● 風も刺される歳またぎ。 八百屋も塩屋も店戸を閉じるこの季節、休まぬ定めの女あり。 街灯まばらなアスファルトを、揺れ歩くふたつの女あり。 「裏野部のアホどもが。手こずらせやがって……」 依代 椿(BNE000728)、坂本 瀬恋(BNE002749)の二人である。 椿の目はどこかうつろで、霜だった泥水の表面をぼうっと見つめているばかり。 喉をひゅーひゅーと鳴らしては、重苦しそうに歩を進めた。 一方で瀬恋は彼女に肩を貸したきり、古ぼけたハッカパイプを静かに咥えていた。 「おう、死ぬなよ組長。こちとら杯交わしてんだ」 「……よく言うわ。キャラ被った相手が消えたゆうて喜ぶんやないの?」 喉に手を当て、椿は息を深く吐き出す。 「もういいのか」 「おーきに。だいぶマシんなった」 「なら、そいつの話でも聞いてやろうや」 パイプを手に持ち、頭上を指し示す瀬恋。言われるままに見上げると、街灯の上に宵咲 氷璃(BNE002401)が腰掛けていた。 雨もないのに傘を差し、日差しも無いのに顔を覆う。三対六枚の翼を差し引いたとしても、白昼夢か天使のそれと見まがうような女である。 「なんや、しょーもないとこ見られてもうたわ。……どしたん、なんか用でもあるん」 「あると言えばあるわね」 「うん?」 曖昧な言いぐさに首を傾げていると、氷璃は椿のすぐ斜め上まで下りてきた。 「とりあえず、行き先は同じみたいだから。一緒に行きましょうか?」 行き先。 椿たちにとっては帰る場所と言うべきか。 大きさだけは一丁前の極道館。紅椿組本事務所である。 かつて世界三大マフィア国のひとつにジャパニーズマフィアが数えられていたのは、このように堂々と事務所に看板を掲げて活動する大胆さがあったからとも言われている。 それでもしばらくは『看板だけ』の事務所であった。 依代椿が名実ともに十三代目を襲名したその時までは、である。 「あら十三代目、お帰りなさい」 振り返りもせず呼びかける女が居た。 彩歌・D・ヴェイル(BNE000877)。一応ながら、組員のひとりである。 ヘッドマウント式のディスプレイを装着し、両手を宙にさまよわせながらごちゃごちゃと動かしている。 よそから見れば奇行だが、彼女からは膨大な数のウィンドウに計算表やグラフが表示されて見えているはずである。 周りの人間もそれに慣れているのか、意に介する様子はない。 拘るところがあるとすれば、組員と組長が会社の同僚のごとく付き合っているこの環境だろうか。 それもまた、周囲の慣れである。 「お客さん来てるわよ。応接間に通してあるけど」 「あいあい、ちょっと顔見せてくるわ」 帰ってすぐにコーラを飲み始める瀬恋や、他人の屋内であろうと傘を閉じない歪み無き氷璃たちをおいて、椿は応接間の扉を開けた。 「なのっ!」 ……なんかいた。 詳しく説明せねばならない。 親指と人差し指と小指を立てて顔の前へもっていき、☆が出るほどのウィンクと共にきゅっと身体を縮めたかんじのポーズで、テテロ ミーノ(BNE000011)が立っていた。 それも、職人技の光る古木のテーブルの上に立っていた。 「イイヨイイヨー、ナイスだよー。目線こっち向こうかよぉーしイイヨカワイイヨー」 その周りをカメラかしゃかしゃしながらぐるぐると回り続ける岡崎 時生(BNE004545)。 一方で、遠野 結唯(BNE003604)と無敵 九凪(BNE004618)がザキオカたちが目に入らないかのようにソファでくつろいでいた。 あまりのノータッチさに、卓上の光景が錯覚なのかと思えてくる始末である。 「あ、チッス! 十三代目チーッス! オツトメゴクローサンデス! じゃあちょっとテテロちゃんの横に並んでもらっていーい!?」 「なんでやねん!」 といいつつ、二人並んでカシャリ。 カットインピンナップである。 時も所も変わりまして、紅椿組事務所会議室。 座布団に座った八人のリベリスタたちが、巨大な図面を囲んでいた。 それも特殊な印刷機で出力するタイプの大型図面である。ちなみにメーカーはまさかのぞうじるし。どうでもいいが。 「今日顔出したのはコレのためだ……遊園地計画のハナシ、ゆっくりだが進めてたろ」 ぼさついた頭をかき回しながら、九凪はレーザーポインタを起動した。 無敵九凪。外見だけで言うならば三日寝てないエンジニア。内面だけで言うならばパチンコ通いの独身男である。 ろくな印象の沸かない男だが、ひとたびスイッチが入ればとんでもない人間に豹変するというのは……まだあまり知られぬ話である。 「土地の目星と資金のアテがついたんで、ヴェイルさんたちに手伝って貰って仮図面を仕上げたんだよ」 「仮モンにしては本格的だね」 片膝を立てて呟く瀬恋。 彼女の言うとおり、図面はかなり細部まで作り込まれていた。 今すぐ業者に発注すれば、資材と人員次第ですぐにでも着工ができる有様である。 すると九凪はまた頭をかき回した。 「いやあそれなんだが、つい調子にのっちまって気づいたらこう、な。勿論みんなの意見……それも組長の意見は大幅に取り入れるつもりだ。この図面を見てまず思うことは?」 「……拷問施設じゃね?」 「いらんわ!」 『山羊だか羊だかに足ペロペロさせるやつとかさあ』と言い出したザキヤマを、椿がハリセンでもって張り倒した。 「うちはええよ、そこまでやってくれたんなら反対する理由あらへんし。ただ協力してくれる人らの希望も取り入れたいわ。大体遊園地なんて作ったことあらへんし……しかしな、一つだけいうてええ?」 「どうぞ」 「広すぎちゃう?」 図面の端にある縮尺表示を見るに、そこらの遊園地よりは広そうなイメージである。 高度経済成長を乗り越えた日本とはいえ、そういう土地が無いわけでは無い。というかバブルの崩壊によって『遊び地』は増加の一途をたどっているとも聞く。 しかしここまでの土地を買う予算も、当然管理する予算もない。ないと思う。たぶんだが。 『お菓子の家がほしーの』とか言って模型を作り始めるテテロや、カフェのメニュー表をじっと見たまま黙りこくる氷璃たちをよそに、ヴェイルが小さく手を上げた。 「そのことなら心配ないわ。こういう依頼が来てるから」 と言って、書面を一同の中心へと放り投げた。 紅椿組殿。 フィクサード極道組織『黒鴉会』崩壊時に消えし大金のゆくえを掴んだ。 犯人グループは『紅椿組』を名乗り、巨大組事務所を建設予定とのこと。 悪用される前に回収されたし。 尚、この依頼に関わる人・物・金の全ての行き先は任せるものとする。 「……ああ」 顔を覆う椿。 部屋の脇で、それまでずっと黙っていた結唯が虚空を見上げて呟いた。 「それで私が呼ばれたのか……」 ● ニセ紅椿組事務所建設予定地。 粗末なコンテナハウスがいくつも並び、その中から沢山の男たちが飛び出してきた。 「朝礼はじめぇ!」 「「押忍!!」」 作業着姿の男たちが、ラジオ体操の音楽に従って一糸乱れぬ動きを見せる。 一通り終わったところで、木造素組みの朝礼台ひとりの男が登った。 身の丈ゆうに三メートル。 巨大熊からはぎ取ったという毛皮を着込み、肩には大型バイクを担ぎラジカセのごとくエンジン音を楽しんでいた。 「グ、グレさんだ……」 「十三台目だ……」 「パネェ! グレさん大型バイク担いでる!」 「ヤバイヨヤバイヨー!」 「しっ、静かにしろ! 頭を握りつぶされてえのか!」 どよめく一同を前に、男は鬼のように笑った。 「よく聞けてめえら! この俺様はァ、十三代目紅椿――グレートヤクザこと『グレさん』じゃ! 俺様の配下になったということは、この千葉を手にしたも同然のこと。巨大事務所『グレランド』を建設した暁には、相応の席をくれてやろう。出世のチャンスだ、死ぬ気で働けぇ!」 「「押忍!!」」 いうまでもなかろう。 今回土地と金と人を『いただく』組織こと……ニセ紅椿組である。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:八重紅友禅 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ リクエストシナリオ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年01月07日(火)23:27 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● それはいつものような朝だった。 時間通りに起きて素早く支度をし、外に出てラジオ体操を終え、オリジナルの入場曲と共にグレさんが朝礼台にのぼった。 いつもどおりだった。 そこまでは、いつもどおりのはずだった。 彼らが現われるまでは。 正確には、そう。 銃声が聞こえたあの瞬間から。 僕らの『いつもどおり』は終わった。 ――偽紅椿組若衆・村松の手記より抜粋。 トマトペーストの缶を思い切り破壊したような、えもいえぬ音がした。 誰が何をしたのか、などと問う必要は無い。 『アヴァルナ』遠野 結唯(BNE003604)が銃から硝煙を上げて立っていたからだ。 膝を打たれたと思しき小太りの男は、その場に寝転がって膝を押さえた。 「ああだめこれやばいやつ。これやばいやつ……あいた、あいたたたたたた……救急車呼んで!」 「川出さん!」 「「ちょっと、ちょっとちょっと!?」」 「誰ですかあんたまだ朝礼の途中で――うひい!?」 まだ熱い銃口を額に押しつけられ、男は両手を挙げて黙った。 「なに、命はとらぬ。だが死んでしまったら仕方ないよな?」 「脅しすぎよ」 コンテナハウスの影から現われた『レーテイア』彩歌・D・ヴェイル(BNE000877)が大量の糸を出現させそこらにいた男たちを一斉に組み倒してしまった。 顔を上げる老年の男。 「朝礼の邪魔するなんて命知らずやでほんばにー! ここが紅椿組やと知ってのことやろなほんばにー!」 「はあ? べにつばき?」 途端、空より大量の光が降り注ぎ、男はゆで卵を加えた石像へと変えられてしまった。 「それは、そこにいる熊かなにかのことかしら」 空中で優雅に浮き沈みする『運命狂』宵咲 氷璃(BNE002401)。 こんな連中を相手にしなければならないのかと、うんざりした目をしていた。もとより冷たい無表情ではあるが。 「これも次期組長候補であるマリアのため。さあ、グレタイムを始めましょう」 「グレタイムはもう始まっとるわああ!」 朝礼台で様子を見ていた大男が、担いでいた大型バイクをおもむろに投擲してきた。 手のひらをかざし、魔方陣ひとつで粉砕する氷璃。 大男はニヤリと笑った。 「どぉやら名を上げたいチンピラどもが集まってきたようじゃのう。どぉれ、ひとひねりしてくれるわ」 「ヤベェ、グレさん大型バイク投擲してる!」 「ヤバイヨヤバイヨーコロサレルヨー」 「だがまだ俺様の出るほどではない。俣勝ぅ、ひねってやれい!」 「ッシャアア!」 前髪の後退した男が雄叫びをがげながら突っ込んでくる。 が。 「あーあ、しらねーぞ?」 彼の拳を片手で受け止め、そのままぐにゃりとねじり折る女が居た。 『ザミエルの弾丸』坂本 瀬恋(BNE002749)、である。 「とりあえず言いたいことは三つだ」 相手の手を広げさせ、指を逆向きに一本ずつ折っていく。 「ひとつ、アタシは手加減が苦手だ。ふたつ、今から『本物の紅椿』が出てくる。みっつ、見てくれはどーでもいいから強さだけをよく見とけ。以上だ」 最後に手首をありえない角度まで捻ると相手を足下に放り捨てた。 と、その時。 彼女たちの後ろで大きな花火が散った。 まるで花道を作るかのように次々と吹き出す花火の列。 鳴り響く『スピニング・トーホールド』を背に、『十三代目紅椿』依代 椿(BNE000728)が現われた。 影のほうで雑魚の群れにボコボコにされながらマイクを握る岡崎 時生(BNE004545)。 「サァアやって参りました本物ヴァーサス偽物によるフリールールデスマァッチ! 現われましたるは我らが十三代目紅椿ィ――ヨリシィィィィロトゥヴァキィ!」 「ほう……」 花火のひとつで煙草に火をつけると、椿は盛大に吸い込んでから煙を吐いた。 「ジブン、グレさん名乗っとるんか。そうかそうか」 「フン、貴様こそ。よくそんなちんまいナリで紅椿が名乗れたもんじゃのう。おぉ!?」 「そんな図体でうちの名前つこぉとるあんさんもええ度胸やんなぁ?」 左右非対称に顔を歪めながら、大男こと偽グレは熊の毛皮を脱ぎ捨てた。『十三代目』と掘られた巨大なベルトを腰に巻き、他はビキニパンツひとつ。肉体はがっちりとしたレスラー体型であった。 身体を屈めてくる偽グレ。 椿は彼に対抗するように額をガツンとぶつけた。 零距離によるにらみ合い。 そして。 「……今日のところは帰ってええぞ」 頭からだくだくと値を流した偽グレがきびすをかえした。 「あ、あれ、グレさん?」 「いいんすかグレさん。超額切れてますけど」 「これは心の汗じゃ。ただの致命傷じゃあ」 「意味わかんないス!」 「あのね、いたいならミーノがなおしてあげるっ」 両手を翳してちちんぷいぷいする『さいきょー(略)さぽーたー』テテロ ミーノ(BNE000011)。 すると偽グレの傷がきゅっと閉じた。 「ヤベェ! 外れた手首直ってる!」 「ヤバイヨヤバイヨー膝治ってるよー」 「わしのゆでたばご石のまんまなんやがほんばにー」 振り向くと、さっきまでほぼ一方的にボコされていた部下たちもまた、テテロによって回復されているではないか。 「どういうつもりじゃ……?」 「ミーノさんええ子やわぁ。敵にも情けをかけられる――と」 後ろから、椿の拳が唸った。 狙いは偽グレの右膝である。 マイクを握る時生。 「おおっとこれは膝かっくんカァ!?」 「俺の知ってる膝かっくんはひざのさら粉砕しないんだけどな」 そのへんの部下を拘束して椅子にしていた無敵 九凪(BNE004618)が、すごくどうでもよさそうに言った。 「ア゛ァァァァァ!?」 膝を粉砕されて崩れ落ちる偽グレ。 が、地面に頬がつく寸前に自転車用チェーンが彼の首に巻き付いた。 引っ張られ、鼻先が地上二センチで止まる。 助かった? いや違う。 首を絞めつつ、背中を足で踏みつけているのだ。 「ば、ばかな……実在していたというのか、グレート極道紅椿略してG2B……が……ガハッ!?」 「ゆうとくとな? グレさんのグレって、グレートのグレやないで」 「え、違うの? じゃあなんの――」 「教えるかボケェ!」 頭に突きつけた銃を遠慮無くぶっ放す椿。 スイカのように頭がはじけ飛ぶかと思いきや、その寸前でテテロが『なのっ☆』とか言いながら回復していた。 敵を一々回復するという、妙にレアな光景である。 できるっちゃできるけど何をどう計算してもまず損をするのでやらないという、そういう光景である。 ただし、ある場合に限っては有効なことがある。 「ご、ごめんなさい! 俺は偽物ですぅ! 紅椿なんてバケモンいるわけないと思って、どうせでっちあげの怪物だと思って名乗ってましたァ! スンマセンデシタァ!」 「ヤベェ、本物のグレさん偽グレ泣かしてる!」 「「ヤバイヨヤバイヨー」」 ステレオでビビる川出と時生。 結唯がくいっとサングラスの位置を直した。 「このままでは終わらん。腱を切り爪を剥ぎ皮を削ぎ眼を抉る……」 「いやそこまでいらんだろ」 暇つぶしに東板にキャメルクラッチかける九凪。 もう全員萎縮してしまったらしく、時生をボコしていた部下たちはみな正座してじっと地面だけ見つめていた。 ヴェイルや氷璃がうっかり殺してしまった連中については、その辺に積み上げてガソリンをふりかけているところである。 そんな光景を見下ろしながら、すっかりティータイムに入っていた氷璃が、こう問いかけた。 「それで、どこまでやるつもり?」 「どこまで?」 全裸で土下座手前の姿勢を保った偽グレ。その額に煙草の火を押しつけつつ、椿は世にも暴力的に笑った。 「祖父から継いだ大事な組、勝手に名乗った罪は軽ぅない……生まれたことを後悔させたる」 響き渡る悲鳴。 ヴェイルはごうごうと燃える山を背に、計算機を叩いていた。 「六割から七割……ってとこかしら。ま、上々よね」 穏やかなラジオ体操の音楽にのせ、偽グレさんの悲鳴が響いていた。 言われるがままに身体を反らす体操をしながら、僕は心の底からこう思った。 生きていてよかった。 ――偽紅椿組若衆・村松の手記より抜粋。 ● しばしの、後。 一斉にリベった偽紅椿組員のリベリスタパワーによって、既にそこそこの建物ができあがりつつあった。 ガワはできあがり、既に仕上げの段階に入っているようで、その様子をヴェイルと椿は観覧車の中から眺めていた。 「意外とすぐにできるもんなんやな、こういうモン」 「遊園地建設はノウハウを持ってる人間が少ないからこそ時間がかかるけど、一度プロを捕まえてしまえばサクサクするむものよ。高所から落ちても無傷だったり飛べたりする連中ばかりだったから安全性度外視の違法建設ができたし、予算も少なくて済んだわ。まあ、殆ど食いつぶしちゃったけど」 「さよか……しかし、メインのアトラクションはこれとは違うんやな」 遊園地のメインと言えば大観覧車と相場が決まっていたものだが、それも30年以上まえの相場である。 敷地の外側をぐるりと囲んだ巨大な壁と、中心に聳え立つ和風の城。城下には古い日本建築や異人館風の屋敷などがばらばらに並び、一種異様な雰囲気を放っていた。 「頑丈な壁が出来たわね。対神秘防御は?」 「そんなモン何兆円あったら作れるんスか。無理っすよお!」 「ヤバイヨヤバイヨー」 へーこら頭を下げる元偽紅椿組員。今は部下である。 「仕方ないわね……ん?」 観覧車が頂点に達した所で、氷璃と窓越しに目が合った。 具体的には、観覧車の外側で白鳥型式神にのった氷璃とである。 「あら、ごくろうさま。看板ができあがったんだけど、あれでいいわよね」 見ると『任侠ツバキランド』とポップな書体で描かれていた。 ぎりぎりの。 許容できるぎりぎりの範囲である。 氷璃は飛行した作業員たちに看板を運ばせると、中心の城へと備え付けた。 「風雲ツバキ城。内側は忍者村の忍者屋敷と同じ思想の体験アトラクション。二階から上はレストランスペースになってるわ。毎日定期的に城下に設置した組事務所との抗争イベントと相手組長をベンツの後部パーツにくくりつけて引き釣りまわす『ベニツバキパレード』が行なわれるの。ぴったりでしょう?」 「かつてないトンデモテーマパークやな」 「レストランは時生に頼んであって、今から見に行くの。一緒にいかが?」 「ほな……」 椿たちは氷璃の手を借りて観覧車をふわり途中下車すると、ツバキ城のレストランスペースへと入っていった。 いわばデパートの屋上食堂とレストランスペースを重ねたような施設で、二階層には無難にやや高級なレストランを詰め込み、最上階には展望のよいフードコートを設置していた。 そこを訪れると……。 「ハンバーガーの肉ゥ? ちゃんとした肉だっつってんだろコラァ具にされてぇのかバカヤロコノロウ!」 顔に生傷のついたいかつい男たちがそんなことを言っていた。 「はいイーヨイーヨ、もっと食いついて。カメラ掴んじゃおうかはいナイス迫力! 子供失禁! ……あ、十三代目チッス! いま店内CM撮影してたんだよいーでしょこのうさんくささ!」 そう言うと、時生は女中風のウェイトレスにトルティーヤ的なものを持ってこさせた。 「記念に作ったオリジナルメニューね。椿の花弁を塩漬けにしてちょっぴり詰め込んでる『ツバキーロール』。他にも『マグロ漁船に詰め込んだろかセット』や『穴あきチーズにしてやるぞセット』があるよ」 「ほうか……フード面もええかんじやな。しかしここだけやと食べ歩きがしづらいわ」 「大丈夫大丈夫。ミーノちゃんがバッチリやってるから。見に行ってみよっか!」 時生に連れられて下町エリアに出てみると、古い日本長屋の上に電線が走ってるようなああいう文明開化的な風景が出迎えてくれた。 そこへ手引き屋台風に設置されたミニショップを、テテロがじっと観察していた。 納得したように頷くと、こちらを向いて手を振る。 「あっ、つばきちゃん! かわいくできたよ、ミニショップ!」 椿の花をモチーフにしたポップな意匠と人工木材で作られた屋台というなんともいえないワゴンショップである。 「ポテトにチュロスにクレープにアイスクリーム! 場所によってはハンバーガーやホットドックも入れたんだよ」 「『ツバキーロール』は?」 「うん、隠しワゴンに用意してる!」 隠しワゴンとは、裏モノDVDショップで『完熟ヌメヌメ伝説ストッキング破りのマサ』と注文するとレジ裏の壁が動いてショップが出現するというものである。 「どういういみなんだろうね?」 「知らん」 そう言うと、固定ショップで売られている椿風ティディベアを手にとって抱いた。 「あとね、せれんちゃんがカジノ作ってるって。行ってみよ!」 ぬいぐるみ片手にぴょんぴょん跳ねるテテロに連れてこられたのは、公衆トイレだった。 公園にあるような、普通のタイプである。 その一番奥の個室を開けると、奥にもう一つスチール扉があるのがわかる。 無言でそれを開いたならば、地下へ通じる大きなエレベーターがあるではないか。 「よくきたね、裏賭場『ツバキ』へ」 エレベーターの中では、瀬恋が腕組みをして待っていた。 地下へ到着。扉が開けば、高所に設置された半透明な通路があった。 下では多くの組員が木刀を一斉に素振りしている。 「訓練所だ。隠しても良かったんだが、見せつけたほうがいい威嚇になるからね」 「威嚇って、誰に?」 「『誰か』にさ。さ、ついたよ」 通路を抜けると、和風の賭場と洋風のカジノがそれぞれ混ざったような異様な部屋に出た。 「日本経済に喧嘩売るわけにはいかないからね。逆換金不可の園内専用チケット『グレカ』で賭け事ができる。見た目札束だけど、百枚束が千円の計算だ。バブリーな気持ちになるだろ。どれ、やってくかい?」 専用チップをつまんで突きだしてくる瀬恋。椿たちは軽く首を振った。 「つれないねえ。と、そうだザキオカ。九凪んとこが呼んでたよ。ホテル前で待ってるってさ」 瀬恋の言葉通りに、入場ゲート前に建設された『ツバキホテル』にやってきた。 ロビーでは結唯が式神と一緒になってほうぼうへの指示を飛ばしていた。 「リベリスタを使い慣れると民間人が扱いづらいな。まあ、仕方ない。……ん、お前たちか。ホテルを見に来たのか? デザイン重視にした宿泊施設だ。気分を味わって貰うための施設でもあるから、あえて粗末そうな作りにしているがな。うん、九凪? あいつならそこにいるぞ」 言われた方向を見ると、九凪がソファにぐでーんと寝そべっていた。 顔には雑誌が被さっている。 「九凪くんおっつー。どーしたの、寝不足?」 「北海道から戻ったばかりでな……あの年代は顔を出さないと挨拶したことにならんからキツイ」 「あーね、そのくせ顔出しただけで用事終わるもんね」 知るものしか知らぬような業界の話を軽く交わすと、九凪はむくりと身体を起こした。 「とりあえず、一般公開のメドが立った。神秘の秘匿と一般人への安全確保は最優先。多少の『コト』は目を瞑って貰えるが無茶はするなよ」 「それ俺に?」 「いや組長にだ。ザキオカ、お前はこっちだ」 ぽんと肩を掴み、そのまま引っ張っていく九凪。 すると、ホテルのすぐ上を通るレールを指さした。 「二大絶叫マシン『ながしそうめん』と『鉛玉』だ」 「……ふーん」 「試乗がまだだ」 「……ふーん」 「乗れ」 「……ふー、っえ? こういうのって設計者が一番最初に乗るんじゃないの?」 「俺のふりをして乗れ」 「言ってる意味分かんないんだけどねえなんで乗せられてるかわかんないんだけどレバー下りてきたんだけどちょっとまってちょっとまアアアアアアアアアアア!」 ドップラー効果をおこしながら垂直発射されていくザキオカ。 椿たちはそれを見上げ、こくんと頷いた。 「グレランド……いや、夢の任侠ツバキランド、開園決定やな」 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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