●お決まりの台詞と共に コマーシャルを挟んで80秒後。1分20秒後。そう考えれば大層短い時間の様に思える。逆を言えば途轍もなく長く考える事も出来るのだが、それは屁理屈の一種なので言葉を仕舞っておこう。 ブラウン管のテレビは液晶のソレと比べて何処か曇って見える。嫌だわ、テレビを見て年齢を感じちゃうじゃないと真顔に戻った女の横顔は何処か寂しげにも見えた。 「誰だって、ええ、誰だって思うものでしょう? あの時に戻りたい、あの時に、あの時に」 壊れたラジオだってもう少し良いメロディを奏でるものだ。彼女が繰り返す言葉は一種のホラーめいて聞こえる。耳朶に心地よくない音と言うのはただの『雑音』と言うのだが、彼女の声は正にソレに等しかった。 「あの時に、」 繰り返される言葉に憂いが含まれる。 彼女にとっての『あの時』が何時であるかは分からない。一秒前か、一分前か其れとも遥か昔のことか。 取り戻す事が出来ないからこそ『時』の『間』に我々は存在して居ると言うのに、非常識極まりない女は「あの時に、」と繰り返し続けている。 年甲斐もないピンク主体のメイクが女の横顔をやけに印象付ける。彼女が少女だった頃を思い出させるには容易いものだが、如何せん、思い出したところでどうにもならない。 どうにも。 しかしながら、どうにかなってしまうものであるのかもしれない。 「そうだわ、戻りましょうよ。さあ、問題です。私は、何をするでしょうか?」 付けっ放しのブラウン管テレビの壊れかけのスピーカーからアナウンサーが溌剌と告げている。 恨めしいぐらいに若々しさを感じさせる彼女を見詰めて女はへらりと笑って見せた。 「クイズの答えはCMの後で!」 ●単純極まりない女の比較的安直な行動 時が戻せたら等、誰だって考えることだ。 「あ、」 『恋色エストント』月鍵・世恋(nBNE000234)がリベリスタ達の目の前で軽やかに滑って資料をぶちまけたのだって彼女にとっては時を戻して『格好良く素敵なフォーチュナ』としての登場シーンをやり直したいと考える事だろう。 「こ、こほん。皆にアーティファクトの対処をお願いしたいの。テレビの中に入って下さい」 「はい、……はい?」 さらり、と言ってのけた世恋にリベリスタ達も首をかしげずには居られない。 テレビの中に入る。そんな事が出来るなら二次元のお友達とキャッキャウフフではないか。 「ブラウン管のテレビに吸いこまれる事案が発生してるわ。因みにアーティファクトはテレビの中に存在してるから、壊しに中に入り込んでもらう必要があるの」 テレビの中――物質的では無い、『神秘的』な要素でのテレビの中、だ。アニメーションやドラマの中、と言っても過言ではない――に紛れこんだアーティファクトがある。 アーティファクトの効果により、アニメやドラマの中に『吸いこまれた人間』は組み込まれる。アーティファクトの所有者が満足するまではその養分としてアニメやドラマの中で過ごさなければならないのだという。 「アーティファクトの所有者の名前は山咲日美子。聞いた事はないかしら? 昔、流行った女優さんらしいんだけど……あ、因みに私はあんまり知らなかったわ」 でも、名前は聞いたことあったの、と世恋は頷いて見せる。 その山咲日美子には如何してもやり直したい事があった。若かりし頃に戻り、一つの失敗をやり直す。それは『過去を改ざんする』という大技だ。 「過去を変えたいだなんて誰だって考えることだわ。けれど、それって許されないわよね? 死んだ人を救いたい、誰かを手に入れたい、あの時ああして居れば、エトセトラ。そんなのが罷り通るなら――リセットボタンが人生にあるなら未来なんてないに等しいもの」 ロマンチストな物言いをするものだ。世恋の言葉に頷くリベリスタの表情は何処か憂いを含んだものだ。 「やり直しはないわ。アーティファクトだって便利道具じゃない。それに代償だって付いてくる。 代償は他の人をテレビの中に引きづり込んで、日美子がやり直すまでのアーティファクトの養分にする。日美子がその効果を知ってるかは知らないけれど、その養分となった人間は、死ぬわ」 許される訳ない。だから、止めてきてと世恋は散らばっていた資料を掻き集めてリベリスタを見つめた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年01月17日(金)22:08 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 時間とは一方通行だ。法則が存在して居ると言ってもいい。逆戻りできない世界は現実世界の法則であり、誰もが不審に思わない『常識』の一部分であるのだから。 「でも、考えた事があります。ゲームをリセットして、少し前からやり直した時、リセットされた世界はどうなるのか」 『カインドオブマジック』鳳 黎子(BNE003921)の疑問は必然的なものだろう。その疑問を抱いた時、途方もなく『過去』と言う者が羨ましくなるのは『黒犬』鴻上 聖(BNE004512)だけでは無い筈だ。やり直せるならば、やり直した場合、何処からリセットされ何処からやり直せば正答へと導かれるのか。果たして疑問は幾つも存在しているが、聖の様に明確にやり直したい過去がある場合は如何だろうか。 「……いやいや、今とは過去の積み重ねで出来て居る訳で」 「それは人生の否定になるのかもしれない。……俺は、」 人生を否定出来るのか。呟いた『祈花の導鴉』宇賀神・遥紀(BNE003750)の言葉は古いブラウン管の中へと吸い込まれて行く。己を否定するのは自己の存在否定だ。人生を巻き戻した場合喪うのは聖が思った答えと同じだ。 今を喪えば遥紀が喪うモノは幾つも存在している。娘、息子、大切な片割れ、健やかなる今。 呟きを吸いこまれながらブラウン管に照らされた横顔でへらりと笑った『NonStarter』メイ・リィ・ルゥ(BNE003539)がテレビの中へと手を差し入れる。愛くるしい外見は彼――もしくは彼女――の憂いを感じさせず、仲間達へと安心感を与えるだけだろう。 踏み入れる場所が異空間である事を知っていた。ぽつりと零す言葉はスピーカーに吸い込まれる様に響いていく。 「失敗をやり直すね」 響く言葉に顔を上げたのは『氷の仮面』青島 沙希(BNE004419)だった。彼女が親しみ慣れた舞台へと枠をあてはめた場所。テレビと言う隔絶された箱の中。 「ゲームでセーブポイントまで戻ってやり直しても、逆にそれまで楽にクリアしてた筈の所で別の失敗しちゃうことだって多いのに……」 メイの呟きに眼を伏せて、結いあげた髪を降ろした沙希の瞳に浮かんだのは嘲笑。 「それでも、やり直したい事って何だろ?」 響く声に「さあな」と只一言だけ返した『赤き雷光』カルラ・シュトロゼック(BNE003655)の声は何時になく優しげに聞こえる。フィクサードは滅するべしが信条である彼にとってそのどちらとも取れぬ女は未だ切り捨てられない存在であるのかもしれない。 「いやぁ、どうでしょうね。掃除する必要もなさそうですけどねぇー」 シュレーディンガーの調子を確かめ、先程足を踏み入れるに至った場所を振り仰ぐ。出入り口のチェックを念入りに行う『クオンタムデーモン』鳩目・ラプラース・あばた(BNE004018)の機械化した眼球が宙を眺めている。 目の前に存在する様々な舞台の入口。相互移動はできる様だがテレビからの脱出が困難であるとあばたが推測する中で、感情を掴み取ることが出来た『戦奏者』ミリィ・トムソン(BNE003772)がゆっくりと眼を開けた。 ● 人生が巻き戻った時に何をしたいか。己のやるべき事を探しているメイにとっては疑問で仕方がないのだろう。一方で共に行く遥紀は『今』を喪った時に過去となったその時を取り戻さんとする己の中の悪魔めいた気持ちを実感していた。 「やり直したい事って、知らなくて良いのかな? やり直させちゃいけないのが、今度のお仕事だし」 「……うん。でも、喪った時に何を犠牲にしてでも取り返そうとする弱さってのは誰しもあるのかもしれない」 山咲日美子という女優が求めたモノ。それは遥紀の浮かべた感傷で合ったのかもしれないし、沙希が立つ舞台でしか味わえない想いの結晶であったのかもしれない。遥紀の言葉に首を傾げるメイが幻想纏いを手に遥紀と別の方向を向く。 持ち前の勘で一般人を探す遥紀の腕に抱えられていたハイ・グリモアール。握りしめる手の力が強くなる。少年漫画の舞台は主人公の活躍こそが見ものだ。その辺りに居るのではないかと足を勧める遥紀の頭の中に駆け廻るのはメイの言っていた『やり直したい事』という言葉だった。 (……凡て織り込み済みで、跳ね退けられるのかな。俺は……) ブリーフィングルームで聞いたフォーチュナの言葉が頭の中に駆け廻る。 『あの時ああして居れば、エトセトラ。そんなのが罷り通るなら――リセットボタンが人生にあるなら未来なんてないに等しいもの』 彼女の様に全て跳ね退けられるのか。迷いを生じさせる遥紀の目の前で一般人がきょろきょろと周囲を見回して居る。 「あ、ああ。アトラクションが暴走して居て危ないんだ。外へ案内するから決して傍を離れない様にしてくれないか?」 「ええと……」 「不具合らしいから、大丈夫だよ~」 遥紀の声に反応してか駆けつけたメイがヘラ理と笑えば一般人は首を傾げて彼等に付き従う。そんな中、彼等の前に現れたのはこの舞台の『敵役』ことエリューションだ。 メイと遥紀。両者共に回復手ではあるが、戦闘もこなせる。遥紀が一般人を庇い、誘導を行う中でメイが神秘の閃光で周囲を焼き払う。 時代劇の舞台を探る沙希と聖は両者共に山咲日美子の出演作品を見て居た。 沙希は彼女の息の仕方や歩き方、話し方を確認するためにバラエティを中心に確認し聖は代表作となった物を全て確認していた。 「日美子の作品、全部見たんでしょう? どう、だった?」 「きっとこの舞台では『お美津』というキャラクターでいるんでしょう。 ……流石は『大女優』。だからと言って許される物でも無いんですけどね」 傷を負った左目を指先でなぞりながら聖が吐き出した言葉に沙希は小さく頷いた。 女優を目指している沙希は『大女優山咲日美子』を演じて見せると彼女の動きを頭に叩き込んでいた。沙希の様子を見ながら薄いサングラス越しに時代劇の舞台を眺めていた聖が一般人を発見し、外への誘導を行わんとする。 「それにしても、厄介ね」 彼女の言葉に聖が唇を歪めた「うざってェ奴だ」と囁いたのは目の前に現れた浪人の風貌をしたエリューションに対してだ。 現れるエリューション達から沙希が庇い、聖が魔眼での誘導を試みている中で襲い来るエリューションは一般人へ手を伸ばす。 「こんなの、ガラじゃないんだけどねっ」 身体を逸らした沙希が刃を受け止める。至近距離、唇を歪めた聖が下す『神罰』は数多もの弾丸となってエリューションへと降り注ぐ。 何処かで、戦闘の音が聞こえた気がしたカルラは開発中のヴァーチャルリアリティ施設の管理者だと名乗り一般人の救出を行っていた。 纏った速さは彼が一般人を救うためだ。現れたエリューションはこの舞台の『犯人役』だろうか。刑事モノの世界は現実世界と余り変わりはない。だが、感じる空気感は何処か古めかしさを感じる。 (流石のカレイドも、テレビの仲間では見通せないか……) 現れる舞台装置達から一般人を護るカルラが漏らした小さな舌打ちは怯える一般人を護りながら闘うという動き辛さを感じてだろうか。 フィクサードに好き勝手されると言うのは如何しても許せない。それはカルラの『過去』にまつわることなのであろうが。 「……っ」 掠める攻撃に小さな舌打ちをもう一度。再度繰り出した攻撃はエリューションの頭を砕けさせた。 魔法少女の舞台と言うのはファンタジーに塗れている。通常、魔法少女になるのは愛らしい女の子達であるからだろうか。演出として置かれている小物さえもファンシーなものが多い。 巨大なクマのぬいぐるみや可愛らしい木馬と戯れる一般人に気付きあばたは「済みませんが、」と声を張り上げる。 「機材トラブルの為緊急閉園します!」 突然の来訪者に気付いてか、振り仰いだ一般人達の目に留まったのは愛らしい魔法少女だ。 柔らかい橙色のワンピースにはフリルとレェスがふんだんに用いられている。可愛らしい魔法少女の格好にして見せたあばた。彼女がこの舞台に来るために用いた幻視だが、普段の彼女の雰囲気からは想像がつかない装いだ。 「……どちら様でしょう?」 可愛らしい魔法少女、あばたの目の前に存在する愛らしい少女。此方も魔法少女の装いだ。 あばたと一般人の間に存在する可愛らしい少女がスティッキをそっと、宙へ上げる。 地面を蹴ったあばたがマクスウェルを握りしめ、身体を滑り込ませる。ついで、彼女の方には知った痛みは魔法少女――この舞台のエリューションの攻撃であった。 「わたしの後ろに隠れろ!」 「な、何……っ」 叫び声、怒鳴り声。慌てふためく様々な聲、声、声の嵐の中であばたは俯き、そっと手を宙へ上げる。 ――パンッ! 突然の銃声に驚き体を揺らす一般人達へとあばたは唇を歪める。感情の読みとれない機械化した眼球と視線が克ち合った一般人がへたり込めばあくまで『救出者』であるあばたは銃を降ろし背後を示した。 「お出口へお願いします」 ● 集合地点として最初に決定した場所へは扉で区切られている。今現在、女が存在していたラブストーリーの舞台の扉は閉め切られている。 一般人へと管理者とを装って非難を行っていた黎子が長い黒髪を揺らし、顔を上げる。 奥に目を凝らすミリィが「さあ、戦場を奏でましょう」と囁いた言葉に黎子は小さく頷いた。 出入り口であるテレビから人が入らぬ様にと気配りを行っていたミリィの幻想纏いを通して仲間達の声が聞こえてくる。感情を探索することが叶ったミリィは指揮官として「こちらへ」と仲間達へと囁いた。 「この奥ですね。どうやらこの舞台が『あたり』だったというわけですか」 「はい、奥にいるんですねぇ」 この先に、居るのだと言う。 過去に囚われた妄執の女が、居るのだと、ミリィは気付いたのだろう。 「……行きましょうか」 幻想纏いを通じて仲間を呼んだミリィの前で双子の月を構えた黎子がにぃ、と唇を吊り上げる。幸せそうな恋人同士の部屋。未だ殺風景なその場所で椅子に座っていた山咲日美子は瞬きを繰り返し「あら」と囁いた。 「――止めに来ました」 椅子に深く腰掛けた女のかんばせに塗られた桃色のチーク。明るい少女を演出するメイクは年老いた女の歪さを顕して居る様だ。 「過去に戻るのよ、貴女だって戻りたい過去があるでしょう?」 ちりちりと胸を灼く気配に黎子が胸元へと手を遣る。豊かな胸を覆う黒いドレスに皺が寄り、苦痛に耐える様な表情は彼女が過去を思い浮かべたからだろうか。 「過去に……ですか。 ああ、実に……実に恐ろしい事ではありませんか。 選択を誤る前に戻り正解を選んだら、永遠に過ちを正す事が出来なくなってしまいます。今抱いている感情は消えない。……それはきっと『今』を背負った未来でしか変えられない……!」 自称魔法使いである黎子が魔法を使えるなら何をするか。過去に戻る恐ろしさを誰よりも彼女は知っているのかもしれない。従者から手渡された天使を握りしめながらミリィの掌は湿っていく。 「私だって、あります。あの頃に戻りたい、やり直したいって……思った事は私にだって……!」 襲い掛からんとするエリューションへとミリィが咄嗟に反応し、周囲を聖なる光りで焼き払う。合わさる様に昇った黎子の紅い月。擬似的な赤は魔的な光を帯びてエリューションへと降り注いだ。 「……死んだ人を救っても、死んだ『その人』に償えない。それは何て恐ろしいんでしょうか」 「救えば、その罪さえもなくなるわ」 震える様に吐き出した女の声に、エキストラの様に存在していた一般人が首を傾げる。此方へと呼ぶミリィに従い歩きだす一般人の背を日美子は茫と見送った。 開く扉の向こうにメイがぽつりと立っている。救いだした一般人達を誘導していたのだろう、和歌集・写本を抱き締めたメイがこてんと首を傾げて日美子を見守っていた。 「あ、こっちこっち。なんか、不具合とかが怒ったからこっちから出る様にって係の人にお願いされたの~」 手招きするメイに頷いて一般人は『始点』となった場所に集められている。周辺に散らばるエネルギーはカルラの繰り出したハニーコムガトリングか。散らばるエリューションを見詰めながら革靴でゆっくりと床を踏みしめたカルラは日美子の存在した舞台へと足を踏み入れた。 「悪いが俺みたいなガキじゃ、大人の積もり積もった不満や後悔は分かってやれない」 カルラの言葉にぴくりと身体を揺らした日美子。カルラの後ろから顔を出したあばたが両手に銃を構えたまま舞台へと足を踏み入れた。 「貴女、役者でしょ」 カルラとあばたに視線を奪われていた日美子へと沙希の冷たい声がかかる。幻想纏いを手にメイと一般人の対応を行っていた聖が沙希の背中越しに日美子を見詰めている。 女優として活動して居た日美子を調べる中で何度も眼にしていた聖にとって、目の前に居る女は女優では無く只の『おんな』だ。年甲斐もない化粧をした彼女は未だ勝気な女優時代の面影を残して居るのだが、聖にとっては何ら意味もない事だろう。 「魅力的ですよ。過去に戻ってやり直せるって言うのは。私にも、やり直したい過去はありますから」 「なら、貴方も一緒に……」 「今とは過去の積み重ねで出来て居るんです。今あるものとは違うものになるとして、あんたは、自分の過去を否定するのか?」 神罰を手にした神父の言葉に日美子は愕然とした様に震えている。戦慄く唇を見詰めながら、沙希は冷めきった瞳で「過去に戻りたいなんて」と演技がかった口調で囁いた。 地位や経験、幸福、過去。本当に得れないものを表現して見せるのが役者だ。名を馳せた大女優『山咲日美子』にとってはそんな物は容易かった筈であるのに。 「過去に戻った自分を演じれば良いじゃない。役者になった以上、死ぬまで演じ続けるか、死んでしまいなさい?」 芸能界という華々しい舞台から姿を消したとしても役者だった事を忘れられないのが日美子の顔にはよく現れて居た。じ、と見詰めた沙希が作りだしたのは『女優山咲日美子』の顔、一瞬の姿に目を奪われた日美子へと沙希は息を吐いて、『舞台』に立った。 ● 昔、名の売れた今は忘れ去られた可哀想な『おんな』の前で青島沙希は女優であった。 長い髪を降ろし、憂いに満ちた表情を浮かべた沙希は俯き気味にライトを浴びる。『幸せな生活』を送る一人の女。沙希の居る場所でライトを浴びていた頃と比べ女の筋力は衰えている。 ゆっくりとした動作で女はそっと扉へと向かっていく。 「……あなた、」 沙希を見詰める『おんな』の瞳に彼女は哀しげに目を細めて真っ直ぐに扉を見詰めた。 「さて、次は何処に行こうかしら」 気が強そうな女の声は年相応の落ち着きを孕んでいる。俯き気味の女はそっとドアノブに手を引っ掛け、戸惑う様に掌でノブを撫でた。唇を噛み締める女の背を見詰める『おんな』の表情は青ざめる。 「駄目よ、その扉を開けちゃっ」 「行く場所がないんならアークにでも来たらどうですか? 綺麗所が増えるのはいい事ですし」 ぱ、とあばたを照らすスポットライト。彼女が喋り終えた途端に、消え、次に闇に浮かび上がるのは聖だった。 「Verweile doch! Du bist so schon――まぁ、あんたの場合は多少違うみたいだけどな」 かの有名な悪魔との契約の台詞に乗せて時間の尊さを語る神父。なんと皮肉な存在か。 切り替わるスポットの下、茫と浮かび上がったままの沙希の背を見詰めるミリィが眼を伏せて指先で果て無き理想を撫でた。 「過去を振り向き続けるより私達と一緒に『今』を見ませんか?」 「「今なんて」」 『おんな』の台詞に重なる女の声。役者と可哀想なおんなの言葉を聞いて、テスタロッサを構えたカルラの眼がじっとおんなを見詰めている。『戻れる』かもしれない存在を切り捨てるにはまだ早い。切り捨てる時が近付くのを感じながら、女の動向を見守るカルラの表情は硬いままだ。 彼が狙いを定める『先』には懐中時計が存在している。日美子が両の手で握りしめるソレを目掛けて発された攻撃がかつん、とアーティファクトへと命中し、床に転がった。 「無かった事に、するの? 失敗の後に嫌な事があったから? 楽しい事もあったんじゃないの?」 慌てて拾い上げようとする日美子へと掛けられる声は優しげであり、何処か残酷だ。 切り替わり、メイの姿が浮かび上がる。幼い愛らしい少女の姿をした子供は首を傾げ、無垢な瞳を向けて居る。 追い打ちをかける様にあばたの放った弾丸が懐中時計を弾き、壊れた蓋の奥で針が止まった。 膝を付く女の前で、浮かび上がった遥紀は優しく手を差し伸べて「女優・山咲日美子」と彼女を呼んだ。可哀想なおんなはそっと顔を上げ、遥紀の背中越しに役者を見詰めている。 「……魅せてくれないか。女優・山咲日美子を、もう一度。今の貴女の確かにあり続ける魅力で」 震える指先は皺だらけの女のものだ。女優であった美しい時を謳歌した『山咲日美子』の面影は感じられない。零れ落ちた懐中時計の針は進まない。 時は何時だって一方通行だ。一定の法則の下に決められたそれは幸福も災いも全てを飲みこんで進んでいく。逆戻りが出来ない事は誰だって知っていた。スカートが皺になるほどに握りしめた女の拳に落ちたのはタンパク質やリン酸塩を含んだ水分だった。 一歩踏み出した役者は鈍い音を立ててドアノブを回した―― |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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