●砂を噛む 最強の武器は勇気だ、と言った男がいた。 その言葉通り、勇敢でまっすぐで、そして短命だった。 「年を喰って……日和っちまったかな、私は」 若くしてこの世を去った友に向けた言葉を、老人は横たわったベッドの上で自嘲気味につぶやいた。 次いで老人の脳裏によみがえり、耳朶を打ったのは鳴り止まない悲鳴。 声にならぬ叫びが、老人の口から吐き出される。 全身に巻かれた包帯の下は、まだ癒えぬ傷を覆い隠しているが、その痛みから来る叫びではなかった。 「許してくれ」 叫びの合間に、老人の口から漏れたのは謝罪の言葉。一人横たわるベッドの上に、その言葉を聞き入れる者などいない。 それでも収まることがない懺悔の声は、暗闇の中に吸い込まれるようだった。 まるで儀式のように続いた老人の独白も、時間が経つにつれて収束していった。 眠ったわけではない。 むしろ暗闇の中に自己主張する老人の瞳は、まるで別の生き物のように強い光をたたえ、眠りや休息に落ちて行こうとするのを強く拒んでいるかのように見える。 老人の心に浮かぶのは復讐心。そして待ち受ける己の運命を受け容れる、覚悟だった。 老いた身体を横たえて、今はただ体力と傷の回復を待つ。 そうして老犬は牙を研ぎ澄まし、再び訪れる戦いの時に想いを馳せる。きっと自分にとって最期となるであろう、戦いの時を。 ●守る為の戦い 「……見て頂いた映像は、今夜実際に起こるであろうと思われる、事件現場のものです」 集まったリベリスタ達の方へ振り返りながら、天原和泉(nBNE000024)は言葉を続ける。凄惨な現場の映像を見た彼女の表情は暗い。 「ターゲットは犬型のエリューション。恐らくは元々野良犬であったと思われますが、覚醒して凶悪な力を得ています──そして」 端末に映し出されたのは、ターゲットと思われるエリューション化した犬、そしてその周りに集まる同等の雰囲気を持つ、やはり元は犬であった──怪物である。 中央に立つモノは、まだ犬としての体を維持していることは理解できるが、周囲に集まるモノは、もはや犬なのかケダモノなのか、四本足で歩行していることでようやくそれであると識別が出来るだけの物体に成り下がっていた。 「周囲に集まっている怪物も元は野良犬であったと推測されますが、中央に立つ犬の影響を受け、強制的にエリューション化させられた結果、犬の忠実な部下となっているようです」 「現時点で、一体どれくらいの部下が存在しているのですか?」 「先日人里に姿を現した時は、リーダーとなる犬を含めて5体の存在が確認されています」 「! 既に何かしらの事件を起こしている?」 「……はい。3日前に山から人里に下り、下校中の小学生の集団に襲いかかりました。……交通整理をしていた老人に重傷を負わせ、子供を二人殺害して逃亡しました」 「事前に食い止められなかったのか」 「エリューション化した犬はフェイトを得ていたようで、行動は慎重かつ迅速で、こちらが動きを掴んだ時には、最初の事件が発生していました」 「犬のフィクサードということか……」 「はい。そして、最初の事件の時に交通整理をしていた老人が、先程の映像に映っていた犠牲者です」 和泉は端末を操作し、画面を切り替えた。映像に映っていた時よりも少しだけ若い頃の老人の写真だった。そこに書かれた経歴を読んだリベリスタ達の顔に驚きの表情が浮かぶ。 「老人の名前は坂神圭一郎。現在は引退していますが、現役時代は『猟犬』と呼ばれたリベリスタでした」 更に詳しい経歴が映し出される。 「フォールダウンよりも以前から活躍していたそうですが、長きに渡る戦いで肉体を酷使した結果、引退を余儀なくされ、現在はボランティアで地元の交通整理の手伝いをしています」 デュランダルとして常に前線に立ち続けたらしく、引退するまで生き残れたことが奇跡のような経歴の持ち主であった。 「突然襲いかかって来た怪物たちを前にした坂神氏は、子供達を守ろうとしたものの、自身は重傷を負い、結果として二人の犠牲者を出してしまった事を酷く悔やんでいます──そして」 「敵討ちに出かけようとしているって訳か」 「今朝方入院していた病院を抜け出し、自宅に一度戻った坂神氏は武器を持って、犬達が逃げていったと思われる山へと向かいました」 「たった一人で? なんて無茶な……!」 「その結果が先程ご覧頂いた映像……です」 和泉はそう言うと、改めて場に居合わせたリベリスタ達に向き直った。 「元は捨て犬で、人から虐待を受けていた──ターゲットは、そのような犬であると推測されます。人への憎しみを募らせた彼らを矯正することは不可能であり、人の味を覚えてしまった今、放置することで更なる犠牲者が出ることも予想されます」 リベリスタ達は静かに頷く。 「ターゲット達が再度人里に現れる前に補足し、討伐することが皆さんに与えられた任務です。そして、既に先行しているであろう坂神氏に追いつき、可能であれば保護して下さい」 「追いつくことも不可能ではないだろうが、手負いの猟犬が大人しく帰るとは思えないな」 「方法は問いません。ですが、これ以上犠牲者が出ないよう……どうか、お願いします」 そう言うと、和泉は全員に向けて頭を下げた。 リベリスタ達はそんな和泉を見て、思い思いの返答をして、ブリーフィングルームを後にした。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:てけわい | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年08月08日(月)23:39 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●戦場の空気 「……近いな」 現役であった頃の癖を思い出したのか、老人はひくりと鼻をゆらして獲物の臭いを嗅ぎ分けた。 血に飢えた、けだものの臭い。 吐く息は常に食んだ屍肉そのもの。したたり落ちる涎は獲物の血を含み、鉄の臭いがする。 かぐわしいとはとても言えぬ、そんな臭い。 眼光鋭し老人の足取りは重い。瞳が見せる執念ほどに、老人の身体は万全ではなかった。 それでも白木で造られた鞘を握る手は力強く、戦闘狂として生き延びてきた老人の凄みは十分に伝わってくる。 「ふん……囲いを作ったつもりか、畜生共め」 先日自分達を襲い、逃走した標的。彼らが逃げ去った方角には、住宅街に隣接した山、そして森が広がっている。 おおよそのアタリを付け、森の中へと歩を進めた坂神は、いつの間にか自身を中心として濃厚な殺気が立ちこめていることに気がついた。 時間は19時。夜闇が辺りを覆い隠そうとする時刻。坂神は腰にくくりつけた懐中電灯のスイッチを入れた。 「丁寧にお相手して頂けるということか、手負いの老いぼれ相手に」 きん、と澄んだ音を立てて、白鞘から白銀の刃が覗く。やがて抜いた刃を両手で支えた坂神は、持ち帰る必要無しと言わんばかりに、鞘を地面に捨て置いた。 今宵だけでなく、いつもの坂神の癖だった。 戦いの場を常に死地ととらえ続けた坂神の覚悟が、捨て去った鞘に込められている。 「やはりな、これは特別だ……どうにもな」 捨て去った鞘を一瞥し、数刻後にそれを拾う己の姿を、今日は想像出来なかった。 「まあ、いい。私は果たさねばならぬ。あの子達に誓ったことをな」 腰を一段落とし、両手持ちの刀を正眼に構える。 そろり、そろりと周囲に5つの影。 犬と言うには少々はばかれる黒い固まりが4体。 それらを統括していると思わしき司令塔は、4体から少し離れた場所から、坂神を射貫くように見つめている。野良犬とは思えぬ、真っ白な身体に紅い瞳が憎悪に燃えたぎっている。 「囲いは完璧。既に勝ったつもりかね、怪異」 司令塔に向かって放たれた言葉。返答の代わりに司令塔は、低くうなり声を上げた。 「ならば、始めようか」 坂神を取り囲んだ影が、一気に間合いを詰め、襲いかかって来た──。 ●闇を切り裂く者たち 「──やるね、なかなかに」 坂神と怪物たちが刃を交えて既に5分経過していた。 多勢に無勢、明らかに分が悪い坂神は、ほぼ防戦一方であった。 自慢の刀もその斬撃をほぼ防御に使うので精一杯で、何とか手傷を負わぬよう立ち回るのがやっとと言った所だ。 このまま体力をそぎ取られては、じり貧になる──。 何とか攻勢に回れないかと思案する坂神であったが、司令塔の命ずるままにこちらを休ませぬよう攻撃を仕掛ける怪物たちに、一分の隙も見いだせない。 「──うむ」 けだもの達から休み無く繰り出される斬撃を、刀で受けた坂神は、脇腹に感じる違和感に気付いた。そして、衣服の内側を伝う生温い液体にも。 元より完全な形でここに来たわけではない坂神。先日の襲撃で受けた傷が、再び坂神を責め立て始めた。 このまま長期戦にもつれこめば──。 坂神の脳裏に浮かんだのは、ただただ意味もなく力を削り取られ、無力なままへし折られる己自身。 無駄死に。その言葉どおりの無様な己の姿。 それは、戦いに身をおき続けて生涯を乗り越えてきた坂神にとって、決して許されぬ最期であった。 「……最大の武器は、勇気」 戦いに生き、死んでいった戦友の言葉を、再び噛みしめるように呟く坂神。 今こそ、我が武器を見せる時。 声にならぬ気迫を込め、坂神は刀を真一文字に振るう。 一瞬、攻勢を仕掛けていたけだもの達が、それを続けられぬ程の、強烈な意志の力。 「──さて」 標的との距離を測り、坂神が踏み込む足に力を入れようとしたその時──。 「ちょおっと待ったぁっ!」 坂神の隣に滑り込むように現れた少女。燃えるような真紅を思わせる長髪を片側に束ねた少女は、やや不釣り合いとも取れる大型のチェーンソーを抱えていた。『神斬りゼノサイド』の異名を持つ神楽坂斬乃(BNE000072)である。 「お前さんは──」 「お爺ちゃん、ダメだよ。戦うなら生きる為じゃないと。そんなことはただの逃げなんだから……!」 突然の乱入者に、敵方のけだもの達にも動揺が走るが、統率者である白犬の吠え声一つで、落ち着きを取り戻していく。 「無茶しすぎる爺さんだな。でも、その生き方は嫌いじゃないぜ」 神楽坂にやや遅れて『酔いどれ獣戦車』ディードリッヒ・ファーレンハイト(BNE002610)も戦場に名乗りを上げる。瞳に虎を宿した男の手には、無骨なグレートソードが握られている。 「最強の武器は勇気、か。それは否定しねえよ。だがな、俺はこれにもうひとつ加えて『知恵と勇気』としたいね。てめえが生き残ってこれたのもそのおかげじゃねえのか?」 手甲を思わせるフィンガーバレットをガチガチ鳴らしながら、『男たちのバンカーバスター』関狄龍(BNE002760)も暗闇から参上した。 「遅ればせながら──自分も加勢いたします!」 守りに特化したマジックディフェンサーを構え『生還者』酒呑雷慈慟(BNE002371)は坂神の前に出る。 「そうか、君たちはアークの……これは?」 坂神の身体をぼんやりとした光の輪が包み込む。その光は暖かみを感じさせる優しいもので、坂神は自身の傷を癒やすそれに、何か懐かしさにも似たものを感じていた。 「おん・ころころせんだり・まとげいに・そわか……!」 一行のやや後方に、護符を振りかざす少女が真言を唱えながら現れる。『下策士』門真螢衣(BNE001036)は、傷癒術で坂神の治療を行おうとしていた。 「リベリスタが少ない中で、戦い続けた貴方は、わたしたちにとって英雄です──お手伝いさせて頂きます!」 「そうだよ! そう簡単に死んじゃいけないんだから!」 門真の真言に合わせるように、戦場を歌声が包み込む。そこに居合わせた者を癒やす、奇跡の歌声。『いつも元気な』ウェスティア・ウォルカニス(BNE000360)の天使の歌は、坂神の気力を取り戻させた。 「済まんな……動いているとは思っていたが。どうしても、な」 かつて仲間達と共に幾多の戦場を駆けた坂神は、彼らが今どのような気持ちでここに現れたのかも理解していた。 「ったく、それが分かってんなら、どうして一人でこんな無茶をやってのけようとしたんだい?」 金色の鎧に身を包んだ『イエローナイト』百舌鳥付喪(BNE002443)が、悠然と現れる。マナブーストを使い、己の魔力を高めることを忘れていない。 「無茶して死んじまっても意味がないだろう? 私たちが手伝ってやるから、無事な姿を子供達に見せてやるんだね」 「そうだよっ! アンタが死んで、誰が喜ぶっていうのさ! そんな命の使い方は、このアタシが許しゃしないよ!」 集団のしんがりから現れたのは『三高平の肝っ玉母さん』丸田富子(BNE001946)。普段は終始笑みを絶やさぬ彼女も、無謀な行いをしている坂神には、優しい怒りを向けていた。 「これは、生き残った後の方が──恐ろしい、か」 「へっ──それだけの減らず口が叩けるってこたぁ、問題ねえな!」関はフィンガーバレットを構えて眼前の怪物に向き直った。 「猟犬は獲物を狩ってこそ……見せてもらうぜ、その存在価値をな!」ファーレンハイトも爆砕戦気で気を高め、戦闘準備を進めている。 「力をお貸しします。存分に戦って頂く!」酒呑はコンセントレーションを使い、周囲への警戒を強めつつ、盾を改めて構え直した。 「さ、さくっとやっちゃおうか!」気合い一閃、チェーンソーのエンジンに火を入れた神楽坂も、爆砕戦気を使い、テンションを上げていく。 一気に多勢に無勢を逆転された白犬は、一瞬躊躇したものの、悠然と吠え声を上げて手下の黒犬たちに命令を下す。 リーダーの声に合わせて、黒犬達はやや散開しつつ、前衛の5人に向けて襲いかかってきた。 「──皆、気を付けろ! 二匹はこのまま突っ込んでくるが、残りは我らの囲いを抜け出そうとしている!」獣の言葉を解する酒呑は、白犬が下した命令を、仲間たちに伝えていく。 言葉どおり、一塊で突撃してきた四匹のうち、二匹は大きく左右にサイドステップして、両脇から前衛を抜けようとした。 「そうはいかないよっ!」 酒呑の言葉に適応した神楽坂は、軽やかなステップを踏んで左側の黒犬に追いつき、横っ腹に向けて斬撃を繰り出した。命中しなかったものの、彼女の動きに黒犬の一匹は完全に釘付けになった。 「そう簡単に囲いは抜けさせねえってな!」 右側に飛んだ黒犬に関が仕掛ける。やや遅れた関の反応だったが、何とか前衛の囲いは破られずに済んだ。しかし、黒犬の正面に立ちはだかった関に向けて、黒犬は赤黒く変色した牙を剥いて襲いかかる。 「ぐおっ!」黒犬の牙が、関の腕に食い込む。 「テメェっ!」腕に噛みついた黒犬の鼻先に拳を叩き込んだ関は、ややもつれ合って腕から離れた所に無頼の拳を炸裂させる。脇腹をしたたかに捕らえた関の拳を喰らい、黒犬を大きく後方に吹き飛ぶ。 「逃さないよ!」 吹き飛んだ黒犬に向けて、百舌鳥の腕に装着されているガントレットから炎の塊が飛んでいく。 既にダメージを受けて動けぬ黒犬は、百舌鳥の放ったフレアバーストの直撃を喰らった。焼けただれた肉体は膨れあがり、内側から爆ぜるようにして飛び散った。 「……ったく、おっかねえな、バアサン!」流血した腕を押さえながら、関が毒づく。 「助けて貰って、その言い方はなんだい! アンタに当てるようなヘマはしないよ!」 「ご老人っ!」 中央に突っ込んできた黒犬二匹の前に出た酒呑は、盾をかざして坂神への攻撃をブロックし、押し込む。うまく捌ききれなかった分は、ファーレンハイトがグレートソードをかざしてフォローする。 「──感謝する」 酒呑の脇をすり抜けるように動いた坂神は、大上段に構えた刀を哀れな標的に向けて振り下ろした。 坂神の一撃は黒犬の胴を真っ二つに引き裂いた。怪物は真っ黒な血飛沫をまき散らして、地面に倒れ込む。 「もう、一匹──!」 続けて生き残りの黒犬に斬撃を繰り出さんと坂神は再び刀を構える。 「危ねえっ!」 今しがた倒した死骸の横をすり抜けた坂神の脇腹に向けて、上半身のみになった死体が襲いかかる。視界の端でそれをとらえたファーレンハイトは、坂神と黒犬の間に滑り込み、体当たりを仕掛けて攻撃を阻止。続けて地面に転がった哀れな死体に、無慈悲な一撃を叩き込む。 頭と腕をグチャグチャに砕かれた死体は、さすがにもう動こうとはしない。 「本当に襲いかかって来やがったか……!」屍肉がこびりついたグレートソードを払いつつ、ファーレンハイトは忌々しげに呟く。 「アークの予測か?」 「ええ、そうです! 完全に破壊するまで油断しないで下さい! おん・きりきり・ばさら・ばさり・ぶりつ・まんだまんだ・うんぱった……」後方から声をかけつつ、門真は護符を振りかざし、仲間の周辺に守護結界を展開する。不用意な攻撃にも、これである程度は対応出来るだろう。 「さあて、そろそろアタシの出番かね!」丸田は敵の数が減ったことを確認すると、白犬に向けて魔曲・四重奏の詠唱を始める。やや時間のかかる4種の詠唱を一気に読み上げ、立て続けに4本の魔光が白犬に向けて放たれる! 白犬は自身に向けて一直線に放たれた魔光を、坂神の攻撃を逃れ、呼び寄せた黒犬を盾にすることで回避した。己の安全など顧みない黒犬は、魔光の直撃を受けたが、辛うじて生命を繋いでいる。 「あくまでも駒ってわけかい? 気にいらねえな!」冷酷な白犬のやり方を見て、関は怒りをあらわにした。 「わたしたちは……そんな戦い方をしないんだよ!」関に向けたウォルカニスの天使の歌。 「すまねえな、ウェスティア」 「ううん! わたしたちは、誰も欠けることなく……この戦いを終わらせるんだよ!」 「当然! そうでなくっちゃ、勝利なんて……言えないんだから!」 戦力が崩れ、動揺を隠せなくなった目の前の標的に向けて、神楽坂は気合いのこもった一撃を叩き込んだ。標的の頭を砕き、地面に叩きつける神楽坂。 「ごめんねっ!」 頭部を砕かれ、死体と化した黒犬の胴と四肢も、バラバラに切り裂く。これでもう、この怪物は何者にも操られることはない……。 ●賢しきモノの執念 「これまでだな──白犬」 魔光の呪いを受け、満身創痍の黒犬を一匹だけ従えた白犬に、酒呑はそう声をかけた。 「命乞いは聞きません。私たちを恨みながら、死になさい」酒呑に続いた門真の声は穏やかだったが、冷酷でもあった。 「哀れな野良犬かもしれんが、お前たちが殺めたあの子達には、何の罪もない……何もな」 低く、恨めしげな唸り声を上げる白犬。その吠え声に諦めの意志は含まれていない。 そう、諦めてはいなかった。 生き残り、逃げ切ることを。 白犬は大きく吠え声を上げた。その声に呼応するかのごとく、既に息絶えそうな黒犬は一行に襲いかかった。 「させないよっ!」 神楽坂は襲いかかる黒犬の胴をチェーンソーで真っ二つに引き裂いた。 「許せよ!」 胴を引き裂かれ、飛んできた黒犬の顔面に関の拳が吸い込まれる。黒犬の半身は砕け散り、辺りに肉片が飛び散った。 「──急急如律令! ……逃がさない、と言ったはずです」 黒犬が飛びかかった隙を見て、この場から逃亡を図ろうとした白犬に、門真は呪印封縛を放つ。その呪言は白犬を捕縛し、逃亡を完全に阻止した。 「悪い子は、きちんと躾けてやらないとねっ!」丸田の放つ、二度目の魔曲・四重奏。今度の魔光は、白犬の胴を確実に射貫いた。 「今度こそ償え──死をもって、な」 白犬に向けて踏み込んだ坂神は、躊躇うことなくその首に刃を振り下ろした。 音も立てずに滑り込んだ刃は、容赦なく白犬の首と胴を寸断する。自らが操った怪物は、それこそ頭一つになっても襲いかかって来たが、司令塔たる白犬は、そのような力を持ち合わせてはいなかった。 かくして人への怨念をたぎらせ、罪無き人の命を散らした狂犬は、その悲しき生涯に幕を下ろしたのであった。 ●日常への帰還 「戦い続けた人生の終焉を、私はここで終わらせるつもりだった」 「貴方が死に急いでも、何の意味もないのにですか?」 門真の口調には、老人への気遣いと共に、その思いを避難する気持ちが込められていた。 「意味は必要ない。子供達を救えなかった私には、そもそも生きる意味もないから、な」 そう言って俯いた坂神の首根っこを、関は思いっきり掴み上げる。 「スカしたことを言ってんじゃねえよクソジジイ! テメエがいたからこそ、犠牲が二人で済んだんだろうが!」 「そうだよ! 亡くなった子も、おじいちゃんに死んで欲しいなんて、絶対に思ってないよ!」 「さっきも言ったけど、そうやって死に急ぐのは逃げでしかないんだよ、お爺ちゃん」 神楽坂もウォルカニスも、目に少しだけ涙を浮かべていた。 「……だな。それに、今回関わった俺たちとしても、あんたに死なれたら後味が悪かったろうしな」 ファーレンハイトはそう言ってため息をつく。 「そうだろう、な。それは分かる、が……もはや生き恥を晒すようなものなんだよ、私にとってはね」 「生き恥でもいいじゃないか。アンタが生き残ったことで、次に何かがあった時にアンタ一人分、誰かを助けられるんだよ。そうだろう?」やれやれ、と言った口調で百舌鳥は老人に苦言を投げかける。 「我々は、貴方に死なれなかったことで、無念を背負わずに済んだ。そこに貴方の生きる意味を見つけて頂きたい」紫煙をくゆらせながら、静かに語りかける酒呑。 「見つけられるのだろうか……これから、私に。あの子達を救えなかった、私に……」 ぱんっ! と小気味のいい音が鳴った。 富子が坂神の頬を叩いた音だ。 「アンタの気持ちは分からなくもないよ。でもね、アンタは今、生きてるんだよ。生き延びたんだよ。その生を無駄にしないために、こんなところで惚けてる場合じゃないだろう?」 「何が出来るというのだ、この私に?」 「アンタが生きてきた中で培ってきた経験や教訓を……アタシやこの子達、それに、子供達に教えてやっておくれよ。生き残ってきたアンタに出来る、大事な仕事だろう?」 「伝えられること、か……」 「アンタが去ったアークは、まだまだ脆弱な組織さね。アンタみたいな『経験者』がいてくれないと困るんだよ。それに、生き残った子供達にも、アンタは必要とされているだろう、なぁみんな?」 富子が皆を見渡すと、それぞれが深く頷いた。 「──ありがとう。もう少し、生きさせて貰うよ、もう少しだけ、な」 そう言うと、坂神は空を見上げて一言、呟いた。 「おじちゃん、今日逝けなかったよ──だから」 目に涙を浮かべる。 「もう少しだけ、待っていてくれ」 応える者はいない、問いかけ。だが、きっと──それを聞くべき者は、許してくれただろう、と。 任務を終えたリベリスタ達は、そう信じたのであった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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