● 気が着けば俺は尻もちをついていた。 目の前には真っ赤な血の中に沈む父親と、一太刀の刀を持った母親。 ぽたり、ぽたり、ぴちょんぴちょん、水音が、水音だ。刀から堕ちる、そう、赤い水たまりを作っていく雫の音が、やけに大きな音で耳に聞こえる。 鳥も鳴いていない。 木々の葉音さえ聞こえない。 さっきまでは、怒鳴る父親と、泣き叫ぶ母親の声が煩かったはずなのに。 外でバイクがけたたましい音を響かせて通過していった音でやっと我に返った。 「そんな、事しなくて……も、良かったんじゃ、ねぇの……? かあ、さん……」 引き攣った笑みで、震える声でそう言った。 人生上手くいかないものさ。それに人って感情に流されやすい。 父親の浮気だの、それが原因の喧嘩だの。嗚呼、此の家も終わりかなって思った訳だけれど、思ったより終わりは残酷な気がする。 終わり良ければ全て良しって言葉、今だけはそうだなって心の奥底から言える。 ……そろそろ思考の逃避も許されないらしい。 なあ、此の言葉を聞いている誰か。其処に居るんだろう、居るって言ってくれよ。 頼むよ、もし俺が、さ。 母親の声じゃない何かが、こう言った。 「何を言っているの」 もし、俺が、壊れてしまった其の時は。 「次はお前がやるんだよ」 ハ、ハハ……―――遠慮無く、俺の事を壊して死なせて欲しい。 次に気が着いた時、父と母の骸の上で笑いながら刃を舐める俺なんか、クズなんだから。 ● 「依頼を宜しくお願い致します」 『未来日記』牧野 杏理(nBNE000211)は集まったリベリスタ達にそう言った。 今回のお相手はエリューションであるらしい。 「寄生型のエリューション。あ、今お騒がせのペリーシュナイトではありませんよ」 エリューションゴーレムの名称は『鍔眩』。 見た目こそ、普通の刀ではあるが、妖刀とでも言えるのだろうか人の殺意を増幅させ、殺させて其の血肉を貪る刀である。 「食えば食うほど、成長をする。放っておけばフェーズが進行してしまいます、そうなる前に如何にかして欲しいのです」 今、鍔暗はとある一家をぶっ壊した所だ。 万華鏡で探知は出来たものの、到着する頃には手遅れか。 緋月未来という少年の身体を使って、これから新たな血肉を手に入れようとする所。 「なので、緋月家の中で抑え込むか、はたまた一般人対策をして外で迎え撃つかはお任せします」 此処で良くない話だが、鍔眩に取り付かれた一般人は強制的にノーフェイス化が発生する。良い話かは知れないが、フェーズ2であるエリューションを、フェーズ1が扱う為に威力は本来のフェーズ2のそれよりは劣ると言う。 「……だから、もし、少年を助ける事ができるのなら、彼は2日後にフェイトを得ます。其れは万華鏡が弾き出した、事実。彼を助けるのは……皆さんなら大丈夫かもしれませんね、宜しくお願い致します」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:夕影 | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年06月09日(月)22:24 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 4人■ | |||||
|
|
||||
|
|
● 外はまだ明るいというのに、部屋の中は闇に飲み込まれた様に静かであった。 母が父を殺し、母を息子が殺し、さあ、その息子は誰に殺されるというのだろう。 虚しい、悲しい、だが叫び声を上げる事も出来ずに鍔眩を持ち立ち上がった未来は内心笑った。未来が未来を失うとは、なんとも滑稽な名前なのだろうかと。 しかし此処でひとつの神秘が家を取り囲んだ事に彼は気づかなかった。仕方が無い、神秘化(ノーフェイス化)して間もない彼に、強結界という概念が無い今、彼に近づく其の足音にも気づかなかった。 「お邪魔します」 パリーンガッシャーン! とでもいうのだろうか、強結界があるからといって盛大な登場の仕方だ。 というのも『ファントムアップリカート』須賀 義衛郎(BNE000465)が家の庭の方にあったガラス扉を蹴り破り、鍵ごと扉を破壊しながら家内部に侵入したのだ。 家宅侵入罪か、そんな事も言ってられない。舞った硝子の破片が光に反射しつつ、外の風が閉めきったカーテンを開けさせつつ、光が内部を照らしながらリベリスタが義衛郎に続く。 「ゆるさないよ! 人を操って悪い事させるなんて!」 五十川 夜桜(BNE004729)の親指が未来を示した。されど彼女から見える未来は、口から唾液を垂れ流しつつ、目は虚ろな穴で完全にイってしまっている。 其の姿に内心「ひえ!?」と夜桜は背筋に寒気を覚えたのだが、足は動かずに退くこともまた無し。 「哀れだな、其の姿は」 『有無の追撃者』ユーン・ティトル(BNE004965)は溜息を吐いた。 まるで青色の信号に導かれて横断歩道を渡っていたのに、赤で滑り込んで来た大型トラックにぶつかって跳ね飛んだ、くらいには理不尽で回避が不可能な事件だ。裏の世界に置き換えれば、一般人が突如神秘の何かに全てを奪われる、だなんてそれくらいによくある事なのかもしれない。 話は戻り、鍔眩によって全てを失った事、たかが道具に身体を支配されている事。最早なんの感情を向けると言われたら、哀れ其の物くらいしか思い浮かばないのだろう。 しかしまだ、希望はあった。 ユーンはブリーフィングルームを思い返してみる。そういえば、泣き面の傷だらけのフォーチュナが、彼はまだ助かるのだと言っていた。 それを承知で今の未来を視てみよう。 「ギヒッ、キヒヒヒ、グヒヒヒヒヒヒヒヒィ!!」 「おいやめてくれ、思い出した時の酒が不味くなるだろう?」 此の状態。割とマジキチ。 本気で此れがフェイトを得る事が可能なのか、問い詰めたいとユーンは思ったのだが。フォーチュナがなるといったのだから、成るのだろう。 ならば助けなくてはいけない。 「まずは、ご挨拶だ」 義衛郎が既に、未来の背後へと廻っていた。挨拶がてらに氷は如何だろうか、近頃暑くて仕方がない。沸いた頭を冷やすには、矢張り此れが一番だろう。 右から左。義衛郎の腕が何かを斬った、其の経過が見えない程の早業で。コンマ何秒遅れて、現象が結果に追いついて来た。一面に氷が張り、空気が、温度が異常な速度で冷えていく。 ふと、義衛郎の目線の端で何かが見えた。 既に息絶えている肉の塊が二つ。寄り添うように、重なり合うようして倒れていた。 如何してもどうしようもなく出してしまった犠牲だが、彼等の親心を汲むのであらばせめても息子は殺させはしないと誓い。 「少し痛いと思うが、勘弁してくれ」 そこで飛び込んで来たユーンが、氷に足を取られて動けないままの未来を、自分たちが入って来た扉の方へと蹴り出したのであった。氷がベリベリと剥がれつつ、ノーフェイスとゴーレムの身体が綺麗にリベリスタが来た道を辿って行った。 ● 不思議なくらいに人がいない外。仕組みは既に冒頭で話をした通りだが、気持ちが悪いくらいに、まるで其処一帯が世界から切り離されたように何も聞こえなかった。 静寂の世界で響くのは、未来が立ち上がり奇声を上げる姿。そして、『クオンタムデーモン』鳩目・ラプラース・あばた(BNE004018)の銃声がひとつ。 本来作戦では、鍔眩を攻撃するはずのあばたであったが、攻撃してしまったのは未来の方だ。 ひとつの弾丸がリビングの壁をぶち破りつつ破壊しつつ、未来の左肩を吹き飛ばしていく。あばたの攻撃だ、フェーズ1程度の存在であらば一人で数十秒パンパンしていれば程なく敵は綺麗なオブジェになるであろう。 只、フェーズ1にも色々と居て、わらわらと群を成すフェーズ1では無く。今回は一体でイージーの敵として出るので、ちょっとまだ強い方のフェーズ1ではある。日本語が中々意味不明な使い方をしているがそんな感じ。 とりあえず、無い無いした左肩から血が噴き出すのは言うまでもない。だが彼を助けようと来たリベリスタ達にとっては、其れは困るのだ。 おかしい、話が違うと気付いたのは言うまでもないか。夜桜は未来にしがみつきつつ、あばたへ殺してはいけないと顔を振った。されども、夜桜の行動が実を成すよりも早く、未来が呪いの言葉を吐きまくりながら、義衛郎と全力防御をしていたユーン以外のリベリスタ達にショックを施す。其処から撃ちだされた神秘の杭が、あばたを捕えて行動を縛った。 「鍔眩、とやら」 呪言を弾きながら、ユーンは言う。 「もっと好き勝手やりたかったのかも知れないが、貴様は緋月とその家族に好き勝手やっただろう?」 「クヒヒ、美味しカ、た。モット、――欲しィ、血が、血ガ血ガ血ガアアアア!!!!」 「話をしようと思ってみたが、こいつは話ができない部類か、時間だけを無駄にしたな」 ま、道具と意思疎通が可能なんてユーンは期待してもいなかったとは思うのだが。滑稽な姿も見飽きて来た所だ、されど、あばた――本当に此のゴーレムが射抜けるか不安が募る。かつ流血が効いてしまっている此の戦場だ、血は流れれば流れる程、ノーフェイスの力が増していく。 今だってそうだ、義衛郎が二発目のグラスフォックを放った手前で、手応えに少し未来が硬くなっているのを感じた。すんなり切れていたものが、斬れなくなる感覚は例えば一般人であろうとも判るであろう。 歪む、未来の顔に義衛郎は言う。 「血は……そんなに美味しいものなのか?」 「欲しィ欲シ」 矢張り会話は出来ない。ユーンが首を振りながら言う。 「止めろ、義衛郎。そいつとは話はできん」 「そのようだ」 だが、一人。夜桜は諦めなかった。 何か言葉を紡ぎ、彼が、未来が正気を取り戻してくれればきっと鍔眩を離してくれるだろうと踏んでいた。其の真摯な行動をユーンでさえ止めようとは思わない、むしろそれで彼が彼を取り戻してくれれば、きっと今後楽しい話になるに違い無いと踏んでいた。 だから、未来に抱き付くようにしながら、彼に彼女は必死に言葉を送り続けた。只ひとつ誤算ではあったのは、義衛郎が放つグラスフォックが範囲技であったためか、出来る限り仲間に当てないようにしてはいたものの、密度に接近していた夜桜には其れが当たってしまう。 「何とか正気に戻ってよ~!」 「正気……ショウキって、食ヱる?」 「そうじゃなくって!!」 夜桜の、未来に抱き付く腕が更に強まっていく。未来の持つ鍔眩の刃が夜桜へと向いたのだ。其の刀先、誰の血がも解らない血がぽたりと垂れて、夜桜の頬を染めた。 「何か斬りたいなら少しくらいは斬られてあげるからそれで満足してくれない……よねぇ、とほほ」 覚悟した。斬られる覚悟だ。 鎌鼬が空中を駆けていく、狙われたのは夜桜とユーンだ。 「おい、大丈夫か」 「う、うん、まだ平気だもん!!」 平気そうには見えない、青白い顔。 ユーンこそ、全力防御の為に其れを難なくかわす事は出来たのだが夜桜の体力消費は激しく、尚且つ全身に切り傷ができる程。只、鎌鼬というものなので何故か痛みは伴わない。だからこそ夜桜は頑張れるのだろうか。 「あたしも異常な現象で家族を失ったから気持ちは分かるよ」 腕に、足に、切り傷は増えていく。 「負けないで! そんな血の通わない道具なんかに乗っ取られちゃだめ!」 服が切り裂き、肌が露出する(既に割と露出しているが)。其の部分からまた血が溢れて、少しずつ夜桜の足下に血が落ちて、何も知らない土が其れを飲み込んでいく。 諦めなかった、何かを掴もうと言葉を紡ぐのは止めなかった。夜桜の脳裏に浮かぶ、弟の姿に涙が出そうになってしまった。己が何も出来ずに、護れずに死んだ弟の存在がある以上、目の前の未来に夜桜が何もオモワナイ事は無かったのだ。 「未来さん! 未来さん!!?」 何を言えば彼が戻ってきてくれるか、不安ばかりが彼女の心を埋めていたのだが。それでも紡いだ結果、名前を呼び続けて彼が答えてくれるのを待とう。 二破目の杭打ちがあばたと義衛郎を狙った。構成された何らかの物質である杭が二人に降り注ぐ――杭の雨の中、見事に身体を捻らせて回避していく義衛郎ではあるのだが、杭の一端を肩に受けた刹那全身に其れが刺さっていく。すぐに立ち上がり、麻痺こそ受けなかったものの。 ……矢張り、威力は上がっていると見える。 身体に刺さった杭を取る。此の面子で唯一まともに攻撃をし続けていたのは義衛郎であるが、一人の力では然程の結果しか刻み込む事ができない。時間は、かかりそうに思えた。 ● されど時間はかかったが転機は訪れた。夜桜の呼びかけに、一瞬だけブレたのは未来の動き。 「う、うっ」 「未来さん!?」 光が灯る、彼の瞳。さっきとは明らかに顔が歪んで笑っていない未来、つまり元の彼であろうか。 夜桜は内心ほっとした、手放しそうな意識の中で彼が目覚めてくれた事は彼女にとっても光が灯りそうな現象―――では、あった。 「未来さん、助けに来たのだから」 「……助け? 助けに……」 ―――本当に? 回りを見た未来、刹那弾丸と氷結が彼を襲った。夜桜の瞳が見開いていくと同時に、フェイトの光が夜桜を守り、だが未来は叫び声を上げながら痛みに悶えた。 「嘘つき!! 嘘つき!! 今、助けてくれるって言ったのに!!」 「違う!? 違うの、此れは、此れは……!!」 「殺しに来てる、ハ、ハハ、いいよそう願ったから、此れは罰なんだ、きっとそう、きっと!!」 自ら瞳に光を失くし、全てを鍔眩に預けていく彼を見るのは、とても言葉では言い表せない事ではあったのだが。言葉と状況が噛みあわない、何故だろう、上手く歯車が動いてくれない。 彼は助かるはずであった、彼はフェイトを得る予定であった。だが此の侭鍔眩に好き勝手されるのであらばその未来は閉ざされてしまう。 あばたは無表情で麻痺を逃れて銃口を定める。だが其の先では夜桜が殺さないでと首を振る。 氷結が効いている今ではあったのだが、刀を攻撃する為には部位狙いとなってしまう。集中に尽力した義衛郎はその時は動く事を許されず、ユーンの槍が未来の足止めに彼の踵を突き刺した。 「未来が、あったのだがな……」 如何やら、今日の酒は不味そうだ。きっと帰って呑んだとしても酔う事はできまい。 銃声。其れがあばたのもので、だが其れは未来の頬をギリギリのところを通過して塀をへこませて弾丸は止まる。つい失敗した其の刹那、編成では一番まずい輩と思われたのだ杭があばたを射止めた。 「ギヒッ」 「未来さん……」 けして、殺した人の数や対象で未来が決まる訳では無いと信じたかった。だから説得は続けた、内心、其れが正しい事かは分からないまま。 けれど、どうして世界ってこんなに残酷か。小さな身体の夜桜は思ったのだが、未来の腕が夜桜を引き剥がし、其の侭放たれた鎌鼬。起死回生ありきで時間は稼げたものの、ぷつんと事切れた夜桜を、右手で抱えた未来。少しは彼女が敵では無いという意図は汲んでの行動ではあったのだろうが。 強化されすぎたか、フェーズ1にしても流れた血の量が多かったか。全てが悪手を踏んでいた。 少人数であるからこそ一人の役目が欠けた時の損害は大きすぎる。例え簡単と言われた依頼であっても、油断してしまえば駄々崩れてしまう事もあるのだ。 「未来という、名前は……」 義衛郎は得物を振りかぶり、未来へと落とす。全ての原因である鍔眩が受け止め、弾き飛ばすが義衛郎の攻撃はそれで終わらない。二撃目の攻撃は刀を狙った、ほぼ同時に放たれたユーンの槍が刀をヒビを入れていく。 「ご両親も沢山の願いを込めて」 ――未来を名をつけたのだろう。 其れはけして間違いでは無い。けれど、どうしても。 つまり、此の未来を嘲笑っているであろう刀を、打ち砕けるか。否、時間をかけ過ぎた此方の敗けである事は、残念ながらも見えてしまっていた。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|