● 種子田 栄三の成功の陰には、沢山の人間の血と涙が流れている。 事情を知る人間にならば、栄三自身とてその言葉に頷くだろう。 そして、『何が悪い?』と笑うのだ。 密輸品に薬に臓器に命、売って金になるものは何でも売ったし、商売をうまく回す為には金も人も――他者の命も全く惜しまなかったから、彼は大成したのだ。 多くの人の犠牲の上に立ち、富と地位と名誉を得た彼は笑う。 表向きは大企業の重役として日々を立ち回り、裏では神秘一般問わず仲介や横流し、隠蔽工作や証拠偽造での蹴落としで恩を売り、一つや二つでは済まない弱みを握ってきた。 政界、芸能界、スポーツ界……栄三の動きは決して派手ではなかったが、細々と何処にでも根を張った。 だが、そろそろ小さな組織でやっていくには頭打ちだ。 この日本には、主流と呼ばれるフィクサードの大手が存在する。 時に人目を憚らない彼らの不興を買えば、栄三とて無事では済まない。 ならば、と栄三は考えた。 その中に入ってしまえばいいのだ。 幸いにして、幾つかの組織のそれなりの上部のものとも繋がりは取れなくはない。 特に『逆凪』と呼ばれる組織は最大数を誇りながら、優秀な人材をいつも求めている。 現状に満足せず、貪欲に発展を求めていく姿は中々に栄三の好みであった。 鶏口となるも、牛後となるなかれ。 そんなのは知らぬと栄三は鼻で笑う。 ――鶏の嘴と牛の尻、より高みから見下ろせるのはどちらだと思う? 所詮は言葉遊びに過ぎないと切り捨てる彼は――今まで踏みつけた人々を省みる事は、決してない。 ● 「なんともまあ、分かりやすいゲスだね」 バラバラバラ、ヘリコプターの音を頭上に聞きながら、『黒き風車と共に在りし告死天使』フランシスカ・バーナード・ヘリックス(BNE003537)が口を開いた。 写真で見たターゲットの顔は、温厚そうな壮年の男。けれど、その目の暗さばかりは隠し切れない。 「荒稼ぎした金で随分豪華な場所に泊まるものだ。無関係の人がいないのは、此方としてはやりやすいがな」 溜息に似たものを交えながら『黄泉比良坂』逢坂 黄泉路(BNE003449)が後を続けた。 有名ホテルの最上階、所謂スイートルーム……の一つ下のフロア。栄三がいるのはその部屋だ。 上下のフロアを貸切にして警備の者を置き、彼は逆凪の知人と会うべく準備を整えている。 その『手土産』として渡すべく用意されたものは、人脈を利用し集めたリベリスタのパーソナルデータ。 中にはアーク所属のリベリスタのものもあれば、それを見過ごす訳にもいかない。 逆凪のフィクサードが来るのは、凡そ三十分後。 「俺様ちゃん達の今回の『オシゴト』は、逆凪の連中が来る前にソイツと警備の連中を殺す事。一般人はフロアに入り込めないし、遠慮する必要もない。速やかに皆殺し。――はい、コレでおさらいOK?」 目を細めておどけるように『殺人鬼』熾喜多 葬識(BNE003492)が言葉を纏めた。 幸いホテルの付近にヘリのナイトクリージングを行っているヘリポートがあり、彼らが乗っているのはその一台。 ホテルの屋上に最接近した時に飛び降りれば、その瞬間から仕事はスタートだ。 最上階の警備と、階段、そして目標フロアの警備を倒し、奥に存在する最終ターゲットを殺す。 手口だけ見れば暴漢やテロリストと大差ないが、表向きに地位を持つ栄三を『波風立たず』殺す為にはその方がいい。『誰がやったか分からない』事が重要だ。 例え下手人が薄々察されたとして、栄三に恨みを持つ者はその千倍。何より栄三が倒れれば、その下の者達は自らが利権を得ようと躍起になり、犯人探しは二の次だろう。これが人望というものか。 会話を聞いていた『さいきょー(略)さぽーたー』テテロ ミーノ(BNE000011)はふむふむと頷いて胸を反らす。 「ミーノもしってる! このひと、『なめられる』のがこわいからにげられないっ! ……おいしいのかなっ」 少女が得意げに語った通り、栄三にとってみれば今回は大事な顔合わせの場だ。 多少の妨害があったからと言って逃げてしまえば、それこそ今後に差し支える。 「他人の涙や命は知らぬと切り捨て、自らの地位や体裁は必死で守る――そんなのは、人の上に立つ器ではない」 アルトリア・ロード・バルトロメイ(BNE003425)の眉は寄っている。目的地付近だ。速度を緩め、開かれた扉。激しい寒風に金の髪が捕らわれ揺れた。 その未練が、栄三の未来を絶つのだとしたら悲劇ですらない、単なる自業自得だ。 屋上が近付く。普段よりも大きいヘリの音を誰かが不審に思う前に飛び降りなければならない。 「それじゃ夜景も堪能した事だし――悪い悪いヒト、殺しに行きましょ!」 ヘリの光を下から受けながら、『骸』黄桜 魅零(BNE003845)がそう笑う。 行う事はシンプルだ。暴力を暴力で潰すのは『正義の味方』ではないかも知れない。 けれど世界は、この夜景ほどに綺麗ではないのだから……内包するのも、一般論の正義ばかりではない。 さあ、暗黒世界の重役を気取る男に――世が孕む闇の深さを、教えてやれ。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:黒歌鳥 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ リクエストシナリオ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年01月19日(日)22:26 |
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■メイン参加者 6人■ | |||||
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● 夜空に聳える摩天楼。 黒の天鵞絨に宝石を零したような美しい夜の街には――深い闇が蟠っている。 他者の犠牲を省みず私服を肥やし続けた男、種子田 栄三も街の闇を形成する一人。誰かの人生など、命など、彼にとっては考慮するに値しないものなのだろう。 ヘリのプロペラの回転によって巻き起こされた風と、上空であるが故の強風。冬の寒さに冷やされ痛い程に身を打って来るそれを受けながら、リベリスタは飛んだ。 重力、落下、容易い着地。ギリギリまで近付いてくれたヘリが、闇から眩い光の中へと消えて行く。 「わーお! 寒いね」 やや大袈裟に身を震わせてみせる『殺人鬼』熾喜多 葬識(BNE003492)は笑いながらフードを目深に下げた。人殺しのセイギノミカタ、今日もいっちょやってやろう。だって彼らは悪い奴なんだから。 低い笑いに誘われた様に、葬識の体を闇が這う。 「ふん、狡賢い悪は闇に紛れて動き回るか」 首を回したアルトリア・ロード・バルトロメイ(BNE003425)の体も黒で覆われて行く。街の闇など比較にならない艶やかで暗い闇は、凛々しい彼女を包む鎧と化した。 栄三は確かに富を、名誉を得ただろう。だがそれは誰か別の人間が代価を払ったからだ。彼自身は何も払ってはいない。他者を踏みつけ伸し上がった人間は、いずれ相応の代価を支払わなければならないとアルトリアは思っている。 そして、今日がその日だとも。 「他者を犠牲にしてでも成り上がる、そのハングリー精神は思わず感心してしまうものがあるがな」 些か変わった形状の弓を握った『黄泉比良坂』逢坂 黄泉路(BNE003449)の右腕も闇に包まれる。感心したからと言って、歓迎する訳ではない。ハングリー精神が強かろうが、彼は間接的にアークに喧嘩を売った。 他者の人生を命を売り飛ばした男への天誅を気取るつもりはないが……過ぎた行動が何を招くか、身を以って味わって貰おう。 「とんだ下衆もいたもんだけど、そうでないと始末のし甲斐がないよね」 夜に似た色の翼、『黒き風車と共に在りし告死天使』フランシスカ・バーナード・ヘリックス(BNE003537)の体を黒が舐めて行く。無力で可哀想な被害者ではなく、力を利用し他者を食い物にする悪党ならばその刃を振るうのに一切の躊躇いは不要だろう。 数に任せて突っ込んでくる連中を薙ぎ払い、目当てを食らってやろうじゃないか。薄く微笑む彼女の瞳は、夜闇に浮かぶアメジスト。 「そうそう、ゲスはゲスな方が殺しやすい」 一つのガーネットを細めて『骸』黄桜 魅零(BNE003845) は同意する。夜空から眺めた街は、とても綺麗に輝いていた。無数の人が作り出した明かり、積み上げてきた景色。 栄三らはそれを見下ろし優越感に浸る事はあっても――真の素晴らしさは知れないだろう。 魅零の白い肌に、紫が走る。頬を腕を蛇行して、不可視の誰かが絵筆で描いているように現れるその文様。暗闇に蘇る死霊の如き不死の力を身に宿し、彼女はぎゅっと得物を握った。 黒に包まれた彼らに舞い降りたのは、魔力の羽。 「ミーノがみんなをいちだんかいぱわーあっぷさせるよっ!」 仲間に加護を施した『さいきょー(略)さぽーたー』テテロ ミーノ(BNE000011)は笑う。 「ぜんいんあわせて! だーくないつ! さんじょうっ!!」 明るい声に小さな笑いで答えるのは、黒の鎧に紫の文様に彩られた闇の騎士達。 騎士団よ、抜剣だ。 倒すが良い、己の敵を。 ● 屋上の扉を蹴り開けてなだれ込めば、向いたのは幾つかの銃口。 踊り場に一人、二人、駆け上がって来る音がする。 「はいはい退いてよ! 死にたいなら別だけどさ!」 剣呑な目をした男達に向けて、フランシスカはアヴァラブレイカーを振り上げた。血を吸った異世界の大鉈が立ち上らせた瘴気は、一瞬の間に階段に満ちる。 微かに襲う虚脱感。命を削り生み出した瘴気に包まれた男達が仲間との合流を図り慌てて後退するのを見ながら、フランシスカはこれからだと刃を振るった。 「今宵の黒き風車も血に飢えてるからね!」 上質な部屋に相応しい静寂を切り裂くように、風が鳴る。 手すりを飛び越えるようにして、魅零が走る。男達を追うように。途中でちらりと見えた最上階のフロアにも、多数の人の姿が見えた。 彼らも遠からず襲っては来るだろうが、今は後回し。目指すのは栄三のいる、一つ下のフロアだ。 「種子田ちゃんはお部屋でリラックスタイムってとこだね。やーだ、余裕じゃない」 葬識の目が捉えたのは、護衛を傍にソファに座る男の姿。自らの影響力を示すためなのか部屋に配置された十人は、広い部屋といえど圧迫感を覚えそうな様子で立っている。 音に全員が小さく反応はしたものの、動く気配はなかった。 当然だろう、栄三の部屋に辿り着くまでには多数の護衛がいる。普通の人間ならば、蜂の巣にされてあっという間に終わりだ。むしろ部屋の守りを手薄にして奇襲を食らうほうを警戒するのだろう。 窓の外を見ていた何人かが首を振る。 栄三は軽く眉を上げて――何事もなかったかのように、酒を注いだグラスを口に運んだ。 さて、その余裕はいつまで持つだろうか。 駆けていく三人に、ミーノもぴょこりとツインテールを跳ねさせながら付いていく。スカートを翻し後を追う小柄な少女は、物騒な得物を担いだ中では場違いにも見えたが――この場で最も効率的な集団戦闘の指示を出せるのは、紛う事なくこの少女である。 戦場を盤面に、仲間という駒を最大効率で回す神算鬼謀の鬼謀神算。常人では辿り着けぬ知力の閃きは、駆ける今もフル回転。 「おりてすぐのいりぐちのまえでちょっととまってねっ!」 待ち構えているだろう相手の射撃とタイミングをずらして少しでも回避を容易にさせるように声を掛けながら、暢気な声音に見合わぬ冷静さでミーノは状況判断を組み立てる。 黒の鎧に身を包み、ヒーローの如きゴーグルで顔を隠した黄泉路がその隣に並んだ。辿り着いた中央フロア、何者だなどと月並みな誰何をするよりも早く殺すつもりの攻撃を仕掛けてきたのは、彼らが『表の』護衛ではなく完全に裏仕事に手馴れた連中であるという事を無言で証明する。 通り過ぎていった最上階の連中の足音が聞こえてきた。 黄泉路がそれに怯む事はない。始めからその程度で怯えるようならここには来ていないし、何より背後には『彼女』がいた。 「案ずるな、背面は任せろ」 「何、心配はしていない」 レイピアと盾を手にしたアルトリアが、黄泉路や仲間の背中に付いた目となっている。アルトリアは前の仲間を憂いはしない。彼らが前の敵を倒して進んでくれると信じているからこそ、背後に控えて挟撃を食い止められる。 例え自分自身が倒す訳ではなくとも、それは必ず仲間が敵を倒す一助となるのだ。 逃さない。逃しはしない。 「さーてカウント始めるよ、数え忘れのないようにね!」 笑った魅零から立ち上る黒。自らの生命を削り敵の生命を脅かす暗闇。さあ悪魔達、愚かなカルカブリーナよ、瀝青の池に落ちてゆけ。 身を苛む黒の瘴気は満ちて消えない、フランシスカが後を継ぐ。 「数が頼りの取り巻きじゃ、相手にはちょっと足りないのよ」 闇を支配する領主であり、暴力に燃える狂戦士。優秀なアタッカーの彼女が生み出す暗黒は、魅零の闇に続いて男達に血を吐かせた。 飛んでくる銃撃に頬を掠められながら、葬識もアルトリアの傍まで下がり更なる闇で廊下を塗り潰す。まるで火事の悪夢のよう、男達は咽るなんて生易しい表現では合わない程に血を吐いて、幾人かは既に膝を突きそうだ。 有象無象とここで捨て置く訳にもいかない、彼らには同僚がいて、回復したら襲ってくるかも知れないのだから。 「命は何よりも大切だもんね」 大切だから、丁寧に殺そう。形の歪んだ鶏と卵、叩き割ったコロンブス。 ああ、ひとつ増えた、またひとり殺す相手が駆け込んできた。 最上階から駆け下りてきたのだろう、その男に向けてアルトリアはレイピアを振る。それは斬撃や刺突を目的としたものではなく、目標地点を指し示す指先。 床からまるで湧いてきたように現れた黒い霧が、城を覆う蔦の如く男に絡み付く。振り払う間もなくそれは一つの箱と化し、男の悲鳴も中に閉じ込めた。黒い箱が内包するのは絶望と苦痛、火傷と凍傷を同時に負った男は、血を滴らせながらその場に縫い止められる。 「!!! みんなっくるよっ! きをつけてっ」 ミーノが声を上げるのとほぼ同時、動くタイミングのかち合った者達が一斉に騎士に向けて攻撃を放った。四色の光が魅零を打ち、狙撃がフランシスカの脇腹を抉った。黄泉路に刺さったカードは不吉を告げている。叫びながら咄嗟に身を守ったミーノにだって、頭を狙った一撃が飛んで来ていた。 リベリスタと違い、そのターゲットはばらばらだ。協力して誰か一人を狙って倒す、なんて事にまで意識が行っていないのだろう。或いは全員で掛からねば潰せない相手だとも思っていないのかも知れない。数で押せば、ある程度の相手ならば轢き殺せるのだから。 けれど彼らがこの夜不運だったとしたならば『数で押せる程度』の相手ではなかったという事。 そして天使の歌を奏でたのは、『彼』の不運。 仲間を癒すその姿は、この場で真っ先に騎士の剣の標的となったからだ。 「その首……置いていって貰おう」 不吉のカードを指先で放る黄泉路の放った黒の瘴気が、回復を歌った男と今しがた癒されたばかりの男達を飲み込んで行った。 ● 五十人を越える敵の数に対し、秘密裏にという前提が儲けられた案件に呼び集められたのは、たったの六人。その数、凡そ十倍。 けれどアークとて、人員を無意味に死地に放り込む気がある訳ではない。数にしてみれば明らかに不利な無茶振りだが、『彼らなら十分に達成する可能性がある』と判断したからこそ送り出したのだ。 彼らは無力ではない。闇に生き、己の力の拠り所を知った――騎士達だ。 栄三は部屋から出て来なかった。 廊下で行われる激しい戦闘に気付かないはずもないだろうに、葬識の目に動く様子は見えない。 徐々に数を減らした取り巻きを押し切り、部屋の中央まで辿り着いた所で開くはその扉。 グラスを置いた男が、ゆっくり立ち上がる所だった。 「何が目的だ……と聞くのは無駄かね?」 「そうね、下衆な悪党さんをさっくり始末に来てあげたって言えばいい?」 明らかに見下した口調で問う栄三に、フランシスカは瘴気で答える。立ち塞がった一人が自らの代わりに食らったのも当然という表情で省みない男は、表向きの仮面を捨てて酷薄な色を瞳に浮かべていた。 「ねえ遊ぼうよ! 黄桜のプロポーズを受け止めて欲しいな☆」 「生憎ゲテモノの小娘と遊ぶ趣味はなくてね」 けたけた笑う魅零の言葉も鼻で笑い、栄三はスーツの袖から銃口を覗かせる。それが一瞬ぶれたと思うと同時、仲間に一斉に赤が散った。痛みが魅零の体に走る。ぞわりとした感覚は、一歩死に近付いた証。それでも軽く目を細め、魅零は熱い息を吐いた。 葬識の持った歪な鋏に魅零の顔、背後で指示を飛ばすミーノを見た栄三は小馬鹿にしたように肩を竦める。 「なるほどね、アークか。何を思って仕掛けてきたのかは知らんが、私は君らに用はない。帰りの心配はしなくて良いから、ここでゆっくりして行き給え」 死体でな。鼻を鳴らした男は、この場に現れたアークの人員も『手土産』の一つになると踏んだのか。 「この数で警備を乗り切ったのは褒めよう、だがそれもいつまで持つかな」 嘲るような声は、こちらが消耗している事を信じて止まない優越感を含んでいた。余りにも愚かしいその姿に、アルトリアは小さく溜息を零す。 「――因果応報、身を以って知れ」 廊下に取り巻きはまだ残っていた。ならば食い止めるのが己の役目。栄三には背を向けるようにして、彼女は来るであろう増援へと意識を集中させる。 自らの所属がバレた所で関係ない。どうせ栄三はある程度人員を把握していただろうし、ここで全てを終わらせれば同じ事。 「アークのダークナイトのたたかいたかっ! しかとめにやきけるといいの~っ!!」 年に見合わず……外見には見合っているかも知れない舌足らずな台詞を口にしながら、ミーノが呼ぶのは清浄なる癒しの風。後方サポート技術に優れた彼女がいれば、自らの身を傷つけ敵に立ち向かう騎士達だって倒れはしない。消費の大きい技を使う仲間に対してのサポートだって、ミーノはできる。 その行動は中々攻撃にまで手が回らないが、アルトリアと同じく仲間が自らの役割を果たしてくれると信じているからこそ、ミーノは決して迷わない。 傷口を埋めていく光に、栄三が面倒臭そうに眉を寄せた。恐らく次から狙われるのはミーノだろう、彼とて戦場での指揮能力は持っている。 庇う程に人員が足りていないのは、栄三が嘲った通り事実であった。 だとしても――こちらの消耗を上回る速度で敵を殲滅すれば問題ない話だ。 「覚悟しろ。今宵徒党を組んで来てやったのは死神だぞ?」 安全ピンやスタッズで飾られた己の服に血の染みを加えながら黄泉路が呼ぶのは黒い闇。暗黒街の住人が浸って暮らす闇とは違う呪いと絶望、この世の苦痛。 闇を己の領域とする騎士達は、銃弾や刃では怯まない。 その痛みを、苦しみを知りながら糧とする。 上等な壁紙に穿たれる弾丸、絨毯の細緻な織り込みを汚す鮮血。 部屋の惨状の奥に煌く夜景は、何処までも美しい。 これをこんな良い場所から眺められる栄三は、確かに一般的に見れば成功者なのだろう。 けれどそれが人々の不幸の上に成り立っている事を知っている魅零にとって、それは成功ではない。 「本当の成功って、頑張って頑張って、その先に掴むからこそ光り輝くんだ」 つい、と刃に滑らせる手。帯びるは呪い、この世全ての禍々しい思い。唱える光り輝く希望とは対照的な絶望を振りかざし、魅零は栄三を睨み付けた。 「悲しみも絶望も。人の痛みさえ知らない人に、成功なんて重い言葉は譲らない!」 誰かを犠牲にして甘い汁を吸って、そんなのは成功じゃない。人のものを奪い取っただけ。 魅零の言葉と重なって栄三の体を刻んだ刃が、その体に癒せぬ呪いと石化を齎す。 動けぬ己の体に初めて焦りを感じたように栄三の顔が歪むが、それを癒せる人員は、もういない。 「さっさと逃げればよかったのに。体裁を保つのも大変よね?」 ま、わたしは暴れられて良かったけど。鼻で笑ったフランシスカの放った闇から栄三を守る者ももういない。倒れ、或いは恩寵を使っても立ち続けたアルトリアによってその場に縛り付けられて、動く事すら叶わない。 「待て、貴様らの目的は先程のデータではないのか。何なら金もやる、だからもう」 「もう遅い。審判の時は来た。――その身、断罪に処す」 「今まで溜めた恨みや辛み、纏めて手土産に持ってきな」 陳腐ともいえる懐柔の台詞を切り捨てたアルトリアの前で、黄泉路は目を細めた。指先で辿る己の傷、鋭い痛みを伝えるそれさえも、世に蟠る呪いの一つに変わり――栄三の体に、傷を刻んだ。致命傷となる傷を。 ● 駆ける。駆ける。駆けて行く。 栄三を殺し、フロアに残っていた残りの人員を潰せばカウントは間違いなく五十一。 従業員用のエレベーターに飛び乗って地下まで行けば、手配されたワゴンが待っている。 血に塗れたまま駆け込んで、ドアを閉じればスモークガラスが彼らの身を隠してくれた。 何事もなかったかのように通用口から出て、表の道へと曲がったワゴンの隣を黒塗りの車が過ぎていく。先程彼らが出て来たホテルに入っていく。 ――恐らくはあれが逆凪の誰かか。間に合った。 誰かが椅子に深く背を預け、息を吐く。 彼らが上階のフロアに向かったとして、待ち受けるのは死屍累々。何らかの手段で彼らは下手人の正体を知るだろうが、あっさり殺されるような『使えない』男の報復などは行うはずもない。 大企業の重役が何者かに殺害されたというニュースは、明日には『表』にも出るだろう。詳細は伏せられて、実際よりも遥かに少ない被害人数で。同時に『調査』が進められ、次第に栄三の悪事は暴かれ白日の下に晒されるのだ。……そう、その一部は。 深く根深いその闇は、栄三一人を殺して晴れるものではない。 他の闇から出て来た手が、彼の利益を吸い取って、そしてまた闇へと消えるのだ。彼らは栄三より『もっとうまく』やるのだろう。 夜に潜んで暗がりを渡り、欲望の黒い川を泳ぎながら輝く富を得る。 その過程で狂わせた誰かの人生など、気にも留めず。 「黄桜後輩ちゃん? どうかした?」 「あっ……葬識先輩っ! 約束ですよ、撫でてくーださいっ」 「はいはーい、頑張ったねぇ」 一本の線のように目まぐるしく行き過ぎる街の明かりから目を離し、魅零は頭を撫でる手ににひひと笑った。そんな二人のやり取りを見る顔は、多少疲れてはいても誰も減ってはいない。 彼ら彼女らが散らした赤は、五十一。 どれだけ赤を積み重ねたとして、奪われた人々の元には返らない事は誰も彼もが知っていて、それでも無駄ではないと信じるからこそ刃を振り上げるのだけれど――。 何でか少し、悲しいね。 呟いた魅零の後ろで、街は輝いていた。 闇の中でも、精一杯煌くように。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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