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踊れコッペリア


 少女が奏でるピアノからは、ラの音が欠けていた。
 それでも構わぬと言った風情で鳴らし続ける彼女の指先には、血が通っていない。
 冷たいその指がせわしなく、だけど優雅に動くのを見つめて、僕は言った。
「寒くない?」
 演奏を止めて、彼女は僕の顔を見る。
 あなたは寒い? と、音の出ない唇から、おそらく彼女はそう僕に聞いたのだろう。
 暖房のない部屋、灯りのない部屋。埃の積もった天窓から差し込む薄汚れた月の光は、白い虫のような塵が無数にあることを見せていて、掃除などとうに諦めたこの部屋が酷く汚れていることを教えてくれる。
 寒くないよ、君と一緒だから。僕は嘘を言った。吐く息は白く、唇はきっと紫になっている。
 だけど僕といったら、彼女の指が鍵盤の上で止まったことをこっそりと嘆いているのだった。


「いいか、私達は正義の味方ではない」
 目を伏せて、『まやかし占い』揚羽 菫(nBNE000243)がそう口にする。
「積極的に世界の秩序めいたものを壊しにかかる――そういった輩を黙らせること、それがリベリスタの仕事だ。秩序の破壊、と大げさに言ったところで、多くはフィクサードの経済活動の一環だったりするがね。残念ながら少なくない数、存在することそのものが秩序の破壊につながるというケースがある」
 ずいぶんと大袈裟に言う。結局は、撃破対象はエリューションというだけのことでしかない。
 そう言い切ったリベリスタに目を向けて、菫は肩をすくめた。
「感傷的になりたい時もあるだけのことだ。気にするな。
 言うとおり、エリューションの撃破が今回の任務。
 側にいる少年は、残念ながらただの人間でね。のんびりしてるとエリューションが一体増えることになる。
 その場合は勿論討伐対象だ。……だが、彼に限っては、それも幸せなのかもな」
 大きく息を吐く菫。
「少し前までは裕福な部類に属する、平穏な家庭で画家を目指していたらしいんだがね。友人と初詣に出かけている間に、家が焼けた。彼は家族を失い、家を失った。友人たちとは――そもそも火事を起こしたのは、友人が手引した盗人たちだった。そっちはもう捕まってる。友人からは、自分も脅された、盗むだけだと言っていた、まさかそんな凶悪なやつだとは――との調書が取れてるらしいが。
 まあその件は、こっちには関係ない。ともかく、暖を求めて潜り込んだ廃屋の中でエリューションを見て、一目惚れしたらしい。今はほとんど、その姿を見ていたいという一心で意識を保っている。
 ――死にかけなんだよ。飢えと、寒さで。はっきり言って、超高速で保護に成功して病院に運んだとして、生命は助かっても四肢の末端殆どは凍傷でだめになるだろう。
 彼がそれでも生きていたいと思えるかどうか――そのあたり、私にはなんとも言えん」
 ピアノに凭れるような姿の青年が映し出されたモニターを見つめて、言葉を続ける。
「ゆるやかな自殺だよ、こいつがやってるのは。
 死んで、E・アンデッド化する可能性があるってんでようやく万華鏡にひっかかった。
 そうじゃなきゃ、こっちのE・ゴーレムのことだって、まだ発見できなかったろう。
 フェーズの上昇も当分観測できないし、自発的にやることはピアノをひくことだけだったろうから。
 ――どうしたいかは、現場の判断に任せる。後は頼んだ、リベリスタ」


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:ももんが  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2014年01月29日(水)23:14
ももんがです。寒くて指がかじかみます。

●成功条件
エリューションの討伐

●エリューション

コッペリア
 十代後半の少女に見える人形。骨董品のピアノ弾きの自動人形がE・ゴーレム化したものです。
 目的があるわけでもなく、今もただピアノを引き続けています。
 攻撃すればそれに応じて反撃します。ピアノに害を与えようとすれば積極的排除を行います。
 ピアノの調律はできたようですが、修理まではできなかった様子。フェーズ2。
攻撃方法等の特筆事項
 音怪(おんかい/ピアノ使用可能時のみ使用) 神全遠 魅了
 厳階(げんかい/ピアノ使用不可時のみ使用) 物範近 麻痺
 ピアノ使用可能時は物理攻撃以外無効 精神無効

少年
 OPで説明のあったとおり。準備なしで向かった場合、死亡まで最速で15分。
 この死亡までの時間は様々な判定の影響で変化します。
 死亡後は意識等を保ったままE・アンデッド化。
 E・アンデッド化した場合は自動人形を庇います。攻撃手段は物単近のみ。フェーズ1。

●場所・時間
 廃屋、夜。
 戦前に道楽者が住んでいた洋館です。
 道楽者の死後、管理する人がいないまま現在まで放置されています。
 電気などは通っていません。
 人はまず来ないでしょう。
参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
ハイジーニアスソードミラージュ
須賀 義衛郎(BNE000465)
サイバーアダムインヤンマスター
焦燥院 ”Buddha” フツ(BNE001054)
フライダークマグメイガス
綿雪・スピカ(BNE001104)
ハイジーニアスデュランダル
★MVP
ランディ・益母(BNE001403)
ハイジーニアスダークナイト
山田・珍粘(BNE002078)
フライダークスターサジタリー
ユウ・バスタード(BNE003137)
フライエンジェホーリーメイガス
メイ・リィ・ルゥ(BNE003539)
メタルフレームレイザータクト
アンドレイ・ポポフキン(BNE004296)


 ただひたすらに自動人形を見続けていたいと感じたその一心が彼をここまで生き長らえさせ――その全ては少年にとって、良かったのか、悪かったのか。
 寒さが痛みとして感じられる間は、まだ救いがあるのだという。
 知覚が麻痺して、寒さを感じなくなっていったことを、助かったと考えていた。チアノーゼを過ぎた指先が赤みの強いピンクから白へと変化していくのを、少年は目にしなかった。
 万が一、その様子を自分のこととして自覚していたら、少年はもう目を閉じて、異質の存在へと生まれ変わっていたかもしれなかった。
 少年はひたすらに眼と耳からの情報を受け取ることに、残された力を注ぐ。
 その時、酷く耳障りな、木の軋む音とがした。せっかくのピアノの音が汚されていくように感じて、少年は眉根を寄せる。彼の耳に響いた足音(ノイズ)は疾く、部屋の中に及ぶまでそれが人間のものだとは気が付かずにいた。見覚えのない人々の姿に、しかし少年はちらと目をやったきり興味を見せない。
「何もかも失って、自暴自棄か。
 まあ分からんではないけども、余計なお節介焼かせてもらうよ」
「……誰だよ、アンタ」
 真っ先に飛び込んできた細身の男――『ファントムアップリカート』須賀 義衛郎(BNE000465)が、少年の体に手をかける。冷えきった体は、それでもひとまずの抵抗を示した。無理矢理抱え上げるのは容易だが、それに時間を取られるわけにも行かない。ひとまず体ごと少年と自動人形の間に割り込む。少年はまだ知らずとも、ここはすぐ戦場となるのだ。
 義衛郎と隣り合う位置に走りこんだのは『グラファイトの黒』山田・珍粘(BNE002078)――自己申告に従うならば、那由他・エカテリーナ。
「折角の逢瀬でしょうけど。邪魔させて頂きますね。
 そちらの可愛らしい貴女に用事があって来ました。
 可愛い子を傷つけるのは、本当に悲しくて仕方無いんですけど――破壊させて貰いますね?」
 那由他は闇を形なき鎧として身にまとい、人差し指を口の前に当てて微笑む。その目はさっと室内を確認し、位置関係を確認する。好事家の屋敷だったとは聞いたが、部屋の中は生活感のない手の込んだ家具が壁にそって配置されているばかり、あとは邪魔にも遮蔽物にもなりそうにないソファがいくつか。この部屋は、まるで小規模なホールの様。きっとコッペリアのためにあてがわれたに違いない。その美しさと少女細工を楽しむためだけの、酔狂の部屋。グランドピアノを弾き続ける少女人形は、この期に及んでまだ一心不乱に鍵盤を叩き――否。
 その旋律は、ゆっくりと甘く狂いだしていた。
 コッペリアにとって最も恐れる、ピアノへの害意。それを受けた、結果として。
「音楽ハ好きデス、シカシそれが敵となるのであれば、全力で斃しマス。
 美しい音デスガ――心ヲ支配される訳にはいかぬのデス」
 それに惹かれつつある己を自覚し、『攻勢ジェネラル』アンドレイ・ポポフキン(BNE004296)はぎり、と歯を食いしばる。強く噛んだ舌が血を流す。鉄錆の臭いが鼻腔に充満し、生温い塩気が口を満たす。
「小生を支配したいのであれば……殺して魅せろ」
 少女に向けて、巨大な斧を構える。
「さぁ戦争でゴザイマス。大胆不敵痛快素敵超常識的且つ超衝撃的に勝利シマショウ」
 ところで――『誰が』コッペリアだったろう?

 歪んだ旋律がリベリスタの心を踏み荒らしだした時。
 高い澄んだ音が鳴った――ほぼ同時に、すさまじい不協和音が耳をつんざく。ピアノにはありえないほどの一瞬で消えたその音は、しかしピアノから鳴り響いた。
「あ、ああ、ああ……」
 義衛郎に耳を塞がれていた少年が、目を見開いて声を上げる。
 何本ものピアノ線が、緊張から開放され好き勝手にそっくり返って自由を謳歌している。
「おーぱっきゃまらどーってね」
 枠に残った硝子を蹴り落とし、『ミックス』ユウ・バスタード(BNE003137)はピアノを『見下ろした』。
 椅子から立ち上がり、コッペリアは天窓を見上げる。そこから降りてきたユウを睨みつけるために。
「神様というものは、どうして時に残酷なのかしら。
 家も、家族も、友人も奪って……次は命すら奪おうと言うの?」
 止んだはずの旋律は、未だ『運び屋わたこ』綿雪・スピカ(BNE001104)の中で鳴り響く。
 はやくこの音を振り払わなきゃ。『誰が』コッペリアなのかわからないけれど。
「死んでしまったら命の演奏は止まってしまうから……」
 聞こえる音楽に合わせてスピカは羽を震わせ、その花弁たちが魔力の渦の中で舞い踊り、リベリスタたちへと飛びかかる。槍で絡め盾をかざしてひらりとそれをいなした那由他の他にそれを逃れた者はなく、アンドレイの金属製の尻尾は切り裂かれ霜が吹き、ユウの腹でも氷粒が傷口を押し広げて止血を阻害する。
「敵を斃す事が小生の役割にして存在意義。故にミットモナク倒れたりする訳にはいかぬのです」
 アンドレイは処刑の刃を構えるように下げ、その位置からひとの意表に上らぬ速度で振り上げて那由他に斬りつける。那由他だからこそ直撃は避けれど、その一撃の傷は決して浅くない。
 眉を寄せた彼女に、その背後からさらに赤い槍が襲い掛かった。神業のような槍さばきで『てるてる坊主』焦燥院 "Buddha" フツ(BNE001054)は那由他を追い詰め、ついには押し飛ばし人形の側から那由他を遠ざける。フツもまた、魅了の音に知覚を狂わされていたのだ。
「確かにボク達は正義の味方じゃ無いよね。
 積極的に自殺する勇気は無いけど、死ぬのを望んでたみたいで、その機会を潰して、辛い現実に引き戻しに来たんだから……。義衛郎ちゃん、その少年を見せて」
 暗がりをうまく見通せない『NonStarter』メイ・リィ・ルゥ(BNE003539)には、割れた天窓が照らすピアノ周辺はまだ見えても、その周囲までははっきり見えない。腰にランタン――ベレヌスをつけていた義衛郎は少年の姿が後方のメイから見えやすいように体をひねる。一度頷くことで謝意を示し、メイは大いなる存在が少年へと活力を与えてくれるよう願う。少しでも少年の状態が快方に向かってくれないものかと。


「よし、もう少し堪えてくれよ」
 呆然としたままの少年にコート・オブ・センチュリオンをかけて担ぎあげ、義衛郎はコッペリアから距離を取る。その際、ベレヌスは外して床に転がしておいた。これで、メイからも戦況が見えやすくなるだろう。先ほど闇の鎧ごと吹っ飛ばされた那由他も、もう一度闇を纏って再び少女人形の前に立ちはだかった。義衛郎の肩の上で、少年がそれでもコッペリアから目を離さないのを見て、那由他は目を細める。
「あら、素敵な片思い。でも、その相手を引き裂くのが私達の仕事なんですよねー。
 そうでなかったら思いを遂げさせても良かったんですけど。世の中、上手くいかないものですねえ」
 コッペリアの変わらない表情は、それでも先ほどまでの冷たくすました様相はどこにもなく、確かに怒りを湛えていた。優雅に見えなくもない仕草で指先からピアノ線を放出すると、手近に居たリベリスタ――正面の那由他と、アンドレイ、フツの3人――に向けて振り下ろす。アンドレイの金属の足に、尻尾の関節に、その金属糸はきつく絡まり動きを戒める。ピアノ線の一部は、フツの体表に当たった際に弾かれ人形へと叩き返されているものの、それが深手を追わせるはずもなく。
 手応えに笑みを浮かべたようにも見えた少女人形の背に、衝撃が走る。背方を見返した人形に突き立ったのは、業火の矢。放ったユウは、コッペリアの様を見て口の端をゆるめた。所詮は人形、よく燃える。
 スピカの脳裏に響き続ける音楽は、着実に彼女の思考能力を奪っていた。羽撃きは再び風の渦を産み、リベリスタたちを切りつける。花の斬の中をくぐり、フツは『コッペリア』に槍を向けた。彼の意志力は、彼をすでに正気に戻している。
「なあ、コッペリア。あいつに……少年に何か言いたいことはないか」
 言葉を待っても、やはり人形は何も言わない。その唇さえ開かない。それを見届けてから、腰を下げて深く突き込み、なぎ払う。見た目よりはるかに重いのか、少女はほとんど押しのけられること無くそれを腕で受ける。ぱきり、と何かが凍りついた音はしたが――十秒も持つまいとは、それを成したフツ自身が理解した。
「珍ね――那由他ちゃん!」
 少しだけ足元をふらつかせていた那由他へと、清らかな微風を願うメイ。那由他の怪我の半分ほどがその姿を消していく。
 氷を振り払った少女人形が、じっと部屋の扉を見た。その向こうから、足音がひとつ近づいている事に気がついたのか。
「――状況はどうなってる」
「壊れたピアノにお嬢さんが怒ってるところ、かな」
 遅れて到着したランディ・益母(BNE001403)に、義衛郎が己の外套ごと抱えていた少年を渡すと、愛刀を幻想纏より取り出しコッペリアへと距離を詰める。
 ランディは持参した毛布で少年をくるむと、栄養剤を飲ませようとする。気力がないのなら無理矢理にでも、と考えていたが、少年は栄養剤を明確に拒否した。
「やめてくれ、なんだって、彼女を苦しめるんだ……」
「別にお前が可哀想だから助けるとかそんなんじゃねぇ。
 救うなんて自己満足出来るほど青くも無い。気に入らないんだよ、テメーがな」
 彼がようやく絞り出した声は弱々しく、頼りない。それを一瞥して、ランディはカイロを少年の手に、足に手早く押し当てる。この先どうなるかがわかっているから、弱く、しかし容易に落ちない程度にしっかりと。

「歪んでるって自覚はあるんですけど。
 可愛い子を傷付けるのは悲しいのと同じ位に、それが嬉しくて仕方無い自分も居るんですよねー」
 那由他の槍が、呪いを帯びる。この世のありとあらゆる呪詛を流しこむように、大上段から突き刺すように
振りかぶって、人形に飛びかかる。
「悲しくて、嬉しくて。ああ、楽しい……!」
 コッペリアに槍が届く直前、ほんの僅かに速く振りかぶられた金属線。それは先と同じ顔ぶれに加え、義衛郎をも巻き込む。那由他はこれを、今度は避けきれなかった。巻き付くピアノ線に、コッペリアが淀んだ微笑みを浮かべる。しかし、那由他は笑みを深め、それを物ともせずに槍を突き刺した。彼女の持つ揺るぎなき絶対は、その程度の緊縛で崩れるはずがないのだ。
「負けられない、勝ちたい……その為にココに居る!」
 唸る、アンドレイ。己の意志を取り返したばかりの彼だが、回避は得手としていない。厄介な鋼線に、予備動作などがないものかと注視しても、それを留めることができない。
 呪によって石のように硬直した少女人形に、ユウはもう一度業火を撃ちこむ。避けない的に当てるのは容易な話。炎が石に巻き付くのをしたり顔で見やり、介抱される少年を見た。
「生きてりゃなんとかなる、なんて無責任は申しません。
 ただ、貴方は見たはずです。血の通わない指先であろうと、美しい物は生み出せると。
 ――彼女の事を「忘れない」為にも、まずはひと踏ん張りしてみるのはどうでしょ。
 貴方が忘れたら、彼女の存在は本当に無かった事になりますから」
 ユウは少年に言葉をかける。聞こえていなくとも、意識のどこかに引っかかってくれれば良いと。
「人の生き死にを強要するなど、わたし達にはできない。差し出すこの手さえ、余計なお世話かもしれない」
 スピカもまた、魅了の音を振り払うことができていた。戦況が、芳しいとはいえないことを見て取ると、バイオリン――ドルチェ・ファンタズマを顎にあて、弓をひく。清らかなる存在へと呼びかける。旋律に癒やしの歌声をのせてくれるようにと。リベリスタたちの傷口が、少しずつふさがっていく。
「生きていれば、など安い言葉は言いたくないけれど、それでも――いえ、これ以上は蛇足ね。
 ――あの子は、死なせない」
「うおおおおッ!」
 フツが、緋槍を構えたままコッペリアの至近へと吶喊する。その目的は、しかして攻撃のみになく。
「あいつは死にかけているが、命はオレ達が助ける」
 小さく。少年には届かぬ程度の声で、身動きの取れぬ人形には間違いなく届く程度の声でそう囁く。
「――だが、しばらくすればまた死を選ぶだろう。
 この寒さだ。こいつの手足はダメになってる。手も足も使えなくなれば、こいつはもう絵を描くことができない。そうだな、お前で言えばピアノを弾けなくなるわけだ。それがどういうことかわかるか」
 人形のガラス細工の眼球はフツに向けられた後、興味なさげにそらされる。
「ポポフキンちゃん、ごめんね」
 苦悩するアンドレイの麻痺を解いてやりたいのはやまやまだが、どうしても那由他の怪我が激しすぎるのだ。メイは小さく謝りながらも、大いなる存在に那由他の賦活を乞う。聞こえたのか、アンドレイは戒められた片腕に力を込めて、その手をどうにかメイに向け、
「戦いませう、血にまみれようと勝利の為に」
 そのピアノ線を――引きちぎる。


 義衛郎の刀は、その速度がために実体ある幻となって幾重にもコッペリアを斬りつけ翻弄し、惑う人形に那由他の呪槍が突き刺さる。石の呪をはねのけた少女人形はもう一度石になどなるものかとばかり、憤怒の形相――人形の顔を構成していた石膏はすでに剥がれ落ち、その奥の複雑な糸や歯車の構成が作り上げたその表情を浮かべて幾度目かになるピアノ線の五条鞭を振り回す。その攻防に那由他がついに膝をつけど、虚ろな目に喜色を浮かべてコッペリアを見据える。倒れたはずの那由他を見る美しい硝子玉は驚きに見開かれたようで、運命を捧げた甲斐がある――ああ、楽しい!
 ユウは膝を埃の多い床につけて伸ばした羽を強く羽ばたかせ、エアリアルフェザードはコッペリアに襲いかかる。人形の体内の糸がいくらか切れて垂れ落ちる様はまるで血の流れる姿にも似て、きしきしという音は関節に霜でも降りたものか。
「貴女が死の音楽を奏でると言うならば、わたしは、それを覆す生の音楽を奏でるわ」
 スピカが、一掃激しくバイオリンを鳴らす。何度でも、何度でも癒やしを呼びこむために。
 メイはフツに激励の微風を送り、それを受けたフツがまた、魔槍で少女を押し飛ばす。
「一時的に命が助かったところで、あいつにはもう、生きがいがないんだ。
 あいつの生きがいは絵であり、お前だった。
 ――お前はオレ達が殺す。あいつの生きがいを、オレ達が奪う。
 生き残ったところで絵は描けない。だから、」
 あいつは死ぬ、と。少年に聞こえぬよう、フツは早口に言い聞かせる。何かしらの反応を引き出せないものかと、唇を噛む。それでも――人形には何も変化なく。
 所詮は人形。魂無き無機物。
 誰に害なす事もなくピアノを弾き続けたコッペリアには、他に何もなく、そこにおそらく何の意志もない。

「裏切られて悔しくないのか?
 一目惚れした女を殺されてその横で虫ケラみたくおっちんで童話の少年みたく終わって満足か?」
 絶望の目で、壊され行くコッペリアを見つめる少年に、ランディは言葉を掛ける。
 返答など望んでいない。すぐに少年はそんなもの出来る状態でなくなる。
 体の異変に少年が震え始める。
 懐炉が温まり、毛布の中で熱を伝え始め――溶け始めた指先が、激痛を訴え始める。
「あ、ああ……?」
 血管の中を、凍ったままの血液がめぐりはじめる。心臓がその衝撃に引きつり、まだ鼓動を打つ力があったことを少年の体に伝える。脈打ち流れ始める血が、凍った体細胞を破壊し表皮に水ぶくれを作りながら、壊死しかけた指を骨ごと砕くような、鼻を削ぎ落とされるような、耳を引きちぎられるような痛みを、少年がまだ生きていることをその体に教えこみ始める。それらは凍傷の治療に際して起こる、体の異変。
「お前絵が好きなんだっけ?
 だったら手でも足でも口でも使って描いてそいつら見返して、俺は生きてる! って証を建ててやった方が10倍スカっとすんだろが。
 死にたきゃ後で連絡しろ、いつでもぶっ殺してやるから今は嫌でも生きて貰う。
 お前はまだ惚れた女に何もしてやれてねぇだろ――」
「うああ、あああああ!!」
 暴れだし更に自分の体を傷つけることのないように、少年を軽く押さえつけ、ランディはその耳元で叫ぶ。
「せめてあの女にお前の絵を見せてやってから死にやがれ!」
 攻撃動作共有を経た断頭将軍が衝撃的な一撃でコッペリアを砕いたのと同時に、少年は意識を失った。

「辛くても生きてた方が良いか? 死んだ方がマシかなんて、ボク達はどちらが良いと判断する立場じゃないよね。辛い現実に立ち向かうか、逃げるかはその人次第だもん」
 ランディが手配しておいた救急車で、少年が運ばれていく。それを見届けながら、メイは呟いた。
「生きてれば、後で死ぬ事できるけど死んじゃったら、やっぱり辛くても生きてたいって思ったとしても、できないんだよね」
「小生は神デモ死神デモナイ。小生はただの兵隊」
 アンドレイが、メイの言葉に顔を向け、眼を閉じた。
「正義も悪も騙りませぬ。ただ戦いマス。
 イツダッテ勝った方が正しいのデスカラ。それが小生の世界なのでゴザイマス」

 ――その全ては少年にとって、良かったのか、悪かったのか。
 少年がこの先、どういった道を歩むのかは――彼次第であり、アークには関わりのない話である。

<了>

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
お疲れ様でした、E・ゴーレムの破壊及び一般人の保護に成功しました。

MVPは、戦闘以外に全力を注いだ貴方へ。