● あぶくたった にえたった にえたかどうだか たべてみよ。 投げ込まれたのは、お湯の中だった。 適温よりは少し熱い程度の湯。混乱しながらもがけば、暫しの後に引き上げられる。 助かった、と思ったのは一瞬だった。自分を引き出したのは、何だか分からない生き物だったから。 油粘土を適当にこねくり回して作った塊に、針金の手。前面には巨大な唇とむき出しの歯。 自分を丸呑みできそうなくらいの大きさの口が開いて、肉を齧った。 「ぎゃっ……!?」 悲鳴も続かない。次から次に一口ずつ、化け物の手から手と受け渡されて肉を齧られていく。 『煮えた?』『煮えてない?』『さっと潜らせるくらいが丁度いいんだよ』『あなたちょっと味見して』『生煮えだ。これ食べられないよ』『おねえちゃん、焼き石足して』『お冷お持ちいたしました』『何だ今週は休載か』『あっ割り箸失敗した』 次から次に、巨大な口から零れ出てくる沢山の声と言葉。繋がっているようで繋がっていない会話。 それでも化け物の一体が、赤く焼けた石を先ほど自分が投げ込まれた井戸に放るのを見た。 水が一気に蒸発する音。立ち上る湯気。血を滴らせながら持ち上げられる自分。 「や゛めっ」 溢れてくる血に喉を塞がれながら制止するも、誰も聞いていなかった。 ぼこぼこと泡の立つ水面が近くなって、齧られた傷口に熱湯が触れて激痛が、……。 あぶくたった にえたった にえたかどうだか たべてみよ。 『んんー、ウェルダン』『こういうのミディアムっていうのよね?』『肉はレアだろレア』『肉には赤!』『赤いはりんご』『りんごのようなほっぺ』『それではいつものように関東一本締めで』『お兄さんもう一杯』『課長随分お強いんですねえ』『全く課長がさあ』『人狩り行こうぜ』『焼肉行こうか』『肉食いたいね肉』『ベジタリアンって大変そうだよねぇー』 ● モニターに映るのは、寂れた集落と異形。 子供が適当に丸めて固めておいた緑の油粘土に、更にコケを生やしたよう。 そこにコラージュのように張り付いているのは、人の口。 「……はい、まあご覧の通りです。皆さんのお口の恋人断頭台ギロチンが、このアザーバイドの始末をお願い致します」 肩を竦めて『スピーカー内臓』断頭台・ギロチン(nBNE000215)は前に向き直った。 「識別名『一口』、肉食というか雑食性。知性は……ないとも言いがたいし、あるとも言いがたいです」 喋っていたじゃないか、と首を傾げる一人に、ギロチンは首を振る。 「あれを『喋った』というかは微妙ですね。連中は『食べた相手の記憶を微量ながら取り込む』性質があるようでして……自らの頭で考えて喋っている、というより、『記憶から類似するシチュエーションを引っ張ってきて口にしている』に過ぎません」 だから微妙に繋がらない。 会話のようで会話ではない、場面場面の繋ぎ合わせ。 「先程の行動もその一つと言いますか。あの連中は記憶から『調理方法』を引っ張り出してきて、それを真似ている様子ですね。……意味ですか、意味があるとしたらきっと『遊び』です」 生で食らっても支障はなかった。 けれどひっそり人を食らって『記憶』を得た彼らは煮炊きの真似事をして遊んでいる。 ある意味ではままごとをする子供のようだが――微笑ましく見守れる類ではない。 「一箇所に留まり、派手に立ち回ることをしなかったせいか捕捉が遅れました。……山歩きの人々や写真家、廃墟好きの人などが結構な数食われているようです。これ以上のさばらせておく訳にはいきません。一体残らず、倒してください」 地図に赤ペンで丸を付ける。 「まあ生き物ですので危険になったら逃亡しますが、こいつらは『集団が危なくなったら』ではなく、あくまで『自身が危なくなったら』逃走を図るようです。なので弱ったものを集中的に叩けば取り逃しの心配は減るかと思います」 集団で生きているようでも、その性質は個。 決して油断できる相手ではないが、うまく立ち回れば十分勝機は掴める。 「山の方なんで寒いですけど、近くまでは車でお送りしますので雪中行軍は必要ないですよ。ただまあ、終わった後に風邪を引かないようにと――燃やされて火傷しないようにと気を付けてくださいね」 そう告げると、フォーチュナはいってらっしゃい、と笑って手を振った。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:黒歌鳥 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年01月14日(火)22:41 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● あぶくたった にえたった にえたかどうだか たべてみよ。 遠くから、微かに聞こえる童歌。 「あぶくたった……? へぇ、これってそういう歌なんだ」 最近の子供は余り遊ばなくはなっただろう。けれど未だ多くの者には馴染み深い遊びの歌を微かに聞きとめ、『アクスミラージュ』中山 真咲(BNE004687)は呟いた。少年とも少女とも付かぬあどけなさを持った表情は、これから向き合う異形に対しても恐れは抱いていない。 対して不安そうな面持ちの如月・真人(BNE003358)は、寒さか不安か、一度その身を震わせた。 居場所は分かっているのに、近くの茂みが風で揺れるのにもびくりと反応する。思い返すのは、ブリーフィングルームのモニターで見た『一口』の姿。 「ただでさえ怖いのに十体以上だなんて、何でこんなに集まっちゃってるんですか!」 粘土をこねくり回して苔を生やし、針金で手を作り大きくプリントした唇を貼り付けて出来上がり。そんなものが、人の背丈とそう変わらない大きさで存在するだけで恐ろしい。 山間の集落に聞こえる遊び歌、これが本当に子供達の発したものであれば牧歌的な風景であっただろう。けれどそれを歌うのは、人を食らう異世界の生物。 「まさにアザーバイドね。理屈がまるで通じてない」 コートの前を掻き寄せて『薄明』東雲 未明(BNE000340)が溜息を吐いた。息が白い。幸い今は止んでいるが、足元に広がるのは雪の絨毯。寒い冬に暖房もない寒い場所に行かねばならないリベリスタ稼業とは、全く因果な商売だ。寒いのは嫌いなのに。 「集落が過疎になったのは今回のアザーバイドと関係無いのだろうが、妙な噂とかが立ちそうだ」 過疎で人も立ち入らなくなった集落に続く道は除雪もされていない。『Brave Hero』祭雅・疾風(BNE001656)の吐く息も白い。 誰もいなくなった集落で発生する行方不明者。噂の時間軸など容易く入れ替わる。 「常識が通じないのは何時もの事だが、遊びのつもりで迷い込む民間人を襲うのは見過ごせない」 別世界の住人は別世界の理で生きている。 それに不服を申し立てたとして、どうしようもないのは知っているのだ。 だとしても。 「例えどんな存在だとしても、人に危害を加えるのであれば、対処するのが俺達の役目だ」 そう、それがこの世界からはみ出してしまったものであろうが、異世界の生物であろうが同じこと。『侠気の盾』祭 義弘(BNE000763)が肩を竦めたように、リベリスタがやる事は変わりない。 「わたくしも食事をしますから、それを倒すのが正義だなんだとは言えませんけれど。運が悪かったと思って頂くしかありませんわね」 「そうですね、異界の存在に道理や善悪を説く気はありませんが……単純に、有害です」 風に遊ばれて跳ねる艶やかな髪を押さえ『聖闇の堕天使』七海 紫月(BNE004712) が首を振れば、『夜翔け鳩』犬束・うさぎ(BNE000189)が頷いた。 人を食べてはいけない。それは悪い事だ。 そう定めたのは、この世界に住む人々。 彼らは世界の常識の外から来たのだ、それこそ『食べる』行為に善悪もない場所から。それを咎める訳ではない。ただ、この世界にとっては害悪。 「似た言葉を繰り返す玩具ならば売り物として感心したが、お粗末な生物か」 眉一つ動かさず、『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)は淡々と呟いた。喋った言葉を覚えて吐き出し楽しませるならまだ有用だが、これにそれは期待できそうにない。 「囀るだけならインコに劣る。猿真似のみで害しかないなら駆除対象」 言葉は辛辣――いや、リベリスタにとっての事実を紡ぐのみ。 彼らは駆除する以外にない。 そこに正義や悪など存在せずとも、害だから。 新雪に足跡を刻み、屋根に積もる雪が落ちる音を背後に、リベリスタは目的の場所に辿り着いた。 異形が、目の存在しない世界の異物が、こちらを『見た』。 ● 冷たい風も寒々しい風景も、今だけは意識の外。 「さて、遊ぼうか?」 背の翼を羽ばたかせたユーヌが白い絨毯から爪先を離し、指先で手招いた。優れた五感は散らばる十五体の生物の位置を全て把握しようと鋭く尖らせてある。 言葉の意味自体に挑発は込めずとも、神経を逆撫でる声音。魔力を持った言葉は『意味を真には理解しないであろう』異世界の生物の注意も引いてくれた。 『遊ぼう』『野球しようぜ』『お兄さん安いよ』『今日のセール品!』『売り上げ落ちたなあ』 連なっていく連想ゲーム、唇の中に隠された歯が剥き出しになる。その奥にあるのは暗闇だ。胃は何処にあるのだろう。大きな口の向こう側、こちらの常識とは違う構造をしたイキモノがユーヌに正面を向けるのを見ながら真咲は自らの速度を引き上げた。 一口と名付けられた異界の生物にはやはり、悪意は見えない。 「そーゆーイキモノだって事なんだよね」 猫が捕まえた獲物を嬲って遊ぶように、あるのはこちらでいう所の興味や好奇心の類。 だけど、彼らは一番大事なことを忘れている。 彼らがやっているのが、食事の模倣だと言うならば、食べる前に言わなくてはいけない事があるだろう。 「……イタダキマス」 真咲が今から行う事もまた、『命を頂く』行為であれば――子供はにっこり笑って目を細めた。 『どうぞお召し上がりになって』『今日のご飯は何?』『ハンバーグ! ハンバーグ!』『空気抜かなきゃ』『またタイヤ駄目になったの』『もうスタッドレスにした?』 「トントントン」 うさぎがユーヌの言葉に気を惹かれなかったものに対し、踏み込みながら呼びかける。 『何の音?』『ねむらなきゃ』『風の音!』『あー良かった』『トントントン』『何の音?』 口々に言葉を発するその異形はこちらの言葉に答えているようで、その実何も分かってなどはいないのだろう。楽しく食らっている所に現れた餌、奇妙な形をしたその生物。 「お化けの音!」 肌と言っていいのかも分からない、刃が切り裂いた質感は分厚い絨毯に減り込ませたようだ。うさぎの言葉に返るのは、楽しげな悲鳴。子供達の悲鳴。飛ぶ血の色は赤色か、いいや、奇妙な色だ。形容するなら血というよりも、虫の体液に近いかも知れない。 彼らにとっては、奇妙な形をした化け物はこちらの方だろう。 けれど、だから何だ。 互いに理解のできない化け物同士、擦り合わせる共通点もなければ共存も不可能。 「知性が有るのか、無いのか。これ以上の犠牲者は生み出させはしない。変身ッ!」 腕を翳した疾風の体を強化外骨格参式[神威]が覆う。鋭い目が敵を捉え、疾風は気を足元へと集中させた。その距離が縮まったかのように素早く、より早く動く為に。 わらわらと異形が群がっている。その光景は決して楽しいものではないが、義弘は少女の前に立ちはだかった。見れば見るほどよく分からない、どんな体内構造をしているのか想像もつかないその姿。 「任せろユーヌの嬢ちゃん、攻撃は全部俺が受け止めると思っておいてくれ」 「期待している」 離れた敵に狙いを定める少女が頷く気配を感じながら、義弘は侠気の鋼を構えた。がちがちと、近くで歯の鳴る音がして――吐き出されたのは、熱気。 冷やされ切っていた空気が赤く照らされて、けれど続いて飛んできたのは氷の塊だ。 燃え盛る炎と氷点下、その入り乱れる中を駆けて未明はうさぎが狙った一体へと鶏鳴を振り上げた。ばちばちと刃に走らせる電撃は、一口が呼ぶ雷よりも激しく荒れ狂い未明にも痺れと痛みを与えながら異形の身を抉る。 逃さぬように、一体一体を確実に仕留めるように、未明が陣取ったのはうさぎの斜め前。 「また物騒なかごめかごめだわ」 『かごめかごめ』『かごの中のとりは』『いついつでやる』『夜明けの晩に』『つるとかめがすべった』『後ろの正面』『だあれ?』 未明ちゃん! 子供の声が紡ぐ歌。切れ切れの記憶を継ぎ接ぎで合わせた歌の先に、聞こえない声を聞いた気がして未明はゆっくり首を振る。てんでばらばらな名前を口にしながら、ユーヌの声から逃れた一口は手当たり次第に炎と氷を吐き出していた。 「もう、わたくしのチャームポイントが傷みますわあ! とりあえず皆様、白銀の世界に舞い降りた堕天使にしてさしあげます」 掠める熱気に紫月が眉を寄せる。炎に髪を焼かれて面白いボンバー状態になるのはごめんだ。顔をしかめながら彼女が皆の背に下ろすのは魔力の翼。そんな翼が無くても浮いている、この生物は本当に何なのか。重力を無視して浮かび上がる、何て不条理。 「大口開けて飛び回る存在だなんて怖いじゃないですかー!!」 言っても仕方ない事だけど、真人の叫びはそんな不条理へのささやかな反抗だ。周囲の魔力を己に集めながら、真人はその場を動かず蠢く異形を見やった。 大きな口だ。大きな歯だ。その歯で肉を食い千切り、骨を噛み砕くのだろう。ああ怖い。怖いけれど、回復の手を抜く訳にはいかない。なるべく攻撃範囲から外れるようにしながらも、真人の目は仲間の怪我の具合を確かめていた。 『怖い怖い』『饅頭とお茶が怖い』『あの先輩マジ怖くってー』『先輩今日暇っすか』『貧乏暇なしってね、ははっ』『金がなくってさ、ちょっとだけ貸してくれね?』『いつでもニコニコキャッシング!』 雑踏の声、誰ともつかぬ無数の声。十五の口が開いて閉じて、どれかが言葉を発せばどれかが答え、まるで連動した玩具の様。 「本当に会話が繋がっていないんだな」 「雑な頭と喚き声だ、これでは哀れな悲鳴もただの鳴き声に過ぎんな」 疾風の言葉にユーヌが答えるのとは違う、一口は声に答えて鳴り響き、けれどその響きは答えになりはしない。 「全く、よく分からない奴らだ」 溜息交じりの義弘の言葉に返るのもまた――街中の雑音だった。 ● がつがつがつ。歯を打ち鳴らす音、肉を食らう湿った音。 うさぎに未明、疾風に取り囲まれた異形が回復の為に食らい付くのは、ある意味当然の行為と言えた。こちらの技を真似してくる頻度は高い訳ではない。多くは肉を食らって満足したかの如く言葉を吐いていた。 『おいしかった』『ちょっと物足りないなあ』『ねえねえ塩取って』『私味噌苦手でさー』『あ、ボタン押す?』 TVの中の台詞のような声音のものから、隣にいる友人のような近さで語り掛けて来る声音まで。 それを発しているのは、奇妙な形の生物だというのに――どこか頷いてしまいそうになるくらい、返事をしてしまいそうになるくらい、その声は日常の映し鏡だった。 「雑音ばかりで煩いな。喚かず騒がず砕けて消えろ」 複数の一口をその声で惹き付けるユーヌが鯉に餌をやるかの如く放り投げたのは、弾ける閃光。 『まぶしっ』『あれ、今の雷?』『ヤダー、私目瞑っちゃったー』『落ちた?』 人と言うものは、生涯で無数の声を、言葉を聞いているのだと改めて思う。 同じ声は少なく、一口の言葉が止む事はなかった。ユーヌの鋭い聴覚はその一つたりとも聞き逃さないが、同時に無意味な事だと右から左に流して終わる。彼女にとって、これは日常のノイズと何一つ変わらなかった。鳥が鳴いたのと大差はなく、深く覚える必要性もない。 けれど多くが食べ物に関する事であったのは、この『遊び』が食事に通じる行為だからか、人がそれだけ日常食べ物に触れているからか。まあ、何でも良い事だ。 「食欲旺盛だな? だが残念、煮ても焼いても食わせない」 煮え立った湯で茹でられて、省みられず腐って果てろ。 普通の少女が事も無げに言い放つ中、真咲は敵を観察しながらユーヌに近寄ろうとした一体に向け、小柄な体に似合わぬ巨大な斧を、質量に合わぬ素早さで振るっていた。刃を翻し、両手から一時片手に預け捻って、もう一度両手で握って頭蓋に落とす。 叩いた感触は、岩とも固めた布とも付かない奇妙なもの。 ごぱあ、と声を漏らして歪んだ口は笑っているようで、けれど上げる叫びは女の悲鳴。 「君達はたぶん、ご飯を食べにきただけなんだよね」 語り掛ける子とて分からない訳ではない。食べなければ死んでしまう。飢餓が満たされれば、今度はそこに楽しみを見出していく。人間だって変わらない。 そして彼らに悪意がないように、真咲にだって悪意はなかった。 人を食べるのは、この世界では悪い事だから。そんな命は頂いてしまおう。 『とうっ!』『悪は絶対許さない!』『悪ってなあに?』『悪い事!』『ヒーローなんて、存在しないよ』『神は死んだ!』 間合いを詰めて闘気を込めた拳と蹴りで一口を地面に叩きつける疾風に降り掛かる言葉。戦闘開始時に彼の放った台詞に対し、一口たちは記憶から拾った声音で答える。 がちがちがち。彼に噛み付いた一口がにたあと笑った、そんな気がした。 一瞬の後、針金の様な腕から溢れる闘気、放たれる一撃。それは所詮、欠片の模倣に過ぎず、疾風自身の一撃には及ばないが――確かに今しがた、自分が放ったものだ。 「全く、この招かれざる異世界の客は厄介だな」 ヒーローヘルメットのバイザーの奥で、疾風は目を細める。 そんな彼に一撃を放った一口に向け、うさぎが背後から放つブラッドエンドデッド。ヘモグロビンを含有しない、何で出来ているかも分からない濃い緑の液体。それに濡れながら、うさぎはこきりと首を鳴らす。 「お化けが来ましたからね、お遊戯はここまでです」 『はいはい、昼休みはおしまい。いつまで遊んでるの!』『大丈夫大丈夫、まだ分かんないよ』『カラスが鳴いたらかーえろー』『お母さんが迎えに来るんだ』『コイツ先生の事ママって言ったー』 溢れ返る言葉も今は気にならない。逃がさない。お化けに追いかけられて、捕まったならば君はお化け。そうしたら今度は誰にも届かないあの世へ行け。 自分達は遊びに来た訳ではない、終わらせる為に来たのだから。 一口に、異世界の生物に対する同情なんて高等なものがなかったのと同様に――異世界の人食いの化け物に注ぐ憐憫は、うさぎだって持っていない。 『君は俺が守るから』『どいてよなんでそんな女』『私の方が可愛いでしょ? 私の方が好きよね、ね?』『ウルセェんだよこのアマ、とっととどこへでも行っちまえ!』 吹き荒れる炎の嵐から小柄な少女を守る為に立ちはだかる義弘にとって、一口のする繋がらない会話は頭が痛くなってくるようなものだった。子供の声から男の怒号、シナを作る女の声まで様々に、目まぐるしいことこの上ない。 「……深く考えない方がいいな」 実際、それに気を取られている暇もなかった。ユーヌへと向かってくる一口を、真咲が防ぐ一体以外全てその身に受ける彼は誰よりも痛みを背負っている。 だとしても、それを支える者がいたから彼は倒れる事はなかった。 「ぼくはうさぎさんを!」 「はぁい、義弘様はお任せあれ」 『うさぎうさぎ何見てはねる』『今年もやってきた!』『十五夜お月さん』『さーさーのーはーさーらさらー』 仲間の数を減らされても怯まない一口――いや、彼らがそれを『仲間』と認識しているのかも怪しいのだ。異世界の生物の思考なんて、真人に分かるはずもない。 歌って喋って、それでも意思の疎通はできない化け物。 間近に迫るそれは怖いけれど、仲間が傷付いているならばそれを放っておく方がもっと怖い。多少回復過剰だって構うものか、身に秘めた無限機関とインスタントチャージでこの癒しだけは切らさない。 そんな真人と回復対象を擦り合わせながら、紫月はふふっと笑う。 傷付く仲間に向けて唱える歌は、新しい年の訪れを告げるが如く華やかだ。 「新春のどじまん……なんてね」 悪戯っぽく笑う彼女の表情だって、攻撃と支援が磐石だからこそできるもの。 『キンコンカンコーン』『お見事』 相変わらずけたたましく騒ぐ異形の姿は変わらず嫌なものだったけれど、その数は見る間に減ってきていた。 一体が空へと舞い上がる。どうやって浮かんでいるのだろう、そんな紫月の疑問には答えてくれないまま、空へと浮かんだ一口は茂みの方へと逃げていく。 誰も驚きはしなかった、リベリスタは皆、逃げるタイミングを観察していたから。 だから、飛行での逃亡を警戒していた未明が駆けた。後は仲間に託しても大丈夫だから。 白と緑に彩られた茂みの中で、苔のような一口が紛れてしまえば見つけ難いだろう。 けれど未明は問い掛ける。一つの呪文、見つける為の魔法の言葉。 「もういいかい」 気配を追いながら、問い掛ける。 『まあだだよ』 答えたのは、小さな男の子の声。 「もういいかい」 間を置いてもう一度、一歩一歩近付きながら。 『まーだだよ』 ラジオから聞こえてくるような、高い女の子の声。 「もういいかい」 問い掛ける。見知らぬ誰かの記憶に問う。 『……もういいよ』 継ぎ接ぎの記憶、過去も今も本物も虚構もない交ぜに、どんなシチュエーションを引っ張ったとしてこの問いには、この二種類しか答えがない。 繰り返すしかできない、知能もあるかどうか分からない異形は、ただただ記憶から引っ張った答えを返すだけ。それが居場所を知らせるなんて、露とも考えずに。 応えへの返答はたった、一つだけ。 「みぃつけた」 未明の声が告げたのは、『遊び』の終わり。 雪の上に、緑の体液が飛沫を飛ばし――。 あーよかった! |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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