イレギュラーはありません」 超常現象が強力に発現しない"ただの密輸"。その中でも彼らにとって重めの案件をピンポイントで拾ってきたのか。 「必要かどうかは分かりませんが『人質』と『偽トランク』も用意してます」 「人質? 偽トランク?」 「はい。逆凪派の方の身内で、現在は病院暮らしです。そこら辺は押さえてます。どう使うかはお任せします。何なら、どっかの変態名士にカキタレ(愛人)として斡旋する事もガチで手配できますので」 続いて、朱鷺子がドンと出すは、逆凪派が持ってきた全く同じ形のトランクである。『すり替えても良いのよ?』とウインクしてくる。 「では、三高平湖の土手にある臭い臭いドロを拾いに行きましょう。彼らの顔面に塗ったくってあげましょう。逆凪の担当者あびゃびゃー! 英国租界もうぎょぎょー! 超楽しい」 バンバカとデスクを叩いた後、リベリスタの方をくるりと向く。 「でも、無茶はしないでくださいね。重傷になったら指さして『プファーッ』って笑ってあげます。嫌ですよね? では絶対、無茶はしないでくださいね! 約束です!」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:Celloskii | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年01月28日(火)22:24 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●黑市交易 -Winter Moon- 冬宵の月前。月、明らかなるに。 視界に横たわる海原が、吹き荒ぶ潮風に煽られて、波が人を脅かしにくる。 ざんざんと、耳に入る。あるいはどどんどどんと爆音ともつかない声を出している。 リベリスタ達は倉庫と倉庫の間を、飛び移る様に忍び、或いは動いて。ひたぶるに現場を目指す。 「ったくこんな寒い日にクソみてーな取引やりやがって」 『覇界闘士<アンブレイカブル>』御厨・夏栖斗(BNE000004)は、身を強張らせて言う。風は肌を刺すほどに冷たい。冷たいといえば、今回の事件である。取引されるブツとやらも『黒孩子』という。何とも冷酷極まりないと考える。 拳を握る。拳を見て、「ムカつくな」と静かに呟く。 「難しい話だよ」 夏栖斗の呟きに『ガントレット』設楽 悠里(BNE001610)が応える。 「この任務がうまくいったとしても、殺された者達は戻ってこない。弔うよりも――」 誰かに臓器移植した方が良いとも考える。考えるもそんな気にはならない。 言いかけた悠里の言葉に、夏栖斗が続ける。 「娘さんの為って理由で、冴島にそのコンテナを渡したくなっている自分の甘さにムカつく」 「夏栖斗らしい」 暗闇の中で、次のコンテナの影へと視線を動かす。 先に動いていた『無銘』熾竜 ”Seraph” 伊吹(BNE004197)が、コンテナの影で膝をついて様子を伺う。伊吹がハンドサインを出す。夏栖斗と悠里が速やかに移る。 「損得抜きと言い張れるほど青くはないが、損得だけで割り切れるほど枯れてはいないつもりだ」 伊吹が送る視線の先、目を凝らすと逆凪と上海の姿が見える。逆凪――冴島が倉庫の中へと入っていく。 頃合いである。周囲を見ると、各々物陰への配置は完了している。 「帰ったら朱鷺子に笑ってもらうとしよう」 頷きあう。 冴島が置いたトランクを、上海――キツネ目が触った刹那。たちまち神秘の閃光弾が放られる。フィクサード達の真ん中で炸裂する。フィクサード達の間から悲鳴が漏れる。 「さて、ではフィクサード諸君をいじめに行こうか」 倉庫の間から悠然と歩み出た『黄昏の賢者』逢坂 彩音(BNE000675)が愉快愉快と微笑む。矢をつがえている。 「いやはや、わざわざご苦労なことだ。さて、当然邪魔される覚悟はあるんだろう?」 彩音の横から、2つの影が躍り出る。 「敵はフィクサードだ! 双方殲滅して構わない!」 『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)が冬宵に吠える。 「こんかいもばっちりサポートするよ~っ」 『さいきょー(略)さぽーたー』テテロ ミーノ(BNE000011)が、波間に声を響かせる。 閃光弾で目が焼かれていないフィクサードは、一斉に狼狽した様に、その場で首を左右に振って警戒する。ここで冴島が倉庫から跳び出して、事態に驚愕の音を上げる。 「な、馬鹿な……! ただの商売だぞ。何故、万華鏡にかかった!?」 冴島のこの言葉は、かく逆凪が"アークと交戦するリスク"を考慮している証左である。リスクを取らなくても、人数にモノを言わせた『ただの商売』でも十分に利益が出せると怪しまれる。 「じゃぁみんな、いくよ~~~っ」 ミーノが大きく戦術を展開すると同時に施す魔法が、リベリスタ全員の身体に浮遊感をもたらす。 「くっ! かかれかかれ! コンテナの回収は続行だ」 冴島が激しく指示を出し、逆凪のフィクサードが動き出す。かく全体の戦闘や戦術において、同じ指揮型であるミーノと冴島の競り合いと言えようか。 「おっと、冴島ぁ」 キツネ目が能面の様な顔で笑顔を作り、その薄い視線を冴島に送っている。 「どうしたんだよ最大手。取引の安全も確保できないのかよ?」 言葉と裏腹に、キツネ目が興味深そうに言う。両手をだらりと垂らし、腰を少し落とす。 「手伝ってほしいかい? 冴島」 「た、頼む。相手はアークだ」 「アーク? ほうほう、へえへえ。高くつくよぅ?」 キツネ目が殺気立つ。立ったかと思えば、跳躍して、置かれていたトランクを抱きかかえて宙へと放る。 且つ、上海フィクサードがコレを跳躍して掴み、同時に逆凪達から距離をとる。ここで快のアッパーユアハートが降り注ぐ。 「上海は勘が良いらしいな――さて、"第八派"のお手並みご覧あれ、ってとこかな」 快は襲いかかってくる逆凪側フィクサードの攻撃を次々と受け止めて、その脇の間から冴島を見据える。 フィクサードの集団が快に群がった所で、『ラビリンス・ウォーカー』セレア・アレイン(BNE003170)は、掌に黒い魔力の塊を創造しながら、そぞろ立つ。 「ご機嫌よう、アークよ」 逆凪と上海を左右に見て、ゆるやかに名乗り上げる。 かく本件の真の目的は双方のパイプを引き裂く事にある。あるが。 「積もる話は色々あるんだけど……時間があんましないから――」 その真意がバレても面白くない。 「とりあえず。死んでね?」 『単純な襲撃に見せかける事』。それが此度の策の内にあった。 黒き魔力の洪水が、快に群がった逆凪派フィクサードを凪ぐ。黒い洪水のごとき魔力の流れを、追い風のように背に受けて、悠里と夏栖斗、伊吹が、各々目標へと接敵する。 火蓋を切るという言葉は、元来、火縄銃が由来する。 「盛り上がってきたかのう?」 暗夜に溶け込む影が一つ、銃に弾丸を込めながら、戦いの様子を伺い、呟いて。 「さて、そろそろ動こうかのう」 潮の臭いは、いよいよ腥い。 ●上海と逆凪 -Mariabell Lee & Saejima Takashi- 伊吹は、眼前に上海と逆凪の双方を視界に捉える。 「悪党が雁首揃えてるな。一網打尽もいい所だ」 拳を握り、腰を深く落とし、大きく肘を引く。震脚の如き踏み込みで拳を前に出す。 「逆凪も質が落ちたものだな」 乾坤圏が宙に弧を描き、セレアが束縛した逆凪派と、上海の双方を一斉に殴り飛ばす。 殴り飛ばしたと同時に、上海フィクサードの一人の手から、トランクが離れる。ざざりと向こう側へと飛んで行く。 「まるで乾坤圏だなぁ! ヒャッヒャッヒャ! おもしれぇ!」 キツネ目が笑う。能面の様な顔のその口も、不気味に弧を描く。拳と拳の間に、針の様なものを握りこむ。 「その通りだが?」 「そうかよ! こっちもなぁ、そうだなぁ! huǒ néng biāo(フォ ノン ビィャォ)!」 キツネ目が、場を一斉に凪ぐように右から左へと腕を振ると、たちまち伊吹の足元に火の玉がぽつぽつと地にゆらぎ立つ。揺らいだかと思えば火柱が立ち上る。伊吹の身体を包む。 「っ! ……焔腕にしては大げさな威力だな」 「そりゃそうだ。こちとら、馬鹿みたいに愚直に業炎撃やってんのさあ」 炎に巻かれる事、即座にミーノの朗らかな声が響く。 「ころばぬさきのぶれいくひゃー――じゃなかった!!!」 聖神の力が降り注ぎ、炎を祓い去る。 「なぁるほどなぁ。狐――同類までいるのかよ。乾坤圏持ちも。私にぶつかってくるとは、中々気が利いてるじゃないかよ。え? アーク?」 キツネ目は冷たい視線でミーノを射貫く。 「ま、まけないもん。こっちだってこっちだって――」 愚直に一つの技を練磨した者がいる。 ミーノが「れっつごー」と勢い良く握りこぶしを上げる。支援の追い風、空っ風を割って、更に凍てついた氷の拳がキツネ目を捉える。目一杯に殴り飛ばす。 キツネ目は、悠里に殴られた箇所から少しずつ氷結していく。 「魔氷拳かよ、クソが」 「アークの覇界闘士、設楽悠里。ここは通さないよ」 悠里は拳を前に突き出して、業炎撃をやってきた者へと布告する。 かく、逆凪派から距離をとった上海の中央を、前衛が割って入った形とあいなっている。ミーノ、悠里、伊吹の背後では、倉庫での攻防が次の局面へと進む。 「洋上でやっていればいいものをわざわざ港でやるからこうなる。まあ、洋上でも潰すがね」 彩音が指先から気糸を伸ばす。一本の糸が複数の葉を芽吹かせるかの様に。次々と逆凪派の体内へと打ち込んで、内部から花を咲かせる。 「例えば普段はいいことをしている可能性もあるだろう。だが潰させてもらう」 そう。 トラウマ級の被害を与えてやるのが一番だ、と胸裏で反芻して心を躍らせる。 この一手でもって、逆凪で動ける者、ブロック可能な者が地に伏せる事で、かく突入口と相成る。つくづく計算通りで愉快極まりない。 「――さて、諸君。行きたまえよ。私はもう少し観察を楽しみたいのでね」 彩音が、ぴらぴらと語って視線をキツネ目へと動かす傍らを、夏栖斗が走る。 「ちーっす! ご機嫌麗しゅう、信頼と安心の使者アークでーっす」 一向に、冴島へと近接して、顔を突き出すように言う。 「くっ! よりにもよって!」 冴島が苦虫を噛み潰した様な顔を浮かべ、即座にその場に不可視の爆発を起こす。夏栖斗は吹き飛ばされるも、背後に在った逆凪派フィクサードをクッションにして場に踏みとどまる。 「っと、っと、相棒! 派手に行くぜ」 「応!」 応えた者は快である。さらなるアッパーユアハートでもって、逆凪派フィクサードを引きつけて。『手札を切る』機会を伺うも、冴島と視線が合う。 「……何故だ。何で私に、精鋭が出てくるんだ! 神秘事件なんて、起こしていないだろう! 崩界を招く様な事も!」 悲鳴の様に宣う冴島は、暗視の上で、目を赤くしている。 「良心的だ! 実に! 私は良心的だぞ! このブツも私が殺ったんじゃない! 私は、金で買うだけだぞ!」 ここでセレアが、冴島の言葉を切る様に、黒き魔力を解き放つ。高い威力の魔力は、一瞬にして冴島の片腕を持っていく。 「ぐが! がああ!」 「つべこべごつべこべ、ちゃごちゃごちゃごちゃ、うっさいのよ」 なんとも、最初に言ったではないか。 「とりあえず。死んでね? ――二回目☆」 逆凪側フィクサード達は、態勢を建てなおさんとする間も無い。快のアッパーユアハートに加えてセレアの葬操曲がそれを許さない。 圧倒的な戦力差と言えた。逆凪側は時間の問題ともつかない。 「さて――これで良しじゃな」 ここで暗躍するかのように動いていた『陰陽狂』宵咲 瑠琵(BNE000129)が、"役目"を済ませる。 ●人質 -hostage- 事前の情報の上では、逆凪と同程度の戦力と目された上海側である。 刃を交えて、基礎能力が段違いと言えるほどに、伊吹、悠里、ミーノ三人の負荷が蓄積されていく。 「強いね……。だけど、アイツ程じゃない」 悠里は、身体の至る所に火傷を負い、しかし拳を握り固める。 「あん?」 「上海の黒虎。君は高弟なんだよね? 王紅徴の」 キツネ目が、そのキツネ目を大きく見開く。次に能面の様な顔が憎々しげな表情へと変ずる。 「そうかそうか、テメぇか?」 「あの男の技を学ぼうっていうのに、弟子になんて負けてられないんだ!」 「ナメんなよぉ! うちのボスはなぁ、死ぬほど土砕掌ばっか使ってたって言ったんだ! だから私もなぁ」 炎と氷がぶつかりあう中を、もどかしとばかりに、ミーノの回復が支援する。 「わ、わぁ!? おさえきれないの~~~~っ」 幻想纏経由で、瑠琵の成功を知ったミーノは、一寸距離を置く。ぷいっと背後へと視線を動かし、手をぶんぶんと振って合図を出す。先ず伊吹である。 伊吹は合図を見て頷く。眼前の上海フィクサードへと声を張り上げる。 「俺は逃げる奴にも金にも興味はない。失せろ」 顎を出す形で示した方向にはトランクがある。上海側は一寸キツネ目を見て、次にトランクを見る。その様子に伊吹が二の矢を次ぐ。 「脳筋の親分について死に急ぐか? 金を持って高飛びでもするのが賢いと思うがな」 上海側フィクサードは、トランクへ向けて移動をする。 ――これで良い。 「悠里、もう良い」 声は耳には届いていない。キツネ目も部下の動きは見えていないと怪しまれ、拳がひたぶるに交差する。 突如、遠くに爆発音が響く。瑠琵がもう一手間。逆凪側の輸送手段を木っ端微塵に砕いた音であった。 幻想纏を通じた瑠琵の役目は、ミーノが受けて最終局面へと移る。 快がいよいよ、手札を切る。反撃の手を一寸止めて、冴島へとハイテレパスを送る。 『冴島――撫子』 一言で、冴島は大きく目を見開く。 「何、なんだ! 何を言っている!?」 快は盛大に狼狽する冴島の様子に手応えを覚える。ハイテレパスを続ける。 『アークは大のために小を殺す事を許容する組織だ』 『護衛もいない病人を拉致して売り捌くなりバラすなり、そんなえげつない行為がいとも容易い事は、お前が一番知っているだろう?』 快の言葉に、冴島はいよいよ全身を震えさせる。何か言葉を、と苦心して絞り出すように言う。 「……ま、待て、娘は、娘は関係ない! 娘は革醒していない。一般人だ」 二の腕から先を失った冴島が、その失った二の腕を振る。 滑稽とばかりに、セレアが改めて逆凪派フィクサードの体力を削り取りながら。 「だからなーに? 薄い薄いお涙頂戴なセリフね。薄いのは本だけで良いわ。三回も言わせないでね」 また彩音も腕を組み、チラりと冴島を見る。 「晴れぬ雲はない。闇が明けぬ事はない。だが朝が必ず来るように、夜は必ず訪れる。それが今という事だ」 踵を返す。最早、彩音の興味はキツネ目へと向く。 向いた視線と入れ替わるように、伊吹が冴島を見据える。 「貴様の腕はどうにもならんが、娘の分の臓器は病院に届けてやる。それでチャラにしろ」 冴島は、一寸怪訝そうな表情を浮かべる。 そこへ夏栖斗が拳を振り上げる。しかし寸止めの様に、顎先皮一枚で止める。 「そろそろ引き際じゃない?」 撤退を促す事。逆凪派において、一隊を管理している以上、馬鹿ではない。冴島は沈黙する。快が念話を送る。 『コンテナを諦めて退け。これだけの攻撃や状況なら言い訳も立つだろ? 全部無くすかせめて一つ拾うか、選べ』 冴島の中で、仮説が確信へと至ったか。 「お前等、我々の取引を! 上海とのパイプを!」 力なくその場に腰を落とした冴島の横から、ミーノがひょっこりと顔を出す。 「アークはちゃんとやくそくはまもるよっ」 にっこりと笑うミーノに、冴島は憎悪の目を向けてくる。 「ひゃー」 「あらら、ばれちゃった」 待ってましたとばかりに、セレアが続く。 「臓器売買の取引なんてアークが探知できるわけじゃないのよねぇ、神秘はそんなに絡んでないから」 セレアが連発していた魔曲の詠唱をここで止める。 「つまりね、逆凪さんも一枚板じゃない、って話じゃないの? あら、口が滑ったかしら、あたし」 わざとらしくも、しかし大きな声で"聞こえるように"曰う。 「……馬鹿な話だ! 裏切り者など!」 冴島の言葉が詰まる。現にアークが此処へ来たことに説得力が帯びる。 そして炎と氷の一騎打ちの方から、まるで全員に聞こえる様な声が飛ぶ。 「止めだ止め。氷使い」 ――とキツネ目の拳が、悠里の胸を軽く叩く。 「面白みが削がれた」 「何だって」 「不手際かよ。馬鹿馬鹿しい。次はオソレなんとかと取引するわ」 キツネ目が跳躍するように悠里から距離をとる。縮地法にて即座に踵を返す。 「待――」 手を伸ばした所で、喉の奥から火が生じた。 「……浸透無寸勁」 ――にしてはやや甘かった。最後の軽い拳からか。口を拭って逆凪を見る。 逆凪――冴島も頼みの綱であった上海側が総撤退した様子に撤退する。 リベリスタが敢えて見逃したと言っても過言ではない。呪詛めいた冴島の言葉が波間に消える。 「あ、危なかった……」 途中で息を切らして足を止めたキツネ目を、瑠琵が見つける。本来はカマをかけるつもりで居たがこれは僥倖と、影の中から生じて声をかける。 「上海にいる蜘蛛は元気かえ?」 「……トドメでも刺しに来たか?」 「心構え次第じゃな。アヤツの目的など何か知っておるかえ?」 「……まあいいか。あいつ嫌いだし。ここは一種隔離されているとか言ってたっけな。そんくらいだ」 「――? そうかえ」 瑠琵の役目は、『トランクをすり替える事』だった。上海フィクサードには今頃、有り難い新聞紙の束が渡っている事が予想される。含み笑いの上で見逃す事にする。 ●後日談 -epilogue- 冴島の娘の病院に、匿名で臓器が手配される。 他人の肝臓など適合する確率はかなり低い。低いにも、その"匿名者"がおそらく持つであろう、ネットワークによるものか、見事に適合する代物だった。 また、厳密な法規制の下、誰ともつかない相手からの贈り物での手術など不可能ではあるのだが、元々いわくつきの病院であったのか、冴島の娘の手術は成功して、見事に快復へと向かったのであった。 ――程なくして、本事件の港付近において、大小二人の死体が上がる。 目がくりぬかれ、口中は砕け、指は落とされ、そして皮膚も所々焦げていて。まるでそれが、生きたまま施されたかの様な恐ろしい形相をしていたという。 チャイニーズマフィアは、面子を潰した相手に"良く"こうするらしいが、おそらく本件とは関係無いだろう。 気になるとすれば、冴島の娘が散歩中に行方不明になった事くらいである。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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