● ――深山幽谷。 人の手の入らない大自然の奥地を指して、この言葉は使われる。 すっかり人の手が入った印象を受ける日本国内だが、そうした場所は存外見受けられるものだ。 単に厳しい自然が人の介入を拒むものから、聖地として崇められるものまで今なお多数存在する。これらに共通するのは人との関わりを拒絶するもの、取り分け神秘に関わるものにとって、きわめて都合が良いということだ。 そこへ1匹の虎が紛れ込んだ。 神秘が息づき、並みの者の侵入をも拒む山に入ってくる虎だ。並みの虎であろうはずがない。 神秘の世界に多少なりとも足を踏み入れたものなら、その虎の名を知っているであろう。 その名は剣林百虎。 日本最強の異能者と呼ばれる男だ。 ● 「よぉ、年も明けたし改めてよろしく頼まぁ」 「また貴方ですか。先日帰ったのでもう諦めたと思ったのですが」 「生憎と俺も暇じゃなくてよ? 厄介な奴が厄介なことおっ始めてな。ま、とにかく俺は諦めが悪いってこった」 年も明けてまだそれ程の日数が立たない時分。 まだ朝靄のかかる中、自分の住む掘立小屋の前で、月森紫銅(つきもり・しどう)は望まぬ客を相手にしていた。人里を離れて生活している妙齢の女性の元に男がやってくるというのは、好ましい事態とは言えない。だが、なによりも困るのは、相手が極めて強力なフィクサード、剣林百虎であるということだ。 「前にもお話しした通り、剣林に入る気はありません。他の派閥や組織に組みするつもりもありません。ですので、お引き取りを」 語調に棘は残るものの、丁寧な言葉を述べる紫銅。 去年から百虎はしばしばこの小屋に姿を見せている。目的は月森紫銅自身……厳密にはその破界器を扱う技術だ。 紫銅は革醒こそ果たしていないものの、破界器を作る高い技術の持ち主だ。そして、その師であった父もまた、同等あるいはそれ以上の技術の持ち主だった。 しかし、その才能は彼女の家族に災厄をもたらす。ナイトメア・ダウン以降に起きた日本神秘業界の混乱。力を求めるフィクサード達はその腕を欲して、争いを始めた。その中にはリベリスタと呼ばれるものもいたらしい。そして、彼らの戦いに巻き込まれた結果、彼女の両親は命を失ったのだった。 「お前さんにも色々あるだろうが、俺もはいそうですかと帰る訳にはいかねぇ。幸い、年も変わったことだし、のんびりやらせてもらうぜ」 「その厄介ごととやらに行かなくて良いんですか? 貴方達にとっては、縄張り争いの方がよほど大事でしょう」 「だからこそ、お前さんには自分から来てもらいてぇんだよ、紫銅の姉ちゃん」 「……」 百虎の言葉に黙ってしまう紫銅。 過去の経験から彼女は常人と比べて嘘には聡い。生半な虚言は彼女に通じないのだ。しかしそのせいで、目の前のフィクサードが本気で語っていることが分かってしまう。元々、彼が腹芸の類を好まないのもあるわけだが。 ここで彼女は首を振ると、小屋に戻ろうとする。 相手の真意がどうあれ、神秘の組織に組みするつもりはない。 「貴方が三顧の礼を気取りたいのなら、どうぞよしなに」 どのみち、戦闘力の無い紫銅に百虎を追い返すことは不可能だ。であれば、相手の根負けを待つしかない。実際に、いくらこの男でもいつまでもこの場にいる訳には行かないはずだ。 それに、そうそう無意味な暴力を振るう男でも無い。迂闊に部下を侮辱した際には命の危険を感じたが。 「おうよ、それじゃあ俺は好きにさせてもらわぁ」 紫銅を送ると百虎はどっかりと地面に腰を下ろす。そして、彼女の呆れ顔をよそに持ってきた徳利の中の酒を喉に流し込んだ。 ● 年も明けて新年らしさの抜けてきた1月のある日。リベリスタ達はアークのブリーフィングルームに集められる。そして、リベリスタ達に対して、『運命嫌いのフォーチュナ』高城・守生(nBNE000219)は事件の説明を始めた。 「これで全員だな。今回の依頼だが結構な難物だ。危険度に関しては未知数……曖昧な所になる」 奥歯に物が挟まったような話し方の守生は、リベリスタ達に嫌な予感を抱かせたまま、端末を操作する。表示されたのは日本国内にある山脈の地図と、20代後半といった様子の女性の姿だ。顔立ちは整っており美人と言えるものの、作業着らしきものに身を包み、人を寄せ付けない雰囲気を漂わせている。 「彼女の名前は月森紫銅。アーティファクト作成の能力を持つ技術者だ。革醒者ってわけじゃねぇけどな。あんた達にはこの人の保護をお願いしたい」 革醒者でなくてもそうした能力に長けた人間は少なからず存在する。つまりは『研究開発室長』真白・智親(nBNE000501)と同じ類の人種ということだ。 神秘界隈の人間からすると、確かに放っておけるものではない。 「アークとしては人材として欲しいっていう本音もあって、プロトアーク時代に連絡したこともあるらしい。ただ、過去に性質の悪いリベリスタに出会っているらしくてな。心証が悪い。その時には断られている」 苦い顔になるリベリスタ達。 実際、世界を守るのがリベリスタであるわけだが、そのために手段を選ばないタイプがいるのも事実だ。また、リベリスタであるからと言って、それは必ずしも高潔な人格の持ち主であることを表さない。 紫銅はそうした輩の犠牲者であり、リベリスタというものを信頼しないのだ。 彼女は虚偽に関してはやたらと勘が鋭く、当時の交渉班のやや誇張気味に語った言葉もマイナスに働いたらしい。 だからアークは彼女と距離を置くことになった。 しかし、ここ数年の情勢変化もあり、いつまでも放置しておくわけには行かなくなった。何よりも、至急動かなくてはいけない事情も出来た。 守生は無言で機器を操作する。すると、画面にはリベリスタ達も知る1人のフィクサードが姿を現す。 武闘派『剣林』首領、剣林百虎だ。 百虎が破界器集めに動くのは過去にも見られている。今回もそうしたものの1つということだ。 「幸い……と言うかなんと言うか。今回、百虎に戦闘の意志はそれ程無い。実際、向こうにしても欲しいのは月森の協力なわけだから、心象を悪くしたくもないんだろ。アークの立場としても同じ。だから今回は、戦闘行為は禁止だ」 強硬な手段に出れば、後々にリスクを残す。最悪、剣林につく方がマシと判断される可能性すらある。 ならば、何を以て紫銅の保護を行えば良いのか? 訝るリベリスタ達に守生は真摯な目で告げる。 「彼女に正直な所を伝えてくれ。アークも色々あるが、俺はあんた達が彼女の思うようなタイプのリベリスタじゃないって知っている。それを知ってもらえれば、態度も軟化するはずだ」 自分達が紫銅を保護しにきたことについて、正直に話せばよい。また、彼女はアーク発足から数年、国内にどのような状況の変化があったかを知らない。それを伝える必要もあるだろう。自身の経験として語れる者もいるはずだ。 何よりも、リベリスタ達が何を求めてアークに所属したのか。それこそ、アークのリベリスタがどの様な者であるかを伝えることになるはずだ。 「説明はこんな所だ。資料も纏めてあるので目を通しておいてくれ」 説明を終えた少年は、その鋭い瞳で睨むように、リベリスタ達に送り出しの声をかける。 「あんた達に任せる。無事に帰って来いよ」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:KSK | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年01月22日(水)22:52 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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● ダンッ! 狭い掘立小屋の中を沈黙が支配する。 『消せない炎』宮部乃宮・火車(BNE001845)の拳が床に叩きつけられる。 顔にはありありとした不満が浮かんでいる。 元来、チンピラ然とした振る舞いをする男ではあるが、無意味に人を脅かすような真似をするようなしないはずだ。 場に緊張が走る。 そして誰もが言葉を告げられないでいる中、火車はおもむろに口を開いた。 「腹芸は好かん。全部ぶち撒けてやる」 ● 「よぉ、相変わらず耳が早いこったな。それとも目が良いっつった方が良いのか?」 「まさか本当にいらっしゃっているとは……剣林百虎様ですね、お初にお目にかかります」 『現の月』風宮・悠月(BNE001450)は小屋の前にいた男の姿に気付き、息を呑む。しかし、それもわずかな間。いつものように落ち着いた優雅な仕草で一礼をする。 フォーチュナの報告通り、雪の降り積もる険しい山道を抜けてきたリベリスタ達を待ち受けていたのは、武闘派『剣林』首領である剣林百虎だった。自然と身が硬くなる。互いにそのつもりも無かろうが、もし戦いになればどうなるか分からない相手だ。悠月の場合、「とある事情」からそうなるとただで済むとは思えない。 しかし、そんな状況にありながら、悠月はどこか冷静に状況、いや情勢を分析していた。 (先の一件、どうやら『剣林』も無関係を決め込む心算は無い様ですね。それが解っただけでも来た意味はあるというものですが……) 『恐山』派が定めた七派のルールによって、各派閥の首領はみだりに動くことは出来ない。そんな中にあって百虎は比較的自由に動くと聞いてはいたが、それでも動き方は考える男のはず。本気の程も窺い知れようと言うものだ。 リベリスタとフィクサードは基本的に人間であり、四六時中戦い合っている訳でもない。しかしそれでも、利害が明白に絡んでくる場所でなら話は別だ。「やる気のフィクサード」がいるのなら、戦いが発生する可能性は十分あり得るのだ。 (さて……と、有名人ばっかりだな。ま、それだけ信頼できるってことか) 無敵・九凪(BNE004618)はすっと息を吸って気分を落ち着ける。自分がリベリスタとして劣っているとは思っていないが、アークとしての活動歴はまだ浅い部類に属する。だからこそ、ここで無様な所を見せる訳には行かない。 「お初にお目にかかる、アークの九凪だ。悪いがちょっと割り込ませてもらうぜ」 「やっぱり、そう言うことかよ。ま、仁義切られた以上は止めるのも無粋だわな」 九凪はすっと酒の瓶を差し出す。三高平酒造で取り扱っている純米大吟醸だ。たしかに「アークらしい」贈り物と言うこともできるだろう。 火車は「礼儀もクソもねぇだろ」と零しているが。 しかし、その甲斐もあってか、百虎は本気で妨害するつもりも無さそうだ。 「失礼するぜっと」 そこで『家族想いの破壊者』鬼蔭・虎鐵(BNE000034)は年賀状を一緒に差し出そうとする。 「百虎、明けましておめでとう、だ」 「あん? おめぇに挨拶受ける筋合いは無ぇぞ?」 「ま、俺に言われてもアレだろうがな」 そっけない百虎の返事に苦笑を浮かべる虎鐵。 そこへ取り成すように、『足らずの』晦・烏(BNE002858)が割り込む。 「あぁ、どうも百虎の親分さん、明けましておめでとうございますかね」 「ほう……これはこれはとんだ有名人からの挨拶痛み入るぜ。どうだい、晦の。一杯やるかい?」 「断るのも野暮ってもんですかね」 役戯れ者の世界に身を置く烏としては、同じ流れを汲む『剣林』に対して一定の礼節を払っている。そして、この場ではそれは有効に働いたようだ。 百虎から受け取った酒を呑みながら、烏は相手を測る。 どうやら、本気でリベリスタ達への害意は無いようだ。無論、間違ったアクションを取れば、相応の返事が返ってきたことは想像に難くない。しかし、目的を考えれば、相手も無意味な戦闘を起こしたくないというのも道理である。 「じゃ、俺はちと席を外すぜ。俺がいたんじゃやり辛い話もあるだろ」 そう言って百虎は小屋の前から距離を取る。 百虎の背を見ながら烏はその意味を考える。このまますごすご引き下がる訳ではあるまい。 おそらく、百虎は試そうというのだ。 自分が説得できなかった相手にリベリスタ達がどう出るのかを。紫銅を連れ出すことが叶うのかを。 そして何より、リベリスタ達が心の中に抱く『信念』と言う名の刃が、どれ程のものなのかを。 ● 小屋の中に連れ立って入って来たリベリスタ達を見て、紫銅の顔ははっきりと曇っていた。 彼女も自分が神秘界隈にとってどのような目で見られているのかは理解している。そして、フィクサードに続き、リベリスタがやってきたことの意味も。 「Enchantée。私の名前は宵咲氷璃、アークのリベリスタをしているわ。アポも取らずに押し寄せて御免なさいね」 「突然の訪問申し訳ございません。勝手ながら先ず貴方の前で戦わない事を誓い、その上で此方,アークの話を聞いて頂きたく参りました」 切り出したのは『運命狂』宵咲・氷璃(BNE002401)と『幸せの青い鳥』天風・亘(BNE001105)だ。相手は妙齢の女性でもある。だから、その辺にも配慮しつつだ。 (彼女の思いや願いを知り……自身に出来る事を尽くしに行きましょう) 亘もこれが、そう簡単に行かない任務なのは分かっている。しかし、自分に出来ることはやり尽くす。ただアークのためというだけでは無く、1人の力無き人を救うために。 そう思うと、自然と笑顔を作ることも出来た。 「初めまして月森さん。自分は天風亘と申します」 「宵咲さんに天風さんですね。このような所にまでお越しいただき、誠にありがとうございます」 「どういたしまして。さて、私達の目的は貴女の保護。貴女の作品が世に出回る事を防ぐ為に、アークの監視下に入って貰えないかしら?」 紫銅も神秘の世界を識る者だ。 この世界において、外見の年齢など些細な問題でしかないことを知っている。年若く見える2人にも丁寧に挨拶を返す。しかし、彼女の対応は百虎に対するものと変わりはしなかった。 「此処に来たということは剣林の親分殿にもお会いしたと思います。あの方にも言った通りです。責任者の方にはよろしくお伝えください」 案の定の反応が返ってくる。分かり切っていたことだ。 しかし、リベリスタ達はまだ何も伝えていない。 「それは早計ね」 氷璃はさらりと紫銅の言葉を受け流すと、冷静に話しを始めた。 「確かに、貴女の腕は惜しいけれど、破界器を作るか否かは貴女自身が決める事。父親から受け継いだ絆とも呼べる技術なら尚更」 氷璃の言葉に意外そうな顔を見せる紫銅。今までこのように言って来る者がどれほど少なかったのかを察せようというものだ。 だから、氷璃はアークの一員として、そして1人のリベリスタとして言葉を紡ぐ。 「無理強いはしない。でも、国内情勢は嘗てない程に悪化しているわ」 「あの混乱以上のことが起きていると?」 「そういうことになる」 氷璃の言葉を肯定したのは一足遅れて入って来た『閃刃斬魔』蜂須賀・朔(BNE004313)だ。 彼女がわざと遅れてきたのには理由がある。現場に百虎がいることが分かっていたからだ。強いものとの戦いを好む彼女にとって、「日本最強」と名乗る男は是が非にも刀を交えたい相手だ。目の前にして刃を抜かないでいられる自信は無かった。しかし、それが紫銅に悪印象を与えることは想像に難くなかった。加えて、フォーチュナからも釘を刺されていたために、自制したのである。 もっとも、彼女の表情から彼女の想いを御し切っているのかは計り知れないが。 「勿論、協力してくれるとありがたいんだけど」 『K2』小雪・綺沙羅(BNE003284)は幼く愛らしい顔に小悪魔のような表情を浮かべて言った。 「貴方は?」 「アーク所属の綺沙羅っていう。研究・技術方面志望。百虎が惚れ込んだ職人に会えるって聴いて来た」 綺沙羅に自分の感情を偽るつもりなど、さらさら無い。 常々研究開発部への異動を希望している彼女にとっては、中々出会う機会の無い「外部の技術者」だ。当の室長には「フィールドワークも必要」と言われて中々希望は通らないが、この機会を精一杯活用したいという本音もある。 「何か見せて……じゃなくて、アークがあんたを保護してこいって」 そして、本音を思う様言った後で、「建前」を思い出し言い繕う。もっとも、目は小屋の中に置かれている諸々の道具に向かって泳いでしまっているが。彼女の魔術知識を持ってしても、一見ボロにしか見えないそれらが貴重な価値を持っていることは分かるし、しっかり手入れされていることも分かる。 そんなものを見て心躍らせないというのは無理と言うもの。 一方の紫銅は目を丸くしている。 割と両極端な意見を聞くことになったため、面食らったようだ。 そんな紫銅の姿に虎鐵は苦笑を浮かべる。 「さて……俺は何を言えばいいんだろうな。俺はどちらかってぇと百虎……剣林寄りの考えではあるんだが」 虎鐵が言葉を詰まらせるのも無理は無い。彼は元々フィクサード。それも、この度問題になっている『剣林』に所属していた人間だ。そんな人間が真正直に語った所で、彼女に受け入れてもらえるのだろうか? しかし、今の自分が素に近い状態になってしまっていることは自覚している。 正直この状態の自分は嘘をつけないし、つく気も起きない。 だから、そのままぶつかるだけだ。 「俺個人としてはお前に協力をしてもらいてぇ。ただこれは俺個人の話でありアークの総意ではねぇ。皆から聞いていると思うが、今の情勢は正直お前がここに住めなくなるかもしれねぇぐらいにやべぇもんだ」 真面目な顔で語る虎鐵に紫銅は居住まいを正す。 「そう言えば、10年前とは状況が変わっているということでしたね。それではまず、詳しく聞かせていただいてもよろしいでしょうか?」 「その前にいくつか質問させて下さい」 無表情に『クオンタムデーモン』鳩目・ラプラース・あばた(BNE004018)は口を挟む。 無礼なのは分かっている。しかし、それは明らかにしておかなくては話をまとめることも出来ない。 デリケートな話になるのも分かっている。だからこそ、機を待っていた。 「長い話になりそうですね」 あばたの言葉を聞いて紫銅は茶の支度を始める。 まずは第一関門を突破できた、ということだろう。 雪がまた、ゆっくり降り始めてきた。 ● そういう事ならばと、亘が差し出した飲み物で体を温めつつ、一息をつく一同。 「さて、まずはということですが」 そして、落ち着いた所で改めてあばたは切り出した。 「過去、リベリスタに不本意な扱いをされたと伺っています。差し支えなければ、詳細をお聞かせ願えますか?」 「いきなり切り込んできますね。貴方方にとっては不快な話題になりますよ?」 「謝罪と反省を行うために。わたしには『彼らはリベリスタの中でも特別野蛮な輩だ』と切り捨てる資格がありませんので」 紫銅は苦笑を浮かべるが、あばたは気にもしないかのように続ける。 興味の無いことにはとことんドライになる彼女ではあるが、根っこのところでは真面目な性格をしている。だからこそ、大事な所に真っ直ぐ突き進むのだ。今の時点で大事なことは、そもそもの前提をすり合わせることだと分かっている。 「分かりました、たしかに彼らも特別野蛮な人間では無かったのでしょう」 紫銅が語るには、彼女らに接触したリベリスタ達も当初は粗暴な振る舞いをした訳では無かった。 しかし、同様に月森の力を狙うフィクサードとの対立の中で余裕を無くし、執拗に武器の提供を求めるようになっていった。 そして、最後はフォーチュナから聞いた通りだ。組織がぶつかる中で、運悪く範囲を対象とするスキルに巻き込まれる形で両親は命を失ったのだ。 「当時は彼らを憎みました。しかし、今は革醒者も最終的には人間なのだと思っています。強い心を持つ者もいれば、弱い心を持つ者もいる。そして、父の力は彼らにとって眩し過ぎたということです」 「そのように思っているのなら、月森様は何故アーティファクトを作成されるのですか?」 今まで適度に相槌を打っていたあばたは、依頼を受けた時から思っていた疑問を口にした。 「もちろん、言いたくないのなら無理に聞きはしませんが」 ゆっくりと付け加える。 目的は紫銅の主張を知ることにあるのだ。 アークの主張など、紫銅は分かっている。 これから行うのは対話だ。 そして、紫銅を不快にさせてしまっては意味が無い。 「たしかに、矛盾しているように思われたかもしれませんね、そこは否定しません」 しかし、不快さを見せることも無く、紫銅は話し始めた。 当初は彼女も技を継ぐ気は無かった。それが、父の遺したものを追う中で次第に技術を身に着けて行ってしまったのだという。『剣林』はその頃に作られた作品に目を付けて、彼女の存在を知ったのだろう。 「宵咲さんでしたね、貴方の慧眼です。この技は亡き父との絆です。だから捨てることも出来ませんでした。その一方で不要な争いを招くことも想像に難くありません。だから、こうして人と距離を置くことにしたのです」 紫銅が口を閉じると、場を沈黙が支配する。 しばらくして亘は重い空気を払拭するように、休みを提案する。しかし、紫銅はこのまま続けてくれと言った。だから、悠月は口を開いた。 「さて、本題に入りましょうか、月森紫銅さん。まず、私達が来た目的は月森さんの安全を護る事。要するに保護したいということです。理由として私からはつい先日情勢に『大きな変化』があったからです」 ここに偽りを混ぜるつもりは無い。大事なのは自分達を伝えることなのだから。 「そのためにも、いくつかの経緯を伝える必要があるな」 朔が簡単にこれまでのアークが関わって来た国内情勢を話し始める。 アークと七派の対立、そして日本に襲来するバロックナイツ達の起こしてきた事件の数々だ。ものによっては、氷璃が断りを入れた上でハイテレパスによって伝えた。近くに百虎がいるのだ。何かの拍子に彼の耳に入らないとも限らない。 氷璃がラ・ル・カーナ事変について話した時も、紫銅は顔を変えずに粛々と話を受け入れた。 「今現在、最も厄介な案件が『蜘蛛』と『裏野部』。特に国内は七派のパワーバランスが崩れると言う、ある意味ではナイトメア・ダウン以上に最悪な状況よ」 そして、直近の事件についての話に入った。 裏野部の『神産み』――古の神性魔性と手を結び、この国の今を本気で破壊し己が好きに作り替えんとする裏野部一二三の凶行だ。今はまだ亀裂が走っただけに過ぎない。しかし、もはや縄張り争いの次元では収まらない大きな災禍が巻き起こるのは時間の問題であろう。 「剣林の首領が足繁く通ってくる理由もそれが原因。それを防ぎ切れなかったのは私達の失態だけれど」 自嘲気味に氷璃は告げた。これが紫銅の心証を悪くさせるかも知れないが、黙っているような不実な真似をしたくは無い。 「その上で、今後も彼らを止めその犠牲を減ら為に戦い続けるつもりです」 悠月の言葉は本心からの願い。そして、圧倒的に力に勝る敵を相手に戦ってきたからこそ言える言葉だ。 情勢の変化は確かに紫銅にも伝わった。思案顔に変わる。 「正直、どう言い繕おうとも恫喝じみちゃ内容になるので気乗りしないとは思うがね」 今まで煙草を喫っていた烏は紫煙を吐き出すと、気恥ずかしげに前置きを入れる。 実際のところ、前と比べて情勢が動いたこともさることながら、百虎が動いたのに対応する形で動く羽目になったのは紛れもない事実だ。そこに気まずさはある。そして、この問題の難しさはそこにあるのだ。 「ここで月森君が親分さんとアークの誘いを共に拒絶したとしてもだ。親分さんが動いたと言う事実は何れ他の7派にも知れ渡り、月森君を戦力として引き込もうって輩が他にも現れちまうだろう。それが、六道や黄泉ヶ辻なら碌でも無い事になりかねない」 「あっ」 「故にアークとして保護したいと言うのは偽りない本音になるな」 「2つの組織に発見されて、他の組織に発見出来ぬという道理はない。我々は直接的な手段には出ないが他組織はそうではない。洗脳、脅迫で従属を強いる事も予想される。争いの火種になりたくないのであれば、どこかの組織に庇護を受けるべきだ。アークか剣林にいれば、少なくとも君を目当てに争いが起こる事はない」 烏の言葉に気付かされる紫銅。さすがにそこまでは思い至っていなかったようだ。 そして、烏と朔の語る通りだ。 アークは元より、百虎の取る手段は極めて穏健なものだ。しかし、その他の組織も同じ手段を取るとは到底思えない。むしろ、過激な手段に出る組織の方が圧倒的に多いはずである。 朔の場合、「強硬な手段」に関して忘れようも無い心当たりがある。 「そしてそれは、俺の家族も同時に危険って事だ」 今まで表情を見せなかった虎鐵の顔が歪む。その顔は哀しみと恐怖に彩られていた。 「お前の力が災厄になったってのは聞いた。でも、お前の勇気がお前の力が俺の家族を……失いたくねぇ物を守れるんだ」 虎鐵は臆面も無く頭を下げる。 彼が願うのはあくまでも彼の家族の無事だ。 彼は知っている、守りたい家族を失う哀しみを。そして、彼には守らなくてはいけない家族がまだいるのだ。そのためにも、力が欲しい。 「頼む……! アークに来てくれ……! 俺の家族を……俺の世界を守る力を俺に貸してくれ!」 悲痛なまでの虎鐵の叫び。 紫銅にはこの上なく痛烈に響いた。彼女もまた、失う哀しさと辛さを知っている。それを知ればこそ、他の誰かにそれを与えまいとこの生き方を選んだのだから。 そんな所へ綺沙羅が口を挟む。 「キサは正直、あんたがアークと剣林どっち選んでもいいと思ってる」 「本気ですか?」 綺沙羅の言葉は紫銅に衝撃を与えるのに十分だった。 少なくとも、彼女の知る革醒者は何かしらの形で力を求めていた。綺沙羅の言葉は真逆のものだ。 「あんたさえ無事ならあんたの作品見れるかもだし。仕事失敗やだから来て貰えた方が嬉しいけど。でも、あんたの生きる場所を戦うべき場を決めるのはキサじゃない」 綺沙羅は全てをあけすけに語る。 元来がフィクサード――神秘犯罪者だった少女だ。この中で最も紫銅の持つ力への執着は大きい。 しかし、奇妙な話だが彼女の抱く好奇心こそが、紫銅への思いやりとなって表われた。そしてそれは、彼女が今まで出会った者達とは大きく異なるものだった。 思い悩む紫銅に対して、九凪は柔らかく話しかけた。 「ちょっといいかい?」 「えっと、貴方はたしか」 「失敬、俺はアークってところの無敵九凪ってもんだ」 今までアークが繰り広げていた戦いについては他の面子の方が詳しかろうと黙っていた。 だが、こうやって相手が悩み始めたのなら、間を置くためにも自分のようなものが話した方が良かろう。九凪はそう判断した。 「アークとしては手伝ってくれれば助かるし、俺個人としてもアーティファクトってやつは気になる。 が、そのために保護するわけじゃない。気が向けば手伝ってくれれば助かるが、無理にしてくれとは言わない。ぶっちゃけると最悪ニート生活しててくれてもいいかもな」 自分も前職に馴染むことが出来なかったと冗談めかしてみせる九凪。 普段から自身でも「力を使わずに済むならそれに越したことはない」と思っているのだ。だから、力を使うことを人に強要する等ちゃんちゃらおかしい。 「少し話していただいた上でもお分かりいただけたと思います、月森さん」 亘は真っ直ぐ紫銅の目を見て行った。 リベリスタという存在を拒絶されるかもしれない。だけれど、自分が今まで出会ってきた者達を信じて、少年は向かっていく。 「リベリスタもそしてアークも十人十色、今一度貴方の目で見極めて頂けませんか」 その言葉は既にこの場にいるものだけでも証明されている。 紫銅にとって、辛い思いをさせる者もいるかも知れない。それでも、亘は守るだろう。彼女はそれを確かに感じていた。 多くの革醒者達と出会う中で身に付いてしまった、虚偽へ不信は何も無い。むしろ、彼女の培った直観はリベリスタ達が信じられると確かに告げていた。 国内の状況も然り。理で測っても、リベリスタ達の保護を受けるのが正しいのは子供にだって分かる。 だが、後一歩が踏み出せない。 思春期に受けたリベリスタという存在への不信は、彼女の中に根を張っており、そうそう取り除けるものではないのだ。 その時だった。 ダンッ! 大きな音と共に火車の拳が床に叩きつけられる。 みんなが一斉にハッとした顔を向けた。 当の火車の顔にはありありと不満が浮かんでいた。 当初から彼は苛ついていた。周りの連中のことも考えて多少は黙るつもりだったが、もう我慢の限界だ。 「腹芸は好かん。全部ぶち撒けてやる」 外でどさっと雪が落ちる音がした。 ● 口を開いた火車は苛烈だ。遠慮も無しに思うままを叩きつける。 「もう既に今までの生活終わってんだろ。技術放棄しねぇばっかりに、目的に対し抵抗力のねぇ無力な輩が悪戯に理想にしがみつく事で、多方面に迷惑かけてんのはお互い様なんだよ!」 「どういう意味ですか」 紫銅は冷静を装って、言葉を返す。しかし、火車は一層の言葉を畳み掛ける。 「夢想家がエラぶって権利ほざいてんじゃねぇぞ! テメェの存在が余計な争いを現状正に生んでいるし、ソレを嫌がるなら何処かに属するか、存在そのもの消え失せるしかねぇんだよ」 「言い過ぎです」 周りは止めようとするが、火車は止まらない。 そもそもが一度決めれば親しい友人が相手でも容赦をしない男だ。むしろ、よく今まで黙っていたものである。 「戦えない、戦わないってのはつまりそういう事だ。生きている以上、何者にも関わらず生きてけねぇ事位、今まさに自分が証明しているんだっつぅに、気がついて欲しいトコですがぁ?」 「っ!」 神秘の世界は広いようでいて狭い。 そんな中では力を持つというだけで目を惹いてしまうのだ。それはリベリスタ達も経験として知っている。にも拘らず、自覚しながら力を捨てようとしない紫銅の在り方は、火車に言わせれば「無責任甚だしいカス」でしかない。 「こんな奴しか後世がいねぇんじゃ誰も報われねぇな。折角の技術も使われず、埋もれたままじゃあ何の意味も、価値もねぇ」 「父さんのことを悪く言うな!」 パンッ 乾いた音が響くと同時に、小屋の中は先ほどのように沈黙を取り戻す。 頬を叩かれた火車はフンと笑うと、部屋の隅に引き下がる。場には誰もが口を出しづらい空気だけが残された。 誰もが所在無さげに、時間だけが過ぎて行った。 そんな中、氷璃がぽそりと呟いた。 「私がアークに入った理由、話しても良いかしら?」 「?」 氷璃はいつものように表情を変えず、一方的に語り始めた。 「私がアークに求めたものは可能性。欧州組織では世界を救えない、志だけの中小組織では力不足。世界から崩界そのものを消し去る為に、可能性のある組織を私は求めていたのよ」 「では、何故崩界を止めようと? 見てみぬ振りをしたって、咎める人はいませんよ?」 「それが私の総てだから」 紫銅の言葉に、氷璃は冗句めかしてくすりと笑って見せた。その表情からは真意を窺い知ることも出来はしない。 「自分がリベリスタになったのも似たような理由です」 氷璃の言葉を亘は継いで話し始める。 彼がリベリスタになった理由は、あらゆる不条理,理不尽から少しでも皆を、日常を守って笑顔と幸せを守り過ごしたいというもの。彼自身も月並みなものだと思っている。 「今もその信念に変わりはなく、月森紫銅さん。貴方自身が幸せだと思える道を一緒に探して見つけられる様に願っていますし、叶える為に自分は全力を尽くしたい」 世界の不条理の前にはそのような願い等、儚く消し飛んでしまうようなものでしかない。 だからこそ、亘は力を尽くすのだ。そのために、より高みに上る6枚の翼を手に入れたのだ。 「その才も自分達ではなく貴方が幸せになる為に使って欲しいというのが本心です。今の安寧は壊してしまいますが、何もせず見過ごす事だけはしたくないのです」 ありのままの自分をぶつける亘。 何を返されようが文句を言うつもりも無い。 その時、綺沙羅がけらけらと笑い出す。本来、彼女は大人を苦手としている。しかし、目の前の女性には妙な親近感を感じていた。嘘つきが嫌いなど、共通点が多いからだろうか。 だから、自分も正直に行くことにした。 「キサは世界の為に戦っている訳じゃない。アークには真白智親やあらゆる神秘の最高峰が集まるから勉強に丁度良かったの」 綺沙羅の夢は未来に自分の作った技術や作品を残す事だ。 そして、それは同時に彼女にとっての戦いでもある。 「どんな生き物も未来に何かを繋ぐ為に戦ってる。あんたは何を残す為に戦っている? それとも残さない為に戦っている?」 「……」 「どちらでも構わない、あんたが自分で決めた事なら。あんたは非力な身で神秘界の猛獣をいなし続けた凄い奴なんだから、諦めたような生き方だけはやめてよね」 言葉に詰まる紫銅へ綺沙羅は妙に大人びた表情で続けた。 紫銅の目に涙が浮かぶ。 それを目にした烏は穏やかな声で言った。 「現実問題、この場所で引き続き平穏無事な生活と言うのは困難だ。月森君の才能が七派の何処かに悪用され、誰かの不幸を招く原因になる事だけは何としても避けたい」 烏の目線はあくまでも現実的なものだ。 そして、それは同時に相手にとって何が必要かを見極める合理性の表れでもある。交渉・説得の理想形はあくまでも互いが利益を得ることなのだから。飄々とした物言いで、あくまでも互いのすり合わせに徹する。 「来て貰えりゃ出来る限り今まで通りの環境に近い形で過ごせるよう手配はしていく。偉いさんがたは保護と言う以外もその力を戦力としても役立てたいと考えちゃいるようだがね。アークに組する必要はなくは何もしてくれなくて良い。ただ、その力で誰かが泣く事になるのを避けたいわけでね」 巫山戯たようななりだが、あくまでも真摯に接する烏。その心はたしかに紫銅の元へと届いた。 「こうして月森君に会いに来たわけだ。同行を考えて見ちゃくれないか、今を平穏に暮らす誰かの為にも」 「……」 「とにかく要求は1つだ。アークに来るだけ来りゃ良いんだよ、普通に生活してりゃ良いし、やりたくねぇ事はしなくて良い。約束反故にされんなら、オレがアーク潰しをしてやっても良いぜ? そんな糞みてぇな組織に用もねぇしよ」 投げやりな口調で語る火車。しかし、思えば彼の語ったこともまた、真摯に紫銅のことを考えた証左と言えないことも無い。 「わたしは、彼女を人間だと思ってないという点で彼女を不当に扱ったリベリスタと同じです。だからこそ、月森のような方を看す失うのは本当に惜しい。不当に扱われるのは我慢ならない」 あばたの淡々とした言葉の中には、たしかに尊敬の念が隠れていた。 彼女がこの依頼を受けることを決めたのは、月森が己の危険性を熟知して隠遁していると知ったからだ。神秘の根絶を望む彼女は、紫銅の生き方を人知を超えた力を持つ人間社会に生きられない者として、理想的な態度と考える。 どちらも、人の間に生きる「人間」ではない。 だかからこそ、人間でない者の端くれとして、力を自覚し自重している紫銅に敬意を抱いたのだ。 「当然、前線で戦う身としては、助力頂けるならば助かります」 既に嘘をついても仕方がない。悠月は正直に意見を述べる。 「救えなかった人々、戦いの犠牲をもっと減らせるだろうとも思うけれど、意に染まぬ事に力を振るう苦痛は理解して居る心算です」 「貴方は……」 悠月が紫銅の手を取って訴えかける。どちらも、彼女の真剣な想いだ。 その時、紫銅は気付いた。今、悠月は革醒者にとって命とも言える武器を持っていない。おそらくは、戦う準備と言えるもの、全てを置いてこの場にいる。 何のためだ? 決まっている。 争いを好まないものがいることを知っているから、戦いの道具を全て捨ててここにやって来たのだ。日本最強という、超級危険人物がいるこの場所へ。 「故に協力は求めません。ただ貴女を護らせてほしい、と」 「この通りだ! 俺はもう大切な世界を壊されたくねぇんだよ!」 虎鐵が床に頭を擦りつけるようにする。いや、彼にしてみると土下座でも足りない位なのだろう。 剣林を抜けてまで守りたかった者を守りとおす為にも、そして目の前の日本最強が立ちふさがっても守れるようにも。 そのために力が得られるのなら、彼は何だってするはずだ。 「お前の安全は俺が全力を以って守ってやる……俺の家族を守る為なら俺は何だってしてやるよ」 駄目元だということは、虎鐵が一番よく分かっている。それでも、彼は伝えたいのだ。自分のようなものがいるということを。 「まあ、ほら。来てくれればこんな勧誘がよそからは来なくなると思う。良いやつも変なやつもおおいから、退屈もしないだろう。そんなわけで……三高平に引っ越してこないか?」 微妙にきまりが悪そうな表情で、九凪は言う。ちょっと外へ散歩にでも行かないか、とでもいうような気軽な口調だ。 それでも、その瞳の奥にはリベリスタとしての矜持が映っていた。 いざともなれば、みんなを守るため日本最強にだって挑んでやろうという、強い矜持が。 「わたしは……」 九凪の瞳を目にして、紫銅は言葉を吐き出そうとする。 その時気が付く。 外の雪は、いつの間にか止んでいたということに。 ● 「へぇ、その様子だと、姫さんを連れ出すって話は纏まったみてぇだな。それでアークもめでたく戦力増加か? 羨ましい話だぜ」 護衛と言う形で紫銅と半数以上のリベリスタが先行することになった。綺沙羅などはせっかくだからと色々な話を聞いているようだ。一方、わずかのリベリスタは百虎と相対していた。 いくつか目的はある訳だが、大きなところとしては決着を告げるためだ。 勝ったのはリベリスタ達だ。日本最強が溶かせなかった人の心を、彼らは溶かしたのだから。 「白虎のおっさんよぉ、そんなに戦力欲しいんならリベリスタん成れや。剣林っつぅリベリスタ組織になるってなら、口聞いてやらん事もねぇって言ってんだよ、ボケ老虎ぉ」 「百虎だっつてんだろ、相変わらずカルシウム足りなそうな面しやがって。血の気が多過ぎるんだ、おめぇは。何が哀しくて、今更リベリスタなんざやらなきゃなんねぇんだ。俺ぁ、殴りたい奴も殺してぇ奴もてめぇで決める。義理も無ぇのに誰かに指図されるなんざ、ゴメンだね」 火車の挑発気味の言葉に対して、百虎が返してくる。 ここから紫銅を無理矢理拉致するような真似をするつもりは無いようだ。 もっとも、リベリスタ達が予測した通り、それをするような男であるのなら、そもそも最初からしているのだろうが。 戦いが終わったことを感じながら、氷璃はかねてより考えていた提案を口にする。 「貴方も相変わらずね。さて、血気盛んな子を抱えているのは剣林も同じ事。裏野部に感化されてガス抜きが必要なのでしょう?」 つまりは、裏野部一二三に対する共闘の提案だ。 氷璃が提案をすると、百虎は首の骨を鳴らして耳を向ける。 「此方からはガス抜きの場と万華鏡の恩恵を。そちらからは戦力を提供と言うのは如何かしら?」 「好意は受け取っておくが、そいつもお断りだな」 「どうしてかしら? 利害は一致する筈よ」 やはりか、と思いながらそれをおくびにも出さず氷璃は交渉の形を続ける。次善の策として、相手の考えを知ること位は出来るはずだ。すると案の定、百虎は自分から話し始めた。 「俺ら『剣林』の名前でやらなきゃ意味無ぇからな。こと、おめぇらの力借りて戦ったとありゃ、俺らの名折れよ」 百虎の言葉にやれやれと肩を竦める氷璃。つくづく、『剣林』にとっての利害は測り難い所がある。 「それに手を組むったって、俺らの所にはてめぇらと戦いたいって連中は山ほどいるんだ……そっちの姐ちゃんみたいによ?」 「あぁ、前置きは抜きだ。私と立ち会って欲しい」 百虎が首で示した側に立つのは、構えを取る朔だ。強き者との戦いを求める彼女の本性は、やはり抑えることが出来なかった。彼女が戦う理由は、第一に闘争を好むから。もう一つは『人の世のことは人の手にあるべし』という蜂須賀の理念のため。そして、この場では前者故に戦いを欲した。 「蜂須賀示現流? いや、居合術か。たしか、雪の字とやり合った奴だったな」 百虎の目も既に獲物を定めるものに代わっていた。こうなっては、致し方あるまい。紫銅が嫌う類の戦いでないのが救いか。 「それと姐ちゃん、俺は虎徹と盤古幡を家に忘れてきちまったんだが、構わねぇよな?」 「是非も無い!」 本気の日本最強とやり合いたかったという本音はある。 しかし、この場を逃したら折角の上質な戦いを逃すことになる。であれば、朔に選択肢は無かった。 小細工は無用とばかりに飛び立つ。 本気で無かったとしても、武芸者としての力量は相手が勝っている。 それがどうした! 戦うならば勝つだけだ。 剣を交えることでしか見えない世界が存在する。朔はその果てに向かって飛び立った。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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