● 年明けの空気がやや残る麦畑。 土をふみふみ、進む靴があった。 底の深い耐水ブーツ。しゃれっ気よりも機能性に富んだそれは、不思議と彼女の白い足に似合っていた。 彼女。そう彼女である。 「サリ、今日は畑を見なくてもいいと言ったろう」 「父さん……」 振り返る娘、サリ。頬にそばかすを残した年頃の娘である。 くたびれた麦わら帽子が、ほんのわずかに傾いていた。 対して父と呼ばれた男は背中が曲がり、無精髭の目立つ細身の男である。 「もう、腰に負担をかけちゃだめってお医者様に言われてるでしょ。畑は私に任せてよ」 「そうはいかん。お前はまだ若いんだ。男のひとつでも見つけて、恋をして、健やかに育っていい歳なんだ」 「いいの。私みたいな田舎の村娘を相手してくれるひとなんていないんだから。それより私、この畑が好きなの。畑も、そばを流れる川も、綺麗な空気と広い空と、遠くに聞こえる鳥の声。みんな大好きなの」 「まーた始まったよ、サリのいい子ちゃんトーク」 帽子を押さえて空を見上げるサリ。その後ろで、ボブカットの娘が声を上げた。 今や珍しいヒモ型ストラップを沢山つけた携帯電話を、指にひっかけてくるくると回している。 背格好はサリよりも小さいが、身なりはどこか垢抜けていて、ほどよく都会じみた色気を纏っていた。 「アンナ、帰ってたんだ! 久しぶり! 東京、どうだった!?」 「埼玉だっての。それも端っこ。関東圏に入ったくらいで騒ぎすぎだよ。まったくうるせーんだから……後でまた顔出すから。じゃ」 視点は変わり、アンナ側。 畑の沿いを歩いて行けば、小さな川にさしかかる。 見下ろせば、ほとりで木刀を振り続ける剣道着の娘が見えた。 アンナやサリとは決定的に違う金髪の碧眼。明らかに海外の血が混じっていた。 「よっ、ジュリエ。随分馴染んできたじゃん。剣道娘って感じ出てるよ」 「笑止。我は騎士だと言ったはずだ。剣道娘など下らん」 「剣道着で木刀振ってりゃ嫌でもそう見えるっつの」 「この国で甲冑とランスを着て歩くことはできんのだろう。やむを得ずの妥協だ」 「どこの国でもアウトだっつの」 アンナはそう言うとそばにあった大きな岩に腰掛けた。 その様子を横目で見るも、ジュリエ木刀の素振りをやめない。 「帰ってきたのか。やはり、お爺さまの」 「まーね」 「もう、長くないそうだからな。見るなら覚悟しておけ。既にかみ切れすら持てぬほど衰弱している。今はお眠りになっているが」 「わりーね。ジュリエに面倒みさせて、あたしだけ外に働きに出るなんてさ」 ジュリエは手を止め、口の端だけで笑った。 「フン、今更何を言う。異邦人の我を受け入れたこの村は、いわば我が第二の故郷。血もつながらぬ我を育て剣を仕込んだお爺さまは、第二の父だ。我が剣にかけて生涯を看取ると決めたのだ。その孫であるアンナ、お前は我が姉妹も同然」 「あれは金持ちの道楽だっつの。剣ってか木刀だっつの。同い年だっつの! ったく、ジュリエと居るとツッコミおいつかねーっつの!」 「フ、未だ健在。安心したよ。さ、行ってやれ」 「ん……いや、もう少し見てる」 顎肘をつくアンナ。 ジュリエは微笑以下の笑みを浮かべると、再び素振りをはじめたのだった。 うららかな村に住む、ほんの僅かな住民たち。 過疎化が進みすぎたがためか、ほんの十人程度しか住まぬこの村は、地図にものらぬ村。 住民全てがノーフェイスという、隠れ村である。 ● 「……そんな話が」 ユウ・バスタード(BNE003137)は小銃を抱えてうつむいた。 「ノーフェイスなら、倒すしかありませんね。悲しいけど――」 「悲しいけどォ!?」 オールバックに大量のシルバーアクセ、そして縁なしの遮光眼鏡をかけた男が身を乗り出した。 人をいらつかせるのが得意そうな、そんな薄笑いを浮かべてである。 アークに所属するフォーチュナのひとりである。 「この村は離れ小島にひっそりと存在する隠れ村だよ君。まあ村の誰も隠れるつもりはないようだがあまりのショボさと田舎くささで嫌でも隠れる隠れ島なんだよ可哀想だねえ実に可哀想だ可哀想だから――助けてあげよう! なーんてね!」 目を大きく開き、不作法にもユウの首元を指でさした。 思わずつんのめった彼女に詰め寄るようにしてずかずかと後退させる。 「彼らの祖先は古く江戸時代にお上の金を盛大にちょろまかして流刑になった連中だというじゃないかつまり彼らは棄民の子孫! それが世界から捨てられた世界棄民ことノーフェイスに成り下がるなんて実に運命的じゃないかそうだろう実に運命的かつ愉快かつ爽快じゃないか祖先の恥と罪を今この場で償っているのさきっとそうだそうに違いないだから殺そう――み・な・ご・ろ・し・だ!」 どん、とユウの背中が壁にぶつかった。左右非対称にぐにゃりと笑う男。 「なんてね」 男は指をぴんと上に立てると、コンパクトなピボットターンで180度前後反転した。 「ノーフェイスは崩界を招く。だから殺さねばならない。そうでしょうアークが誇るリベリスタのお歴歴」 「ブヒヒ、違いねえや。おめえらもそう思うよなあ?」 「ギャッギャッギャ!」 「ケーヒヒヒヒヒ!」 「フシュウウウウ」 「オーウオーウイエェースカモンカモンカモンオオォーウシィーハァー!」 お化けしかいなかった。 オーク(BNE002740)と、リザードマン(BNE002584)と、コボルト(BNE003091)と、さまようよろい(BNE003210)と変な女(BNE002641)しかいなかった。 愛用のスタンロッドをごしごしとしごくオーク。 「しかしノーフェイスがいきなり十人となると、か弱い俺らには荷が重いかもしれねえなあ。なんぜ六人しかいねえしなあ?」 「ケヒヒ、つまりぃ?」 コボルトが親指と人差し指を小刻みにこすってみせる。 フォーチュナの男は両腕を広げて笑った。 「もぉーちろん我らが勇敢なるリベリスタが戦いに赴くのです正当な報酬を得るのは勿論のこと! 命をかけて戦う場でいかなる『アクシデント』が起きてもそれは仕方の無いことだよねえリザードマンくん!」 「ギャーッギャギャー! ギャギャッギャー!」 「勿論さ好きにしたまえ織田信長のように髑髏を杯にしたとてそれは戦の範囲内だ誰も文句はいいっこなしさだってこれは戦いだもの!」 「フシュウ……」 さまようよろいは腕を組んだままじっと沈黙を保っている。そういう形の置物かと思うほどである。彼の場合はつまり、沈黙の肯定という意味だ。 オークはプルミアの腰に手を伸ばすと、彼女に向けてロッドを突きだしてやった。 ロッドの先端を優しくそしてゆっくりとなで回すプルミア。 「アクシデントねえ。確かに俺らは少し『荒っぽい』からなあ、何が起こるかわからねえなあ。ブヒヒヒヒ……おら、もっと奥までくわえ込むんだよ雌豚が!」 「オォーウそんなに突っ込んだら……ンッンーア、ノォーウでしょ。オォーウ!」 「このオークさん、なんで唐突にミニブタに餌をあげはじめたんでしょう。わからないなあ。わからない。このゲームは全年齢対象だから決して性的な暴力シーンがあるわけないしそれを臭わす発現もしないはずだからきっと健全な意図があるに違いないんだなあ、きっとそうですねーよかったよかった」 天井を見上げたまま早口に述べるユウ。 「じゃあそういうことでよろしく」 「よろしく頼まれたぜ」 ガシリと手を握り合うフォーチュナとオーク。そして双方、左右非対称にぐにゃりと笑った。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:八重紅友禅 | ||||
■難易度:EASY | ■ リクエストシナリオ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年01月15日(水)22:45 |
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■メイン参加者 6人■ | |||||
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●ご注意 ここに出てくるリベリスタの大半はバケモンです。 お母さんが泣くので絶対にマネしないでください。 そしてこの物語には以下の要素を含みます。 色々な意味での暴力的な表現。 かつてないほどのセンカ。 期待を裏切らないオーク要素。 以上がダメな方はウィンドウ右上のしいたけでも押してください。 OKと言う方はレッツゴーセンカ。 ●少女「平和な村が大好きだから」 鳥のなく空。 遠くに並ぶ山々と、風のにおい。 『魅惑のカウガール』プルリア・オリオール(BNE002641)は顔を上げて額をぬぐった。 手には軍手をはめ、露出の乏しい服装でまとめていた。 彼女を知る人間からすれば、かつてないほどの非露出度である。 そんなプルリアの横から少女サリが声をかけてきた。 「すみません。手伝って貰ってしまって」 「ンー、ノォウ! 遠慮しちゃダーメ。急に遊びに来たのはワタシなんだから!」 格好に似合わぬオーバーリアクションで返すプルリア。 サリは苦笑とはにかみを混ぜ合わせたような顔で肩をすくめた。 二人を撫でるように冷たい風が吹き抜ける。 青々とした葉が波立つように揺れた。 ここはサリが普段から面倒をみている畑だった。 遠くで年老いた男が手を振っている。 「おーいサリ、もう戻ってきなさい!」 呼んだのはサリだけだった。プルリアに少しだけ視線を向けたものの、すぐに目をそらしてしまう。 プルリアは、余所者への排他的な視線だったように感じた。有り体に言って。 「分かってる! 先に戻ってて!」 サリは手を振り返すと、プルリアに向けて今度こそ苦笑した。 「ごめんなさい。小さい村だし、古い人だから……外の人に慣れて無くて。それに……」 「当然ネ。少しずつ慣れていったらイイのヨ!」 「ポジティブなんですね」 サリはプルリアの背中を見やった。 プルリアの背には大きな翼が生えている。 一般人相手には隠せているが、ノーフェイスのサリたちには丸見えだった。 彼らはそれをファッションの一種程度にとらえていた。プルリアの奇抜な言動も相まって、である。 実際問題、東京や大阪の繁華街に出れば翼を背負った女くらい掃いて捨てるほど居るのであながち間違った認識ではない。 畑仕事を切り上げて原の斜面に腰掛けると、近くを通りかかった『ミックス』ユウ・バスタード(BNE003137)を見つけた。 「あ、ユウさん。お散歩ですか?」 「まー、そんなところです」 曖昧な風に会釈をするユウ。彼女の背中にも翼、である。 「村長さんの所に行ってみたんですが、やっぱりコレクションは見せてくれないそうで……」 ユウは『ごめんねー、じーさんがダメだっていうから』と手を合わせて言うアンナを思い出した。 チャラチャラとした格好をしているものの、寝たきりの村長のそばについている姿には彼女の献身を察することができたものだ。そんな彼女がダメだというのだから、きっと誰にも見せてはくれないのだろう。 ユウは気分を切り替えて空を見上げる。 「それにしても、いい村ですねー。空気もおいしい」 「はい……」 サリは斜面に寝転んで、遠くまで広がる畑を見た。 「わたし、この村が大好きなんです」 ――それから24時間後。 サリは同じように斜面に寝転んでいた。 大きく広がる畑を見ていた。 「畑仕事が好きなンだってェ? ブヒヒ、あっしも大好きなんだよ。耕しがいがあるよなあこの畑はよお!」 サリをがたがたと揺らしながら、『悪【得】敏腕豚P』オー ク(BNE002740)は豚のように笑った。 光の消えたサリの目には、一面焼け野原とかした畑が映っている。表情はとっくに消えていた。 「おいおい気絶してくれンなよ? ま、ノーフェイスじゃそうもいかねえか! ブッヒヒヒ! おい、アップで撮れ」 「……分かった」 ビデオカメラを構えた『さまようよろい』鎧 盾(BNE003210)がサリへ近づいていき、腰から頭にかけてをゆっくりなぞるように撮影していく。 その様子を観察して、『金は三欠くにたまる』コ ボ ルト(BNE003091)がケヒケヒと犬のように笑った。わざとらしい口調で問いかける。 「鎧の旦那ぁ、そんなトコ撮ってどうするんですかい?」 「『資料』にな……。頑丈な相手だ、色々出来るだろうよ。その映像をうっかり見た物好きな金持ちがうっかり金を置き忘れていくような、そんな『資料』だ」 「神秘の秘匿はバッチリやっといてくださいよ、なんせオレらは『リベリスタ』ですからねえ、ケヒヒヒヒ!」 「違いない」 がしゃがしゃと鎧を揺らして笑う盾。 この光景を見る者がいたならば、少女を化け物の集団が蹂躙しているように見えたろう。そしてその認識は何も間違っていない。 ひいては、その場に集められた若い男たちもその様子を見せつけられていた。目を離せずにいた、と言ってもいい。 みなおびえきった表情で両手をあげ、膝を突いている。 コボルトが彼らにボウガンを向けて脅しているからだ。ノーフェイスといえど第一段階。それもなりだての最低下位である。文字通りコボルとの指先一つで命を絶つことが出来た。 男の一人が震えながら言う。 「お、俺たちをどうするつもりだ。こんな、こんなものを見せつけるために集めたのか! それがお前の目的なのか、化け物!」 「ケヒヒヒヒ! こんなもんには微塵も興味ねぇっすわ!」 コボルトはおかしそうに笑って言った。 「オレの目的は村長さんとこのお宝倉ですぜ? 村女のひとつくらい、金があればいくらでも買えますわ。ひいては金が最上位ってもんですぜ。ケヒヒヒヒ!」 「……まあ、そういうことだ」 盾は丁寧にカメラを三脚に設置すると、槍を担いで歩き出した。村長宅の方へだ。 オークもまたのっそりと立ち上がり、腰のベルトを今一度締め直した。 「ふいー。じゃあお前ら、あとは好きにしていいぞ」 「え……?」 確実に殺されると思っていたのだろう。男たちは目を剥いた。 「サリちゃンも知ってる相手なら気持ちも楽だろ? 最高の思い出を作ってけ、な! ブッヒヒヒヒ!」 腹を抱えて笑い、村長の家へとのしのし歩いて行くオークたち。 残された男たちは手を上げたまま硬直していた。 目だけを動かし、サリを見る。 ぐったりと仰向けに横たわり、かすれるように息をするサリ。まだ生きていた。 呼吸の音が間近に聞こえるようだった。 いや、聞こえていたのは自分の呼吸だろうか。それともすぐ隣にいる男のものだろうか。 男の一人が動いた。ほぼ無意識に身を乗り出していた。 「お、おい……」 声をかけられ、男は振り向いた。 「こ、このままにしては、お、おけないだろ?」 「……ああ、そう、だな」 男たちは顔を見合わせ、そして――全員の頭が一斉にはじけ飛んだ。 「Aエリアのノーフェイス殲滅かんりょー」 ユウはライフルのマガジンを交換しつつ言った。 村の上空をホバリングしながらである。 彼女の眼下には首から上を喪った男たちが横たわっている。サリのものも混じっていた。 上着を脱いで捨てる。それは上手にサリの上へとかかった。 ちらりと横を見ると、プルリアがライフルのスコープを覗き込んでいた。 照準の先。畑がちりちりと燃え、小さな子供を抱えた女が走っている。 靴はなく裸足で、寝間着のままだった。 が、すぐに寝間着が真っ赤に塗れた。抱きかかえた子供が肉塊になってはじけたからだ。 女は跪き、狂ったように笑い出した。自らの眼球に指を突っ込み、人の名前をしきりに叫んでいる。だがそれも数秒だ。すぐに頭がはじけ飛び、女は親子混じって土の上に散った。 ライフルをリロードし、プルリアは目を細めた。 「ノンノン、この村からは逃がさないワ。苦しまずに死ぬことが、最後の幸せネ。そうでショ?」 「……ですね」 ユウは深く息を吐くと、新たな標的を求めて飛んだ。 全部殺そう。 殺してあげよう。 そう思った。 ●オーク「平和な村が大好きだから」 トカゲの牙が高速で迫る。 咄嗟に翳した木刀が、目の前で噛み砕かれた。 ジュリエは奥歯を強く噛むと、バックステップで距離をとった。 足下に転がった鉈を拾い上げる。家畜をしめるに適した道具だが、今からの用途に耐えるかどうか。 鉈に反射したのはトカゲの化け物だった。『蒐集家』リ ザー ドマン(BNE002584)。頭と手足がは虫類的な鱗に覆われ、顎はワニのように変形している。そのほかは硬い鎧で隠れていた。 「ギャッ、ギャギャ……ギャッギャッギャ……!」 化け物らしく奇声を発し、口角から止めどなく涎を垂らしている。涎になにがしかの血液や肉片が混じっているのは、これまでの『所行』を知れば当然のことである。 所行のことを察して、アンナが絞り出したような悲鳴をあげた。 「ヒ、ヒイイイ……」 「気を保てアンナ! お爺さまを連れて倉へ逃げろ! 鍵を閉めて閉じこもればいい、あそこはそう簡単に開かない!」 「でもアンナが」 「早くしろ!」 歯を食いしばり、倉へ逃げるアンナ。 それを横目で確認して、ジュリエは少しだけ安堵の目をした。 安堵。それが隙であった。 地面に両手をつき、リザードマンが飛びかかってくることに対応できなかった。 大河から這い出る人食いワニ。密林に巣くう大蛇。草むらから飛び出して小動物を食らうトカゲ。彼らに共通することは、まず足からとるということだ。食いつき、噛み砕き、へし折り、丸呑みし、時として毒を使い、自由を奪って丁寧に食い尽くすのだ。 リザードマンとて例外ではない。彼はジュリエの足に食いつくと、強烈な力で彼女を振り回した。 地面に幾度となく叩き付け、最後には足を付け根からへし折った。 「う、ぐう……化け物め……!」 それでもジュリエは諦めなかった。瞳に闘志の光を燃やし、まだ自由な腕でリザードマンに切りつける。それは彼の右目を大きく縦に切り裂くことができた。 「ギャ、ギャー!?」 思わず相手を離してしまうリザードマン。ジュリエは必死に腕だけで這い、その場を離脱した。 かなり苦労はしたが、無理ではない。血と汗をとめどなく流しながら、ジュリエは村長の家へと逃げた。 倉だ。 あそこにさえ逃げ込めばなんとかなる。 なんとかなるはずだ。 アンナさえ。 お爺さまさえ。 生きていれば。 生きていれさえすれば。 ジュリエの願いは叶えられた。 倉の中。 アンナは生きていた。 村長の老人も生きていた。 「ブヒヒヒヒヒ!」 「ケヒヒヒヒヒ!」 這いつくばったジュリエと。 両手と両膝をついたアンナ。 二人の目が合った。 村の人間たちとは違いどこか垢抜けたアンナの服は、原型が分からないほどに切り裂かれて地面にばらまかれている。 村長の老人はその上に横たわり、震える手を伸ばしていた。 元々寝たきりの人間である。ノーフェイスとなったことでそれなりの体力はついていたろうが、胴体を槍でピン止めされてまで動けるほどではなかった。 声も涙も枯れ果てたのか、ヒーヒーと焼けただれたような声を出して震えている。 棚に並んだ壺や掛け軸を眺めていたコボルトが満足そうに老人の顎をさする。 「じいさんいい趣味してるじゃないっすか。粒揃いのコレクションっすぜ。サイドカーじゃ積みきれねえっすわ、ケヒヒヒヒ」 「案ずるな。トラックを用意した」 「さすが鎧の旦那! 準備がいい!」 「リース料だ。金貨のたぐいは貰うぞ」 「ケヒヒ、いいですぜ旦那。欲張りや独り占めは早死にしやすからねえ。それに、ブツなら捌き方しだいで金額が吊り上がるってもんですから。ケーッヒッヒッヒ!」 愉快すぎて仕方ないという様子で笑うコボルト。盾も何が愉快なのか鎧を縦にガタガタと揺らしている。 だがそんな会話はジュリエに聞こえてこない。彼女の耳は激しい耳鳴りが支配していたからだ。 「どうして」 「アァ?」 「どうして、倉の鍵が……」 「ンなものコボルトにかかりゃドアノブひねるより早いぜ。なあ?」 「ケヒヒ、それほどでもねえですよ。あ、閉めるのも得意ですぜ。その方が都合いいでしょ……トカゲの旦那」 ジュリエの、そのまた向こうを見て笑うコボルト。 ハッとして振り返ると、そこには片目を怪我したリザードマンが立っていた。 「ギャギャッ!」 「や、やめてくれ……」 ジュリエはゆっくりと首を振った。 光を完全に喪ったアンナの目に、それはとてもくっきりと映った。 「もう、ころしてくれ」 「ギャ、ギャァ……?」 リザードマンは彼女の髪を掴み上げ、倉の中に引きずり込んだ。 扉が締まる。 鍵が閉まる。 防音対策をした倉だからだろう。外に漏れ聞こえるものはなにもなかった。 ●???「平和な村が大好きだから」 家が燃えていた。 畑が燃えていた。 村が燃えていた。 すべてが燃えていた。 トラックの荷台を閉じ、盾は運転席へと乗り込む。 コボルトたちもそれぞれ用意した足に乗り込み、エンジンをかけた。 オークもまた運転席に乗り込み、キーを差し込む。 助手席のユウが前を見たまま言った。 「満足しましたか?」 「ハッ、満足なンてしたことねえなあ」 キーを回してエンジンをかける。金属製のミニボトルを開け、中身を一気にあおった。 「葛藤があったか? か弱い女の子をいじめて胸が痛ンだかい? ブヒヒ、そんなもんは罪悪感を誤魔化すための言い訳よ。結局ヤるこたあヤるんだ。あっしは」 「……」 ユウはライフルを胸に抱きかかえ、横目でオークを見た。 豚の横顔である。表情など読めやしなかった。酒をあおって女を蹂躙し、金を奪って家に火をつける。それを喜んでやるような顔をしていた。 「罪悪感が、あるんですか」 「肉を食うにゃ豚を殺さにゃならン。『豚を殺してごめんなさい』とお祈りしたところで誰も幸せにゃならねえのさ。『もう豚を殺しません』なんて論外さ。じゃあどうする? 黙って鉈降って、お肉を丁寧に洗って切り分けンのさ。それが大人ってもンだ」 先導するためにコボルトとプルミアのサイドカーが走り出し、鎧のトラックが走り出し、その後ろを馬に乗ったリザードマンが戦利品片手に走り出す。 およそこの世のものとは思えぬ混沌を見つめ、ユウは黙った。 そんな彼女に、オークは金属ボトルを突きだしてくる。 「――なぁンつってな! あースッキリしたぜ! ブヒヒヒヒ!」 燃えさかる村を背に、車は走り出す。 ボトルの中身は、色の付いた水だった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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