●十文字菫と水原良 十文字菫というフィクサードがいる。 七派の一、剣林に所属しており、『一射十炎』と呼ばれるスターサジタリである。その名の通り炎系の射撃攻撃を得手とし、範囲殲滅型の射手である。 つい最近までとあるアザーバイドの攻撃により病床に伏せていたのだが、それも快癒しリバリビもようやく完了したのである。 さて、このフィクサードには少し厄介な特徴があった。 「よし、アークを攻めるぞ」 十文字菫は、何かとストレートなのだ。 「待て、病み上がり」 三高平に殴りこみに行こうとする菫の肩を、介護していた男が引き止める。男の名前は水原良。元剣林現フリーのフィクサードである。 「猪突猛進も大概にしとけ。お前一人で攻めたら再入院だ」 「安心しろ。攻めるのは良一人だ」 「何故!?」 「決まってるだろう。お前を剣林に戻す為だ。時村の御首をとってくれば復帰は確実だ」 「いや、三高平のどこにあの眼鏡がいるかわからないし。じゃなくて、その、剣林に戻るの、俺?」 「当たり前だ。私の伴侶なら剣林最強――ひいては日本最強となってもらわなくては」 水原は迷うことなく言い放つ菫の言葉に、肩をすくめた。二人の関係は惚れた好いたの段階は既に過ぎている。彼女のために命を賭けて戦ったこともある。伴侶、とストレートに言われることに今更恥じらいはない。 だからこそ、菫の性格はよく知っていた。好きな人には大物になって欲しい。そのためのバックアップならいくらでもする。内助の功、といえば聞こえがいいが出世先がフィクサードなら社会的にはいい迷惑である。それこそ今更だが。 そして殴りこみにいく先には、このフィクサードには少なからず恩があった。 「アークには借りがあるんですけどねぇ。お前の『毒』の件で」 「うむ、知ってる。だから被害を最小限で抑えるためにトップのみの暗殺で行くのだ」 「うわー、合理的。 そんじゃ、装備整える為にアザーバイドでも狩りに行くか? お前の復帰戦と、装備充実も兼ねて」 水原も慣れたもので、菫の機先を逸らすようにフォーチュナから教えてもらった情報を伝える。 「む。そんな言葉に騙される私じゃ――くまあああああああ」 ●アーク 「目的はアザーバイド二体の送還もしくは撃退。Dホールは少しはなれたところに開いている」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は集まったリベリスタたちに向けて淡々と説明を開始する。 ブリーフィングルームのモニターには、四速歩行のアザーバイドが映し出されていた。その姿は、 「……クマ?」 「に似たアザーバイド」 イヴの言うとおり、クマに似ていた。脊索動物門哺乳綱ネコ目クマ科。大きさ三メートルで茶色の毛皮を持つ獣型アザーバイドである。どちらかというと丸型で、獰猛さよりもかわいらしさが浮き出ている。巨大なぬいぐるみ、といわれれば騙されそうな風貌だ。 「性格は温順。毛並みはサラサラ。人に良く懐き、誘導されればDホールに向かう。こちらの世界に来たのも、たまたま開いたDホールに落ちたみたい」 聞くからに平和な状況である。ただ問題が一つだけあった。 「……で、そのクマに懐いてるこの女は?」 「フィクサード」 モニターにはそのアザーバイドの毛並みを一心不乱にモフっている女性がいた。最初は恐る恐る、だけど少しずつ早く。何かに感動するように目を輝かせ、そして抱きついた。 「……フィクサード?」 「フィクサード。送還しようとすると邪魔をしてくる」 うわ厄介な。 「対応策は主に二つ。フィクサードを殴って倒すか。アザーバイドを殴って倒すか。 どちらをとってもフィクサードから攻撃を受ける」 とはいえ相手は二人である。数で攻めれば勝てそうだ。 「あとは相手の戦意が高くないみたいなので、交渉するか」 「交渉、ねぇ……」 その言葉にリベリスタは苦悶した。相手はフィクサード。しかも武闘派剣林の一門だ。さて言葉が通じるかどうか……。モニターに写るフィクサードたちを見た。アザーバイドをモフモフする女と、そばに立つ男の会話が聞こえてくる。 『はっ! このようなことをしてる暇はないのだ。早く毛皮を剥がねば……剥ぐのか……このくまを……』 『あー。モフっちまうのはこのアザーバイドの能力だから仕方ないんじゃね?』 『……むー。能力なら仕方ない』 男に諭されるようにアザーバイドをモフっている女性は力を抜いた。割とチョロそうである。 「Dホールは数時間で自然消滅する。そうなるとこのアザーバイドはフェイトを失い、討伐対象になる。可能ならそうなる前に対応して」 イヴの言葉に背中を押されるように、リベリスタたちはブリーフィングルームを出た。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:どくどく | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年01月24日(金)22:12 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 冬空だが空は晴天。多少着込めば寒くもないそんな日差し。 広い野原にぬいぐるみのようなアザーバイト。異世界の存在だが危険はまるでなく、牧歌的な雰囲気だ。 そこにいるのは二人のフィクサード。炎の射手と氷の格闘家。武闘派の組織で鍛えられた彼らは、相応の戦闘力を持ち手段を選ばなければ革醒者の1チームを殲滅できるほどの実力を有している。 「ほわああああああああ」 ……まぁ。 全力でアザーバイドに抱きついている女性と、それを岩に座ってみている男からはそれを全く感じないのであるが。 「デート中悪いッスけど、ちょっとお邪魔するッスよ」 声をかけたのは『小さな侵食者』リル・リトル・リトル(BNE001146)だ。男のフィクザードには過去交戦したことがある。あの時は敵同士だったが、今回はさてどうなるか。できれば穏便に行きたいものである。 「毎度氷原ちゃーん! 僕ちゃんでぃーす!」 バイクを押しながら『泥棒』阿久津 甚内(BNE003567)が手を上げる。甚内とこのフィクサードの付き合いは長い。タバコを咥え、緩んだ雰囲気で語りかける。糸目が女性のほうのフィクサードを見た。ああ、この子が。そんな顔をする。 「あれが十文字菫、例の『達磨の娘』ですか」 『現の月』風宮 悠月(BNE001450)が二人のフィクサードを見て呟く。『達磨』と呼ばれるフィクサードとは縁がある。彼が世界を敵に回してまで助けた娘。水原良と呼ばれる男に似合うのは初めてだが、悠月には彼に浅からぬ縁があった。 「当初の目的は遂げられたようで何より」 『レーテイア』彩歌・D・ヴェイル(BNE000877)が女のフィクサードを見る。男のフィクサードが女のために命を賭けていた事は知っている。その成果が実ったのなら、それはいいことだ。 「あの人が達磨さんの娘さんか。良くなったみたいで良かったな……」 呟くのは『ガントレット』設楽 悠里(BNE001610)。立場としてはリベリスタとフィクサードだが、快癒したのは嬉しいことだ。七派フィクサードの一員でも、個人的に悪意を持てない相手なら元気になってよかったと思う。 「セリエバの毒もようやく抜け切ったって話か」 全力でアザーバイドに抱きついて愛でている面白系フィクサードを見ながら、緋塚・陽子(BNE003359)が歩いてくる。眠り姫が病院で動けなくなっている姿を思い出した。今元気で動いている女と同じと思うと、少し笑みが浮かぶ。 「『一射十炎』! カッコいいですねえ。私もそんな風な通り名で呼ばれたいものです」 『万華鏡』で見たフィクサードの二つ名を思い出しながら『ミックス』ユウ・バスタード(BNE003137)が頷いた。その由来と戦い方は同じ射撃系の革醒者として興味がある。どちらの『火』力が高いのか。 「あぁ、十文字君ってこう言う性格だったのな……水原君も大変だわなぁ」 タバコをふかしながら『足らずの』晦 烏(BNE002858)がぼやく。若干同情しながらも十文字の親御さんは結構親馬鹿だったんだなぁ、と納得する。不倒の槍使いも、子育てまでは上手くいなかったか。 リベリスタとフィクサード。アークと剣林。一触即発の雰囲気もかくやの組織関係だが、 「あー、お久しぶりですねぃ」 そんな緩やかな再会の挨拶が交わされた。 ● 整った毛並みは、触るたびに手にフサフサした触感を与える。なぞった毛がふわりと元に戻っていくのを見て、不思議と心が和む。撫でればなでるほど整っていく茶色の毛皮。その触感が手に残り、なんともいえぬ感動を与える。 肌は体温が伝わっている為か温かく、押せば弾力を持って返してくれる。柔らかく、それでいて温かい肉。何度も優しく撫でればアザーバイドのほうも信頼を寄せたのか、緊張を解いたようにさらに弾力が柔らかくなる。 抱きつけば、自分の全体重をも受け止めてくれる。ぬくぬくと温かい体温が伝わってくる。整った毛が触れた部分を優しく刺激し、弾力ある体が全身を柔らかく包み込む。腕に力を篭めて抱擁を強くすれば、アザーバイドの優しい鳴き声が耳を刺激する。それが喜びであることは、言葉が判らなくても伝わってくる。 「やーん、ふかふかー」 ユウがまるくまを全力でモフっていた。ふかふかふかふか。ここまでされても嫌な顔ひとつしないアザーバイドを確認し、さらに抱きつく。眠そうな瞳が、さらに緩やかになっていく。このまま寝たら最高だろうなぁ……。 「リルもモフるっス!」 リルもぴょんと跳んでまるくまに抱きついた。リルの体重が圧し掛かっても、全く意に介さないアザーバイド。力を篭めればそれだけ柔らかい弾力で返してくる。あー、やばい。癖になりそう。 「ねーね菫ちゃん。コレどの辺どーすると喜ぶのーねー!」 「頭の部分を撫でてやると喜ぶぞ。顎の下とかもポイントだ」 甚内が菫にまるくまの愛撫の仕方を尋ねていた。先達(?)の慣わしとしてアドヴァイスをする十文字。甚内はその言葉通りに撫でてやる。喜びの声を上げるまるくま。 「本日はお仕事で来てますが、ひと時の癒し空間を求めても罰は当たらないと思うし」 彩歌が言ってからまるくまのそばにしゃがみこむ。周りの皆がそうするように、彩歌もまるくまを撫でていた。最初は恐る恐る。しかし慣れてくれば少しずつ大胆に。神秘の力で魅了されることはないが、これは普通に時間を忘れそうになる感覚だ。 これは武闘派フィクサードである十文字が、骨抜きになるのもわからなくはない。巨大な茶色毛玉で優しい性格。日が暮れるまでモフモフしていたい。 「うん。まぁ、Dホールが自然消滅する寸前までは撫でててもいいんじゃないかな?」 そんなわけで、しばらくはまるくまを愛でるだけの状態になっていた。 もふもふもふもふもふもふもふもふもふもふ……。 さて、そんなモフモフしているリベリスタですが。 目的はモフモフすることではない。このまるくまの送還もしくは殺害なのだ。とにかくDホールが自然消滅する前に元の世界に返してあげるか殺害するかすれば、世界にダメージを与えることはない。リベリスタとして世界を守るために日々戦うのである。 ところがリベリスタと一緒にモフモフしている十文字菫さんは、アザーバイドを攻撃および送還しようとすると攻撃してくることがわかっています。さてどうしたものか。 『そういう訳なんで菫さんの説得に協力してくれないかな?』 『あー。そういうことなんですねぃ。とりあえず普通に話しましょうや。コソコソやってたら菫の心証が悪いんで』 悠里が思念会話で水原にアーク側の事情を伝える。苦い顔をしながら念話を返して交渉を再開する。 「元々、頃合いを見計らって説得する為の言葉があるよね?」 「あるっちゃあるけど俺達サイドからすれば『じゃあ毛皮剥ぐか』で済む話なんですけどねぃ」 悠里の言葉に水原が頭をかきながら応える。しかし相手はリベリスタ八人。四倍の戦力差相手はさすがに如何ともしがたい。勿論リベリスタ側はそんな圧力をかけるわけでもないのだが。 「仕方ないとなれば無抵抗のゆるキャラでも惨殺する血も涙もないリベリスタだけど、あんまり後味が悪くなる事はしたくないのよね」 まるくまをモフモフしながら彩歌が意見を口にする。ここに立つ以上、そういう覚悟は確かにある。殺害が目的なら、初手から殺す気でやるだろう。だけどそうしなくていいのならできればしたくない。 「そういうわけで折れてくれると私としては面倒事が無くて助かります」 「いやまぁ、俺としても面倒なく帰れるほうがいいんですがねぃ」 もとより戦闘はあまりしたくない水原からすれば、リベリスタの提案は正直ありがたい。それに乗っかろうと思うが、パートナーはなんと言うか……そう思ってそちらに首を向けると、 「私の名前は謎の英国紳士ジョージ十二世」 「ジョージ十二世……!?」 熊のマスクを被った烏が十文字にそう名乗っていた。もこもこの熊マスクの中から、少しぐもった烏の声が響き渡る。 「その熊は帰りたがっている。クマを故郷に返してあげたまえ。その代わり、紳士コレクションの一つ、もこもこくまちゃんの縫いぐるみを授けよう」 「ふ。その程度の変装で誤魔化されると思うなよ、リベリスタ。この毛皮を渡さぬ算段だろうがそうは問屋が――」 「おなかを押すと『がぉぅ』と鳴く優れものだぞ」 「おおおお……」 結構どうでもよさそうだった。 「いつぞやの眠り姫がお目覚めか、まずは回復おめでと」 そんな十文字に話しかけたのは陽子だ。手土産とばかりに大きなプレゼントボックスを渡す。 「武闘派剣林に賄賂が通じると――」 「中身は大きな熊のぬいぐるみだ」 「通じると……通じると……人の善意を無下にするほど私も心は狭くない!」 プライドと私欲の間で揺れ動いた十文字でした。 「ところで今モフってるくまだけど、長い時間ボトムに居るとモフモフじゃなくなるぞ」 「なんと!?」 陽子の言葉に驚く十文字。因みに嘘である。 「モフモフのままで元の世界に還せば、今度来る時は数が増えてるらしいぞ」 「むむむ……つまり子供を生むということか」 「その子達は長時間この世界に居られません」 情からの説得は効果ありそうだと判断した悠月が言葉を重ねる。思えば『達磨』は娘への情で悪事を重ねていた。その情を受けて救われた娘が情に薄いのでは救われない。当然だが相手はフィクサード。過剰な信用は置けないのだが。 「……帰らせてあげていただけませんか?」 「話が違うぞ、良。世界から落ちてきたはぐれだと聞いたのだが!」 「フリーのフォーチュナと『万華鏡』の予知じゃ情報量が違うのは当然だぜぃ」 訴えかける十文字の言葉を、さらりと流す水原。 「はっ。寝堕ちするトコでした!」 ユウがまるくまの気持ちよさに眠りそうになりながら、はっと我に帰る。まぁ、寝たふりだったのだが。 「これだけモフっても嫌な顔ひとつしないとは大人しい子ですねー。こんないい子の毛皮を剥ぐなんて、かわいそーですよねー」 「ぐ……。しかし神秘の氷を防げる毛皮。強化の為には心を鬼にして――」 ユウの言葉に十文字が心を引き締める。 「モフり倒して英気を養うのも、また戦士として正しい在り方だと思いますしー」 「うむ、休息は必要だ」 そして引き締まった心はあっさり緩んだ。 「ところで二人の関係がちょっと図りかねるッスけど、許嫁とか婚約者みたいな感じッスかね?」 十文字と水原を見ながら、リルが問いかける。仲がいいのは『万華鏡』の映像や今のやり取りからもよくわかる。仕事とは関係ないことだが、興味津々である。というか仕事自体はもう八割方完了しているようだし。 「どちらかというと敵同士から恋に落ちたかんじかねぃ。剣林内で殴りあってるうちにチームを組んでこういう仲になったって流れか」 水原がかいつまんで説明する。剣林らしいといえばらしい。 「因みに婚姻はまだしていない。結婚は良が親父を倒してからだ」 「……倒す? えーと、ツンドラさん、『達磨』さんに嫌われてるんスか?」 リルの質問にうんざりした顔で水原が答えた。 「いえね。この娘『私の父を超える猛者でなければ、私の人生を預けれん!』……とか言いやがりましてねぇ。『達磨』さんも結婚は当人の意思だからってことで反対しなかったんですよぅ」 「うわー……ご愁傷様っス」 剣林らしいといえばらしい……のだろうか。 「菫ちゃんもさぁ折角拾った命だし。運良く年越したんだしー。押し付けじゃなくて、拾ってくれた奴がどーすると喜ぶかとかさー」 甚内がタバコを咥えながら菫に迫る。 「私はきちんと良のことを考えて行動しているぞ」 「いや、割と自分勝手だろお前」 甚内の言葉に十文字が胸をはり、水原がツッコミを返す。 「鄙びた温泉でも行ってイチャイチャしてさぁー。子供でも作っといでー、って言ってんのー」 「何を言うか。妊婦になると戦闘できないではないか。それでは良を助けることができん」 十文字の答えは、実に剣林的な答えだった。腕を組んで、威張り顔である。 全員の視線が水原に集中する。何も言うなと水原は渋い表情で訴えるが、 「水原君、尻に敷かれるタイプだったんだねぇ。暫くは大変そうだ」 「…………うるさいやぃ」 皆の意見を代表して告げた烏に対し、水原が苦々しく応えた。 ● 時刻は夕方。 あの後、リベリスタと水原の二重説得で十文字が仕方ないと折れたこともあり、アザーバイドは送還される流れとなった。 「あと面倒になるんで司令暗殺は中止してほしいッス」 「トップやられて被害小さい組織ないですぅー」 リルと甚内の意見に、十文字が向き直る。その顔は武闘派のフィクサードの顔だった。 「裏野部方面が面倒なことになりそうだから、後門の虎は潰しておきたいのだが――もがっ」 「あー、はいはい。俺っち暗殺向きじゃないからパスしますぜぃ」 十文字の口を手で塞いだ水原に、文句をいたげな十文字が暴れていた。まぁ、この力関係なら安心はできそうだ。何せ実行犯がやる気なさそうだし。 「ところで一戦どうかな? 何だかんだで、直接戦った事ないんだよね。一対一でどう?」 「えー。さっき争いたくないって言ってた……いっ!」 悠里が拳を突き出し、水原に勝負を挑む。嫌そうな顔をする水原の太ももを十文字がつねった。 「いいだろう。受けてやる。二対八でも構わんぞ」 「一対一でやりますぜぃ」 不満そうな十文字を無視する形で、水原は拳を突き出した。それが悠里の拳と重なった時、互いの動きが『覇界闘士』の動きになる。 自身に有利な間合を取る悠里。腕を伸ばした距離。自分のステップの距離。相手のリーチと一歩で進む距離。全てを瞬時に計算し、最適の位置取りを行う。同時に稲妻を手甲に纏わりつかせて、攻勢に出る。 (僕たちは同じタイプの闘士だ) 拳を交わしながら悠里は確信していた。氷技を軸とした水原の動きは、火力を求めたものではない。氷で固めて相手を足止めし、仲間をサポートするもの。 互いの拳が交差し、一進一退の攻防が続く。水原の突きを悠里の手甲が受け流し、稲妻のフックを体をそらしてかわす水原。その攻防は時間が経つにつれ、悠里の打撃が当たり始める。 「……もしかして、ほとんど戦う準備無しでここにきたの?」 「あのアザーバイド温厚だから戦う準備なんかしてねぇの!」 勝負あり、を察した悠里が拳を止める。メタなこというと、魔氷拳とアッパー以外は種族スキルしか活性化していないのだ。無理無理、と尻餅をついて手を振る水原。 「そうッスか。氷鎖拳のステップとか見たかったんスけど、見れなくれ残念ッス」 踊り子のように戦うリルが残念そうに呟いた。そりゃご愁傷様、と水原が土を払って起き上がる。 「水原静香」 悠月は水原に向けて言葉を紡ぐ。その言葉に足を止める水原。自分の姉の名前を出されて、その表情が硬くなる。 「話すかどうか迷う所ですが、彼女は三高平の病院内で死にました。己の改造した実験体に殺される等と碌な死に方ではなかったけれど」 「……そーですかぃ。伝えてくれて、感謝しますぜぃ」 ため息と共に、言葉を紡ぐ水原。その表情の中に、様々な思いが含まれていた。 「彼女のしたことは許されざる行為でしたが、彼女の研究がセリエバに対抗するものを生み出す為だったとすれば――」 「だけどあんた等は非道なねーさんを許せず、止めた。ねーさんは自分を曲げずに死んだ」 悠月の言葉を制するように、水原が口を開く。 「……そうですね。たとえ事情があったとしても彼女を許すつもりはなかったでしょう」 「それでいいんですぜぃ。己を貫いて死んだのなら、きっとねーさんも本望だった。 そう必死に思う事にしますぜぃ」 恨みがないとは言わない。だけど咎めるつもりはない。言外にそう告げていた。 ● そんな一幕もあったが、最終的には双方戦うことなくアザーバイドが送還され、Dホールが閉ざされた。 名残惜しげな十文字の表情だが、リベリスタもあの感触が二度度味わえないと思うと惜しくもある。崩界の危機を天秤にかけるわけにはいかないが。 「次会ったら、二人と本気の喧嘩したいッス」 「今度あったら本気で勝負しましょうー!」 リルとユウが再戦の誓いを告げる。他の人もそれぞれの言葉で別れの言葉を告げた。 「何で血の気多いかねぃ、革醒者界隈は」 「良がやる気なさ過ぎるのだ。もう少し野望を持て」 いいながら二人のフィクサードは帰っていく。 「なかなか面白系のフィクサードだったな」 「ああ見えても剣林だから、価値観が違って厄介だけど」 二人が去ったあとで、十文字のことを思いながら陽子と彩歌が呟く。今回は戦うことなく解決したが、戦闘になっていたら……まぁ、あまり怖くなさそうな気もする。 「そういえばバイク店紹介するとか言ってたの忘れてたぜー」 「まぁ、生きていればお互いまたどこかで会うだろう」 指を鳴らす甚内に、熊のマスクを外しながら烏が告げる。脱いだ熊マスクの下は、いつもの三角マスクだった。 そしてリベリスタも帰路につく。モフった熊の感触を思い出しながら。 後日―― 「よし、アークからスキルをラーニングしよう。あの耳がピンとはねてるのが使う不思議妖精スキルとか。むしろ私が欲しい!」 「いいからアップルパイ食べてろ」 「……むぐ」 ミステランのスキルに興味津々な十文字を、適度にコントロールする水原がいた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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