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ZOMBIE-SURVIVE 幽実野村破壊作戦

●意識空間型アザーバイド『幽実野』
 まずはじめに述べておくことがある。
 あなたはこの依頼に際し、異世界に飛ぶことになる。
 この世界はあなたの持っていた全ての技術と能力を奪い、あなたの『ただの人間』へと変えるだろう。
 さらには世界全体が敵であるかのように、周囲の全てがあなたを襲うだろう。
 そんな世界へ突入し、あなたは依頼を達成し、帰ってこなければならない。

 世界に名は無い。
 しかし、かつてここから流れ込んできたアザーバイドを、我々はこう呼んだ。
 意識空間型アザーバイド『幽実野(かすみの)』。


 『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)が分厚いファイルをデスクに置いた。
 ファイルの中にはまた小さなファイルが挟まっており、『ゾンビゲーム攻略作戦』『ゾンビ世界漂流事件』『学級崩界事件』『幽実浜高校脱出計画』……と、過去アークが請け負ったいくつかの依頼についての資料が時系列順に並んでいた。
 それらを一通り見せた後で、和泉は落ち着いた口調で述べた。
「日本から……いえ、世界から町の一区画が喪われる可能性があります」

 『幽実野』。かつてそう呼ばれたアザーバイドを送り返した実績がアークにはある。
 それは意識空間型アザーバイドと呼ばれ、知性体そのものの上位存在とも言われている。勿論詳しい正体は不明だ。
 しかしひとたびこの世界に現われたならば、村一つ分の住民を支配下に置きさながらゾンビ映画のような世界を構築してしまう恐ろしいものだった。
「しかし近い未来、そこから町一つ分のアザーバイドが流れ込む予測がたちました。このままでいけば、取り返しの付かない事態になるでしょう」
 そうなる前に。
「こちらから、かの世界へ攻撃をしかけ、世界自体を崩壊させます」

「しかしチャンスは一度。こちら側に展開を始めたその時だけです」
 流れはこうだ。
 この世界にには『ゲート』の役割を持っていたいくつかのポイントが存在する。
 逆にこちら側から押し込む形で世界の展開を抑制、そのまま突入し、世界の軸として存在している『ご神体』を破壊するのだ。
 破壊方法は至って簡単で、人型に作られた藁束をねじ切るのみ。一般人にでもできるような作業だ。
 しかし。
「この世界に入った場合、リベリスタの力は完全に無効化されます。皆さんは一般人とほぼ同じ存在となるでしょう。足が折れれば歩くこと叶わず、血が流れ続ければ貧血となり最悪失血死します。腕力は当然、一般人のそれと同じです」
 だがそれを乗り越えることができれば町を一つ救うことが出来る。
「ゲートは三箇所。それぞれのポイントに別れ、生き延び、町を救ってください。お願いします」


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:八重紅友禅  
■難易度:HARD ■ ノーマルシナリオ EXタイプ
■参加人数制限: 10人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2014年01月23日(木)22:16
 八重紅友禅でございます。
 シナリオの内容が少々特殊なので、注意書きをよくお読みください。

●注意
 このシナリオは上位チャンネルへの突入任務です。
 過去の例から、一定時間が経過するか特定条件を満たすことで突入したメンバーは自動的にこちらの世界に帰ってこれる仕組みになっていることが判っています。
 分かりづらいなら『魂だけログインしている』という解釈をしてもらって構いません。
 しかしむこうの世界でうけたダメージはフィードバックするため、最悪死ぬ可能性もあります。これに関しては後述します。

●達成条件
 町の中心にある『幽実野神社』。その屋内にある藁人形をねじ切ることです。燃やしても可。
 現実の地図がある程度有効なので、位置情報を予め覚えておくことができます。というか覚えていたことにして構いません。地図確認や入手にプレイングをさく余裕はおそらくないでしょうから。 

●ゾンビについて
 この世界が展開しはじめたことで、町ひとつが飲み込まれてしまいます。
 構造はこちらの世界と全く同じですが、人間だけが全部ゾンビ映画の住人になったものを想像して下さい。
 皆さんがあちらの世界へログインすることで(詳しい説明は省きますが)こちら側の相対時間が止まります。皆さんが任務を達成できれば元通り。そうでなければ町ひとつがヤバいことになります。

●ダメージの受け方とフィードバックについて
 皆さんはあちらの世界では一般人同然です。
 そして判定上、『全ての部位破壊が一般的人体構造にそって有効に働きます』。
 足が折れれば介助なしに歩けませんし、血が流れすぎれば失血死です。
 そして最強の部位破壊は脳みそぶちまけることです。理由はいわずもがな。
 皆さんの肉体はこちらの世界に帰って来れますが、場合によっては酷い重症をおったり、最悪死ぬ可能性もあります。
 ですが、この世界で『死への恐怖』や『死への絶望』、もしくは『強い生への執着』を持っていた場合肉体へのダメージが軽減され、重症状態を免れる事例が確認されています。
 これは町の一般人たちにも適用されており、負わせた怪我がそのままフィードバックする事例も確認されています。
 つまり、やりようによっては死んでも大丈夫ということです。

●突入ポイントとチーム分けについて
 この作戦ではチームを三組に分けます。人数配分は相談して自由に決めてください。
 以下、それぞれのポイントです。
 ちなみに、突入時間は夜。制限時間は24時間です。多少ゆっくりしても大丈夫なタイムです。

・ショッピングセンター
 元アーティファクトゲーム『とりあえずゾンビ』を裏モードで起動することでログインできます。
 ショッピングセンタービルの屋上からスタートしますが、中にある商品などを利用してゾンビを蹴散らして進むことが出来るでしょう。
 神社まではそこそこ近いですが、ビル脱出までが長いのでてこづります。アクション要素多め。

・住宅街
 海沿いの高校にある『存在しない教室』からログインします。
 高校からの脱出は夜なだけに楽ですが、武器になりそうなものが殆どありません。警備員は武装しているし、交番の刑事は余裕で発砲してきます。一般人がくらったらどうなるか言うまでもありません。基本的にかくれんぼをしながらやり過ごすことになるでしょう。
 尚、この辺の住民はあなたの位置をなんとなく察知する能力があるようで、長時間同じ所に隠れていると見つかってしまいます。スニーク要素多め。

・繁華街
 とある大学の研究室がゲートになっており、そこからログインします。
 夜とはいえ人だらけですのでこの大学からは即脱出をお勧めします。
 すぐ近くに繁華街があるので、色々な物資を調達しやすいですが、夜でも活動しているタイプの人がわんさかいるのでそれだけ危険です。
 そして神社までかなり遠い位置にあるため、車を調達して移動する必要があるでしょう。最悪籠城して時間を稼ぐ方法もできます。
 自由度高め。ただしアクシデント率も高め。

●余談
 このシナリオは過去のシナリオ『とりあえずゾンビ!』『学級崩界』 『ZOMBIE-SURVIVE 幽実浜高校脱出計画』そして景品SS『ゾンビナイトサバイバル』の発展シナリオでもあります。とはいえそれぞれのシナリオを読んでいる必要はありませんので、ご安心ください。

●Danger!
 このシナリオはフェイトの残量に拠らない死亡判定の可能性があります。
 参加の際はくれぐれもご注意下さい。
参加NPC
 


■メイン参加者 10人■
ジーニアスナイトクリーク
星川・天乃(BNE000016)
アークエンジェインヤンマスター
ユーヌ・結城・プロメース(BNE001086)
メタルフレームソードミラージュ
安西 郷(BNE002360)
サイバーアダムプロアデプト
酒呑 ”L” 雷慈慟(BNE002371)
ノワールオルールクロスイージス
ユーディス・エーレンフェルト(BNE003247)
ハイジーニアスインヤンマスター
小雪・綺沙羅(BNE003284)
ジーニアスレイザータクト
月姫・彩香(BNE003815)
ハーフムーンレイザータクト
ベルカ・ヤーコヴレヴナ・パブロヴァ(BNE003829)
ジーニアスレイザータクト
葉月・綾乃(BNE003850)
ジーニアス覇界闘士
蒼嶺 龍星(BNE004603)

●幽浜高校『第四資料室』
 部屋の窓を開けた。
 空は赤く染まっていた。
 夕暮れ時のそれとは比べものにならぬ、酸素をよく含んだ血液のような赤さである。
「汚い色だな。前もこうだったのか」
 教卓の引き出しからストップウォッチを引っ張り出して、『クール&マイペース』月姫・彩香(BNE003815)は言った。
 試しにかちかちとボタンを押してみると、秒数表示が所々で進んだり戻ったりを繰り返していた。
 幾度もバックしながら数十秒分進んだかと思うと二十分ほど一気にバックしたりと、見ているだけで頭がおかしくなりそうなカウントである。
 彩香は半眼で息を吐くと、口の中でかすかに舌打ちをした。
「どういうことだ? 時計を使えなくして私たちの邪魔でもするつもりか?」
「そんなピンポイントな邪魔立てがあるか」
 ロッカーやその辺の机をひっくり返して中身を漁っていた『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)が、長い髪をうっとうしそうによけて振り向いた。
 手の中にはカッターナイフや細かい作業用のミニドライバー。ついでに長い物差しやセロハンテープが収まっている。彼女はそれらを乱暴に服のポケットに突っ込んだ。
「『意識空間型アザーバイド』の世界だ。遭遇経験が豊富ではないから滅多なことは言いづらいが、ここではいわゆる四.五次元を軸とした事象連鎖が起きているんじゃないか?」
「奇異怪怪の極みだな。それで三.五次元事象によって動いている時計がまともに機能しないと言うことか。いや、まともに機能した結果がこう、というべきかもしれない」
「せめて日本語で話してくれね? 俺さっきから全然話についてこれないんだけど」
 廊下に手鏡を出して安全確認をしつつ、『まごころ宅急便』安西 郷(BNE002360)は困った様子で言った。
 せわしなくメモにペンを走らせていた『K2』小雪・綺沙羅(BNE003284)が横目で彼を見た。
「人間は宇宙を認識する際に時間と場所っていう三.五次元を軸にしているんだけど、宇宙自体は別にそんなの関係ないのね。もしかしたら宇宙に時間の概念なんてなくて、皆まったく同時にゼロ秒の夢を共有しあってるだけかもしれない……っていうSF小説読んだことある?」
「ないよ! そういう話だっけ、今の!?」
「世界が変われば宇宙が変わるってことよ。時間と場所じゃなく、超立体……あー、んー……事象と認識で宇宙が見えてるの。言葉で説明できない次元の話だから、『別の世界なんだな』くらいに思って置いたらいいわ」
「あ、はい……」
 郷は『宇宙』という下りが出た時点で考えるのをやめていたので、もはやどうでもよかった。つまり三文字目には思考停止していたわけだが、普通はそのくらいがいい。うっかり自己肯定が出来なくなって発狂するのがオチだ。
「しかしすごいな。ストップウォッチをカチカチやっただけでそこまで察するのかよこのメンバーは。アークの理系リベリスタが集まればこうなるのか。すげえなあ」
 ガチ体育会系の郷にはまるで分からない世界である。
 と、そこでふと前の台詞が気になった。
「そういや空の色、前よりずっと赤くね?」
「そうね。前は暗い紫だったけど、今は明るい赤。明度と彩度が上がったのね」
「詳しく調べたら色々分かりそうだけど……今は時間がないわね。そっちは?」
 綺沙羅はカーテンをレールから丁寧に外していきながら、見張りの郷に呼びかけた。
 再び手鏡で外を確認する郷。
「誰も来てない。変だな……ま、警備が薄いのはいいことだ。この後職員室か技術室寄っていこうぜ。自転車調達したいんだけど、チェーンを切断するための工具とか必要になると思うんだ」
「「…………」」
 綺沙羅と彩香は無言で互いの顔を見合った。
「どう思う」
「そっちの考えと多分おなじ」
「……やはりか。早くも積んだかもしれんな」
 彩香は眉間をつまんで唸った。
 天井を拝んでノートを閉じる綺沙羅。
 きょろきょろと二人を見比べる郷。
「え、どういうこと?」
「チェスを脳内で連戦していそうな連中に聞いても混乱するだけだ。テレビゲームにたとえて解説してやろうか?」
 こちらは内容を察したのか、ユーヌが腕組みしつつ郷に呼びかけてきた。
「……お願いします」
「分かった。扉を閉めて内側からカギをかけろ」
「え、でも」
「もはや監視は無駄だ。敵は忍び足をする必要が無いから足音で分かる」
「なんで忍び足をしな……あ、あー……ちょっと分かってきた」
 意識空間型アザーバイド『幽実野』は以前『現実世界(※こちらの世界と区別するため今回のみこのように呼称する)』の第四資料室から突入したものと同じアザーバイドである。
 同じ。
 同じものだ。
 以前は向こうの世界に返還するという形で追い払い、今回はこちらから出向く形で町を取り返しに来ている。状況は違えど、相手はこちらの手の内をある程度知っている可能性があるのだ。少なくとも、この学校周辺は。
「え、それずるくないか? 前使った手が使えないんだろ?」
「ずるいわけがあるか。こちらだって二回目だ。そこに関してはフェアだろう」
「つまり……愚直に追いかけるより手堅く囲む方を、今回相手は選んだってことよね」
 綺沙羅は黒板に移動すると、校舎を俯瞰した地図を描き出した。
 赤いチョークで二つの部分に印をつける。
「前回、表口に殺到したゾンビを一人が足止めしてあとのメンバーが裏口から脱出したわよね。でも今回、表と裏で均等に人員を割いてがっちり囲んでたらどうなる?」
「積む」
 即答した郷を、綺沙羅は華麗にスルーした。
「……まあ、ごり押しで突破できなくもないが、どれだけ集まっているかが突破の鍵になるな」
「……そうだな」
 今度はユーヌと彩香がうなり始めた。
「のんきに教室で物資探しなどするべきではなかった。今頃がっちりバリケードを組んで、両サイドの階段から肩を組みながらじわじわと押し寄せている頃だぞ」
「物資調達はすればするほど手が増えるが、その分リスクも犯すことになる。今回犯したリスクは『敵が数を集める時間』だ」
 肩を落とす彩香。
 現在お邪魔している教室は校舎の四階にある。最上階の中央だ。
 じっくり階下から攻めているなら、到達に一番時間がかかる場所でもある。
 郷は慌てて机を持ち上げると、扉の前にがらがらと集め始めた。
「じゃあどうするんだ!? ここに籠城して戦うか? 幸い武器になりそうなモップやカッターナイフがあるわけだし……」
「銃で武装した警備員にカッターナイフで何が出来る。それに連中、恐らくモップなど二秒で破壊できそうな武装は揃えてきているぞ。仮に私たち四人で二十人ほど倒したとして……その後から押し寄せる数十人に潰されるのがオチだ」
「じゃあ……」
 ずんずんと大地を揺らす音がする。
 大勢のゾンビたちが仲良く行進する音だ。
 一糸乱れぬ調子で階段を上り、四階へさしかかった音だ。
 見なくてもそれが分かった。
 そして扉にゾンビの顔が映り込んだ所で――。
「よって、こちらは第三の選択を取ろうと思う」
 ユーヌは開け放った窓の外へと飛び出した。
 綺沙羅が丁寧に外していたカーテンの裾を掴み、徐々に開放させるようにして、ラペリングのまねごとのような動作で下りていく。
 先程綺沙羅がご丁寧に端から順に外していたカーテンである。しかもそれは端と端が執拗なまでにホチキス止めされ、先端部分はモッブに巻き付いていた。モップは窓の枠につっかえるかたちで固定されている。
「おそらく二人以上の体重は支えられん。順番にな」
「なあ、もしかして相手がここまで来るのを待ってたのって……」
 扉を強かに叩き、今にも突き破ってきそうなゾンビたちをチラ見しながら郷は問いかけた。
 半眼で息を吐く彩香。
「当然、ゾンビの集団がごっそり校舎内に残れば逃走が楽になるからだ。通り抜ける隙間が無いくらいびっしりと詰まっているなら、当然急いで逆行することはできない。事態を知った先頭集団なら尚のこと」
「じゃ、お先」
 ユーヌ、彩香、綺沙羅と体重の軽い女子だけ先に下りていく。
 綺沙羅が地面に到達したのとほぼ同時に、郷の後ろで教室の扉がぶち破られた。
 内側に倒れる扉。
 大挙して押し寄せるゾンビの群れ。
「ええい畜生!」
 郷は意を決して窓からダイブし、半分程度の高さで壁を蹴りつつ布を引っ張った。
 肩に凄まじく負担がかかり、布が根元のほうでぶつりと切れる。いわゆるホチキス止めだ。少女とはいえ三人の体重を支えた後、郷の体重と位置エネルギーを与えられれば耐えられない。
 包丁を手に窓から乗りだしたゾンビを見上げつつ、郷は真下の木に突っ込んだ。
「いつつ……!」
 左肩が脱臼している……が、足は無事だ。
「ぐずぐずするな。逃げるぞ」
「自転車や工具は?」
「諦めろ」
 校舎を覆う網フェンスを乗り越えていくユーヌたち。
「くっそ、予定の半分は潰れちまった!」
 郷はリアルな痛みに涙目になりつつ、彼女たちを追って走ったのだった。

●ショッピングセンター『×××××』
 物事において、失敗談から話さねばならないことは多々ある。
 そのたびにみな心苦しい思いをするものだが、避けては通れぬことも事実である。
 ということで、ショッピングセンターから上位チャンネルへ突入したリベリスタチームは絶体絶命の窮地に陥っていた。
「……!」
 リュックサックを背負い、ごろごろと地面を転がる『無軌道の戦姫(ゼログラヴィティ』星川・天乃(BNE000016)。
 彼女のすぐ後ろでダンベル用の金属棒が床タイルを破砕した。
 すぐさま起き上がろうとする天乃の腹に、安全靴をはいた足で蹴りが入った。息が強制的に吐き出され、思わず嘔吐する。呼吸が出来ない。だが立ち止まれば先刻の床動揺粉砕される。思考だけは停止させてはならない。再び振り上げられた金属棒が天乃の右足に落とされた。膝が割れ、想像を絶する激痛が全身を駆け巡った。
 ……ことの始まりはこうだ。
 基本的に何でもそろうショッピングセンターに降り立った天乃たちは、ゾンビ映画ならアイテムを揃えたもん勝ちだとばかりに資材調達に走った。当然フロア構造は頭に入っているので、リュックルにハサミにカッターにガムテープ、ついでに金属バットやザイルなんかも手に入りそうな場所はということでスポーツ用品店に直行した。
 豊富な品揃えにうきうきしながら商品の登山用リュックを開き、中へザイルやら手当用のガーゼやらを突っ込んでいったところ、目の前をダンベルを持った集団が塞いだ。
 「あ、やばい」と思った。武器が豊富にある場所ということは、相手もそれだけの武器を持っているということだ。慌てて店の外に飛び出してみれば、調理器具店から出刃包丁やフライパンを持った家族連れが飛び出し、ペット用品店からは大型犬用の綱を持った男が走ってくる。最も恐ろしいのは、全員が全力疾走をし、こちらを全力で殺すつもりの装備を調えて襲ってくるということだ。
 店の外側で物資調達をはかっていた『騎士の末裔』ユーディス・エーレンフェルト(BNE003247)たちはとっくに逃げ去っていた。当然だ、と天乃は頭の片隅で思った。
 全員馬鹿みたいに団子状になって動くつもりなど最初からない。囲まれたらその時点でゲームオーバーだし、それぞれ必要だと思った物資がてんでバラバラだったので最初からバラけていた方が楽だったのだ。更に言うなら、けが人の対策を最初から決めていなかったというのもある。
 となれば、店の奥で敵に遭遇した天乃をわざわざ助けに入るのは自殺行為だった。誰のためにもならない。
 ……と、いうことで。
「厄介な状況……楽しもう」
 天乃は独り言をこぼした。殆どが『ぼご』だの『がは』だのという、それこそゾンビのようなうめき声だったが。
 血の漏れはじめた口をぬぐい、リュックをその場に下ろす。背負っていてはものが出せない。このまま行けば折角獲得した物資を捨てることになるが、やむを得ない。
 天乃は金属バットを地に着け、杖のようにして立ち上がる。頭がぐらつく。意識もうろうとする。
 後頭部を硬い物で殴られた。気絶しそうになるのを気合いでこらえた。
 リュックの中から引っ張り出したザイル。その先端近くを握って、吹き抜け構造の中央エリアめがけてダイブした。
 手すりにザイルを引っかける。固定がうまくいかない。無視だ。
 途中で投げられた犬用の綱が足に引っかかる。無視だ。
 綱に引っ張られたのだろう。ゾンビのうち一体が天乃に引っ張られて吹き抜けエリアに飛び出してきた。天乃を通り越して階下へ落ちていく。足に引っかかった綱が強烈に引かれた。足の関節が無理矢理引っこ抜かれる。
 激痛に耐え、天乃は二階層したへと転がり込んだ。
 が、そこまでだ。両足が動かない。
 こんなことならスポーツ用車いすでも調達するんだったか、と冗談交じりに思う。
「こうなったら……これしかないよね」
 天乃は腕に抱えていたプロテインの一キロ袋を口で破るように開くと、地面に思い切り叩き付けた。
 舞い上がる粉。
 更にポケットに手を突っ込み、マグネシウム製ファイアスターターを取り出した。
 アウトドア用品のひとつで、ドッグタグ程度の大きさのマグネシウム個体だ。
「こういうのも、あるんだよね」
 ライターなど小さい小さい。こんなことなら作戦決定時に細かく物資を指定するんじゃなかったな、と思った。
 手に手に武器を持ったゾンビが駆け寄ってくる。
 天乃はファイアスターターを、思い切り床の金属面に叩き付ける。
 飛び散る火花。
 どぱん、という間の抜けた音と共に、天乃の視界から光が失われた。

 さて。
 ついさきほど『馬鹿みたいに団子状になる必要は無い』だの『バラけたほうが楽』だのと言ったばかりだが、彼らが本当に個人行動に走って天乃を見捨てたわけ……ではない。
 正確にはそうせざるを得なかったのだ。
 そのことを、『騎士の末裔』ユーディス・エーレンフェルト(BNE003247)は後悔と共に噛みしめた。
 それも、丁度上階から爆発音が聞こえた時にだ。
 天乃が店の奥へ進んでいった時、間を割るようにゾンビの群れが出現した。ゾンビ……などと読んではいるが動きは完全に人間のそれで、それなりに考えて動いている様子があった。
 古くさい映画のようにウーアーいいながら両手を前に突きだしてのったりのったり集団歩行していてくれればどんなに楽かと思ったが、彼らは連携行動をとりつつ全速力で走ってくる。場合によってはエスカレータやエレベーター、店内に置かれた自転車なども利用して追いかけてきた。この分だと車だって使ってくるだろう。
 そんな連中によって見事に天乃『だけ』を分断させられ、ユーディスたちはやむを得ず下への階段を駆け下りているのだった。
「皆さん、はやく! ここは私がおさえます!」
 敵の振り下ろす包丁をステンレスコーティングされたモップで受け止めつつ、ユーディスは叫んだ。
 硬い表情で頷く蒼嶺 龍星(BNE004603)。
「分かった。ライター貸してくれ、防火シャッターを下ろせるだろ!」
「ばかですか! 煙のぼっただけで勝手に下りるシャッターなんてあったら被災者にトドメさすことになるでしょうが! 従業員だけが押せるボタンがついてるんですよ! 蒼嶺さんは大人しくローションばらまいといてください!」
「い、今やってる! そこまで言わなくても……」
 『BBA』葉月・綾乃(BNE003850)に怒鳴りつけられ、龍星は顔を引きつらせた。
 龍星のメンタルからしてがつがつした30歳女性というのは未知の神話生物に等しい。会話の仕方が分からない。まあ、今はそんなことを言ってる場合じゃ無いが。
 龍星は大型ボトルに入ったボディローションを地面に思い切りばらまいた。カーワックスとかその辺りがあればよかったが、重すぎるわ撒きづらいわで持った瞬間に諦めた。
 中身はどうあれ、とにかく滑る素材を階段に撒くというのは頭のいい手だ。上階から追いかけてきた敵が足を滑らせて連鎖的に転倒していた。
 中には派手に顔から階段にぶつかって酷い有様になっているゾンビもいた。
 と、そこで、龍星はふとあることに気がついた。
 いわゆる防火シャッターは、従業員が手動で押すパターンが様々なところで採用されている。というのも、火事が起こった際にフロアに人が取り残される危険を防ぐためだ。
 勿論シャッター脇に普通の扉がついているので出入りができないわけではないが、あれも金属製なので火事の際には簡単に触れなかったりもする。
 で、何が言いたいのかというと。
 従業員のゾンビが階の途中でシャッターを下ろし、ついでに扉も鍵をしめるなどして固定してしまえば自分たちを簡単に閉じ込めることができるのではないか、ということだ。
「一番レジへどうぞおー! 一番レジへ! いっ、一ば……ああだめか!」
 形容しがたい棒状のもので敵を殴りつけつつ、『リング・ア・ベル』ベルカ・ヤーコヴレヴナ・パブロヴァ(BNE003829)が階段を駆け下りていく。
 途中から階段がゾンビでぎっちり埋まりはじめたので、その上をドミノ倒しにして踏みつけながら通り越すというパターンが多くなってきた。
 そんな中でベルカは何をわめいているのか。
「従業員のゾンビがつい反応しそうな言葉を投げかければ隙が出来るかと思ったが、全く意味が無いな。中身は別物ということか」
「……そうか」
 この、どう考えても相手の方が有利すぎて積んでいると思しき状況。
 しかし龍星の脳裏にはあるヒントが浮かんだ。
 それはつまり、ゾンビたちは『異世界の他人である』ということだ。
 形こそこっちの人間のものを借りているが、相手は全員このフロアもアイテムも初見の状態にあるのだ。
 ならばローションを塗った階段に思い切り突っ込んでくるのも、防火シャッターを落としてしまわないのも頷ける。
 つまり。
「非常口だ! 非常口へ出ろ!」
「はぁ!? 何言ってんですかそんなの固め済みに決まって――」
「説明してる暇はない、早く」
「理由があるんですね。分かりました!」
 ユーディスは押さえていたゾンビから距離を取ると、きびすを返して非常口へと走った。
 その際後方から投げつけられた包丁が膝にあたり、ばっくりと切り裂かれる。
「つうっ……!」
「肩を!」
 綾乃が咄嗟にユーディスの腕を掴んで肩を組ませる。しかし歩みは確実に遅くなった。
「仕方ない。犠牲は少なくしたかったが……」
 ベルカはそう言うと、拳にバンテージを巻き付けて立ちはだかった。
「ベルカさん?」
「ここは任せて貰おう。元々ショッピングセンター内でのことしか考えてなかったのだ。丁度いい」
「……分かりました」
 ユーディスは唇を噛み、綾乃と一緒に非常口へと駆けていく。
 そして扉を開け、非常階段へさしかかる。
 狭く、普段は使われない階段だ。
 故にぎっちりゾンビで埋まっている……かと思いきや、殆どゾンビがいなかった。
「これは……」
「奴らはショッピングモールなんてものは初めて見るんだ。当然非常口の存在もしらない。通常は客に配慮してひっそり存在している階段なんてものは特にな! とはいえ気づくのも時間の問題だ。急ぐぞ!」
 金属製の階段をけたたましく駆け下りていく。
 そんな音を背に、ベルカは非常口の扉を背中でもって閉めた。
「それじゃあ、時間稼ぎといこうか」
 にやりと笑ったベルカの顔面めがけてフライパンが叩き込まれる。
 棒を翳してガード。反対側から足を狙って包丁が突っ込まれる。腹にはドライバーが、顔面にはボールペンが迫った。
 手を翳してボールペンを受け止める。手のひらをペンが貫通した。膝がざっくりと切り裂かれる。大事な部分がやられたのか、ベルカの膝から瞬間的に力が抜けた。腹にドライバーが抜けない。
 腰にくくりつけていたドッグフードの袋を引き裂いて地面にまく。
 意外と硬いドッグフードに足を滑らせたゾンビの一人が転倒。その隙に攻撃を仕掛けようとした……途端、手首の内側にざっくりとフォークが突き刺さった。
 思わず手から棒が落ちる。
 ここまでか。
 ベルカは非常口のドアノブをぴったり覆うかたちで背をつけ、にやにやと笑いながら言った。
「死ぬものか。さいごまで、笑ってや――」
 口に裁縫バサミが突っ込まれ、目にボールペンが突き刺さった。
 引きつったような笑みのまま、ベルカはついに事切れたのだった。
 同時刻。非常階段を転がるように駆け下りたユーディスたちは、ついにショッピングセンターを脱することに成功した。

●×××繁華街
 映画のセオリーをここに当てはめてしまうのはいかがなものかと思うが、あえて。
 古今東西のゾンビ映画において単独行動ほど安全なものはない。
 車に乗れば後部座席から飛び出し、家に籠もれば勝手に飛び出す輩が現われ、二人組ならどちらかが噛まれて心中エンドがオチである。
 しかしここはゾンビ世界……ではなく、意識空間型アザーバイドの住処である。感染するウィルスもなければ自動車の後部座席でじっと息を潜める者も居ない。
 そんな事情もあいまって『生還者』酒呑 ”L” 雷慈慟(BNE002371)は今悠々と自動車を運転していた。
 ここまでの経緯はこうだ。
 既にゾンビがいた大学の研究室からは即座に脱出し、途中で拾ったネイルハンマーだけを手に大学の棟からも離脱。
 特に有用なアイテムが見つからなかったのは痛かったが、唯一手に入ったのがネイルハンマーだったのが不幸中の幸いだった。
 すぐさま駐車場に止められた車にとりつき、窓ガラスをたたき割った。
 別に車の窓を壊すのが趣味なわけでも、車上荒らしが好きなわけでもない。
 見つけた車は運良く……というべきか、キーがさしっぱなしになっていたからだ。
 もっと言えばドアの鍵も開きっぱなしになっていたが、そこで『やっほー車がタダで置いてあるぞラッキー!』などと言ってドアを開けるような雷慈慟ではない。彼はまず窓を割り、内側にワイヤー等を使ったトラップがないかどうか確かめてから慎重に『内側から』車のドアを開けたのだった。
 外側のドアノブに瞬間接着剤を塗っておくなんていうトラップも想定してのことである。
 この慎重さこそが雷慈慟のパーソナリティであり、人がらだった。
「……今のところ、不都合はないか」
 運転席に乗り込む。
 手にはネイルハンマー。
 他の工具類も調達できればよかったが、調達のリスクを冒して敵に囲まれてはいけない。それに荷物が増えればそれだけ逃げ足も落ちる。リベリスタならドラム缶一つを抱えてでも全力疾走できそうなものだが、今はその半分でもペナルティがあり得た。リアルな話、重傷人を抱えて移動するだけで移動速度は激減するだろう。
「それに、ここの『ゾンビ』は一般人のそれと大差ないようだ」
 雷慈慟の想定したゾンビは、いわゆる腕だの足だのを吹っ飛ばしても全速力で突っ込んでくる頭の腐った集団で、いわば古いテレビゲームでよく見るタイプの化け物だった。大学脱出時に何人かハンマーで殴り倒したが、一発殴っただけで頭を抱えてのたうち回ったものだ。
 痛覚が普通に存在している。
 もしくは痛みというものに慣れていないかだ。
 そしてその両方が正解だった。
 実は雷慈慟の乗り込んだ車が鍵付きのままなのも、このアザーバイドが自動車というものをそもそも理解していなかったからという理由があるのだが、そこまではまだ思い至らない彼である。
 エンジンをかけ、ギアを操作する。AT車のおかげで操作は楽だった。
 そしてアクセルを踏み込もうとした所で……。
「悪いな」
 車の前にぞろぞろと集まり始めたゾンビに気づいた。
 雷慈慟は目を細め、アクセルを思い切り踏み込んだ。
 車の上を転がるように撥ね飛ばされていくゾンビ。
 この車に衝突防止機能が付いていなくて本当に良かったと、雷慈慟は思った。

●幽実野住宅街
 赤く染まる夜空の下。
 郷は主婦用の児童籠つき自転車を必死に運転していた。
 学校脱出時に肩をやってしまい生憎の片手運転だが、三十年近く積み重ねた運転センスが多少なりとも生きた瞬間だった。
 負傷したのが腕で本当に良かった。これが足だったなら、郷の作戦が九割がた潰れていたところである。
 川沿いの道を高速で突っ切る。
 後ろから別の自転車が走る音がした。
 カーブの際にチラ見すると、どうやら警官らしい。交番から出てきたのか。
 この事実はゾンビが自転車という道具に順応したということを示しているのだが、郷にそんなことを考える余裕はない。なにせ片手運転。そのうえ警官は銃を抜き、郷めがけて発砲してきたのだ。
 拳銃の反動がどの程度のものであるかはさておいて、不慣れな自転車操縦と同時に行なえるものでは無い。
 かなりふらついたものの、郷の自転車に弾が命中した。
 跳ね上がる車体。
 ガードレールを跳び越え、浅い川へと転落する。
 そのまま水面に落ちればよいものを、郷の肩と頭は斜めに整形されたコンクリート縁に激突。そのまま何かを砕く音をたてながら川へと落ちていった。

「銃声……か」
 ユーヌはぽつりと呟いた。
 民家の窓ガラスにガムテープを貼り、その辺の石でたたき割った所である。
 これは古くからある空き巣技術のひとつで、音を立てずに窓を割る手段として知られている。
 外から手を突っ込んで鍵を開け、ひっそりと侵入。その後ろに続いた彩香と綺沙羅が続いた。
 なぜ彼女たちがわざわざ民家に侵入などしているのか。理由は二つある。
 周囲をうろつくゾンビの目を誤魔化すため。そして郷が引きつけたと思しき警官から遠ざかるためだ。
 位置的に大通りを横切る必要がでるようなので、できるだけ人目に付かない屋内ルートを選択したということだ。
 当然ここに至るまで追ってはついていて、綺沙羅の腹部にはまざまざと切り傷が入り、彩香は左腕が布でつり下げた状態にあった。手首をやられたのだろう。痛いのか片目をぎゅっと閉じている。
「怪我のこと、あんまり考えてなかったわね」
「この程度で不都合がでることはなかったからな。だが、考えていた作戦の殆どは潰されたと言っていい。対処法も、特に考えていなかった」
 失策だったな、と呟く彩香。
 先頭をゆくユーヌが、廊下を土足のままゆっくりと進んだ。
「過ぎたことを言っても仕方ない。ここはひとまず……」
 と、そこで違和感を覚えた。
 電気のついていない真っ暗な廊下にだ。
 リベリスタの身体でもない今、夜目はあまり利かない。懐中電灯でもあればよかったが、そういう便利道具は回収していなかった。
 仕方ないからと目をこらした、その時。
「伏せろっ」
 真後ろの彩香がユーヌを思い切り蹴倒した。
 つい先刻頭のあったところを草刈り鎌が通過する。
 そうだ。天井に子供が張り付いていたのだ。両足と片手をつっかえるようにして、である。
 彩香がそれに気づけたのは、暗がりに入った時点で『外では閉じていた』片目を開いたからだ。
 明暗の差が付かなければ、暗がりに目が慣れやすいのだ。
 奇襲に失敗した子供のゾンビはすとんと着地し、今度は彩香に襲いかかる。
 片手が使えないなら防御もしづらいと考えたのだろう。
 悲しいかな事実である。手首を押さえようにも片手では力不足。鎌を防ごうと手を出したが最後両手が使えなくなるだけだ。その時点で相手を仕留められないかぎり防御の無駄打ちになる。
「く……っ!」
 歯を食いしばる彩香。
 そこへ、綺沙羅が脇をすり抜けるようにして飛び出した。
 綺沙羅はまず片手で鎌の刃を受け止めが。手の甲から刃が突き出る。
 直後、ポケットに入っていたボールペンを、子供の眼球に突っ込んだ。
 突っ込んで、手のひらで思い切り押し込んだ。
 ごぶちゅんという、硬いゼリーの潰れる音がして、もう一段階何かの膜を突き破った音がした。
 子供ゾンビが仰向けに倒れる。
 するとすぐそばのドアが開き、別の子供ゾンビが飛び出してきた。
 綺沙羅は自分に刺さった鎌を引き抜き武器とすると、彩香とユーヌに呼びかけた。
「行って」
「しかし――」
「いいから、行って」
 彫刻刀が綺沙羅の胸に突き刺さる。
 その光景を背に、ユーヌと彩香は民家を脱出した。

 理科の勉強をもっとしておけばよかった、とユーディスは思った。
 ショッピングセンターで手に入れた筒型ライターは、出力を最大にしたところで雑草をちょっと焦がすのが限界だった。
 連絡用にと考えていた当然狼煙など上げられるはずも無い。
 特定の色がついた煙を、それも明るい昼間にあげる必要があるので、そもそも狼煙をあげようという発想自体に無理があったのだが。
 せめて煙幕程度にはとよく燃えそうな繊維綿も用意したが、火をつけて数十秒待つ必要がどうやらあるようで、これなら天音のようにプロテイン粉末とマグネシウム火打石を用意すれば良かったかもしれない。後悔先に立たずである。
 ユーディスが持っているのは長持ちしそうなステンレス製デッキブラシで、これ以上に硬いものを振り込まれたら恐らくポッキリいくだろう。
 まあ、数キロある鉄槍を担いで何百メートルも全力疾走できる体力があるわけではないので(できたらレンジャー部隊かそこらだ)丁度良い武器だとは思う。
 それに、長い棒を連続して突くというのは、集団を牽制するのにとても効果的だった。
 ゾンビたちも痛みへの恐怖を覚え始めたようで、ユーディスがしきりに牽制してやれば彼らも下手に手を出してこない。
 ……が。
「私もまた、先へ進めないんですね」
 その場にはユーディスしか居なかった。正確には、ユーディスと数十人のゾンビだけがいた。
 既に囲まれ、最後の時を待つばかりである。
 だが死なずに粘れば粘るほど、仲間に追っ手がかかる可能性が少なくなる。それ故彼女はもがき続けていた。
 ゾンビ集団の中に警察官がふらっと混じった。
 それが最後である。相手の突きだしてきた銃を見て、ユーディスは覚悟を決めた。
「どうか、生きて――」
 次の瞬間、ユーディスの頭がはじけて飛んだ。

 一方、ユーディスの犠牲によって先に進めた綾乃たちは。
「……積んでますね、これ」
 ブロック塀に身を潜めつつ、ゾンビの集団をみて言った。
 神社までの道のりは分かっている。袋小路になりそうなルートは避け、できるだけ分岐の多いルートを通ってここまでたどり着いたわけだが、直前と言うところになってバリケードを築かれてしまった。
 回り道をして時間をかけたぶん、相手にも準備の余裕が出来たと言うことだろう。こちらが安全策をとるなら、相手も安全策をとれる。当然の流れ……だが。
「ここから先はどうする」
「だから積んでますって。あたし、小麦粉とか卵とかそういうのしか持ってきてませんもん」
「ケーキでも作るつもりだったのか?」
「ぶつけて目くらましになるかと」
「ならなくはないだろうが……あれは突破できないな」
 いっそ灯油でも撒いて火をつけちゃおうかなど相談していると、すぐ脇に車が停まった。
 びっくりして身を屈めると、助手席が開く。
「……あ、酒呑さん」
「待たせた。急いだ甲斐があったというものだ」
 そう、この車とは、雷慈慟が大学からパクってきた車だったのだ。
 綾乃たちが時間をかけてルートを選んだのとは逆に、雷慈慟は繁華街での物資調達を完全にスルーしてまでここへの直行を選んだ。その結果がこうして現われたのである。
 綾乃たちはこれ幸いと雷慈慟の車に乗る。
「とりあえず乗れ。あそこを突っ切るぞ」
「突っ切るって――」
「言葉の通りだ。シートベルトを締めろ」
 アクセルを思い切り踏み込む。
 当然ながら車は急発進し、ゾンビたちの組んだバリケード及びゾンビ本体を見事に蹴散らし、そのまま奥にある神社の柱に激突した。
 膨らんだエアバッグに叩き付けられ気絶する雷慈慟。駆け寄ってくるゾンビたちを見て、綾乃や慌てて助手席から転がり出た。
 彼女を逃がすまいと追いすがるゾンビだが、後部座席のドアに撥ね飛ばされる。
「蒼嶺さん!」
「先に行け、ここは引き受ける!」
 気絶した雷慈慟、として立ちはだかる龍星このふたりにその場のゾンビたちが殺到した。
 神社の階段を駆け上がり、鳥居を潜る綾乃。
 当然といえば当然か、そこには数人のゾンビが待ち構えていた。
 反対側からは負傷したユーヌと彩香が這い上ってくる。
「あ、ここでアレの出番ですね」
 綾乃は不敵に笑うと、ジャケットのポケットに入れていた生卵をゾンビたちに投げつけた。
 数個は外れて明後日の方向へ飛んでいき、うち少数はゾンビの顔や胸に当たった。それで終わりではない。持っていた小麦粉の袋を破いてまき散らし、目くらましに使ったのだ。
 すぐ近くにいたゾンビに取り押さえられ、仰向けに押し倒される。
 胸にナイフを突き立てられ、まっすぐ腹方向へと切り裂かれた。
 シャツと下着が聞いたことも無いような音で裂け、一緒に皮膚と肉も裂けた。
 喉から這い上ってきた血が口から漏れ出す。
「あ、ああ、定番ですねえ」
 血を吐きながら綾乃は笑った。
「美人ジャーナリスト、ゾンビに囲まれ……て……」
 綾乃に気を取られていたからか、殆どのゾンビは裏手から這い上がってきたユーヌたちに気がつかなかった。
 かろうじて気づいた一人だけがユーヌに組み付き、首にナイフを突き立てる。
 引き抜くと同時に噴水の如く血が噴き出し、こひゅーこひゅーとへたなフルート演奏のような音が響いた。
 横目でそれを目撃する彩香。
 ユーヌの口がぱくぱくと動いた。血の泡が漏れるばかりだ。
 しかし彼女が『はやくいけ』と述べていることだけは、わかった。
 彩香はひた走り、賽銭箱の脇を抜け、障子扉を片手で引き開けた。
 目に入ったもの。
 見たことも無いような祭壇がひとそろい。
 藁人形が一体。
 ……と、ゾンビが一体!
「くそっ!」
 思わず毒気づき、彩香は突撃した。
 ここで引いたら死ぬだけだ。
 使えるのは右手のみ。足も疲労がピークに達している。
 歯を食いしばった。
 慌てて掴みかかってきたゾンビの脇をすり抜け、わら人形に到達。
 手を伸ばす。
 掴み取る。
 足に激痛。
 日本刀が突き刺さっていた。
 左足が畳にピン止めされている。
 冗談じゃ無い。
 動けない。
 左手は手首からダメになっている。ゾンビが彩香にのしかかり、髪の毛を掴んだ。思い切り引っ張られる。
 彩香は破れかぶれで藁人形に噛みつくと、ひと思いに食いちぎった。
 真っ二つに引き裂かれ藁人形。
 そして――。

●生実野某所
 木々に囲まれた土のうえ。
 彩香は激痛で目を覚ました。
 左の手首がありえない方向に折れ曲がり、足から止めどなく血が流れている。
 ……が、特に難なく立ち上がることが出来た。右手を何度か握ったり開いたりしてみる。リベリスタの力が戻っているのが分かった。
 少し歩いて行くと、ユーヌの姿があった。
 喉に大きな穴を開けている以外は無事だ。そう、無事だ。リベリスタならば、数日で元に戻る。
「帰って、これたか……」
 彩香はその場に座り込み、深く深く息を吐いた。
 めらめらと燃える音がする。
 じきにこの廃神社が燃えてしまうのだろう。

 後日、こんな記事が新聞に載った。
 ショッピングセンター内で謎の爆発事故。負傷者多数。死亡者数名。
 廃神社に車が突っ込み炎上する事件。通りかかった付近住民数名が死亡。
 空き巣に入られた家庭で子供二人が死亡。
 交番の警察官が勤務中浅い川に転落して重傷、病院に搬送されたのち死亡。
 大学研究室で教授が何者かに襲われ死亡。
 他大なり小なりの事件多数。
 その原因は事故や偶然など様々だが、正しい原因は未だ明らかになっていない。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
 お疲れ様でした
 全員生存状態で現実世界に帰還できました。
 ただし全体的にフィードバックダメージ軽減用のプレイングが少なめだったので、重傷率は高めです。