●冬の味覚 東京都。 中央線に乗って都心から少し離れれば、駅々の風合いは地方都市のそれに近くなってくる。 あくまで都市の連なる大都会の延長であるとは言え、都会過ぎず、また田舎過ぎない風情は悪くない。 そんな駅に降り立つ新田・快(BNE000439)、今度の目的地に向かうのは初めてではなかった。 「で、どっちなん?」 「ああ。そっち」 赤髪を冬風に靡かせ、尋ねる霧島 俊介(BNE000082)の視線の先、快は指差し歩きはじめる。 アークにおいてはタフでクレバーな戦闘スタイルに定評があり守護神たる異名を持つ快ではあるが、日常においては酒護神とも評され、味覚の楽しみにも仲間からの信頼があるのだ。 もとよりこの筋のプロと呼ぶに相応しい彼ではあるが、この店にも去年、今年と春の味覚を堪能していたりなんかする。今度は冬の味だ。 一方の俊介は健啖家とは言えないが、一品一品が一口サイズと言うのは有り難い話だ。 「久しぶりだな!」 婚約者である雑賀 龍治(BNE002797)の手を引く草臥 木蓮(BNE002229)の笑顔が眩しい。 以前依頼で来た時には一緒に食べる事が出来なかったが、今度は一緒なのだ。 「いつか一緒に来ようと思ってたんだぜ」 「ああ……」 寡黙な龍治の返事は何時も決まっていたが、木蓮には分かる。彼もまんざらではないのだ。 一同が向かうのは『わかもと』という、ちょっとお高いてんぷら屋さんである。 駅から飲食店街を僅か数分歩き、路地を曲がって直ぐにたどり着く小さなお店。 きっと扉の向こうには、静かなジャズの音色が響いているのだろう。まるで油臭さを感じないシックな雰囲気だ。 一品一品丁寧に揚げられた季節の食材もさるものながら、厳選されたお酒もこれまたお料理と良く合うのである。 お酒も楽しめる大人組は兎も角、子供組だって美味しいものが食べたい。 少し緊張の見えるアリステア・ショーゼット(BNE000313)は十三歳。 彼女等の様にふわふわと愛らしい少女達にとって、お酒の美味しいてんぷら屋さんというのはどこか未知の色彩を帯びている。とはいえ大人の仲間達の語らいは耳に入ってくるものだ。店がオシャレである事や、店主が目の前で揚げてくれるというスタイルを聞けば興味だって出てくるのが当然だろう。 どこか澄ました表情の良く似合うミリィ・トムソン(BNE003772)だが、足取りはどこか軽やかだ。 リベリスタとして胸の奥に秘めた情熱から、瞬く間に頭角を現し今やアーク一線級の彼女である。日ごろ大変な思いをしているのだから、こんな息抜きだって悪くはないだろう。 そして―― 店の前に停車した黒塗りのセダン、その後部座席から桃色の髪の少女エスターテ・ダ・レオンフォルテ(nBNE000218)が降りてくる。 「エスターテちゃん!」 「その。わっ……」 むぎゅ。一言叫ぶなり、ルア・ホワイト(BNE001372)は親友に駆け寄り思い切り抱きしめる。 「二人共。ちょっと通行人に迷惑だよ」 二人を道路の端に寄せたのは、ルアと同じく境界最終防衛機構-Borderline-に所属する設楽 悠里(BNE001610)であった。若き二十四歳の青年だが、軽く保護者の気分になってくる。 兎も角、こうして幹事の快が声をかけていた役者達は揃ったのだった。 「あうー」 「すみません」 悠里はセダンの運転手に軽く挨拶を返すと、手を繋ぎ歩き出す少女達を追った。 お店はもう目と鼻の先。この緑の看板が目印なのである。 九名ものリベリスタがこの地に集ったのはどんな因果なのであろうか。 そも。事の発端は数日前にさかのぼる―― ●繰り返す悲劇 まずはこれがなければ始まらない。 おっさんは才巻き海老の頭揚げを箸でつまみあげる。 ほんの僅かに塩を付けると、海老と胡麻の香ばしさがふわりと口に広がった。 お酒は何を飲むべきか。やはりここは日本酒か。それとも焼酎か。 ドリンクメニューには大分の麦がある。今時珍しく昔ながらの完全手作りと言う逸品で、氷が解け始めた頃合の甘く香ばしい香りがたまらないのだ。 この日おっさんが注文したのは、カワハギだった。ほろほろの肝が油で蒸されてたまらないと評判なのである。 その時だった。 カワハギの肝が革醒しておっさんを惨殺し――こうして悲劇は繰り返されるのか。 ―― ―――― 以前この『わかもと』という店では、食材のブロッコリーが革醒し、来店した客を惨殺してしまうという事件が予言された。 それに対してアークが提示した作戦は、革醒予定時刻よりも早く来店して、そのブロッコリーを注文して食ってしまえというものだったのである。 フォーチュナは戦闘能力を持たない為、通常は戦場への派遣は行われない。だが危険度の小ささと、行きたそうだったエスターテの意向が汲み取られ、リベリスタ七名が食事をする事になったのだ。 要するに、実体は楽しい食事会の方便の様な状態だったのである。 そして今回、エスターテが齎した情報は衝撃的なものだった。 なんと同じ店で『カワハギの肝』が革醒し、悲劇が起こるというのだ。 やはりアークは先回りして倒してしまうのが最良と判断した。つまりまた食べてしまえばいいのだ。 こうして桃色の髪の少女は、静謐を湛えたエメラルドの瞳を輝かせ、リベリスタ達を誘ったのである。 「また、行きましょう」 わかもとへ。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:pipi | ||||
■難易度:EASY | ■ リクエストシナリオ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年01月05日(日)22:30 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● モダンでシックな店内では静かなジャズの音色と共に、しゅわりとてんぷらの音が聞こえる。 九名はそれぞれカウンターとテーブルに着席した。 食は人間の三大欲求の一つ。 その中でも四千年超の歴史の中で最も進化したと言って間違いない。 武士は食わねど高楊枝なる言葉もあるが、やはり豊かな食事は心を豊かにしてくれる。 そう結ぶ『ガントレット』設楽 悠里(BNE001610)。手には小さな荷物を携えていた。 「エスターテちゃん、お誘いありがとうね」 「いえ、必要な事ですから……」 モノは言い様か。 「皆でご飯楽しみだなぁ、な! 配島!」 何か居る! 『破邪の魔術師』霧島 俊介(BNE000082)の脳内的に十名と表現するほうが適切だろうか。 「楽しむのはいいけど、騒ぎ過ぎるなよ。そういう店じゃ無いんだから」 一応釘を刺しておく快。 「またも食材が革醒すると言うのも凄い運命的なモノを感じますね……」 リベリスタ達が神妙に頷くのは『戦奏者』ミリィ・トムソン(BNE003772)の呟きへ。何か彼女等をこの店に呼ぼうという、世界の思惑の様なものを感じずにはいられない。 ともあれ犠牲を無くすというのは大事なお仕事だが、食事を楽しまなければ皆にも店の人にも失礼だから、今日は目一杯味わうのだ。 何を隠そう以前ここにはアークの仕事で『銀狼のオクルス』草臥 木蓮(BNE002229)、『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)等が来店していた。『八咫烏』雑賀 龍治(BNE002797)は木蓮が満面の笑みで語っていたのを思い出す。 「まずはお飲み物をお伺い致しましょう」 笑顔が優しい眼鏡の店員が尋ねれば、皆それぞれ飲み物を注文する。 「以前、いらして頂いた事ありますよね」 「ええ、春に――」 快は二度目に世恋と来たのだった。 「新田様ですよね!」 覚えられていたものだから、笑ってしまう。 そんな快だが今回はエスコートの為テーブル席。レディ達の様子は如何か。 こういったお店に来る機会は少ないであろう未成年のミリィは少々そわそわしてしまう。 つい見てしまうのが同じく未成年で年も近い『淡雪』アリステア・ショーゼット(BNE000313)や『翠玉公主』エスターテ・ダ・レオンフォルテ(nBNE000218)の姿。 アリステアにとっても初めての機会らしく、少し緊張が伝わってくる。 とはいえ隣のおっさん『便宜上ピ』達は談笑しており然程堅苦しくない。何より同卓の快と悠里は頼もしいのだ。 「ちゃんとご挨拶したことなかったかも。アリステアです。よろしくね」 柔らかな微笑みにエスターテもペコリと腰を折る。 「えと。こちらこそ、よろしくお願いします」 まずは一同、用意された膝掛けを乗せる。姿を見せるのは朱塗りの盆。手前に箸。奥に小皿。並んで左から天汁、大根おろし、檸檬と土佐の塩である。 「エスターテちゃん何飲む? 私はリンゴジュース!」 親友に尋ねる『雪風と共に舞う花』ルア・ホワイト(BNE001372)の言葉と共に、メニューの凝視が始まった。 「あ、飲み物はオレンジジュースを」 すかさずミリィ。お酒もお付き合い出来れば良いが、それは大人になってからの楽しみだ。飲めずとも戦友達と触れ合えるなら、それだけで嬉しい。 快はコースもお酒もお任せだ。良い新酒が入っているに違いない。 「とりあえず……最初は生で」 俊介はビール。木蓮の飲み物は龍治が選ぶ事になっていた。何が選ばれるか楽しみであったが、龍治があえて選んだのはお茶である。あくまで素材の味を愉しむ為にそうしてみたのだ。 日本酒組はまずお店お奨めの一杯。今日は本州最北端の青森は油川で醸されるお酒である。 アリステアとミリィはオレンジ。ルアはリンゴ、親友はぶどうのジュースだ。 「乾杯だな!」 九名と脳内の一名が頷く。 「それじゃ、今年一年お疲れ様でした。乾杯!」「お疲れ様!」「「かんぱーい!」」 こうして九名(?)のディナーは和気藹々と始まった。 「俺様、祝☆20stアニバーサリー! 祝って祝って!」 それなら今日はお祝いも兼ねるのだ。 「もういっぺん乾杯!」「「おめでとう!」」 俊介はごくりと一気に三口。キンと喉を駆け下りる爽やかさが胃袋を刺激する。 日本酒のほうはやや辛口か。ふくよかな吟醸香と飲み口が上品だ。 ジュースはおそらくどれもストレートだろう。 「お茶もいいもんだな!」 恋人の笑顔にスナイパーは隻眼を細める。無料と侮る無かれ。口の油を落とし素材の本質を引き出す術、その身を以って知るだろう。とはいえなんとなく落ち着かないが、恋人の手前そんな姿を見せる訳には往く物か。顔には出さずあくまでクールに気を引き締めるのであった。 「あれ、なんで俺んとこ飲み物一個多いん?」 俊介が首を傾げる。人数は九。飲み物は十。 「そ、そっちも楽しめよ……!」 「配島の分? 悪いねー」 木蓮の細やかな気遣いである。 「ご注文の方お伺い致しましょうか」 「悠里も俊介も、ここはお店に任せようぜ」 「そうだね」 同意する悠里。大事なのはカワハギの撃破で後は好きにやればいい。 「実は俺、きのこ系がすげえ大好きなんだ」 店にあるのは椎茸、占地、舞茸で、俊介はあえて松とそちらを注文する。 「ふぐ食べたいんだけど……いいかなぁ」 実はアリステア、河豚はてっさもてんぷらも大好きなのである。 「ふ……ふぐコースを!」 思わず噛んだミリィ。戦奏者と言えど年相応の愛らしい少女なのだ。 「大丈夫だよ」 悠里の言葉に改めて二人は安堵する。事前に伺っては居たが、いざ店の中で躊躇してしまうのは良く分かる。だがわかもとに来る機会はそうそうない。故に思い残す事のない注文で行くべきなのである。 「エスターテちゃんは何食べる? 梅コースがいいかな? 後で単品で頼めるみたいだし一緒にしよっか」 「はい」 あえて品数を抑えておき、足りない分を注文するのも一策か。 ● まずは見た目も美しい先付けと、小さなサラダ。 河豚コースの二人には、煮凝り、皮の湯引き、真子の塩漬け、骨蒸しだ。 ミリィはピっと撮影。思い出は記録に残しておきたいし、矢張り皆揃ってから頂きたい。 その他の面々にはこちらも綺麗な胡麻豆腐。甘辛い鶏肉の煮物。透き通った柔らかな聖護院は丁寧に炊き上げられている。どれも一口サイズで食べやすい。 ミリィのスマホにまた一つ思い出が刻まれたなら、いよいよ―― 「お高い食事……いざっ!」 「いっただっきまーす!」 各々、箸を伸ばす。 「ふわぁ……! 美味しい!」 アリステアとミリィが笑みをこぼす。ちょっと大人な味わいの品々は、臭みも無く河豚の旨みがギュっと詰まっている。骨蒸しは少しきりりとした味付けだ。ふぐ特有の歯ごたえも感じられてとても美味しい。 「しあわせ……!」 「美味しい物は皆でですよねっ」 ミリィ達のおすそわけ。大皿の骨蒸しは皆でつつける逸品だ。 折角河豚を捌いたなら大人組はヒレ酒も。ぽっと火をつければ美味しそうな香りがふわりと広がる。 じゅわり。音がする。 「ふおぉ……」 木蓮が気付けばピ達が頼んでいる酒は高い。これはせれぶだ…… そう見えて彼等、飲み食い好きなガチオタというのは知らぬ事だが、たまにスマホで写真を撮る姿はなんとなくシンパシーを感じてしまう。 ともかく彼女もてんぷらや食べてる皆を許可をとって撮影し、後でばあちゃんに見せてあげようと思っているのであった。 「うむ、やはり、違うな」 好みを伝えて出てきた酒を一口、神妙に頷く龍治である。折角だから色々と堪能するつもりだ。高い酒というものがどんなものかも知りたい。 それにしても贅沢な時間である。たまにはこんなのもいいだろう。 木蓮の横で龍治が聖護院を口に運ぶ。口の中で蕩ける様な大根は優しい味わいだ。 気になっていた店だが、場所柄から縁遠いと思っていた。まさかこうして機会が巡ってくるとは。 楽しみと言えばお任せの品々。木蓮が以前食べた松よりも品数は多い筈だ。そう思いながらつまむサラダのトマトソースは僅かにガーリックを感じる。意外にもイタリアンな味わいなのが面白い。 「おじさま常連さんなの?」 メタb――ちょっと恰幅のいいピがあまりに美味しそうに食べているから、アリステアは思わず尋ねてみた。 「私初めて来たんだけれど、何が美味しいの?」 にわかにキョドるピ、コミュ障である。 「てんぷらを」 駄目な返事。聞けばどうやら百合根と甘鯛が好きらしい。 「来ました!」 そうこうしている内に、目の前にそっと才巻海老の頭揚げ。 「わぁ! 美味しいの!!」 まずはお塩で一口。ルアの口の中に海老の香ばしさが広がる。さくりとかみ締め飲み込めば胡麻の風味が鼻腔を抜ける。親友と一緒の楽しいご飯。来れなかった分まで存分に味わうのだ。 お次は海老本体。紙が敷かれた皿の上にそっと乗せられる。今まで油の中を泳いでいたというのに、まるで紙を濡らさない。 身はレアに近いが中まで熱々に火が通っている。 「……旨い」 表情は変わらぬが尻尾と耳がぴこぴこと揺れている。 天麩羅そのものは、幾度となく口にして来た龍治だが、口当たりからして全く違う。この味を表現する言葉が見つからない。 まず衣が薄い。花開く衣をさくさくと纏ったてんぷらと比較して、食感はあくまでぷりぷりだ。 次々とコースのてんぷらが運ばれてくる。 帆立は外側の歯ごたえと、甘い内側レアの二重奏。六つ切りのいんげんはしゃきしゃきで、青い香りが新鮮だ。 「程よい酸味っ!」 微笑むルア。檸檬の薫りが爽やかだ。 さて次のお酒だ。ピ達の話では福井のアイツは正月明けらしい。快は目敏く彼等が頼んだものを頂いておく。常連に合わせればハズレ無し。だがそれは――その、説明不要の『フォーティーン』であった。 それから牛蒡。食感と素朴な土の香りが嬉しい。掻き揚げになった百合根はピお奨め冬の風物詩。目の前で解し、包丁で丁寧に角を落とした物だ。かりかりほくほくと頂けば香ばしい香りが口一杯広がる。 「うぐぐ、美味いものが多くて困る!」 木蓮の嬉しい悲鳴。さすがお任せだ。 大葉で包んだ冬鮭は香り高く、大葉の峻烈さに負けぬ力強い味わいと旨みが堪らない。 串に刺された銀杏は、ギュっと詰まった独特の風味が楽しい。ほくほくの貯蔵南瓜は厚切りで、口に運べば甘くとろりと蕩けて往く。 「あの、すいません。それ、何ですか?」 快はここでピに思い切って話しかけてみた。彼等も既に別のお酒を飲んでいるから、飲んでいるお酒を教えて貰う。米を磨きぬいた山口の冷酒らしい。どうやらフルーティなものが好みである様だ。ここは同じものを注文する。 「不思議だなあ、初めてお会いした気がしません」 はにかむように笑うピ。今、快にはこの人とは楽しくお酒が飲めそうだという確信めいた予感があった。なぜか理解出来るのだ。 「あの人達も美味しそうに食べてるね」 「はい」 親友とくすくす笑い合う。 「新田さんと意気投合しそうだねっ」 ルアはピと目があったので微笑み手を振る。キョドっている姿は間違いなくコミュ障だ。 「ピさんーぶっちゃけ俺もシベリア行きたかったわー」 ぶっちゃけた。俊介がぶっちゃけた。 「な、なな、なんの事です」 あくまでしらを切るか。 「まじ絶対零度に身を晒してみたかったわーどんな感じだった? やっぱり眠くなるん?」 「ぴぃ」 そこのスタラユーイに聞いて>< いよいよ大人達は熱燗に入り始めた。 徳利で一杯。これは秋田の蔵元が誇る赤ラベル。三年熟成されたというお酒を暖めて頂く。 酔いつぶれては叶わないので、さりげなくチェイサーを頼む俊介。無論皆の分もである。ホリメの誇り。バックアッパーの責任。帰りの静岡は遠いのだ。 「えっと、お酌します、なのですよー」 「ありがとう」 空いたお猪口にそっとお酒を注ぐアリステアも、いつか一緒に飲めたらなって思ったり。 「悪かったな、男でよ」 俊介もそろそろお酌に回る。後衛たるもの心配りは忘れないのだ。 ● そうしていよいよお出ましなのが、小皿に盛られたカワハギだ。 白身が二つあり、肝は半分に切られている。 肝と言われれば少々抵抗もある。アリステアには食わず嫌いの状態だが、折角薦められたなら挑戦してみる。 まずは一口、上品な白身の旨みを存分に味わう。これはとっても美味しい。 お次はふわふわの肝だ。 勿論、血生臭さなんてまるで感じない。美味しい。けれど濃厚な脂は、ちょっとなんとなく大人向きだろうか。 「悠里おにぃちゃん食べる?」 約束通り、アリステアの肝(この、表現!)は悠里が頂く事にする。 快のお奨め通り白身と肝を同時に。 これは肝醤油でお刺身を頂くという最高の食べ方をてんぷらで表現したものだ。 「あぁ、美味しい……」 そんな悠里を眺めるアリステアは、自分自身がこうした良さを分からないあたり、まだお子様なのかな、などと想っていた。けれど、そんな彼女の勇気ある一口が店を悲劇から救ったのである。 こうして目標は完遂したが宴はまだまだ続く。 今度は俊介が楽しみにしていた椎茸と舞茸である。 肉厚の椎茸は二つ切りで、かみ締めれば熱々の旨みが溢れる。火傷せぬ臨界を見極めた技法は筆舌に尽くし難い。 薫り高い舞茸は、かりかりとした傘の食感と、旨みの詰まった柄のコントラストがなんとも楽しい。 もう財布なんて死んだって構わない。 ハート型が愛らしいのは、きす代わりのメヒカリの二尾。しっかりとした味わいに思わず舌鼓がこぼれる。 優しさと爽やかさを兼ね備えた九条葱の味わいを愉しんで。 後は牡蠣! 快が口に運べば絶妙な熱の通り具合に、ふわふわの身はぎゅっと締まってクリーミーな味わいが広がる。知った味とは言え、改めて格別だ。 そしてワカサギ。泳ぐ姿のままお皿に乗った姿が可愛らしく、ほろ苦い旨みに冬の香りがした。 「熱々ですので、お気をつけ下さい」 ねっとりとした舌触りの海老芋をほくりと噛めば、独特の香りと素朴な味わいがどこか郷愁を誘う。 最後は河豚の白子と身だ。白子のトロトロした濃厚な味わいは舌の上でほろほろと蕩ける。 そしていよいよアリステアが愉しみにしていた河豚のてんぷらである。香ばしい薄衣の中でぎゅっと詰まった旨みと、しっかりとした歯ごたえは絶品で、ため息さえ禁じえない。 他の面々にはアナゴ。生簀からのおろしたてである。ふくよかな身と香ばしい味わい。海老に始まり穴子に終わる流れは王道中の王道だ。 そしていよいよ『おこのみ』の時間が始まる。 折角だから季節のお奨め等も頼んでみたいミリィ。結構写真もたまった頃だろうか。 「えっと、アリステアさんも一緒にどうですか?」 「ふぐコースには天ぷら少ないし、甘鯛、ブロッコリー辺りは試しておいて損は無いよ」 酒は入っていても快はガイドを忘れない。多ければ分け合う事も出来ると加える。 才巻はあったから他二品。 「おいしい……」 ミリィが口に運んだ甘鯛は鱗ごと揚げてあり、肉厚な旨みとさくさくした食感が魅力である。 「こちら香りを出す為に少し強めに揚げてあります」 ワイルドなブロッコリーは、青い鮮烈とほくほくの柔らかさが絶妙だ。 具体的な値段は書かれていないが、一品数百円から千円以上もするてんぷらの数々は圧巻だ。 何事も体験、初めては大切だと俊介が頼んだ『一番高い物』は、奇しくもルア達と同じ牛フィレ。 「こちら海草が混ざったフランスのお塩と、山葵醤油です」 二つに切られて、どちらのお味でも楽しめる。 「牛フィレ来たよ! エスターテちゃん美味しそうだよー!」 じゅるり。ルアと親友が楽しみにしていたお肉だ。 「はわぁー美味しい!」 「はい……」 どこまでも柔らかい肉の旨みが熱々に詰まっていて、いつもお澄ましさんな親友の頬も思わず緩む。 「木蓮ちゃんも同じもの? うん、美味しいから是非頼むといいよ」 さて迷った木蓮だが、お言葉に甘えてゆりっぺ(悠里)が選んだものを頂く事にする。 上品で優しい味わいの寒ヒラメに、海苔に巻かれて磯の香りが詰まったウニは口の中で蕩ける。 それから気になっていた干し柿はデザート感覚で。種が取り除かれて食べやすく、濃密な甘みと優しく素朴な香りが美味しい。 〆は天茶。ワサビを溶いて頂けば、掻き揚げにされた芝海老の香りと歯ごたえ、小柱の旨みがさっぱりと味わえる。 そろそろデザートとお茶の時間―― ルアと親友。二品から選べるデザートのオレンジムースとコーヒーシャーベットは分けっこだ。 「おなかぽんぽん、だよー!」 アリステアはほっと一息。 そんな中、大将にやってもらったのだ。 「あちらのお客様からです」 ピに一冊の本が手渡される。ここまで顔を向けなかったピが、はっとした表情で悠里に向き直る。 笑顔で小さく頷く悠里。渡されたものは乙女のバイブル『雨上がりの十一巻』――彼等に言葉は不要だった。 快がカードを切る。未成年には払わせないと大人達が軍資金の端数を出し合う甲斐性を見せる。 「旨かった。また来る」 「どっか近くに泊まってから帰ろうか?」 立って歩くことは出来るが少々挙動が怪しいマダオ龍治。いっそこのまま眠ってしまいたい。 「店長、美味いてんぷらをありがとうな!」 そんな龍治にそっと手を差し伸べながら、今度はプライベートでも来たいと誓う木蓮であった。 勿論、お財布が潤っている時に! |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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